ドメルは連絡艇の窓から徐々に大きくなるヤマトの姿を眺める。
こうして間近に見ると、ガミラスとの設計思想やデザインセンスの違いというものがはっきりとわかる。
余裕のできた初遭遇のあと、ドメルなりに過去の資料を含めて研究してみた。
その結果、ヤマトのデザインが大昔の水上艇のそれに酷似していることが理解できた。。
元来宇宙戦艦としては適切とは言い難いその形状を採用した理由まではわからなかったが、なにかしら象徴的な意味合いがあるのだろうか。
ヤマト以前の地球軍艦艇に比べても、そのデザインははっきりと異なっている。明らかなイレギュラーとしか映らなかった。
ヤマトの出自はこの宇宙の地球ではなく、並行世界にあるというデスラー総統の考察が真実であるのなら、ドメルでは予想もできない複雑な経緯でもあったのかもしれない。
……それにしても、あっさりと乗艦を許可されたことには少々驚かされた。
たしかにデスラーの意思は伝えたし、水先案内人としての提案もしたとはいえ、少々彼らの人の好さが心配になる。もう少し警戒心があってもいいのではないだろうか。
しかしこれほどまでにヤマト側の和平への意識が高いとは……心底驚かされた。
内心さまざまな葛藤があったはずだが、それでも意思を通そうとする芯の強さにはドメルとて感服せずにはいられない。
はやく、彼らの人間性に直に触れてみたいと期待が高まった。
連絡艇はヤマト艦尾底部に開く発着口に近づいていく。ガイドに従って滑らかに滑り込み、発進用のスロープに着地した。
ドメルは機を降りる準備を手早く終える。
ガミラスの将校としての品格を損なわないよう、気を付けて振舞わねばならない立場にあるし、もしかしたらクルーの一人くらいは感情的になって襲い掛かってくるかもしれないのだから、緊張感をもって行動せねば。
(――よし、首と耳に着けた翻訳機は正常に作動している。これなら会話に問題はない)
後ろの発着口が閉じる。スロープ内が加圧され、天井のシャッターが開くと、傾斜していた床が持ち上がって水平になった。
安全を確認した連絡艇の搭乗口が開く。
小ぶりなスーツケースを片手に機の側面から出現したエアステアを威厳もたっぷりに下りながら、ドメルはヤマトの格納庫の床を踏みしめた。
――ついに、この日が来た。
正直ヤマトにこのような形で――ドメルが描いた中で最良と言える形で接触することができるとは……。
ドメルの眼前には、出迎えに来たのであろう古代進艦長代理にアオイ・ジュン副艦長、そしてゴート・ホーリー砲術長の三人が敬礼と共に立っていた。
右手を頭の横にかざした、地球への諜報活動の際に見られた彼らの敬礼。
ドメルもガミラス式の敬礼ではあるが、毅然とした態度で応える。
「乗艦を許可頂きありがとうございます。ドメル将軍、ヤマトとガミラスの交渉のため、ガミラス星ならびイスカンダル星までの案内人を務めさせていただきます」
「ご足労ありがとうございます、ドメル将軍。宇宙戦艦ヤマトは、あなたを歓迎いたします」
敬礼を終えたあとは、進と握手を交わす。
「この度の救援には、心の底から感謝しております。あなたがたにとっては侵略者に過ぎないわれわれにこのような厚意を示して頂き、なんと言えばいいのか……」
「ドメル将軍、われわれの目的は地球を救うことであって、ガミラスを滅ぼすことは目的ではありません。――たしかにこの戦争では多くの血が流れ、怨恨を生んでいます。しかし、だからと言ってガミラスを滅ぼすような真似を前提に行動してしまえば、われわれに救いの手を差し伸べてくれたスターシア陛下に合わせる顔がありません」
「……そうですか。あのスターシア陛下が認められただけのことはあります。古代艦長代理、この交渉が地球・ガミラス双方にとって最良の結果になることを、心から願っています」
「――われわれも、そうなることを願っています。それでは、ヤマトの艦内をご案内いたします」
「ありがとうございます。しばらくの間、お世話になります。それと、さきほどの戦闘で消耗した物資がございましたら遠慮なく申し出てください。補給の要望にはすべて応じるようにと、デスラー総統からも命じられていますので」
「ありがとうございます、ドメル将軍。それについては被害報告をまとめたあと、提出させて戴きます」
傍らに控えていたゴートの言葉にドメルも頷いた。
「こちらです」と案内を開始した三人の後に続きながら、ドメルは失礼にならない程度に格納庫に視線を巡らせた。
格納庫には先の戦闘で被害を被った、ヤマトが誇る人型機動兵器の姿見える。 ほとんどの機体が傷を負っていて、四肢の欠損が見られる機体も見受けられた。
……その中にあって、傷は多いが四肢どころかアンテナ一つ欠損していないように見える機体が四体。
資料によれば、かつてイスカンダルが世に生み出したという最強の人型戦闘機、ガンダムに酷似した機体だ。
ヤマトがイスカンダルからの支援を受けている以上、あのガンダムは地球で再現された機体と見て間違いないはずだ。
地球出港当初から存在が確認できるダブルエックスという機体は当然として、次元断層の戦闘で確認されたエックスという機体と、今回の戦闘で確認された新型二機――エアマスターとレオパルドなる機体も視界に飛び込んでくる。
……ヤマトが自力で修理や改修を行うための工場施設を備えていることは予測していたが、だからといってまさか新型――それも単機性能ではそれまでリードしてきたはずのガミラスの機体すら圧倒する機体を三機も追加するとは、だれが予想できようものか。
もし予想できたやつがいるとしたら、そいつはきっとアニメだとかマンガだのの読み過ぎだと思う。
「エアマスター、調子よかったぞ。慣らし運転なしで投入したとは思えん出来栄えだ」
「レオパルドもだ。ホント、イスカンダルから救援物資を得たとは言ってもほとんどジャンク同然の部品だろ? 本体はコツコツ造ってたにしても、そんな部品で装備の大半を拵えた割には本当にいい出来だよな、こいつ」
……いま、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
