ガミラスによって壊滅的な環境破壊を受け、凍てついてしまった地球。
その地球で自家用シェルターに入りながらも、ネルガル会長のアカツキ・ナガレは精力的に活動を続けていた。
人員や物資の不足が目立つためいろいろと厳しいご時世だったが、今後のことを考えると生産活動を停止させることは論外だった。
アカツキは最初からヤマトが失敗するとは考えていない。いや、考えないようにしていた。
アカツキはそもそも誰かに屈服するというのが大嫌いな人種だ。例え格上の侵略者だろうとも関係ない。
ネルガルが再建したヤマトは、いままで好き勝手してきたガミラスに散々煮え湯を飲ませているはずだ。そう考えるだけで明日への活力が生まれてくる。
ヤマトは必ず地球を救う。
かなり厳しい賭けになるだろうが、ミスマル・ユリカは愛するアキトと添い遂げるため、必ずやコスモリバースを手に入れて地球を救い、ついでにその身を健全だった頃まで回復させて再びアカツキたちの――ナデシコの仲間たちに元気な姿を見せてくれるはずだ。
アカツキはそう信じているからこそ頑張っている。希望こそが、明日への活力なのだ
「ふむ。食品と医療品の供給はなんとか軌道に乗りそうだね。もう少し増やして暴動の抑制もしたいところだけど、これ以上はさすがに無理か……」
「はい。人はなんとかなりますが、資源が乏しい現状ではこれ以上生産量を増やすのは難しいでしょう。ヤマトの工場プラントのコピーも、規模はそれほど大きくないですから」
アカツキの秘書役を任されているプロスペクターが、資料を読み上げネルガルの現状を伝えてくれる。
プロスペクターの報告にアカツキも渋面を隠せない。
人道的云々もそうだが、ここで多少の無理をしても恩を売っておけば、地球の復興に便乗してネルガルの発言力を増せると考えているからこその支援だ。決して善意だけでわが身を削っているわけではない。
木星との戦争でスキャンダルが発覚して地位を落としたネルガルにとって、ヤマトの活躍や地球の現状維持に全力を挙げて協力することは、ネルガルの負のイメージを払拭させ、明日の繁栄を得るための投資として十分すぎる働きをすることだろう。
もちろんアカツキなりに地球の現状を憂いているのは本当だ。
だからこそ多少無理をしてでもこうして現状維持に努めている。
そこに商人としての打算がないわけではないが、善意だけで行動する人間など逆に信用できない気質のアカツキとしては、いまの自分の考えと行動が間違っているとは思っていない。
第一ネルガルの会長としてネルガルを復権させ、栄誉を掴むことを望むのは経営者として当然の責務だ。他人にとやかく言われる筋合いはない。
「プロスペクター君。ナデシコCの改装と波動エンジン搭載艦艇基礎設計の進展はどうなっている?」
アカツキは手元に開いていたウィンドウの一つに視線を移しながら、今後の作戦に関わる案件、それを担当するネルガルの技術部門と造船部門の進展を問う。
一つはヤマトが地球に帰還してから使われるナデシコCの改装について。こっちはヤマトが帰艦までに仕上げる必要がある。間に合わなかったら大変なことになる。主にアカツキ個人、そして旧ナデシコクルー的な意味で。
もう一つは、ガミラス戦後を見据えた波動エンジン搭載型の新造艦について、だ。
これはいまのところネルガルが圧倒的に優位性のある事業であろう。イスカンダルからの支援で得られた各種データはすでに地球上で生産能力を維持しているすべての企業に提供されているので優位性はない。
だが、ネルガルにはヤマト再建という事業を成功させたアドバンテージがある。そこで吸収したノウハウは、ほかの企業では決して持ちえないものだ。
おまけにユリカが真田を通じて冥王星攻略までのヤマトの運用データもすでに提供済みだ。アルストロメリアの改修作業の副産物である。
それをじっくり研究する時間のあるネルガルは、ヤマト帰還後に提出される運行データを提供されるかどうかといった具合のほかの企業に圧倒的に先んじているのだから、独断場は確約されているも同然だ。
最初の内は、提供されたデータにアカツキは諸手を挙げて喜んだものだ。企業のトップとしては当然の反応であろう。
加えてヤマトのデータベースから回収できたアンドロメダと主力戦艦、駆逐艦や巡洋艦といった地球防衛軍が運用していた各種データ。
詳細な設計図などは望むべくもないが、外見や簡単なスペックノートだけでもいまの地球には大きな財産だ。
これらのデータを基に、こちらの技術や規格に合わせて改設計した主力戦艦級やアンドロメダ、駆逐艦や巡洋艦クラスを完成させて販売するのが戦後のネルガルの販売戦略である。
うまく形になれば、しばらくの間はネルガルが戦後の造船業を独占できるだろう。
もちろんこれらのデータを真っ先にネルガルに提供したのはユリカの好意であり、ヤマト再建と地球の現状維持のためにネルガルに無理をお願いした彼女なりの返礼であった。
(まあ、これらのデータがなかったとしても、僕は彼女のために動いたかもしれないけどね)
結局あの夫婦に入れ込んでいるのだ。アカツキにとってもナデシコの思い出は、いまも色あせない大切な思い出。その象徴であり、火星の後継者との戦いやヤマト再建計画を通して関係を深めたあの夫婦の未来、繋ぐことができるのなら力を貸すことに躊躇はない。
「それらはヤマト再建に携わり、地球に残留した技術者を中心に進行中です。新造艦についての最終決定は――ヤマトが帰艦して、ユリカさんの意見を聞いてからになるでしょうね――特に、波動砲の搭載に関しては」
「まあ仕方ないよね。正直いまさら感があるけど、データを提供してくれたのはイスカンダルなわけで、ヤマトが太陽系を出てから軍や政府に開示した波動砲の資料は――だいぶ効果的だったみたいだしね」
アカツキは皮肉気に笑う。あのデータを見た連中の顔は生涯忘れられないだろう。――アカツキも人のことは言えないと自覚しているが。
