相転移砲。
それは相転移エンジン内部で起こっている相転移現象を意図的に外部で引き起こす、相転移エンジンの攻勢利用手段の一つだ。
相転移エンジンとはインフレーション理論をベースに考案された『真空をより低位な真空に相転移して差分となるエネルギーを取り出す半永久機関』。本来は炉心内部で安全に制御された状態で相転移現象を起こし、生み出されたエネルギーを活用することで自然界に存在している最上位のエネルギー反応――核融合反応をも上回る大出力を得ることに成功した機関だ。
相転移砲とはそれを外部で引き起こすことで攻撃に転ずるというシンプルな発想によって実用化された兵器である。
しかし肝心の相転移現象は自然には発生しえない。人為的に起こす必要がある現象であるため要件は案外難しく、隙が大きい。
たしかに起爆さえしてしまえば、瞬間物質移送器やボソンジャンプを利用した転送戦術同様、『指定された空間内部に無差別に超高エネルギーが出現する攻撃』になるため、空間転移そのものを防げる次元間障壁を張るか、ボソンジャンプなりワープなりで範囲外に即座に逃げ出しでもしないかぎりは、三次元空間に存在するいかなる障壁であっても(ディストーションフィールドであっても)無視して対象を消滅に導く超兵器。
物理的な障壁である装甲など欠片も役に立たず、このような負荷に耐えられる物質はこの宇宙に存在しないだろう。
一見すれば波動砲にも匹敵する強力な武装であるのだが――致命的な弱点として、発射から起爆までの間に無視できないタイムラグが存在する、起爆させるための手順が複雑で妨害しやすいというものがある。
特にエネルギーを投射して目標ポイントで起爆させる瞬間が最も妨害しやすい。
これは照準された空間にエネルギーを集約(地球側の装置の場合はエネルギービームの交差)できなければ起爆できないという原理上の弱点のせいだ。
この性質を理解していれば、投射されたエネルギーが起爆地点に到着する前にかき消す、もしくは着弾地点でエネルギーの集約を不完全するという妨害策があっさりと思いついてしまう。
実行するには相応の技術力が必要になるが、純粋な力技で押し込んでくる波動砲に比べれば対処しやすい。
実際ガミラスでは、各艦艇に標準装備されているワープシステムの一部である空間歪曲装置を使用して相転移砲の起爆地点の空間を歪曲することでエネルギーの集約を乱し、起爆を防いでいた。
――そう、恒星間航行を行える艦艇なら原理は多少違えど備えているワープシステム――これが最大の弱点となっているのだ。
加えて相転移砲が大量破壊兵器であり、使う場合最大の効果が得られるように使うのが常であると認識していれば、その狙いを予測することは容易い。
搭載艦艇さえ見抜いてしまえば、その動向を観察するだけでも防御の難易度はかなり低下するのだ。
波動砲同様エンジンをフル稼働させて同期、エネルギーを撃ち出すというプロセスもまた、発見を容易にしてくれる。
デスラーが、ガミラスが相転移砲を波動砲に比べて軽んじていたのは、一度存在が露見してしまえば簡単に対処できるほど脆い存在という認識があったからだ。
またもう一つの弱点である『有効射程の短さ』がさらに扱いを軽んじさせた。
地球で使用された相転移砲は発掘したエンジンをそのまま利用した未成熟なシステムであったことに由来している部分があったにせよ、最大射程はガミラスのデストロイヤー艦が搭載するグラビティブラストと同程度という短さであった。
座標固定や起爆用のエネルギービームの制御などに起因する欠点であったのだろうが、射程距離に差がないということは、発射の兆候が見られた艦艇に直接砲撃して妨害すればいいという、単純明快にして確実な妨害手段が取れるということ。
二重三重に対策できるなら、脅威度はどうしても低くなる。
対して波動砲は準備に多少の時間が掛かる、全エネルギーを使用するため発射後の回復に時間が掛かる、艦首方向にしか発砲できないという点から接近戦に弱いという弱点があるが、放出されるエネルギーの桁が相転移砲の比ではなく、射程も長大だ。
転移系攻撃ではないため十分に強固なバリアの類があれば防ぐことは理論上可能だ。
粒子ビーム兵器の一種であるため、空間歪曲作用さえ気を付けることができれば反射によって無力化することもできるだろう。
だがその桁違いの威力がその難度を上昇させている。エネルギーの集約によって突破力を強化することもできるし、相転移砲と違って破壊力の増幅も可能だ(相転移砲は範囲の拡大はできても単位面積当たりの威力は上げることができない)。
そのため生半可な防御フィールドでは防ぐことが難しい。出力で勝りやすい要塞ならまだしも、艦艇クラスではまず防御不可能だ。
さらに射程距離は惑星間弾道ミサイルの類を除いては最長であり、発射に掛かる準備時間は相転移砲と大差ないか、むしろ座標固定の演算処理に時間が掛かり、それが定まらなければ発射すらできない相転移砲よりも即応性は遥かに勝っている。
タキオンバースト波動流の速さも活かせれば、相手の探知圏外からのアウトレンジ戦法すら容易に実行できだけのポテンシャルもある。
そういった点を考慮すると、『わかってさえいれば簡単に潰せる相転移砲』よりも『わかっていてもシンプルに強い分防ぎ難い波動砲』のほうが脅威である。
ガミラスが下した結論がそれだった。
相転移砲とはガミラスにとってその程度であるから、ガミラスではその存在を確認していても自分たちが使おうと考える技術者も将官も存在しなかった。
通用するのはその敵と遭遇した最初の一発だけ。
戦争そのものの行方を左右するとは言い難い脆弱さを持つ決戦兵器。
そして優れた科学力を誇示する一方で、時代遅れとされたモノへの関心が薄いガミラス特有の思考。
それらが重なったからこそ、ガミラスは相転移砲を使うことがなく、敵に情報の一切を与えなかった。
だからこそ、この状況下で『必殺』の威力を見せつけることができたのである。
デスラーは状況が状況なら拍手をもってユリカ達を賞賛したいとさえ思ったが、まだそれが許される状況ではない。
――後方に控えているあの巨大要塞は相転移砲の範囲外にあったため被害を受けていないのだ。
ユリカは巨大要塞よりも、単純明快な驚異である『数の暴力』を取り除くことを優先した。その判断は決して間違っていない。
第一、あの要塞を射程に収める距離まで近づいてしまえばヤマトはハチの巣にされる。
これが最上の成果なのだ。
そして相転移砲で戦局をひっくり返したヤマトの次の行動がまた、デスラーの度肝を抜いた。
「ナデシコユニットの全ミサイル一斉発射! 撃ち漏らした敵を一隻でも多く沈めるよ!!」
大量殺戮の罪悪感に浸る余裕もなく、ユリカは罪悪感を引き剥がすように吠えた!
