ヤマトが七色星団でデーダー率いる艦隊と熾烈な戦いを繰り広げていた頃、ガミラスもまた緊迫した時間を過ごしていた。
突如として出現した、暗黒星団帝国に属するであろう艦隊は、バラン星で確認された艦艇を中心に未確認の大型艦艇数隻も確認されるまさしく大艦隊。
――途方もない規模であった。総数は確認できているだけで三〇〇〇隻ほど。正面から戦えばいかにガミラスとはいえ、苦戦は免れない規模だ。
……その艦隊はいまは、緊急出動した本土防衛艦隊と睨み合い、一触即発の空気を醸し出していた。
デスラーは敵大艦隊を忌々し気に睨みつける。
移民船団護衛のため、本星に戦力の多くを呼び戻していたことが幸運であったと言えよう。喜ばしいことに、ガミラスの支配下にある星々にまでは手が及んでいないと報告を受けている。
つまり敵はガミラスとイスカンダルに対してすべての戦力を集中させてきたということになるが、植民星の防衛に戦力を割かなくて済むのは幾分気持ちが楽だ。戦力を分散せずに済む。
敵艦隊が防衛艦隊と向き合ったのは、接近が報告されてからきっかり二〇時間後。
バラン星襲撃の真意を見抜いたデスラーが緊急警戒態勢を発令しなければ、対応が間に合わなかったかもしれない。それほど敵の動きは迅速であり、これほどの艦隊でありながら監視網をいくつもパスしてきた実力者。
通常の警戒態勢だったなら、見落としていたと考えて間違いない。
……油断ならない敵だ。ヤマト接近に合わせて警戒態勢になっていたはずのバラン星基地に容易く奇襲をかけただけのことはある。
それにしても……。
デスラーは敵の動きに違和感を覚えた。
こちらが思ったよりも防備を固めていたからか、それともなにかしら思惑があるのか、睨み合いの姿勢を崩そうとしない敵艦隊。
バラン星を急襲したのはガミラスを浮足立たせるためのはずなのに、どうしてわざと発見されるような動きで接近したのか。連中の力なら本星の目と鼻の先まで発見されることなく近づくことも不可能ではないだろうに、なぜわざわざ発見されるようにして接近してきたのか。
不可解だ。
ガミラスの力量をあれで量った気になって、大きく出ているとも考えられなくはない。
だがデスラーの戦士としての感がそれを否定する。そして、迂闊にこの硬直を解いてはいけないと、第六感が強く訴えている。
そうやって睨み合って二時間。ついに敵に動きがあった。
「私は暗黒星団帝国、マゼラン方面軍総司令メルダーズ。イスカンダルとガミラスはわが暗黒星団帝国に即刻無条件降伏せよ。戦力の差は歴然である、抵抗は無意味だ。繰り返す、ただちに降伏してわが帝国に従うのだ。そうすれば、あの移動性ブラックホールに飲み込まれる前に国民の安全は保障してやってもいい」
少々焦らしてからの降伏勧告。さて、どう動くガミラスよ。
「大ガミラス帝国総統デスラーだ。生憎と無法者に屈するほどわがガミラスは脆弱な国家ではない。痛い思いをしない内に逃げ帰ることをお勧めする。そのほうが双方のためになろう。無駄な血を流すことはない」
バラン星基地を奇襲で事実上潰された直後とは思えない、余裕な態度のデスラーの返答。だがメルダーズは顔色を変えることなく、
「――ガミラスの技術力であのブラックホールをどうにかできるのか? バラン星基地を失った以上、諸君らに逃げる場所などない。それとも、あのヤマトに頭を下げて地球に入植させてもらうつもりか? そうだとすれば侵略者の立場にありながら、なんとも面の皮が厚いことだ。滑稽にもほどがある」
煽る様に切り込んでやった。
ガミラスにあのブラックホールをどうにかする技術がないのは、移民計画を発案していることからも容易に推測できる。
そしてヤマトが共同戦線を自ら持ちかけたことも察しがついている。――いや、あの展開から予測がつかないとしたらそいつは真の無能と言っていい。論外な推論だ。
ヤマトの目論見は可能な限り平和的に戦争を終わらせることであろう。侵略者に塩を送るような真似は正直理解に苦しむが、彼らなりに切実な、もしくは譲れないなにかがあったのだと考えるのが妥当か。
「生憎だが、ガミラスはつい最近だがブラックホールへの対処法を確立することに成功している。地球に移民などしなくても、わが偉大なるガミラス帝国は健在なのだよ」
デスラーは不敵な笑みを浮かべてメルダーズの脅しを切り捨てる。
まったく痛痒を感じていない様子にメルダーズはいささか驚かされた。
だが、その態度の真意にはすぐに気付かされた。
「――そうか、ヤマトか。ヤマトのタキオン波動収束砲であのブラックホールを吹き飛ばすつもりか」
メルダーズは少々眉根を寄せて唸った。
まさか、そんなことがありえるとは……!
ガミラスはヤマトと交渉し、味方につけることに成功したのだ。
きっとヤマトはバラン星での戦いでの借りを利用してガミラスにそれを示唆したのだ。タキオン波動収束砲の威力でブラックホールの排除する、その対価にガミラスになにかを要求し、見事目論みを成功させたのだろう。
……地球に対する調査はろくに進んでいないのでその詳細は知らないが、捕虜にしたガミラス兵から口を割らせた情報によれば、地球はガミラスによる侵略で滅亡寸前にあり、イスカンダルからの援助で完成したヤマト一隻が対抗戦力らしい。
だとすると、壊滅寸前まで追い込まれた地球に対する侵略の停止、謝罪は当然として復興に関わるあらゆる援助あたりが取引条件になっていそうだが、そこを追及したところで目の前の男を揺さぶるには至らないだろう。
――この男、すでにすべてを受け入れている。
そうさせるだけの力が――魅力が、あの戦艦一隻にあるというのか!