「イスカンダル。あの星もいろいろあったんだねぇ。まさか、波動砲があそこまで危険極まりない技術だとは思わなかったよ……。あのお偉方が、波動砲搭載艦艇の量産どころか生産にすら消極的になるとはねぇ」
ヤマトが市民船に向かって発射した波動砲のデータ。これだけは軍と政府にも細大漏らさず伝えられている。
当初は相転移砲を凌ぐ破壊作用に驚きながらも、今後の地球圏防衛のために数隻は波動砲搭載艦――しかもヤマトのデータベースに残されていた『拡散波動砲』を開発すれば安泰だと考えていた連中が、揃って顔面蒼白になったのは本当に見物だった。
旧ヤマトの波動砲の威力をほぼ保持したまま六連射を実現したトランジッション波動砲。あれほどの威力の砲は見たことがないと思っていたが、まだ序の口だったとは……。
さらに彼らを煽ったのがヤマトが太陽系を離れてから明かされたコスモリバースシステムの真実と、それに関連する対ガミラスの方針の影響も大きかった。
すでに知らされていて腹を括っていたミスマル・コウイチロウとその腹心を除いた連中の、阿鼻叫喚と言って過言ではないあの惨状。
ヤマトに問い質したくてもすでに通信圏外。
もっとも、干渉されたくないからこそあのタイミングで明かされたわけだし、アカツキも助言したりしたのだが。
……結局渋々とだが、ユリカが考えたプランを後押しすべく軍と政府の高官は各方面に理解と賛同を求めている始末だ。
もっとも、ヤマトが『成功』するかどうかは未知数だが。相手の――デスラー総統とやらがヤマトからの提案をどう受けるかによって、事態は大きく変わる。
できればいい方向に転んでくれたほうがネルガル的にはありがたいとは思うのだが、こればっかりはあのお気楽能天気な艦長殿の弁舌に期待するしかない。
――ああ、不安だ。
「どうせ最終的には保有数を制限しても造るとは思うけどね、波動砲搭載艦はさ。結局ここまで追い込まれたっていう事実が覆せない以上、破滅の力であっても縋りたくなるってもんだよね、人間ってさ。――あとは、その力をどうやって御するかにかかってるわけだけど……」
「ええ。愚かではないと信じたいものですなぁ、地球人類が」
そう願いたいね、とアカツキも頷く。
まさしく神にも悪魔にもなれる力……。
後にアカツキは、波動砲に関わるすべての技術を指して、そう比喩したという。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第十五話 悲しみのヤマト! 立ち上がれ古代!!
綱渡りに等しい挑戦に成功し、次元空洞に落ち込むという危機と強敵ドメル艦隊との交戦を切り抜けたヤマトではあったが、そのことを喜ぶクルーの姿が見受けられなかった。
それはヤマトクルーにとって精神的支えであった艦長、ミスマル・ユリカが病の急激な進行で緊急入院したことが原因である。なお悪いことに、今回の発作により彼女は視力と聴力を完全に失う重大な障害を抱えてしまったことも、クルーの心に手痛い打撃を与えていた。
――オクトパス原始星団の時に薄っすらと感じられていた、ユリカへの精神的な依存が、ここにきて特大の爆弾として爆発してしまったのである。
そしてユリカが倒れたことがトドメとなって、ルリまでもが倒れてしまう。
アステロイド・リングの制御やその後の探索活動の疲労が祟った過労ではあったが、ルリとてチーフオペレーターとしてヤマトの航海をけん引してきた存在だ。
――ヤマトは大丈夫なのか?
クルーたちの間で次から次へと不安がささやかれる。
あのユリカですら……シミュレーションでは全戦全勝の無敗。冥王星基地との知恵比べ、我慢比べにすら勝利したあのユリカですら手玉に取られた新たなる敵の出現。
そして深刻な航海の遅れ。次元断層の中では通常空間より時の流れが早かったらしく、内部で過ごした二日の四倍に当たる、八日間ものロスタイム。
加えて次元断層からの脱出地点と無差別ワープによる退避行動による予定航路からの大幅な逸脱を加味した、正味一〇日にも及ぶ航海の遅延。
カイパーベルトでの停泊にオクトパス原子星団での遅れと加味して六五日もの遅れ。
されに戦闘で大きく傷ついてしまったヤマトの惨状。
致命的とも言えたのが主砲の被害だ。いまも機能停止したままの第一・第二主砲はそれぞれ左右に向いたまま砲身がバラバラの角度で停止したままの状態で修理待ちの状態だ。
加えて波動砲の準備中の被弾で第三主砲までもが同様の状態に陥り、ヤマトの戦闘力はがた落ちしている。
文字どおりヤマトの主砲として威力を見せつけてきたショックカノンが停止したままという事態は、クルーにとっては非常に心許なく感じられていた。
復旧前に次の襲撃があったら……。
度重なる不幸と暗雲立ち込める前途を前にして、ヤマトクルーの心は折れてしまう寸前であった。
ワープによる撤退の次の日、進はユリカを見舞うべく右舷居住区の医療室に向かって歩いていた。
状況は最悪だ。日程の遅れはもちろんヤマトの復旧にも時間がかかる。
幸いにも主砲は復旧可能な損害にとどまった。かつてウリバタケが開発したディストーションブロックのおかげだ。ディストーションブロックが最後の盾となって機能してくれたおかげで、修理不能という事態を――さらに最悪な事態と言える、第二主砲直下まで伸びているエンジンルームへの貫通を防いでくれたのだ。
主砲の修理作業はゆっくりとだが確実に進んでいる、交換部品の用意も含めて五日で修理を完了する予定であるが、言い換えれば五日の間は主砲が使えないということだ。これは第三主砲も含めての話である。
不幸中の幸いだったのは、第一副砲は衝撃で不具合が起きただけらしく、いま現在は完全復旧して使用可能ということだろう。
それにパルスブラストの大半に撃ち残しているミサイル、それにまるまる残された波動エネルギー弾道弾が二四発。これだけあれば、小規模の艦隊であれば逃げるまでの時間稼ぎ程度はできる。もちろん波動砲も健在だ。
だがヤマトの被害をこの程度に抑え切った反重力感応基とリフレクトディフェンサーはすべて使い切っていて、補充の目途が立っていない。前者は使える状況が限定されているとはいえ、ないと心許なく感じる程度の活躍はしている、陰の功労者だ。
