ヤマトの艦内に収容されたガミラスの兵士は、不安に駆られながらもレーザーアサルトライフルを握りしめ、同じく収容された民間人に視線を巡らせる。
……一様に不安気な表情を浮かべている。
無理もない。この艦は敵国の艦――それも、ガミラスの手で滅亡寸前にある星の艦なのだ。
いつどのようなタイミングで報復されるかもしれないという不安はあって然るべき。
――この部屋に閉じ込められたまま、生命維持装置を切られるかもわからないのだ。
軍艦ともなれば、機密保持や安全確保のためにこうやって民間人を一か所に纏めることは不思議ではないが……。
兵士は手元にある小銃の感触を確かめるかのように何度も握り直しながら、民間人に不安が伝染しないように気を引き締め直す。
武装解除されなかったのは幸いだ。連中に言わせれば「武装したお前たちが入り口に立っていたほうが安心できるだろう」とのことらしい。
実際に民間人は縋るような視線で自分たちを見ているし、この中央作戦室という部屋以外に収容された民間人にも、付き添いとして武装した兵士の同行が許可されていると聞く。
……その気になれば、このヤマトを内側から破壊することもできなくはない状況にはある。
しかしドメル司令やゲール副司令からも「ヤマトには手を出すな」と厳命されていて、これだけの数の民間人を抱えていては迂闊な行動はできやしない。実質人質を取られているも同然の状況だ。
収容されてからもヤマトは被弾による衝撃だったり戦闘機動による揺れがあったが、いまはそれも止んでいる。
ほんの少し前には「これよりヤマトは波動砲を使用します。全員衝撃に備えてください!」と若い女性の声でアナウンスが流れ、それからあまり間を置かずに計五回の衝撃が襲い掛かった。
特に五回目は四回目までに比べても一際大きな衝撃で、誰もが不安の声を漏らしたもの。そもそも、この状況下でいったいなにに対してこれほどの衝撃を発する兵器を使ったというのか、不安は尽きない。
語感からすると、件の波動砲とはタキオン波動収束砲である可能性が高いわけで……。
静かになった……。
おそらく戦闘はすでに終了しているのだろうが、まだドメル司令はなにも言ってこないし、ヤマト側もなにも言ってこない。
苛立ちが募る。これからいったいどうなってしまうのか。
兵士はままならない状況に強いストレスを感じながら、ちらりと避難民に視線を巡らせる。
――落ち着け。おまえは栄えあるガミラスの兵士。市民を不安がらせるような真似はするんじゃない。
必死に自分に言い聞かせ、彼らの安心に繋がるようにと虚勢を張る。
そんな緊張状態が何分続いただろうか。ようやくヤマトのクルーが現れた。彼らはなにやらワゴンを押している。なにかしら支給でもあるのだろうか。
黄色を基調に黒の装飾が施された制服を着て、正面にはエプロンを掛けて両手には肘まであるゴム製と思われる手袋。
見るからに炊事係だ。となれば、ワゴンの上に乗せられている大鍋の中身は自ずと推測できるが……。
「みなさん、戦闘は無事終了しました。ドメル司令指揮のもと、受け入れの準備が進められていますので、いましばらくお待ちください。それとみなさんお疲れでしょう。温かいスープをご用意致しましたので、どうぞ召し上がってください」
そう言いながら、彼らは鍋の蓋を取る。
中には少量の豆と野菜の切れ端が浮かぶ、薄茶色の透明感あるスープがなみなみと入っていた。
「……」
漂ってくるスープの香りが鼻を突く。急速に空腹感を感じ、彼はここまでの疲労もあってか腹が空いていたのだと、いまさらながらに自覚させられた。
――はたして信じていいのだろうか。毒が入っていたりしないだろうか。
ヤマトクルーは中央作戦室に居る全員にスープを配膳している。
だれもが一応受け取りはするが、警戒心が強く口を付けていない。それでも受け取ったのは、やはり助けて貰ったという意識があって無下にできないからか、それとも疲弊しきった心身が眼前の食事を欲しているのか。――どちらとも、なのだろう。
――緊張状態を続かせるのは、よくない。
「……すまない、助かる」
こうなれば自棄だと、口先だけの礼を告げてからスープの注がれたカップを受け取り毒見役をかってでる。
兵士は意を決して渡されたスープのカップに口を付けて、中身のスープを啜った。
口腔内に広がったスープは熱過ぎず温過ぎず、啜るように飲めばちょうどよく、適度に塩味も利いていて疲れた体に心地よかった。
――美味い。
なんの捻りもない、シンプルな感想が頭を過った。
カップと一緒に渡されたスプーンで具の豆や野菜を口にかき込んで、簡素だが温かい食事を終える。
「ごちそうさま。美味かったよ」
そう言って空になったカップを返す。今度は本心からの礼が口から飛び出した。
その様子に安心を得たのか、ほかの兵士や民間人も恐る恐るではあるが、食事に口を付けはじめた。
しばらくすれば、突然訪れた危機の連続に張り詰めていた気も緩んだのか、みないくらか表情が柔らかくなる。
そんなガミラス側の様子にヤマトのクルーも満足そうに見えた。いくらか余裕をもって用意したのだろう、何人かがお替りを要求すれば、ありったけを提供してくれた。
そんな様子を見ながら、余裕を取り戻した兵士は改めて辺りを見回してみる。
そういえば、ヤマトのクルーは受け入れの際大量の毛布を運び込んでは床の上に敷いてくれていた。民間人が冷たい床に座らないようにするための配慮だ。上に羽織る毛布も用意されている。
戦闘中ともなれば、ほかにすることも多いだろうに。
いくらか不信感が解けた民間人の何人かが、食事を提供してくれたクルーに怪我をして医療室に運ばれた家族や友人らの様子を尋ねている。
それを受けたクルーは腕に巻いた通信機になにやら訪ね、情報を得るなりそっと彼らを医療室に向かって案内してくれたり、案内できないならば様子を聞かせたりしている。
滅亡の淵に追いやった憎むべき敵国の人間だというのにこの紳士っぷり。ヤマトのクルーは途方もないお人好しだ。自分たちだったらここまでの対応は――できない。
彼とて軍属になってそれなりに長い。ほかの星の侵略する際、銃をもって戦場を駆けまわったこともある。
これは侵略を受けた側の対応ではない。もっとこう、侵略を受けた側というのは、射殺さんばかりの視線をしているものだ。
だから疑問に思って尋ねてみた。末端の兵ではまともな返事が返ってこないかと思ったが、案外そうでもなかった。
「ヤマトは地球の未来を考えて、ガミラスと共存していく道を模索しているんだ。恩を売ると言えば聞こえが悪いかもしれないが、こうすることで戦争を終わらせることができるなら……怨恨だって飲み込んでみせるさ。綺麗事だと馬鹿にされても、ヤマトはそういう道を選ぶと、決断したんだ」
その回答を聞いて、呆れるべきか感心すべきか少々判断がつかなった。
が、彼は思った。
少なくとも、いまこの場で救いの手を差し伸べてくれたことに関しては、素直に感謝すべきだろうと。
しかし、余裕ができたいまだからこそ気付いたのだが…………部屋の端っこにある妙な機材はいったいなんだろうか……。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第二十一話 未来を切り開け! 決意の波動砲!