あまり無理するな。できるだけ大人しくしていろとイネスから念を押されてはいたが、自身が招いた惨状を直視しなければならないこの瞬間だけは――見逃してほしい。
ユリカと同じような考えを抱いたであろう第一艦橋の面々は、余計な口を挟むことなく彼女の指揮に従った。
「了解! ヤマト、全速前進!」
ヤマトのメインノズルとサブノズルが煌々と炎を吐き出し、ヤマトは加速を開始する。
大量のミサイルを吐き出すナデシコユニットの推進装置は沈黙したままだ。相転移砲の発射ですべてのエネルギーを使い切ってしまっている。
それだけに、ユリカたちも見たことがない規模の巨大な相転移空間を出現させ、推定一二〇〇隻にも及ぶ敵艦を一気に消滅せしめる威力を見せつけた。
――おそらく二度と通用しないだろうと思うと、これが相転移砲の最後の雄姿なのかもしれない。
……まるで現実逃避するかのような考えが頭を過る。
ともかく、ヤマトはナデシコユニットから吐き出す大量のミサイルと艦首側の主砲から次々と砲火を吐き出しながら加速、ナデシコユニットは急遽追加した排出弁を開いて残存していた波動エネルギーやタキオン粒子を宇宙空間に放出、中身を空にした。
「ユニットパージ! 同時に機関逆転急制動! 直後に取り舵九〇度! ガミラス艦隊に向かって全速!」
「了解! ナデシコユニット分離!」
真田は艦内管理席からの制御でナデシコユニットをヤマトから切り離した。
すぐさまヤマトは艦首側の姿勢制御スラスターと波動砲口からの全力噴射で急減速、ナデシコユニットだけがその勢いのままに敵艦に向かって突撃していく。
まさか艦体の一部をそのまま攻撃に転用するとは思わなかったであろう巡洋艦の一隻が、哀れナデシコユニットに正面衝突されて諸共に砕けちり、宇宙を漂う塵屑となり果てた。
その間にも急減速からの回頭を終えたヤマトはオーバーブースター全開。
全力噴射で急加速しながらガミラス艦隊に向かって飛び込んでいった。
ヤマトの動きに対応できた艦艇はすぐさま主砲を撃ち放ってきたが、全力で逃げに入ったヤマトになかなか当てられず、当たってもこちらの防御は突破できなかった。
ヤマトは第三主砲と第二副砲、艦尾ミサイルと煙突ミサイルからの反撃で敵の足止めを敢行しつつガミラス艦隊の中に飛び込むことに成功。
事前に作戦を伝達されていたガミラス前衛艦隊は速やかに敵艦とヤマトの間に割って入り、ヤマトへの追撃を決して許さぬ盾となり、ガミラス航空編隊と入り乱れた大空中戦を展開している敵艦載機部隊は、突如として出現したヤマトに対処する余裕もなく、見過ごすしかなかった。
結局暗黒星団帝国は、ヤマトの電撃参戦による奇襲によって、全戦力の三分の一以上を一度に損失する大損害を被る羽目になり、完全に浮足立った状態になってしまったのである。
「――なるほど。これの準備のために参加を遅らせていたということか、ヤマト……!」
メルダーズはシート肘掛けを強く握りしめながら、怒気も露にモニターに映るヤマトの後ろ姿を睨みつける。
予想に反してヤマトを排除することに成功したのかと、少し気が緩んでしまったのが失策だった。
ガミラスの思わぬ新兵器の投入にヤマトの奇襲攻撃。
どちらも事前に予測することが難しい攻撃であったが、だからと言ってメルダーズに不手際がなかったとは言えない。
正直に言えば、ヤマトの参加は想定されていた。
なにしろ最初にわが帝国がヤマトを襲ったときの理由がタキオン波動収束砲を警戒してのこととなれば、彼らの警戒を解くことなどできない。最初からわかりきっていた。
それにあのデーダーを打ち破ったのなら、タキオン波動収束砲か波動エネルギーを封入したミサイルを使用した可能性が高いと踏んでいる。
それくらいの火力がなければ、プレアデスの防御を突破して撃沈などできはしないだろう。
バラン星の戦闘で解析した限りでは、ヤマトの重力波兵器の威力ではプレアデスの偏向フィールドを抜くには少々力不足と計算されている。
そして波動エネルギーを使用した兵器でプレアデスを破ったのなら、こちらが波動エネルギーに異様に脆いことにも気付かれているだろう。
――だとすれば、遅かれ早かれわが帝国が地球に牙を向くであろう、という結論に至ってもなんら不思議はない。
それならばガミラスと手を組んだほうが地球が生存できる可能性が高いと考えても不思議はない。感情がそれを許せば、だが。
(――肝の据わった指揮官だ)
十分な情報を持っているのなら、こちらの思惑を見抜かれても驚くに値しない。
だが思惑を見抜かれたとしても滅亡に瀕しているらしい祖国の情勢を考えれば、はっきりと戦争になると脅せばもう少し躊躇するかと考えたのだが……どうやら見縊っていたらしい。
(それとも、私が考えている以上にガミラスとの交渉が上手くいっているのか?)