それに被害は抑えたと言っても艦体には数十もの弾痕が刻まれ、装甲の交換を求められている個所は多い。
ワープで逃走したあと、幸運にもヤマトはガミラスの部隊に遭遇していない。どうやらいま現在はガミラスに所在が掴まれていないようだ。
次元断層内で資源を回収したことで修理用の資材には困らずに済んでいるが、できれば腰を据えた修理のため、どこか惑星にでも立ち寄りたいところだ。が、銀河間空間に飛び出し恒星系がめっきり少なくなったこの宙域では、それは高望みであると、ついさきほど周辺のスキャニングデータを見て肩を落としたばかり。
悪いことは、重なるものだ。
(それにしても、あの艦隊旗艦の実力。艦長の行動すら読みきり、ヤマトの防御を突破するための一点集中攻撃。どれをとっても、俺が太刀打ちできる相手じゃない)
心が折れてしまいそうだった。
ユリカを支えてみせると息巻いていた自分が過去の存在に感じられる。
たったの一戦、一戦で進は絶望的な現実を突きつけられる羽目になった。
そしていままで自分がこれほどまでにユリカに依存していたのだと認識するや否や、自分はまったく彼女の期待に応えられていなかったのだと自責の念が襲い掛かってくる。
「……お母さん――」
ヤマト農園で取れた美しい花を一輪、片手に掴みながらユリカが眠るベッド訪れた進。眼下には酸素マスクを付けられ、薬品を体内に送り込む管が何本も腕に刺さったユリカが静かに眠っている。
いつもにこやかに笑っていた顔は血の気が失せ、そっと頬に触れると返ってくるひんやりとした感触。――まるで、死人のよう。
かつてナデシコCで倒れたときよりもはるかに深刻な状態に、進は大声を上げて泣き出しそうな気持ちになる。
そっと、気持ちを抑えるかのように持参した花をベッドサイドの花瓶に挿す。
花瓶には、アキトら家族が――そしてほかのクルーが見舞いに来るたびに一輪づつ持ってきたのであろう、美しい花が束と刺さっていた。
たったこれだけのことで、彼女がどれほどクルーに慕われていたのかがわかる。そういえば、進が花を貰いに行ったとき随分と閑散としているなと思ったが……全部、彼女の見舞いに使われていたのか。
あれから再度行われた検査の結果、彼女の視力を回復する手段はないことが告げられた。視神経が完全に破壊されているためだ。聴覚も、同じ状態にあるという。
ほかにも体温の調節機能に異常をきたしているらしく、体温調節のため常に監視体制を維持しなければならなくなった。
筋力の低下も一段と進んでいて、もう自力で歩くこともできないらしい。
予想を上回る状態の悪さにアキトもエリナも顔面蒼白。ラピスは恥も外聞もなく大声を上げて泣き出し、ルリはショックと過労が祟ってその場で昏倒し、いまは自室で絶対安静を言い渡されている。
航海班――特に責任者の大介は、自身が立案した長距離ワープの挑戦のせいでヤマトが次元断層に落ち込んだのではないかと責任を感じて、苦しんでいる。
もちろん進も、そして第一艦橋でもっとも大人な真田も責任はないと慰めはしたのだが、あまり効果は上がっていない。
(こんな状態でもしも戦闘になったら……)
いまのヤマトでは、決して敵に勝てない。
ヤマトクルーが意気消沈している頃、ドメルは艦隊を率いて次元断層を飛び出し、早速デスラーにヤマト遭遇の報を知らせていた。
ほかのクルーには聞かれぬように最大限の防諜を施してから、通信室でパネル越しにデスラーと向き合う。
自身の執務室で連絡を受け取ったデスラーは、思いのほか早いドメルとヤマトの邂逅がどのようなものであったか、詳細を求めていた。
「そうか、ヤマトと一戦交えたか……」
神妙は面持ちで報告を受けるデスラーに、ドメルはいつもどおりの生真面目な表情で続ける。
「はい、聞きしに勝るとはまさにこのことでした。改めて、素晴らしい艦です。それに、ヤマトは自前の工作設備を有し、航行しながらでも艦の機能や装備の改良を続けていると思われます。二ヵ月前の冥王星での戦闘時に比べると、戦術が洗練されているだけでなく、こちらの意表を突くことを目的としているであろう新装備の投入も行っていました」
ふむ、とデスラーは納得した。
単独航行をするのであれば、工作艦としての機能も多少なりとも有していてもおかしくないとは考えていたであろうし、自己改良することも想定していたが、思ったよりもペースが早い。
重ね重ね、敵に回したくないタイプだ。大規模な工廠と豊富な人材を使える国軍には及ばないまでも、以前の交戦データを基にした戦術を新しい装備で覆される危険性があるというのは、対峙する側からすれば面倒このうえない。
ただでさえタキオン波動収束砲という厄介極まりない装備を持ち、それを除いた戦闘能力も他を圧倒する水準にあるというのに。
だが、だからこそ惹かれるものがあるのだろうか。
「タキオン波動収束砲をこの目で直に見れたことも幸運でした。次元断層の境界面に向けての発砲も観測できましたので、その生データをすぐにでも本星に届ける手配をします。こちらで見た限りでは、やはりあのカスケードブラックホールに対して有用な破壊手段となり得ると思われます。ただ問題は、エネルギーが引き摺られて仕損じる可能性がいぜん残ることでしょう」
ドメルの報告にデスラーも頷く。できればヤマトには、もう少し詳細な観測できる状況下でタキオン波動収束砲を使って欲しいところだが、それで艦隊に大損害を出すのは本末転倒。少し方法を考えるべきか。
自軍への被害を抑えつつ、タキオン波動収束砲を使わせる――使わなければならない状況に追いやる手段を。
「総統、かれらはタキオン波動収束砲で実に突飛なことをしでかしてくれましたよ。例の人型の大砲をこれ見よがしに構えて脅して艦隊を分散させ、直接的な被害が出ないように発砲してその反動で一気に飛び出す。――まさか大量破壊兵器を推進力として活用するとは、このドメルとて思いつきもしませんでした」