少し時は遡る。
ドメル艦隊と合流したヤマトは、艦載機の補給と再出撃を繰り返しながらひたすら遠方の空母に対して砲撃を続けていた。
「艦首ミサイル、煙突ミサイル発射!」
実戦の中で慣れてきた守は、威勢もよくけん制と露払いを目的としたミサイル発射を指示する。
放たれたミサイルは、入力された標的を目指して機敏に軌道を修正しながら宇宙を突き進む。だが敵艦の迎撃によって四分の三近いミサイルが撃ち落とされ、残されたわずかなミサイルが辛うじて敵艦に命中する。だがその程度の数では有効だとはなりえない。
だがわずかだが敵艦隊の間に間隙が生まれた。
その隙を逃さずヤマトの主砲が旋回。照準。発砲。
三本の重力衝撃波が敵艦隊の隙間を縫って直進し、目当ての空母に直撃。一隻轟沈せしめた。
この混成艦隊の中で、敵艦に対して必殺の威力を発揮出来るのはヤマトとドメラーズ三世のみ。内敵空母の辺りにまで届くのはヤマトの主砲――三連装四六センチ重力衝撃波砲のみである。
敵艦隊もこちらの優先目標が空母であると察したのだろう。脅威となるヤマトの主砲の射線に空母を置かないよう、前衛艦隊が盾として立ちはだかり、射線を塞がれている状況が続いていた。
――この動きは、転送装置搭載艦を隠す意味もあるのかもしれない。
そうは理解していても、それを止めるすべはない。
ヤマト威力を活かすべく、ドメラーズ三世と戦闘空母が率先して露払いを務め、障害となる艦を排除してヤマトの射線を空けようと奮戦しているが、目立った効果は出ていない。
前衛に施したアステロイド・リング防御幕もだいぶ消耗させられており、強気に攻勢に出ることもままならなくなったのも、膠着状態に弾みをかけていた。
黒色艦隊も負けじとビームとミサイルの雨あられを降らし、爆撃機の転送も止む気配なし。
その砲火のほとんどは、ヤマトとドメラーズ三世を含む艦隊に集中している。バラン星基地への追撃は不要と判断したのだろう。
さきほどまでは基地への攻撃が優先されていたため被害は小さかったが、攻撃目標があからさまにヤマトと艦隊旗艦と判断されたであろうドメラーズ三世に切り替わってからは、被害が拡大する傾向となっていた。
ヤマトへの被害も小さくはなかったが、より深刻だったのはドメラーズ三世である。
元来重装甲重火力の艦隊旗艦としての役割が重視された設計、それゆえ対空装備が乏しく、その巨体による被弾面積の広さと鈍重さが、敵爆撃機の大火力にいいように弄ばれる要因となっていた。
本来は僚艦の対空装備や味方戦闘機によって制空権を確保することが前提の設計が裏目に出て、転送戦術で前線の概念が消失した結果タコ殴りにされるという結果を迎えている。
ヤマトに匹敵する装甲とフィールド強度で耐え凌いでいるとはいえ、このままではいずれ決壊してしまうのは火を見るより明らか。
ドメラーズ三世をやらせまいと、ヤマトも対空火器を総動員、ドメラーズ三世のカバーを請け負っている。
増設された三連装垂直ミサイルを撃ち放って数を減らしても、すぐにおかわりが来るこの状況では焼け石に水だった。
僚艦としてドメラーズ三世を挟んでヤマトの反対側に陣取っている戦闘空母も、甲板を裏返して露出した多数の火器を撃ち放ち、弾幕を展開しているが完全にはカバーできていない。
対空戦闘に向いたガミラスの戦闘機と言えど、神出鬼没な敵爆撃機に翻弄されるばかりで十分な効果を上げられていない。
その場に留まった戦闘が苦手な宇宙戦闘機の弱点が、本来あまり意識しなくてもいいはずの弱点が、重くのしかかっている。
ならば。
「コスモタイガー隊はドメラーズ三世の防衛に機体を回してくれ。ドメル司令を失うわけにはいかない」
「了解! イズミとヒカルとサブは俺に着いて来い! ドメラーズ三世の防空に当たる!」
「りょ〜か〜い」
「―――――」
「お任せあれ!」
守の指示を受けて、リョーコが馴染みの連中に声をかけてフォローに向かった。イズミがなにかしら駄洒落を言っていたようだが、よく聞き取れなかった。
戦闘中だから別に構わないか、うん。
守は一人納得した。
ドメラーズ三世上空に移動中のリョーコは、ちらりとエックスディバイダーの隣を並走する真紅の機体を見る。
エックスよりも全体的に武骨で火器を満載した動く弾薬庫。
その赤いボディと『デストロイ』という名も併せて、敵陣を火の海に沈めるために生まれてきた機体の生き様を感じさせられた。
「せっかくの新型のお披露目。相応しい舞台を用意して貰っちゃあ、がんばるしかありませんなぁ!」
やはり木星出身者だけあって、『強力な新型機』というフレーズに心揺さぶられるのか、いつもより気持ちテンションが高い気がする。うっとうしいほどではないが。
「気張り過ぎて壊すなよ。貴重なガンダムなんだからな」
一応隊長として釘を刺しておく。まだ完全とは言い難い機体なのだから、無理をされたら困るのは事実。
それに――
「わかってますよ隊長殿。まだデートもできてないのに死ねませんからねぇ」
「最後が余計なんだよ最後が! いいからさっさと防空任務に就けぇ!!」
一気に赤面させられたリョーコが怒鳴り散らすと、サブロウタは「へ〜い」と気負うことなくドメラーズ三世の艦橋の上に機体を降り立たせ、防空体制に入った。