イスカンダルから小型船舶が飛び立った報告は受けているし、それがヤマトへの救援だとは丸わかりであった。
いまのイスカンダルの状態なら、間違っても完成品が届くことはないと思っていたが、ジャンクも同然とは……いや、それは比喩表現であって、実際はバラバラに分解保存されていた物資が届いた、ということなのだとは思う。
だがそんな状態から、受け取って数日しか経ってないというのに、ここまでの機体を用意できるとは……! ヤマトの技術者の能力は卓越している。ここまでの人材はガミラスにもそう多くはない。
損害回復の速さの秘訣は艦内工場施設だけではなく、やはり技師の腕のよさがあってのものだったのか。
「まあ、本体の設計はあまり弄ってないですし、イスカンダルの部品も状態は結構よかったですからね。それに班長――じゃなかった、ウリバタケ副長ってこういうの結構得意なんですよ。ナデシコ時代から結構やらかしてますし」
パイロットと思しき二名に相槌を打つ整備員との会話に、ドメルはもう感心するやら呆れるやら。
だが実際に完成された機体の威力を目の当たりにした立場としては、彼らの仕事の確かさを認めないわけにはいかないというかなんというか。
――やはり総統と自分は正しかった。
ヤマトの力は艦の性能だけではなく、それを最大限に引き出し維持するクルーの能力の高さにも由来していた。それも並大抵ではない。
ドメルは心底驚かされながら格納庫の外に案内され、艦内通路に出た。格納庫入り口ドアのすぐ隣にある主幹エレベーターへと案内され、四人並んで入り込む。
そのまま階層を二つ上がったところでエレベーターを降りた。
「ここがヤマトの居住区エリアです。ドメル将軍には、空いている士官用の個室を使ってもらおうと考えています」
「ありがとうございます。――すみませんが古代艦長代理、ヤマトに収容してもらっている避難民の様子を見たいのですが」
「……そうですね。ドメル将軍に顔を出してもらったほうがみなさんも安心なさるでしょう。それではこちら――」
案内しようとした進の動きが固まった。なにやら信じられないものを見た――としか思えない顔つきをしている。
ほかの二人も掌で顔を覆って大きく溜息を吐いている。
どうしたことかとドメルが視線を巡らせると、視線の先にはなにやら丸みを帯びた大きなシルエットが――。
「あ……あの、これは……その……」
眼前のシルエットから若い女性と思われる声が発せられた。
よく見れば――というか見なくても丸々としたシルエットの頭の部分から、若い女性の顔が覗いている。
羞恥からかすっかり赤くなって唇がわなわなと震えている。
これは――着ぐるみというやつか。
息子のヨハンと一緒にリビングでテレビを見ていたとき、幼児向け番組の中でこういったものを見た記憶がある。番組に出てきた着ぐるみは、完全に着用者が隠れていて顔が露出していなかったが、シルエットなどは酷似している。
いかにも幼児向けのデザインのそれは、ネズミのような動物(デフォルメされているだろうが)を模したデザインで、平時であればドメルであっても頬を緩ませる程度には愛嬌のあるデザインだ。
そんな(どうして戦艦に用意されているのかがまったく理解できない)着ぐるみを着た女性は、両手でカートを押している。
カートの上にはガラス製の食器の上に色とりどりの食品が置かれているようだ。
――あれは、食器の具合から見て氷菓子だろうか。
「――雪、いったいどうしたんだ?」
進の戸惑いを含んだ声色に、雪と呼ばれた女性はびくりと体を跳ねさせ、薄っすらと涙すら浮かべる。
その様子に進も慌てているのがわかる。
この状況は不可抗力だとドメルも思うが、だからといって上手いフォローができるほどドメルも女性の扱いに慣れていない。
「ひ、避難民の中には小さな子供もいてね。中央作戦室に置きっぱなしだったなぜなにナデシコの放送機材一式を見たら、着て欲しいってせがまれて仕方なく……あと子供たちの励ましになると思って、アイスでも配ろうかと……」
「そ、そうなのか! いやぁ〜雪は職務熱心で本当に尊敬するよ!」
機嫌を損ねたと青褪めた表情の進が必死にフォローに入った。
……だがそれはフォローになっていないのではないかと、ドメルは内心突っ込んだ。
この若さで艦長代理を任されるほどの男でも、女性の扱いは苦手と見た。
と、ドメルも軽く逃避。
…………女性に泣かれるのは、宇宙の狼とて苦手だ。むしろそんな状況に出くわしたくない。
「うう……こんな格好で……こんな格好で……」
着ぐるみ越しでもわなわなと震えているのがよくわかる。
これは――不味い。
「こんな格好で、本当に申し訳ありません!!」
着ぐるみを着た雪は腰を深く折って平謝り。
(――たしかに、目上の人間に会うにはかなり問題のある格好ではあるが相応の理由もあるのだしそもそもガミラス側に咎める権利はないような気がするのは私の気のせいではないと思うのだしそもそも子供たちのためなればという優しさにどうしてケチをつけられようか……)
まったく想定外の事態に軽く狼狽えながら、ドメルは咄嗟にフォローの言葉を発していた。
「いえ、お気になさらず。わが国民によくして頂いて、感謝の極みです」
よし、当たり障りのない回答が口に出た。しかも動揺を感じさせない滑らかな回答だった。
そして頼むから持ち直して欲しい。そして早くその氷菓子を子供たちに届けて欲しい。
ほら、もう溶けてしまいそうだ。
「ゴホンッ! 森君、アイスが溶けてしまうから早く行ったほうがいいと思う。ドメル将軍も気にしていないと言っているのだし」
ジュンのフォローもあって、着ぐるみの女性は平謝りしながらもカートを押して通路の奥に消えていった。
その先に避難民――特に子供たちが居るのだろう。
「……その、申し訳ありませんでしたドメル将軍」
「いえ、本当に気にしておりませんので」
進に向き合ってそう言うドメルではあったが、ヤマトのクルーに抱いていた『高潔な救国の戦士』のイメージが大いにぐらついたことは、言うまでもないだろう。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第二十二話 愛を説いて! 目指せ大マゼラン!