そう聞かされてデスラーも思わず目を見開いてしまった。
まさか艦隊決戦兵器であろうタキオン波動収束砲を推進力として活用するとは……どうやらかのミスマル・ユリカという人物は、頭の柔らかい指揮官のようだ。
本当に突飛というか、常識で括れそうで括れない艦だと痛感させられる。単艦でわがガミラスを退けてイスカンダルに行こうとするだけのことはあるとほめるべきか、それとも――。
被害を鑑みず力押しですり潰すのなら勝てない相手ではないが、移民船団護衛のための戦力を確保しなければならない現状でそれは現実的ではない。
いかに強大なガミラスと言っても、物量には限度がある。
やはりこのまま敵としてぶつかり続けるにはリスクの高い敵だが……。
「ふむ……ヤマトはタキオン波動収束砲を意図的に当てなかった、か。…………。ドメル、君なら同じ状況に置かれたとき、どうする?」
「そうですね……。もしも私が同じ状況に置かれたのなら、おそらく途中で艦隊旗艦に向けてタキオン波動収束砲を使用して風穴を開け、その中を突破することを選択するでしょう。艦隊旗艦を失った艦隊とは脆いもの、指揮系統の乱れを誘発すれば突破するだけなら可能です。ヤマトにはデブリやアステロイドを盾として使える装備があるので、タイミングさえ見極めればあの状況でも一発だけなら撃つことは可能なはず。それに気づかない指揮官ではないでしょう。にもかかわらずそれをしなかった。おそらくヤマトの艦長は大量破壊兵器の使用に忌避感を抱いているのでしょうが、地球側から見れば敵でしかないガミラス相手になにを遠慮する必要がありましょうか――。推測の域は出ませんが、ヤマトはガミラスとの戦いの終結に、和平の可能性を見ているのではないかと考えます。それ以外に、われわれの感情を極力逆なでしないようにする、それ以外の理由でタキオン波動収束砲の直撃を自重する理由は思いつきません。彼らは祖国の存亡を背負った存在。なによりもそれが優先される立場にありながら半端な人道主義をひけらかすとは考えられません。……総統、やはりヤマトは総統の眼鏡に叶う相手と見ました。ですので、今後の対ヤマトの方針に関しましては、総統の意向を尊重したいと思います」
ドメルの話を聞いて、デスラーは少し考えたあと「君の考えている決戦までは適度に泳がせて構わない。ただし、バラン星には近づけるな」とだけ告げて交信を終了した。
最終的な判断を下すには、あと一歩が欲しい。
いや、ガミラスの立たされた苦境を考えるのであれば、なんとしてでもヤマトを掌中に収めることを優先すべきだろう。
ヤマトなら、カスケードブラックホールを破壊するに足る力がある。スターシアが、あの女性がヤマトにあの力を授けた理由はおそらくそこにある。
スターシアはガミラスも見捨てられないが、直接託すには問題があると判断して、より信用できるほうに力を託した。ヤマトなら、ミスマル・ユリカならガミラスも地球も救うと判断して。
……だが侵略者である限り、ヤマトは決してガミラスには屈しはしない、ガミラスが行いを改めない限り、敵対し続け最悪の場合は……。
スターシアと共感した指導者が、ガミラスにヤマトを渡す道を選びようがないのはわかりきっている。
となれば、利害関係の一致による一時的な共闘かさもなくば――和平による共存の道を選ぶしかない。
だがそうすれば……デスラーが求める『大宇宙の盟主』たる大ガミラスの存在は夢と消える。
どのような理由があったにせよ、辺境の惑星の戦艦一隻に屈したとあれば、ガミラスの影響力は地に落ちる。
いままではその軍事力を警戒して静観していた星間国家も、こぞってガミラスを屈服させに来るであろう。
そして、それは地球も同じはずだ。ヤマトは地球そのもの。ならばヤマトに屈するということは、地球に屈することに等しい。
どれほど強力で敬意を持つに相応しい存在であっても、戦艦一隻に事実上敗北するなど、あってはならない。
そうなったらもう、ガミラスは誇りを取り戻せない。
それだけは断じて許してはならないのだ。
デスラーは偉大な祖国を弱者にするつもりなど。毛頭ない。
たしかにヤマトには共感を示しその偉大さを認めている。が、地球人そのものに対しては不信しかない。
つい最近まで内紛が発生していたこともそうだが、その原因も調べた限りでは一〇〇年も前の事件が原因だというではないか。
そんな過去の怨恨をいつまでも引きずるような文明に、信を置くことなどできない。
デスラーにとって地球人とはそういうものでしかなかった。だから事情を打ち明けての共存ではなく侵略による略奪を方針とした。
あんな野蛮人相手に下出に出るほど、ガミラスは落ちぶれていない。そしてそんな野蛮人の国相手では――協議している間にガミラスは取り返しのつかないことになる。
デスラーとて、スターシアの考えがまったく理解できない訳ではない。
力に溺れ、破壊と略奪にのみ明け暮れる蛮族に成り果てるつもりはない。
が、デスラーは戦いの中に生命の美しさを見出し、戦いの中にあってこそ命とは煌びやかに美しく輝くものだと信じて疑わない性分だ。
そして、その戦いの対価として祖国も繁栄している。
……それは、デスラーのやり方が正しいという証明ではないのだろうか。
力によって得られる絶対の自信こそが、宇宙に平和をもたらすのではないのだろうか。
そう、デスラーはスターシアが言う『愛』という感情を理解し切れていない。
祖国を宇宙の盟主としたいのは愛国心と理解しているが、デスラーには人同士の繋がりの『愛』が理解できない。
スターシアには敬意を抱いているが、それが『愛』なのかは自分でもよくわかっていないし、ほかに心惹かれる異性や執着するなにかがあるわけでもない。
だから彼は、自身の美学に則った指導者としての振る舞いがなによりも優先されている。
それに――ガミラスは侵略のみで勢力を広げたわけではない。武力が背景にあるとは言え、交渉によって傘下に入れた星もあり、同時にその武力の庇護下に入ろうと自ら進んで傘下に入った星もまた、多いのだ。