(――でもまあ、これが無事に済んだら飯くらいは付き合ってもいいかな)
苛立ち交じりに敵機を撃墜しながら、リョーコはふとそう思った。
「さてさて、新型の威力をとくとご覧あれ!」
ドメラーズ三世の円盤のような艦橋に降り立つ許可を無事頂けたサブロウタとレオパルドデストロイは、早速防空任務を果たすべく全兵装の安全装置を解除、その攻撃性能を全開にする。
地球が生み出してきた重武装型機動兵器の発展型として生み出された機体の威力、とくと味わうがいい。
背中に収納されていたツインビームシリンダーの砲身が伸長し、マウントアームによって脇下を通って機体正面に差し出され、側面のカバーを解放。カバーの中に両手を潜らせ砲身の後ろにあるグリップをそれぞれの手で掴み、掌にあるコネクターとグリップに内蔵されたコネクターを接続、エネルギーラインを成立させる。カバーが閉鎖されて両腕に固定されたツインビームシリンダーとバックパックと繋ぐマウントアームが外されフリーになった。
さらに右肩外側に装備された連装ビームキャノンの砲身を前方に向けられる。
左肩側面に装備された一一連ミサイルポッドが正面のハッチを解放され、赤い弾頭が露出。
胸部の黒い装甲ハッチが跳ね上がり、内側に収められた八砲身のブレストガトリングの姿を露にする。
両膝に備えられたカバーが前に倒れ、収められていたホーネットミサイルが発射体制に移行した。
そして、コックピットのモニター前面にガンダムタイプ共通のヘッドアップディスプレイが下りてきて、複数のターゲットマーカーが出現。
レオパルドデストロイの特徴でもある多重ロックオンシステムが稼働して、複数の兵装を異なるターゲットに指向できるようになった。
――準備完了!
「それじゃあ……乱れ撃っちゃうぜ〜〜っ!!」
ワープで至近距離に現れた敵機を素早くロックオン。持てる火力を出し尽くしていく。
右腕の四砲身ビームガトリングと三連装ビームキャノンが生み出す弾幕が敵機を捉え、容赦なくフィールドを削り取ってハチの巣にする。
左腕の大小の複合ビーム砲の生み出す重い一撃の連打が、捉えた敵機のフィールドを数発で撃ち抜いて、砕く。
そのビームの暴風雨の援助をするショルダーキャノン。ややテンポの違う攻撃が敵機の回避行動に喰らい付く。
最も射程距離が長く、精密性に優れた連装ビームキャノンが、基部の関節を活かしてほかの武装の射程外の敵機に次々と撃ち放たれ、フィールドに威力を削がれながらも確実に手傷を負わせていく。
一一連装ミサイルポッドから対空ミサイル、両膝の熱探知型のホーネットミサイルが一挙に放たれ、ツインビームシリンダーよりも外側に位置する敵機に複雑な軌道を描きつつ着弾。
左右に振ったツインビームシリンダーの火線を潜るようにして機体の正面に飛び出して来た粗忽者は、ブレストガトリングの生み出す弾丸の嵐と、両頬に内蔵されたヘッドビームキャノンの砲撃でごり押して撃墜。
「最高だぜこの機体!! 圧倒的な投射力! 癖になるぜ!!」
アドレナリンもたっぷりにサブロウタが歓喜の声を上げる。
宇宙軍に入ってからは試験艦であるナデシコBの火力不足を補うべく、重武装が売りだったスーパーエステバリスに乗ってきたサブロウタにとって、レオパルドデストロイはある意味理想的な機体であった。
重武装な機体で単独での飛行能力が欠如しているとはいっても、未体験の地表はともかく、宇宙空間での移動速度は悪くなかった。それに今回は間に合わなかったGファルコンと合体すれば、さらに火力も増すし飛べるようになってさらに機動力が上がるとなれば、文句はない。
そして、レオパルドが生み出す弾幕に恐れをなし、軌道を外れた敵機は――。
「はぁ〜い、残念でした」
「山の頂点、それは……いっただき〜」
待ち構えていたイズミとヒカルに撃ち落とされる。
ラピッドライフルにレールカノン、オプションのロケット砲にミサイルランチャー、それにGファルコンの拡散グラビティブラストとミサイルが、レオパルドが撃ち漏らした敵機を容赦なく葬り去っていく。
ついでにヤマトから継続されているパルスブラストの弾幕までもが容赦なく襲い掛かる。
おもわず敵に同情したくなるような地獄絵図。レオパルド一機が参戦しただけでこのありさま。
なるほど、ウリバタケが自信をもってプレゼンするだけのことはある。こいつはダブルエックスに群がる敵機をまとめて相手取るのに向いている。護衛機として適当な機体だ。
サブロウタは圧倒的な破壊力に酔いしれるかのように大量の火砲を撃ちまくる。ミサイルは撃ち切ったがまだまだ弾薬もエネルギーも残っている。全部持っていけ。
「レオパルドすっごぉ〜い!! まさに全身武器庫!!」
ヒカルの興奮する声が飛び込んでくる。通信はオンのままだ。
「撃ち漏らしはこっちが引き受けるから、とにかく撃ちまくってよ」
いきなりシリアスモードになったイズミに煽られ、サブロウタは景気よく撃ちまくる。
「オラオラオラァ! よそ見してると命を落とすぜ!」
こっちもハイテンションだった。
