それからしばらくして。
艦体に付着した強磁性フェライトを除去し終えたヤマトは、作業を一気に進めたい欲求もあったのでロケットアンカーをマグネトロンウェーブ発生装置に打ち込んで牽引、ビーメラ第四惑星の軌道上に進路を取った。
あとは軌道上に付いてから止衛星軌道を維持してマグネトロンウェーブを内向きに発生させて発生装置を解体、資源を回収しながらヤマトの修理作業を進め、同時進行で生活班を主体に第四惑星の資源確保を続けるだけでいい。
地球が壊滅的被害を被って以来となる緑豊かな惑星への寄港に、否応なくクルーの気持ちも高まる。
調査の結果、大気成分は地球人に適していてかつ有害な細菌や毒物も検出されなかったこともあり、停泊中は交代で希望者は惑星に降りてリフレッシュする機会が与えられたのであった。
「なに!? 試験中だった瞬間物質移送器搭載艦が消息を絶った!?」
バラン星基地に赴任してから初めてドメルが声を荒らげて座席から腰を浮かせた。それほどゲールが持ってきた報告が衝撃的だったのである。
「は、はい、ドメル司令。報告では、司令が依頼していた瞬間物質移送器のテストのため、決戦場として想定していた七色星団に向かっていた艦と連絡が取れなくなり、不審に思った調査隊が向かったところ、跡形もなく消え去っていたとのことです」
ドメルの剣幕に怯えながらもゲールは報告を続ける。
「ほかにも、対ヤマト用に司令が考案されていた、ドリルミサイルを搭載した重爆撃機もテストをしていたようで、そちらも消息を絶っています。……司令、私見で申し訳ないのですが、ここ最近大マゼランに侵入してきていた、例の艦隊の仕業でしょうか?」
ゲールの言葉にドメルも「断定はできんが、その可能性は十分にある」と苦々しい顔で頷く。
しかし、最悪の事態だ。
あの『瞬間物質移送器』はガミラスの最高軍事機密に属するものだ。昔からドメルが考案し、つい最近になったようやく形になりつつあった、指定対象を外部からワープさせるいわば『転送戦術』の要となる装置。
そしてあの類を見ない強敵、ヤマトと対等に渡り合うために完成を急がせていた新装備だった。
それと同時に試験していた重爆撃機は昔から存在する機体だが、ドリルミサイルは対ヤマト用に用意した絡め手のひとつだ。
惑星の探査目的で開発された特殊削岩弾をベースに、ヤマトの波動砲に打ち込んで砲栓として使用を封じ、ドリルで砲口内を掘削して内部に侵入し起爆、ヤマトを撃沈するという考えのもとに手を加えた品だった。
元が民間転用とは言え、十分な時間を掛けて改造している。たとえヤマトでも易々とは撤去できないように。
それが外部の手に渡るということは、当然いままでガミラスが手に入れてきたヤマトのデータも外部に漏れた可能性がある。
(いかん。転送器だけでも深刻な問題だが、ヤマトの――タキオン波動収束砲の情報が洩れれば、それを狙ったほかの星間国家が横槍を入れてくるかもしれん……!)
ドメルは状況の悪さに唸った。
もしかしたら、ヤマトとは手を取り合える可能性があるのだ。
ドリルミサイルにしても、使用すればヤマトに対して致命的な一打を与えられる切り札足りえるが、ガミラスにとっても無視しがたい六連射可能なタキオン波動収束砲に致命的な損害を与えることが前提の兵器であるため、勝つためには必須と断定しつつもその威力の程度を見極めるのが難しいと判断していた装備。
最悪、内部まで侵入せず発射口を塞ぐだけに留め、そこから発射口を伝って工作員を内部に送り込んで内側から制圧し、ヤマトを手に入れるという策も検討している最中だというのに……!
もしも第三者相手にヤマトが敗れれば――タキオン波動収束砲の技術までもが外部に漏れ、ガミラスに向けられる危険性が高い。
「ゲール! すぐに本国に詳細を問い質してなんとしても行方を追わせるのだ! あれがなくてはヤマトに勝てん……! それに、われらに敵対する国家の手に渡った可能性がある以上、あれがどのように活用されるか予測がつかない。すぐに対策本部を設立するように訴えねば!」
ドメルの命令にゲールもすぐに応じた。
足早に去っていくゲールを見送ったドメルは座席に深く身を沈めると、机の上で両腕を組んで目を瞑った。
(これでヤマトへの勝利は厳しくなった。相打ち覚悟で挑めばチャンスはあるやもしれないが、この大事なときに犠牲は出せん。――総統、早くご決断ください。これはヤマトに和平を求めるきっかけかもしれないのです!)
