デスラーとの通信を終えたヤマト・ガミラス艦隊は、装甲外板の応急修理を終えただけの状態でサンザー恒星系から約八光年ほど離れたライネック星系へとワープアウトしていた。
被害甚大ではあったが、一隻も脱落せずに困難を乗り越えられたことは大変喜ばしくある。が、同時にガミラスとイスカンダルが現在直面している危機を解決するためには、些か被害が大きいという認識があった。
なので艦隊はバランを発つ際、戦闘があった場合の損害回復のための手段として事前に話を通していたライネック星系にあるガミラスの自動兵器工場に向かっていた。
ドメルによればそこは大規模な太陽光発電を利用したスペースコロニークラスの規模がある大型施設で、旧式化しているいまでも活用されているらしい。
ライネック星系はサンザー恒星系の隣にある恒星系の一つで、向かいにあるアルミナート星系と違ってコスモナイトを始めとする宇宙船の建造に適した鉱物資源が特に豊富であることから、その採掘と加工を効率的に行うために大規模な工場施設などをまとめて配置している恒星系だと聞く。
進はドメルが提供してくれたデータを閲覧しながら今後のプランを検討していた。
「この工場はつい最近まで、移民船団の用意のためにフル稼働していました。資材のほとんどはそちらで使ってしまいましたが、まだいくらか残っています。ヤマトと戦闘空母を回復させるには十分な量です」
とドメルは断言している。
移民船団の製造は既に一段していて、ヤマト・ガミラス艦隊が入港するのに不都合はないらしい。
ここでガミラス本土防衛戦のための準備を整えなければならないが……許されている時間は短い。
はたしてどの程度まで損害を回復できるのか、ここからは工廠スタッフと工作班の腕次第だが、後者に関しては先の戦闘からの復旧作業で疲弊している。工廠のスタッフが頼みの綱か……。
一抹の不安を抱えたまま、ヤマト・ガミラス艦隊は自動兵器工場へと入港するのであった。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第二十五話 ヤマトの戦い! 驚異の暗黒星団帝国!!
メルダーズは考えていた。
ガミラスとヤマト、双方を同時に相手取るのはできれば避けたい。
ヤマトは波動エネルギーを利用したミサイルを実用化していると報告がある。
和解したらしいガミラスにそのデータが渡っているかどうかは定かではないが、データがあっても工業規格の違いを考慮すれば、バラン星攻撃からわずか三日の現時点で用意できているとは考え難い。
つまり、ガミラスの波動エネルギー転用兵器は艦隊旗艦が装備している大砲のみと判断していいだろう。推測は多分に含むが間違いはないだろう。
つまり自動惑星ゴルバにとって最も警戒すべき存在はヤマトということになる。
波動エネルギーを転用したミサイルに加えタキオン波動収束砲。性質の異なる兵器を二つも備えているなど、実に厄介だ。
たしかにゴルバの偏向フィールドの出力と強度ならばタキオン波動収束砲とて受け流せる自信はある。
だがヤマトの装備は最大で五連射が確認されている。内一発はそれまでの倍の出力での砲撃だった。
とすれば四連射したときと同出力で最大六連射。その六連射分を一度に放出可能と考えるのが妥当だろうか。
ゴルバの偏向フィールドであっても連続した六発分のエネルギーを受け流せる確証はない。同一被弾ヵ所への集中射撃は防壁を撃ち抜くのに十分な力をはじき出してしまうかもしれない。
それにゴルバとて弱点は存在する。そこを的確に突くのに――六連射は最適であろう。
だが――。
ヤマトとガミラスがエネルギーの過剰融合反応を認知しているのなら、使用を自粛する可能性は極めて高いだろう。
ゴルバほどの大物にタキオン波動収束砲を撃ち込んだとしたら、相当大規模なエネルギー融合反応を生み出し、星の一つや二つあっさりと吹き飛ばす大爆発を生み出すのは目に見えている。
だが万が一にも連中がこの反応について把握しておらず、最終手段としてタキオン波動収束砲を行使した場合――最悪の事態を引き起こすだろう。
(帝国の未来のためにもガミラスとイスカンダルは無傷で手に入れなければならない……)
帝国の支配者――聖総統の命令は絶対だ。
メルダーズも国に、聖総統に忠誠を誓った身の上。その期待には応えねばならない。
なにか活用できるものはないかと、ガミラスとヤマトに関する資料を洗いざらい見直していると、ふと思いついたことがあった。
帝国としてはどちらに転んでも取り立てて支障なく、上手くいけばヤマトとガミラスの共闘を阻止することができるアイデアだ。
地球とガミラスの結束が予想を上回っていたら失敗するだろうが、なにもせず手をこまねいているよりは遥かにマシだろう。
「メルダーズ司令。七色星団に配した偵察艦から、ヤマトとガミラス艦を確認したとの報告があります」
「……わかった」
念のため、デーダーが戦を仕掛けた場所から最も近い脱出地点付近に偵察艦を置いておいたのは正しかったようだ。
それにしてもデーダーを破るとは……侮りがたい艦だ。たった一艦でガミラス相手取って大立ち回りを演じただけのことはある。
やはり、思いついたアイデアを試すべきだろう。
そう考えたメルダーズは、早速行動を開始した。
ヤマト・ガミラス艦隊は指定されたドックエリアにその身を滑り込ませ、ガントリーロックで艦体を固定して整備と補給作業を受けていた。
事前に発注していたおかげで作業は円滑に進んでいる。
ミサイルなどの消耗品は出し惜しみできないためほぼ使いつくしてしまっている。この消耗品の補給は最も重要だ。今後の戦いにも大きく影響する。
しかしヤマトの場合、ガミラスと工業規格が異なるため自動兵器工場では対応できない。なので使い易いように加工された資材を受け取って艦内工場をフル稼働で対応するという手間をかけなければならなかったが、一から作業するよりもいくぶん時短にはなっていた。
当然ガミラス艦に比べてコンディションの回復が遅れるので、回収したナデシコユニットを再改造して穴埋めも図ることになった。