「なにを想像したのかは聞かないでおくが、繰り返しお伝えしよう。わがガミラスはなにものにも屈するつもりはない。余計な血が流れない内に、早々に逃げ帰ることをお勧めする。その場合は追撃はしないと約束しよう」
……たいした男だ。バラン星のことを言及しないとは。あれだけでも報復と称して戦いを挑むに足るというのに、素直に引き返せば追撃しないなどと、そうそう言えるものではない。
そしておそらくこの男は口約束を簡単に違えるようなタイプではない。真に認めた兵に対しては、礼節をもって挑むタイプと見た。
「――われわれにも引けない理由がある。わが帝国の未来のためにも、そう易々と諦めることなどできんのだ」
「では、その『理由』とやらを聞かせてもらおう。君たちを退けてしまってからでは聞くことはできないからね」
「われらの目的はガミラスとイスカンダルにある地下資源――ガミラシウムとイスカンダリウム。……資源こそ、われわれの欲するものだ」
嘘は言っていない。だがこれだけがすべてではない。
メルダーズは最初から目的のすべてを話すつもりなどなかった。デスラーが応じるはずがない、いや、まともな国家であるのならまず間違いなく応じるわけがない要求だという自覚があったからであり、同時にわずかばかりの後ろめたさがあったからだ。
「なるほど。ならばますます応じることはできない。イスカンダリウムもガミラシウムも、すでに何世紀も前に環境保全のために採掘を中止した代物だ。母なる星を傷つける行為は決して容認できん!――メルダーズ司令、繰り返すが、わがガミラスは降伏には応じぬ。そして親愛なる隣人、イスカンダルへの手出しも許すわけにはいかない! 資源が欲しいのならば、無人の星を開拓するなりしたまえ!」
予想どおりの反応だ。
だがそれでよし。それでこそ指導者というものだ。
――その立派な姿勢に敬意を表して、全力でやりあおうではないか。
「……そうか。残念だが致し方ない。少々手荒い方法だが、力づくで屈服させるとしよう」
と言い切り通信を切った。
さて、もうあとには引けんぞ、互いにな。
デスラーは暗転したメインパネルをにらめつけながら思考していた。
交渉が決裂に終わったことは残念だが仕方がない。予想されていた結末だ。
降りかかる火の粉を払わないわけにはいかない。デスラーには国家の発展と安全のために力を尽くす義務がある。
だが……。
メルダーズはすべてを語っていない。デスラーは確信を持っていた。
侵略者が被害者側にすべてを語る義務も義理もないが、彼の言葉にはどこかこう――後ろめたさのようなものを感じた。
おそらく口にすることが憚られるような目的が、彼らにはあるのだろう。
そしてそれはガミラスが地球を欲したように、民族の存亡を掛けた目的であるため行動にこそ移しているが、彼個人としては必ずしも納得してはいないということだろうか。
イスカンダリウムもガミラシウムもたしかに有用な資源だ。だが有用でこそあるが、それとて効率が優れた核燃料資源に過ぎない。わざわざこれほどの大艦隊を率いて採掘するほどの価値があるかと言われれば正直微妙だ。だがこれはガミラスとイスカンダルが波動エネルギーを手に入れたことで不必要になったという点も考慮すべきか。
技術体系が根本的に違っていることを考慮すれば、連中にとっては非常に有益で替えの利かない資源なのかもしれない。
だがこれだけでは少し弱いな。
デスラーは思った。たしかに地殻内部に含まれるイスカンダリウムとガミラシウムを採掘すれば、星には大きなダメージになる。そこに住む生きとし生きるものは大きな痛手を受けること間違いない。
これに関してはどうせブラックホールに飲まれるのだから、と無視することはできる。国民の安全の保障というのも、素直に要求に従うのなら当然の保障とも考えられるが、デスラーは違和感を覚えた。
――ヤマトの登場で遅延を重ねているとはいっても、ガミラス人が星から退去するまで待てば妨害を受けずに済むと、なぜ考えなかったのだろうか。
逃走先のバラン星を襲って使えなくしたことも含めて考えれば連中の真の狙いが見えてくる。
(やつらの真の狙いは目的は人的資源か)
デスラーは答えを導き出した。
イスカンダリウムとガミラシウムを欲しているのは事実だろうが、それ以上に欲しがっているのは人だ。
単なる労働力――にしてはあれほどの指揮官が後ろめたさを覚えるとは考えにくい。人のことをなんというが、連中とて侵略に来ているのだ。良心の呵責など抑えられるはず。少なくとも敵将の前では。
にも拘らずそれを表に出してしまったということは――。
……人体実験の材料。
ユリカのことを聞いて間がないためか、ついそんな考えが頭を過る。
いや、真相などどうでもいい。連中の要求には応じないのだから。
デスラーは頭を振って思考を切り替えた。
たしかに暗黒星団帝国の艦艇はガミラスのそれよりも優れた性能を持つようだ。だが、ヤマトほど絶対的な差があるというわけではない。バラン星での戦いが証明している。
奇襲という手段を取られて右往左往してしまったが、戦い方次第で対等以上に渡り合える。その程度の戦力差に過ぎない。
たった一艦で全戦力をぶつければ――という考えを自然に出させたヤマトとは、比べるべくもない。
油断だけはしないように気を引き締めながら、確実に対処していけば勝てぬ戦ではない。
「スターシア、申しわけないが彼らとは矛を交える以外、道はなさそうだ」
密かに事の顛末を見守っていたスターシアにそう告げた。
スターシアもメルダーズの言い様に同じ考えに至ったのだろう、静かに目を伏せながら、「デスラー総統、健闘を祈ります」と短く告げた。
争いを好まないスターシアと言えど、イスカンダルの資源が宇宙戦争に利用されるというのは理念に反している。また、いまイスカンダルが彼らに屈してしまえばヤマトにコスモリバースシステムを渡すことができなくなる。
――それは、どのような形であれ救いの手を差し伸べた地球はもちろん、スターシアにとって掛け替えのない友人を見捨てるに等しい。
それだけは絶対にできないだろう。
ユリカたちは――ヤマトはイスカンダルとスターシアを信じてここまで旅しているのだ。
だが抗おうにもイスカンダルにまともな軍事力はすでに存在しない。国民はすべて死に絶えた。人もいなければ兵器も残ってはいない。
だからガミラスが守ってやらねばならない。考えの違いから長らく袂をわけていたとはいえ、機嫌を同じとする隣人なのだから。
「心配は無用だ、スターシア。わがガミラスはそう簡単に屈したりはしない。イスカンダルも必ず守り抜いて見せる。それに――君が呼んだヤマトも間もなくやって来る」
デスラーはこの戦いがそう簡単には終わらないであろうと考えていた。おそらく数日に及ぶ激戦となるはずだ。
敵も味方も大規模であるし、互いに様子を伺いながらあの手この手を駆使した凌ぎ合いになることは必至。根負けしたほうが事実上の敗北となるであろうことは想像に難くない。
こちらにも切り札のデスラー砲があるとは言え、努々油断は禁物。これほどの規模の艦隊を率いる存在が、小物であるはずはない。
まだ確認ができていないだけで、移動要塞の類が背後に控えている可能性は十分に考えられれるのだ。
ガミラスはそういった兵器を運用していないが、過去にそれらを運用していた国家と相まみえたことがある。
彼らがそういった戦力を保有していない、この戦場に持ち込んでいないという確証が得られないのであれば、むしろあると考えて行動したほうが痛い目を見ないで済むのだ。
(もしも要塞の類を背後に控えさせているのならば、デスラー砲が最も有効なカウンターとなりえるだろうが……なんだ、この胸騒ぎは?)