それ以外には考えられない。
地球に支援したであろうイスカンダルを守ると言うのなら理解できる。だが、それだけの理由ならガミラスと共同戦線を張るような事態には発展しないだろう。
互いに『敵の敵は味方』の理論で一時共闘が関の山。この様な事前の打ち合わせがなくては実行できないような作戦は展開不能だろう。
間違いない、ヤマトとガミラスは紛れもない軍事同盟を結んだのだ。
それも国家間の取り決めとして、真っ当な契約によって。
それも、メルダーズが脅しを掛けるよりも早くに。
(だとすれば、ヤマトの決断は間違っているとは言い難い。聖総統が脅威となるタキオン波動収束砲の技術をみすみす見逃すわけがない)
メルダースは当然の義務として、これまでに判明した波動エネルギーとの過剰反応のことや、それを直接転用した兵器があることを本国に伝えている。
――無論、ヤマトの名も。
そのヤマトの祖国――地球は滅亡の淵にあるらしいこともしっかり伝えたところ、聖総統をして「貴官の任務はあくまでイスカンダルとガミラスだ。邪魔になるようなら排除しろ、そうでなければいまは捨て置け」と仰っていた。
「いまは」というのがミソだ。
ヤマトは脅威だが、地球もガミラスもわが帝国の所在を知らない。
つまり、暗黒星団帝国にとって致命的な存在であるタキオン波動収束砲の砲火が、すぐに本国に襲い掛かることはありえないと判断してのことだろう。
ましてや滅びの淵にある星が再興するのに何年、いや何十年かかるというのか。ガミラスの助けを借りたとしてもすぐには動けない。
それにこちらも地球の詳細な所在を知っているわけではない。ガミラスの捕虜から聞き出した情報で、マゼランの隣にある銀河系にあることしかわかっていないのだ。
だからメルダーズの言葉はまったくの嘘っぱちではなかった。
もし仮にヤマトが本当にガミラスとイスカンダルから手を引くなら、その航海の目的を果たしてイスカンダルの女王一人連れていくことくらい、目こぼししてもなんの問題もなかったのだ。
(……もっとも、いますぐに地球をどうにかすることはできないというだけで、潜在的な脅威である地球を聖総統がいつまでも野放しにするとは思えん……。どちらにせよ、ヤマトとは矛を交える運命であったということか……)
仮にこの戦いでヤマトとガミラスがこのゴルバを含めた艦隊を下したとしても、現在わが帝国が行っている宇宙戦争が一段落するまでの間は手出しできないだろう。
……あのガトランティスとかいう連中は手強く、油断ならない。
つい最近こちらのテリトリーに無遠慮に侵入した挙句、一方的に侵略を開始したあの野蛮人の国家。
ほかの星に対して戦いを仕掛けながら戦えるほど、生易しい相手ではない。いまだって戦況は決して楽観できないほどなのだ。
なので帝国の最優先目標はガトランティスの排除。そのための資源確保だ。
戦争とは無関係にもともと予定されていた資源調達作戦に、わざわざ帝国最強のゴルバまで動員したのは、速やかに、そして確実に作戦を成功させて資源を持ち帰り、あのガトランティスの軍勢を退け、帝国の未来を安寧のものとするため。
――失敗は許されない。祖国の命運がかかっているのだ。
「……メルダーズ司令。さきほどの攻撃の解析結果が出ました」
「うむ」、と頷いて報告を聞く。
どうやら、ヤマトが再度あの攻撃を仕掛けようとしてきても対処のしようがある様子。それは素直にありがたいと思う。が、ヤマトはあの攻撃のあと追加装備を破棄しているので二度と使わないだろう。――いや、二度通用すると考えていなかったからこそ破棄したのだ。
この装備を使った理由も検討は付いている。
タキオン波動収束砲よりも攻撃範囲が広いのもそうだが、エネルギー融合反応を気にしなくてすむからだろう。
――つくづく頭の回る連中だ。ずる賢い方向に。
戦力の激減も痛いが、それ以上に士気が低下したことのほうが厄介だ。
「――やむをえん……ゴルバを前に出せ!」
こうなればこのゴルバの偉容をもって味方を鼓舞し、敵の士気を折る。
おそらくヤマトが最も得意とするのは電撃戦。それに乗っかるのは癪だが、こちらも持久戦に持ち込んでこれ以上奇策を弄されても困る。
「続いてテンタクルス発進! ヤマトとガミラス艦隊に対して攻勢に出る! 各艦も残された艦載機をすべて出撃させろ!――ヤマトとガミラスは、ここで確実に潰すぞ!」
「お待たせしまた! デスラー総統!」
「デスラー総統。ご命令どおり、ヤマトをお連れいたしました」
ユリカの挨拶とドメルの報告が続けざまにデウスーラの艦橋に木霊する。
敵艦隊への奇襲攻撃を成功させたヤマトは、最大戦速でガミラス艦隊の合間をすり抜け、デウスーラの隣までやって来ていた。
事前の打ち合わせどおりに。
「最良のタイミングで来てくれたね、ヤマトの諸君。ドメルも大任ご苦労だった。引き続きヤマトの補佐をお願いするよ」
デスラーは待ちに待った救援の到着を心より歓迎する。
戦力としては所詮戦艦一隻と極少数の人型機動兵器のみ。
だがその力は大ガミラス帝国最強と称される将軍ドメルの艦隊相手に、正面突破して逃走できるほど。
搭載機もマイナーな人型戦闘機ながら、たったの二機種だけとはいえ『大規模破壊を実現可能な戦略砲を搭載している』という変わり種がいる。しかも通常兵装も充実していて、戦略砲に頼らずとも強いという、ヤマトの縮小版のような機体だ
地球人は一騎当千の兵力に拘りでもあるのかと疑いたくなるような、常軌を逸している兵器構成にはいまでも悩まされる。
そこに合わさるは、ミスマル・ユリカ艦長の特異な性格と天才性によって生み出される『柔軟で突飛な戦術指揮』と『そんな指揮(と人柄)にちゃんと付いていけるいろんな意味で有能なクルー』という、真っ当な軍人であれば思いつかないような組み合わせ。
