――もしも自分の進むべき先に避けることが難しい困難があるとしたら、人はどんな選択をするのだろうか。
 ユリカは朦朧とした意識の中で思い返す。

 あのとき、ヤマトの導きで知った愛の星――イスカンダルの救済。それに賭けた一か八かの大勝負。
 ボソンジャンプでイスカンダルに直接乗り込めないかと考え、実行したあの日のことを。
 われながら無茶苦茶だったと思う。いかにA級ジャンパー、演算ユニットとのリンクが確立しているとはいえ、脳が崩壊してもおかしくないくらいの負荷が掛かりそうな前代未聞の大ジャンプ。
 結果は――成功とも言えるし失敗とも言えた。
 ユリカは肉体ごと跳躍することは叶わず、向こうに現存していたガンダムのフレーム――そこに残されていたフラッシュシステムにリンクしたことで意識だけを辛うじて飛ばすことができたに過ぎない。
 突然の来訪者に驚きはしたが、スターシアは常に理性的でユリカを無下にはしなかった。
 もちろん彼女はコスモリバースシステムを――波動砲の技術を地球に提供することには難色を示した。
 ユリカ自身、地球がつい最近まで内乱に荒れていたことを正直に話したこともあるだろうが――イスカンダルはその威力を恐れ、波動砲を封印していた。
 もちろんそれに連なる技術も一切封印して、星から出さないことで守り抜いていた。
 それでも縋るユリカにスターシアは語った。

「われわれはもともと、あなたがたと同じ銀河で生まれた文明の末裔なのです。あなたがヤマトと呼ぶ船を内包してこの宇宙に出現した水は、並行宇宙の回遊水惑星――アクエリアスのものだと思われます。アクエリアスは、その水の中に生命の種子とでもいうべきものを内包した惑星で、接近する星々に水と命の芽を撒き、それらが成長して文明を持ったあとに接近すれば洪水で文明を押し流す。――それは、アクエリアスが文明に、生命にもたらす試練であり、強い生命に育って欲しいという厳しさからくる愛なのです。わたくしどもの祖先も、その試練を乗り越えながら発展していった文明です」

 極端にスケールの大きな話に、日頃の振る舞いに反して聡明なユリカですらもすぐには呑み込めなかったが、ヤマトの記憶でも似たようなことを聞いたのでなんとか飲み込めた。

「わたくしどもの最も遠い祖先の星の名は――シャルバートと申します。かつてはその優れた科学文明が生み出す超兵器を駆使して銀河全体を支配していた民族でした。……しかし、彼らはやがて力による支配では真の平和が訪れないことに気付き、その行いを恥じて銀河の支配を放棄して歴史からも姿を消し、母なる星ごとを異次元空間の内に隠遁しました。私たちイスカンダルとガミラス星の祖先は、あなたが古代火星文明と呼ぶものから分岐した種族。それも元を正せばすべてはシャルバートから……アクエリアスの生命の種子から分岐した文明なのです。もちろんあなたがた地球人を含んだ生態系も、歴史に残っていないだけですべては水惑星アクエリアスの命の種子から生まれた存在なのです」

 スターシアの告白に、ユリカは頭がくらりと揺れるのを感じた。途方もないスケールの物語だ。しかし、地球で自然発生したと思われた生態系が外部からもたらされたものだったとは――。

「私たちの祖先はシャルバートが戦いを放棄する前に、あなたがたの銀河のすぐそばを通過しようとしていた大マゼラン雲に移り住んだ移民でした。当初はかつてのシャルバート同様、武力による支配で大マゼランを統治しようとしていましたが、シャルバートの決断を知り、武力による支配の愚かさを悟ったわれわれもまた、その力を放棄したのです。――長い年月が過ぎ、やがてイスカンダルとガミラスを狙う星間国家による侵略を受けたとき、わたくしどもは決断の時を迫られたのです。座して滅びを待つか、それとも反撃をするか……」

 スターシアは一度そこで言葉を区切り、気持ちを落ち着かせてから続けた。

「結局選んだのは、徹底抗戦でした。たしかに争いで真の平和は得られない、本当の意味での共存には至らないとわかっていても、われわれも生きとし生けるもの――生きたかったのです。そこで一度は封印した技術を紐解き、独自の発展を遂げました。それが、相転移エンジンの改良を推し進め、タキオン粒子を源とする波動エネルギーを生成する波動エンジン。それによって実現したワープ航法システム。……そして波動エネルギーの時間歪曲作用を応用して戦争で荒廃した惑星環境の復元を試みた研究が進められました。その成果が時間流制御技術とボソンジャンプシステムを組み合わせて生まれたのが、時空間制御によって惑星環境を回復させる装置――コスモリバースシステム。しかしその研究過程で生まれた波動エネルギーの制御技術によって、高圧縮・高出力化した波動エネルギー……タキオンバースト波動流を撃ち出す超兵器も生まれてしまったのです。それが――あなたが波動砲と呼ぶ、タキオン波動収束砲なのです。……タキオン波動収束砲とコスモリバースシステムは本来同一システムの裏と表。破壊と再生両方の面を持つ、イスカンダルの遺物なのです」



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 第十九話 明かされる真実! 新たな決意と共に!



「――これが、私たちがユリカさんから教えてもらったスターシア女王陛下とのやり取り。つまり、コスモリバースシステムの真実にして、ヤマトのこの歪な改装の意味よ」

 緊急入院したユリカに変わり、こういった説明となれば自分がやるべきだろうと、いつもに比べて重苦しい雰囲気を漂わせながら、イネスはクルー全員に告げる。
 中央作戦室に陣取ったイネスは、この日のために用意していた資料を高解像度モニターやウィンドウに表示して説明した。

「その歪な改装の代表格、六連波動相転移エンジンに関する説明をするわよ……。波動エンジンの増幅装置として相転移エンジンが機能したのは、『この宇宙の波動エンジンの原形が相転移エンジン』であったから。だから、改装の際ヤマトの波動エンジンは従来の『宇宙エネルギーを圧縮してタキオン粒子に変換』から『真空の相転移で生じたエネルギーをタキオン粒子に変換』という具合に変化しているの。つまり波動相転移エンジンっていうのは、本来波動エンジンの動作に含まれる工程の一部を相転移エンジンにゆだね、波動エンジンは波動エネルギーへの変換効率に特化するように改造した複合機関。波動エンジン単体では稼働できないのもそのため。当然よね、システムの一部を外部に出してしまったのだもの。――そして、相転移エンジンに技術を逆輸入できたのも波動エンジンが発展型だから、と言う訳よ。これらの相乗効果のおかげで、旧ヤマトの六倍、つまり波動炉心六基分の出力を得られた。だから、出力が格段に劣るはずの相転移エンジンの増設にも拘らず、エンジンが劇的に出力強化できたってわけ」