「タキオン波動収束砲……まさかこれほどとは……」
デーダーは人工太陽を使った策で得られたヤマトのタキオン波動収束砲のデータを、眉根を寄せて閲覧していた。
「はっ……解析データによりますと、あの砲の威力はわが軍の機動要塞ゴルバの主砲に匹敵する出力を持っているようです。単純な出力比は五分ですが、あのタキオンバースト波動流なるエネルギー流の作用もあってか、実際の破壊力はわずかではありますが、ゴルバの主砲に勝っているようです。それに、とても厄介な作用も発見されました……」
報告する部下の語尾が弱くなる。
不審なものを感じながらもデーダーは先を促す。すべてを把握しなければあの艦への対処を決められないのだ。
「報告しろ」
「はっ……あのタキオン波動バースト流に対して、わが暗黒星団帝国が実用化した金属元素は異常に脆く、特に動力エネルギーとは融合して過剰反応を引き起こす可能性が高いのです。万が一にもあの砲がわが軍に向かって放たれた場合、余波だけでも艦艇を沈め、直撃を受けた艦艇はエネルギー融合を起こして大爆発を起こします。最悪、タキオン波動収束砲一発で艦隊が丸ごと吹き飛んでしまう恐れもあります……」
部下の弱気な報告に、さしものデーダーも叱責できず黙り込んでしまう。
単に強力なだけの大砲だと思っていたが、どうやらそれは軽率な判断だったらしい。
(くそっ! 連中の艦を鹵獲したときには気付かなかった! もしかすると、連中の動力エネルギー自体がわが軍に対して猛毒となる可能性が……!)
最悪の可能性が頭を過ったデーダーはすぐに命令を下した。
「すぐにメルダーズ司令に報告するのだ! ヤマトの――いや波動エネルギーのわが軍に対する危険性を確かに伝え、対抗策を講じてもらう必要がある! そして、われらは別動隊として、現在唯一タキオン波動収束砲の搭載が確認されているヤマトの撃滅を図る!」
部下はヤマトの威力に恐れ戦き及び腰になっているようだが、デーダーは自身に喝を入れるためにも座席の肘掛けを思い切り叩いて告げた。
「幸いにもわれわれの手元には、ガミラスの連中から鹵獲した瞬間物質転送器とドリルミサイルがある! 連中が考案していた策を真似るのは癪だが、航空兵力を駆使した転送戦術を駆使してヤマトを翻弄し、ドリルミサイルをあの発射口に打ち込んで破壊してやるのだ! われらが倒れてもタキオン波動収束砲さえ黙らせれば、ヤマトなど取るに足らん戦艦だ! わが帝国の未来のためにも引くことは許されんぞ!」
デーダーは口で言ったほどヤマトを侮ってはいなかった。
むしろ侮っていないからこそ、最悪タキオン波動収束砲だけでも完膚なきまでに破壊して、その脅威を取り除きたいと考えたに過ぎない。
あの砲は――暗黒星団帝国にとって致命的な存在でしかないのだから。
雪との衝撃的な接触で印象が大きくぐらついたドメルではあったが、気を取り直して艦内を案内を継続してもらっていた。
現在ヤマトはもちろん、ガミラス側も被害確認と復旧作業に勤しんでいることもあって、今後の交渉の目途はまだ立っていない。
それまでの間に今後のプランを少しでも考えておこうと思う。
できればヤマトのワープ能力を補完するためにも、同行艦が最低一隻欲しいところだが……。
ドメル自身は連絡要員としてヤマトに乗り込んでいるため、降りることができない。
そうなると同行する艦の人選も問題だ。対ヤマト戦のために選抜した部下たちなら、大丈夫だと思うが……(血気盛んなバーガーを除いて暴走は心配ないだろう)。
いろいろと思慮しながら、宛がわれた個室に荷物を置く。
さて、次は避難民の様子を確認せねば。
案内役として同行するようになったのはゴート一人だった。
最高責任者である進と雑務の処理があるジュンはこれ以上時間を割けないため、いったん席を外して仕事を済ませてくることになったのである。
ドメルはゴートから渡された資料を見て眉をしかめた。
思ったとおりだ。大量の避難民を抱え、食事も用意までしてくれていた。
まだ詳細な報告こそ上がっていないが、ヤマトの備蓄食料にも無視し難い消費が生じているだろう。
(ふむ。食料の補充は必須だな)
ガミラス側から保存食――いや、地球人の体質はもちろんだが、口に合わないかもしれない。できるだけプレーンで加工できるような食品を選ぶようにしなければ。
ドメルは心のメモにそう書き留めつつ、むっつり顔の巨漢に付いて回る。
まずはドメルの部屋から近い左舷展望室の様子を伺った。
「あ! ドメル将軍だ!」
顔を出すと早速避難民達から驚きと安堵の声が漏れ聞こえてくる。
ドメルは彼らに笑顔で応えると、怖い思いをさせたと謝罪し、間もなく移乗の手筈が整うはずだと伝えて安心させた。
しかし、この展望室には子供の姿が見えない。そのことを不審に思って尋ねてみると……。
「子供たちなら、みんな右舷展望室に移っています。なんでも動物の着ぐるみを着た女性がお菓子を配ってくれるとかで……一応、こちらのモニターから様子を見れるようにはしてくれたのですが……」
なにやら言い淀む男性に促されてモニターを覗き込むと、子供たちが喜び勇んで鳥らしい着ぐるみを着た――ドメルの見間違いでなければ十代前半の少女に一斉に襲い掛かっているではないか。
着ぐるみの少女が悲鳴を上げているが子供たちは容赦なし。少女を揉みくちゃにして楽しんでいる。
別の場所ではさきほどの雪という女性が配っているアイスを堪能している子らもいるし、さらに別の場所ではトナカイの着ぐるみを着た強面の男性が襲われて悲鳴を上げている。
控えめに言っても阿鼻叫喚の地獄絵図。もちろん、ヤマトクルーにとってだが。
「……」
「ヤマトは敵国の艦ですし、彼らに心許したわけではありません。しかし、さすがにこれは気の毒でして……」