あげく単独での長距離航海の途上にあっても資材さえ確保できれば艦にも搭載機にも改良を加えてしまえるぶっ飛んだ技術力。
……いかに大ガミラスと言えど、こればかりはそうそう模倣できない。
否、できるわけがない。
それほどにヤマトという艦は突飛な存在なのだ。彼らに一般常識などというものは最低限しか通用しない。嫌というほど理解させられた。
現にいまも相転移砲という過去の兵器を有効活用してみせた。
挙句拡張パーツとはいえ艦体の一部を切り離して『意図的に』突撃させる質量兵器に仕立て上げるなど……。普通、体当たりというものは命と引き換えにするもの、という発想が彼らにはないのだろうか(切り離したのは無人艦だが)。
「しかしミスマル艦長、本当に指揮を執って大丈夫なのか? 素直に古代艦長代理かドメルに任せてたほうがいいのではないか?」
スターシアにコスモリバースシステムに関するあれこれは教えて貰っている。
ユリカに万が一のことがあっては、これからに大きな影響を及ぼす。
ガミラスもイスカンダルも地球も救われずに終わる可能性が極めて高く、あまりにもハイリスクすぎる。
なので本当ならヤマト共々後方に下がっていて欲しいのだが……。
「ご心配ありがとうございます! でも、この総力戦にあっておちおち寝てもいられません! 危なくなったら戻りますから、やらせてください」
言っても聞いてくれない。
だれか、彼女を素直に従わせる方法を教授してほしい。
そうだ、彼女の夫とやらに頼めば――いや、この押しの強さを考えると彼はそう、俗にいう『尻に敷かれている』状態なのだろう。無駄か。
デスラーはこれ以上の説得を諦めた。
視覚補助用のバイザーに遮られ、その表情のすべてを知ることはできないが、口元に浮かぶ微笑は彼女の強い意志を表しているように、不敵なものだった。
――どうやら、こういった女性相手に口では勝てないらしい。
諦めたデスラーの答えは簡潔だった。というか簡潔にしかならなかった。
「……そうか、くれぐれも無茶はしないように頼むよ」
適当なところで切り上げて艦隊指揮に注意を向ける。
予定では、ヤマトはこのままデウスーラの隣に位置したまま共に前線に向けての援護射撃を続ける予定だ。
あとは新反射衛星砲の威力と合わせて敵艦隊を翻弄し、隙を見てあの要塞を――。
「デスラー総統。敵機動要塞が搭載艇を放出しながら前進を開始しています」
「む……」
どうやらヤマトの相転移砲の一撃は想像以上に相手の士気に影響を与えたらしい。
だからこそ要塞自ら前線に飛び出して指揮を執るころで士気を上げ、同時にその威力を持ってこちらを一気に瓦解させるつもりなのだろう。
その能力が分からぬ以上、迂闊に兵力を向けるわけにはいかないが、本星を射程に捉えられるのは避けたい。
となれば……。
「デスラー総統。リスクは大きいですけど、立ち向かいましょう。このままガミラス本星やイスカンダルを射程に捉えられては、人質に取られるかもしれません。それにあれほどの要塞を星の近くで破壊した場合、どれほどの余波が生じるか……。できるだけ遠くで戦って、叩き潰しましょう」
ユリカも同じ結論に至ったようだ。やむをえないか……。
「――前進開始! 敵要塞を迎え撃つ!――ヤマトにはデウスーラと共にあの要塞への攻撃を担当して貰う!」
「了解です! 主砲発射準備! 目標前方の敵艦隊! 要塞への突入コースを確保します!」
ユリカも快く応じて砲撃準備を整える。
「デウスーラ、砲撃準備に入れ!」
副官たるタランもデウスーラの武装を開放して攻撃準備を整えさせた。
デウスーラは全身に格納されていた大量の艦砲を艦体の各所から出現させ、前方の敵艦隊に向けて個々に指向させる。
最新鋭艦という事もあり、ドメラーズ級に採用された無砲身四九センチ四連装砲に匹敵する口径である有砲身四八センチ三連装砲を六基、同三三センチ三連装砲を六基、同口径の無砲身砲六基、そこに左右に広がった翼部や後部、艦底に多数のミサイル発射管を装備している。
総砲門数はガミラス最高を誇る、まさに武力の塊。
その総火力はヤマトをも凌ぐだろう(ただし主砲の単発火力はヤマトが凌駕する。これは重力衝撃波砲がオーソドックスな重力波砲を凌ぐ火力を有するためだ)。
砲の配置は艦の左右対称となっていて、戦闘空母の隠蔽式砲戦甲板同様艦隊の中心線に沿わず、並列かつ背負い式に配されるという一風変わった方式を採用している。
艦の形状もあり、一方向に向けてすべての火力を集中することができないという欠点はあるが、多数の火器を個別に指向することで多方向の敵に対して攻撃を行えるほうが重要とされてこの方式が採用された。
もとより艦隊旗艦。後方からの援護射撃であればこれで十分なのだ。
その火力を存分に発揮する機会に恵まれてしまったデウスーラであるが、その傍らには宇宙戦艦ヤマトの姿がある。
――ヤマトとデウスーラが組めば、勝てぬ相手などない。
デウスーラはヤマトと歩調を合わせながら前進し、射程内に捉えた敵艦に向けてその火力を存分に叩き付け始めるのであった。
猛烈な反動と共にヤマトの主砲から重力衝撃波が撃ち出される。
砲身がキックバックして砲室内の尾栓が後退、冷却装置から少量の白い煙も吐き出された。
ヤマトが誇る四六センチ重力衝撃波砲の火線は、バラン星や七色星団のときと同じように敵艦を食い破って撃沈させた。
ヤマトは修理を終えた安定翼を展開、旋回性能低下を対価に艦の安定性を増し、より精密な砲撃を行っている。
一撃必殺の火力であっても当たらなければ意味がない。
