古代守は状況を整理していた。
聞けば、彼女には二ヵ月ほど前に救出されたようで、残されたわずかな医薬品をすべて使って処置したあとらしく、すでに峠は越えているのだとか。
そして守の証言と照らし合わせる限りでは、冥王星攻略作戦失敗から約三ヵ月が経過している。
スターシア曰く、太陽系から比較的安全な航路を選んだ場合、ガミラスの宇宙船なら一月もあれば余裕でここ大マゼランまで帰れてしまうのだとか。
――つくづく、技術力の差を思い知らされる。
守から地球の惨状を聞いたスターシアは、悲しそうに顔を伏せていた。
――はたしてそれが地球を憐れんでのものなのか、それとも隣人の暴挙に由来するのか、守には図れなかったが、なんとなく両方なのだと感じた。
「古代守さん、あなたは――あなたは、ミスマル……いえ、テンカワ・ユリカという女性をご存知でしょうか?」
スターシアの口から意外な人物の名が飛び出したと当時は思ったが、いまになってみれば当然の問いだったと思う。
「ええ、存じてます。彼女は――地球で数年前に起こった戦争を集結に導くきっかけを作った、『英雄』の一人ですし、つい最近起こったテロ事件での被害者でもあります。そして、正真正銘――地球最後の反抗作戦に使われる宇宙戦艦の建造に深く関わった、いまの地球に欠かすことのできない人材です」
守は当たり障りのないレベルで答えた。ヤマトのことで勧誘される前まで、その程度の認識だったのは事実であるし、彼女を――彼女たちを死なせないために自分は命を捨てたのだ。
正直に言えば、彼女の安否はいまも気になっている。守の記憶にある最後の姿の時点で、相当弱っていたことが伺えた。
おそらく完成なったヤマトと共に、いまも戦っているのだとは思うが……。
「彼女の具合はどうでしたか? 私たちが提供した医薬品は、効果がありましたか?」
そう言われても、守は地球がイスカンダルから支援を受けたことを知らない。自分が冥王星での戦いで。そのことを伝えるとスターシアは残念そうに「そうですか……」とだけ返した。
「スターシアさん、あなたはミスマル大佐とお知り合いなのですか?」
守の質問にスターシアは丁寧に応えてくれた。
スターシアが語った真実は守には飲み込み難いものだったが、ともかくユリカがボソンジャンプを利用して自身の意識をこちらに残されていたフラッシュシステムの端末――ガンダムのフレームにシンクロさせることでスターシアと綿密に打ち合わせ、ヤマトの再建に必要な支援だけでなく、噂に聞いた新型機や守も目にしたGファルコンと言った新兵器の完成にも関わっていたということも理解した。
しかしまさか、ヤマトの再建の裏にこのような事情が隠されていようとは……。
だとすれば、体調云々以前にヤマトの旅とは、彼女の命を賭した文字どおりり最後の手段だった――ということなのか。
ならば、あの入れ込みようも理解できる。
スターシアは言った。「私はユリカがヤマトで無事イスカンダルにたどり着くことを願っている」と。
守も同感だった。
現在は連絡も途絶えてしまっているのでその動向は図れないでいるが、隣人のデスラーから以前ヤマトの艦長について尋ねられた、つまり彼の関心を引くほどにヤマトはうまく立ち回っているということが窺えた。
だが、それ以上の情報はイスカンダルには伝わってこない。ヤマトがいまどうしているのか、無事に航海を続けているのかは、イスカンダルにいる限り、知りようがないことである。
スターシアから裏の事情を聞かされて以来、守はどうにかしてヤマトの旅を支援できないかと考え始めていた。
守とて地球人だ。死んでいった部下たちの命に報いるためにも、ヤマトの航海は絶対に成功させたいと考えるのが当然であろう。
問題は、どうやって支援するか、だった。
目が覚めてから一ヵ月。守はだいぶ回復して自由に動けるようになっていた。さすがに激しい運動を長時間続けるようなことはできないまでも、宇宙船を操縦するくらいなら問題ない。
幸い、イスカンダルから地球までのおおよその宇宙図は手元にある。
ヤマトのワープ性能も、改装に関わったイスカンダルのマザーコンピューターの演算によれば、跳べたとしても二〇〇〇光年程度が目安で、自己改良を続けても、ガミラス艦を無傷のまま鹵獲して部品を移植でもしない限りは、プラス二〇〇光年が限界らしい。
もちろんこれは技師の技術力や頭脳の程度を考慮していない数値だが、確度の高い情報であると思う。
航路の予測は立つ。トラブルによる寄り道やずれはあるにしても、合流できる可能性は依然として残されている。ならばなんとかして、航行中のヤマトに物資を届けられないだろうか。
守はそう考えてスターシアに相談を持ち掛けてみた。スターシアは眉根を寄せて思案していた。守は辛抱強くスターシアの返答を待ち、十数分が過ぎる頃になってようやく「――わかりました。ヤマトの支援の可能性を模索しましょう」と許可を出してくれた。
そうと決まれば行動あるのみ。守はスターシアが開放してくれた防護扉を潜ってタワーの最下層にある格納庫、それに隣接した倉庫に足を踏み入れた。
ユリカと交感し奇跡の立役者となったガンダム。使える機体の一つでもないだろうかと考えてのことだった。
スターシア曰く「すべての機体が解体・封印処置を受けましたが、破棄はされていなかったはずです。手入れもされていないので経年劣化はあると思われますが、使える部品が残っている可能性はあります」とのことなので、徹底的に洗い出す所存である。
探し出して数日。保存状態のいい部品の入ったコンテナが数個見つかった。
守の知識と技術では組み上げられそうにないが、使える部品ではないかと思う。
おそらくヤマトには親友の科学者――真田志郎が乗っているはず。ヤマトの再建に関わっていると聞いていたし、彼の性格なら、こういった局面で最善を尽くそうとするだろうと予測できる。確証はないが確信は持てるという、字に表すと矛盾しているようなこの気持ち。親友ならばこその理解であろう。
その彼でなら、この部品とアイデアさえあればこの部品を有効活用して役立つ物品の一つや二つ用意できると、守は信じて疑わない。
あとは移動手段だが……おあつらえ向きのものを見つけた。ガンダム用のオプションとして用意されたのであろう、波動エンジンとワープエンジンを搭載した巨大な外付けのモジュールを見つけた。しかも状態がよく部品も完全で、イスカンダルの自動工場に運び込めば組み上げられる状態とは、実に運が向いている。
これをイスカンダルに残存している連絡船を組み合わせれば――ヤマトと合流可能だ。
それに、この輸送モジュールのデータを反映すれば、ヤマトはイスカンダルやガミラスの域には及ばないまでも――連続ワープ機能をほぼ取り戻し、イスカンダルまでの旅路を短縮できるはず。
一日でも早く辿り着かねばならない彼女らにとって、この上ない助けとなる。
問題は、この広大な宇宙を旅するヤマトの所在をどう突き止めるか、だ。
おおよその航路はわかるにしても、正確にワープアウトせねば行き違いになってしまう。観測機器の性能は純イスカンダル製のこちらが勝るだろうが、連絡艇に詰める程度、かつ自動工場によるやっつけ仕事ではあまり期待が――。
どうしたものかと悩んでいる守の耳に、スターシアの悲鳴が突き刺さった。
駆けつけた守の視界に飛び込んだのは、ボソンジャンプシステムとフラッシュシステムが起動した例のガンダム・フレームと、その眼前で蹲るスターシアの姿。
駆け寄った守に、スターシアは告げた。
「ユリカの……ユリカの状態が急激に悪化しました……」
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第十八話 新たなる脅威! 暗躍する第三勢力!
