ユリカの手腕を見届けたデスラーとタランは、あいも変らぬ無茶苦茶な戦法に開いた口が塞がらない。

「…………艦載機の全火力集中からの母艦による火力の集中までは理解できました。ですが、まさか前時代的なアンカーを使って敵艦を『投げ飛ばした』ばかりか、質量兵器として活用するとは……一歩間違えれば相打ちになりかねない危険な戦法をこうも危なげなく……」

 彼らの心臓は超合金でできているのだろうか。
 デスラーはそんな感想しか抱けなかった。
 ガミラスも最終手段として体当たりをすることがあるが、それは相打ち前提の最後っ屁でありこのような戦術として使うべきものでは……。
 いやまて、さきのユニット突撃とこの攻撃。この二つから導き出されるものは――!

「――タラン、ヤマトに繋げ。あの要塞の攻略法を思いついたぞ」

「え?」


 不敵に笑い、プランを話すデスラーの姿に、タランは頼もしさを感じ――同時に「ああ、ヤマトに毒されてしまわれた……」と嘆いたとか嘆かなかったとか。




「……本気ですか、デスラー総統?」

「無論だ」

 デスラーの策を聞かされたユリカは思いがけない提案に思わずデスラーを問い質してしまう。
 だが無理らしからぬことだと、傍らで聞いていたみなも思ったのだと、あとで知った。

 結局ユリカも進もドメルも、それ以上に効果的と思われる策を思いつかなかったので、デスラーの作戦を確実にするために八方手を尽くすことになった。
 まずは交戦圏への砲撃に使わなくなった反射衛星の回収作業。
 使うその瞬間まで、デウスーラの翼部にミサイルよろしく吊り下げるようにして配置する。
 そしてデウスーラの艦体部分に乗り組んでいたクルーを可能な限りコアシップに、収容しきれなかった人員はすべてヤマトが引き受ける。
 ヤマトの艦内も応急修理やら物資や怪我人の運搬で荒れに荒れていたが、移乗したデウスーラのクルーも力及ぶ限りヤマトのダメージコントロールに協力。
 もう機密とかそんなことを言っていられる状態でもなくなった。とにかく力を合わせてこの局面を脱することしか頭にない。
 その間にも徐々に前に出てきていた反射衛星砲搭載艦四隻が、ヤマトとデウスーラに代わって前線への火力支援に加え、要塞へのちょっかいを担当した。
 反射衛星砲の火力では要塞の防御は一切揺るがなかったが、その偏向フィールドの性能を推し量る上で不可欠な行動である。

「――やはりだ。艦長、デスラー総統。あの要塞の偏向フィールドはヤマトやガミラスのディストーションフィールド同様、装甲表面に誘導する形で展開されていると見て間違いないでしょう。全体を球形状に包めるフィールドを展開できるかどうかははっきりしませんがあの規模の要塞です、エネルギー効率を考えて装甲表面に誘導する方式を導入したのなら――」

「なるほど。たしかにわがガミラスも、エネルギー効率や武装の効果的な活用を考え装甲表面に誘導するフィールド防御システムを採用しているが、物体を球形状に包み込むフィールド防御方式は採用してはいない。連中も同様である可能性は十分に考えられるという事か――少し調べてみる必要があるな」

 デスラーは反射衛星砲搭載艦に要塞上部の開放された砲台部分を狙い撃つように指示を出した。
 すぐさま放たれた四発の反射衛星砲のビームは、数度の屈曲を行って要塞上部の砲台部分目掛けて飛んで行った。
 砲門の周囲に命中した三発はあっさり弾かれたが、偶然砲門の真正面から命中したビームはそのまま砲門を貫通、破壊して小規模の爆発を引き起こしていた。

「――どうやら、あの偏向フィールドは砲門を覆うようには展開できないようだな。とすれば、あの巨大砲にも同様のことが言えるはず。もし仮に砲口を塞ぐように展開できるとしても、デスラー総統の作戦どおりにいけば問題なく攻撃を通せるだろう……ヤマトを恐れるはずだ。あの砲撃の出力なら、波動砲一発で相殺は可能だ。連射性に勝るトランジッション波動砲なら、相殺直後に無防備な発射口を狙い撃ちできてしまうだろう。敵がヤマトを恐れ、ガミラスを軽視したのは波動砲の有無だけではない、連射機能の有無だったのだ」