幸いなことに僚艦を潤沢に得られたこの場においては、回避行動よりも命中率重視の攻撃姿勢を貫いたほうがヤマトの強みが生きる。
隣で同じように重力波を次々と撃ち出しているデウスーラも、ガミラス最強と称されるだけのことはあると、進は思った。
ヤマトのように一撃必殺とまではいかないようだが、ドメラーズ級にも劣らぬ火力で敵艦隊に打撃を与えていく。砲門数がヤマトの数倍というだけあり、手数に物言わせた攻撃の激しさたるや。
総統座乗艦というだけあって、相当気合を入れて設計・開発したのだろうということが容易に伺えた。
頼もしい僚艦である。
ヤマトとは別経路で艦隊と合流した戦闘空母も艦載機を放出。戦闘空母は砲戦甲板を展開してヤマトとデウスーラに合流して砲撃戦に参加してくれた。
ヤマト、デウスーラ、戦闘空母は大量のデストロイヤー艦やその派生のミサイル駆逐艦や巡洋艦、指揮戦艦級やドメラーズ級と混じって重力波(重力衝撃波)とミサイルを次々と発射、敵艦隊に対して打撃を与えつつ要塞に向かって突き進む。
ヤマトとデウスーラに同行する艦隊の殆どがガミラスのシンボルカラーの緑ではなく、高貴な色とされる蒼で塗られている。
親衛隊という総統直属の部隊らしく、独自に改良が施された艦ももちろん、乗員の練度も桁外れに高かった。
距離が詰まってきた敵艦隊も負けじと猛反撃。大量のビームとミサイルが撃ち込まれてくる。
ヤマトはデウスーラの前面に飛び出して、その膨大な数の対空火器を駆使して自身とデウスーラに向かって来る大量のミサイルを次々と撃ち落としていく。
重要度においてはデウスーラとヤマトに差はない――どころか、むしろヤマトのほうが重要とさえ言えるのだが、デウスーラは対空火器が乏しく随伴艦だよりの性能。
対してヤマトは対空砲の数が非常に多く弾幕が厚い。こういったときの迎撃役としては非常に優秀なのだ。
おまけにデウスーラは先述のとおり艦の中央にある武器がデスラー砲だけなので、ヤマトが眼前にあっても砲撃の邪魔にならない。
――この二艦、出会い方が違えば全面対決待ったなしだったはずなのに共闘すると思いのほか相性がいい。
互いの長所を上手く組み合わせることができれば、たったに隻で膠着した戦局さえも動かせるだろう。
今回は出番がないだろうが、ヤマトがこうして正面に陣取ることでデスラー砲の発射兆候すらある程度隠蔽できてしまうであろうと考えると、砲門前のヤマトは生きた心地がしないが、それはそれで考慮する価値のある戦術かもしれない。
パルスブラストもミサイルも出し惜しみせず吐き出しながらデウスーラを護衛、主砲と副砲で前方の敵艦を火達磨にしながら、ヤマトはデウスーラをエスコートしながら敵艦隊に向けて進撃を続けた。
一方、ヤマトから発進したコスモタイガー隊は防衛艦隊、そして別経路で合流した第一空母が吐き出したガミラス航空隊と協力して、防空戦に従事していた。
限られた時間では、七色星団の戦いで大きく損傷したアルストロメリアを完全には修復できなかった。
応急修理では無理ができないため専らガミラスの戦闘機を上回る火力と、その場に停滞可能な人型の特性を生かし、一歩引いた位置からの火力支援が役割となった。
――例外は例によってガンダム四機だけである。
一時的にガミラス航空隊の支援に回されたガンダムは、まさに獅子奮迅の大活躍を見せつけた。
ガミラスの航空戦力と敵航空隊との戦いの状況は、ガミラスがやや劣勢といった具合であった。
運動性や機動力は大差ないまでも、攻撃性能で勝る敵に対してやや慎重になっているのが原因だった。
しかし数の優位と地の利を生かした戦術を駆使することで徐々に巻き返しを図っている。
……そこに到着したのは、ガミラスをも驚かせた人型機動兵器――ガンダム。
「行くぜ野郎ども! 手当たり次第にやっちまえ!」
エックスディバイダーのリョーコが威勢もよく檄を飛ばす。
砲身を破損したことでサテライトキャノンを撤去されたエックスは、再びディバイダー装備に換装されていた。
もともと設計に無理があるサテライトキャノンを再装備するよりは、こちらに戻してダブルエックスを徹底して護衛したほうが有効であるという判断に基づいてのことである。
リョーコとしても使い慣れたディバイダー装備のほうが戦いやすいので願ったり叶ったり。
いまは当初の想定どおり、アルストロメリア全体の指揮を執る隊長機としてその力を振るっていた。
リョーコはディバイダーを背中にマウントした高機動モードで戦場を駆け回り、身近なイモムシ型戦闘機に向かって空いた左腕に担いだハイパーバズーカの照準を向ける。
察して回避行動を取る敵機に向けて引き金を引く。
ハイパーバズーカから煙を引いてロケット弾が発射。砲身後部の排気口からも噴煙が噴き出す。
ハイパーバズーカのロケット弾には誘導機能がある。ミサイルに比べると弱く射程も短いが、この距離でなら機能するだろう。
合わせて右手のビームマシンガンを連射。三点バーストのビームを撃ち込む。
敵機の回避行動に追従するロケット弾と三発のビーム弾が、イモムシ型戦闘機一機を火達磨にした。
「隊長に続け!!」
勢いを得たアルストロメリアが追従する。
両腕の内臓ビームライフルに脇に抱えたレールカノン、アトミックシザース。ついでにGファルコンの武装と、火力を惜しまぬ攻勢でエックスディバイダーが生み出した勢いに乗っかっていく。
リョーコは士気が高まった部下たちに背中を預ける気持ちでより敵陣に深く切り込む。
弾切れになったハイパーバズーカを投げ捨て、左手にディバイダーを握らせる。高機動モードよりも機動力が全体的に低下するが防御と攻撃はこっちが優れる。