補給を終えたエックスディバイダーは高機動モード。左手にハイパーバズーカを担いで次々とロケット弾を撃ちまくっている。
右手には補給してエネルギーが満タンになったビームマシンガンを握り、単射モードで正確に敵機を射抜いていく。
ついでに補給されて弾薬がこれまた満タンのブレストバルカンからもけん制射。確実に敵機を追い込んでいく。
エックスディバイダーはその卓越した運動性能で敵弾を避けつつ応射。予備も含めて撃ち尽くしたハイパーバズーカを敵機に向けて投げつけつつ、空いた左手にリアスカートアーマーに懸架していたレールカノンを器用に握らせて腰だめに構えさせる。発砲。
長らくエステバリス系列機に乗っていたサブロウタにはこのアクションの無茶さがわかる。エステバリスやアルストロメリアでも、片手でレールカノンを振り回すことは一応可能だ。
だが反動制御までは手が回らない。それにヤマト発進以来細々とした改良を重ねて威力が強化されていて、反動も増している。
それを片手で発砲できるのはガンダムのパワーとショックアブソーバーがあってこそだ。
戦況はだいぶよくなった。
「あやや。ガミラスの戦闘機は大変だねぇ〜。その場に停滞できなくて」
「――戦闘機だしね。宇宙空間での停滞戦闘は人型の特権よ。その代わりに連中が敵機を追い回してくれてるんだから、こっちも助かるけどね」
二人の軽口をどおり、ガミラスの戦闘機との共同戦線が確立し、定点に留まれないガミラス機が敵機を追いかけ、定点に留まれるコスモタイガー隊が対空砲台の代わりを務める。この役割分担が機能するようになったことで、個々の負担が減少して能力を発揮できるようになったことが要因だ。
そして二人の指摘どおり、宇宙戦闘機としての形態を持つガミラスの戦闘機は、一定の空域に留まって戦うことが苦手のようで、転送戦術における防空戦闘という点においては、その場に留まった戦闘が可能な人型機動兵器に軍配が上がるようだ。
それをわかっているのかそれともドメル司令辺りが指揮を出したのか、ガミラスの戦闘機は近接防御はコスモタイガー隊にほぼ一任し、その穴を埋めるような形で部隊を展開して防空作戦を展開している。
きっとこちらがいつ敵に回ってしまわないかと、内心冷や冷やしていることだろう。
……こちらも同じ気分だが。
「……和解にも至ってない連中と共同戦線を張るなんて、地球を出た頃は考えてなかったぜ」
即席混成部隊のことを思うと、つい軽口が飛び出してしまうリョーコにサブロウタも静かに同意した。
そうしている最中も攻撃の手は休ませない。休めている余裕はまったくといっていいほどない。
敵の攻撃が厳しいこともそうだが、やはり敵の機体が大きく相応に頑丈であるため、普段のガミラス戦の感覚で攻撃すると致命傷を与えられないことがままあったからだ。
いままで相対してきたガミラスの戦闘機が全長(または全幅)一八メートルほどに対して、新たに出現した暗黒星団帝国の使う戦闘機と判別した機体の全長は、倍近い三〇メートルにも達している。
単純にサイズだけなら決して珍しいと言えるほどでもない。大きさだけなら木連が使用していたジン・シリーズもだいたいこのくらいの大きさであったし、あれもエステバリスと比べれば火力も装甲も上であったことを考えれば、驚くには値しないともいえる。
――が、決定的なまでに機動力が違った。
鈍重で運動性能が低く、ボソンジャンプを抜きにすれば多少タフな敵程度の扱いであったジン・シリーズに比べると、敵機は最低でもGファルコンクラスの機動力を、あのサイズで披露している。
おまけに数の暴力があるにせよ、ヤマトの防御性能をもってしても完全に無効化できない火力のビーム砲を装備している。これは驚異的なものだ。
単純な火力ではガンダム相当、しかもまるで触手のようにフレキシブルに動いて照準してくるのだから、敵の技術力が極めて高いことが容易に予想できてしまうような機体である。
加えて細部形状や意匠はともかく、有機的ではあっても地球製の航宙機に近しい形状であり、かつ比較的運用思想が地球と酷似している部分があるガミラスに比べると、形状と機能の違いから機能が予測し辛く、少々戦いにくい。
ただ、動きそのものは一般的な航宙機の域を逸脱していないので、慣れてきたいまならさほど困惑せずに戦うことができる。
火力の高さは厄介だが、こちらも地道に改良を重ねてきた甲斐があった。ガンダムの装甲は一撃で陥落することはないし、直撃は避けたいアルストロメリアにしても、全体的な性能強化の恩恵で、対空遷都に限って言えば、致命傷を負った機体はいまのところ出ていない。
相手も小型高性能を地で行くコスモタイガー隊の対応には戸惑いと不慣れさを感じる。
性能的にはガンダム以外は劣っているのだろうとは思うが、決定的な差を生み出すほどではないし、相手が戸惑っているうちは付け入る隙があるということ。
このまま勢いで押し込むのが得策か。
――相も変わらずワープで投入される爆撃機の姿は途絶えない。だが数は確実に減ってきている。
主にガンダムの奮戦によって敵の頭数が目減りしているのだ。
そうとわかればサブロウタもさらに気合が入るというもの。
――ここで一気呵成と行きますか!