そういった星々にはガミラスの植民星となることを条件に支援も行い、可能な限り紳士的に応じてきた。不必要な搾取も圧制も敷いてはいない。反乱を起こされても面倒だったという理由もあるが、スターシアの言葉に引っかかりを覚えたからでもある。
そう、それほど宇宙には戦乱が巻き起こっている。
調べた限りでは、あの天の川銀河の中でも特に星の多い、銀河中心方向で活発に星間国家同士の戦乱が起こっている。
だれもかれもが、争いという選択肢を捨てられていない。
デスラーの苦悩は続く。
力がなければなにひとつ成すことはできない。それはガミラスの在り方が立証しているはずだ。
あのヤマトですら、力がなければ太陽系内のガミラスを排し、銀河の海原へ進むことはできなかった。
しかし、戦う目的も力を振るう理由も同じであるはずなのに、ヤマトにはデスラーすら魅了する別のなにかがある。
それがスターシアが語った「ミスマル・ユリカ艦長は愛する家族のために戦っている」ことと繋がっているのかが、気になる。
そんな個人的な思惑が、国を救うに足る原動力になり得るのか。
人に向けられる『愛』というものが、『国家』を救うに足る力だというのだろうか。
すでに天涯孤独の身となって久しく、幼いころからそう言った感情とはほど遠い権力抗争の世界で生きてきたデスラーにはどうしても理解できない。
もしかしたら、ヤマトと手を取り合いミスマル・ユリカという人物に接触すれば、それがどのようなものなのかわかるのかもしれないが、個人的な願望で国を犠牲には……。
はたしてデスラーは、ヤマトに対してどう対処していけばいいのだろうか。
普段ならばすぐにでも『排除』を決められる程度の案件に過ぎないはずなのに――彼は、答えに窮していた。
一方ドメルもいまのやり取りで、デスラーが個人の思惑としてはヤマトと直接語り合いたがっていると悟った。今後の方針に幾らかの修正を加える必要があるだろう。
ドメルとしては、またとない強敵としてヤマトと全力で戦いたい願望がある。が、それは国家に忠誠を誓った軍人の本分に反する。
ドメルはデスラーからイスカンダルとのやり取りまで含めた、ヤマトに関する詳細な情報を渡されている。
これは最前線で実際にヤマトを量るために必要という配慮だ。政治面まで含めればヒスやタランにも詳細を打ち明けるべきだろうが、彼らはデスラーと知っていることに変わりがない。
ヤマトを推し量るその役目は、最前線でヤマトと直に戦える立場にあるドメルにしかできない。
ヤマト相手に対等に渡り合える指揮能力を有するドメルにしかできないのだ。
ヤマトを試すべく、ドメルはゲールに任せた策のほかにもひとつ仕込みをしてあったのだが、どうやら変更を加える必要はなさそうだ。
デスラーから許可も出たので、ドメルが考えている七色混成発光星域――通称七色星団での少数先鋭の艦隊決戦以外でヤマトの撃破を狙う必要はないだろう。
撃破を狙う罠を張るのならそこがヤマトの航路上にあって最適であるし、下手に挑んで無用な犠牲も出す失策も犯したくはない。
しかし、七色星団に誘い込めたとしても勝利のためには兵器開発局に依頼した対ヤマト用の装備と、長年ドメルが温めていたアイデアが形になることが必須。進展の具合は悪くないと聞いているので、ヤマトのワープ性能を考えれば間に合うだろう。……途中で劇的に改良されなければ、だが。
ヤマトに勝つには、タキオン波動収束砲を封じ一発逆転の可能性を奪って精神的打撃を与えつつ、十分な攻撃力を持った航空部隊と艦隊の連携による柔軟で休む間を与えない飽和攻撃を仕掛ける必要がある。
それによって最大の弱点であろう、数の乏しさとそれに付随する持久力の乏しさを突くことが勝利への道だ。
推測を孕んだ部分は大きいが、根本的な技術力で劣る地球で完成されたこと、初期に見られたトラブル、そして交戦した際のヤマトの行動を鑑みるに――もしかしなくても、こちらの艦艇に比べてエネルギー効率が悪い可能性がある。
ガミラスに比べて地球の技術力が未熟なのは疑いようがない。ゆえに大出力を必ずしも効率的には使えておらず、図らずも短期決戦に特化してしまった可能性が考えられた。
そう考えると、シュルツが敗北したのは航空機と連携した艦隊行動ができなかったことと、想像を絶した威力に恐れ戦き、短期決戦を求めてしまったプレッシャーによるところが大きいのだろう。
それにしても――。
ドメルは思う。
あのデスラーがこうも心を惹かれるとは、予想だにしていなかった。
ドメルは妻も子もいるので、デスラーが理解できないでいる人同士の『愛』については理解しているし、デスラーからミスマル・ユリカ艦長の戦う動機と聞かされたときにはむしろ納得したくらいだ。
要するに、だれかを愛したら愛しただれかの愛する人も大事になり、そうやってどんどん輪が広がっていって――やがて世界すらも愛おしく思うようになるといった具合だろう。
ある種典型的な博愛主義とも言えるかもしれない。
ドメルも似たようなものだった。だから気持ちはわかる。だからこそ今回のヤマトの決断を素直に賞賛もできる。
デスラーは……幼き頃から政争の只中にあり帝王学を徹底的に叩きこまれた人生であったゆえに、理解できないのだろう。
親の跡を継いでガミラスの総統となり、個人的な美学を挟むことはあるものの、その力はガミラスという国家の繁栄のためだけに向けられている。
それゆえに、少々失礼ながらデスラーを哀れに感じることはあった。彼の父は徹底した現実主義者であったし、暴力によって権力を拡大していくのに躊躇がない人物だった。
彼の母も夫に逆らえない大人しい性格かつ政略結婚だったので、『愛』というものを感じ難い家庭であったことも災いしていたのだろうか。
もしかしたら、ヤマトがガミラスの妨害を跳ね除け続けたとしたら……ガミラスは転換期を迎えることになるのかもしれない。
ドメルはなんとなく、そんな予感がした。
しかしまずは、次元断層を脱したヤマトの現在位置を調べねば。