「ほう、地球の――宇宙戦艦ヤマト、か」
男は捕らえたガミラス艦の乗員から聞き出した情報に興味を抱いた。
最初はなにかしら有益な資源を得られるかと、あの七色の輝きを持つ美しくも険しい星団を訪れたのだが、思わぬ拾い物を得た。
まさか、指定範囲内の物体を小ワープさせる装置を開発しているとは……ガミラスもなかなかに優れた技術を持っているではないか。
手に入れた戦利品――瞬間物質移送器のデータは本国に送るべきだが――その前に使えるかどうかをその目で確かめておきたい。
それに、面白い情報も得た。宇宙戦艦ヤマトと、それが装備しているという六連射可能なタキオン波動収束砲とかいう超兵器――興味が尽きない。
わが帝国に取り入れられるのであれば取り入れ、危険因子であれば消滅させる。まずは現物を手に入れねば――。
「そのヤマトの現在地は――ビーメラ星系の第四惑星か……ふむ。攻略予定のバラン星と近いな……よし、バラン星攻略艦隊から何隻か選抜して、捜索に当たらせろ。気になる存在だ」
男はすぐに指示を出した。
ガミラスを揺るがす一大事が起きているとも露知らず、ヤマトはビーメラ第四惑星の衛星軌道に留まり作業を続けていた。
「改良? パルスブラストの?」
例によって真田から持ち掛けられた改良案に首を傾げながら、ユリカは栄養ドリンクをストローでずずずっ……! と啜った。
病状の進行でとうとういままでの栄養食でも足りなくなってしまったユリカは、就寝時以外は二時間置きにこうして専用に調整された栄養ドリンクを規定量飲み、それに合わせてさらに調整された栄養食を三食食べて体力を維持している。
それでも戦闘指揮後は消耗が激しいであろうことを考慮して、医務室か医療室で点滴を受けることも義務付けられている。
いままでよりも不味くなった食事に辟易しつつも、イスカンダルまで道半ばまで来たと堪えているのだった。
「はい。修理も兼ねて、Gファルコンの拡散グラビティブラストのシステムを組み込み、パルスブラストでも拡散射撃を可能にしようと考えまして。有効射程が短くなる代わりにより高密度で予測の難しい弾幕を張れるようになりますし、いままでどおりの収束射撃との切り替えも可能ですから、遠方と近距離で役割分担できるようになります」
真田の発案にユリカは軽い調子で許可を出した。
幸い資材もあるし修理作業と合わせても時間的ロスが少ないらしい。だったら今後のことを考えてちょっとしたパワーアップも悪くない。そんな気持ちでOKを出す。
「それと艦長。修理ついでに主砲の改良もやっていいか? 具体的に言うとだな、エネルギーコンデンサーを砲室の左右に付け足して破壊力と連射速度の強化を行いてぇんだ。それと、真田っちとも相談している最中なんだが、対空火器を増設して昔の大和の最終仕様よろしく、ハリネズミみたいに武装したい。主砲や副砲の増設はエネルギー的にも艦の構造的にも無理だ。でも、パルスブラストの増設ならなんとかなる。増設分は艦橋や集中制御室からのリモートにして、エネルギーケーブルの類さえ引っ張れば――」
切実な表情で訴えるウリバタケに、ユリカは表情を変えずに考えた。
なるほど。あの姿を参考に改良を加えるのか。多少細部のデザインやバランスが変わっても、元の姿で復元することに固執していたユリカには思いもつかなかった手段だ。
そこではたと気付いた。
ユリカは知らず知らずのうちに、『ヤマトとはこの姿でなければならない』という固定観念に囚われてしまっていたのだと。
その点ウリバタケは柔軟だった。いやはや、脱帽させられる。
「――わかりました。どうせ資材はたっぷりとあるんです。ジャンジャンやっちゃってください。どうせほとんど持って行けないんですからここで使い切るくらいの気持ちでド〜ンとお願いします」
ユリカが艦橋左側面の窓に視線を向けると、窓の外には哀れなことに工作班と自身のマグネトロンウェーブで解体されてバラバラになってしまった、マグネトロンウェーブ発生装置の残骸が浮かんでいる。
シームレス構造の外層はマグネトロンウェーブではどうしようもないので、小バッタやコスモタイガー隊の手で外殻に切れ目を入れ、そのあとマグネトロンウェーブで内側を解体して現在に至る。
もちろんデータを得るために再度内部に突入して制御装置の類を抜き出し、遠隔操作で強引にマグネトロンウェーブを作動させて解体するのは忘れてはいない。
困窮気味だったコスモナイトがそこそこゲットできたのもありがたい限りだ。
しかし、構造を解析した真田曰く「別に使う必要がないのにわざわざ組み込まれていた」とのことなので、ヤマトのためにわざわざ置いておいてくれたのだろう。
ありがとうガミラス、大事に使わせてもらいます。
――しかしこうも露骨だと、バラン星に基地があることを推測してしまうクルーも出てくるだろう。
変に勘繰られるよりはユリカの口からその可能性を示唆してしまうのがいいのだろうが、やはり民間人がいる可能性を指摘するのは戸惑われる。
そのためにはガミラスとイスカンダルの関係、彼らの置かれている状況をすべて洗いざらい打ち明けなければならないからだ。
「サンキュー艦長! エアマスターとレオパルドも本体部分は出来上がってきてる。あとは武装関連さえ形になれば実践投入可能だ。最低でもバランに付く前には形にしてみせるぜ!――なんつーかよ、バランがどうにもキナ臭くてな。そこに付く前に少しでも戦力を拡張しておきたくて仕方ねぇんだ。まだ半分も来てねえのに、ここが正念場だ! って感がささやいてな」
「……そうですか。とにかく要望を受理しました。改修作業をお願いします」
ウリバタケにはまだ真相を伝えていない。だが彼なりの感が働いているらしい。
正直普段は有能だが問題が多い人物という認識が強く、今回も資材が余っているからには――というニュアンスかと思ったが、言っていることには筋が通っている。
拒否する理由はない。
「ユリカさん、ちょっといいですか?」
第三艦橋に降りて、マグネトロンウェーブ発生装置のコンピューターを解析していたルリの姿がメインパネルに映し出される。
「どしたのルリちゃん?」
「はい、解析していてわかったのですが、やはりあの物体は軍事目的ではなく廃棄処分した宇宙船の解体を目的として建造された、スクラップ処理施設です。それにいろいろと情報も残されていた――というよりは、意図的に残したとされる情報がいくつかあります」