 イネスの説明に機関部門のクルーはおおいに納得している様子だった。
 波動エンジンの技術で相転移エンジンがパワーアップできたのは、波動エンジンが相転移エンジンの進化系でありながら、大雑把に言えば『波動エネルギー生成機能の有無』の違いしかなかったからでしかない。生成するエネルギーの質に雲泥の差があるから絶対的な出力以上の差が生じてしまっているが、本質が同じであればこそ役割分担を定めることで新旧の技術を複合し、劇的なパワーアップを遂げられたのだ。
 イネスは自身の説明がきちんと伝わっていることを確認して多少なりとも満足感は得られたが、それをよろこんでいられる心境ではなかった。

「とはいえ、ヤマトのそれは不完全なの。本来は波動エネルギーの作用を利用して相転移エンジンの効率強化も可能で、それで生成量が増えたエネルギーで波動エンジンも生成量も上がって――てな具合に相互補完して行くのが本来想定されていた波動相転移エンジンの増幅作用。実現していたのなら、いまのエンジンでも旧ヤマトの八倍相当の大出力を得られるんだけど、私たちの技術だとそこまで負荷に耐えられる強度を持たせるのが困難だったから、意図的に封印されているわ。一部のパーツを交換して制御プログラムの封印を解けば、いまのヤマトのエンジンでもできるのだけど、その場合はもって数分が限度。下手をすると安全装置のかけ直しもままならないままエンジンが臨界、大爆発を起こす危険性が高いわね」

 六倍のいまですら持て余し気味なのに八倍とか……制御できるわけがない。それを実現するには大規模な改修工事を請けてエンジン全体のバランスや強度を見直さなければならない。
 また、構造的に六連波動相転移エンジンではそれが出力の頭打ちだろうとイネスは予想を立てている。この上限を突破するには、エンジン自体の構造を見直す必要があるし、なにより大型化が避けられないだろう。

「それじゃある意味本命、コスモリバースシステムについてさらに細かく話すわね。……これは時間制御技術にボソンジャンプ、ってところからカンのいい人は察してるかもしれないけど、いわば一種のタイムマシンなの。その惑星の過去のデータをタイムトラベルを活用して収集し、任意の時間データの情報を呼び出して過去の姿に再構築させる――それが、コスモリバースの環境回復の種明かしってわけ」

「まさか――本当に時間操作技術だったなんて……」

 ラピスはユリカと初めて会ったとき、『時間でも戻さない限り地球は救われない』と考えていたらしいとイネスは聞かされていたが、まさか本当にそうだったとは考えていなかったであろう。

(ラピス、あなたは本当に賢い子よ)

 イネスは心の中で賞賛した。

「ただね、そのデータ取集を実行するためには――時間と空間の概念がないボソンジャンプの演算ユニットが必要なの。これは私たちが火星で発見した物が使えるらしいから、あれと接続を確立しなければ、コスモリバースを起動させることはできない」

「まさか……ここに来て演算ユニットが絡んでくるなんて」

 青褪めた表情のルリが歯を噛みしめる。
 思い出したのだろう、ユリカを抱えて花のように変形した演算ユニットの忌々しい姿を。そして否応なく連想される――ルリたち家族の幸せを一度は壊した火星の後継者の影。
 ――イネスもルリ同様、気分が悪くなった。

「でもね、肝心のアクセス端末をイスカンダルはすでに失っているのよ。そして私たちはあの遺跡を活用する術を持っていない――ただ一つを除いて」

「まさか!? ユリカをまた繋げるって言うんですか!?」

 今度はラピスが絶叫した。ここまで言われたら嫌でもその答えに行き着くだろうし、嫌なのは自分も同じだ。
 感情を押し殺して、イネスは頷く。
 これで理解しただろう。ユリカがヤマトに乗った裏の事情が。
 そしてルリたちが乗艦しようとするのを渋った理由も、嫌というほど理解させられただろう。

「繋げる対象はコスモリバースシステムそのものだけどね。彼女は不幸にも、火星の後継者の人体実験の後遺症で体内に演算ユニットのナノマシンが残留している。そして、時間が経つほどに……ボソンジャンプを行使するたびに浸食が進み、彼女自身が演算ユニットの端末に変貌していった。彼女自身の『慣れ』と『経験値』も重要だったの。だから、彼女はヤマトの再建にあれほど熱心だった。あれはヤマト再建はもちろんだけど、彼女が端末になるために必要な経験値を蓄え、自身を『最適化』するためのものでもあったのよ。この状態の彼女をコスモリバースシステムに接続すれば、演算ユニットに無線接続しているも同然の状態にできる。ただ、知ってのとおりボソンジャンプには人類はもちろん地球上の生物はそのままでは耐えらることができない。その欠点を補うためには、彼女に人間翻訳機になってもらってフォローしてもらうしかないのよ……。それ以外には、コスモリバースシステムを起動する手段が存在しない、つまり救済の道がないってこと。もしも、彼女がシステムに組み込まれる前に死亡してしまった場合は……私に彼女のナノマシンを移植してコアになるつもりだったわ。もっとも、昨日今日入れた程度じゃ全然馴染めないから、成功率は大幅に下降するし、まず間違いなく私は死ぬことになるけど、ね」


 イネスの説明を聞いて、真田はヤマトのドックに初めて案内されたときのことを思い出していた。
 あのときユリカは、ジャンプ体質になっていない真田を含めたネルガルの技術者を一人も死なせず、一切の異常すら起こすことなく運搬してみせた。
 地球の生命がジャンプに耐えられないのは、演算ユニットが地球の生命体をそうだと認識していないから、という説を聞いたことがあるが……なるほど、だから彼女を再び『人間翻訳機』として組み込み、地球規模の大規模なそれの保護を担ってもらわなければならないというわけか。
 その残酷な事実に拳を握り締める。
 なんということだ……。自分が最も唾棄する行為なしでは、地球は救えないというのか!!