ドリルミサイルで貫通された大穴を塞いで、破損したフィールドジェネレーターの交換やミサイルの補填を行って次の戦いに備える。
ユリカの発案でさらなる改修を行っているが、はたして極めて限られた時間しかないこの状況下で完成にこぎ着けられるかどうか……完成しなかったらユニットを置いてヤマトだけで行くしかないだろう。最悪あとから輸送してもらうしかないが、そこまで戦闘が長引くのは好ましいとは言えない。
短期決戦を図るためにも、この場で万全の準備を整えて発進したい。
ヤマトの隣のドックに入渠した戦闘空母も各部の応急修理が急ピッチで進められ、艦載機用の弾薬や消耗品の搬入も随時行われ機能を急速に回復させていく。
そうやって物資の積み込みと修理作業も含めて、八時間ほどの滞在を予定していた。
心休まる滞在時間とは言い難く、修理や搬入作業に携わらないクルーもそれぞれの部署の立て直し、そしてなによりこれからの戦いに備えた作戦会議に余念がなかった。
中央作戦室。
そこで目を覚ましたユリカを交え、信濃から救出されたあと入院した大介とゴートを除いたメインスタッフによる作戦会議が行われていた。
「――以上の解析結果から、暗黒星団帝国が実用化している動力エネルギーと波動エネルギーが起こす過剰反応は、使用した波動エネルギーの数十倍以上という凄まじいレベルであり、実際波動砲の一・二五パーセントの波動エネルギーを封入された波動エネルギー弾道弾四発で波動砲に匹敵するエネルギー反応を生み出しています。また、ボソンジャンプ戦法に同行したガミラス機とダブルエックスの観測データを入念に解析した結果、サテライトキャノンでも反応が確認され、約二割程度の威力向上が見られています」
真田は床の高精度スクリーンに映し出した解析データを指示棒で示しながら、言葉を続けた。
――七色星団での死闘を制したあと、もはや先入観云々を考えて秘匿しているのは致命傷ではないかと考えたヤマト自身が開示したことで、かつてヤマトが戦った暗黒星団帝国の情報が得られている。
――とはいえ、ヤマトの判断は間違ってはいなかった。
厳密にいえばそれはデータではなく『証言』であったからだ。
なにしろ具体的な数値などについては「わかりません」の一言で切って捨てられたので、言葉からくる印象だけで慎重になり過ぎて、却って戦局を悪化させていた可能性すら指摘されたほどだ。
特にヤマトの声を聴くことができないドメルにとっては、丁寧に説明したところで到底信じ難い出所不明の情報になりやすいため、ヤマトが下手に入れ知恵しなかったのは寧ろ正解であったと言えよう。
いまもヤマトの証言は無視して得られた情報のみで推論を重ねているのはそのためだ。
「……損傷の影響とは言え、モード・ゲキガンフレアを使えなかったのが幸運だったと言えますね。万が一突撃した瞬間にこんな反応を引き起こされては、下手をするとヤマトを守る波動エネルギーの膜が、そのままヤマトを破壊していたかもしれません」
険しい表情でルリはあのときモード・ゲキガンフレアが使えなかったことを安堵し、真田も「幸運としか言いようがない」と肯定する。
「……対して、同じ巨大空母に向かって使用されたハイパーバズーカとロケットランチャーガンのタキオン粒子弾頭では、目立った反応が見られていません。封入されているタキオン粒子は微々たるものなので、反応を検出できなかったとしても無理はありません。意識してデータを集めていたわけではありませんでしたし……」
ユリカの車椅子係兼ダブルエックスパイロットとして会議に参加しているアキトは、
「あくまで俺個人の体感ですけど、ガミラス艦に対して攻撃したときと違いは感じませんでした。タキオンバースト流まで加工しなければ、過剰反応せずに済むって可能性もありませんか?」
と自分なりの意見を口にしている。
真田とイネスは「断言はできないが、可能性はある」と回答した。
「――とりあえず言えることは、サテライトキャノンと波動エネルギー由来の武器全般に反応するってことか。――具体的な線引きがわからないと、これからの戦いがやり辛いな……。安全を期すなら、タキオン粒子を転用した武装は極力封印したほうが確実って考えたかたがいいのか?」
コスモタイガー隊隊長兼エックスのパイロットとしてリョーコが問うと、
「いまのところはそう考えてもらっていいわ。あらゆる面で情報不足だから、こちらとしても推論を立てづらくってね……」
とはイネスの弁だ。
不幸中の幸いだったのは、タキオン粒子の兵器転用も最小限で済んでいたことだろうか。
ヤマトの過去のデータであった『波動カートリッジ弾』や『波動爆雷』は、主砲の改装や艦内構造の改訂の影響で設置場所を設けられなかったことでオミットされてしまっていたのだが、この場合は幸運であったと言えよう。
「情報収集を考えるのなら、ミサイルの弾頭にタキオン粒子を封入して実験するのが第一なのだが、これからの激戦の中で正確な情報を収集するのは難しいと言わざるをえない」
「それに、動力エネルギーだけに反応を示しているのか、それともそれ以外にも反応を起こしているのかすらまったくわかっていないしね――。もしも仮に、彼らの宇宙船を構成するすべての要素が大なり小なり関わっているとするのなら、迂闊な行動は私たち自身の首を絞めることに繋がるわ。撃破した残骸を回収するなりして、然るべき場所で研究しない限り、迂闊なことはできない。サテライトキャノンは普段以上に慎重に、波動砲の使用は厳禁。その認識を共有して徹底しなければならないわね」
真田とイネス、ヤマトでも特に博識で知恵袋として活躍している二人の意見が一致しているというのであれば、それがとりあえずの正解と考えても間違いはないだろうと、全員が納得してくれた様子だ。
「――暗黒星団帝国がこの情報についてどの程度重きを置いているか、というのも思案しなければならないでしょう。これからさき、本星を襲撃している艦隊を退けることができたとしても自国の兵器に対して特別威力を発揮する兵器を保有しているガミラスと地球に対し、本格的な戦争を仕掛けてくる可能性は否定できない」
ドメルの疑念は、この現象を発見したときから考えていた難題であった。