ルリは助手として手伝って貰っていたハリと一緒に、解析によって得られた情報を伝えてくれた。
それはこの物体がバラン星に配備されていたということ。
この物体を製造したのはどうやら民間企業らしく、ここに置かれる以前は民間のスクラップ業者によって運用されていたということ。
さらにプレゼン用と思われる資料も残されていて、最終的には地球に移送して移民に伴う都市開発の資源として移民船の解体作業に役立てる云々という内容まで、きっちりと。
「あちゃー……」
まさかこんな方法でヤマトにそれを警告してくるとは思わなかった。
しかしこれでバラン星には民間人がいることがわかった。それも決して少なくない人数が。ユリカの推測は正しかった。今回の『賄賂』の意味も。
「ユリカさん……これが嘘でなければ、中間目標と定めていたバラン星にガミラスの拠点があって、そこに民間人が決して少なくない人数が入植している、ということになりますよね?」
ルリはやや青ざめた表情でユリカの判断を求めている。
気持ちはわかる。中間目標として目指していた場所に敵の基地があり、しかも民間人が入植しているなど、ガミラスに関する情報が制限されいてるルリには予想がつかないことだろう。
ルリは聡明な子だ。この情報と銀河を出てからもガミラスの攻撃が行われているという事実から、イスカンダルとガミラスが同じ大マゼランか、小マゼランにあることを推測しているはずだ。
そこから予想できることは、あまりにも多い。そして最悪の可能性をいくつも含んでいる。
彼女はいずれの可能性も考えだし、混乱しているはずだ。
「ルリちゃん、このことをほかに知っているのは?」
「ハーリー君とオペレーターだけです。解体に関わった工作班の人たちは、ガミラスの言語がわかりませんから……」
「じゃあ悪いけど、こっちでタイミングを見て発表するからそれまでは黙ってて。下手に不安を煽ってヤマトの修理と補給が遅れるのは問題だから」
ユリカに言われてルリもハリも、ECIのオペレーターたちもやや青ざめた顔で頷く。
それでいい、いまは、まだ話せない。
「そのままモヤモヤしてても体によくないから、手の空いた人は星に降りてリフレッシュして来て良いよ。ちょうど、先に行った便が帰って来てるし」
ユリカの提案に全員が頷き、責任者ということで残ったルリ以外のオペレーターガールズは、ECIを後にして帰艦したGキャリアーに向かう。
多目的輸送機を使った食べられそうな植物と綺麗な水の採取作業。それに託けて、クルーたちは自然の中に羽を伸ばしに降りている。二機ある内の一機は、そういった観光目的で運用されていた。
ヤマトが大気圏内に降りていれば、第三艦橋両脇にあるバルジ内に格納された地上探索艇も使えるのだが、まだ修理作業と金属資源の補給作業が終わっていない。
無重力のほうが作業しやすいので、それが終わるまではヤマトは大気圏内に降りれないし、そもそも作業の終了が同時なら降りる機会すらない。
「――俺たちも黙ってることにするぜ。艦長の意向に従うよ」
「ええ。私もいまのことは口外はしません。――艦長の判断に従います」
ウリバタケと真田も箝口令に従うと意思表示をしたあと、各々の作業に戻っていった。
ユリカは第一艦橋で勤務していたゴートやジュン、ラピスにも同じように口止めし、天井を仰いで呟いた。
「……ここからが、正念場だね……」
その頃古代守は、連絡船の中で一人寂しい食事を摂っていた。
スターシアがフラッシュシステムからもたらされた情報に嘆き悲しんだあと、彼女を必死に落ち着かせた守はその詳細を窺った。
要約してしまえば、次元断層かなにかに落ち込みボソンジャンプの演算ユニットとの接続が一時切断、その後脱出に伴い再接続された影響で抑えていたナノマシンが活性化、ユリカの病状が急激に悪化した可能性が高い、とのことだった。
かつて彼女とリンクしイスカンダルと繋いだガンダムのシステムは、この危機的状況をもイスカンダルに漏らすことなく伝えたのである。
しかし、おかげでこのフラッシュシステムは彼女に断続的に接続状態にあるらしく、ヤマトの所在に関する手がかりを掴むことができた。
時間的余裕はないと判断して、ナビゲーター代わりにガンダム・フレームから切り離したボソンジャンプシステムとフラッシュシステム、使えそうな部品を可能な限りコンテナに詰め込んで連絡艇に乗せた。
あとは当初の予定どおりかつてはガミラスとの往来に使われていた連絡艇に例のワープユニットを接続して準備完了だ。
スターシアを一人残していくのは不安だったが、彼女からも「ヤマトを――ユリカを頼みます」と言われては留まってはいられない。
一日でも早く合流し、ヤマトの旅の手助けをせねばならない。
スターシアも文字どおり命を削って救いを求めてきたユリカを救いたがっている。一目会いたがっている。
『滅亡寸前のイスカンダル』において、すでに隣人の暴走を止める活力もなく、ただ存在し続けていただけのスターシアに活力を与えてくれた彼女を。
そして――
「守。あなたも無事に再びイスカンダルにやってくることを、願っています」
守のリハビリテーションを務めさせるうちに、スターシアの介護を受けるうちに、互いに恋に落ちた自覚はある。
まだ想いを交わしてはいないし、スターシアは守が地球に帰ったほうが幸せだと考えているようだが、守はイスカンダルでスターシアと添い遂げる覚悟を決めている。
愛するスターシアのためにも、生きて戻らねばならない。
そしてイスカンダルをカスケードブラックホールから救うためにも、たとえ離れ離れになってしまうとしても、弟の進がこれからも生きていく地球を救う。
そのためにヤマトに力を貸す、それがいまの守に与えられた使命だ。
「待っていてくれヤマト。必ずこの物資を届ける。どれほど微力であっても、必ず助けになってみせる。替えのない命を散らさせてしまった、俺の部下のためにも……!」
思い返すのはアセビの部下。
明日への希望を繋ぐために共に命を懸け、先に逝ってしまった若者たち。その犠牲は――無駄にできない。
彼らに報いるためにも、ヤマトを絶対にイスカンダルに辿り着かせ――地球を救うのだ!