一刻も早く移乗の準備を整えさせよう。
ドメルはすぐにゴートに話を通して貰ってゲールに訴えた。
感動的な別れのあとの若干シュールなやり取り。ドメルもゲールも終始苦い顔であった。
それから三〇分ほどが過ぎた。ゲールが遣わしてくれた指揮戦艦級二隻がヤマトの両舷に接舷し、避難民と兵士を回収して引き上げていった。
……残されたのは、もみくちゃにされてボロボロな少女――ラピス・ラズリ機関長(!?)と疲れ果てた表情の真田志郎工作班長に森雪生活班長の姿。
ノロノロと着ぐるみを脱いでドメルに敬礼を送る三人の姿に、ドメルは答礼するなり「ご迷惑をおかけしました」と労いの言葉を送るのであった。
そんなまったく予期しなかったハプニングを乗り越え(同時にまだまだ自分が知らない世間があるのだと痛感させられ)、気持ちを持ち直したドメルは再度ゴートに案内され、これからしばらく世話になるヤマトの艦内を最低限見て回った。
驚いたのは軍艦であるにも関わらず居住環境が思いのほかよかったことだろう。
ドメルが宛がわれた個室もシャワーやトイレが完備されたものであったが、それは高級士官用の個室と考えればそれほど不思議ではない。
だがそれ以外の、乗組員の慰安を目的としているであろう各種レクリエーション施設の充実具合はかなりのものだ。
避難民の収容も行っていた両舷の展望室もガミラスではなかなかお目に掛かれないデザインであるし、複数人で同時に入浴が可能な大浴場に映画視聴室といった福利厚生の豊かさは、規模はともかく質という面ではガミラスの軍艦よりも上ではないだろうか。
もちろんガミラスとて軍人の福利厚生に関して言えばそれ相応に気を遣っている。
軍人と言えど人の子。士気を維持するためにはやはり争いから遠ざかった楽しみも必要なのだ。
ヤマトもその目的上乗組員のケアには気を遣っているだろうとは思っていたが、想像以上である。
それに食糧事情も厳しいとは考えていたが、艦内でたんぱく質の合成やプランクトンの育成、野菜類の品種改良による早期収穫を可能とした農園と、艦の規模に対して非常に優れた供給システムが整備されていると教えてもらった。
これは、ガミラスの軍艦にはない施設だ。
やはり、単独で超長距離航海に挑むとなればこれくらいの設備は必要になるのだろうと、しきりに感心させられるのであった。
そして、艦内を見回っていると必然的にクルーの姿もかなり目に入ってくる。彼らは当然のようにドメルの姿を認めれば敬礼で応えてくれるのだが……どうにもぎこちない。
板についていないというか、そもそも階級が上の人間に会うことに慣れていないかのような振る舞い。
そして、視界の外では妙に緩い空気を出しているクルーもチラホラ。
いったいどうしたことなのだろう。
「ドメル将軍。ヤマトのクルーは軍・民間の混在ですので、粗相があるやもしれません。ご理解いただけると恐縮です」
「そうなのですか……わかりました。私にも立場がありますので、余程でなければ目を瞑りましょう」
ゴートにフォローされてドメルの疑問は解消した。
言い換えれば、正規の軍人だけでやっていけないほどに地球が疲弊していたということでもある。にも拘わらずあれほどの戦果を挙げているクルーに、民間から徴兵された人材が交じっているとは。
追い詰めてしまったガミラスが言えた義理はないだろうが、地球人のタフネスと適応力には目を見張る思いだ。
「助かります」
フォローしたゴートも安堵した様子。
さらに聞くならば、彼自身も元軍人に過ぎず、いまはヤマトを完成させたネルガル重工という企業からの出向社員扱いらしい。
にも拘らず砲術部門の責任者に着けるとは――。
いや、むしろ民間出身ゆえ、軍事に染まっていないからこそ、あの柔軟で突飛な行動に繋がっているのだろうともとれる。
ふむ、軍人生活の長さが意外と思考を硬直させていたのかもしれない。ドメルはふとそう思った。
そうやってしばらくは入出を許可された範囲で艦内を見て回っていたのだが、やはりミスマル・ユリカ艦長のことが気になり始める。
艦長代理が指揮を執っているということは、彼女は指揮が取れない状況にあるということだけは容易に想像がつく。
問題は程度だ。
代理、というからにはまだ彼女が健在であると取ることはできる。だとしても面会謝絶を言い渡されるほどなのか、それとも会話できる程度なのかは、聞いてみなければわからない。
さてどう切り出したものか。
悩んでいると、ゴートが「失礼」と断ってから左腕に巻かれている通信機を操作して表示された文面を読み、一つ頷いてからドメルに告げた。
「……艦長の身支度が整ったようです。ドメル将軍をご案内するようにと連絡がありました。いまから艦長室にご案内したいと思いますが……」
「ぜひともお願いいたします。実は、デスラー総統からヤマトについてわかっている限りの情報を伝えられたときから、一度お会いしたいと常々思っておりました」
ドメルは思いがけず対面する機会を得られたことに喜びも露にゴートについていく。
来た道を戻って主幹エレベーターの左舷側に乗り込み、ゴート案内のもと、艦長室へ。
本国との連絡前に対面できるのは行幸だ。これで、デスラー総統にいい報告ができる。
「わかってるわね? 無茶は厳禁よ」
「了解了解。ただお話しするだけだから」
こういった交渉に不慣れなユリカを補佐するため傍らに控えたエリナに念を押されつつ、ユリカはひらひらと左手を振りながらドメル将軍が現れるのをいまかいまかと待っていた。
ようやく掴んだチャンスだ。
最悪地獄に叩き落されるも覚悟の上でガミラス星を滅ぼすしかないのかと考えていただけに、このチャンスは是が非でもモノにしたい!