マグネトロンウェーブ発生装置を停止し、マグネトロンウェーブはもちろん強磁性フェライトと連動して動きを封じていた磁力線の影響も消え去ったヤマトは、マグネトロンウェーブの影響で不調を起こしていたディストーションフィールド発生装置の再調整を完了していた。
出撃できずフラストレーションの溜まっていたウリバタケの汗と涙の結晶というべき成果である。
フェライトを除去しないことにはヤマトのコンピューターが正常に動かないため、再起動したディストーションフィールドでフェライトを艦体から隔離、その後フィールドを球体状に広げてから補助エンジンを点火して前進、フェライトの中から抜け出すプランが決行された。
「補助エンジン始動、出力上昇中」
「補助エンジン点火、一〇秒前」
第一艦橋に戻ってきた真田が固唾をのんで見守る中、出航用意が進んでいく。
工作隊として活躍して疲れ果てたラピスに変わって機関制御席に就いた山崎が、計器を読み上げ補助エンジンが正常に稼働中であることを告げる。
報告を受けた大介が操舵席から補助エンジンの点火スイッチを押す。すると、ゆっくりと前進を始めたヤマトが強磁性フェライトの雲の中から姿を覗かせた。
相変わらず計器が正常とは言い難い状況なので、こうして前進するだけでもひやひやものだ。なにしろ宇宙はなにが飛んでいるか知れたものではない。こうやって進んでる間にも、なんらかの物体がヤマトに直撃して損害を被る危険があり得る。
幸いなことにそういったトラブルに直面することなく強磁性フェライトの霧の中から抜け出せた。フェライトの影響を受けていた計器類も少しづつではあるが正常値に戻りつつある。
「さて、あとは工作班を動員して艦体に付着したフェライトの除去作業だな。ちゃんと除去してやらないと、トラブルの基になるからな」
真田はヤマトの艦体に大量に付着しているフェライトを見て、「しかし面倒な作業だな」と珍しく愚痴る。
この作業には工作班総出プラス作業用の小バッタ総動員で行うのだろうが、綺麗に除去するには数時間は掛かる。
きれいに除去しなければならないとはいえ、要塞を沈黙させてきたばかりだとさすがに重労働だな、と思っていたら。
「真田っちは休んでくれてていいぞぉ〜。俺たち居残り組がせっせと除去しちまうからよ」
ウリバタケが労りの通信を送ってきた。
ふむ、ありがたい言葉である。
真田は少し悩んでから「では、お願いします」と了承してユリカに伺いを立てている。
「いいよいいよ、休んじゃって。大活躍だったもんね」
ウサギユリカ・はいぱ〜ふぉ〜むな艦長はもふもふな腕を組んでうんうんと頷く。
……やっぱり、早々に完成型を作ろうと真田は硬く誓った。
緊張感が――保てない。可愛いのだが、人妻かつ恩人に対して長々とさせているべき格好では――断じてない。
真田は超特急で完成型を作り上げようと心に誓う。
だがまずは休憩が先だ。後方展望室にでも行くことにしよう。
後方にある強磁性フェライトの霧は邪魔だろうが、少しくらい星の海を眺めて心癒されたほうが、精神衛生上好ましいだろう。
そう思って展望室を訪れた真田は、手すりに両腕を乗せてもたれるように宇宙を眺めている進と出くわした。
「真田さん――」
「よう、古代。おまえも息抜きか?」
真田が問いかけると進は頷いてから、「兄のことを考えていたんです」と呟いた。
その言葉には真田も表情が変わる。進の兄・守は、彼にとっても無二の親友と呼べる存在だった。
その最期を思えば、心乱さずにはいられない――そんな存在。
「古代……守、か。あいつは――どんな気持ちで囮役を務めたんだろうな」
「? 真田さん、兄のことをご存じなのですか?」
「ああ、よく知ってるとも……いままで黙っていたがな、俺とあいつは無二の親友だったんだ」
真田の告白に進はわが耳を疑った。
いや――待てよ、たしか高校時代の守は、曰く「理工学系の面白い奴友達になった」と楽しげに語っていたような気がする。なにぶん幼き日のことなのであまり記憶にないが……。
「俺とあいつは、高校時代にたまたま知り合ってな。派手なおまえの兄貴と地味な俺――まったく正反対なはずの二人は奇妙なほど馬が合ってな。シームレス機の中で話したように、当時の俺は、将来は科学を屈服させようと息巻いてひたすら勉学に打ち込んでいた時期だったが……あいつと付き合い始めたおかげで、いい意味でガス抜きができたよ」
真田は当時を懐かしむ様に思い出話を少し、聞かせてくれた。
本当に――色々と振り回し、振り回されたものだと。大人と言うには幼く、子供というには年を取った、なんとも半端な時期の思い出。だが色褪せない、在りし日の大切な思い出。
真田は思い出話をそう締めくくった
「そうだったんですか……」
「ああ。だからな、古代。気を悪くしないで欲しいんだが、おまえを見てると――どうしても守のことを思い出してな。……寂しい気持ちも沸き上がるが、それ以上にあいつに変わってお前を見守っていきたいと考え、今日までを過ごしてきた。正直に言って、おまえの急成長には驚かされてるよ。艦長やアキト君の存在が、今日のおまえを形作ってきたんだと思うと、感慨深いものを感じるな……」
真田の言葉に進は小さく頭を振った。
「艦長やアキトさんだけじゃありません。真田さんが――ヤマトが俺を育てたんです」
真田も笑みを浮かべて頷いた。
それからしばらくは守の思い出話が花咲く。家ではこんなだったとか、学校ではこういったことをしていた、とか。
そうやって昔話にひとしきり盛り上がったあと、進は言った。
「俺は、兄がまだどこかで生きているような気がするんです」
と。
真田は静かに頷いて肯定した。
「少なくとも、俺たちの胸の中に――思い出の中で守は生き続けている。俺たちが忘れ去らない限り、ずっとな」
進も頷き、二人は仲よく連れ合い後方展望室をあとにした。
折角の機会だからと、真田はユリカ用の補装具の制作に関して意見を少々求めたのだ。