タキオン波動収束砲を使った脱出は、次元回廊の形成手段の違いから遠方に出現する可能性が高い。それにワープを重ねれば、予定されていたであろうイスカンダルへの航路から大きく外れているはず。
早く捕捉しなければ。用意していた罠が使えなくなるのは少々具合が悪い。
データを得るために、ヤマトにはどうしてもあの罠を通過して貰う必要があるのだから。
あとは……そこでゲールが早々に戦死などという失態を踏まないことを切に願う。
彼にはまだまだ働いて貰わねばならないし、自身の策で無駄死にを出すのはドメルの美学にも反する。
ドメルは拭い切れない不安を抱えながらも、ゲールの無事を祈るしかなかった。
ユリカの見舞いを終えた進は、第一艦橋には戻らず艦長室に足を運んでいた。
いまは住民たるユリカが医療室に入院しているためだれもいない。
本来なら、立場的に進が容易に入れるような場所ではないのだが、ユリカに戦術指南をしてもらうことがたびたびあった進は『息子』になる前からフリーパスで入室できていた。
「古代進、入ります……」
だれもいないと承知しているのについ断りを入れてしまう。それは、家主がいないのに勝手に足を踏み入れる申し訳なさや、弱気になった自分に対する嫌悪が含まれていた。
ドアノブを捻って扉を潜ると、見慣れた艦長室の光景が目に飛び込む。
――足りないのは、ユリカの姿と彼女が生み出す心地いい喧騒だけだ。
「…………っ」
進は言葉もなく室内を進み、普段ユリカと他愛もない会話をするときによく座る、艦長室右前方に備え付けられた椅子に座った。
――普段なら進の右隣に艦長席に座ったユリカがいて、他愛のない雑談を楽しんだり戦術シミュレーションで指導を受けたり。ヤマトに乗ってから、進にとっても最も楽しく安らいだ時間。ユリカを中心にルリがいて、ラピスがいて、アキトがいて――そして雪がいる。
進のいまの人間関係のほとんどが――ここに集約されていた。ユリカの傍らに。
「――っ!」
寂しさが胸に広がり目頭が熱くなる。つい弱音を吐きそうになった自分が嫌になる。
ユリカは自分を見込んで――こんな未熟な自分を後継者として弱り切った体で育ててくれたというのに。
ここで弱音を吐いたら――ユリカの努力を……想いを無駄にしてしまう! ただでさえ期待に沿えない振る舞いをしてしまっているというのに!
そう思い直った進は、寂しさを振り切るために艦長室をあとにしようと踵を返した。そのとき後ろから『ガコッ』という不審な物音を聞いた。
振り返ってみると、いつも進が座っている椅子のそばにある引き出しが開いていた。
電子ロックで封じられていたはずの引き出しが独りでに開くなんて――。
恐る恐る空いた引き出しを覗くと、ファイルが一冊入っていた。厚みのあるファイルだ。そしてその奥には、レリーフのような物も見える。
「これは――」
手に取るか悩んだが、進は意を決して引き出しの中に置かれていた分厚いファイルを手に取る。表表紙にはなにも書かれていなかったが、表紙裏には『古代進へ』とユリカの字でメッセージが書かれていた。
『古代進へ このファイルを手に取っているということは、私はすでに艦の指揮を執れなくなっている状況にあるはずです――』
出だしはそうだった。メッセージを読み進めていくにつれて進の表情が険しくなる。
メッセージを読みきると、やや乱暴な手つきで中の資料を次々と読み漁っていく。
ファイルをめくるたびに、指が震える。額に汗が浮かび、喉が渇いてごくりと唾を飲みこむ。
胸の内で沸き上がる感情に呼吸も細くなる。
――二時間ほどかけてファイルを読み切った進はがくりとその場に膝をつき、ファイルを胸に抱えて恥も外聞もなく大泣きした。
まさか……まさかこんな真実が隠されていたなんて――!!
進は自身がイスカンダルに抱いていた不安が的中していたことを理解した。
そう、イスカンダルはたしかに地球のために力を尽くしてくれていた。それはまぎれない事実であったのだが――そこには事態が収拾されるまで到底明かすことができないであろうとんでもない事実が含まれていた。
そして進の予想どおり、ユリカは、アキトは、エリナは、イネスは――そのすべてを承知のうえでこの旅に挑んでいた。
ようやく合点がいった。どうしてユリカが進を育てるのに躍起になっていたのか。どうして、ジュンやルリではいけなかったのか。
進はすべてを理解した。否応なく理解させられた。この旅の先に待つ試練を。
進は感情のすべてを吐き出したあとも、しばらくその場に蹲って動けなかった。それくらい、衝撃的な事実だった。
この内容に嘘はないだろう。ユリカが自分のために――旅の途中で指揮を執れなくなったとき、ヤマトがイスカンダルに辿り着いてなおガミラスの脅威が払拭できなかったときに備えて残してくれた資料だ。
この資料が正しいのであれば、ユリカが助かる可能性は――健康な体に戻れる確率は――五パーセントにも満たない。
だがファイルにはその成功率を上げるための手段も書かれている。それは、ユリカが重病を押して艦長になった理由にも繋がっていた。
「すべてを最善の結果で終わらせるには……」
進はファイルを胸に抱いたままゆらゆらと立ち上がる。
「俺が……俺がしっかりしないと」
決意も露に顔を上げる進。もう彼は泣いてはいなかった。同一視されるのは不愉快にも思えるが、やらねばならない。
かつてこのヤマトと共に戦った、『古代進』に倣って。
「そういうことなんだろ……ヤマト」
引き出しのロックを解除して進に知らせて張本人であろう、ヤマトにそう語りかけていた。
視線の先にはファイルで隠されていたレリーフがある。
――それは初代ヤマト艦長にして、並行世界の進にとって父親代わりだった――沖田十三のレリーフだった。
「――だいたいこんなところかしらね。微調整は必要だけど、方向性としてはこれでいいと思うわ」
機械工作室で真田は、イネスとウリバタケの力を借りつつ今後必要になるであろうある物品の設計と生産のため、ヤマトの修理作業の合間を縫って話し合っていた。