ドメル一人を味方に付けたところで体制に影響はないかもしれないが、なにもしなければそれこそなにも変わらない。
ここに戦争の終結の可能性を見出せるかどうか、いまはこの瞬間に全力を賭すしかない。
そうごねてこういった場を設けて貰ったのだ、万が一の失敗も許されない。
体調も正直微妙なので、短期決戦を図る必要もある。
……とは言っても、ユリカ個人のやり方は一つしかない。
つまり――
「はじめましてドメル将軍! 私がヤマト艦長のミスマル・ユリカです! ぶいっ!」
満面の笑みをこれでもかと浮かべ、右手でVサインを突き出して一気に攻める!
(これでドメル将軍のハートをキャッチ!)
結局彼女はどこまで行っても彼女でしかなかった。羞恥でちょっと頬を染めながらも、初めてナデシコに乗った日のことを思い出して懐かしさが込み上げてくる。
後継者が育って気が楽になってしまったのか、最初の頃のように厳格さを出そうという考えは宇宙の彼方に飛んで行ってしまった。
直後、エリナが思わず手刀を降り降ろしたのは、避けることができない必然であったといえよう。
強烈な一撃を貰ったドメルは、一瞬で思考が完全に停止した。
デスラー総統がスターシア陛下からお聞きになられた情報で『女性』というのは知っていたが、てっきり冷静沈着な、いわゆるデキル女性のイメージを抱いていただけに、それはとても強烈な一撃となってドメルの頭をぶっ叩いた。
珍妙な挨拶もそうだが、直後に艦長の脳天に手刀を振り下ろす女性クルーの存在にもさらに一撃貰った。
ベシッ! という鈍い音がそれを助長する。
(地球では、あれが普通なのだろうか……?)
ドメルの中で築かれていたヤマト――というよりはユリカに対するイメージが致命的なまでにひび割れる。そりゃもうバッキバキに。
そんなドメルを、傍らに控えていたゴートが気の毒そうに見ている姿が窓に映っていた。
……そうか、あれは別に普通でもなんでもないのだな。
ゴートの振る舞いにわずかな救いを見出しつつ、ドメルは気を取り直して――と本人は思っているが動揺がまったく抜けていないまま、敬礼と共に自己紹介。
「は、初めましてミスマル艦長。ガミラスの将軍ドメルです。この度は、お招き頂き光栄に思います」
言葉を少し噛んでしまった。普段なら絶対にありえないのに……。動揺がまったくと言っていいほど抜けていない!
「艦長の失礼をどうかお許しください。通信長のエリナ・キンジョウ・ウォンです」
こめかみを痙攣させながら自己紹介するボブヘアの女性の妙な迫力に、動揺収まらぬドメルは少し気圧されてしまった。
――そう言えば、滅多にないが妻イリーサを怒らせたときはこんな感じだった気がする。
やはり怒った女性は手強い。それも普段が冷静で穏やかに見えるような相手ほどに。
ドメルはすっかり思考が混乱し、ペースを乱されてしまったのであった。
合掌。
エリナの雷を受けて痛む頭頂を摩りながら、ユリカはドメルを観察する。
屈強な軍人そのものといった感じの風貌。
(うむむ、手強そう。でも、負けないもん!)