その頃ヤマトは、ビーメラ第四惑星での停泊二日目に突入していた。
初日の調査で食用にできる植物の存在が確認され、水も念のためフィルターを通せば飲み水としても使えることがわかった。
ついでに被弾やらなんやらで艦内の圧縮空気ボンベの消費もそこそこあるので、水を分解して少し補充していくことも決定した。
まさかこのような惑星が見つかり補給ができるとは思っていなかった生活班は安堵するやら喜ぶやら、とにかくまたとないチャンスとがっついていた。普段の節制生活の反動であろう。
それに同行して漫画のネタ集めに写真を撮りまくってるヒカルの姿もあったが、珍しいことには違わない緑豊かな地球型惑星なので誰も咎めない。むしろ帰ってからマンガ家稼業を再開したときの楽しみとして大いに取材してほしいとエールさえ送られていた。
進はユリカに言われたとおり雪をはじめとする生活班の護衛として降り立ったのだが――お約束的に原住生物、しかも運が悪いというか、地球で言うのならクマに相当するような大型(体長三メートル!)の肉食獣に見事遭遇した(しかも数回)。
進は偶然ユリカのための下見に来ていたアキトに助けを求めつつ、死にもの狂いで肉食獣の囮となりコスモガンを連射、気分は生物パニック映画な状態で何度も危うい橋を渡ってようやっと撃退した(この前の生物兵器並みにタフであった)。
苦心の末撃退した肉食獣は調査分析に回され――結果食用として使えることが判明したので、ヤマトの食卓に並んだ。
獣肉ゆえ癖が強かったものの、太陽系を脱してからは専ら合成肉が主体だったこともあってか、ひさかたぶりの天然物のお肉に舌鼓を打ち、みな美味しく頂いたという。
あまりに好評であったため、生活班では緊急会議が招集されれ、雪や平田を中心に意見をぶつけ合った結果、ある結論が下された。
それはまったく間にユリカのもとに上げられ、あまりの熱意に彼女をドン引きさせつつ判を押させることに成功したという。
つまり……。
「ホントに少し、少しだから!」
と二日目にして戦闘班を動員しての『狩り』が実行される流れとなった。
大型獣を中心に二〇頭ばかりを確保。クルーの英気を養うためと言い訳が並べられつつ全員参加型の焼き肉パーティーが実施され、クルー全員で飲めや食えやどんちき騒ぎが発生した。
――唯一まともな食事のできないユリカが寂しげにしていたことなど、彼女の身内を除けばだぁ〜れも気に留めていなかった。
停泊三日目。潤沢な物資に肉で力を付けた工作班の努力の賜物か、当初四日掛かるとされていた主砲の改修作業が三日目にして終了。エネルギーコンデンサーの追加と、第二・第三主砲の上部(測距儀基部)に小型連装パルスブラストが追加されるなど、原点回帰したかのように力強いシルエットに生まれ変わった主砲は、口径換算で四八センチ砲相当の威力に強化されながらもエネルギーチャージのインターバルが据え置きという強化を施されていた。
ついでにウリバタケの要望で第二主砲上部に白い錨マークが追加、砲身の先端に三本の白線が追加された。なんでもデータの中にあったヤマトの過去データをそれが気に入ったらしい。
加えて艦首甲板(第一主砲の前方)部分にも四連装パルスブラストが二列で計六基が追加、第一主砲と第二主砲前の甲板左右に三連装垂直ミサイル発射管が増設された。
艦尾もメインノズル根元に四連装タイプが二基ずつ追加。資材搬入口入り口付近四連装タイプが左右で二基、小型連装が二基追加された。
第二副砲左右にあるパルスブラストの後方(艦中央側)に中距離迎撃ミサイル発射管が追加され、艦底部にも第三艦橋と艦首側のドームとの間に格納式連装パルスブラスを四基格納したフェアリング型の部品が左右で二基追加されるなど、ヤマトはより一層の重武装化を果たしていた。
そして、ヤマトが停泊して五日が経過。
改装工事の影響で出発の予定が少し遅れ、まだビーメラ4に滞在していたヤマトの元に、死んだと思われていた古代守が合流に成功したのであった。
「守!? この野郎……! 生きてやがったのか!?」
「に、兄さん!? い、生きていたんだね! 兄さん!!」
停泊中のヤマトののすぐそばになにやら宇宙船がワープアウトしたので戦闘体制に移行しながら様子をうかがってみれば、まさかの展開に一同顎が外れる思いだった。
二度と会えぬ考えていた無二の存在の奇跡の生存に、真田や進の様に驚きと嬉しさを隠せず騒ぎ立てる者もいれば、
「ううぅっ……! よ、よがっだよ゛〜〜〜っ!!」
「古代中佐――本当によかっ……うぅっ」
ユリカとルリのように泣き出して止まらなくなる者もいた。
ヤマトクルーには守とは初対面の者も多かったが、古代守の名前は知られていた。
かつてユリカたちを逃がすために囮となり、タイタンで没したアセビの艦長。言わばヤマトの首脳部を守り切った恩人である。
思いがけない来客にヤマト艦内がにわかに活気だっていたなか、空気を読まず守が持ち込んだイスカンダルの物資の数々に狂喜乱舞していたのは、あいも変わらずウリバタケだった。
ついでに感動の再会を見てもらい泣きしながらも「漫画のネタゲット!」と写真撮影をしているアマノ・ヒカルの姿もあったという。
「そうか……そういう経緯があったんだ」
いつしか話し合いの場は中央作戦室に移っていた。
……話の流れでユリカ(とおまけのアキト)が進の義理の親も同然の関係に至ったことを聞かされた守は、最初は目を点にして驚いたあと、「まあ、そういうこともあるかもな」とちょっと複雑な顔をしたが一応受け入れた。