デスラーはこの艦隊を初めて見たときから感じる胸騒ぎがまた強くなったのを感じた。
――やはりデスラー砲の使用はギリギリまで控えるべきだろう。万が一にも通用しなければ、ガミラス最強の力が通じなかったというショックで士気が致命的に下がってしまう可能性も無視できない。
それに、ガミラスが誇る超兵器はなにもデスラー砲だけではないのだ。
その威力、とくと味わってもらうとしようではないか。そしてとっとと尻尾を巻いて逃げ出して――二度とちょっかいを出さないことだ。
デスラーは踵を返すとデウスーラ・コアシップへと移乗。そのまま工廠内にて出撃準備を整えていた艦体とコアシップを接続し、自身の座乗艦であるデウスーラを起動、ガミラス星の軌道上へと上がった。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第二十四話 激戦! 封じられた波動砲!?
ヤマトがギリギリの賭けに勝利して、最大の脅威とみなしていたドリルミサイルを辛くも退けた頃。
こちらも命辛々発進を成功させた爆撃機と雷撃機部隊に、GファルコンDXとGファルコンGXが合流する。
「ふぅ〜……ヤマトのリフレクトディフェンサーがなけりゃ、発進できなかったぜ……」
愛機のコックピットでバーガーが冷や汗をかきながら呟く。
予想よりも激しい攻撃に一時は出撃も危ぶまれていたが、敵がヤマトに集中していたことが幸いした。見向きもされなかったことにプライドが傷つかないでもないが、ヤマトがおそるべき艦なのはバーガーもよく理解している。
敵も同じ様子だ。ドリルミサイルをあそこまで改造して運用したところから見ても、ヤマトの波動砲を相当恐れていることが伺える。
だからこそ確実にヤマトを潰しにかかったのだ。ヤマトさえ潰せば、ガミラスの艦艇など物の数ではないと言いたいのだろう。
――腹立たしい。こちらはそのヤマトを潰すために選抜されたメンバーだぞ。……フルキャストではないが。
傷ついたプライドの礼は、これからたっぷりとしてやる。
「舐めくさった報い、しっかりと受けてもらうぜ!」
バーガーは部下を率いて予定どおりGファルコンDXと合流する。
クロイツ率いるDMT-97隊はGファルコンGXの担当だ。
「頼むぜアキト! 調子に乗りまくったあいつらにガツンと一発決めてやろうぜ!」
「――そう言うおまえが調子に乗り過ぎて撃墜されるなよ、バーガー!」
アキトは左コンソールのキーを操作して、普段は使っていないボソンジャンプ関連のシステムのメニューを呼び出す。大規模なジャンプを実行するためには相応の準備がいる。
ガミラス機にはヤマトの艦内工場で生産したジャンプフィールド発生装置を取り付けてある。急造品だが、行き帰りのジャンプに対応するだけの性能は得られたので、攻撃に成功したら速やかにガンダムと合流して再ジャンプすれば安全に母艦に戻れる。
――ここが瞬間物質転送器との最大の相違だろう。
装置を稼働したら、あとはA級ジャンパーのアキトが行き先をナビゲートして、ガミラス機の装置をダブルエックスのジャンプシステムと連動してやれば、敵の眼前に限界まで爆装した爆撃機を送り込める。
それにイスカンダルからの情報提供によれば、ガミラス人とイスカンダル人はボソンジャンプに耐えられる遺伝子素養を持っていると聞いている。なにしろ彼らは古代火星人と自分たちが呼んでいた文明から分かたれた存在なのだ。遺伝子素養を持っていても不思議はない。
念のためヤマトで行った検査でも追認できている。それでも念には念をと機体バランスを損なわないように注意しながら増設したディストーションフィールド発生装置を最大出力で展開して保護を行っている。
万全だ。
(まさか、火星の後継者の戦法を真似る事になるとはな……)
思わず苦笑してしまう。
ボソンジャンプを使用しての奇襲作戦事態はアキトもヒサゴプランを始めとする破壊工作任務で多用しているが、部隊を率いて敵艦隊に急襲をかけるとなれば、火星の後継者がサクヤ攻防戦で統合軍の艦隊に対して実行した手段のほうが遥かに近い。
多少複雑な気分になりはしたが、すでに復讐を乗り越えたアキトにとって火星の後継者は『過去の存在』に過ぎない。
なにより同じ道を進みかけて堪えた進の『お父さん』代わりになってしまった以上、みっともない姿は見せられない。
「準備完了――ジャンプ……!」
アキトのナビゲートでバーガー率いるDMB-87隊が虹色の光と共に消失。わずかな時間を置いて敵艦隊の後方――機動部隊の直上に出現した。
「こっちもやるわよ……! ジャンプ……!」
艦隊防空戦で振り回されて軽く酔った様子のイネスが気力を振り絞ってジャンプを開始。
クロイツ率いるDMT-97隊を引き連れて、アキトらとは別の方向に出現して波状攻撃の構えだ。
敵空母は一〇隻。バラン星の戦いで見た八〇〇メートルにも達する巨大空母。その内五隻の担当は――。
「よし……サテライトキャノンを使うぞ」
静かな声でリョーコはGコントローラー後方のスイッチを震える指でスライドさせた。
使われた瞬間は何度も見てきた。だが今度は自分が引き金を引く。――緊張しないわけがない。
それにこのサテライトキャノンは形にこそなっているが急ごしらえの品。発砲できるのは一発限り、それで砲身がダメになって使い物にならなくなるとされている。