 憤る真田の姿にイネスは顔を顰めるが、それでも説明を続けなければならない。
 これは――今後のヤマトの航海を左右する、避けて通れない道。だれもが乗り越えていかなければならない試練のときなのだ。

「もちろんこれにはスターシア女王陛下も反対したと聞いているわ」

「そのことに相違はない。俺もスターシアからすべてを聞かされたよ。そうすることでしか救いの手を差し伸べられない、命を危険に晒してまで救いを求めてきた彼女を冒涜するような手段しか取れないと……気に病んでいた」

 守の言葉にイネス、そして隣にいたエリナは少しだけホッとしたような表情を浮かべる。
 よかった、スターシアもまた血の通った人間だったのだと、ようやく確証を持てた。

「――それが聞けただけでも、あなたが来てくれてよかったと思えるわ。最初ユリカから聞かされたときは、もっとほかに手段がないのかって、心底腹が立ってたから……」

「――続けるわね。このコスモリバースシステムは、波動エネルギーを触媒とした時間制御システムなわけだけど、『効果があるのは波動エネルギーで覆えた範囲のみ』という制約があるの。ヤマトの波動砲が六連発可能なトランジッション波動砲になったのは、惑星規模――それもイスカンダルや地球くらいの大きさの惑星を覆いつくすエネルギーを生み出すには、波動エンジン六基分相当の出力が必要とされたことと、それを分散して効率的にエネルギーを放射するシステムが必要だったからよ。拡散波動砲の技術でもエネルギーの放出とエネルギーフィールドの形成はできるけれど、それだけのエネルギーを損傷することなく撃ちだすには、ヤマトの耐久力が足りていない。一度に放出できないのなら、分割して……それがトランジッション波動砲のシステムに繋がった。つまり波動砲の連射機能はおまけに近い代物なの。イスカンダルに到達次第、艦長の組み込んだコアモジュールの搭載やシステムの組み換えを行うことで波動砲は――いえ、ヤマトはコスモリバースシステムへと変貌する」

「なんてこった――ヤマトは『最初からコスモリバースシステムになるべく改装された』ってことですか……」

 ジュンが予想だにしなかった真相に唸る。
 完全に理解してもらえたようだ。
 ヤマトの改装が歪さ、その最たるトランジッション波動砲の意味。たしかな威力を見せつけてはくれたが、もっと信頼性の高いシステムとして構築できなかったのかだの、無理に六倍出力とか六連射とかいらないし過剰だろうという意見はたびたび耳にしていた。
 いまようやくその意味を明かせた。
 これで理解してくれただろう。
 強固にトランジッション波動砲の搭載を主張したユリカが、決して破壊と殺戮を望んでいたり、過剰防衛を主張していたわけではないのだと。
 彼女らしくない主張はすべて、そうすべて、コスモリバースシステムを完成させるために不可欠な主張だったのだ。

「そう、真相を知らないネルガル内部でもこの改装には反対意見が多く寄せられたけれど、ガミラスの侵略が想像以上に悪辣だったこと、ヤマトが成功したあと、ガミラス本体を発見した場合の報復の可能性なんかも視野に入れた場合は価値がある、って納得させたのよ。もちろん波動砲の威力によってヤマトの航海の安全保障に少しでも繋がれば、という思惑もありはしたのだけれど。実際、ヤマトに対して敵が艦隊決戦を挑んでこないのは、波動砲で一気に壊滅することを恐れているからよ。ユリカの受け売りだけどね……。それだけの力が、いまのヤマトにはある。正直こんな極限状態でもなければ、こんな装備の搭載なんて許可されなかったわよ。一応私たちの政府はどんな思惑があったにせよ、これより格下の相転移砲を封じる程度の分別はできるんだから」

 とは、ヤマト再建の責任者の一人であるエリナの言葉。
 イネスとて、真相を打ち明けられた状態でなければ、ここまでの極限状態でもなければ、これほど常軌を逸した大量破壊兵器の搭載を主張したユリカを軽蔑していたであろうし、政府とて正式化しなかったであろうと思う。
 もちろんそれは、サテライトキャノンにも言えることだ。

「気になった人もいると思うからついでに説明しておくとね、サテライトキャノンもコスモリバースシステムに『ある細工』をするためのテストベッドも兼ねて開発されたものであると同時に、波動砲の全力を出したあとのヤマトを護衛するために開発された装備。完成したそれは後者の用途ではややスペック不足にも感じるけれど、その威力に関しては私たちが一番よく知っているはずよね?」

「――波動砲を全力と言うことは、もしかしてあの全弾発射システムのことですか? たしかにプログラムの構築はされていますし、システムの構造上実行は可能ですけど……そんなことをしたら、保護システムがあってもヤマトは負荷に耐えきれずに自壊してしまいます」

 機関部門の――必然的に波動砲の管理も担う事になる機関部門の長であるラピスが疑問を挟む。
 ヤマトの波動砲は従来とは異なる発射システムを構築している。従来はエンジンルームとは別に用意された波動砲の発射システムにエネルギーを導入し、そこでエネルギーの加工を行って発射していた。
 だが新生した――コスモリバースシステムとなるべく改修されたヤマトのそれは、エンジンルームの先端から砲口までの間を二つの収束装置とライフリングチューブと呼ばれる砲身で繋げている、艦全体が文字どおり砲身となるシステムに変貌している。
 そのライフリングチューブの内側には、発射口と同じストレートライフリングと呼ばれる溝が存在していて(円筒の内側に誘導レールを嵌め込んでいる)、その溝がエネルギーの整流効果を与えていた。
 また、短時間の間に複数回のタキオンバースト波動流が通過する負荷を考え、構造材や防御コートに混入されているのと同じ反射材が張り付けられていて、エネルギーを強制的に発射口方向に押し流す作用を与えられている。
 これによって装置全体が保護されているのだが、オリジナルの空間磁力メッキに比べると格段に能力が劣るそれでは、連射はともかく六倍の負荷に耐えることは到底できない。
 反射衛星の解析データからオリジナルの空間磁力メッキの復元も工作班の間で検討されているようだが、ほかにもやることが多く進展が乏しいと、ほかならぬ真田自身から話を聞かされている。

「正解よ、ラピスちゃん……そして、これからの説明を聞けば嫌でも実行しなければならないことがわかるわ。――それはね、私たちが目的地としているイスカンダル、そして二重惑星を形成しているガミラス星は、カスケードブラックホールと呼ばれる時空転移装置の脅威にされされていて、数か月以内に消滅する定めを背負っているからよ」