「もちろんデスラー総統のことです。地球への賠償の一環として軍事同盟を締結することは間違いないと私は考えています。そうなれば、ガミラスの艦隊を太陽系に駐屯させて防衛網を構築することになるでしょうが、しかし――」
ドメルが言葉を続けようとした矢先、第一艦橋でエリナに代わって通信席についていた交代要員から、ガミラスを介して暗黒星団帝国からのメッセージが届いたと報告が入った。
ユリカも進も、すぐにメッセージを中央作戦室に送るように指示した。
「地球の宇宙戦艦――ヤマトよ。私は暗黒星団帝国マゼラン方面軍司令長官、メルダーズだ」
メルダーズと名乗る人物からのメッセージの出だしはこうだった。
「まずは貴艦のこれまでの戦いぶり、お見事であったと称賛させてもらおう。しかし、これ以上わが軍の邪魔建てをすることは許さん――そこで提案させてもらう。ヤマトよ、大人しくガミラスとイスカンダルから手を引け、今後一切関わるな。貴艦らの目的がイスカンダルにあることはこちらも承知している。これ以上われわれの邪魔をしないというのであれば、貴艦らのイスカンダルでの要件を果たすことは認めよう。またわれわれがイスカンダルに求めているのはイスカンダリウムだけだ。唯一残されたスターシアを貴艦らがどうしようと、干渉するつもりはない。無論ヤマトからは一切の手を引き、地球を侵略の対象から外すよう私から上層部に掛け合うことも確約しよう。しかし、これ以上邪魔建てするというのであれば――」
メルダーズはそこで言葉を一度区切ってから、力強く言い切った。
「貴艦らをここで撃沈する。仮にこの戦いを制したとしても、地球に対してわが暗黒星団帝国が報復することは避けられないと知れ。貴艦らにとっては侵略行為にしか見えずとも、この戦いはわが帝国の未来を左右する重要な案件。それを阻むということは、わが帝国に弓引くも同じ行為だ。――その覚悟があるのなら、向かって来るがいい。賢明な判断を期待しているぞ、ヤマト」
メッセージの内容は以上だった。
その内容にドメルはしてやられたという顔になる。
「――やられた……いままでは相手から一方的に攻撃を受けていただけだった。それならば自衛という形で交戦を正当化できたが、こう言われてしまっては迂闊に戦えない。――やはりバラン星の戦いでヤマトが助けに入ったことを、ガミラスに恩を売って地球に対する侵略を止める様に訴えたと解釈したのだな……。しかも波動砲の威力からガミラスが直面しているカスケードブラックホール災害への対抗策に使えると見抜き、ヤマトとガミラスの間で交渉があったと推測されたか……賢い連中だ。こちらの事情をここまで見抜くとは……!」
言葉も荒くドメルが憤っている。
……覚悟していたことだ。
真田は初めて波動砲を撃ったときから、いや波動砲を搭載したときからこうなることを予期していた。
あくまで自衛と言い切れるような形だからこそ、ヤマトは暗黒星団帝国の軍勢に対して一切遠慮することなく戦ってきた。
だがどのような形であれ『交渉』という手段を取られてしまっては、ヤマトの独断で戦うことは――できない。
そんなことをすれば、地球の新しい脅威を自ら招いてしまうことになる。
「――なかなか痛いところを突かれましたね。ヤマトが単独で行動している以上、ガミラスとの交渉含め地球政府の了承を得たわけではないと判断してもおかしくありません。――ヤマトが引かなければ言葉どおり公然と地球を攻撃し、ヤマトが地球大事に手を引いたとしてもガミラスを手中に収めたあとなら、結局説得できなかったとでも言えば大手を振って地球を攻撃できる。所詮は現場責任者の口約束。いくらでも反故できますしね。どちらにせよ潜在的な脅威である地球も見過ごすつもりはないとしても、こういう手段を取られてしまうと身動きし辛いのが実情ね……」
ユリカは顎に手を当てながら敵の目的を推測して口に出す。
「それだけヤマトを――波動砲を恐れているということでもあります。連中がガミラスも同型のデスラー砲を開発に成功し、デウスーラに搭載している事まで掴んでいるかは定かではありません。が、もし察しているというのならヤマトとデウスーラが同じ戦場に出現することを快くは思わないでしょうね。連中にとっても猛毒となるのは、おそらくタキオンバースト波動流――波動砲の直撃に相違ないでしょうし……」
進もまた、自身の推測を口にする。
「バラン星での使用で連射式であることも、普段は分割して発射しているエネルギーを一度に撃てることも敵に知れているだろうことを考えれば、この上なくわかり易い脅威として認知されても、不思議はないしな……」
守も続く。
「……デスラー総統の指摘どおり、連中が機動要塞の類を戦線に投入するとなれば波動砲の有無は大きな意味を持つ。エネルギーの融合反応による過剰破壊の可能性を除外したとしても、その手の要塞に対して波動砲は極めて有効な装備だ。あの巨大戦艦を例に考え、波動砲すらも無力化できるほどの防壁を持っていたとしても、連射や数発分の威力の砲撃で突破される可能性くらいは考えているだろう」
真田も苦々しい表情で語る。
「そこにその全容が知れないデウスーラ。デウスーラに搭載されていることを推測しているのなら、この二隻が揃うことは絶対に避けたいはず。ヤマトには波動エネルギー弾道弾があることも知れている、と考えるのが自然だろうし。こちらがエネルギー融合反応を知らない可能性を考慮して、二重の意味で要塞に向けて波動砲を使われたくないと考えた結果が今回の手段というのなら、敵も必死だよ」
ジュンも腕を組んで唸る。
「地球がこの有様では、私たちだけの判断では到底戦えません。いまの地球に――侵略者を迎え撃つ余力なんてありません。時間断層の存在を加味した防衛艦隊の再整備計画だって、どう考えても数ヵ月以上かかります。ガミラスとの軍事同盟が実現するとしても、私たちはデスラー総統を信じることができますが、地球政府がそうである保証はまったくありません。ガミラスに防衛力を全面的に依存しなければならないことを鑑みても、とてもヤマトの独断では――」
ルリも顔を険しくする。