――仕損じたら、文字どおり二度目はないのだ。
右肩上に位置していたサテライトキャノンが展開していく。
まず最初にドッキングパーツが回転してGファルコンBパーツを左肩後方に移動させた。
続いて右肩後方に位置していたリフレクターが後ろに回転して、後ろ向きに開かれた。開ききったあとパネルが回転して内側の鏡面が前方に向き直る。
砲身が伸びて下からグリップが出現し、長大な砲身を肩に担ぐようにして構えた。
「エネルギー充填七〇パーセント……九〇パーセント……」
管制モニター上のX字のエネルギーメーターが、中心から先端に向かって赤く伸びていく。
敵の対空砲がこちらに指向するのを見て、背中に冷たい物が流れるのを感じた。
特にパイロットとして前線に出たことがないイネスは引き攣った表情で言葉も出ない様子。こればかりは仕方がない。
早く。早く――!
じりじりと伸びていたゲージが先端に届いて――メーターが青く点灯する。
照準は――よし!
「いっけえぇぇぇぇぇぇっ!!」
絶叫と共に引き金を引く。
サテライトキャノンの砲口からタキオンバースト流が猛烈な勢いで吐き出された。
それは波動砲はもちろんツインサテライトキャノンにも劣るとはいえ、絶対的な破壊力を持つエネルギーの奔流。
その直撃に見舞われた巨大空母五隻は真横から撃ち抜かれ、艦体中央部が消滅。さらに被弾個所を中心に塵と化すように崩壊してゆき――直後に大爆発を起こして完全に消滅した。
エックスのサテライトキャノンのビームの直径は推定一〇〇メートル程度。敵艦を丸ごと飲み込むような真似はできなかったのだが、それでも直撃すればこの威力……重ね重ね、小型機動兵器が持つべきではない火力だと痛感させられる。
想定よりも爆発の規模が大きくて焦ったが、妙な二次被害は出ていないようだ。
――安堵したのもつかの間、リョーコは初めて戦略砲を自らの手で――命を奪う目的で撃ったという重圧が圧し掛かってきたのを自覚した。
ヤマトやガミラスからすれば共通の敵――侵略者に過ぎないが、連中も生きているのだ。
そう思うと、単なる大量殺戮にしかならない大量破壊兵器の使用という選択が、どれほどの重みを持つのかが身に染みる。
殺すという本質において考えるなら、素手で殴り殺そうが差はないだろうが加減が利かない、あまりにも簡単に大勢を殺せてしまう大量破壊兵器というのはやはり別格なのだと、心底思い知らされた。
(古代もアキトも――いつもこんな思いをしながら波動砲の引き金を引いてたのか?)
強大な力を使うには、相応の責任が求められる。
そんな陳腐な表現が頭を過って気分が悪くなったが、まだ戦闘中だと自分に言い聞かせてステータスモニターをチェックする。
仕様どおり、エックスのエネルギーはほぼゼロだ。各所のエネルギーコンダクターが保持してくれた最低限のエネルギーしか残っていない。
だがこいつの消費エネルギー量はツインサテライトキャノンよりもずっと小さい。
エネルギーパックにはまだ半分以上のエネルギーが残り、Gファルコンも消耗していない。――十分戦闘可能だ。
ここに来るまでの戦闘で追加したミサイルや魚雷を使い尽くしてしまったのが心許ないが、内蔵されたマイクロミサイルはまだ半分程度残っているし、拡散グラビティブラストも問題なく使用できる。
ガンダムの冷却が完了してエンジンが通常稼働できるようになるまでの間、Gファルコンのエネルギーだけでやりくりしなければならないにしても、エネルギーパックのエネルギーを使えるいまなら十分に持たせられる。
リョーコはGファルコンの武装に加え、左手に握らせたシールドバスターライフルを迎撃機に向かって撃ちかけながら、鈍くなった機体を懸命に操って戦闘を継続。
Gファルコンのイネスの悲鳴が通信機から流れてくるが、無視。構ってられない。
被弾。右肩の装甲が少し抉れたが、支障はない。
反撃にビームを撃ち浴びせる。命中。煙の尾を引きながら雲海へと落ちていった。
必死の反撃を繰り返すエックスの元に、迎撃部隊を突破してきたDMF-3の部隊が合流した。迎撃機との戦闘を経たようで、数が少し減っていたがまだまだ健在の様子。
「さすがだな、ガンダム」
合流したゲットーから賛辞を受け取るが、リョーコは歯に詰まったような返事しかできない。
ゲットーもなんとなく察したのか、特に追求せずDMT-97隊と合流するまでの間、エックスの護衛を買って出てくれた。
彼らの機体にもジャンプシステムが外付けされていて、攻撃の成否に関わらず、無力化した攻撃部隊と共に一度帰艦する予定であった。
素晴らしい練度で編隊を組んで、性能低下を起こしているエックスのフォローを完璧にこなしてくれている。
さすがは対ヤマト部隊。すばらしい練度だ。
――こいつらと相対しなくて、よかった。
心底そう思った。もし戦っていたら、こちらの犠牲も甚大だったはずだ。
奇妙なめぐりあわせに感謝である。
サテライトキャノンの一撃であの巨大空母が纏めて五隻『消滅した』のを見て(ついでに余波で多少機体が煽られたので)肝を冷やしながら、バーガーは愛機を操り眼前の超大型空母目掛けて次々と爆弾やミサイルを叩き込んでいく。
バーガー率いるDMB-87隊は、戦闘空母の搭載能力の都合から普段の半分程度の物量で攻撃を敢行したにも関わらず、巨大空母を二隻も沈める戦果を挙げている。