すでにミサイルを撃ち尽くし、実弾のブレストガトリングの残弾も大分減っている。だがビーム兵器はすべて健在だ。火力は半減しても、そこらの機体よりはずっと強力な火力を保持していた。
(だが、Gファルコンが欲しいとこだな。ちょっとエネルギーの減少が大きい)
相転移エンジン搭載とはいってもエックス以下、Gファルコン以上という程度。特別優れているわけではないし、コンデンサーの規模と数からエックスほどのエネルギー貯蓄量はないのが痛い。
特にツインビームシリンダーは消費が大きく、ある程度対策されているとはいってもエネルギーを容赦なく喰い尽くす。
このままツインビームシリンダーを使い続けるのは厳しいと判断したサブロウタは、右のビームシリンダーを外してバックパックに戻し、右手にだけ装備されたリストビーム砲の砲身を前方にスライドさせて発射する。
大口径一門と小口径四門、計五門のビーム砲から、そこそこの威力のビーム弾を発射して応戦を続ける。
右脛にマウントされているビームナイフは――この状況でなんの役に立つ。
いっそ左のビームシリンダーも戻してなにか携行武装を――と考えていたら思いがけない補給の申し出。
Gファルコンだ。
合体こそできなかったものの、レオパルドとエアマスター用に稼働状態に移行した予備機のGファルコン。それを補給機として発進させたのだ。
パイロットを載せず、ヤマトからの――ルリの手による遠隔操作ではあったが、電子の妖精の二つ名は伊達ではないと言わんばかりにアクロバティックな機動でGファルコンが戦線に到着する。
本来ガンダムやアルストロメリアを収納するカーゴスペースに武器を満載して戦場に運搬してきた。
すぐにアルストロメリアが群がってきて代わる代わる収められていた携行火器――ラピッドライフルとレールカノン、好みのものを掴んで戻っていく。
サブロウタが補給中の一機に補給を申し入れ、長年愛用しているレールカノンを一挺放ってもらう。
危なげなく左手でレールカノンをキャッチ。ビームシリンダーよりも消費は幾分少ない。
手を使って速やかに装備を交換できるのは人型の特権だ。固定武装はどうにもならないが、携行武装が補填できるだけありがたい。
「よっしゃ! もう一仕事するとしますか!」
ガミラス機では真似できない継戦能力を最大限に駆使して、コスモタイガー隊はヤマトとドメラーズ三世を中心に艦隊の中枢を防衛戦を継続していた。
月臣のエアマスターバーストは、アキトのGファルコンDXと共にガミラスの航空部隊と並走、敵艦隊に突撃を敢行していた。
二機のガンダム以外はガミラスの戦闘機と爆撃機と雷撃機で構成された部隊で、ヤマトの射線を塞いでいる敵艦を沈めて主砲の射線を確保する目的で進んでいる。
空母への直接攻撃はその規模と距離から現実的ではないと判断され、却下された。
収納形態で機動力を優先したGファルコンDXと、ファイターモードに変形したエアマスターはガミラスの高速戦闘機に匹敵する速度で戦場を突っ走る。
胸部装甲を回転させて後方にスライドした頭部を隠し、腰を回転させて膝をクランク状に折り曲げつつ太腿を前方に曲げてやや高い位置に固定、折り畳んだつま先に内蔵されたスラスターと胸部の回転と連動して後方に倒れたスラスターユニットから、ブースタービームキャノンを乗せた主翼を横に開き、背中のノーズユニットを前方に移動させたファイターモード。
エアマスターバーストの特徴というべき可変機構によって生み出される機動力の高さに、月臣は満足していた。
データは見せて貰っていたが、やはり実物を体験すると印象が違う。実に素晴らしい。
この機動力と運動性能は――それだけで強力な武器になりえる。多少火力が低くても、この機動力を活かしたヒット&アウェイは、対空・対地戦闘においては絶大な威力を持つ。
強いていえば、対艦・対要塞攻撃には打撃力が不足しているのが難点だが、それはGファルコンとの合体やほかの機体との連携で補える。
高機動ユニットやGファルコンと言った外付けのオプションでしか成しえなかった航空機形態への単独変形の威力。想像以上だ。
月臣は眼前に広がるイモムシ型戦闘機の大群を見据える。
――さて、初陣だ。
「テンカワ、打ち合わせどおりに頼むぞ。エアマスターとDMF-3の部隊で迎撃機は抑えてみせる。いまは、おまえたち攻撃部隊の火力が頼みだ!」
「――わかってる。任せろ月臣!」
機体の性能を鑑みた役割分担だった。
エアマスターとてガンダムタイプの一機。火力はガミラスの戦闘機よりも優れた性能を有しているはずだ。
だが今回の出撃では、対艦戦闘に従事するには少々火力不足。ガンダムは基本的にGファルコンとの連動前提で、取り回しのいいビーム兵器を主兵装としてグラビティブラストをオミットしている。例外は合体を前提としていないガンダムエックスディバイダーのみ。
今回エアマスターは調整不足で火力の要であるGファルコンと合体して運用できないので、対艦戦闘には火力が足りないのだ。
なので、単体でもGファルコンDXの収納形態に迫る機動力と上回る運動性能を活かして、迎撃機の対処に回るのは必然といえよう。
ドメル司令はいままでの戦闘でその実力を示して来たアキトのGファルコンDXを敵艦隊の攻撃部隊に編入させた。そして進の推薦でフォロー役として月臣とエアマスターバーストが追加されて、現状に至っている。
言語の問題に関しては、ルリのいままでの努力に加え、ドメルがヤマトを理解すべく独自に行っていた成果が合わさったことで、まったく問題にもなっていない。
両者の間には確たる信頼関係が築かれていないので、その連携はギクシャクしたものではあったが、部隊行動を取るのに必要なコミュニケーションが確立できただけ、ありがたかった。
「――迎撃機の出撃を確認した! 全機、作戦どおりに行動開始だ!」
レーダー反応を確認したゲットーの指示で、パッとガミラス・ヤマト攻撃部隊が散開する。
月臣とDMF-3の編隊は、ほとんど同じタイミングで増速。迎撃に出てきたイモムシ型戦闘機の編隊と相対した。