正直『交渉』にすらなっていない一方的な通達であるこちに違いはなくても、こういった言い方をされるだけでこうも容易く動きを封じされれてしまう。
――政治とは、本当に厄介な代物だった。
「――これも、波動砲の呪いなのかもしれませんね」
中央作戦室のコンソールパネルを操作しながらハリが零した言葉を、全員が神妙な顔で受け取る。
波動砲の呪い。
神にも悪魔にもなれると形容しても違和感を感じない、強大過ぎる波動砲の力。
その力ゆえに意図せぬ災いを呼び寄せてしまうことがあるということを、かつてないほどに痛感させられた瞬間だ。
「地球が暗黒星団帝国と戦争をしない方針を取ればガミラスとは縁を切らなければならなくなる。でも彼らが約束を当然のように反故した場合、ガミラスの助力を得られない壊滅寸前の地球では――コスモリバースを積んで波動砲という最終兵器を失ったヤマトでは、到底勝ち目がありません。地球としても、叶うのであればガミラスの援助が欲しい。そうしないと自力で身を守る術を得ることすらできない。……仮にヤマトが助太刀せずにガミラスが彼らを退けたとしても、ガミラスと関わること自体が問題となってしまったいまとなっては、ガミラス、そしてイスカンダルと一蓮托生で共に立ち向かうか、わが身大事に見捨てて彼らが約束を守ることを縮こまって願いながら地球の再興に尽力するか……艦長、僕は嫌です。理不尽な暴力に屈するのは」
ハリはパネルに落としていた顔を上げて、ユリカに言い切った。
その顔に影はなかった。毅然とした表情でもう一度。
「僕は嫌です。理不尽な暴力に屈して、せっかく和解できたガミラスを見捨てるなんてふざけた真似は。僕は――そんなことを――人間の風上にも置けない選択をするくらいなら、最後の最後まで悪足掻きする道を選びたい。この呪いに立ち向かいたいです!」
意外な人物からの徹底抗戦宣言に、虚を突かれた空気が流れた。
真田も驚かされた。まさか誰よりも波動砲を恐れていたハリが、ここまでの決意を抱いていたとは。
「――ハーリー君に後れを取るとはね……。ユリカ、俺も同感だ。連中に大義名分を与えることになるのは癪だし、ここで戦えば地球はまた長きに渡る戦乱に晒される危険性も高い――でも理不尽な暴力に屈して言いなりになるのはゴメンだ。俺は、最後の最後まで立ち向かう選択をしたい」
アキトもしっかりと自分の意見を口にしている。
……きっと火星の後継者の事件のことを思い出しているのだろう。
「アキト君……! そうね、そうよね。暴力を笠に着て他人を言いなりにしようとする連中なんて、気に入らないわよね」
意外とエリナも乗り気だった。
だが真田も同じ気持ちだ。
「私も同じ気持ちです。連中の科学力がいかに優れていようと、それを血を流すことに使おうとする輩に屈するのは、主義に反します」
「――僕も戦う道を選ぶ。もちろん地球に連絡して判断を仰ぐ必要はある。筋は通さないといけないし、僕たちは所詮軍人だからね……。けど、地球が渋るようだったら命令違反覚悟の上で戦う道を選ぶ。ヤマトだもの。きっとそういった前科もあるんだろ?」
ジュンもほかの面々も、口々に戦う道を選ぶと告げた。
「艦長。艦長代理として、俺も戦うべきであると進言します。言いたいことはもうみんなに言われていますが、まだ言われていないことがある――それは俺たちがヤマトの戦士であるということです」
進は膝をつき、車椅子に座るユリカと視線を真っ直ぐ合わせて告げた。
「『もう答えは決まっていると思います』が、俺たちはそれを曲げるべきではないと考えます。――それが俺たちに、ヤマトに込められた真の願いだと思います」
ユリカは進の頭を両手で『ワシっ』と掴むと、倍力機構付きのインナースーツの助けも借りて抱き寄せて「進えらい! よく言った!」と頭をナデナデする最大級の愛情表現を披露。
真田含めたクルー一同、「またか」と呆れかえる。
ドメル、ついっと視線を逸らして咳払い。
雪、わかっていても嫉妬を隠せず頬を膨らませる。
「それでこそヤマトの艦長代理よ! たしかにいろいろと大事になりそうだけど、それでも私たちはぜぇったいに屈服なんてしない! 最後の最後まで悪あがきしよう!」
と騒いでいたところにデスラーから通信が入った。
――タイミングが悪いなぁ。
真田は額を右手で抑えて呻く。
咄嗟に繋いでしまってエリナが「あっ」と口に手を当てて自らの失敗を悟ったらしいが、時すでに遅し。
「ヤマトの諸君、そろそろ動揺も――」
「収まったのではないか」と続くはずだった言葉は飲み込まれ、デスラーも一つ咳払いをして顔を背けた。
「――これは失礼をした」
こんな状況でも謝罪の言葉が先に出るあたり、彼は本当に紳士である。
そんなデスラーの行いにさすがに恥じらいが勝り、赤面したユリカと進が無駄に咳払いしたり身なりを正したりしてデスラーに向き直る。
微妙な空気が流れていた。
「いえいえいえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでしたデスラー総統。どうぞ、お続けになってください」
ユリカに促されて気勢を削がれたデスラーが改めて要件を告げる。
彼も立ち直りが早い。さすが一国の主。
「ヤマトの諸君、そろそろ連中からの通達のショックから立ち直っていると思って連絡させて頂いた。申し訳ない、敵が一枚上手だった……。しかし安心して欲しい。ヤマトの手を借りずとも必ずや暗黒星団帝国の魔の手を振り払い、地球に対して賠償をすると確約しよう。だからいましばらくの間、ヤマトはそこで身を隠していて欲しい。……地球をこれ以上の苦境に追い込むわけにはいかない。それにヤマトはカスケードブラックホールを退ける最後の切り札。無用な傷を負い、万が一にも失敗してしまうことがあれば、三つの星の明日に関わる一大事。どうか、この場においては――」
ヤマトの立場を慮ったデスラーの言葉に、本当にガミラスとの和解がなったのだと感慨深く思う。
感激した様子のユリカは、それでもしっかりと自分の意見を告げていた。