先制攻撃で相手の出鼻を完膚なきまでに打ち砕いたとも露知らず、ユリカは無難に今回の戦闘に関する話題などで場を温めること。
ちょっと隣から冷たい空気が流れているような気がするが、気にしない気にしない。
そうやって当たり障りのない会話を続けると、ドメルの視線が少し泳いでいるのを感じた。
そう言えば、健常者ではなかったのだと思い出す。すっかり馴染んでしまっていて違和感がなかったバイザーやら補聴器やら、気になっても当然だろう。
――無事元の体に戻れたとしても、元の生活に戻れるのかちょっぴり不安になる。
「ああ、すみませんドメル将軍。この格好だとやっぱり気になりますよね」
「え? ええ、女性に対して失礼だとは思ったのですが、やはり気になってしまって……」
なぜか落ち着かない様子のドメルにユリカは「まあ、この格好じゃあねぇ」と自分の格好にこそ問題があると盛大に誤解していた。
もちろんドメルが落ち着かないのはあまりにも強烈な先制攻撃を受け、圧倒的不利な状況下にありながらドメルの包囲網を見事突破して見せたヤマトの指揮官――つまりユリカに対するイメージが大崩壊したショックが思いのほか大きいためだ。
当然格好など二の次である。
「実は私、不治の病というものに侵されて……もうそれほど長くないんです」
言い過ぎではないか、という雰囲気が隣からヒシヒシと伝わってくるが気にしない気にしない。
とりあえず手っ取り早く理解してもらおうと、バイザーを外して見せる。
聴覚センサーとの接続を立たれたバイザーの電源がオフになって、ユリカの視覚が暗転する。
それでもヤマトが誇る天才三人が精魂込めて作り上げた聴覚センサーは、驚いたドメルの息遣いをたしかにユリカに伝えていた。
まあ、焦点定まらぬ目を見たらそれは不気味だろうし驚くのは無理もない。
でもお化粧はちゃんとしたから不細工ではないはず。
と、ユリカの思考は相変わらずずれていた。
「ガミラスとは無関係の地球人同士の権力争いに巻き込まれて、重度のナノマシン障害を患ってしまって。いまはもう、自分の目と耳じゃなにも見えないし聞くこともできないぐらい悪いんです」
言いながらバイザーを嵌め直すと、軽いノイズのあと鮮明な視界が開ける。やっぱり、ドメルは大層驚いた。……でもさっきと表情が微妙に違うような違わないような。
「いまは、ヤマト自慢の天才メカマンがわざわざ専用に補装具を作ってくれたおかげで、なんとか日常を遅れてるんですけどね。ほら、このインナースーツもそういった目的で着てるんです」
「ナノマシン障害? たしかにガミラスでも医療や体質改善にナノマシンを使うことはなくもないですが、人体への安全が確認されていないナノマシンを使うことはありません。いったいなにがあったというのですか?」
ドメルの問いかけに、ユリカはちょっと悩んでからエリナに相談してみた。
彼女も悩んだあと、「ここは私に任せて」と説明役を請け負ってくれた。
エリナの細を穿ちながらも解り易い説明を聞かされて、ドメルが低く唸る。
まあ地球の恥部を打ち明けている様なものだから、エリナとしても正直口が重い。
今後の交渉にも影響するかもしれない。かといって黙ったままではユリカの現状に説明がつかない。
なので、「前の戦争で恨みを買って誘拐され、ボソンジャンプ解明のための実験体にされた」として、その過程でボソンジャンプに適性を持った生命体の研究と称してナノマシンによる生体改造を受けた後遺症、と誤魔化すことでA級ジャンパーについては秘匿した。
医療による回復が見込めないため、コスモリバースシステムに頼る以外に活路がなく、ヤマトを操れる指揮官がほかにいなかったことから無理を承知で艦長を務めていると、少々苦しい説明となってしまったがそこはさんざん活用してきた話術で誤魔化す。
誤魔化すったら誤魔化すのだ。
「なるほど……そのような体でここまでがんばれたのは、そういった事情がありましたか……」
ドメルはいつ死んでもおかしくない状態のユリカが艦長をする、という不可解な状況に一応の納得はしてくれた様子。ありがたいことだ。
「そうなんですよ! もう、コスモリバースシステムの影響をほんの少しでも利用して回復しない限り、私は大好きな夫や子供たちと明日を生きられないんです! あ、夫っていうのは――」
哀れ将軍ドメル。頭お花畑状態のキャピキャピユリカにアテてられる。
あとで聞いた話だが、彼は既婚者らしい。
しかし基本堅物というか、女性の扱いが不得手なタイプのドメルにとって、このやりとりは心底堪えたらしい。
エリナが早い段階で(物理的に)制止してくれたのがせめてもの救いだったと、後日感謝の言葉を贈られた。
もしあのまま続いていたら彼の精神力は極度に疲弊し、しばらく立ち上がれなかった、と。
……重ね重ね、本当に申し訳ありませんでした。
エリナは感謝の言葉を口にするドメルに、再び頭を下げたという。
…………。
話が真面目な方向に戻ってすぐ、二転三転する場の空気に疲れた表情のドメルは、ヤマト出現時から議論されていたという、ヤマトの不自然な来歴について尋ねてきた。
この質問については予想されていたので回答も用意してある。
まあ、ほぼそのまま伝えるだけでいい。
過去の記録に触れさえしなければ単に並行宇宙から漂着した戦艦で済む。それ自体は別に明かしても特別誰も困らない情報でしかない。
「やはり――ヤマトは別の宇宙に存在する地球の艦艇でしたか……デスラー総統の推測は正しかったようですね」
「ありゃ。やっぱりデスラー総統にはバレてましたか。スターシアの言うとおり、物凄く賢い人なんだ」
スターシアから聞いた、と誤魔化せばヤマトの記憶を垣間見たことも、ある程度は誤魔化せる。
(ふふふ、スターシア便利説!)
などと友人に対して失礼なことを考えた報いだろうか、ユリカは急に胸が苦しくなって激しく咳き込んだ。
慌てずすぐに背中を摩り、ドメルに断った上でドロップ薬を口に含ませて対処するエリナに感謝しつつ、改めてドメルに向き直る。
ドメルもユリカの体調が気がかりなのか、できるだけ早くに話を終えて休ませたいと顔に出てしまっている。
(ほむ? 意外と顔に出やすい人なのかな?)