突出して会敵したエアマスターは、機首のノーズビームキャノンから巨大なビーム弾を、翼部のブースタービームキャノンから小型ビーム弾を撃ち込みながら突撃する。両腕にマウントされたビームライフルは敢えて使わない。
ガミラスのDMF-3もエアマスターに劣らない速度で敵航空編隊に突撃。主翼に内蔵された大口径ビーム機関砲――パルスガンを発射しながら突っ込む。合わせて主翼に懸架された対空ミサイルもばら撒き、敵の編隊行動を妨げ攻撃部隊を通す間隙を生み出す。
そうして生まれたわずかな隙をGファルコンDX、ガミラスの爆撃機と雷撃機であるDMB-87とDMT-97が、見かけに反したアクロバティックな機動で必死に潜り抜けていく。
それでも全機が無事抜けること叶わず、何機かが被弾して煙を吹き、速度を鈍らせる。だが脱落はいない。辛うじて、だが。
エアマスター含む戦闘機部隊と交戦状態に突入しながらも、何機かが反転して追撃しようとしている。
「やらせん!」
それを見た月臣は素早く機体を人型のノーマルモードに変形、マニピュレーターで改めて保持し直した軽量型バスターライフルを、追撃に転じようとした敵機に向けて発射する。
両手で腰溜めに構えたバスターライフルから放たれたビーム弾は、人型特有の安定感と細やかな照準によって次々と敵機のエンジン部に突き刺さっていく。
単発の火力はダブルエックスやエックスが使うライフルに劣るが、その分速射性に優れている。
エアマスターの倍以上の大きさを誇るイモムシ型戦闘機といえど、機関部に四発ものビーム弾を連続して叩き込まれては一溜りもない。機関部が爆発して機体の後ろ半分が吹き飛び、誘爆して武装している前半分も砕け散る。
さらに頭部バルカンも連射して敵の回避運動を誘いながら、両手のバスターライフルを矢継ぎ早に撃ち込んで敵機の数を減らすべく攻撃を続けた。
ファイターモードに変形。敵陣に突っ込みながらバスターライフル以外の火器を全力で撃ち込む。敵の只中で素早く再変形。両手に握らせたバスターライフルを左右に、上下に、同じ方向にと撃ち分ける。
コスモタイガー隊の中でも一番の腕前と称された月臣だからこそできる、流れるような戦闘スタイル。
攻撃部隊への追撃は許さんと、慣らしもろくに終わっていない機体だということすら頭から追い出し、アクロバティックに、優雅に、そして苛烈に敵戦闘機部隊に挑む。
エアマスターの猛攻に勢いづいたガミラス戦闘機部隊も続き、敵と味方が入り混じる大空中戦へと移行していった。
「……マジかよ。ヤマトの奴ら、いったいどこからあんな機体を……!」
DMB-87を操りながら、バーガーはヤマトの新型機――エアマスターと言うらしい――の戦闘能力に肝を冷やす。
いまは味方だからいいが、これからあんなのも相手にしなければならないのかと思うと、気が重たくなる。
というかおかしいだろ。戦艦内部の工作設備であんなものを一から建造できるなんて!
バーガーは自分の常識がガラガラと音を立てて崩れていく錯覚を覚えた。
「爆撃機部隊の隊長、突っ込むぞ」
「お、おう!」
並走して飛行している戦略砲持ちの人型から――ダブルエックスと言うらしい――の通信に、どもりながら応じる。
……本当は七色星団の決戦で雪辱を果たしてやるつもりだった機体だ。それがいまは僚機とは……。
件のダブルエックスは、背中に合体している戦闘機のようなパーツに安定翼を追加、その上下に三角柱のミサイルや円筒状の魚雷と思われる装備を追加している。
それだけではない――自分たちが来る前からバラン星基地を護るために航空戦を展開していたとは思えないほど、機体が綺麗だった。
細かい損傷はいくらもある。だが致命的と言える損傷は確認できない。手足の一本どころかアンテナ一本折れていない。
……つくづく化け物染みた機体だ。
その戦いを違った立場で分析できるのは今後を考えるとありがたい、とポジティブに考えるべきだろうか――今後があればだが。
バーガーは頭を振って気分を入れ替え、愛機を巧みに操って弾幕の中を軽やかに舞い、敵艦目掛けて突き進んでいく。爆装されたDMB-87はDMF-3に比べて重く鈍いが、DMT-97に比べると動きは軽い。
黒色艦隊の艦載機も図体が大きい割にこちらに追従できるだけの機動性と運動性能を持つが、技量はどうやらバーガーたちガミラス陣営やヤマトのパイロットが勝るようだ。
まあ当然だろう。
こちらは対ヤマト選抜メンバーの集まり。向こうは母国の存亡を背負った先鋭揃い。
そう簡単には下せはしまい。
そんなことを思いながら、バーガーは円盤型の敵艦に向かって突き進む。
まずは艦隊からの砲撃を遮る邪魔な艦から始末する。
隣にはダブルエックスの姿もある。どうやらバーガーが狙っている艦の隣を始末するつもりのようだ。
その様子を視界の端に捉えながら、バーガーは最良のタイミングで機首の八連装ミサイルランチャー、翼下に懸架した大型爆弾二発と中型爆弾を胴体格納分含めて一六発、DMB-87の全火力を容赦なく叩きつけた。
僚機たちもそれに倣い、各々の標的に食らい付いていく。
バーガーの機体だけでは若干火力不足だったが、僚機の攻撃も加えることで撃沈に成功。思わず唇の端に笑みが浮かぶ。
――ふと気になったので隣のダブルエックスに注意を払えば、そっちはそっちで懸架したミサイルと魚雷を放出したあと人型に変形して急接近、左手で握ったビームを上下に出力した剣か弓のような武器でフィールドごと装甲を力技で切り裂き、機関部と思われる場所に容赦なく搭載されたミサイルや火砲を至近距離から撃ち込んで、単機でありながら敵艦を沈めている。
……いやいやいやいや、おかしいだろあの火力。
こっちは数機がかりだったのに単機とか。
……あれが、過去にイスカンダルが生み出した星間戦争に耐えうる人型機動兵器――ガンダムの実力。
(こりゃあもう、人型だからとバカにできねぇ。ガミラスも本格的に研究しなけりゃならないかもしれねぇな……)
そんな感想を抱きながら、目標を撃沈できたことに安堵。
(……射線さえ確保すれば、あのヤマトの長射程砲が――)