「総統。お気持ちはとてもありがたいのですが、友の危機に立ち上がらぬわけにはいきません。それに波動砲を警戒してヤマトに戦いを挑んだ前歴がある以上、脅しに屈してもいずれ地球は彼らの標的になる懸念は付いて回ります。これは地球にとってもガミラスとの共闘による同盟確立を後押しする十分な理由となります。……それにこれは、波動砲を使ってしまった私たちの責任です。ガミラスだけに押し付けるわけにはいきません」
ユリカの強い口調に多少困惑しながらも、デスラーは「それでは君たちの立場が――」と気にしてくれた。
だからユリカは一つ、この状況においてしなければならない筋を通すためデスラーの力を借りたいと申し出るのであった。
ヤマトからガミラスの回線を使った超長距離通信で事の次第を告げられた地球連合政府は、またしても理不尽に襲い掛かってきた新たな困難に頭を抱えていた。
「――以前の報告と合わせて聞く限り、少なくともわれわれの視点から見ればヤマトの行動に非があるとは言い難い。ミスマル艦長も古代艦長代理も、よくやってくれた」
連合政府の大統領が疲れを滲ませた顔で労いの言葉を投げかける。
しかし、その心中は複雑だ。
ユリカが残したガミラスとの戦いを終わらせるプラン――彼なりにいろいろと部下の意見も交えて検討した結果、悪いプランではないと考えていた。
もしも本当にガミラスと和解して終われるのなら、仮に賠償が支払われないにしても、報復という最も恐れていた事態が回避できる。
賠償があるというのであれば、荒廃してしまった地球の再興はもちろん、ヤマトとイスカンダルから得られた技術を活用した新しい防衛艦隊を構築して、地球の守りを万全にするまでの時間を短縮したり、穴だらけの防衛網をガミラスに肩代わりしてもらえる利点がある。
外宇宙に関して無知な地球の政府の現状を考えれば、ガミラスと同盟を組めるというのは地球にとってはメリットしかないだろう。
――被害者という立場ゆえに生じる、感情論を除外すればの話だが。
「波動砲――木星での運用データやカスケードブラックホール破壊作業についてはもちろん……コスモリバースシステムのことを聞かされたときからとんでもない代物だと嫌というほど思い知らされていたが……。まさか新たな脅威すら呼び込んでしまうとは……スターシア陛下が提供を渋られるのもわかる。強大過ぎる力は、どれほど『正しい』形で使ったとしても必ず災いの種になるのだと、改めて教えられた思いだよ……」
「……大統領閣下。この度の戦争責任、すべてわがガミラスにある。この危機を乗り越え、ヤマトによるカスケードブラックホール破壊作業が終了次第、コスモリバースシステムとなったヤマトを責任をもって地球に送り届けることを、ガミラスの総統デスラーの名に懸けて誓う。そしてヤマトの帰還に大使を同行させ、その場で改めて地球と交渉の場を持ちたいと考えている。無論、最大限の便宜を図ることも確約しよう」
……正直ガミラスがここまで下出に出てくるとは思ってもみなかった。
これが演技なら大したものだと思うが、長らく政界に身を置いてきた彼は直感的に嘘は言っていないと判断する。
とはいえ無条件に信じることもできはしないが。
「デスラー総統。この戦争が終わるのであれば、われら地球一同、これ以上の喜びはありません。ましてやガミラスの手を借りられるというのであればなおのこと異を唱えたりなどしません。――国民感情の手前、過去の怨恨を水に流そうとは安易に言えませんが、これ以上血を流すくらいなら、われわれは手を取り合う道を選びたい……」
正直な気持ちを吐露する。
苦境に追い込まれるにつれ、ガミラスへの敵意と恨みは募っていったのは事実だが、同時に拭いようのない『疲れ』も蓄積されていった。
それに彼は政治家だ。
感情に身を任せて暴走するよりも、いかにして国益を得るかを優先しなければならない立場にある。
「詳細はヤマトの帰還後に詰めるとしましても、ヤマトが――いえ、『地球が』この危機を乗り越えるのに力を貸すのであれば、ガミラスは地球にも手を差し伸べてくれますか?」
「無論だ。ヤマトは恩人イスカンダルを救うことはもちろん、敵国であったわがガミラスも救うと断言している。私は――わが大ガミラス帝国は、受けた恩を仇で返すような真似は決してしない。その恩に報いるまでは、決して」
大統領の問いに即答しながらも、彼は釘を刺すことは忘れなかった。
デスラーにとって真に恩人たり得るのはヤマトであり、未だ全貌を把握していない地球政府では断じてない。
もしも調子に乗ってガミラスに必要以上の無理強いを強いたり、戦いに勝ったつもりで支配者を気取るのであれば――その時は、手を切るだけだ。
ヤマトへの恩を果たしきったあとで。
彼は言外にそう告げてきた。
こちらとしても異存はない。勝者を気取るには地球の状況が悪過ぎる。
「……では、その言葉を信じることにしましょう」
大統領はデスラーの意図を理解した上でそう返答すると、この通信に同席している統合軍司令と宇宙軍司令のコウイチロウを始めとする軍・政府高官達と視線で話し合い、決断した。
「ミスマル艦長、古代艦長代理」
「はい」
大統領の呼びかけに背筋を伸ばして応えるユリカと進。
大統領は厳かに命じた。
「地球連合政府大統領として命じる。ガミラスと協力して暗黒星団帝国の軍勢を退けるのだ。ここで要求に従ったとしても、地球の安全を確保できる保証はない。また、一方的な要求に屈するようでは今後の地球の外交にも大きな影響を残すことになるだろう。――われらは決して理不尽な暴力に屈しないということを、われらが希望――宇宙戦艦ヤマトの力を持って示すのだ! 必ずや勝利をつかみ取り、無事の帰還を祈る」
「――了解しました! 宇宙戦艦ヤマト、ガミラスと協力して暗黒星団帝国の軍勢を退け、カスケードブラックホール破壊作業を必ずや完遂し、コスモリバースシステムを受領して地球に帰還します!」
敬礼するユリカと進に答礼。通信を終了した。
――その場から誰も立ち去らない。静かに言葉が交わされる。
「これでよかったのでしょうか? ガミラスもどこまで信用できることか……」
「たしかに。コスモリバースシステムを起動したあとでは肝心のヤマトも……」
多くの者が口々に不安の声を訴える。
当然だろう。あまりにも――あまりにも背負うべきモノが大き過ぎる。