ユリカはそうドメルを評したが、別に彼は腹芸が苦手なのではなく、単にユリカの特異な振る舞いにやられて自身のペースが保てないだけだったということを、彼女は終ぞ知ることはなかった。
「やはり、デスラー総統についても知っておられたのですね。ならば、総統の人柄を考慮したうえでの介入だったのですか?」
「私も、スターシアからそれほど詳しく聞いたわけではありません。先の介入行為は私たちの個人的な感情と、この戦争の行方を私たちなりに真剣に考えた結果です。私の見解では、このまま戦いが続いた場合、ヤマトがガミラス本星を滅ぼすか、それともヤマトが負けて地球が滅ぶかの二者択一を避けられません。そんな結末を回避するためには、和解が唯一の方法であると考えたまでです。――それでも、正直こうして対面できる可能性は低いと考えていました。どうやって接点を持てばいいかも、持てたとしてどうやって信じてもらうかも、五里霧中でしたから……」
ドメルは思った。
正直ユリカの性格に面食らったが、決して自分とデスラーがヤマトの振る舞いから感じていたものが間違っていたわけではなかったようだ。
――自分の観察眼を大いに疑ったのは紛れもない事実だが。
思った以上に彼女は、いやヤマトは真剣に今後のことを考えていた。
イスカンダルとの接触を経て、ヤマト再建とほぼ並行してこの戦争の行く末を真剣に考え、イスカンダル到達がガミラス本星到達と同意義であることを意識したうえで、様々なパターンを考慮したのだろう。
彼女の言うとおり、このまま戦い続けたとしたら結末は二つしかない。どう転んでも、どちらかが滅び去る運命を避けられない。
第三の結末を迎えるためには双方歩み寄っての講和の実現以外に道はない。
だが彼女が指摘したように、本来ヤマトとガミラスの間でそのような接点が持てるはずがない。
地球からすればガミラスは侵略者、事情があれどその行いの責を問い、怨恨に根差した不信が付いて回るのは必然。彼女が講和を望んだとしてもクルーが追従してくれる保証はない。
ガミラスもだ。ヤマトは国家の命運を左右する戦いにおいては障害物。普通ならそれ以上の関心など持たれるはずがない。今回はデスラーが偶然ヤマトに強い関心を抱いたからこそこの奇跡が実現したが、狙って起こすことなど到底不可能だ。
――もしも地球が得たのはヤマトのみで、イスカンダルからの支援がコスモリバースの提供のみであったなら。
――もしもガミラスの地球侵攻が切羽詰まった状況での国策でなく、もっと余裕のある状況下での移民地確保、いや単なる領土確保であったなら。
きっとこんな場は設けられることはなかった。
ヤマトがガミラスのことを知るのはイスカンダル目前であり、取るべき手段は本土決戦。そして目指すは勝利のみ。良心の呵責に苦しもうが、地球を見捨ててガミラスを取る選択は取れるはずがない。
ガミラスもそうだ。デスラーがヤマトを『同類』として共感を寄せなければ、ガミラスが取るべき手段はヤマトの撃滅、その果てにある地球の獲得以外にない。仮に現場の人間である自分が意見具申したとしても、デスラーは一笑して終わりだろう。
今回の対談が実現できた要因はユリカとデスラー。そして双方に情報を伝え、心痛めていたであろうスターシア。
双方の代表が互いに関心を寄せ合い、対面する以前から手を取り合う可能性を真剣に悩み、その機会を逃すまいとしていたからこそ……そして両者の間に立つ者がささやかな力添えをしてくれた結果実現した、薄氷の上を渡るかのような、いつ崩れてもおかしくなかった道筋だったのだ。
だが奇跡は起こった。
双方の想いはすれ違わなかったのである。
「正直、冥王星基地を攻略するまでは自分でも無理かもしれないって結構悩んでたんです。でも、基地を脱出した司令官が残存艦隊を引き連れてヤマトに向かって来たときに確信したんです。……たしかに侵略という手段は許せません。被害者としての立場からならなおさら……でも、彼らも私たちと同じ思いを抱えて戦っている。そう考えたら、和解の道もあり得るんじゃないかって強く思えるようになったんです。それにベテルギウスのときにも命を捨ててまで挑んできた艦もあって……あれがなかったら、こういう形で対面する機会は得られなかったと思います。その二つの事件が、私以外のみんなの意識を変えてくれたから、私たちはこの道を選択できたんです」
その言葉にドメルは、シュルツとその片腕だったガンツが思わぬ遺産を残していたことを悟った。
彼らの国と総統に対する忠誠心が、最大の敵として君臨していたヤマトを味方へと転ずる一手として機能していたのだ。
そのことを知らされてドメルは目頭が熱くなるのを感じて、天井を仰ぐ。
「そうですか……! 彼らの行動が、このような結果を残してくれていたとは……!」
「はい。もちろん私個人としてはスターシアに対する後ろめたさもあったのですが、それは長らく私と、数少ない理解者の胸の内に秘められていました。それが明かされたのはビーメラ4で暗黒星団帝国と初めて戦ったあとでしたので、彼らの影響の大きさがなければ、バラン星への介入はありえませんでした。……ドメル将軍、失礼かと思いますが――冥王星基地の指揮官のお名前を教えてはいただけませんか?」
ドメルは少し悩んだが、教えることにした。
亡きシュルツやガンツがどう思うのかはドメルにはわからない。だが、彼の行動が結果としてガミラスを救うかもしれないと知れば――名誉と思ってくれるだろう。
「冥王星前線基地司令官の名はシュルツ。ベテルギウスでヤマトと戦ったのはその副官であったガンツという男です。彼らは戦いに敗れ、使命を果たせず逝ったことを悔やんでいたでしょうが……この和平が成功すれば、彼らは結果としてヤマトを止めるという大任を果たしていたことになる……きっと、喜んでくれるでしょう。彼らの墓には、私から報告しておきます」