 真田の推測にユリカも得心がいった。
 単に波動エネルギーだけが怖いのなら、ヤマトをこれほど脅威に思う理由としては弱い。だが、トランジッション波動砲を有していると確認が取れているのがヤマトだけなら、あの要塞の数少ない弱点を突ける艦艇として警戒されるのも頷ける。
 ヤマトは本当に、地球の脅威となる連中にとって天敵と言える性質を有してしまっているらしい。偶然だと思うが。

「――真田、あの部分にサテライトキャノンを命中させても効果はないのか?」

「効果はあるだろう。しかし繰り返すがあの要塞の構造材の強度や構造がわからんのだ。それにヤマトの様にフィールドを装甲の間にも展開していたり、非常用の隔壁としても活用している可能性は否定できん。発想自体は誰かしらが思いついていても不思議ではないからな。一応ガミラスの艦艇では採用されていないことは確認できているが、暗黒星団帝国にそのまま当てはめるのは止めておいたほうがいいだろう。それにあそこは要塞の末端だ。司令室の類がないとは言い切れないが、仮に司令室を破壊できても要塞そのものが健在では最悪共倒れを図ってくる可能性がある。……狙うのなら、構造的に動力炉に直結していそうな巨大砲が適切だろう。そちらにもエネルギー逆流や、こういった事態を想定した障壁の類が用意されている可能性は高い。あったとしてどの程度の強度なのかは皆目見当もつかんのが心配だな。いくら質量五〇億トンはあるスペースコロニーを一発で消滅させるツインサテライトキャノンと言っても、波動砲やあの要塞の砲撃に比べると見劣りしてしまうのは事実だからな。……デスラー総統の策は、そういった点でも有用であると考えます、艦長」


「……」

 ヤマトが異様に強固だと思ったら、そんな秘密があったのかといまさらながら納得するデスラー。
 考えてみれば、ガミラスではディストーションフィールドを装甲表面に展開して防壁にする使い方はしても、隔壁代わりに使おうという発想はなかったと記憶している。
 と言うよりもガミラスは装甲板に複合装甲を採用している。話からするに、ヤマトは装甲自体に『隙間』を設けている中空装甲を採用し、その隙間の部分にディストーションフィールドを張り巡らせることで防御力の底上げを図っているのだろう。
 推測ではあるが、おそらく複合装甲も交えた複合中空装甲といった具合だろうか。
 考えてみればヤマトは単艦での長距離航海とガミラスとの戦闘を前提に開発された艦。単純に性能のみを追求するのであれば決して間違っていない選択と言えるだろう。コストの折り合いも、ワンオフの一品物なら考える必要はない。
 逆にガミラスでなくても十分な数の宇宙艦艇を揃えようと思えば、コストと性能で折り合いが付けやすい複合装甲にディストーションフィールドのような防御フィールドを組み合わせたほうが効率的だ。
 ゆえにガミラスではいつしか過去の遺物と化していた中空装甲。このような使い方があったとは。
 ついでにあのダブルエックスという機体の最大火力もさらっと出てきていたが、やはり「地球人は頭おかしい」と言いたくなるスペックだ。
 水中――しかも深度三〇〇メートル地点にある基地施設をただの一撃で消滅させたのだから、その程度のスペックはあると推測は付いていたが……改めて聞かされるとやはり正気を疑いたくなるスペックだ。
 そんな大火力を全長一〇メートルにも満たない機動兵器に装備させ、場合によってはパイロットの裁量で使わせるとは――。
 滅亡の淵に追い込んだガミラスが言えた立場ではないだろうが、それでも声を大にして言いたい。

 地球人は発想も突飛だがやることが極端から極端に走り過ぎる! と。

 ヤマトのスペックもガンダムのスペックも、少数で多数を退けるための苦肉の策なのは理解できる。
 だが考えたからといって実現してしまうのは本当にどうかと思う。

「それにもう一つ朗報だ。さきほどの巨大砲の砲撃によって受けた被害と、これまでの戦闘データの解析をルリ君とオモイカネに手伝って貰っていたんだが、彼らが使用するビーム兵器は波動エネルギーとの融合反応を起こさないと断言してもいい。もしも反応を引き起こすというのなら、ヤマトの波動砲発射でその事実に気付いていた彼らが遠慮なくこちらを攻撃していたことの説明がつかない。彼らは攻撃そのものには問題がなくても、撃破したあとの波動エネルギーの流出がどのように作用するのかだけが心配だったのでしょう。それが解消された現在だからこそ、あの要塞の巨大砲すら気兼ねなく動員できた。つまり――」