 一気に二つ、大きな秘密が解き明かされる。
 さあ、ここからが本番だ。

「ガミラスが性急に地球侵略を行ったのは、彼ら自身が滅亡の危機に立たされているから。地球がガミラスに比べて文明の程度が低いことから見下されていたのも関係しているでしょうけど、もしかしたら木連との戦争から火星の後継者に至るまでの内紛の過程を調べ上げた結果、たとえ紳士的に接触したとしてもすぐに回答が出ない、またはこちらが付け上がって過分な要求をしてくることを嫌ったとも推測できるわ。……地球を上回る超大国のプライドがそうさせたとも言えるかもしれないけれど。ただ確実に言えることは、ガミラスが早急に地球侵略を決定したそもそもの原因は、カスケードブラックホールにあると言っても過言ではないということよ」

 思いもよらぬ真実にクルー全員が言葉を失う。
 ガミラスの取り付く島もない一方的な降伏要請や情け容赦ない猛攻と、祖国のために命を捨ててヤマトに立ち塞がった冥王星艦隊の振る舞い。一見矛盾しているかのような彼らの行動の裏に隠されていた真相。
 彼らが冷酷無情な侵略者であるという解釈は間違いではない。しかし彼らにもまた、ここまでのことをさせた、けっして小さいとはいえな理由が存在する。
 だがその行動の結果はどうだ。滅亡の危機に晒された文明がほかの文明を滅亡寸前に導き、未来を手にしたかと思えば、追い詰められた文明の決しの反撃で滅亡への道に再び突き落とされかけている。しかもそれに手を貸しているのは同じく滅びに瀕しているはずの隣人ときた。
 ――なんという皮肉、なんという負の連鎖。
 神が本当にいるというのなら、なんと皮肉が好きなのだろうと嫌味の一つでも言いたくなる。

「それで彼らの行動が正当化されるわけでもないけれど、言い換えればヤマトがカスケードブラックホールを破壊することができれば……それで恩を着せる形で地球侵攻に待ったをかけて貰える可能性が生まれるの。もちろん救いの手を差し伸べてくれたイスカンダルの存亡も掛かってるから、やらない訳にもいかないのだけれども。……予定では、イスカンダル到着後に波動砲の改修を行ってギリギリであってもヤマトが自壊せずに済むようにして、文字どおり全身全霊の力を込めた波動砲でカスケードブラックホールを消滅させるってのが、艦長の考えてたプランの一つ」

「一つ? ということは、ほかのプランもあったということですか?」

 今度は大介が口を挟んできた。
 しかし、これは種明かしの場なのだ。イネスはできるだけわかりやすいように、丁寧に回答を重ねていく。

「ええ。もう一つはガミラスを滅ぼし、イスカンダルのみを救って地球に戻るプランよ。これは推測を含むのだけども、ガミラスの目的が全宇宙の支配、つまり国や民族の究極の発展にあるとするのなら、いずれにせよ地球は標的になっていた可能性が高いと言えるわ。つまり、移民計画が上がる以前から地球に目を付けていた可能性は十分に考えられる。となれば、カスケードブラックホールを消滅させたところで地球を諦めてはくれない、同盟といった互いにとって損のない関係を作ろうとはせず、支配下に置こうとする可能性は否定できないのが実情よ。――だったら、私たちが殺戮者の汚名を着てでもガミラスを滅ぼさなければ、地球に明日はない。コスモリバースシステムで地球を救っても、ガミラスの軍勢をヤマト一隻で食い止めるのは物理的に不可能。特にコスモリバースシステムに改造した波動砲を再改造するには時間が掛かるし、それ以前に全力射撃したヤマトは大ダメージ被ることは必至――戦闘能力はほぼ完全に失うでしょうね。イスカンダルで完全修理をする時間的余裕は、おそらくない。万が一カスケードブラックホールを消滅してもガミラスとの講和が望めないのなら、波動砲を失ったあとの安全保障として開発されたサテライトキャノンの乱用も辞さず、迫りくるガミラスを片っ端から消滅させて、地球に帰る――それが、彼女が考えた言わばプランBってやつよ。しかも仮に本星を滅ぼすことに成功したとしても、星間国家であるガミラスが真に滅びるには至らないでしょうね。ほかの星、宙域に広がっていたことで難を逃れた残存勢力による報復、それによる戦争継続の可能性……問題が完全に解決されるわけではない。それに、ガミラスの植民星の中には自ら恭順して安全を得た国がないとは言えないわ。ガミラスを滅ぼすということは――そういった星々の安全すら脅かすことにもなるって、彼女は言ってたわ」

 能天気に振舞っているように見えて、ユリカが心の内で悲壮な――いや、そんな表現すら生ぬるい覚悟を抱えていたことを突き付けられ、クルーはみな悔しいやら悲しいやら。なにも知らずにただ彼女にだけ重しを背負わせてしまっていた現実を直視して、俯いていた。

「いままで黙っていてごめんなさい。私が言えた義理じゃないけど、イスカンダルに不信を抱えたまま航海を続けるってことは、イスカンダルに接触して支援を求めたユリカへの疑いにも発展しかねなかった……だから、イスカンダルが私たちの味方なんだって実感を得られるまでは、秘密にしておきたかったのよ」

 エリナが訴える。決して悪意から隠していたのではないと。
 許してほしい。私たちには『迷っている時間はなかった』のだと。スターシアが言っていたように。
 最初からガミラスとイスカンダルの関連性が知られていたら、きっとだれもが疑ってかかり、手遅れになっていた。それを避けるためには黙っていることしかできなかったのだと。

「――守さんにイスカンダルについて話して貰う前に、コスモリバースに対する細工について、少し触れさせてもらうわ。さっきも話したとおり、コスモリバースの恩恵に与れるのは波動エネルギーの放射された範囲内だけ。艦長が元通りの体に戻るには――コスモリバースに掛けるしかない。彼女はコスモリバースのコアとなるために、そしてヤマトを再建するためにナノマシンの除去をせず、彼女はいままで耐えてきた。でもそのせいで、もう医学では救えない。コスモリバースの時間制御能力で、彼女の体を最低でも火星の後継者からの救出当時にまで戻して、イスカンダルから提供された医学で体を蝕むナノマシンを取り除く。それしかなかった……。でも、コスモリバースの恩恵に与るには波動エネルギーを『ヤマトに向かって少量であっても分流する』必要があった、そのために考案されたのが――」