ウリバタケの思惑を振り切りさっさと仕上げてしまうためにも、ここは『そういう意味』では常識人の進の視点が欲しい、とのことだった。
進もいまは長めの休憩を貰っていて支障がないので、所在を第一艦橋に報告してから真田に同行する。
真田がわざわざこういうのだから、さぞウリバタケ発案の補装具と言うのはおかしなものなのだろうと警戒しながら、進は機械工作室のドアを真田と一緒に潜る。
そこで見せられたウリバタケ案の補装具のアイデアを見せられて、進はそっとアキトに一報を入れるのであった。
アキトさん、あなたは夫として怒っていい、と。
そしてアキトと進の監修の元、ユリカ用の新しい補装具が形になった。
真田とイネスに言わせれば「まだ完全とは言えない」らしいのだが、いつまでもウサギユリカでは士気に関わる(緊張感を削ぐ)と、短い休憩で必死こいて形にしてくれた力作だった。
まだ工作部隊として突撃して三時間程度だというのに……アキトと進は頭が上がらないな、と感謝の意を示す。
もちろん余計なことをされないよう、ウリバタケが艦外作業で関与できないタイミングであることも織り込み済みの作業であった。
ウリバタケが示したアイデアを見て呆れ――を通り越して怒りが込み上げてきたのは、アキトも同じだった。
「ほえぇ〜。これが正式版なんだ!」
早速エリナとイネスの手も借りてユリカが身に付けたのは、身体に密着した黒いボディースーツだ。
ベルト状の人工筋肉や体温維持に必要な保温・冷却機能が盛り込まれた、ある意味次世代型パワードスーツの雛型というべき代物である(現時点ではその用途に使える性能は与えられていない)。
また、いまのユリカは不健康そのものと言えるくらい体の線が細くなってしまっているので、人工筋肉だったり保温・冷却機能も利用して在りし日のスタイルに近づけるよう、肉襦袢よろしく盛ってある。
これはさんざん悩んだ末、「健康そうに見えるほうがいい」という決断から実施された気遣いだ。
この上にいつもの艦内服を着こみ、胸元にはみなが送ったブローチを飾り、艦長帽とコートを羽織れば、新スタイルのミスマル・ユリカ艦長の出来上がりだ。
「うん! すっごくいいよこれ! 着ぐるみよりは全然動きやすい!」
その場でくるくると回って見せるユリカの行動にアキトと隣のエリナはハラハラさせられるが、転倒しそうな素振りはない。上手く仕上がっている。
ほかのクルーにもちゃんと仕上がったことを報告すべく、映像と音声を艦内中に放送しているので、さながらファッションショーの様相を呈していた。
すっかり色が抜けて白髪となってしまった頭髪も、もう染めて誤魔化しても手遅れと判断してそのままにしてある。
衰えた姿には違いないのに、「旧ヤマト式の敬礼!」とか言って拳を握った右腕を胸の前で横にして掲げてみせるなど、呆れかえるほどいつものノリなので、みんなで苦笑しながらも、元気そうでなによりと、ちょっと安心した。
「ちぇっ。結局この案で通っちまったか」
完成の報を聞いて、お披露目会場となった中央作戦室に駆けつけたウリバタケは残念そうに呟いている。
ウリバタケが考えていたのは、真田案では悩んだ末だったスタイル補助の肉襦袢も最初から盛り込んだ『旧女性用艦内服型のボディースーツ』だ。
一応着替えの手間も減るし、緊急処置のとき脱がしやすいという合理的な理由を上げてはいるが、はっきりとセクハラ親父の考えが透けていた。
それをよぉ〜〜く理解しているアキトは、残念そうなウリバタケの後ろから肩を叩いた。
「セイヤさん、人の妻で遊ぼうだなんて……そんな不謹慎なこと考えてませんよね?」
静かだが、とても迫力のある声色にウリバタケの体が硬直する。その肩に置いた手に、力が籠ってしまうのは気のせいではないはずだ。
「と、当然だろテンカワ! お、俺は純粋に自分の案のほうが機能的だと思っただけで……!」
見苦しい言い訳をするウリバタケに「次は、ないですからね」と釘を刺す。アキトの放つ黒いオーラ(殺気混入)にウリバタケは一も二もなく頷いて応じた。
うん、人間物分かりがいいのが一番だよ。
アキトは心から嗤った。
そんな騒動のあと、アキトは格納庫に戻ってダブルエックスの修理作業の手伝いを始めた。
工作班の大半は強磁性フェライトの除去作業で忙しいので、人手を増やして少しでも作業を進めておきたい。
ガンダムはヤマトの貴重な戦力だ。いつまたガミラスが来るかわからない状況下で、整備中のままにはしておけない。
「テンカワ」
コックピット内部の基盤の交換作業をしていたアキトに、コックピットハッチから顔を覗かせたイズミが声をかけてきた。
「よかったね、艦長がとりあえずは元気になって」
どうやら心配してくれていたらしい。同じ科の同僚としては唯一真相を知らされていることもあってか、イズミは最近こうしてアキトを気遣う機会が増えている。
実にありがたい話だ。
「ありがとう、イズミさん。でも、油断は禁物なんだ。さすがに日常雑務の類はもうジュンとか進君に投げっちゃって、戦闘指揮とか今後の方針に関わる重要な決断に関与するに留めたほうがいいって、イネスさんからも念押しされてるくらいだからね」
基盤の交換作業を終え、メンテナンスハッチを閉じたアキトがコックピットから這い出す。
ダブルエックスは現在、全身の装甲の張替えや損失した部位を新品に置き換えるなど、オーバーホールの真っ最中。
普段の格納スペース内では手狭とあって、駐機スペースのほうに置かれ、直立状態で整備を受けている。
全身の装甲の大半が剥がされて内部構造を露出した姿は痛々しくもあり、同時にメカ好きの心をこれ以上なく揺さぶる姿だと思う。
サテライトキャノンも使えずたったの二機であれだけの敵の足止めに成功し、五体満足で帰ってこれたのはこいつの性能のおかげだと思うと、感謝の念が尽きない。
「お〜い、アキトく〜ん!」
不意に呼ばれてキョロキョロと辺りを見渡し、「下だよ」とイズミに注意されてダブルエックスの足元を見ると、ヒカルが手を振っていた。