だがバーガーはさして驚きを見せなかった。
なぜならいましがた連中に叩き込んだのは非常識なまでの防御性能を誇る『あの』ヤマトを打ち破るために用意された新型弾頭なのだ。
たしかに暗黒星団帝国の艦艇はガミラスの艦艇よりも全体的に性能が勝っている。だが戦い方やクルーの経験値で覆せる程度の差でしかない。
そういう意味では、経験値という点では劣っていてもクルーの能力がすこぶる高く、なにより『絶対的な数を確保してすり潰す以外の対処が通用しない』ヤマトのほうが数十倍も手強い。
下手に突っ込めば波動砲の餌食。
波動砲を封じても戦艦としての火力と防御力はドメラーズ級並かそれ以上で、武装が多彩で隙らしい隙がない。
そして最高速度はデストロイヤー級駆逐艦を上回りかねないときた。
おまけに搭載数こそ軽空母並みで展開性能が劣るとはいえ、多彩な戦術に対応できる非常識な人型に、ヤマト同様非常識な性能を持つガンダムがいまや四機。
――ここまでくると、よくあるヒーロー番組のラスボスだ、ラスボス! それも反則を疑うほど圧倒的な!
プロキシマ・ケンタウリ第一惑星で痛い目を見てから、バーガーたちはドメルの招集に応えてヤマトを攻略すべく様々な議論を交わし、戦術や装備を検討していた。
ヤマトと和解したことで本懐は遂げられなかったが、その準備のおかげでいまこうして戦えている。
巨大と言っても所詮は空母。戦艦に比べれば装甲も薄くて耐久力も劣っているというのは、万国共通の弱点というもの。
そうでなくても『あの』ヤマトより軟い時点で沈められないわけがない(辛辣)。
機体を旋回させて離脱に入ったバーガーの視界の片隅で、同じように腹に抱えた巨大な宇宙魚雷を敵艦に叩き込んで離脱するクロイツ率いるDMT-97隊の姿が見えた。
向こうも二隻沈めて意気揚々と帰っていく。
――一隻残っているがそれの相手は……。
「ちょっとばかし同情するぜ、暗黒星団帝国さん」
バーガーがちらりと様子見した瞬間、件の空母が無様に沈んでいく姿が目に入った。
「まあ、ダブルエックスに取りつかれたら終わりだよな」
そう、最後の一隻を担当したのはダブルエックスだ。
アキトはボソンアウトと同時に事前に打ち合わせたとおり、自身が担当する最も奥の空母に向かって全速で突き進んだ。
空母であるのに武装が外見から確認できる限り三連装の有砲身砲塔が四基だけと、対空戦闘をまるで意識していない構成だった。
直接戦闘に参加する艦種でもないだろうに、どうしたこのような武装構成を採用したのかはわからないが、対空迎撃がないのなら楽なものだ。
狙いはもちろん、大抵の兵器の弱点――機関部だ!
アキトは手始めにカーゴスペースから引っ張り出したハイパーバズーカ二挺を脇に抱えて全弾連射。撃ち切ったハイパーバズーカを遠慮なく放り投げ、続けてロケットランチャーガンを一発撃ち込むとマウントに戻す。
すぐに武器交換。
右手にビームジャベリン、左手にGハンマーを握りしめ、ビームジャベリンを力一杯投擲。空いた手にツインビームソードを握らせる。
左手を外に思いきり伸ばしたあとGハンマーのワイヤーを伸ばし、邪魔になる左リフレクターを下に倒して立て、左拡散グラビティブラストの砲身も上に向ける。
障害物をのけたのなら、鉄球を下から上に回転させて勢いをつける。
さんざん「使い辛い」とぼやいたせいか、ウリバタケはいろいろと改修を加えたらしく、この変形もその一環。
本体はワイヤーを最新の物に交換しつつ延長され、最長三〇メートルも伸びるようになった。ついでにフィールドの展開装置とスラスターの強化で威力を稼ぐ方向にシフトし、鉄球を軽量化している。
おかげでアルストロメリアでも(なんとか)使えるようになったらしい(誰も使いたがらなかったが)。
そのハンマーの勢いを殺さないように注意しながら、ハイパーバズーカとロケットランチャーガンとビームジャベリンが連続で命中して負荷の掛かった部分目掛けて、強化されたスラスターも足したハンマーを勢いよく叩きつけた。
――空気があったならさぞかし派手な轟音が鳴り響いたことだろう。
ワイヤーを通してビリビリと振動がダブルエックスの腕にも伝わってくる。当然のように、直撃した空母の装甲は大きく陥没して砕けている。
ディストーションフィールドとは若干異なる偏向フィールドを装備しているとはいえ、やはり質量攻撃に対して万全と言える防御力は得られないようだ。
(アイアンカッターだったらもっと威力が出たかもしれない)
アキトはすぐにワイヤーを巻き取って鉄球を回収すると、間髪入れずにアイアンカッターに切り替えたハンマーをもう一撃。深々と装甲に食い込んだ。
露出した内部構造目掛けて、ツインビームソードと持ち替えたロケットランチャーガン、続けて最大出力かつ収束モードの拡散グラビティブラストを左右交互に四発づつ連射。破損部からあっという間に爆炎が噴き出し始めた。
すぐに離脱。左手の武器をDX専用バスターライフルに持ち替え、さらに破損部に向かって駄目押しの一〇連射をお見舞いする。
情け容赦ない暴力に屈した巨大空母は、巨大な炎を吹き上げ、内側から爆発して吹き飛んだ。
その巨大な爆発を尻目に離脱したアキトは、事前にドメルから渡されていたデータを参考に瞬間物質転送器搭載艦艇を速やかに探し出す。
――見つけた!