バーガーの思考を読んだのか、と疑いたくなるほどタイミングよくヤマトからの警告が飛び込んできた。急速離脱。直後に放たれた重力衝撃波(ということが解析で判明している)が九発、バーガーとダブルエックスが沈めた敵艦の残骸の隙間を縫う精密射撃でその先にいた空母一隻に突き刺さり、あっけないほど簡単に打ち砕いた。
装甲が薄い傾向がある空母型とはいえ、全長八〇〇メートルにも及ぶ大型艦艇をあっさりと沈めてみせたその火力。正直肝が冷える思いである。
だがこれでまた一隻、空母を減らした。少しは航空攻撃が緩くなってくれれば……。
そう考えながら、弾を撃ち切って武装が後方迎撃用のパルスビーム機銃のみとなった機体を翻して撤退に移る。
弾切れになった爆撃機など、的にしかならない。
だがやはり簡単には見逃してはもらえない。戦闘機部隊の妨害を振り切って追撃してきたイモムシ型戦闘機の攻撃に晒され、一機、また一機と味方機が撃ち落とされていく。
「くそっ! こんなところじゃ死ねぇ!」
バーガーも後方に食い付いた敵機にパルスビーム機銃で牽制しつつ逃げているが、やたらとフレキシブルな触腕型砲台からビームが次々と撃ちかけられる。
このままでは墜とされる! そう肝を冷やした瞬間、横から撃ちかけられたビームの直撃を受けて敵機が爆発四散する。
――ダブルエックスの援護だ。
「大丈夫か、隊長さん」
「……助かった、礼を言うぜ」
今度会ったら絶対報復すると誓った相手に救われるとは……。
正直気分が悪いがバーガーも戦士の矜持ぐらいは持っている。礼だけは欠かせない。
「殿は任せて下がってくれ。こっちもミサイルは撃ち尽くしたし、ライフルのエネルギーもいまので最後だけど、武装はまだいくつか残ってる。迎撃機の相手くらいなら問題ない」
そう告げるパイロットにバーガーも頷き、渋々ではあるが殿を任せて撤退を継続する判断を下した。
(対艦攻撃装備と対空戦闘装備を両立して、どっちにもシームレスに対応可能だなんて……悪夢みたいな機体だぜ。パイロットの腕もいいし判断も的確。味方に付けりゃ、たしかに頼もしいと言えるが……)
殿に就いたダブルエックスは、左手のショートシールドに固定していた(開戦時から姿を見る人型のと同じタイプの)ライフルを右手に掴み取り、三点射で群がる敵機を牽制、胸部に合体した戦闘機の機首を思わせるパーツのビーム機関砲、背中のグラビティブラストも散弾で次々と発射、帰還中の攻撃機部隊への被害を抑えるべく奮戦している。
そこにやや遅れながらも戦闘機部隊も合流、殿を務めてくれた。
やはり一際活躍が目立つのはダブルエックスとエアマスター。被弾の痕こそ見受けられるがどちらの機体も装甲表面で防げているらしく、動きがまったく鈍っていない。
(やっぱり悪夢だ。ガンダム――絶対忘れられねぇ……)
「……ううむ。予想よりも手強いな」
あまり見かけない人型機動兵器の思わぬ善戦に、デーダーは苛立ちがさらに増すと同時に、これ以上の交戦はいたずらに戦力を消耗するだけだと強く感じた。
「――作業の進展は?」
「はっ。システムへの侵入に成功、まもなくプログラムの改変も終えます」
部下に問い質すとすぐに待ち望んだ答えが返ってきた。よし、と頷くとデーダーは全艦に指令を出した。
「艦載機を収容せよ! 各艦、順次バラン星宙域からワープで退却を開始しろ!」
これで作戦は成功した。鹵獲品のテストも兼ねた下準備は終了したも同然。
あとは艦隊司令――メルダーズの擁するマゼラン方面艦隊に合流し、ガミラスを屈服させるだけだ。ついでにイスカンダルも制圧すれば、さらなる戦果を得られるだろう。
連中の星があの移動性ブラックホールに飲まれるまでまだ数ヵ月ある。悠長には構えていられないが、それだけあれば必要量のガミラシウムとイスカンダリウム――それにもう一つ、かけがえのないものが手に入る。
移民計画の重要拠点であろうバラン星基地を攻撃することで連中の焦りを生み、浮足立たせることができたはず。
そのわずかな隙が、こちらの勝利を不動のものとするのだ。
「プログラム改変完了。制御はこちらのものになりました」
「――よし。ガミラスの人工太陽を起動、敵艦隊目掛けて直進させろ。観測機器を最大稼働させるのも忘れるな。ヤマトが例のタキオン波動収束砲とやらを使うのを見届け、解析する。あれがわが帝国にとってどの程度の意味合いを持つのかを、ここではっきりとさせる!」
わざわざこの場に飛び込んで来てガミラスと共闘したヤマトだ。
おそらく武力によってガミラスの侵略を跳ね除けるのに限界を感じて、講和に持ち込むことを考えたに違いない。
だからこの状況を――第三勢力の手によってガミラスの危機に味方として乱入し、その意志を示した――といったところだろう。
超兵器を持ちながらなんと弱気なことだと思うが、おかげでこのような機会を設けることができた。
連中もどうやらイスカンダルを目指しているようだし、その制圧を考えているわれわれと衝突するは必然。
最悪最大限に譲歩して、こちらの邪魔をしない代わりに連中の行動の一切を黙認してもいいが、あれだけの艦、見過ごすのはあまりにも危険だ。
――あのタキオン波動収束砲という大砲がどうしても気になる。第六感が囁くのだ。あれを放置することは、わが帝国の足元を掬われるに等しい、と。
デーダーは長年の感がそう訴えるのを聞き逃さなかった。
そのデーダーが見守る中、モニターに映っていた巨大なプラネタリウムのプロジェクターのような建造物の穴から高温のプラズマが噴出。
サイズこそ小さいがまごうことなき恒星の姿を作り出して、バラン星基地とその防衛艦隊目掛けて緩やかに動き始めた――。
その頃ヤマトの第一艦橋は、突如として飛び込んで来たユリカの警告に困惑していた。
敵艦隊はどんどんワープで戦闘宙域から離脱を始めていて、ようやく戦闘に一段落着くと安堵していた矢先だったので、なおさらだった。
「太陽? 太陽が迫ってくるんですか、艦長?」
「うん。たぶん、非常に近い未来のことだと思う。それを夢って形で見たみたいなの」
ウィンドウに映るユリカの姿に、進と真田は顔を見合わせた後ドメル司令に問い合わせることにした。
近くに恒星の影はないのだが、進はなんとなくその正体を察した。