「リョーコがコックピット周りの調整教えてって言ってるよ〜」
なるほど、てこずっているのか。
リョーコはまだガンダムに触れて間がないので、テストパイロットも含めれば数か月以上乗っているアキトのほうが整備作業含めて一日の長がある。
本体はともかくコックピット周りの整備作業はお茶の子さいさいだ。
「わかった! すぐに行く!」
「こっちは私が手伝っとく。リョーコの世話を頼むよ」
イズミに送り出されて、アキトはダブルエックスの胸部付近にまで上がっていたリフトに乗り込み、下に降りると向かいのスペースで作業中のエックスの元に向かう。
イズミはそんなアキトの後姿を見送りながら、アキトの代わりに頭部センサーの部品交換を手伝い始めた。
主砲も波動砲も使えないいま、ガンダムがヤマト防衛の要。
そう考えると、イズミも黙って整備作業を見学している気にはなれない。自分のときも心底辛かったが――友人夫婦が死に別れるのを見せつけられるのは、正直ゴメンだった。
せめてあの夫婦の危機だけでも乗り越えさせてやりたいが――はたして、上手くいくのだろうか。
(波動砲から生まれたサテライトキャノン。強大過ぎる滅びの力……いまはこれに縋らないと生き抜くことすら危ういとはね……)
イズミは生き抜くためとはいえ、無差別に破壊をまき散らす大量破壊兵器を搭載したガンダムに、複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「……デスラー総統」
声を掛けられ、目を通していた書類から顔を上げると……険しい表情をしたタラン将軍が立っていた。
「どうかしたのかね、タラン?」
「は……イスカンダルから、宇宙艇が発進しました。進路を計算してみたところ、バラン星の方角に向かっていることが判明いたしました。――イスカンダルがヤマトに対して、なんらかの支援を敢行した可能性がありますが……妨害いたしますか?」
その報告にデスラーも少し驚かされた。イスカンダルがヤマトのおおよその所在を突き止めていることもだが、支援物資を直接的に渡すとは――スターシアの性格と方針を考えれば信じられないことだろう。
となれば、
(あのとき見逃した捕虜が行動した、ということか。しかし、スターシアの承諾もなく実行できるとは考え難い。そして――スターシアが行動を起こさざるをえないとなれば……)
ドメルからの最新の報告によれば、ヤマトは現在ビーメラ星系第四惑星を目指していると聞く。
先を急ぐ航海とは言え先立つ物は必須。度重なる戦闘やトラブルを考えれば、ヤマトの物資も困窮しているのであろうことは容易に予想される。
そうなると、バラン星から少し航路を外れるが、水と植物が補給できるビーメラの存在は無視できず、必ず進路を取る。そのため最短コースを選べば、超新星間近の赤色超巨星に接近するだろうから、そこに仕掛けた罠で痛めつける。撃沈はできなくてもいい。
さらに、ビーメラ星系に到着したヤマトを民間設備に手を加えたマグネトロンウェーブ発生装置でさらに打撃を与えつつ――水と食料、そして金属資源を意図的にくれてやることで時間を数日とは言えロスさせる。
――そうすることで、バラン星への接近を遅らせ基地を隠蔽させる算段となっていた。
無論、くれてやった物資の中にはバラン星基地を匂わせてしまうものも含まれているが、それ自体が『基地施設に民間人がいることを匂わせ、攻略に二の足を踏ませる』誘導にもなっている。
地球攻略を断念し完全に手を引いた場合を考えると、バラン星基地が破壊されることだけは絶対に阻止しなければならない。
あそこの基地は移民計画に則り、先発してインフラ整備をしている民間人が多数居住しているのだ。これを犠牲にするわけにはいかない。
当初の予定どおり地球を手に入れたとしても、居住できるように環境を回復させるには時間が掛かる。
凍てついた地球を急速解凍するための装置のテストも民間主導で行われているし、地球の準備が整うまで――そしてヤマト出現以降は万が一の失敗に備えた重要拠点として拡張が進行している施設だ。
万が一にもヤマトに発見され、破壊されるようなことがあったらガミラスは行き場をなくしてしまう。
逆を言えばあそこさえ無事ならビーメラから水と食料を得ることで、ほかの星を探すまでの時間稼ぎができる(原生林の規模からくる開拓の手間やら周辺状況を考えると、ビーメラ4は第二のガミラスには適さないので除外された)。
だからこそ正攻法では攻略できないヤマトの強さを逆手にとって、こんな変化球な作戦を実施している次第だ。
(まだ……ヤマトに沈んでもらうわけにはいかない)
あのスターシアの眼鏡に叶ったミスマル・ユリカという人間なら、民間施設を確認すれば攻撃を控えて逃走する可能性は高いだろうと、ドメルと見解が一致している。
そんな人間でなければ、どれほど縋ったとしてもあのスターシアがコスモリバースシステム――それと密接に関わったタキオン波動収束砲を渡すはずがない。
しかし、同時にあの艦はどうしても避けることができない状況下では、涙を呑んでそれを成す覚悟がある。そこに躊躇はないだろう。
デスラーはヤマトの戦いをそう解釈しているし、スターシアもそういう用途の使用であれば咎めはできまい。
ゆえに、ドメルが計画しているヤマトへの艦隊決戦が失敗に終わったら――デスラーは大人しくヤマトのイスカンダル行きを認めるか、移民船を護るべき戦力を総動員してでも対峙するかの二択を迫られることになる。
――ヤマトはイスカンダルとガミラスが連星であると知っている。となれば、タキオン波動収束砲に物言わせて降伏を迫ってくる可能性は高い。そうなったら――ガミラスは飲むしかない。
……その場で飲んだ振りをして、地球帰還前に反故して叩き潰すことは可能だ。コスモリバースを受け取ればタキオン波動収束砲も封じられる。ヤマトとて、承知のことだろう。
そうなれば武力に物言わせて降伏を迫ることは決して不可能でない。ガミラスの未来を考えるのならそうするべきなのはわかっている。