浴びせられるビームの雨をディバイダーで受け止めながら、背中とディバイダー両端の可変スラスターを噴射。鉄壁の防御で突撃。ディバイダーの陰からビームマシンガンの銃口だけを突き出して連射モードで射撃。
互いの距離が急速に近づく。そして交差。
リョーコは素早く機体を反転させつつハモニカ砲を展開。機体が急激な機動に軋み、激しいGが体に加わる。耐えながらすばやく射角修正。拡散放射モード。
発射。
ハモニカ砲から放たれた重力波の散弾が反転途中の敵編隊に向かって降り注ぐ。そこに完璧なタイミングでアルストロメリアたちの重力波も降り注ぐ十字砲火。
敵編隊は残さず被弾して火だるまになり、重力波に砕かれるか炎上爆発して消え去る。
「さて、こっちはなんとかなりそうだが」
サテライト遊撃部隊は無事なのだろうか。
「おっしゃ! こっち続くぜぇ!」
サブロウタのGファルコンデストロイがツインビームシリンダーに右肩のビームキャノン、両肩のショルダーランチャーにGファルコンの武装を足した砲撃を放ちながら突撃する。
こちらはダブルエックスを中心としたサテライト遊撃部隊。発砲の判断は上に一任しているが、いつでも要請に応じられるように、かつ通常戦力としても強力なダブルエックスを腐らせないようにと、随伴機として用意されたエアマスターとレオパルドを護衛として本隊とは別行動中であった。
大量の砲弾を吐き出すレオパルドの隣にはダブルエックスの姿。レオパルドが撃ち漏らした敵機を精密射撃で撃ち落としていく。
ガンダムへの搭乗時間が最長だけあって、アキトの戦い方には危な気がない。ダブルエックスが万能型に近い性質を有していることを鑑みても、キャリアの差が大きいなとサブロウタは思った。
対して月臣のGファルコンバーストはGファルコンとの合体で得られた機動力を最大限に活かして離れ過ぎないように周囲を飛び回り敵の動きをけん制し、乱し、レオパルドに追い立てていく。
並の宇宙戦闘機を凌駕するすさまじい機動力と敵爆撃機にも引けを取らない総火力が合わさり、火力で勝るレオパルド以上のハイペースで敵機を撃墜していく。
――案外通常戦闘最強のガンダムは、エアマスターなのかもしれない。
機首のノーズビームキャノンを撃ち放ち、一撃で敵機を蒸発させる。両翼の拡散グラビティブラストの散弾で敵機を追い立て、手傷を負わせつつバスターライフルでとどめを加える。
惚れ惚れするほど滑らかに、的確に攻撃を繋げ、軽やかな動きで敵弾を避けつつ宇宙を舞う。
さすがの技量。木星のエースの実力は、未だ健在だ。
「負けてらんねぇ!!」
意気込みも露わにHUDに映りこむ敵機を狙い、レオパルドに満載された武装を開放していく。
最も遠い敵にはビームキャノン、そして二発こっきりのホーネットミサイルで対応。
中間距離の敵機には主兵装のツインビームシリンダー。性質の異なる左右を使い分け、圧倒的な弾幕を形成する。拡散グラビティブラストも散弾で対応させる。
比較的近い距離の敵機にはヘッドビーム砲とブレストガトリングで対応。弾を持たせるため左だけハッチを開放して撃ち放つ。
撃ち尽くした一一連ミサイルポッドは放棄。まだ使っていなかった左足のセパレートミサイルポッドを開放、発射。追尾したミサイルが眼前の敵機を粉砕する。
(やべっ!?)
敵機の接近を許した。
慌てて一番近かった左手のビームシリンダーを向けて対処――する前にダブルエックスが敵機を切り捨てた。
「だいじょうぶか!」
「問題ねぇ! サンキュー!」
体勢を立て直しつつほかの敵に意識を向け直す。
まだまだ戦いは始まったばかり。これからが本番だ。
アキトはサブロウタの窮地を救ったあと、左手にハイパービームソードを握らせたまま右手の専用バスターライフルとビームマシンガンを使用して敵機を確実に撃墜していく。
――こいつらの相手もだいぶ慣れてきた。
たしかにガミラス機よりも火力は若干勝っているが、それ以外は大差ない。大きい分頑丈ではあるが、急所を狙えばそれほど苦労もない。
それにバラン星以降再調整を繰り返しているフラッシュシステムの調子もすこぶる良好。とうとうIFSとの干渉をほとんど気にせず併用できるようになり、機体の追従性が大きく向上し、より肉体の延長のような感覚で動かせるようになっている。
ラピスのおかげだ。
なにやら自分のなかで折り合いがついたらしく、IFSを解禁してダブルエックスのOS全般を徹底的に再調整してくれたのだ。
オペレーターとしての実力ではルリに一歩劣るとは言っても、アキトの相棒としての歴は勝る。よりアキトに適した調整を任せたら彼女に勝る人材はいない。
おかげですこぶる良好なコンディションで戦いを挑むことができている。
アキトは直撃を避けられそうになかった敵弾を左腕にマウントしたディフェンスプレートで受け止める。表面に弾痕が刻まれたが貫通されなければそれでいい。
ヘッドバルカンを連射。敵の鼻先を抑える。
攻撃装備としては心許ないヘッドバルカンでもけん制射には十分。敵が進路を少しずらして回避行動。そのわずかな隙を突くようにして左の拡散グラビティブラストを拡散放射モードで発砲。
調整に次ぐ調整でエネルギー効率と出力がさらに向上したダブルエックスと、専用に再調整されたGファルコンだからと実装された射撃モードだ。より制圧力が高くなる半面要求出力も消費エネルギーも増える。大出力が売りのGファルコンDX以外ではまともに機能しない。
――実際分離したら使えなくなるし。
アキトはレーダーをちらりと見て、サテライト遊撃部隊とコスモタイガー隊本体周辺の敵機がだいぶ減ったことを確認する。
となれば――。
「コスモタイガー隊各機へ! ヤマトとデウスーラは中央突破をする! 護衛に当たれ!」
そらきた!