最大戦速で突き進むGファルコンDXに、直掩の戦闘機がビームの雨を降らせてくるが最小限の回避行動で突き進む。
フィールドで防ぎきれなかったビーム弾が装甲に当たるが単発では貫通されない。
サテライトキャノンの砲身が破損し、装甲の何ヵ所か欠ける損害を出しながら突き進んだGファルコンDXは、本体の撃沈は強行せず瞬間物質転送器のみに狙いを絞って再装填したロケットランチャーガンとバスターライフル、拡散グラビティブラストを発射する。
装置は一対で成立すると聞かされている。
つまり、片方だけでも破壊すればもう連中は瞬間物質転送器に頼ることができなくなる。
アキトの決死の攻撃の前に右舷の瞬間物質転送器が火を噴き、粉砕される。
――任務完了!
すぐに反転。DMB-87隊とDMT-97隊に合流。さらに先行偵察とGファルコンGXの護衛を請け負ってくれたDMF-3隊に合流、ジャンプ装置の稼働を確認。
アキトとイネスの共同ナビゲートでヤマトと戦闘空母の元に帰還した。
「今回は俺たちのほうが上手だったぞ」
アキトは静かにこの攻防の勝利を宣言するのであった。
「ダブルエックスから入電。我、急襲に成功セリ!」
エリナの報告にコスモタイガー隊が沸いた。
「さっすがリョーコにアキト君! これでこっちも少しは楽になるかな」
拡散グラビティブラストで弾幕を張りつつヒカルが喜びの声を上げる。
「ふっ―――――」
イズミがなにかしら喋ったようだが爆発の振動に遮られて聞こえなかった。
――まあ、どうせいつものギャグだろうから気にしないでいいだろう。
しかし――。
そろそろ戦闘継続がキツイな。ヒカルはステータスモニターを見て眉を顰める。
相転移エンジン搭載のGファルコンと言えど、単位時間当たりのエネルギー生成量には限りがある。絶え間ない攻撃への対処で機体のエネルギー残量がだいぶ心もとなくなってきた。
それに武装も連続使用が祟ってオーバーヒート寸前、これ以上の戦闘はかなり厳しいと言わざるをえない。
――対照的にエアマスターとレオパルドの二機はまだ少し余裕がある様子。
くそぅ、ガンダムって奴はどこまで高性能なんだ!
ちょっぴりムカつく。
レオパルドはミサイルをはじめとした実弾はすべて使い切っているが、極力節約しながら武器をローテーションして使ったらしく、多少出力が低下しているがビーム兵器やグラビティブラストはまだまだ使える様子。
エアマスターも同じようなもので、ミサイルは撃ち尽くしたが常に合体したままではなくときおり分離しては人型のノーマルモードに変形し、徒手空拳で敵機に格闘戦を挑んでエネルギーを節約していた。
ガンダムで最も装甲が薄いとはいえ、それでも使用されている素材がヤマトと同じとなれば頑強さに定評がある。コックピットやら構造的脆弱性を持つであろう部位を選んでやれば、そうそう当たり負けはしないということだが射撃戦主体の高機動機でそれをやる技量は月臣ならではだろうと感心するやら呆れるやら。
ミサイルライフルこそ喪失しているようだが、ほかの武装はまだ健在。いまも元気に敵機を追いかけまわしている。
「月臣少佐、当然まだいけますよね?」
「無論だ。おまえこそこの程度でへばっちゃいないだろうな?」
軽口を交わす余裕もあるとか……。
おや、ガミラスの航空部隊を引き連れたダブルエックスとエックスの二機がボソンジャンプで帰ってきたか。
「きっついのお見舞いしてきたぜ! もう増援も来ないだろうから、ヤマトに群がるハエ共を残さず叩き落すぞ!」
「了解隊長! でもGXは回復するまで時間かかるから下がっててね」
リョーコがまるで自分を奮い立たせるように威勢を振りまくが、即座にアキトに諫められる。
――どっちが隊長だ。
「けっ! 仕方ねえ、月臣にアキト! 連中を自慢のスピードで撹乱してやれ! 母艦がやられて連中も浮足立ってるぜ!」
「了解!」
月臣もアキトも快く応じている。
たしかにヤマトの攻撃部隊も思わぬ本隊の被害に動揺してか、動きが精細さを欠いている。
これなら一気に叩ける!