しかし、デスラーとて誇りがある。誇りがあるからこそ、『本物』に対しては相応の敬意を払うべきだ。
ヤマトは敬意を払うにふさわしい相手だ。だからこそ約束を反故して後ろから撃つような真似はできない。デスラーのプライドが許さない。
それに――。
あのヤマトなら、ヤマトを操る地球人なら――解かり合えるかもしれないと、漠然と考え始めている自分がいた。
自分でも驚く解決方法であるが、デスラーはこの甘いにもほどがある考えを妄想と切り捨てることができなかった。
実際、ヤマトの戦いは気高かった。
冥王星での戦いでは地球への影響を考えてのことだとしても、彼女たちはタキオン波動収束砲を使わなかった。それは、大量破壊兵器で安易に人殺しをしたくないという、彼女の――ミスマル・ユリカの甘さの表れでもあったのではないかと、デスラーは思うのだ。
そんな彼女だからこそ、スターシアはタキオン波動収束砲を託したのではないだろうか。
そう考えてしまうと、あれほど嫌悪していた地球人であるにかかわらず、ヤマトだけは、ミスマル・ユリカだけは信じてもいいのではないかという考えが首をもたげる。
それに和平は彼女たちにとってもまたとない好機であるはずだ。
コスモリバースシステムを受け取れば、タキオン波動収束砲は封じられる。その状態でガミラスという脅威を残したままでは安心してコスモリバースを受け取り、地球に帰れない。
――とすれば、イスカンダル到達時点でガミラスとの和解ないし終戦・停戦が望めないのであれば、彼女たちはその砲火をガミラスに向けなければならなくなる。
ミスマル・ユリカは、決してそれを望んでいない。甘い考えだと嘲笑することもできるが、デスラーにはそれができない。
そしてそんな彼女だからこそスターシアは、ヤマトの安全保障を兼ねて――カスケードブラックホール破壊に必須なそれがあることで、デスラーが尻込みすることも見越して、タキオン波動収束砲を託したのではないかと、最近思うようになってきた。
――ヤマトと和解すべきだ。
頭の中で冷静な自分がささやく。
だが素直にそうする気にはなれない。
その選択をしたが最後、戦艦一隻に屈したという拭い去れない大敗の記録が刻まれてしまう。
ガミラスとて無敗だったわけではないが、相手が戦艦一隻、それも滅亡寸前からの大逆転という、大衆好みの英雄譚そのものとなれば、その影響は計り知れない。
そうなったら、デスラーが愛するこの国の栄光が損なわれてしまう。ただでさえカスケードブラックホールに――何者かの侵略に屈したという泥を被っているというのに!
それを避けるためには全力を挙げてでもヤマトを撃滅するしかないが……はたしてそれは、本当に払う犠牲に見合った成果と呼べるのだろうか。
「放っておけ。それでヤマトが時間を使い、バラン星基地の隠蔽工作が滞りなく進むのであればそれに越したことはない……ヤマトにバラン星基地を攻撃されるわけにはいかないのだ」
「わかりました、総統。しかし――相手があのヤマトとは言え、ここまで消極的な対応を迫られるとは……」
タランの表情は複雑だった。たかが戦艦一隻に振り回される屈辱と、たった一隻でここまでガミラスに立ち向かう偉業に対する敬意が入り混じった、複雑な表情。
彼のこんな顔を見るのは、はじめてだ。
「総統。お言葉ですが、総統はヤマトをどうしたいと考えられているのですか? 万が一にもドメル将軍が敗れれば、ヤマトはイスカンダルに接近し――わがガミラスをタキオン波動収束砲の射程に捉えます。ヤマトがイスカンダルの隣にガミラスがあると知れば――」
その言葉はヤマトに対して明確な『脅威』を覚えているからこその言葉だろう。
万が一にも接近を許せば、あの星すら砕くであろうタキオン波動収束砲の威力が物を言う。
対してこちらのタキオン波動収束砲はまだ完成しておらず、タキオン波動収束砲を向け合うことでけん制することすらできない。
いや、六連射できるヤマトのほうが、一発しか撃てないこちらよりも優勢であることは否めないし、運用に関しても一日の長がある。
アウトレンジからの狙撃が成功すれば勝機はあれど、タキオン波動収束砲といえど遠方の敵を撃つときには弾着までに間がある。
避けることは、可能だ。そうなったらヤマトが圧倒的優位となり、ガミラスを叩き潰しに来ることは明白。
タランの懸念は間違っていない。だが、彼には知らない情報がある。
「タラン。ヤマトはとっくにその事実を知っている。承知のうえで、進んで来ているのだ」
デスラーの言葉にタランの表情がはっきりと強張った。
そう、デスラーはスターシアと話したときからこの情報を知っていた。だからこそ慎重にヤマトへの対処を考えなければならなかった。
彼にも、そうしてもらうとしよう。
「でしたら……」
早急に叩くか、それが叶わぬのであれば和平を視野に入れた活動のいずれかが必要になる。そう訴える前にデスラーは――。
「タラン――ヤマトはわれらを滅ぼしてイスカンダルに向かうと思うか? そしてわれわれが地球を諦め、われらが脅威、カスケードブラックホールをヤマトに破壊してほしいと願い、その対価に戦争責任を取って地球を全面支援するとでも訴えたなら、彼らは応じてくれると思うか?」
デスラーの問いかけにタランは少し悩んだ素振りを見せてから、
「はい、総統。われわれが徹底抗戦の構えを崩さなければ、ヤマトがその選択肢以外で地球を救えないと考えたのなら、躊躇はしないと思います。その逆もまたしかり。ヤマトはわれらが共存の姿勢を見せ、裏切られないと判断したのであれば、無碍にはしないと思われます。彼らにとっても利益が大きいのは、後者であると、私は考えております」
「そうか……」
彼もその答えに行き着いたか。
ならば。
「タラン。軍と政府内でのヤマトに対する危機意識について調査を頼む。戦うにしても講和するにしても、みなの反応を知っておきたい。想定外の事態ではあるが、これはガミラスにとって、非常に重要な決断になる」