「つまり、モード・ゲキガンフレアであの巨大砲を防いだとしても、過剰反応で自滅することはない――ということですね」

 進の問いに真田が頷く。
 デスラーの策の一番の問題は、いかにしてあの要塞に無傷で突っ込めるかだったのだが、どうやら解決策が見つかったらしい。

「……お手数をかけて申し訳ないのですが……そのモード・ゲキガンフレアと言うのは、波動エネルギーを身に纏った突撃戦法のことでしょうか?」

 そっと訪ねてくれたタランに、第一艦橋の全員が頷いた。

 なぜそのような名前になったのかは後日伺えたが、ロボットアニメという文化を持たないガミラスの面々にとって理解に苦しむものであったことは、言うまでもないだろう……。
 そもそもなぜ火器兵器を持ちながら体当たりを率先して行うのだと率直な疑問が飛んだのだが、「ロマンって奴です」と返されてますます渋い顔になった。
 それは、だいたい戦争に負ける側が求めてる事柄じゃないだろうか。

 やっぱりヤマトは非常識だ。



 ――作戦は決行された。
 ヤマトはGファルコンDXをカタパルトから撃ち出したあと、デウスーラを伴い支援砲撃を受けつつ最大戦速で敵機動要塞に向かって突撃を開始する。
 ヤマトを先頭にデウスーラが続く形になっているのは依然と変わらないが、少しでもエネルギーを温存すべく砲撃を一切控え、残されたわずかなミサイルのみを使用した反撃で敵艦隊を突き進んでいく。
 当然敵艦隊もヤマトとデウスーラに火力を集中、その進路を阻む。
 ヤマトとデウスーラは切り離した反射衛星を使って砲撃を適度に捌きながらも、大きく旋回しながら艦隊の密度の薄い部分を選択して突き進み、艦隊を突破する。追撃はない。
 当たり前だ。ヤマトとデウスーラが通ったルートは仕組まれたもの。安全に進もうとすれば自然と要塞の巨砲の射程内に飛び出してしまうようになっている。承知の上で逆らわなかっただけだ。
 おそらくメルダーズも多少きな臭いものを感じながらも、巨砲で狙えるなら好都合と考えたに違いない。早速要塞の巨砲が重々しくハッチを開き、砲身を覗かせる。
 ――撃つ気だ。

「艦内全電源カット! 波動砲、モード・ゲキガンフレアで準備!」

 要塞の動きを確認するよりも早く、ユリカはヤマトの切り札の発動を指示する。
 次元断層での戦い以来使っていなかったモード・ゲキガンフレア。十中八九連中は知りもしないだろう。
 波動砲クラスの要塞の巨砲を防ぎきれるかは少々不安が残るが、ここはヤマトを信じて突っ切るしかない!

「波動相転移エンジン、圧力上げます。非常弁全閉鎖! 波動砲への回路、開きます!」

 非常灯を除いてすべての照明が落とされた艦内。
 機関制御席のモニターの光で暗い艦橋内に青白く浮かび上がるラピスの顔。
 この戦いにおけるヤマトのラストアタックを目前に控えながらも、その表情に焦りは一切浮かんでいなかった。
 もう何度も繰り返した波動砲の準備手順。そこに迷いはない。
 激戦続きでエンジンは好調とは言い難いが、そこはヤマトの根性と自慢の部下の手腕でどうにでもできる。そう言い切れるだけの実力を見つけたとむしろ誇らしげであった。
 完調とは言い難いエンジンの唸りを上げ、フライホイールの回転が高まる。フライホイールにより強い輝きが宿り、出力がグングン上昇していく。

「波動砲、安全装置解除。最終セーフティーロック解除!」

 進の操作で六連炉心の前進機構のロックが外され、突入ボルトへの接続準備が進んでいく。
 戦闘指揮席のコンソールが反転して波動砲トリガーユニットが出現。
 進は力強く左手でグリップを掴み、右手でボルトを押し込んで発射モードを切り替えてから、右手でもグリップを握りしめる。

「ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度二〇!」

 ポップアップしたターゲットスコープの中央に、巨砲を展開しつつある要塞の姿が見える。――いまから叩き潰す標的の姿だ。

「多目的安定翼展開。タキオンフィールド発生開始!」

 操舵席のハリが主翼とタキオンフィールドの制御を担当、ワープ航法のアシストも含めて目を瞑っててもできるくらいに慣れ親しんだ操作。
 文句のつけようがない完璧な仕事を披露する。