弟を救ってもらったのは事実だし、最後に姿を見たときに比べると見違えるほどに成長したその姿を見れば不満不平はない。
――でもお母さんはぶっ飛び過ぎだと思う。
常識人な守はそう考えたが、口には出さないでおいた。
あと弟のノリがやたらと軽くなっていませんか、悪影響与えていませんか。
とも問いただしたかったが、やはり黙っておくことにしたという。
「はい。俺は、スターシアに助けられ、今日まで生き延びることができました。そして、治療を受けながらどうにかしてヤマトを支援できないかと手段を模索していたところ、艦長とリンクしていたガンダムのフラッシュシステムが共鳴現象を起こしまして……」
その場に集められていた各部署の責任者と副官一同に、艦内放送で傍聴を許可されたクルー全員が「そんなことになっていたのか」と驚きの声を上げているのを耳にする。
そうか、やはり秘匿していたのか。
イスカンダルがどうやって地球のことを知ったのか、そしてなぜピンポイントに地球が欲するものを提供できたのか、提供する用意を整えられたのか。ふたを開けてしまえば簡単な問いかけ。
だがその実限りなく奇跡に近い手段が取られていたなど、証人なしでは信じられないだろう。それに――ガミラスとの関係も悟られないようにしなければならなかった理由も察しはつく。
守の到来は、そういった秘密の箱のカギを開ける行為だったのだと、いまさらながらに知った。
「そこで俺は、スターシアの許可を得てイスカンダル王家が住まうタワーの地下にある倉庫から、使える物がないかと探してみたのです。そこで、ガンダムに使われていたとされる部品を発見することができました。これがヤマトへの助けになる考えた俺は、スターシア協力の元、イスカンダルに残っていた連絡艇と、ガンダム用のオプションだったと思われるワープ可能な超長距離用ブースターユニットを使って、合流を図った次第です」
「ふ〜む。しかし、あんな外付けのオプションでこれほどのワープが実行可能とはな……改めて思うが、イスカンダルの技術は本当に凄いな」
「ああ。とは言え無茶が過ぎたようだ。倉庫で埃を被っていた物をろくに整備もせずに使ったからな……本当なら完全な状態で渡してやりたかったんだが、そう上手くも行かなかったらしい」
申し訳なさそうに告げるが、真田もウリバタケも「参考にできるだけありがたい」と特に気にも留めていない様子。
――守が乗ってきた連絡艇の追加エンジンユニットは、メンテ不足で動かしたためかオーバーヒートを起こしていた。
ビーメラに到着し、ヤマトに接触できたからよかったが一歩間違えば漂流者だったと思うと、われながら軽率な行動だったかと反省する思いである。
「ともかく、回収したエンジンからこの図面に書き込まれた部品を抜き出して、壊れてるようならコピーしてヤマトの波動エンジンとワープエンジンに組み込めばいいんだな? しかし、六連波動エンジンの設計もイスカンダルがやってくれたはずなのに、ここまで開きがあったのか……」
真田とウリバタケはひたすらに唸っている。
たしかにイスカンダルの技術は地球のそれを圧倒しているのだから、気持ちはわからなくもない。
そう納得していると、ウリバタケからエンジンに仕込まれたブラックボックスについての質問が飛んできた。
「ウリバタケさん、それは俺の一存では話せません。艦長の許可がないと……」
守がそう答えるなり、みなの視線は一基にユリカに向かう。
あ、まずいかもしれない。
「――艦長、そろそろ話してくれませんか? ヤマトの歪な改装やブラックボックス――そしてなにより、あなたが『艦長として』乗り込んだ本当の理由を」
真田の詰問にユリカが目に見えて狼狽えている。
「あなたの体調は――あまりにも悪い、悪すぎます。普段の振る舞いから忘れそうにはなりますが、単にイスカンダルに行くことだけが目的なら、冷凍睡眠という手もあります。それができないにしても、もっと軽い役職についても文句は言われないでしょう。たしかにわれわれには、あなたの力が必要でした。それはいまも変わらない。あなたの働きがあったからこそここまで来れました。感謝してもし足りません。だからこそ、地球を救うという使命に並ぶほど、あなたの未来を開きたいという願いは、クルー全員で共通しています」
真田の言葉は真摯だった。
当事者でない守の胸も打つ正直な思いの発露。だからこそ、ユリカも正面から受け止めるしかなくなっているようだ。
「教えてください艦長。艦長という役目に付き、われわれを導いた理由は――ヤマトの精神を、それを構築した前艦長の遺志を継がせるというだけではなかったはずです。単に戦闘指揮をするだけなら、戦術アドバイザーでもよかった。たしかに影が薄い副長ですが「おいっ!」――それでも艦長の不在時には為すべきことをされていましたし「無視かよっ!?」――わざわざ艦長になったのにもなにか意味があるはずです」
ジュンの嘆きを完全に無視して真田は続ける。誰もジュンのフォローはせず、ユリカの解答だけを待っている。
ひどい扱いだと思ったが、場の空気が深刻過ぎてフォローに入れない。
申し訳ない、アオイ副長。
「……わかった。全部話すよ。その代わり、約束して。これから明かされる『真実』がどれほど残酷だとしても、受け入れ難いとしても、前に進むことを止めないって――ヤマトの精神である、『最後の最後まで諦めない』を果たすって」
力の籠ったユリカの言葉に、クルーは相当辛い内容であることを察し、ごくりと唾を飲みこんでから頷く。
クルーの覚悟が定まったと感じたユリカは、重々しく口を開こうとする。そのときだった。
艦内に非常警報が鳴り響いたのは!