収納形態に変形したGファルコンDXとGファルコンバーストの二機が、猛スピードで戦場を駆け回る。
標的は敵爆撃機。これ以上艦隊に被害を出される前に叩き潰す。
GファルコンDXは機首のビームマシンガンを撃ちかけながら要所要所で拡散グラビティブラストの散弾を撃ちかけている。
相手のサイズが大きいのでビームマシンガンだけでは致命傷を与えられないが、散弾とはいえグラビティブラストの火力なら問題ない。ビームマシンガンで追い立ててからグラビティブラストに繋げる、その繰り返しで三機仕留めた。
戦闘機が追いすがってきたなら、急減速からの展開形態への変形を実行し、右手の専用バスターライフルを撃ちかけて反撃。
ビームの応酬を繰り返し、互いに避けては当てるを繰り返す攻防になったが、戦闘機程度のビームであれば防げるダブルエックスのほうが優位であった。
攻撃はフィールドと自慢の装甲で耐え、急接近した敵機には咄嗟に専用バスターライフルに取り付けたビームナイフを出力して切り裂く。銃剣の利点はこの即応性だろう。
致命傷には至らなくても損傷で動きが鈍った機体を、コスモタイガー隊のアルストロメリアが的確に攻撃して撃ち落としてくれる。
もう弾薬もエネルギーも残り少ないだろうに、ここまで共に戦ってきた仲間たちは阿吽の呼吸で合わせてくれる。
これまでの航海で培ってきた連携があって初めて実現できる戦いであった。
Gファルコンバーストも、ビームマシンガンの代わりに両腕にマウントしたバスターライフルを連射して敵機を煽り、ときに撃墜しながら拡散グラビティブラストの散弾やノーズビームキャノンの大型ビーム弾を撃ち込んで爆撃機や戦闘機を次々と撃墜していく。
その優れた機動力と運動性能で敵の攻撃を的確に回避。
ここまでの戦闘で機体もパイロットも消耗しているためすべてを避け切ることはできず、戦闘機のビームを何発も被弾して装甲に傷がつく。
だが、かすり傷如きでは止まっていられないとばかりに攻撃を続ける。
三機の戦闘機に後ろに着かれたなら、分離して二手に分かれて敵の目を迷わす。その隙に速やかに変形して両手のバスターライフルを撃ち込んで手傷を負わせる。
合体メカであり、分離した機体の制御も可能という特徴を利用した分離戦術も駆使し、群がる敵機と互角の死闘を繰り広げた。
そんなエアマスターが撃ち漏らした敵機は、レオパルドの砲火に晒されて消える。
まだ残されたエネルギー火器――両腕のツインビームシリンダーや右肩のビームキャノン、Gファルコンの拡散グラビティブラストを使用できるレオパルドの火力は、ダブルエックスを凌いでいる。
結局回復を待たずにできる限りの応戦を続けるエックスをフォローしながら弾薬を吐き出して、ヤマトの周囲から敵機を退けている。
増援が断てなかったさきほどまではこの火力をもってしてもなかなか数を減らせなかったがいまは違う。
このまま戦い続ければ、最後に勝利を掴むのはコスモタイガー隊だ。
母艦たるヤマトも、ローテーションで撃ち出すパルスブラストの弾幕は辛うじて健在。その弾幕に飲まれて消える敵機の数は、決して少なくはない。
予期せぬ本隊への大打撃に転送戦術の瓦解による混乱に見舞われた航空部隊が、勢いを得たヤマト・ガミラス艦隊に完全に駆逐されたのは、それから間もなくのことであった。
「……ん?」
真田はエックスから送られてきた敵艦隊へのサテライトキャノンの効果を見て、わずかに首を傾げた。
おかしい、想定よりも破壊の規模が大きいような気がする……。
だがかなり接近しての砲撃であったし、敵艦もかつてない規模の空母だから爆発が大きくても無理はないのだが……。
どうにも気になる。
「どうかしたんですか? 真田さん」
ハリが真田の様子を訝しんで声をかけてくる。
「――いや、ちょっとな。気にしないでくれ、俺の勘違いだろう」
データの解析をしている時間はない。まずは連中を退ける。そのあとにルリの手も借りて徹底的にデータを解析すれば答えがわかるはずだ。
それまでは、余計な不安を煽らないほうがいいだろう。
敵航空部隊を退けたとは言っても戦闘そのものが終わったわけではない。
直接戦闘に参加せず雲海に身を潜めている第一空母は無傷だが、それ以外の艦艇はいずれも傷を負っている。
特に深刻な被害を受けているのはヤマトの両脇に控えている指揮戦艦級の二隻で、艦中央部を中心に黒煙や炎を吹き上げていて、見るも痛々しい姿となっている。
「ドメル司令。指揮戦艦級二隻を下げましょう。これ以上戦闘に参加させるのは危険です」
進の進言にドメルも頷くほど、状態が悪い。
辛うじて戦闘能力を維持しているとはいえ、これ以上戦わせても精々盾にするのが精一杯。
だがヤマトも戦闘空母も十分な戦闘能力を維持できている。彼らを捨て駒にする必要性は薄い。
ドメルはすぐに両脇に控える指揮戦艦級二隻に後退して応急修理するように指示を出していた。
……これでこちらの戦力は戦闘空母とヤマトだけだ。
DMF-3隊もコスモタイガー隊も損耗激しく、これ以上の戦闘は危険。
ガンダムはまだやれそうではあるが、これ以上無理をさせると応急修理程度では本土防衛戦に参加できなくなる可能性がある。
弾薬を使い果たしたDMB-87隊とDMT-97隊も同様だ。戦闘空母は戦艦としての機能を備えた影響でどうしても補給作業にかかる時間が専門の空母に比べて長くなる傾向がある。
――波動砲の威力を警戒してか、巨大な円盤型の戦艦タイプと見られる艦を旗艦とした、計九〇隻の敵艦が至近距離にワープアウトしてきた。もう再出撃は間に合わない。
DMF-3隊を収容するために一時合流した第一空母は、着艦作業を終了したあと再びヤマトから離れて身を隠す。
これからの砲撃戦に空母は邪魔なだけ。
今後の戦いを左右するのは艦自身の大火力と重装甲――つまり、ガミラスが最も得意とし、ヤマトの能力を最も活かせる戦い――砲撃戦だ。
ヤマトの人型やガミラスの艦載機隊に思わぬ被害を受けたデーダーではあったが、ドリルミサイルを退けたはずのヤマトが一向にタキオン波動収束砲を撃つ構えを見せないのを見て勝負に出た。
(ヤマトがいかなる理由で撃たないのかは知らぬが、撃たないというのであれば撃ちたくても撃てないよう、接近して砲撃戦に持ち込んでくれるわ!)