「突入コースのデータ、戦闘指揮席に転送します。そのルートを辿れば要塞の近くまで到達できるはずです」

 雪が主電探士席から戦闘指揮席に突入コースのデータを転送。盲目飛行を余儀なくされるモード・ゲキガンフレアを活用するには、どうしても欠かせない作業だろう。
 あとは要塞の動きがこちらの予測から外れないことを祈るだけだ。

「デスラー総統、ヤマトの突撃と合わせてください。ハードウェアの関係で、デウスーラでは完璧なモード・ゲキガンフレアの再現が困難です。ヤマトの航路からずれると、あのエネルギー砲に耐えきれずに吹き飛ばされます」


 ユリカの警告にデスラーは力強く頷いた。

「わかった。ヤマトに遅れず付いて行こう」

 ルリが送ってきたプログラムのインストールは既に完了している。
 デウスーラもタキオンバースト波動流の制御を目的としたタキオンフィールドジェネレーターを艦首に装備している。
 デスラー砲を挟み込んだ艦首構造物がそうだ。
 これはヤマトの解析データから波動エネルギーの制御システムとしてあの可変翼を使っているのではないかという推測し、ワープ時の負荷軽減のために使用されるタキオンフィールドをタキオンバースト波動流の制御に使えるようにと、デウスーラのデザインに反映された結果だ。
 主翼のデッドウェイト化を避けるためと、コスモリバースシステムありきで構築されたヤマトに対して、デウスーラのそれは波動砲としてのエネルギー制御に特化している。
 本来こういった用途にはとことん不向きな構造になっているが、そこは力業でどうにかする。
 既存の艦艇を使いまわすのではなく、無理をしてでも新造艦として用意したおかげで、この起死回生の一撃を見舞うことができるのだと思うと、デスラーは工廠のスタッフ一同に頭が下がる思いだった。
 ――彼らの英知の結晶、決して無駄にはしない。
 その思いと共に、デスラーは床から出現したデスラー砲の発射装置を掴む。拳銃型のヤマトに対して機関銃を模したそれを。
 側面のレバーを引いて安全装置を解除。ヤマトと並行して行われた準備は順調に進み、エンジンの出力は間もなく一二〇パーセントに到達する。
 そしてメインパネルに映るゴルバの姿を、発射装置のアイアンサイト越しに睨みつける。
 ――これで、この戦いに終止符を打とうではないか。
 デスラーはグリップを握る手に力を籠める。


「出力一二〇パーセントに到達! 六連炉心、突入ボルトに接続!」

「総員、対ショック準備!」

 眼前の要塞のエネルギー反応が高まっていく。発射は目前だろう。
 タイミングが遅すぎても速過ぎても、ヤマトとデウスーラは消滅する。たった一度しかできない、あの要塞を葬り去るこの作戦。
 この作戦の成否が――ガミラスとイスカンダル、そして地球の命運を決定する。
 気負いながらも進は不自然なほど落ち着いている自分を自覚した。
 失敗すれば終わりだと理解しながらも、頭の冷静な部分が「いままでもそうだった。気負うことはない」と告げる。
 思えばヤマトの航海は常に綱渡り。ガミラスの攻撃は苛烈であり、未知なる宇宙すらも牙を向いた。
 それらすべてを潜り抜け、ヤマトはガミラスとの戦いすら終わらせて――イスカンダルに来た。
 あとはカスケードブラックホールをヤマトの全力をもって排除さえすれば――恩人の星イスカンダルを破滅から救い出し、ガミラスと手を取り合う道筋が見える。
 ―――だから、眼前の『小石』に躓いているわけにはいかない。
 たしかに彼らにとってはヤマトの戦いと同じ、祖国の命運を左右する戦いかもしれない。――だがこちらにも譲れないものがある。
 結局ガミラスと戦っていたときとなにも変わらない。
 相手が話し合いで解決できない姿勢を見せているのなら、残された選択肢は屈服か、徹底抗戦かの二択しかないだろう。
 後者を選びながらも和睦の道を探すことはできるかもしれないが、それは非常に難しく、感情の対立という壁に阻まれがちだ。
 ――ガミラスとこのような結末に至れたのは、本当に、本当に運がよかっただけ。たった一つなにかが掛け違っていたら、こうはならなかった。
 たとえ互いを認め合ったところで、抱えた問題を解決できなければ争いに終わりはない。
 たまたま、ガミラスとの戦いには落しどころがあった。それがご都合主義的なまでに噛み合って最良と思える結末に辿り着けただけなのだ――。