「これでいけるでしょう。幸いにも、フラッシュシステムに関してはヤマトの意志の発現で、効果が立証されてますからね」
口に出して「妙なことだ」と思いながらも、不思議と大きな違和感は感じない。
ヤマトとはほかのクルーに比べて一年ほど長く付き合っている。
初めて出会ったとき、この艦は二つに折れ、スクラップと形容するしかない無残な有様だった。
真田は合理的な思考の人間であったので、当初はテクノロジーを回収したあとはヤマトの残骸を資源に新しい艦艇を建造すべきだと主張したのだが、ユリカに「ヤマトを復活させなきゃ意味がない」と言われてそうそうに撤回した過去がある。
もちろん内心では無茶が過ぎると考えていた。地球の状況の悪化を鑑みるにできるだけ早くガミラスに対抗できる戦闘艦を用意すべきだ。だが、恩人たるユリカの意向は極力汲みたかったのである。
思い返すのは五年前の一二月。世間はクリスマスに騒いでいる時期で、真田は大学の卒業後の進路でいろいろと悩んでいた時期だった。
大学の研究室に残るというのも考えたが、それでは自身の目的を果たせないのではと考え、できれば企業の研究開発に携わる部署に付き、ゆくゆくは自分の信念に基づいた結果を世に出していきたいと考えていた。
真田はそんな思いを抱いて様々な企業を巡り、あのときはちょうどヨコスカを訪れていた。
そう、ボソンジャンプの研究を察知してそれを妨害すべく、初めて木星のジンシリーズがその威容を現した、あの日に――。
あのとき、事態を収拾したのがナデシコであることは真田も知っている。テツジンを無力化し、相転移エンジンの暴走でヨコスカを滅しようとしたマジンもボソンジャンプで連れ出してくれたことで、真田は命拾いをしたのだ。
そのナデシコの艦長がユリカであったこと、ボソンジャンプを実行したのがアキトだと知ったのは戦争が終わってからのこと。親友だった守が教えてくれたのだ。彼も偶然知ったのだと言っていたが。
だから、世間でどう言われようとも自分の命を救ってくれたナデシコとそのクルーへの感謝を忘れたことはない。
だから、何気なく見た新聞の記事で二人が死んだと報じられたときは酷く落胆したものだ。
あの二人がラーメンの屋台を営業していることは知っていたので、近いうちにお礼も兼ねて食べに行こうかと思っていたのだが……。
真田が二人の生存を知り、叶わぬと思っていたユリカとの対面を果たせたのが――あのヤマトのドックだったのである。
ちょうどネルガル傘下の家電メーカーに就職して研究職に就き、メキメキと頭角を現した真田をネルガル本社がヘッドハンティングしたのがきっかけであった。
落ち目だなんだと言われながらもナデシコの建造元ということで興味があったネルガルなので、その関連企業に就職した真田であったが、スカウト先では兵器開発の職に就くことを要求されたので非常に悩んだものだ。
真田は自身の技術と知識が、直接的に人を不幸にするであろう兵器関連に使われることは望ましく考えていなかった。だが、自分の命を脅かしたのも兵器なら、救ったのもまた兵器だった。
たしかに兵器は直接人を殺めるために造られる存在ではあるし命を散らす悪意も同然。だが、それで護られる人もいるのだと、身をもって味わったあの経験が迷わせた。
大いに悩んだ結果、真田は頷いた。
かなり熱心に口説かれたのもそうだが、やり取りの中でついアキトとユリカのことを口にしてしまった際、
「あのお二人でした生きております。まだ公表されていませんが、実は――」
プロスペクター、と名乗った男性が語った衝撃の事実に真田は絶句して、強く拳を握り締めて憤った。
真田にとって最も許せない手段を平然と取りながら、「全ての腐敗の敵」などと宣ったあの恥知らずどもに、真田は頭が真っ白になるほどの激情を露にしたものだ。
それに、真田をスカウトしに来たのは折しも突然出現した侵略者――ガミラスの存在も大きく、強大なガミラスに対抗するためにも真田の知恵と技術を借りてより強力な兵器開発を行いたいと言われ、ついに真田も重い腰を上げたのだった。
その結果、望みながらも果たせぬと思っていた、運命的な出会いを果たしたのである。
だから、真田はユリカの意向を最大限に汲み取ってヤマト再建に協力した。恩返しを兼ねていたといっても過言ではない。
ヤマト乗艦を志願したのも大体それが理由だ。再建に最初から関わっている真田にはこの艦の機能のすべてがわかっているし、どのような形であれ彼女の乗る艦に乗りたかったのである。
まさかそこで守の弟と同僚になるとも、復讐者に墜ちていたアキトが出航直後に彼女の元へ帰ってくるとも考えてはいなかったが。
「ヤマトの意思が発現――か。改めて口に出すとおかしな気分ね。日本には古来から、付喪神という伝承みたいなものがあったけど……ヤマトが二六〇年前の戦艦大和の改造で生まれた艦と言うのなら、長い年月を経て霊性を得たと考えるのもありかもしれないわね」
科学者の言うことじゃないでしょうけど、とイネスは自分なりの見解を告げる。だが、真田はその考えが嫌いではなかった。
「たしかに科学者とか技術者の言うことじゃねぇけど……そういうオカルトは嫌いじゃないぜ。モード・ゲキガンフレアといい、ますますアニメチックになってきたな」
ついいましがた仕上がった図面を掲げ、惚れ惚れするようにねめ回すウリバタケの姿に真田とイネスは軽く引く。
図面の内容が内容なのではっきり言って危ない人だ。まごうことなき変態。おかしな改造を追加されないように監視を強めねば。
(しかし、これが完成して機能さえすれば……艦長の助けになるはずだ。艦長……アキト君やルリ君やラピス君、古代のためにも負けないでください――)
まずは例の品に手を加えて試作品としよう。
真田は科学者として、必ず人の幸せのためになってみせると、意気込みも露にヤマトの整備と並行してユリカのための品を作り始める。両親に倣うかのように。
イネスは真田の傍にそっと寄り添って、自分の仕事を疎かにしない程度に手を貸していた。なんとなく、いい雰囲気。