「……彼らを手に掛けた私たちが言うのも失礼かと思いますが、よろしくお願いします」
突然湧いた神妙な空気。不謹慎だと頭の片隅で思ったが、さきほどまでの緩かった空気との落差が激しい。彼女の妙な空気に当てられたせいでどうにも調子が戻らない。
しばしの沈黙が流れる中、ドメルは思う。
彼女はたしかにいろいろと、本当にいろいろと頭のねじが吹っ飛んでいるタイプではあるが、根は真面目であるし頭の回転は速く、第一印象からは想像できないが(失礼なことに)、意外なほど物事の表裏を見極められる人間であるようだ。
だからこそ、人が付いてくるのだろう。
この天性の明るさがクルーに襲い掛かる不安を打ち消し、有事の際はその明晰な頭脳と型にハマらない性格だからこその発想力でみんなを引っ張り切り抜ける。
その性格上乗組員は逆に不安を感じることもあったろうが(そうでなければドメルは己の常識を信じられなくなる)、彼女のプレッシャーに負けそうで負けないこの振る舞いが、未知の航海に挑むヤマトを支えてきたのだと。
――あの厳格だったスターシアが惹かれたのも、わかる気がする。
初手にキツイ一撃を貰ったのでかなり人物像が揺らいでしまったが、こうして面と向かって話してみればなかなか面白い人物だと思う。
――無論、マイペースで楽天家なうえ『天然』という属性を備えているせいで時折会話に(激しく)疲れることがあるのが玉に瑕だが、まあ許容範囲だろう。――たぶん。
ともかく念願だったヤマトとの交渉に続き、スターシアすらも惹きつけた彼女の人柄の把握を果たしたドメルが満足していると、
「ドメル将軍。一つお願いがあるのですがよろしいですか?」
と切り出された。
はて、なにが望みだというのだろうか。
その要望に快く頷いたドメルはエリナに準備をお願いしたあと、艦長室の外で待っていたゴートに案内されて第一艦橋に降り立った。
ユリカも昇降機能付きの艦長席で早々に艦橋に降りて来ている。
艦長席の傍らには古代艦長代理と並んで見かけない男性が立っていた。
男性は板についていない敬礼と合わせて、
「戦闘班航空科所属、ガンダムダブルエックスのパイロット、テンカワ・アキトです」
と自己紹介をした。続けて「私の旦那様で〜す」とそれはもう嬉しそうなユリカの補足も頂く。
彼がそうなのか。
アキトは真っ赤になった顔で「すみません、艦長――妻がご迷惑をかけまして」と恐縮している。
面食らったのはたしかだし、思っていた人物像とは三五〇度ほど異なっていたが、悪い人間ではないし敬意を払うに十分な人物だとは思っている。
話していて少々――いや結構疲れるのは事実であるが。まあ、こちらが抱いていたイメージとのギャップの問題だろう。そうとでも思わなければやっていられない。
そんな考えがつい顔に出てしまったのか、アキトはもちろん進もほかのクルーも気の毒そうな顔をしている。
そうか……みな、同じような感想を抱いているのだな。
ドメルは妙な親近感を抱いた。彼らとは、きっとこれからも仲良くやっていけるだろうと、心の底から実感した。
「ドメル将軍、準備ができました」
通信室でガミラスの超長距離通信装置との接続作業をしていたエリナから報告を受け、ドメルはドメラーズ三世の通信コードを使用してガミラス本星に通信を繋げる。
本来ならヤマト艦内の通信室でやる予定だったのだが、ユリカがデスラー総統と話をしたいというので第一艦橋で行われることになった。
デスラーはユリカに興味と関心を持っていたので彼女からの要望は願ったりかなったりだった。が、彼女から要望を聞かされたとき、ふと思いついたドメルからも一つだけ要望を出しておいた。
さて、うまく転んでくれるといいが。
「デスラー総統、ドメルです。無事にヤマトに乗艦、彼らはわれわれと交渉する用意があるとのことです」
「そうか……!」
デスラーはドメルがヤマトの艦橋と思しき場所から連絡をしていることに疑問を覚えつつ、ひとまず国家の危機の一つは去ったと安堵する。
その思いのままモニターに映る室内に目を向けると、デスラーの姿に緊張気味のクルーの姿が映る中、一段高い座席に座る女性の姿を捉えた。
緑色のバイザーを着用して耳には青いヘッドフォンのようなものを付けているが、彼女がおそらく……。
「デスラー総統、ヤマトのミスマル艦長が、総統と話がしたいと申し出ております」
ドメルの言葉にデスラーは大いに心が躍った。
ついにあのスターシアを説き伏せ、デスラーにとって最も理解し難い『個人的な愛憎』が、国家の危機を救うに足るのかどうかの答えを得られるやもしれない人物と、通信機越しとは言え対面できるのか!
デスラーは翻訳機が正常に作動しているかを改めてたしかめる。問題なく作動している。念のために準備をしておいて正解だったようだ。
翻訳機の準備が整ったことをドメルに伝えると、彼はバイザーを付けた女性に振り返って促した。
「それでは……ミスマル艦長、どうぞ」
促されて女性は「それではご要望にお応えして……」と妙な前置きをしたあと、
「はじめましてデスラー総統! 私がヤマト艦長のミスマル・ユリカです! ぶいっ!」
ドメルの要望どおりだ。さきほどとまったく同じ挨拶をしてもらえた。
予想外の行動にさすがのデスラーも驚きで目が丸くなり口が半開きになる。ついでにほかのクルーが全員頭を抱えたり顔を覆って恥ずかしがっている姿が目に入った。
予想どおりの結果にドメルはデスラーに見えないように注意しながら、強く拳を握る。
(申し訳ありません総統。しかし、ミスマル艦長の人柄を知りたいと切望されていた総統の気持ちを汲むには、このほうがいいと……ご無礼をお許しください!)
故意的だった。
しかし、彼なりにデスラーへの忠誠心からの行動ではあった。