「――モード・ゲキガンフレア。サテライトキャノンのタキオン粒子を外部から制御するため、という名目で開発されたのがタキオンフィールド発生装置なんだ。つまり、モード・ゲキガンフレアはコスモリバースの恩恵をヤマトの艦内――ユリカに向けるための機能の応用ってのが真相で、いままでの運用方法は真の搭載目的を隠す擬態だったんだ」

 イネスの言葉を引き継いだのは、ユリカの傍らには行かずこの場に残ったアキトだった。イネスも少し口を休めたいと思ったので、アキトの行動にケチは付けなかった。近くに用意しておいた飲料水のボトルに口を付けることで先を促した。

 イネスから引き継ぎの合図を受けたと判断したアキトは、変わって語り始めた。

「ユリカによると、この問題はスターシアさんと協議しているときにはもう上がっていて、上手い解決法を導き出せなかったらしいんだ。けどユリカがヤマト出現時に精神的な接触を果たし、その記憶に触れていたことが転機になった。垣間見た記憶の中に、機関部の故障でエネルギー漏れを起こした状態のヤマトが、漏れた波動エネルギーを防御スクリーンとして活用した場面があったらしい。偶然波動エネルギーが敵の攻撃をストップする性質が持っていたらしいんだけど、波動砲口からわざとエネルギーをリークさせて、攻撃と同じエネルギーを使っている敵の防御幕を力づくで突破、そのまま敵の都市要塞に強行着陸して心臓部を攻撃する作戦を取ったらしい。――モード・ゲキガンフレアはこの行動に着想を得て、真相を秘匿したまま波動エネルギーをヤマトに向かって分流するシステムを搭載してもらうための理由として考案されたものだったんだ」

「――どうりで搭載を強固に主張されたわけだ……そんな裏があったとは。気付けなかった」

 開発に協力していた真田も思わぬ裏事情に渋い顔をしていた。
 真相を知らないのなら、単に攻撃バリエーションを増やすために主張したとしか思えないだろう。
 実際、モード・ゲキガンフレアは戦場でその威力を示しているのだから、ユリカの主張が正しかったとは思っても、どうしてこんな突飛なシステムを考案したのかなんて、追及しなかった。
 普段の振る舞いがバk――いや、とにかく変わり者なユリカだから、なにかしらあったんだろう程度には疑問に思えたかもしれないが。

「フラッシュシステムがエンジンについているのも、あそこがコスモリバースの事実上の心臓部だから。ユリカを……部品として組み込む制御装置は、突入ボルト付近に置くことになってる。システム起動後、タキオンフィールドがエネルギーを誘引してコスモリバースの効果をヤマト内部に及ぼせるようになったら、俺たちは『ユリカを元通りにしたい』って強く願う。その思念をフラッシュシステムが拾ってくれることでコスモリバースに干渉、地球の回復に全力を注ぐしかないユリカの回復処理を代行するって考えだったんだ。これらの情報処理を補佐させる目的で、地球に残してきたナデシコCの改装も進められているはずだ」

「じゃあ、艦長が重病なのに艦長職に就いた理由は――」

「島君の推測どおり。フラッシュシステムはわかり易く説明するとワイヤレスのIFSに近い代物だろ? だから機能させるには思考――この場合は思念波がどうしても必要なんだ。だから、単なる戦術アドバイザーとか、体の治療のためにイスカンダルに同行するって形だと、みんながユリカに強い関心を持つわけがない。関心を持ってもらって、『絶対に助けてあげたい』って思ってくれないと、助からない。加えてさっきイネスさんが説明したとおり、ナノマシンと『馴染み』が進むほどにシステムの完成度が高まる以上、冷凍睡眠で運ぶわけにもいかなかった。あとは――そうだな、みんなも痛感しているように出航当時はヤマトの艦長を務められるのがユリカしかいなかったってのも理由だけどね……」

 アキトはユリカが艦長としてヤマトに乗らなければならなかった理由を淡々と語る。
 それはすべて、ヤマトの成功のため――地球はもちろん自身が生き残る希望を繋ぐためだったと。

「実際、その判断は正しかった。今回だってみんなが思ってくれなかったらあいつは助からなかった……ありがとう。夫として感謝の言葉しか出ないよ。本来の計画だと、あいつは内容が内容だけに、俺たち――ルリちゃんやラピスをヤマトには乗せないつもりだったんだ。どうしてもクルーだけで不安が残るのなら、地球に戻ってからお義父さんも含めて乗せればいい、思いが必要なのはコスモリバース発動のときだけって判断してた。……ああ、そうそう。ついでに補足しておくと、進君がすぐ行動に移れたのはベテルギウスの経験があったからなんだ」

 ベテルギウスのとき、と言われてラピスは、機関部門の人間は気付いたようだ。

「アキト、それってもしかして、高負荷がかかったのにエンジンの損傷が異様に少なかった、あれのこと?」

 ラピスの問いに答えたのは、コスモリバースを使用した影響で再び意思疎通が可能になったヤマトだった。

 ――そのとおりです、ラズリ機関長。私はあなたたちの意志を反映することで『耐えること』には少々自信があります。ですから普段以上に耐えられるようにしようと『気合いでフラッシュシステムを起動』して『みなさんの意志』を拾い、無理なエンジンの動作を行おうとしたのですが、なぜか不完全なコスモリバースシステムが起動してしまったので、これ幸いとエンジン内部の損傷を時間制御で強引に復元しながら作動することで、あの異常動作を実現できたのです。限りなく偶然に近い出来事でしたが――

 ヤマトの回答にラピスはもう驚いていいのやら感心すべきなのかがわからなくなった。
 まさか、あの不可思議な現象の裏がそうだったとは。

 ……しかしいまさらだが、戦艦が『気合いで』システムを動かすな。しかも秘匿システムを二つも。

「そう、進君が今回の手段を思いついたのも、躊躇いなく行動できたのも、ヤマトが不可能を可能にした実績を知っているから。この二度の奇跡は、なにでもユリカさんとヤマトの間に精神的な繋がりがあることに起因しているらしいわ。彼女は薬で抑えられてるけど、日常的に演算ユニットにアクセスしてるに等しい状況にあるわ。物理的な接続こそされていなくても、心臓部たる波動エンジンにフラッシュシステムを搭載されているヤマトだからこそ無線での接続が確立され、システムを起動する要件を満たせてしまった、ということらしいわ。ご都合主義満載の奇跡だけども、それに助けられていては文句も言えないわ。……それといまさらな説明ではあるけれど、進君だけど。彼は次元断層を突破してユリカさんが倒れたときに、彼女が万が一を考えて残してた資料を渡されていて、すべてを把握しているわ。彼があれから奮起してがんばってるのは、それが理由よ」