(だから――申し訳ないが、おまえたちを下す)

 生きたいのは――みんな同じなのだ。
 幸せになりたいのは――みんな同じなのだ。
 その道を阻む障害が眼前にあるのなら、それを取り除きたいのは共通の願い。
 すべてを丸く収めることができないのなら――はたしてどのような選択が正しい。
 少なくとも自分たちが生きるために他者を振り落とすという選択は――現実的であっても最良の結果とはとても言えないだろう。
 だが最良ばかりを求めて現実を見失うわけにはいかない。
 だからせめて――せめて、自分たちの行動の結果からは逃げださない。
 もしこれで恨みを買い、それで地球が本当に戦火に見舞われるというのなら――その尻拭いは自分たちでする。
 その結果――直接自らの手で彼らの文明に終止符を打つことになるとしても……だ。

 かつてヤマトは『そうしてきた』
 『そうせざるをえなかった』
 『それ以外の道を模索することができなかったから』

 だから、自分たちもそれに倣おう。
 防御シャッターの降りた窓。外部カメラの映像を映し出すスクリーンとして機能している窓。映し出される宇宙。その闇の中に第一艦橋の光景が映りこむ。
 その中で、バイザー越しにユリカと視線があった気がした。彼女は視線で進に言った。
 ――行くよ、と。
 進も視線で応じた。
 ――行きます、と。

「波動砲――」



「デスラー砲――」



「発射っ!!」

 進は引き金を引いた。



 デスラーも引き金を引いた。






 ゴルバの主砲が放たれたとき、メルダーズは勝利を確信した。
 ヤマトとガミラス旗艦の防御フィールドでは防ぐことはできない。
 タキオン波動収束砲で相殺を図っていた節があるが、どうやらそれも叶わなかったようだ。

(勝った……)

 ついに強敵を打ち倒し、肩の力を抜いて座席に深く体を預ける。
 宇宙戦艦ヤマト。そしてガミラスの艦隊旗艦。想像以上にてこずらされた。これほどの強敵と戦ったのは生まれて初めてだ。
 だが善戦もここまで。さしものヤマトもゴルバの主砲の直撃だけは防げまい。ガミラス旗艦もろともに蒸発して消えたはず
 あとは残存艦隊を――。
 メルダーズは眼前の光景に目を奪われた。
 らしくなくポカンと開いた口からは「馬鹿な……」と驚きの声が力なく漏れだし、自身の迂闊さを呪い――さきほどまでとは打って変わって敗北を確信させられた。






 要塞から放たれた波動砲にも匹敵する砲撃の中を、波動エネルギーの膜で包み込まれたヤマトとデウスーラが突き進む。
 ヤマトに比べるとエネルギー制御が甘いデウスーラも、ヤマトが砲撃のエネルギーを切り裂いてくれているおかげ持ちこたえている。
 激しい振動にさらされながら、二隻は星をも砕く強烈な砲撃の中を突き進み――突き抜けた。

 眼前には無防備に露出したままの砲口が覗いている。チャンスはいましかない!!

「反転左一二〇度! 全速離脱!」

 デウスーラの前方を直進していたヤマトが急転換してデウスーラの進路上から離脱する。
 エネルギーを使い果たして停止した波動相転移エンジンの代わりに、自沈前から継承されている補助エンジンが限界まで出力を高めて最大噴射。
 いま出せる最大速度で要塞から離れていく。