進の命令に従ってコスモタイガー隊は全機進路変更。ヤマトと合流して直援に戻っていく。
(あとは、どのタイミングでサテライトキャノンを使うかか)
適用際に対する切り札と言われていても、通用させるには工夫が求められるだろう。
――ユリカと進を当てにするしかないか。
「このまま中央突破! 要塞を目指して!!」
「はい!」
ユリカの号令の下、ヤマトはすぐ後ろにデウスーラを引き連れた状態のまま敵艦隊の真っただ中に突入する。
セオリーどおりなら艦隊旗艦であるデウスーラを連れ込むのは悪手中の悪手と言えるのだろうが、デスラーは自身が前線に赴くことにあまり抵抗を感じない人物であるし、総統自らが前線に立つことで全軍の士気を高める役割を果たしていた。
デスラーの人望が伺える。
彼が一声激励するたびに、デウスーラが敵艦を沈めるたびに、全軍の士気が高まっていくのを肌に感じる。
そしてそのデウスーラを直援しているのがヤマトであるという現実が、ことさら大きく作用しているようでもあった。
やっぱりあれか、昨日の強敵は今日の戦友というのは万国共通に燃える案件なのかもしれない。
「コスモタイガー隊各機へ! ヤマトとデウスーラは中央突破をする! 護衛に当たれ!」
進もコスモタイガー隊に改めて指示を出していた。
これでいい。コスモタイガー隊が直掩に来てくれればヤマトとデウスーラに群がってきている敵航空機へ対応してもらえる。
ヤマトは使用可能なすべての武装をフル活用して前進。
前方の第一・第二主砲、第一副砲は正面の敵影に向けて休むことなく撃ち続けられ、後方の第三主砲と第二副砲も側面に回り込んだ敵艦に向けてせわしなく旋回し、その威力を示した。
パルスブラストも対空砲としてはかなり長い射程と高い火力を存分に生かすべく、前半分は収束モードで敵艦に向けて発砲、後ろ半分は拡散モードで対空防御と役割分担してとにかく撃ちまくる。
そしてデウスーラへの誤射の危険が高い艦尾ミサイルを除いたすべてのミサイル発射管からありったけのミサイルが吐き出された。
艦首ミサイルは主砲の射程外――前方の喫水以下の位置にいる敵艦に向けて、舷側ミサイルは弧を描きながらやはり主砲の射程外にある喫水より下の位置にいる敵に向けて、煙突ミサイルは主砲と副砲の補助としてヤマト前方の扇状の範囲に位置する敵艦にそれぞれ使われた。
デウスーラの火力も借りて怒涛の勢いで進撃するヤマトとデウスーラ。
だが敵艦隊も一歩も退く姿勢を見せない。ありったけの火力をもって応戦。ヤマトとデウスーラ、同行する戦闘空母や親衛隊の各艦に大量のミサイルとビームが降り注ぐ。
各艦、徐々に被弾が増えていく。
接近したことで、グラビティブラストによる干渉によるビームの湾曲の影響圏外からの砲撃を逸らせなくなったのだ。
そして降り注ぐ大量のミサイル攻撃。ヤマトから放たれる圧巻の対空砲でも対処できないほどの膨大な数のミサイル。
たまらずデウスーラから放たれる大量のミサイルが迎撃に回された。翼部に二四門、後部に一四門、艦底に一三門装備されたミサイル発射管から次々とミサイルを吐き出す。
ヤマトと互いに足りない部分を補い合いつつ熾烈な攻防を続ける。
艦体が大きい分ヤマトよりも被弾が多いのだが、ヤマトにも引けを取らない重装甲と強固なディストーションフィールドによってこの猛攻を耐え凌ぐデウスーラ。
その傍らに控える戦闘空母と親衛隊の艦艇が総統をやらせまいとありったけの火力を動員して敵に立ち向かう。
ひときわ激しい戦の喧騒を奏でつつ、ヤマトとデウスーラは着々と敵要塞に近づいていった。
ズシンッ、と大きな衝撃音を伴って、ヤマト第一艦橋のすぐ下に敵弾が命中した。
表面と装甲内に多重展開されたディストーションフィールドのおかげで、宇宙戦艦であっても比較的装甲が薄く耐久力が低いことの多い艦橋としては驚異的な耐弾性能をもって破壊を免れた。
だが内部メカの耐衝撃性能を超える衝撃に内部破壊が起こる。衝撃で破壊された回路がショートを引き起こし、操舵席のコンソールの一部が小さな火と煙を噴き出して爆ぜた。
「うっ!!」
飛び散った破片が右腕に食い込んでハリが苦悶の声を上げる。
「ハーリー君!!」
(ユリカとルリのフォローのために)主電探士席に就いていた雪が、傍らに置いていた医療キットを手に駆け寄り右手の傷を確認する。
「診せて、手当てするから!」
すぐに肘掛けのスイッチを操作して座席を下げさせてから右に回して、負傷した右腕に手早く応急処置を施す。
「……これでよし。応急処置だからすぐに医務室で手当てして貰ったほうがいいわ」
傷口から目立つ大きめの破片は引き抜いたが、細かい破片が残っているかもしれない。すぐにも医務室に連れて行って検査、破片があるような手術も必要だが……。
「進、ハーリー君と変わって操舵席に……」
「……最後までやらせてください!」
ハリの身を案じたユリカの言葉を遮り、ハリは再び操縦桿を握りしめた。
怪我の痛みを歯を食いしばって堪え、彼は吠えた。
「これは僕が請け負った仕事です! 島さんの代わりは最後まで僕が果たします!」
「でも――」
「僕だってヤマトの男です!!」
なおも食い下がったユリカを黙らせた一言だった。
「――わかった。なら、ハーリー君に任せた……!」
ハリの心意気を受け取ったユリカはこのまま最後まで(少なくとも彼が限界を迎えるまで)任せることにしたらしい。
「――その歳でその心意気。さすがは私も見込んだヤマトのクルー。立派だ」
予備操舵席に座るドメルもハリの姿勢に感服した様子だった。
度重なる被弾による被害は機関室にも及んでいた。
ヤマトの重装甲と多重展開される強固なフィールドに守られ、機関室に直撃した敵弾はない。
だが操舵席が損傷したように、内部への衝撃まで完全に防げているわけではないのだ。
「くそっ! また出力低下だ!」
太助は機関制御室のコンソールを叩いて何度もプログラムチェックを繰り返す。
出航以来改修を繰り返してきたエンジンなので冥王星で激戦を繰り広げたことに比べると信頼性も安定性も増しているのだが、それでもこの気難しいのだ、この大出力複合エンジンは。
自動工場プラントに滞在した一四時間も使って整備はしたが、七色星団での激戦のダメージがまだ残っている。
太助は数度のプログラムチェックの末、バグらしいバグは発見できないことから出力低下の原因はエンジン本体の機械的な部分にあると判断した。
「山崎さん! そっちはどうなってますか!?」
コミュニケに向かって声を張り上げると、「もう少しだ!」と怒鳴り声が返ってくる。
直後、不安定だったエンジンが安定を取り戻し始めた。
波動エンジンのフライホイールの下側にあるメンテナンスハッチから山崎を始めとした数人の機関士が油汚れで真っ黒になりながら這い出てくる。
「いいぞおまえら! だいぶ腕を上げてきたじゃないか!」
全身油汚れに塗れて右手のスパナを振り上げる山崎に、部下たちも各々の工具を振りかざして応えるのであった。
メルダースは持てる火力のすべてを吐き出して進撃してくるヤマトとデウスーラの姿をモニターに認め、眉を顰める。
(よもやここまでの戦闘能力を有していたとは……宇宙戦艦ヤマト、なんという性能。そしてガミラスの旗艦もこれほどとは……少々、甘く見ていたのか?)