デスラーは一歩を踏み出すことにした。
ヤマトの和平――それの実現が可能かどうかを吟味するために、タランを使う。自らが信を置く数少ない人間に協力を要請する。いまが、その瞬間だ。
デスラーの指示にタランも慎重な面持ちで頷いた。
……はたしてヤマトはガミラスをどう思っているのだろうか。
デスラーにはああ答えたが、それはヤマトの戦いの情報を見て、彼なりにヤマトの戦いにはある種の気高さ――武士道とでもいうべきものを感じたからだ。
だが、ヤマトとて人が操る艦。人なればこそ、故郷を戦火で焼いたガミラスを憎むのが必然。その憎しみを払しょくできる度量が彼らになければ、和解の余地はない。
復讐の念で放たれたタキオン波動収束砲の業火が国を焼き、国家としてのガミラスは滅する運命をたどるだろう。
対策を一任されたドメルは少数先鋭の艦隊決戦に備え、ヤマトのタキオン波動収束砲を封じ、かつヤマトを翻弄して撃滅可能な新しい戦術を考案している。
いまもガミラスの兵器開発局はタキオン波動収束砲を装備した総統座乗艦と平行して、そのオーダーどおりの兵器を汗水垂らして必死に形にしている最中だ。
最初その案を見せられたとき、タランは実現性を疑った。だが完成すれば今後の切り札になりえるとデスラーの許可も降り本採用に至った。とはいえ、ドメルもそれで確実にヤマトを撃滅できるとは考えていないようだった。
それでも総統が望むのであれば死を厭わぬ覚悟で挑むと宣言していたが、そのドメルとの不意な遭遇をヤマトは退けた。おそろしい艦だと身震いする。正面から戦えば、タキオン波動収束砲を装備していることを考慮しても、ドメルすら退ける可能性を秘めたあの艦が、なによりも恐ろしい。
タランは願わくば、ヤマトと手を取り合い共存の道を選ぶほうが得策と考えていた。総統の補佐官として接点の多いヒス副総統も同じような考えを示している。
これ以上ヤマトと戦い続けるのはリスクが大きすぎる。ましてやカスケードブラックホール問題を抱えたいまのガミラスには。
ヤマトがガミラスの提案に頷いてくれるかどうかは定かではない。
しかしヤマトの協力があれば、ガミラスは生き延びられるかもしれない。六連射可能なタキオン波動収束砲はガミラスで開発中の物よりも優れている。もしかしなくても、あのカスケードブラックホールを消滅せしめる威力を有しているかもしれない。
そうなれば――都合のいい話だが、ガミラスは地球を狙う理由がなくなる。
そしてヤマトに恩ができる。
それを理由にすれば、『敗戦国』としてではなく、『救われたもの』として地球の復興を支援し、その罪を償うことができるかもしれない。
だがタランはそう考える自分が恥ずかしかった。地球にとって侵略者という身の上でありながら、被害者相手に身勝手な期待を抱いている。
身勝手だと、恥知らずだと罵られても、いまのタランはなにも言い返せない。
タランはきっと、デスラーも同じ苦しみを抱いているのだと考えるだけで、すべての責任を彼に押し付けてしまう独裁政治というガミラスの政治システムが、恨めしかった。
艦長室で眼前に見える緑豊かなビーメラ第四惑星と、その手前にあるヤマトを『びみょ〜うに』苦しめたマグネトロンウェーブ発生装置をちらちらと見ながら、ユリカは呼び出した進やアキト、エリナやイネスと言った『共犯者』を交えて、奇しくもデスラーとタランが繰り広げていたのと同じ話題の議論を重ねていた。
マグネトロンウェーブ発生装置の罠の不自然さなどから、ユリカたちはあれはヤマトへの事実上の補給物資であり、バラン星への接近を暗に遅らせて欲しいと言う意志表示と見ていた。
つまりそれは――。
「――バラン星にガミラスの基地があるのはほぼ確実と考えていいのだとすると、接近は避けて通り過ぎるのが一番安全ってことになるわね」
ユリカはエリナの言葉に頷く。進も戦闘班長としての立場から、
「素通りした場合、基地施設を交えた艦隊との戦闘は避けられますが、後方に敵を残す形になります。そうなった場合、ガミラス本星に接近した際に講和できたのならともかく、そうでない場合は帰路の妨害も心配しなければならないのがネックですね。それに、木星での件を考えると、バラン星攻略に反対するクルーも出てくると思われます」
と指摘した。
後願の憂いを立つ。そのためにヤマトは波動砲をもって市民船を――木星人の故郷の一角を消滅させたのだ。
立地条件的に太陽系内に拠点を残すに比べれば、一見危険度は大きく劣るようにも思える。
が、バラン星の基地の規模が不明な現状では安易な決断は下せなかった。
ガミラスはこちらよりもワープ性能が格段に優れている。冥王星基地の存在を考えればバラン星から直接地球に侵攻することは考え辛いが、可能性としては残されていると言えよう。
それに、銀河系と大マゼラン雲を結ぶ延長線においてバラン星はちょうど中間地点。前線基地ないし補給基地として大規模な施設を有している可能性は極めて高く、その規模は冥王星の比ではないはずだ。
だとすればヤマトの航海の安全のためにも、波動砲をもって一気に撃滅を図るのが得策ではあるのだが……。
「バラン星の基地の規模がわからない限り、迂闊に波動砲と言う訳にもいかないよな……ユリカ、たしかガミラスは、カスケードブラックホールによる母星消滅の前に地球に移住することが目的なんだろ? だったら、バラン星基地は――」
「中間補給基地も兼ねた移民船の停泊地――または一般市民の一時避難先になっている可能性も否定できないよ。今回の件からするに、もう民間人が入ってる可能性は高いと思う」
ユリカも険しい顔でアキトに答える。
それがあるから、バラン星基地への対処は難しい。虐殺なんて、しかも一般市民を対象とした虐殺なんて、やりたくない。
「たとえガミラスが敵国で、地球を滅亡寸前に追いやった怨敵であっても――それを理由に波動砲で避難地を……一般市民ごと吹き飛ばすような真似をしてしまえば、平和的な解決を模索すること絶対にできなくなる。仮にガミラス本星に接近してから波動砲で脅してもなお徹底抗戦の構えを取るのであれば、こちらも徹底抗戦しかないけれど……いい気分じゃないわね、仮定の話だとしても」