予想もしていなかった反撃にすっかり冷静さを欠いてしまったデーダーだが、そこは数々の戦いを潜り抜けてきた軍人。いざというときの思いきりは失われていなかった。
バラン星での観測データから、タキオン波動収束砲の発射には相応の時間がかかることがわかっている。
エネルギーが少々厳しいが、小ワープで一気に接近して砲撃戦に持ち込めばまだ勝機はあった。
ヤマトもあの武装空母も、この旗艦プレアデスの前では赤子も同然。
それに――接近さえすれば、万が一プレアデスが敗れたとしても道連れにできる確信が、デーダーにはあった。
「ECM最大稼働! 少しでもいい、敵の目を眩ませるのだ!」
「主砲、副砲射撃用意! パルスブラストも対艦攻撃に備え!」
守の指示でヤマトの主砲と副砲、パルスブラストが旋回を始める。
敵艦はヤマトの前方、左右から真っ直ぐに突っ込んでくる形になっている。
対するヤマトは第一主砲が右、第二主砲が左の最も遠い敵に指向。副砲は最も距離の近い敵機を狙うべく艦首軸線方向の敵艦に向けられた。
両舷のパルスブラストは第一副砲脇の四基のみが前方方向に向けられ、使用可能な残りのパルスブラストも可能な限り艦首方向に指向して備える。
敵も必死なのか、ECMの影響でレーダーの感度が著しく低下してしまっている。が、この距離なら光学機器の測距儀でも十分だ。
ドリルミサイルの影響で壊れたのは艦橋測距儀だけ。こいつは専ら波動砲専門だから大きな影響はない。
「艦首ミサイル、両舷側ミサイル発射用意――ルリさん、オモイカネ、頼むぞ」
「お任せください。オモイカネもいいですね?」
ゴートが信濃に移動しているので、守はルリの助けも借りて各ミサイル発射管の発射準備を進めた。
幸いにも対艦ミサイルの雨はナデシコユニット搭載のミサイルを中心に煙突ミサイルを足す形で行われたので、艦首と塞がれて使えなかった舷側ミサイルは消耗していない。
ECMの影響下なので精度は多少落ちるが、ルリとオモイカネの最強タッグが手を組めば幾分補えるはず。
戦闘指揮席のモニターに、主砲と副砲がそれぞれの目標を捉えたことを示すロックオンマーカーが現れ、各砲から射撃準備を終えた報告が飛び込んでくる。
ミサイルも準備はできた。主砲や副砲に比べれば数に限りがあるのでここは温存しておく。
「撃ち方始めっ!!」
左右に向けられたヤマトの主砲と正面を向いた副砲から計九本の重力衝撃波が放たれた。
先制攻撃はヤマトが取った。
ヤマトの右舷一〇〇〇メートルの位置にいる戦闘空母もわずかに遅れて艦首の砲戦甲板と艦橋の前に装備された主砲から重力波を何本も射る。
ヤマトからの砲撃が着弾する頃になって、暗黒星団帝国の艦艇からも大量のビーム砲が撃ちかけられてきた。が、ヤマトのショックカノンはもちろん、戦闘空母のグラビティブラストに干渉されて狙いが逸れる。
強力な暗黒星団帝国のビーム兵器ではあるが、グラビティブラストによる干渉までは防げない。
火線が交わる場所では一方的に捻じ曲げられ、打ち消され、ヤマトと戦闘空母に届いた砲火はわずかだった。
一方ヤマトからの砲撃は有効打を取れた。レーダー妨害の影響で多少狙いが甘く、第一主砲が狙いを多少逸れ、敵艦の端を吹き飛ばすのに留まったのに対し第二主砲は命中、巡洋艦と思われる艦艇を以前のようにあっさりと射抜いて撃沈した。
副砲も多少狙いがそれて致命打には至らなかったが、ダメージは与えられた様子。
戦闘空母の砲はヤマトのように一撃必殺を望めなかったが、ヤマト以上の投射量を活かして矢継ぎ早に砲撃を撃ちかけて補い、同時に弾幕を形成して敵のビームを防ぐ防御の役割も果たしていた。
ありがたいことだ。
あとは互いに砲撃を繰り返して誤差を修正して、有効打を増やしていくのみ。
数で圧倒する暗黒星団帝国と、砲撃の相性で勝るヤマトと戦闘空母の戦いは、互いに一進一退を繰り返す膠着状態に突入していった。
「ぬぅ……重力波砲の干渉か……! 敵ながら厄介な性質だ……!」
ECMの効果もあって、プレアデス以外には致命的なヤマトの主砲の命中率を下げれたまではよかったのだが、あの武装空母が干渉目当てで撃ちまくっているせいでこちらの命中弾も減ってしまってまったく有効打を与えられず、膠着状態に陥ってしまった。
対してヤマトと武装空母は逸らされることなく直撃弾を出してくる。
失念していたわけではない。むしろ理解していたからこそ接近戦という手段を選んだ側面もある。
だが敵がそれを利用すべく目暗撃ちするとまでは考えが及んでいなかった。――少々、いやだいぶ冷静さを欠いてしまっているようだ。
――タキオン波動収束砲を意識し過ぎて、ヤマト自身の戦闘能力を過小評価してしまっていたのかもしれない……。
実際敵の性能・練度共にデーダーの予想を遥かに上回っていた。
やはりここで仕留めなければ……!
「全艦、偏向フィールドを最大出力で展開しつつ接近を続けろ! もっと接近しなければ通用せん! 恐れるな! わが帝国の未来を左右するこの戦、負けるわけにはいかんのだ!」
死なば諸共。最初から生きて帰れなくてもいいと覚悟のうえでここに来た。
ヤマトは野放しにしておくにはあまりにも危険な存在。ここで確実に沈めてわが帝国がイスカンダルとガミラスを抑えてしまえば――あの脅威極まりないタキオン波動収束砲をこの宇宙から抹消することもできるだろう。
――無論、接近してヤマトを――波動エンジン搭載艦を至近距離で撃沈するのはこちらにとってもハイリスクだが、そうも言っていられない。
それはこの艦隊の全員が理解しているリスクだ。みな承知の上で作戦に従事しているが、人間及び腰になるときはなってしまうもの。
だからこそ、尻込みさせないためにデーダーが鼓舞してやらなければならない。
――万が一勝利の果てに生き残ることができたのなら、この戦いの死者すべてを手厚く弔ってやろう。
デーダーは固く心に誓い、自らを鼓舞するべく叫んだ。
「確実にここで仕留めるぞ! メルダーズ司令の元に行かせてはならん!!」