正直誤算だった。だがようやく納得できた。
ガミラス相手に単独で抗い続けた実力は、決してタキオン波動収束砲に依存しただけのものではなかったのだ。
クルーの練度、艦の性能。すべてが高次元にまとめ上げられたまさに一騎当千の存在。
そこに絶対に祖国を救わんとする強い意志が加わることで、常識では測り切れない絶大な威力を発揮するというわけか!
そのヤマトにまったく見劣りしないガミラス旗艦の力が重なると、まともに戦っては手の付けようがない。
どうやら、ゴルバを投入は正しかったようだ。
「……正直無人機とは言え気が進まぬのだが、致し方あるまい……テンタクルスを差し向けてヤマトとガミラス旗艦の動きを封じ目暗ましをさせろ!――ゴルバの主砲を使う!」
あちこちに被弾して傷を負い、小さな煙の尾を引きながらも要塞への接近を続けるヤマトとデウスーラ。
合流したコスモタイガー隊の援護を受けながらも敵艦隊中央を猛進していくのだが……。
「第二主砲被弾!」
「第五対空砲大破!」
「右舷展望室損傷!」
第一艦橋には次々と被害報告が飛び込んでくる。
フィールドそのものの消失は免れているが、負荷の蓄積と主砲の乱用による出力低下の影響で強度が下がっている。徐々に貫通弾が発生するようになり、装甲の薄い部分や対空火器の一部が破壊され始めていた。
「フィールドジェネレーターの負荷、さらに増大。このままではあと一〇分でフィールドの展開自体が不可能になります!」
守の報告にユリカの表情も曇る。……旗色が悪くなってきた。
「敵巨大要塞への距離、あと五〇万キロ。要塞の解析作業を始めます」
そろそろ頃合いとみた第三艦橋のルリが要塞の解析作業の開始を宣言。
ここまで距離が近づけばかなりの精度で解析作業が行えるだろう。あとは彼女たちの手腕次第だ。
「ミスマル艦長、あの要塞から出現した小型艇……油断できません」
ドメルの率直な感想を受け、ユリカは真田に意見を求めてみた。
「私も同感です。まるで全身武器の塊のようだ……おそらく人が乗るスペースも使って武器を搭載した無人機でしょう」
真田がメインパネルに映した搭載艇の映像を交えて見解を語る。
扇状の本体に先端から突き出した四本の砲身はガトリングのよう。全体を見るとまるでイチョウの葉っぱを連想させるような姿だ。
例によって生物的な意匠が目立ち、駆逐艦クラスの大きさを誇る巨漢。
見たまんまの重武装っぷりは伊達ではなく、その火力はワンサイズ上の巡洋艦にも引けを取らない。
そして、無人機だからかかなりすばしっこい。
「副砲とパルスブラスト、両舷ミサイルはあの攻撃艇を優先して狙え! ヤマトとデウスーラに近づけさせるな! 主砲と艦首ミサイルはほかの艦を狙うんだ!」
進はすぐに攻撃艇に対して小回りの利く副砲とパルスブラスト、そして一度に放出可能なミサイルの数が多い両舷ミサイルでの迎撃を指示している。
あの機動力と接近戦を挑もうとする攻撃パターンを考えると、主砲では過剰火力なうえ小回りが利かない。
副砲とは元来、こういった用途で使うために搭載された武器だ。……時代の流れで不要な存在となり、ヤマトが登場するまで明確に復活していなかった存在ではあるが。
攻撃艇の執拗な攻撃に晒され、ヤマトとデウスーラが受ける被害がさらに増える。
各所からの被害報告の数がさらに増え、装甲に刻まれる傷も加速的に増えていく。
装甲表面の塗装も兼ねた防御コートはビームが被弾するたびに反射材が生み出す反射フィールドで敵弾の威力を削ぐが、耐久限度を超えた負荷に破壊され、煙となって消えていく。
完全に破壊されずとも傷ついた防御コートは白化し、徐々に防御が薄く、もろくなっていった。
ますます激しさを増す攻撃艇の猛攻。
だがユリカはそれ以外の艦艇が徐々にヤマトから距離を取りつつあることに気付いた。これは――。
「艦長、敵艦隊の動きが妙です。まるで要塞とヤマトの間から離れようとしているようにも思えます」
「私も古代艦長代理と同意見です。おそらく、あの要塞の大砲の類で狙っているのでしょう」
「艦長、どうする? 波動砲やモード・ゲキガンフレアでの相殺はリスクが高いよ?」
進とドメルとジュンに言われ、ユリカは「警戒して。動きがあったら全速で逃げます」と答えながらデスラーにも警告を出した。
艦隊の動きについてはやはり気付いていたようで、デスラーからも「いつでも回避行動に移れるように」と念を押された。
――ここからが、本番。
あの要塞を攻略できるかが、勝利の分かれ目だ。
迷いを振り切り、ついにガミラスと肩を並べて暗黒星団帝国と相対したヤマト。
相転移砲の一撃により戦局を優位に持ち込んだヤマトではあったが、その眼前には機動要塞――ゴルバの偉容が佇む。
負けるなヤマト、君が最後の希望なのだ!
地球とガミラスとイスカンダル。
三つの星の運命を背負ったヤマトの戦いは――終局を迎えつつあった。
人類最後の日まで、
あと二四二日!
第二十五話 完
次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第二十六話 決戦! 機動要塞ゴルバ!!
いま、決着のとき。
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代理人の感想
暗黒星団帝国って、自分たちの祖国を守るためにとかそう言う殊勝なこと言える連中だったかなあw
ガトランティスと大差ない悪の帝国だったような記憶がw
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