 とイネスが補足する。
 そう、ヤマトという艦の特異性だけではなく、ユリカというイレギュラー要素の相乗効果があの結果を生んでいたのだ。
 皮肉な話だが、火星の後継者の人体実験で得たデータの数々に加え、ユリカが生体部品として使われて障害を抱えたからこその奇跡だと思うと、あの火星の後継者の存在もまた、未来への希望を繋ぐという意味では一定の成果を上げていたということになる。
 ……腹立たしいことこの上ない。

「結果的にではあるけれど、艦長の推測は当たっていたってことになるわね。完成したあとのコスモリバースでも通用するかは――ぶっつけ本番にはなるけど、希望は繋がったわ。……ヤマトの秘密の暴露はとりあえずこんなものね。イスカンダルについては――守さんにお願いするわ。直接見たあなたのほうが詳しいものね」

「引き受けました。それじゃあ、ざっと説明させてもらう。驚くとは思うが冷静になって聞いてほしい。――実はイスカンダルは、カスケードブラックホールとは関係なく、滅亡寸前なんだ」

「なっ!?」

 変わって説明を始めた守の言葉に一同絶句。
 地球に救いの手を差し伸べてくれたイスカンダルが――滅亡寸前。アキトもこの事実を聞かされたときはたいそう驚いたものだ。

「イスカンダルが過去に経験した事故が原因なんだ。イスカンダル星の中心にはイスカンダリウムと呼ばれる放射性物質がある。それは非常にエネルギー変換率の高いエネルギー資源となりえる希少物質らしい。過去にイスカンダルも、そして構成素材が同じガミラスもそれが原因で狙われていた。それゆえに何度も戦争を経験し、戦火に焼かれ、資源を得るために過度の採掘を行った結果、イスカンダルもガミラスも環境破壊が深刻化していた。これを改善するために作られたのが、コスモリバースシステム。その力で一度はその問題を回避した。――はずだったんだ。コスモリバースによる復元は完璧ではなかった。いや、ある欠陥があった。時間制御によってイスカンダル星の中に時間の歪み――時間断層が生まれてしまった。その断層内では時間の流れが外よりも何百倍も速く進む。そのせいで、星の中心だけが急速に寿命をすり減らしてしまい、星全体が歪になったことで大規模な地殻変動を起こした。それにより大陸の沈没が起こり、地殻に亀裂が生じた。その亀裂によって露出したイスカンダリウムが発する大量の放射線は、イスカンダルの大気を瞬く間に汚染してしまった。放射線の影響で人々は次々と倒れて、一気に人口が激減。イスカンダルはこうした事故を想定して開発していたコスモクリーナーDと呼ばれる放射線除去装置を使って星全体を除染し、露出したイスカンダリウムを封じて対処したが、一部を除いた人々は生殖能力を喪失。新しい命が生まれることがなくなり……いまは、生殖能力を喪失しなかったイスカンダル王家の人間、その生き残りであるスターシアと使者として地球に送られた妹のサーシア以外、イスカンダル人は生存していない」

「じゃあ、コスモリバースを届ける力がないって言うのは……」

「想像どおりだよ。いまのイスカンダルには技術者が残っていない。装置の部品は残されていても、組み上げる力が残されていない。当然運搬する力も。――だからヤマトが自ら取りに行き、同乗している技術者に残された図面を頼りに組み上げてもらうしかないんだ……。ヤマトは状況的に単艦でイスカンダルに行くしかない。当然ヤマト自身も自給自足でやり取りしなければならない都合上、ベテランの技術者が何人も必要になる。そういった事情も考慮して技術者の人選がされたはずだ。真田が乗ってるくらいだしな。――あとは、イスカンダル到達までに技術者が生き残れるかどうか、ミスマル艦長が命を繋げるかどうかが、コスモリバースを手に入れられるかに関わっている」

 守はハリの疑問に丁寧に答えた。
 最終的に自ら希望したとはいえ、真田が乗艦できたのもウリバタケが乗艦ことを許可されたのも、すべては彼らの技術を見込んでのこと。
 もちろんイネスも含まれているが、それ以上に彼女はユリカの主治医として彼女の延命、場合によっては代理としてその命をコスモリバースに捧げる役割をもって乗り込んでいる。

「もっとも、仮に自力で渡せるだけの余力があったとしてもスターシアは渡さなかっただろう。彼女は俺たちが本当に『コスモリバースシステムに付随する波動砲の力に溺れないか』はもちろん、『自らの責任を投げ出さずに困難に立ち向かえるか』を試さなければならない立場にある。それでも条件付きとはいえ寄与してくれたのは、カスケードブラックホール破壊のために技術提供を求めてきたガミラスを拒んだ過去があるからだ。――それが地球侵攻した遠因になっているのではないかと気にしていたし、ミスマル艦長が接触して援助を求めた行為自体、妹以外の人間と接すること自体が久しぶりだった彼女にとっては得難い他者との交流だった。艦長の人柄に面食らいながらも徐々に親しみを覚え、友人になった……それがスターシアに禁を冒す覚悟を決めさせたんだ。それはサーシアにとっても同じ、だから彼女たちは俺たちに託してくれた。サーシアも命の危険を顧みず地球に希望を運ぶ大任を、自ら背負ってくれたんだよ……」

 アキトは火星に葬られた亡きサーシアを思った。
 直接対面することは叶わなかった、異国の人。妻の友人。
 彼女のおかげでヤマトはこうして旅をできている。
 いくら感謝しても感謝のし足りない、尊き命を散らしてしまった恩人。
 直接会ってみたかった。
 アキトはいまほど強く思ったことはなかった。