「――もしかして、俺って邪魔なのか?」
少し離れたところでいい雰囲気な真田とイネスを見て、居心地の悪さを感じる。
開発が決定したユリカへの支援物資は物がものなのでついつい妙な興奮をしてしまったが、想定どおりの機能を発揮すれば日常生活に支障をきたさずに済むはずだ。
病状の進行を止めることは、技術者のウリバタケには叶わない。だがこういった支援はできる。
ナデシコ時代からの付き合いだし、あの二人の結婚の際は既婚者としていろいろ協力したし、ウリバタケはこういったとき簡単に人を見捨てたりするような薄情な真似は決してしない。
――家族を保護して貰った恩もある。
ガミラス戦が始まってからあまり間を置かずに生まれた三人目のわが子を養うのは、地球の荒廃が加速度的に進んでいるこのご時世では、それは厳しいものだった。
ヤマト計画の一部であったダブルエックスの開発に参加し、相応の手当ても貰えたのは、本当に救いだった。
なんとか家族を養えたのはこの計画への参加が大きく、このときばかりはネルガルの存在に感謝したが、「再建前におかしな改造をしてほしくない」とヤマト再建計画から締め出されたことや、家族のことを思ってユリカが意図的に声をかけなかったと聞かされたときは、憤慨したものである。
自業自得と周りからは言われたが。
ともかく、必要とされていると感じてヤマトに乗ったが、家族を置き去りにすることに内心罪悪感が湧かない訳ではない。木星との戦いや火星の後継者との戦いとは状況があまりにも違い過ぎる。
今生の別れになる危険性は――いままでの比ではないのだ。
だからせめてもと思い、ヤマト発進前にウリバタケからネルガルに保護を頼み込んでいたのだが、返ってきた答えが「もう艦長に頼まれて準備してるよ。心配しなくても帰って来るまで面倒見てあげるから、がんばってきてよ」と、アカツキ直々に太鼓判を押され、拍子抜けしたくらいだ。
感謝してもしきれない。彼女には大きな恩ができてしまった。
そう言った経緯があるので、ウリバタケは一気に打ち解けた真田とも協力してヤマトはもちろん航空隊の改良に勤しみ、こうして合間を縫ってユリカを支える物資の制作も行っている。
そのユリカが倒れたことにはショックを受けているが、だからこそここが踏ん張りどころなのだと、『大人な』ウリバタケは自分を鼓舞して今眼の前の仕事に取り組むようにしている。
嗚呼、なんという男の戦い。
家族と友の未来を懸けたこの戦いに勝利し、緑の地球は俺達が護る!
……あのバカ、ヤマダ・ジロウが生きていたのなら、喜び勇んで戦っていたことだろう。そしてウリバタケもうっとうしく思いながら、背中を支えてやっていたのかもしれない。
やはり気が滅入っているのだろうか。ふと昔のことを思い出してしまった。
雪は居住区の廊下を足早に移動していた。
恋する進が変に気落ちしていないかが心配で堪らなくなり、仕事の合間を縫ってその姿を探しているのだ。
ルリが倒れたいま、雪は生活班長の職務に加えて副オペレーターとしてヤマトの情報管理を行わなければならない。
さすがの雪でもそれだけの激務を処理することは不可能なので、いまは事務仕事に強いエリナの助力も借りて辛うじて捌いているありさま。本当ならこんなことをしている時間はない。
だがその忙しさにあっても、雪は進が心配で仕方がない。母親同然のユリカが倒れて、進もさぞショックを受けているだろう。
雪だって辛い。雪にとってはユリカは尊敬する上司であると同時に、年の離れた友人でもある。それに――今後の進展次第では将来の義母も同然の人だ。
イスカンダルまでの旅路はまだ半分も過ぎていないのに、ユリカの体調がここまで急激に悪化するとは予想されていたようで、されていなかった。
決して楽観していたわけではない。雪もイネスもユリカの体調管理には気を遣っていたし、ユリカも大人しくしていないようで自身の体調管理には相応に気を遣っていた。
次元断層に落ちたのはまごうことなき事故であり、だれの責任と言う訳ではない。なのに彼女への精神的依存が原因となり、クルーはだれしも責任を感じてしまって士気を落としている始末。
普段からユリカがどれだけ自分の支えになっていたのか。どれだけ過酷な状況下において導いてくれていたのか、いやというほど突きつけられてしまって、心を病んでいる。
とくに後継者として鍛えられていた進にとっては……少しでも支えになりたい。愛する進の支えに。
――自身の辛さも誤魔化したくて雪は進の姿を探していた。
居住区には姿が見えなかったので、艦橋か艦長室にでもいるのかと思ってエレベーターに乗ろうとしたところで、当の進とばったり出くわした。
「雪、どうしたんだ? 血相変えて……」
「え!?」
進に言われて思わず顔に触れてみると、いまさらながら強張った表情をしていたことに気付いた。
やはり、この艦内の空気は日頃クルーの精神衛生を気遣っている雪にとっても辛かったのだと、改めて思い知らされた。
「え、あ、その……古代君のことが心配で……」
動揺があったからか、つい本音が漏れる。
雪の言葉に目を見開いて驚いた進だが、すぐにふっと表情を和らげて雪に微笑みかける。
「心配してくれてありがとう、雪。……でも、もう大丈夫だ。雪は少しでも艦内の空気を改善できるよう、なにか考えてくれないか?」
そう言われた雪は「ええ、わかったわ」と頷くしかなかった。進はそんな雪の肩を叩いて「頼りにしてるよ」と声をかけるとエレベーターを降りて居住区を進んでいく。
凛々しい進の横顔に見惚れながらも、雪の冷静な部分があの方向は進の部屋だと気付いた。
(あのファイルを置きに行くのかしら。自室に置くということは重要な資料ではないのだろうけど、あんなに厚い資料をいったいどこで――)
雪は進が脇に抱えていた分厚いファイルが気になった。
もしかしたらとんでもない内容が書かれているかもしれない。女の感が囁く。
もしかしたらユリカが、進を奮起させるなにかを万が一に備えて残していたのかもしれない。
雪は、ふとそう考えるのであった。