「どうしたの、オモイカネ!?」
すぐにルリが監視を任せていたオモイカネに問い合わせると、「警告!」「未確認の艦隊接近中!」とウィンドウが躍る。
なんとも悪いタイミングで現れるものだ。守も内心憤りを感じずにはいられない。
「ネタばらしはまたあとで! 総員戦闘配置!」
こうなっては仕方がない。いまは招かれざる客をどうにかしなければ。
守も「とりあえず第一艦橋に!」と言われたため、進の戦闘指揮席の左隣にある予備操縦席に着席して艦の管理を手伝うことになった。とは言え、初めて乗る艦に初めて扱う計器。
いかに場数を踏んだ守とて、マニュアルを呼び出してまずは計器の場所と種類を覚える必要があった。
ヤマトの計器は、それまでの宇宙戦艦と勝手が違い過ぎる。
守は四苦八苦しながら少しずつ覚えていくしかなかった。
そうやって慌ただしくなったヤマトの艦内とは対照的に、未確認の艦隊はゆっくりと威厳を示すかのようにヤマトに接近してくる。
「データベースに無い未確認の艦隊だ。フォルムも違い過ぎる……これは、ガミラスではない!」
額に汗を浮かべながらゴートが報告する。砲術補佐席から呼び出した過去の戦闘記録データに該当する物がないことは、進も戦闘指揮席から確認を取った。
過去のヤマトの戦闘データは欠損が多かったし、下手な先入観を得ないようにと意図的に封じられているので、この場で参考にはできない。
ファイルをここに持ち込むのは論外。出たとこ勝負しかないか。
「艦長、敵艦が通信を求めてきています」
緊張を顔に滲ませながらエリナが報告。ユリカがすぐに繋げるように指示すると、頭上のメインパネルに人の顔が映し出された。
灰色の肌に頭髪の無い丸坊主の頭に、強膜(白目と呼ばれている部分)が青く、唇も厚く角ばった顔立ち。そして筋骨隆々とした体格のいい身体。
いままで得たデータから推測されるガミラス人とは、容姿がかなり違う。
身に付けた服もまるでタイツの様で体のラインが出ていて、肌の色と同じ灰色なのでまるで全裸と錯覚を覚えそうだ。
それ以外の服飾品は黒い肘まである手袋と膝までのブーツ、裏地が赤い黒のマント。軍服なのは、理解できた。
「――こちらは地球連合宇宙軍所属、宇宙戦艦ヤマト。貴官の所属と目的を教えられたし」
まったく未知の文明ともなれば言語が通じる保証はない。少なくともヤマトには彼らの言語のデータもないので、敢えてこちらから声を発するユリカ。
もしかしたら向こうはこちらの言語データを持っていて、解析して話せるかもしれない。
ユリカの思惑は当たっていたようで、画面に映し出された指揮官と思しき男は一度目線を画面の外に向けてなにかしら手で合図をする。しばらくして男が口を開けば、こちらの言語――日本語に翻訳された言葉が返ってきた。
どういう手品かを追求する余裕はないが、かなり高度な文明を持っている様子だった。
挨拶もそこそこに告げられた男の言い分は、極めて単純であった。
「ほう、貴様らがガミラスも手を焼いているという宇宙戦艦ヤマトか。その力、われらが暗黒星団帝国に献上して貰おう。ちょうどいま行っている宇宙間戦争に役立ちそうだ。速やかに降伏し、その艦を明け渡して貰おうか」
居丈高に告げられた内容にユリカは即座に「お断りします」と断言する。
当然だ。ヤマトの力はあくまで『護る』ためにこそあるのだ。交戦国の母星まで遠征することも想定されているとはいえ、それはあくまで戦争を終わらせるための手段の一つに過ぎない。
間違っても侵略を目的とする輩には、ヤマトは渡せない。
――そしてなにより、進はその名前に覚えがあった。
『ヤマトが――地球が戦ったことのある侵略国家』の名前。ファイルに記されていた。つまり、それを記したユリカも知っているということになる。
「ほう。なかなかに強力な超兵器を備えていると聞くが、まさかそれだけでわが艦隊に勝てるとでも思っているのか? よかろう、ならば力尽くで奪うまで。せいぜい、足掻いてみせるといい」
言うだけ言って一方的に通信を切られた。その態度に通信を繋いだエリナも呆れ顔だった。
宣言どおり、眼前の敵艦隊は戦闘態勢に入った様子。艦同士の距離を開けて攻撃態勢を取る。
眼前の艦艇は、全長が一五〇メートルほどのおにぎり(三角形)を連想させるような円盤型の艦体を持ち、中央よりやや後ろに直立した細めの艦橋、その頭頂部分にアンテナが、艦橋の前後に有砲身の三連装砲が装備されている艦艇が一五隻。
さらにさきほど通信してきた指揮官が座乗しているであろう敵旗艦は、共通のフォルムを持ちながらも先の艦艇の倍の大きさを持っている。その上三連装砲塔が艦首側が左右に一基づつと後方一基の計三基。艦橋トップにまるでヤマトの艦長室のようなドーム状の艦橋を有し、艦首からは触覚のようなセンサーが伸び、艦底部には大小合わせて四つのミサイルのような構造物が見える。
いずれも艦体が黒く塗られ、艦首や艦尾の先端部分がオレンジ色で塗られている。
いまさらではあるが、改めて別の星間国家と遭遇し図らずも交戦状態に突入してしまったことを実感する。
――喧嘩売ってきたのは向こうだが。
不幸中の幸いか、どうやら艦載機は居ないようだ。
「コスモタイガー隊は出撃を急げ! 主砲・副砲発射準備! フィールド戦闘出力で展開!」
進がマイク片手に各部署に指示を出す。