と、その前にユリカを下げさせなければ。
艦長代理が指揮を執っているのに艦長が顔を出すと混乱を招くかもしれないから、いまはまだユリカの姿を晒すべきではないと訴えると、
「そうだね。私、パジャマのままだからこのまま話すのは失礼だもんね。おめかししてから出直さないと礼儀がなってないって思われちゃう。さっすが進! 礼儀も弁えた成長にお母さん感激だよ!――じゃ、着替えてお化粧するね」
と言って通信を切った。
――違う、そうじゃない。
激しく脱力して落とした肩を持ち上げつつ、進はドメル司令を呼び出してことの詳細を確かめるべく行動を開始――しようとしたとき、向こうからこちらに通信が送られてきた。
「古代艦長代理、まずいことなった」
深刻そうな表情のドメルに進は悟った。ユリカの警告は一足遅かったのだと。
「わがガミラスがバラン星でテスト運用していた、人工太陽のコントロールを奪われた……どうやら、基地もろともわれらを飲み込ませるつもりのようだ。あれの移動速度を考えると、ワープでの撤退は現実的ではない。艦隊が密集し過ぎていてワープインに支障をきたしてしまう。それに、民間船の足では、到底逃げ切れないだろう……」
「人工太陽?――まさか、ガミラスが地球を解凍するための?」
「そのとおりです。包み隠さずお話ししますと、あれは寒冷化により凍結した地球を解凍し、ガミラスの早期移住を実現するために開発されたものです。地球を有する太陽系に運び込む前にバラン星でテストを繰り返し、完成後に輸送する手筈になっていました」
やはりか。ガミラスはなんの考えもなしに地球をあのような状況に追い込んだわけではなかった。
地表を荒廃させるのが人類死滅への早道であるのは自明だが、将来的な移住を考慮するのであれば、荒廃の程度を考えないと行く当てを失くしてしまう。
ガミラスは星を凍結に持ち込んでも解凍する術を持っていた。
だからこそ、地表への被害を限界まで抑え、ある程度は本来地球が持っている生態系の情報を保存でき(凍結で保存された地球全土の生物のDNAを採取して、クローニングすることもできるのかもしれない)、場合によっては人類が築いた文明の残りを活用することでより素早く文明の復興を可能とする――そういう算段だったのだろう。
はたして地表に大量の遊星爆弾を墜とされ、放射能汚染で赤茶けた星に成り果てた――ヤマト出生世界の地球とどちらがマシだったのだろうか。
ついそんな比較が頭を過った。
「どうやら連中は、あなたがたと同じくハッキング端末を基地に打ち込み、制御装置に干渉したようです。残念ながら、安全に停止する手段はもはやありません」
あ、ばれてた。
「――古代艦長代理。あなたがたの決意に水を差すことになってしまい……本当に申し訳なく思う。……だが――だが、撃って欲しい。タキオン波動収束砲で……人工太陽を」
静かに、だが申し訳なさと苦渋さを多分に含んだ声色でドメルは告げた。
波動砲で人工太陽を撃て、と。
「……」
ユリカから警告を受けたときには、すでに考えていた。……波動砲しかないと。
もともとこういった状況を想定して、すぐにでも解放できるように封じてあるのだから、問題なく使用できる。
しかし。
「おそらく敵の狙いは、タキオン波動収束砲のデータを得ることにあると推測されます。艦隊に撃たれるのを避けつつ、データを収集するためにタキオン波動収束砲でしか破壊が望めない人工太陽のコントロールを奪ったのだと、私は解釈しています。……その結果を見て、ヤマトを手に入れるか破壊するかの判断を下すつもりなのでしょう」
「――たしかに連中と遭遇したとき、波動砲に興味があるという言葉を聞きました。ヤマトを無条件に差し出せとも。だとすれば――」
「撃たなければ、ヤマトは逃げられても艦隊の大半と基地は壊滅。当然、民間船も……撃てば、敵にその威力を曝け出すことになり、解析され、今後の戦略に不利が生じる。どちらを選んでも、得をするのは敵だけ。……この状況に持ち込まれた瞬間、われわれの選択肢は奪われてしまったのです」
ドメルの冷静な言葉に、ギリッと歯を噛む。
データを解析するのはガミラスも同じ。
つまり、このあとガミラスとの和解が成立できない――またはガミラス側がカスケードブラックホールの窮地を逃れるためだけにヤマトを利用したとしたら……もうヤマトは地球を救えなくなる。
だが!
(俺たちは――俺たちはなんのためにこの場に来た? 地球を救うため、最善と思えることをするために来たんじゃなかったのか? ここでいかなる理由であっても波動砲を撃たなければ、俺たちはなんのために戦っているんだ……!)
正直迷いがある。
波動砲をわざわざ封印したのは、この絶大な威力を封じることで覚悟を見せるため。意思を示すためだった。
たしかにいまは非常事態。この状況を覆せるのは――トランジッション波動砲だけだ。頭では理解している。
しかし安易に解除できる封印だと知れたら、ドメル司令はともかく、ガミラス上層部に受けが悪いのではないだろうか……。それで和平への道が開けなかったりしたら俺たちは――。
――古代――
突然進の頭に、いままで聞いたことのない重々しい声が響く。
――古代、覚悟を示せ。おまえたちの覚悟を、ガミラスに――
進はドメルと通信中だということも忘れて後ろを振り返る。
――そこにあるのは、いや、いたのは初代ヤマト艦長――沖田十三のレリーフ。
(沖田艦長――!……あなたはまだ、ここにいられるのですか? ずっとずっと、俺たちのことを見守ってくれていたのですか?)
レリーフの沖田はなにも言わない。幻聴だったのかもしれない。
しかし進の目には、レリーフに刻み込まれた沖田の表情が柔らかく微笑んだようにも見えた。
――それだけで十分だった。
ヤマトの在り方を決定付けた父――沖田に背を押されて、進は前を振り返った。
(沖田艦長……俺は――俺たちは! 覚悟を示します!)
決心がついた。
俺たちは俺たちの道を――母ユリカから学んだ、「自分らしくある」生き方を貫く!
もう、迷いはない!
「……封印解除だ! トランジッション波動砲用意! 目標、人工太陽!」