地球はかつてないほどに大きなモノを背負わされようとしているのだ。
「――しかし、背負っていくしかないでしょう」
ミスマル・コウイチロウ宇宙軍司令が静かに口を開いた。
いまのいままで最低限の事務的な発言してこなかった彼が、ついに言葉を発した。
「たとえ暗黒星団帝国が出現せずとも、ヤマトがその危機を切り抜けるために波動砲の使用を決断せざるを得ないというのであれば遠からず問題になっていたことです」
いまさら言われずとも、ヤマトが太陽系を出てこちらの管理下を外れたときに明かされた情報から予測されていた結末だと、彼は言う。
もしも出航前からあの情報を共有したいたのなら――地球はどのような判断を下したのだろうか。
波動砲の搭載を見送らせただろうか。
それともイスカンダルを疑うだけで出航そのものをなかったことにしただろうか。
仮説はいくらでも建てられる。
「それにヤマトのデータベースによれば、『地球は数度に渡って地球外文明から侵略戦争を仕掛けられている』ことが伺えます。……データの破損により詳細な情報こそわかりませんが、われわれが将来同じような戦乱の歴史を歩まないという保証はありません。たしかにガミラスは加害者であり、私とて無条件に信じられると言えば嘘になる。しかしもし本当に手を取り合っていけるのであれば、それは今後地球が遭遇するかもしれない戦乱において、心強い味方となってくれることは疑いようがないでしょう」
「……」
結局のところ、今回のヤマトの決断を容認した最大の理由がそれだった。
ヤマトが抱えていたデータには、詳細が不明になっているとはいえ複数の国家によりわずか四年の間に五度もの侵略行為、戦争の余波による重大な被害を被っていたことが記されている。
「たしかに――ガミラスのほうが話し合ってくれる気になってくれただけ、はるかにマシですな。ここは一つ、ヤマトの『証言』というものを信じてみるとしますか。――戦艦の証言というのがイマイチ……いや、平時であればまず間違いなく信用を置けない事柄なのですがね」
この会談に参加していた将官の一人が苦笑交じりに言うと、みなも覚悟を決めた様子だった。
その証言とは、ヤマトに宿る意思の言葉をユリカが文章という形で書き出して今回の通信にちょっとした暗号文として送り付けたものだ。
ヤマトが最初に戦った相手がガミラス帝国であったこと。
死闘の末にガミラスを滅ぼして地球を救ったこと。
その後現れた侵略者に与してヤマトへの復讐を果たさんと挑んできたが、ヤマトと自分が同じ目的をもって戦っていたことから来る共感と敬意によって奇妙な友情を結び、敵対関係を解消したこと。
その後彼の与り知らぬところで再建されたガミラスの軍勢と矛を交えたことはあっても、彼が事実を知って以降はヤマトに対してはもちろん地球に対して友好的で、援助を惜しまなかったこと。
……そしてなによりも、不運な事故で自国が壊滅してしまったにも拘らず、ヤマト最後の任務を邪魔せんと立ちはだかった敵艦隊を急襲してヤマトの危機を救い、アクエリアスがもたらす水害から地球を救う手助けをしてくれた。
世界は違えどガミラスはガミラス。
今度もよき関係を築ければ、同じように助けてくれるかもしれない。
切なる願いであった。
地球との通信であと腐れなくガミラスとの共同戦線を取れるようになったヤマトではあるが、だからと言ってすぐにガミラスとイスカンダル近海にワープするということはなかった。
デスラーもドメルもユリカも進も、「ヤマトが屈した見せかけたほうが隙を見せるかもしれない」と考えたからである。
なのでユリカはデスラーに向かって「ガミラスではすぐに用意するのが難しい秘密兵器を万全の状態で投入してみせます!」と大見えを切ってデスラーを驚かせつつ、戦況を見守りつつヤマトと同行する戦闘空母と第一空母の修理と補給作業を続けさせていた。
ガミラスを介したヤマトへの恫喝から三時間が過ぎた頃になって、とうとう暗黒星団帝国の第二陣が出現した。
ガミラスの本土防衛艦隊と再び向き合う形となったのだが――。
「デスラー総統! 敵艦隊の背後に巨大な機動要塞と目される物体を捕捉しました!」
「――メインパネルに出せ」
オペレーターの報告にデスラーは落ち着ていて対応する。
ここで狼狽えていては指導者として失格だ。自分は最後の最後まで胸を張り、威厳を示さなければならない。
「光学モニターの最大望遠の映像です」
メインパネルに映し出されたその物体は、敵艦隊の最奥に鎮座していた。
形状は円筒に近い楕円球状の胴体の上に、球上の『頭部(ご丁寧に角のような装飾まである)』がくっ付いた、ガミラスと同じくどこか有機的な意匠の垣間見える、黒に近い濃緑色の要塞だった。
「大きさは縦の長さが推定三〇〇〇メートル、横幅が一八〇〇メートル。外見からは装備の全容は見えませんが、胴体部分には確認できるだけで四つの巨大なハッチが存在しており、発進口または兵装の類ではないかと推測されます。また周囲を偏向フィールドで覆っていることが観測データから確認されています。現時点では偏向フィールドの強度は不明です」
「予想はしていたが、まさかこのような要塞を動員してくるとは……敵ながら大したものだ」
賞賛を口にしながらもデスラーの顔は険しい。
――この戦場でも少数その存在を確認している巨大戦艦……ヤマトの重力衝撃波砲すら受け付けぬ防御力を持った艦艇。
あの戦艦の性能を鑑みれば、あの要塞の偏向フィールドの性能が生半可なものではないことが容易に予想できてしまう。もしかすると本当に波動砲クラスのエネルギー砲ですら防ぐ性能があるやもしれん。
まだ戦闘状態にはないであろう要塞の解析を試みたところで、その最大強度を把握することはできないにしてもあの巨体と観測されるエネルギー反応を考えれば、通常火器では歯が立たないことは間違いないだろう。
――さて、どのような手段でその防御を突破すればいい。
「……新反射衛星砲の準備はどうなっている?」
デスラーは敵艦隊に対する切り札として準備を進めさせていた、反射衛星砲の稼働状況を尋ねた。