イネスもいつもどおり冷めたような表情と口調ではあるが、声には苦いものが混ざっていた。
「――ガミラス憎しを口にしていた俺が言えた義理ではないかもしれませんが……それでも、平和的に解決できるに越したことはないと思いますし、自ら進んで波動砲で破壊の限りを尽くせば――俺たちは、それこそガミラス以下の暴君に成り下がってしまう。それだけは、亡き沖田艦長から受け継いだこのヤマトの使命に掛けて、断じて容認できません! ヤマトが敵国そのものを滅ぼすとしたら……それは、そうしなければ地球が滅んでしまうような極限状況下に置かれたときだけです。俺たちは――このヤマトに込められた願いのためにも、安易な決断を避け、平和的な解決を模索するべきだと考えます」
「戦争という嵐で、平和という安寧が流されないよう、繋ぎ留める……か」
進の言葉にエリナはヤマトに施された白い錨マークを由来を――ユリカが語り、ヤマトに込めた願いを口にした。
それは願いの刻印。――波動砲の真上に描かれた、ヤマトの船腹に大きく描いた願い。
平和を求めるヤマトが、平和とは真逆の行為に進んで手を染めることは避けるべきだ。
それがなせないのでは、沖田艦長に顔向けできない。ヤマトを殺戮の兵器に貶めることだけは、断じて許されない。
ユリカはそんなことをさせるためにヤマトをよみがえらせたわけではないし、スターシアもそんなことをさせるためにトランジッション波動砲の技術を託したわけでもない。
ヤマトに込められたいくつもの強い願い。それに泥を塗るような真似は、ヤマト艦長として避けなければならないのだ。
「平和的解決か……それでも切り札になるのが波動砲とは皮肉よね。――本当に波動砲の全弾発射システムでカスケードブラックホールを破壊できるの?」
この中では唯一の技術者であるイネスが、珍しく疑問の声を上げる。
波動砲のシステムに関しては彼女も随分詳しい域に達しているはずだが、カスケードブラックホールについての情報共有が不足しているからだろうか、不安を感じているらしい。
「理論上はね。カスケードブラックホールと言ってもしょせんは人工物、壊せないことはないよ。あれはブラックホールみたいに見えるだけで、その正体は次元転移装置。言うなれば原理と規模が違うチューリップが、有益な資源になりそうな星々を飲み込みながら宇宙を猛スピードでカッとんでるみたいなものだから。波動砲のパワーなら、その転移装置が生み出す重力場の影響を振り切って本体に届かせることができると思うよ。実際スターシアはそれを理由にデスラー総統から技術提供を求められたらしいから、ガミラスでも勝算はあるって判断するに足りるデータは揃っているはず。だからこそ、技術提供を断られたとしても波動砲の自力開発に着手しているだろうから、ヤマトがイスカンダルに辿り着く段階で形になっていてもおかしくはない、その威力がヤマトに向けられる危険性もあるとは、忠告を受けてる」
「だとすると、イスカンダルを目の前に波動砲で狙撃される危険が伴うってことになりますね――その場合、こちらにも波動砲による反撃の名目が立つと言えば立ちますが……その場合波動砲の向ける先は……」
「間違いなくガミラス本星になる。でも連星だというのなら、迂闊にガミラス星に波動砲を撃つと、イスカンダルへの影響が懸念されるわ……」
「たしかにね……前にヤマトが本土決戦を挑まれたときの記憶に、海底火山脈に波動砲を撃ちこんで相手の足場そのものを崩すって手段があったの。記憶見ただけで詳細はわからないんだけど、沖田艦長の助言によって実行されて――」
「向こうの世界の俺が、撃ったんですね。俺もファイルの資料を見ただけですけど、それしか方法がない状況に追い込まれていたのはたしかだと思います。言い換えれば、和解の手段を見つけられずにガミラス本星に接近するということは――」
「ヤマトかガミラス、どちらかが屈するか滅びるまで砲火の止まない殲滅戦になる……か。正直、心底ありがたくない状況よね」
ユリカと進の言葉にイネスも心底嫌そうに自分の感想を漏らした。
だが、ガミラスが応じてくれなければ和平はあり得ない。
それに――。
「クルーの考えも気になります。カイパーベルトの戦いやベテルギウス突破以来、明確にガミラスへの怨恨を口にするクルーはかなり減ってしますが、それでもここまで地球を追い込み、特に木星を始めとする宇宙移民の人たちは国自体を滅ぼされています。ユリカさんが絶対的な信頼を得ているとはいっても、和平路線でガミラスとの終戦を考えていると公表した場合は、感情的に従ってくれる保証がありません。いま結束が乱れれば、ヤマトは……」
進の指摘にユリカも重々しく頷く。
単純な戦艦としての機能の高さではなく、クルーの結束が生み出す想いの力をヤマトが受け取ることで絶大な戦果を導き出してきたのがヤマトだ。
その結束を生み出す要因の一つが目的意識。
今回のヤマトの旅は、あくまでイスカンダルに辿り着いてコスモリバースを受け取り、地球を救うことが目的。
それ以外にクルーの願望としてユリカの回復があるが、ガミラスに対しては基本的に『障害になるようなら排除する』の方針で一致している。
これは、ガミラス星の所在がわからずこちらから打って出ることができないと考えられているからこそだ。
逆に所在が知れていれば、波動砲で殲滅という極端な手段も取れるし、そうするべきだという意見が出てきてもおかしくない。
「俺たちの意思統一もそうだけど、はたしてガミラスが俺たちの要求に耳を傾けてくれるのかってのも疑問が残るんだもんな。ガミラスが交渉らしい交渉をせずに地球を侵略に掛かったのは、俺たちを下に見ていたってのもそうだけど、もしかしたら木星との戦争とか火星の後継者のテロによる国内の混乱が影響してる可能性がなきにしもあらず、なんだろ? 波動砲があるにしたってたかが戦艦一隻。ガミラスの連中が本腰入れて潰しに来ないのも妙な話だ。波動砲が欲しいならなおさらヤマトを無力化して鹵獲したがってもおかしくないのに……」