本来準備に相応の時間が掛かるコスモタイガー隊も、これまでの戦訓に則って即座に対応できるように最低数の機体が用意されている。
駐機スペースに引き出してGファルコンを接続し、後は下部の武器庫から必要な装備を引っ張り出してカタパルトスロープに乗れば、四機は即座に展開できた。
それにカタパルトを使用するガンダム二機と合わせれば六機もの機体をスクランブル可能だ。
展開された機体はアキトのダブルエックスにリョーコのエックスディバイダー、月臣、サブロウタ、イズミ、ヒカルのエース勢。
このメンツは経験も技量もヤマト艦内では上位の存在なので、ローテーションで当番から外れていない限り、だいたいは緊急出撃メンバーに選ばれている。
彼らがヤマトを発信するほぼ同時に、改修されより強力になった主砲が重々しく、副砲が軽やかに旋回して狙いを付ける。
「主砲、副砲、発射準備よろし!」
「発射!」
ゴートの報告を受けて進が射撃を指示する。
誕生以来シンボリックな存在であり続けた自慢の四六センチ砲が、より強力な四八センチ砲相当の威力になった重力衝撃波を撃ち出す。
こちらは改修を受けていないが、十分強力な二〇センチ砲も主砲に続いて重力衝撃波を吐き出した。
砲撃は狙い違わず黒色の艦艇に命中、一撃でその艦体を打ち砕く。ヤマトの主砲の威力は未知の異星人艦艇に対しても健在であった。
――しかし、ガミラス艦に比べると装甲防御が優れているのか、それとも着弾時に観測できたフィールドの強度が優れてるのか、破壊の規模が小さい。強化された主砲でも、体感的には改修前にガミラス艦を撃ったときと大差ない印象だ。
どうやって知ったか知らないが、どうやら波動砲以外は大したことないと見下していた様子で、思わぬ反撃に艦隊が浮足立ったのが感じ取れる。
それでも無事な艦から即座に『ビーム砲』が放たれヤマトに命中する。
被弾の具合から粒子ビーム砲の一種であることが伺えるが、かなりの威力だ。
ヤマトのフィールドに対して通用する貫通力と破壊力を持っているようで、集中砲火を浴びれば決壊する可能性がある。
極力被弾は避けるべきだろう。
ヤマトから発進したガンダムとアルストロメリアの混成部隊は協力して敵艦に食らい付き、六機分の火力を一斉に叩き込んで瞬く間に一隻を火だるまにする。
もともと単機で対艦攻撃を行えるガンダムが二機、それにアルストロメリアのお供が付けば当然の結果だった。
しかし、やはりガミラス艦に比べると固いらしく予想よりも攻撃回数が増えたようであった。
ヤマトは巧みな操艦で敵艦隊の攻撃を躱し、ときに被弾しながらも持ち前のフィールド強度と重装甲で耐え凌ぎ、コスモタイガー隊と連携して確実に敵艦を沈めていく。
思いもよらぬ猛反撃に戦意を失ったのか、大口を叩いたわりには旗艦と思われる大型艦はあっさりと逃げの姿勢を取った。
そして旗艦を逃がすためか、ヤマトに最も接近していた小型艦が体当たりも同然の勢いで急接近。小回りの利く副砲の一撃で撃沈はしたが、残骸の一部がヤマトの第一艦橋の真後ろに激突した。
質量兵器には弱いフィールドの弱点と艦体に比べれば装甲が薄い艦橋ということもあり、損傷は避けられなかった。
幸い気密も破れず、第一艦橋にも鐘楼自体にも決定的なダメージを受けるには至らなかったが、艦長席の真上付近で内壁の一部が破損し、脱落してしまった。
――艦長! 避けて!!――
ヤマトの切羽詰まった声に反応したユリカはすぐに席を立ったが間に合わなかった。脱落した内壁の一部は鋭い槍となって彼女の腹に突き刺さる。
「が……っ!?」と短い苦痛の声が口から洩れる。不幸中の幸いか、服の人工筋肉が防刃繊維に似た役割を果たしたことで即死は免れた。
――免れただけで、致命傷であることに変わりはなかったが。
「ユリカ!!」
「いやあぁぁぁっ!!」
エリナが叫び、ルリとラピスが悲鳴を上げる。
一気に混乱に見舞われたヤマトを尻目に、大型艦は生き残った小型艦数隻を引き連れて全速力でヤマトから離れていく。十分に距離を取ってからワープで逃げるつもりだろう。
だがこちらは追撃どころか動向を見送るどころではなかった。
「追撃は不要だ! 雪! イネス先生! 艦長が負傷した! すぐに手当ての準備を!」
進は戦闘終了を指示して医務室で待機中の二人を呼び出す。しかし進の目から見てもユリカが致命傷なのは一目瞭然だ。
――これは、普通の手段ではどうにもならない。
(こんなところで……死なせない!)
進は独断で『ブラックボックス』の一つを使うことを決意した。本来イスカンダルで完全なものになるはずのそれを無事に使える保証は限りなくゼロに近い。
だが、そのシステムを搭載しているのはヤマトなのだ。
命を宿し自我を得たこのヤマトなら、消えかけた命を繋ぐくらいの奇跡を起こせる可能性はある。
いや、ユリカとの関係を考えればそれくらいの軌跡は起こせる!
進は自分の席のマイクにしがみ付くようにして怒鳴った。
「波動砲、モードゲキガンフレアで用意だ!! 急げっ!!」
「古代! そんな場合じゃ――!!」
「敵艦に追撃するにしても主砲で――!」
気でも触れたかと止めに掛かった大介やジュンなど気にも留めず、進は艦長席に駆け寄る。
ユリカはすでにゴートの手で座席から移動させられ、すぐ横の床に寝かせられている。担架なしで運ぶのは無理と判断してのことだろうが、ありがたい! これなら意識を嫌でも集中できる!