「――彼女の行動に、そんな裏があったなんて」

 ルリの脳裏に蘇るのは、生きて合流を果たせず命を落としてしまったサーシアの亡骸。
 彼女たちは決して上から目線で地球に手を差し伸べてくれたわけではなかった。
 自らの行動の影響を気にかけ、ユリカの行動に心動かされ、かけがえのない友のために……。
 きっと断腸の思いだったろうに。
 それでも彼女らは重い腰を上げてくれた。
 ガミラスと二重惑星という関係にあっても、イスカンダルは間違いなく地球の味方だった……。

「それじゃあ、イスカンダル人はもうスターシアさん以外に残っていなくて、ガミラスも星としての寿命が?」

 衝撃で震える声で指摘するハリに、守は首を振った。

「たしかにイスカンダルで生きているイスカンダル人はスターシアだけだ。ただ、イスカンダルはかつて経験した大戦争の教訓から、仮に滅亡寸前に追い込まれたとしても民族の復興を可能とする『胚』を残されていると聞かされている。それを使えば、いまのイスカンダルであっても民族再建は可能だ……。だが自らが生み出した負の遺産の完全な抹消を考えた王家の人々は、自らの失態から始まった滅びを受け入れる考えに至ったらしい。――イスカンダルが滅べば、負の技術が継承されることもなくなる、と。これは本当に徹底していて、王家の人間がすべてマザータウンからいなくなるか、王家の人間が任意で操作することで即座に星もろとも消滅する仕掛けも残している。だからスターシアはイスカンダルに縛られ離れられず、双子星であるにも拘らずガミラスは手が出せなかったんだ……。それとガミラス星の状況だが、あちらは起動時の状況の違いもあってか、イスカンダルよりも時間断層の規模が小さく早くに自然消滅したそうだ。だから、ガミラス星はまだ大丈夫だ。カスケードブラックホールがなければ、少なくとも移民目的で地球を侵略することもなかったろう」

「ということは、地球に時間断層が生じる可能性があると?」

 ルリが問うと守は首を縦に振った。

「十分にある。そもそもシステム自体改良がなされていないからな。だが、当時のデータを基に調整を加えれば、ガミラスの様に被害を最小限に抑えることはできるはずだ。それに、過去のガミラスがやったように時間断層を積極的に活用すれば、地表で暮らす人々の時間はそのままに、早く進む時間の中で作られた物資で急速に復興することも可能だろう。瓦解した防衛艦隊の整備も可能だ」

「つまり地球は、爆弾を抱えることになる。時間断層のことが外部に知れるようなことがあれば、その有用性を狙った異星人の侵略もありえる、と」

「うむ……」

 ゴートの指摘に守は苦々しく頷いた。

「『……おそらくわれわれ人類は、もう波動砲を捨てることができないでしょうから』か。艦長のあの言葉は、これを予期してのことだったのか……。侵略者にとって価値のある星に住まうのなら防衛力が必要だ。ヤマトがここまで航海を続けられたのは、波動砲の威力にガミラスが慎重になっているからだとすればなおさら……もう人類は波動砲を捨てられん……! 波動砲の存在が安全保障に繋がる可能性が示唆されてしまえば……!」

 真田が感情のままに右の拳を左手に叩きつける。
 一度侵略によって滅亡寸前にまで追い詰められた文明が、まだ狙われる要因を残した状態で強大な武力を捨てられるわけがない。
 身を守る手段を捨てるということは、他国から見れば侵略してくださいと言っているようなもの。歴史が証明している。
 結局のところ、戦争を避けるためには『割に合わない』と思わせて武力衝突を回避させる目的でも、軍事力が欠かせないのだ。
 だが――。

「それどころか、波動砲があれば最悪『やられる前にやれ!』って過激路線に傾向しかねないんですよね? だってその気になれば、相手の母星そのものを破壊できるんですよ?」

 いまさらながら突き付けられた波動砲の真の脅威。
 波動砲は『波動エンジンさえあればいくらでも増産できる』
 そして、最悪現場の判断で使用できてしまうのだ……。

「――そういった懸念もあったから、スターシアは渋ったんだ。あの威力は、人の心をたやすく惑わす。だからカスケードブラックホールの脅威を認識していてもガミラスには渡せなかったし、その力でミスマル艦長が歪んでしまわないか、仮に彼女が大丈夫でもほかの人間がその力に溺れてしまわないか、地球が今後ガミラスのようにならないかを常に案じていた。前者二つはどうやら避けられたようだが、あとは地球か……」

「――ええ、その懸念があったからこそ、ユリカはミスマル司令にも出航直前にすべてを打ち明けて調停を頼んでるわ。ヤマトが太陽系を飛び出したあと、すべての情報を開示して判断を迫っているはずよ。とはいえ、今後の安全保障の問題もあるから封印には至らないだろうって判断して、その後の防衛艦隊構想についても草案程度なら作って、ね。できるだけのことはしてったのよ、彼女」

「――まさか、シミュレーターで使ったアンドロメダと主力戦艦って艦艇のデータも?」

 太陽系さよならパーティーのとき、ユリカが進との戦いで使った戦艦群のデータを思い出した大介が問えば、エリナが頷く。

「そのとおり。あれはヤマトの初航海が成功したあと、地球の復興の過程で作られた新しい宇宙艦艇。その最初期のものを回収できたデータから復元した代物よ。外見だけだけどね。あのデータを基にネルガルで新造艦を造って、それを売り込む――ユリカがヤマトの再建と並行して考えてた地球の防衛艦隊再建構想の一端よ。うちとしても、戦後のスキャンダルで失ったシェアを取り戻して再起するにはこの上なく魅力的なプランであったし、私と会長はユリカからすべてを聞かされている立場にもあったから、ヤマト再建を含めて承諾して、いまに至るってわけ。なにしろヤマトは出生世界で数度に渡って侵略者と渡り合った経験があるのよ? この世界でも同じことが起きない保証はない。ヤマト再建だけでも余裕がなくてヒーヒー言ってる状況だったけど、ヤマト成功のあとを考えるとおざなりにもできない……転ばぬ先の杖として、プランだけはいまも地球で進展しているはずよ」

 つくづく驚かされる。能天気そうに見えて、ヤマト再建から始まって戦後の状況を見据えてできる限りの準備を整えさせていたとは。

「なにしろ今後どうなるかなんて誰にもわからない……だから『ヤマトの戦いを知る者』として思いつく限りの保険を残して、万が一生き残れなかったときでも今後の侵略者に対する備えを残すべく準備してたの。この世界で唯一、過去のヤマトの戦いを知る者として――。コスモリバースと言えども、想定外の動作になるユリカの再生は成功率が低くて確実性に欠けている。それにさっき話した時間断層も、いまのヤマトでは検出されていないけど、ユリカを再生するためにシステムを内向きに作動させるってことは、ヤマトもその影響を受けるってことだから――」