惑星防衛用の新兵器として冥王星基地にテスト配備されていた反射衛星砲ではあるが、対ヤマト戦においてその問題点を改めて露呈する結果となった。
隠蔽を考えて海中に沈めたまではよかった。威力の減衰は想定内であったし、あのヤマト相手にあれほどの威力を発揮できたのだから、今後も採用する価値のある隠し場所だろう。
問題は反射衛星の存在を知られると思いのほか脆いという点だ。
反射衛星砲は多数の反射衛星を中継することで目標までの射線を確保する。これによって砲の死角をなくした兵器だが、砲撃の屈曲に欠かせない反射衛星を任意で移動させることができず、発見されたあとはその動作で砲撃のタイミングと射角を知られてしまうことが露呈した。
開発段階でその可能性は予期されていたが、反射衛星砲の自体が地球への移住開始からしばらくは、移民船団の護衛、艦隊を運用するために必要な各種施設の準備などの理由から艦隊の運用が不完全になるであろう時期を凌ぐために用意された装備だ。
アイデア自体は以前から存在し、いくつかの試作品を経たうえで完成された品ではあったが、詰めの甘い点があることは認めなければならない。
そういう意味ではヤマトは実にいいデータを残してくれたと言えよう。運用上の問題のほとんどは、あの戦いから洗い出せたのだから。
おかげで本来は反射衛星によって生み出されたテリトリーの内側に標的を閉じ込めた状態でこそ最大の威力を発揮するそれに、こうして艦隊戦で運用可能な性能を付け焼刃ではあるが与えることができた。
そう、『付け焼刃』だが。伐根的な解決を施したものを開発・製造するには、さすがに時間が足りなかった。
「はっ。反射衛星砲搭載艦は全艦出撃を完了しております。改良型反射衛星も所定の位置に移動完了しました」
改良点は主に二つ。
艦載化による砲自体の運用性向上と、反射衛星に機動力の追加である。
艦載による出力低下を避けるため、機関出力がデウスーラを除けばガミラス最高のドメラーズ級戦艦に増幅装置と合わせて搭載し、それが計八隻。冥王星を除いた太陽系の惑星に配備するために準備されていた砲を、そのまま転用している。
反射衛星はヤマトがカイパーベルト以降たびたび見せていたアステロイド・リング戦法を模倣する形で移動能力を得た。
これは反射衛星本来の機能を活かし、ヤマトが次元断層で見せつけた反射機能によるカウンター戦術も模倣する目的も含まれている。
――伊達に最強の敵と見込んだヤマトの研究を重ねてきたわけではない。
ヤマトがガミラスの技術や戦術を取り込んで自身を強化したように、こちらもまたヤマトの戦術と発想を取り込んで強化を果たしている。
急ごしらえゆえ衛星の制御プログラムに関して言えば、ヤマトのアステロイド・リング戦法に劣っているのが難点であったのだが、さきほどの通信の際、こちらの防衛戦略をヤマトにしか通用しないであろう過去の戦いを隠語として話したところ、チーフオペレーターと名乗ったホシノ・ルリから、
「……三〇分頂けませんか? 冥王星での戦いは私たちにとっても刺激的でしたので、『独自に手を加えた逸品』があります。時間を頂ければ、ガミラスの防衛戦略を強化することができるでしょう」
と自信に満ち溢れた不敵な面構えと共に宣言された。
そして宣言どおり、きっかり三〇分後にはそのままインストールして使える『ガミラスのコンピューター言語で構築された制御プログラム』が暗号データで届けられてしまった。
冥王星に配備していた反射衛星砲の制御プログラムを完全に解析してしまったばかりか、独自に発展させてしまうとは……誠に恐れ入った。彼女は正真正銘の天才だ。
そして確信した。
彼女はヤマト登場以前からガミラスに対して幾度も電子戦で食らいついてきた三叉の艦首を持つ白亜の戦艦――そのチーフオペレーターその人だったのだろうと。
そしてヤマト乗艦以降もガミラスの技術――それもコンピューター関連を必死になって解析して、万が一ガミラス本星での決戦が余儀なくされた場合はその成果をもってガミラスを電子戦にて無力化することすら視野に入れていたのだろう。
――ヤマトがいままであのクラッキング戦法を披露してこなかったのは、この事実を隠蔽するため。
その隠蔽に一役買っていたのが――トランジッション波動砲だ。
改めて、ヤマトの強かさを痛感させられた瞬間である。
本当に、和解できてよかったと心底思わされた。
仮にクラッキングによる無力化とトランジッション波動砲の連携攻撃を凌げたとしても、ガミラスが被る被害は当初の想定を遥かに上回っていたであろう。
それは考えうる限り、最強の組み合わせだ。
「よし。前衛艦隊が交戦を開始すると同時に、新反射衛星砲も砲撃開始せよ」
「はっ!」
デスラーの命に従って、艦隊最後尾に位置するドメラーズ級がエネルギーチャージを始める。
しばらく艦隊はじりじりと距離を測りながら睨み合う。
双方、有効射程に大きな差はない。
じりじりと距離が詰まる。本当に少しづつ、少しでも優位なポジショニングを得ようとするかのように。
…………。
……。
――やがて前衛艦隊同士が交戦距離に突入、砲火を交え始めた。
波動エネルギーの過剰反応に対するなんらかの回答を得られたのだろう、敵艦隊は積極的に前進、グラビティブラストによる干渉による打撃力の低下を補おうとしている。
打撃力が増すのはこちらも同じと言えば同じなのだが、その分損耗率も増えていく。
艦隊が消耗すればするほど、背後に控えている要塞への火力が足りなくなる。消耗を抑えつつ戦いたいところだ。
「新反射衛星砲、砲撃開始! 反射衛星のカウンタープログラムも起動しろ!」
デスラーの命令はすぐに部隊すべてに伝達され、猛反撃を開始する。
後方に控えていた反射衛星砲搭載ドメラーズ級は、その大出力を活かして冥王星基地の砲よりも早い間隔で強力なエネルギービームを放射する。
そのエネルギービームは艦隊の外側、一見明後日の方向に向けて撃ったとしか思えない軌道で飛び去った、と見せかけて艦隊の外周や内側に配備された反射衛星が数度に渡って屈曲、標的となった敵艦に突き刺さる。
ヤマトのディストーションフィールドと装甲の組み合わせをほぼ一撃で撃ち抜いた砲撃。それ以下の防御力しか持たない艦艇が耐えられるはずもない。