進はユリカがどかされた血まみれの艦長席に腰を下ろすと、眼前のスイッチを所定の順番で操作した。
すると、正面の一番大きなモニターが前方に倒れ、中からアームで保持された艦長用の波動砲トリガーユニットが現れ、進の目線の高さにまで持ち上げられる。
戦闘指揮席とは形状の違うトリガーユニットは、シンプルな筒状の本体と上部に覆い被さる様に取り付けられた二枚のターゲットスコープを備え、右側面に支持アームが接続されている。後部のボルトは戦闘指揮席の物と違ってほとんど伸びていないが、進は構わずそれを押し込む。
小振りで二枚重なったターゲットスコープに『Modeゲキガンフレア』と表示された。そのあとファイルと口頭で教えて貰っていたとおり、ボックス下部の隠しパネルを開いて中のスイッチとレバーを操作。
するとターゲットスコープの表示が変化、第一艦橋の各席や機関室やECI等にも同じ表示が現れた。
『コスモリーバスシステム 起動』
と。
「な、なんだよこれ……?」
第一艦橋の喧騒も知らず、指示通り波動砲モード・ゲキガンフレアの準備を進めていた太助は、コンソールとウィンドウに表示された単語に我が目を疑う。
――コスモリバースシステム。
それはヤマトが地球を救うために求め、イスカンダルにあるとされている装置のはず。
なぜそれが、ヤマトのコンソールに表示されているというのだ。
「なんだこれは……!? これが、ブラックボックスの正体なのか!?」
驚愕する山崎たちの前で、最終手順前まで準備されていたエンジンは、機関士の手を離れて勝手に動き出した。
ベテルギウスのときのように。
「頼むぞヤマト……! 俺たちの想いに答えてくれ……!」
――やってみせます。彼女には恩がありますので――
「――タイミングは任せるわ。いまは不完全でも、コスモリバースシステムに掛けましょう」
事情を知っているらしいエリナは進の行動を支持することを表明し、ユリカの手を握った。
「ゴート・ホーリー、彼のタイミングに合わせて破片を引き抜いて」
「そんなことをしたら出血多量で死ぬぞ!?」
エリナの思わぬ発言にゴートは難色を示す。だがエリナに目線で訴えられた。信じて欲しいと。
その視線にゴートも折れ、呼吸に合わせて動く破片に手を添えて、いつでも引き抜けるように準備した。
「古代君……いったいなにをしようとしているんだ?」
状況が飲み込めないままではあるが、それが唯一ユリカを救う手段だと察したジュンも作業のバックアップをすべくコンソールを睨んでいる。
システムのコンディションを示すステータスモニターの表示は、ほとんどの装置が接続されていない、不完全な状態であることを端的に伝えている。
が、最後に記された一文を見て彼の表情がはっきりと歪んだ。
『アクセス端末・情報変換素子 ミスマル・ユリカ 未接続』
「……ユリカが――コスモリバースシステムの部品?」
次々と現れる秘め事の数々にもう理解が追い付かない。
だがそれでも理解できたことは、時期は不明だが進はすべての真相を知っていて、この窮地を切り抜けるためにいままさに明かされようとしていた秘密を駆使しようとしていること、そしてエリナも知っていたということだけだ。
「艦長の様子は!?」
息を切らせて雪や医療科のクルーを数人引き連れて来たイネスが開口一番に問う。
しかし誰かが答えるより先に、艦長席の傍らに寝かされたユリカの姿を見て険しい表情になる。
――致命傷だ、治療はとても間に合わない。
そして、艦長席に座った進の姿と表示されたウィンドウの内容からなにをしようとしていることを察して、ユリカを運び出すことを保留した。
「進君!? なにが――っ!?」
突然連絡も取れなくなり、安定翼を開いたヤマトの姿を見て状況を確認したかったので第一艦橋に直通でかけてみれば、ひどい惨状だった。
だが進が艦長席に座っていることからすべてを察したアキトは、格納庫には戻らず第一艦橋にダブルエックスを横付けすると、非常用のエアロックを使って艦橋に飛び込む。
「ユリカ!!」
アキトはすぐにユリカの傍に駆け寄ると、視線で進に促す。
コスモリバースにすべてを賭ける、と。
準備がすべて完了したことを確認した進は、艦内通話の全回線オープンした。
これからの『奇跡』を形にするには、ほかのクルーの協力が不可欠だ。
「戦闘班長の古代進だ! 艦長が負傷されて危険な状態にある! 応急処置のためヤマトのブラックボックスの一つを緊急起動する! 詳細を説明している時間はない! 全員スリーカウントに合わせて『艦長が助かるように祈れ!』」
有無は言わせない強い語調で一方的に通達する。
困惑しているだろうが構っている時間が惜しいのだ!
「いいか!? 三……二……」
カウントを開始。困惑の声が漏れ聞こえていた艦内通話も静かになった。
さあ祈れ、祈ってくれ。
その祈りが奇跡を呼び、艦長の命を繋ぎ留めてくれるのだ!
緊張で手のひらに汗が浮かぶ。額から流れ落ちた汗が目に入る。
「……一……起動!!」
カウント終了と同時に進はトリガーを引き絞る。同時にゴートがユリカに突き刺さった破片を引き抜いた。
機関室で六連炉心が突入ボルトに接続され、膨大な量の波動エネルギーがすべて波動砲口から放出され、ヤマトを包み込む。
ここまではモード・ゲキガンフレアと同じだった。
違うのはここから、ヤマトの艦内にも光の粒子のようなものが舞い散り、空間が優しい青い光で満たされる。
――それは神秘的な光景であった。破片が引き抜かれ傷口から溢れだした血だけでなく、それまでに流れていたすべての血液が、まるで逆再生のように傷口から体内に戻り、傷口がどんどん小さくなっていく。
あれよあれよという間にユリカの傷口が塞がっていき、青ざめていた顔にも血色が戻る。
成功。
不完全なコスモリバースシステムが想定どおりに起動して、ユリカの『時間を戻して』致命傷を塞いでくれた。
――賭けに、勝った。
「ほら! ぼさっとしないで艦長を医療室に運ぶわよ! 完治したわけじゃないんだから!」
イネスは呆然としている雪たちを急かし、持ち込んでいた担架にユリカを乗せ、医療室に向かって超特急。
完全に塞がり切らなかった傷口からはまた出血が始まっていたため、困惑しながらも雪たちも大人しく従う。
ユリカが運ばれて行くのを見届けた進は、こわばった両手を波動砲トリガーから引き剥がして、艦長席に体を預けて虚脱する。
――これで、ヤマトの秘密の大部分は明かしてしまった。
もう後戻りはできない。これから先はどれほど辛い現実に直面しようとも、前に進む以外の選択肢は存在しない。
だれもがすべてを理解したうえで乗り越えていくしかなくなった。
最悪の可能性も含め、ユリカたちが抱えてきたすべてを受け止めて。
共にこの現実に立ち向かうことを強制されるのだ。
すべては愛のために。
ついに明かされるヤマト改装にまつわる秘密!
イスカンダルで積み込む予定だったはずのコスモリバースが積まれていた真実とはいかに。
そして、正体不明の脅威の出現にヤマトは、そしてガミラスは、どう対処していくのか?
急げヤマトよイスカンダルへ!
地球に残された人々のタイムリミットは、
あと、二六〇日しかないのだ!
第十八話 完
次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第十九話 明かされる真実! 新たな決意と共に!
いま、決断のとき来たれり
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代理人の感想
ボラー連邦来たる!
うん、空気読まない奴は死ねw
>アキトは心から嗤った。
ここだけ黒の王子様に戻ってるwww
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