「――ヤマトが急激に劣化して死ぬってことですか!?」

「可能性は極めて高いわ。これから、いろいろと無茶も重なるしね……ユリカさんが地球艦隊の再建の準備を整えるべく用意を進めたのも、このヤマト自身がはたしてこれからも存続できるかどうかわからないからよ。万が一ヤマトが時間断層を生じる反動――リバースシンドロームの影響で老いてしまったら、私たちは実績のある守り手を失うことになる……私たち自身の能力を、絆を疑うわけではないけれど、いままでの戦いだって『ヤマトだから切り抜けられた』。結局向こうの世界だって、いろんな事情があったのだろうけれど、ヤマト以外に地球の防衛で実績を残せた艦はほとんどないって聞いたわ……」

 驚愕するジュンにイネスはその可能性が十分あることを、そしていかに自分たちがヤマトに頼っていたのかを伝える。
 実際、ヤマトはいままでの地球艦とは桁違いの能力を持ってガミラスに抗ってきた。そしてそれが、何時しか当たり前に……。
 そのヤマトがいなくなったらと考えるだけで、こんなにも不安になるなんて……。

「――だから、私はヤマトに縋ったの」

 医務室で入院中のユリカが、コミュニケを起動して語りかけてきた。

「バラバラになって、一見再起が無理そうな状態にもかかわらず私たちのために……使命を果たすためにこの世界に来てくれたヤマト……私は応えたかった。ヤマトはね、出航前にも話したとおり、地球を救うため、人類の未来を拓くため、坊の岬沖の海底から蘇ってきた艦なの。だから、最後の最後までその使命を果たさせてあげることが、ヤマトにとっての幸せであり、ヤマトに縋る私たちができる恩返しだと思った。だから――私は選んだの。ヤマトの技術から新しい艦を作るのではなく、ヤマトを復活させるって道を。この世界で没した大和の残骸も混ぜて、この世界の大和と一緒に改めて抗おうって――それに、ヤマトは二六〇年もの間海底で地球の自然と同化して眠っていた艦だもの。意思を持っていることも含めて、システムの器としては最適だろう、私の負担がそれで減れば、自身の回復に回せるリソースも増えるかもしれないって、スターシアも言ってたし」

 と、ユリカは語る。
 彼女は決して伊達や酔狂でヤマトを蘇らせたわけではなかった。必然だったのだ。
 宇宙戦艦ヤマトの特異性こそが、この状況を覆せる最後にして最大の――鍵。
 ――そしてみな、ヤマトに勇気付けられてここまで来た。来ることができた。
 もしもヤマトではなくアンドロメダがやって来たとしたら、はたしてここまで勇気づけられただろうか。
 否。
 ヤマトには実績がある。歴史がある。
 それが勇気の源だったのだ。

 ――宇宙戦艦ヤマトでなければ――駄目だった。

「それにね、仮にヤマトから生まれた『別のヤマト』を造るにしても、私たちは本家本元のヤマトをちゃんと知らない。それじゃあ、ちゃんと魂を受け継ぐことができないって思ったのも理由かな。私でさえ、記憶の中に生きる沖田艦長の姿を見て感銘を受けただけで、直接教えを受けられたわけじゃない。だから、せめてオリジナルのヤマトに乗って学びたかった。それができれば、仮に『いまのヤマト』が今後駄目になるとしても、私たちが理解した本物の魂を次に繋げることができれば、姿形が異なる『次のヤマト』を生み出すことだって、できるんじゃないかと思ったの」

 言いたいことは理解できる。
 データだけを見てわかったような気になったところで、それは継承ではない。模倣だ。
 継承するには、やはり本物に触れるのが一番確実で効果的だ。ユリカが新造ではなく在りし日のヤマトの姿を極力保ったまま復活を願ったのも、やはりいまなら――クルーとなったいまだからこそ理解できる。

「――私、いまふと思いました」

 ルリはユリカに対して静かに語り始めた。

「アクエリアスは、生命の種子を運ぶ愛の星。その愛は、時に試練という形で厳しく現れるけれど、その本質は命を強く育てるためのもの……。アクエリアスの――命の種子を宿す海に沈んだヤマトがこの世界に現れたことに、いまさらですが運命的なものを感じます。……アクエリアスから生まれた生命同士の生存競争――これも形を変えたアクエリアスの試練なのかもしれませんね……」

「そうかもしれないね。……ねえみんな、真実を話す前に私聞いたよね? 前に進むことを止めないでくれるか? 最後の最後まで諦めないでくれるか? って」

 ユリカの言葉に、全員が頷く。
 正直膝を折ってしまいたいと思えるような衝撃を受けた。
 ここまで希望を繋いでくれたユリカを『部品』として使うことに対する抵抗もそうだが、そこまでしながらも救える確たる保証がないこと。
 ――そして、このヤマトをも失うかもしれないこと。
 しかし、ユリカに関しては不完全な状態とは言え、その命を繋ぐという形でコスモリバースの効果が得られることが示された。万全とは言い難いがまったく先が見えないよりはいくぶん気分がマシだ。
 それに……仮にヤマトが二度と飛べなくなったとしても、その魂を自分たちが継いで第二、第三の『ヤマト』に繋いでいくことができる。
 そう、自分に言い聞かせて頷く。

 それが、ここまで希望を繋いでくれたユリカとヤマトに対する、最大限の礼だと信じて。

「じゃあみんな、お願いだから悲しまないで。たとえ可能性が〇に近くても、〇じゃない。今回上手くいったみたいに、本番でも上手くいって、私が元気になれる可能性は――希望の灯は残ってる。それ、ヤマトが駄目になるって決まったわけでもない。でも、ここで立ち止まったら全部お終いになっちゃう。だから、歩みを止めないで…………うぅっ……ごめん、一旦切るね。少ししたら重大な発表があるから、そのまましばらく待機してて」

 ユリカはそう言うと、コミュニケをオフにしてクルーの前から姿を消した。

第一九話 明かされる真実! 新たな決意と共に! Bパート