あっさりと射抜かれて宇宙の塵と消えた。
艦隊運動と密に連携を取った反射衛星のコントロールは見事の一言に尽きる。
不意な回避行動の余裕を持たせた砲撃コントロールではあるが、反射されるエネルギービームの軌道は艦隊の影を上手く利用して絶妙に隠され、敵の回避行動の遅れを招く。
後方の搭載艦に攻撃を届かせるためには前衛艦隊を突破しなければならないので、そう簡単には砲撃を止めることもできない。
砲撃反射のため艦隊の内側入り込んだ反射衛星はカウンター戦法にも使われる。ヤマトが次元断層で見せた、あの戦術。
反射衛星を最前線にまでは移動させていないが、こういった大規模戦には付きものの『流れ弾』を反射、撃ち返すことでこちらの手数を疑似的に増やすことができる。
反射衛星はその流れ弾に反応して巧みな制御で撃ち返し、敵艦に損害を与えていく。
暗黒星団帝国がこの手品に気づいたかどうかは定かではないが、想定外の攻撃に足並みにがわずかに乱れた。
付け入るならいまだ。
速やかに前線支援のために航空戦力を投入。敵も同じ目的で繰り出していたであろう航空戦力が入り乱れる大空中戦も勃発。
ガミラス・イスカンダル星域は近代では最も激しいであろう戦いの喧騒を響かせる。
一つ、また一つと閃光がきらめくたびに、多くの命が散っていく。
美しくも残酷な、戦場という名の喧騒を。
その頃ヤマトと戦闘空母と第一空母は予定よりも六時間以上滞在を延長して、ようやく予定していた整備作業を終えて自動兵器工場を発進した。
「ふむふむ。ガミラス艦隊と暗黒星団帝国艦隊はそこまで派手に混戦してないみたいだね。航空戦力は……入り乱れても無理ないか。でも、そっちはガンダムを投入すれば支援できそうだね」
決戦だから、という理由で雪を介助に引き連れて艦長職に復帰したユリカは、メインパネルに移された戦況を一瞥しながら頷く。
「ええ、この様子なら想定どおりの打撃を与えられそうですね。問題は、急増品だけに予定どおりの効果を発揮できるかどうか……か」
ユリカの艦長復帰に伴い戦闘指揮席に追いやられた進が『新装備』のステータスモニターを何度もチェックしながら不安を口にする。
「心配するな進。真田が手掛けたんだ、急造品だろうと一発だけなら問題なく機能するに決まっている」
負傷したゴートに代わって砲術補佐席に着いた守は、年長者として進に声をかけている。
その言葉には長年の親友に対する絶対的な信頼が含まれていた。
――しかし『新装備』の制作に協力したはずのウリバタケの存在は奇麗さっぱり抜け落ちているようす。
だがそのことを指摘する人物は……残念ながら第一艦橋にはいなかった。
それはもちろん、日頃の行いの結果であろう。
「ワープ準備、すべて完了! 一五分後に暗黒星団帝国艦隊左側面、三五〇〇キロの地点にワープアウト予定!」
やはり大介の代わりに操舵席に着いたハリが粛々とワープ準備を進める。
最初は体格や体力的な問題も加味して進が操舵席に着くことも検討されたのだが……。
「僕にやらせてください。島さんの代わりはきちんと務めてみせます」
と強く訴えたので、七色星団から引き続きハリが操舵を担当することとなった。
ガミラスとの戦いが始まって一年と三ヵ月。
……苦難の繰り返しの中で、少年は立派な大人へと成長し続けていたのだと、改めて示してくれた。
――その後ろでハリの成長を喜んで薄っすら涙ぐんでいるルリについては――触ると怖そうという理由で誰も触れなかったという。
それから一五分後。ヤマトは戦闘空母と第一空母の二隻と一旦離れ、単独でサンザー恒星系に向けてのワープを実行した。
ワープに必要な座標データは提供されているし、八光年程度の距離なら曳航の必要はない。
ワープ直後に波動砲でも使うというのなら節約のために曳航してもらうところなのだが、今作戦の要となる必殺兵器を搭載しているのは独立した動力を搭載したナデシコユニット、ヤマトの消耗はほとんど関係ないのだ。
青白い閃光と共に、最も警戒されていた宇宙戦艦ヤマトが艦隊の左側面三五〇〇キロという至近距離に出現した。
惑星上での戦闘ならいざ知らず、宇宙空間での戦い――それも恒星間航行を容易く実現する艦艇での戦闘では至近距離と言って差し支えない距離。
ヤマトがそんな至近距離に出現すると、ガミラスの前衛艦隊は追撃を避けるための牽制射撃を行いながら全速力で後方へと下がっていく。
その動きに不穏なものを感じた暗黒星団帝国であったが、突如として出現したヤマトにも警戒を払わなければならず、追撃が一歩遅れる。
……それが致命傷だった。
「……さあ、ナデシコの遺産の出番よ!」
ユリカの指示でナデシコユニットの先端が外側に移動するように開き、中から急造の発射装置が顔を覗かせた。
急増のためこの一発限りで壊れてしまう切り札。それで眼前の大艦隊に致命打を与えなければ、この戦いを早期に終わらせることはできないだろう。
「エネルギー充填一二〇パーセント。目標空間座標、固定完了。影響圏内に友軍の姿はありません」
制御を担当するルリの報告に、ユリカはすぐに命じた。
ここで仕損じるわけにはいかない! いまこの瞬間こそが最良のタイミング!
「相転移砲! てえぇぇぇーーっ!!」
ユリカの命令に従って、進が発射装置の引き金を引く。
ナデシコユニットの先端から放たれたエネルギービームが、暗黒星団帝国の艦隊中央に向かって並んでに飛び込んで、目標空間にて交差。
その瞬間、急激にホログラムシールのような輝きを持った空間が連鎖的に広がり、暗黒星団帝国の艦隊を文字どおり『消滅』に導いていく。
――そう、これこそがガミラスとの戦いにおいて地球をギリギリのところで踏み止まらせた禁忌の力にして、ナデシコから受け継がれた最後の遺産――相転移砲の威力だった。
その光景を見てデスラーは感服の声をもらす。
「最初に聞かされたときは本当に驚いたが、決まりさえすればその威力は波動砲にも引けを取らない決戦兵器。盲点だった。旧世代の兵器と侮っていたが、それはわれらが対処法を熟知していたからこそ言えたことであったと、改めて教えられたよ、ミスマル艦長」