アキトの意見にユリカは自分なりの見解を告げた。
「たぶんガミラスは余裕がないんだよ。すぐにでも市民を避難させて次の母星を探さなきゃいけないって状況だもの。軍事力の拡張よりも移民船団の用意とか、地球を手に入れたあと、もしくはそれがヤマトのせいで失敗に終わったときのことを見据えたプランをいくつも提唱しているだろうし、そっちに労力を割かないといけないから、ある種天敵ともいえるヤマトに割ける戦力にもおのずと制限が掛かっているんじゃないか? ほら、そうでもなければ波動砲で艦隊の一角が吹っ飛ばされることを覚悟のうえで物量で押し込むなり、ワープでの接近戦を挑んで封殺するなりで撃沈を図ることはできる。なのにそれをしないってことは、ガミラスは今後のことを考えて損失を最小限に抑えることを優先しているってことじゃないかな?」
「ありえそうだな……。でもその場合、ヤマトがカスケードブラックホールをどうにかしてやったあと、余裕が生まれたガミラスが約束を反故して後ろから撃ってくるってことも考えなきゃいけないのか……。信頼関係を結ぶってのは難しいな。過去にそれで失敗してるって思うと、なおさら」
アキトの言葉にユリカも言葉が詰まった。
かつて、木星との和平を目指したナデシコの――ユリカたちの行動は、相手の信用を得られなかったことで水泡と化した。
相手が自らの理想が他者にとっても理想であると固く信じている問題児であったことを差し引いても、両者の間にある心理的な溝を考慮できず、同じ人間だから、白鳥兄妹のような人がいるはず、という希望的観測で行動した結果の大敗。忘れられない出来事だ。
「――そろそろ、潮時かもしれないね」
天井を仰いだユリカがぽつりと告げる。
言わんとすることは、ここにいる全員がわかっているだろう。
ユリカたちは航海に集中して貰うため、残酷さを秘めた秘密を抱えながらここまでやってきた。
イスカンダルとガミラスが双子星であること。
ガミラスが地球を侵略した理由。
ヤマトの歪な改装の真実。
そして――ユリカが艦長としてヤマトに乗り込んだもう一つの理由。
すべてを一度に打ち明けることは難しくても、ガミラスとイスカンダルの関係と侵略の目的については、そろそろ打ち明けるしかないだろう。
「でも、一歩間違えればイスカンダルへの不信に繋がりかねないわよ。イスカンダルとはあなたとなんらかの形で交信して、その上で援助を申し出てくれたってことだけはルリちゃんが口にした推論が広まって知られているけれど、直接接触に成功したのは依然あなただけ。不信を覚えさせないですませるのは、難しいわよ」
ユリカの方針に賛同しつつも、問題があることをエリナは指摘した。
「わかってる。でも、ここから先は地球とガミラス――そしてイスカンダルの未来に関わる航海になる。最悪、ガミラスに対してはカスケードブラックホールの破壊に協力する、って形で譲歩を引き出すことはできると思うけど、破壊の成否に関わらず、波動砲の全力を解放したヤマトは――戦闘能力を喪失する。その状態でもガミラスの攻撃に備えるって目的もあって、ダブルエックスが――サテライトキャノンが開発されたのは知っていると思うけど、サテライトキャノンの威力でも万全じゃない……」
そう、カスケードブラックホールを破壊したあと無力化してしまうであろうヤマトを護るため、数の暴力を覆すためにヤマトとは別の大量破壊兵器が求められた、それがサテライトキャノンなのだ。
実際その威力にヤマトは助けられてきたが、波動砲ほどの破壊力はなく制約も多い。どう考えてもこれ一本で無力化したヤマトを守り抜くことはできない。そういう意味ではサテライトキャノンですら想定スペックに達しているとは言い難いの実情だ。量産も失敗した。
となれば、ガミラスとの和解を前提としないカスケードブラックホールの破壊はヤマトにとってリスクが高過ぎるということになる。
しかし救いの手を差し伸べてくれたイスカンダルをむざむざ飲み込ませるわけにもいかないので、破壊しないという選択肢は取れない――取れないが、ガミラスと言う不確定要素を抱えたままでは素直に踏み切れないのも事実。
それにガミラスと本土決戦を展開したとしたら……ヤマトは全力の波動砲を撃つ余力を残せない可能性がある。加えてガミラス星を滅ぼしたとしても、その残党まで狩っている時間的余裕はなく、その後の報復などを考えるとつくづく割に合わない。
相手は地球を上回る規模の軍隊を持っている。ヤマトが本星を撃破すれば報復のために各地に散っている部隊が集結して攻撃してくる可能性は極めて高いと、ユリカは予想している。
それにまったく話し合えず解かり合えないという確証がない限り、ユリカとしては和解して共存を目指していきたいのだ。
「ガミラスが上手く乗ってくれればいいんですが……ともかく、発表のタイミングはヤマトの修理と補給が完了してからでいいですよね? いま公表して修理や補給が滞ってしまっては問題ですし」
進の提案にユリカも頷く。
「そうだね、まずはあれを解体して傷ついたヤマトの回復と、第四惑星で水と植物の採取が最優先だね。せっかくガミラスからご厚意いただけたんだし。進、悪いけど第四惑星に降りる調査隊の護衛を任せてもいいかな?」
素直に頷く進にユリカは心の中で笑った。
(むふふふ。これで進は雪ちゃんと公然とデートができるって寸法よ……!)
「艦長、惑星の大気に有害な細菌や物質が含まれていないことが確認されたなら、あなたも降りて少しリフレッシュして来なさい」
とイネスからのありがたいお言葉もあり、介護役のアキトとエリナ、護衛の月臣とゴートを引き連れて、ユリカも惑星に降りれることとなった。
――久しぶりの艦外と思うと、胸が躍る気分であった。