 ヤマトの方向転換を見届けたデスラーは、間髪入れずに最後の指示を出した。

「コアシップ離脱! 艦体を要塞の砲口に向けて突撃させろ!!」

 デスラーの指示で合体していたコアシップが艦体から分離、ヤマトとは逆の方向に向けて転進、要塞から最大戦速で離れていく。
 対して艦体部分は真っすぐに無防備な砲口目指して突進していった。
 ――そう、これがデスラーの考えた機動要塞攻略作戦の要だった。
 要塞に対して有効といえる戦術は、敵の砲撃を誘ってトランジッション波動砲の連射を生かした相殺からの砲口の狙い撃ち。
 だが敵要塞の動力エネルギーと波動砲のエネルギー融合反応による被害の深刻さを考慮すれば、この手段は行使できない。
 下手をするとヤマトはもちろん、ガミラスやイスカンダルに深刻な被害をもたらしかねないのだから当然と言えよう。
 だがあの要塞を確実に葬るためには最低でもサテライトキャノンクラスの破壊力が要求される。しかしサテライトキャノンの威力では要塞の防御フィールドを突破不能。波動砲ですら通用しないと目されているのだから当然だ。
 だから届かせるには防御フィールドに穴を開けるか、発射後の無防備な瞬間にあの砲口に撃ち込むのが最善なのだが……砲口内部にエネルギーの逆流を想定した防御策がないとは言い切れない。
 そうなると、サテライトキャノン以上のエネルギーを扱うあの砲口を直撃できたとしても破壊できないかもしれない。
 ……砲口が万全の状態だったら。
 そういった部分まで考えられたデスラーの作戦は、その点非常にシンプルであり、現状では最も効果が期待できる手段であった。
 要するに、デウスーラの艦体部分を質量弾として砲口にぶつけて破損させることで、フィールドにも物理的な構造にも穴を開け、さらに発射口にデウスーラの艦体を突っ込ませることで砲口を塞ぐために展開されるかもしれないフィールドはもちろん、発射口の閉鎖を力づくで阻止、サテライトキャノンの砲撃を通すチューブとして使うという二段構えの作戦である。
 もしも要塞が全体を球状に包むフィールドを展開可能であった場合は破綻してしまう可能性があったが、現状取れる最善の手段であったことは誰も疑っていない。
 というよりも、もしも球状に展開できるというのならそれこそ被害覚悟でトランジッション波動砲の六連発による力業で突破を試みる以外の選択肢がないのだ。
 巨大な要塞の砲口に対して艦体のサイズが適切だと判断されたのは、翼部を含めた全幅がガミラス最大のデウスーラ。
 それにデウスーラはデスラー砲を有しているため、完全再現こそできないもののヤマトのモード・ゲキガンフレアを模倣することで波動エネルギーを強制的に放出しつつ、かつあの砲撃の真っただ中を突き進める、唯一のガミラス艦であったことが要因だ。
 これであのエネルギーの過剰融合反応を回避しつつ、より確実性をもって砲口に突撃させられるという寸法だ。
 また、コアシップによって人員を脱出させることもできる。しかも最低限とはいえ武装されていて十分な足の速さを持つコアシップなら、ギリギリまで艦体を誘導することもできる。
 思い立ったあとも、自身の座乗艦として精魂込めて建造されたばかりのデウスーラを早々に沈めるという決断は堪えた。
 工廠の技師たちの苦労を思えば、後ろめたかったのだ。
 しかしこれ以外に有効と言える手段はない。デスラーは断腸の思いで決断したのである。
 作戦立案に関しては渋い顔をしたタランも、デウスーラを沈めると言ったときのデスラーの表情を見て、涙を拭っていた。

 デスラーの悲しみと決意を乗せたデウスーラの艦体は、その行動に大慌てで対処しようと動き出していたハッチの隙間を掻い潜り、見事発射口に突き刺さった!
 ハッチは突っ込んだデウスーラの艦体を圧し潰すように最大パワーで閉じようとするが、総統の座乗艦に相応しく強靭に造られていたデウスーラの艦体は捩じ切られることなく耐えきり、堅牢を誇る要塞の防御に小さな小さな穴を開けた。
 ――そう。要塞の防御フィールドは要塞の表面にこそ展開されていたが、球状に展開されることはなかったのだ。

「あとは任せたぞ、ガンダムダブルエックス」

 デスラーは眼前で半壊したデウスーラを見つめながら、ヤマトが誇る最強の搭載機にすべてを託した。



 その光景を、艦隊から離れた地点に移動したGファルコンDXのコックピットから見届けたアキト。
 無人となっていても、デウスーラの壮絶な最期にすっかり慣れてしまった敬礼を送った。
 要塞の注意を引いて狙いを悟られぬようにと、最大射程付近である約三八万キロの距離で、アキトはラストアタックの機会を待っていた。
 すでにツインサテライトキャノンの発射準備は完了している。
 傍らにはダブルエックス護衛のため、エックスとレオパルドとエアマスターが控えていた。

「…………デスラー総統の行動、無駄にするなよ!」

「決めちまえ! アキト!」

「テンカワ! 終わらせるんだ!」

「……ああ!! この一撃で……決着をつける!!」

 金色に輝くリフレクターを広げ、両腕両脚のエネルギーラジエーターを輝かせ、余剰エネルギーを放出するGファルコンDX。
 Gファルコンに装着された増設エネルギーパックはもちろん、ガンダムとGファルコンからのエネルギーもありったけ供給した、最大出力での砲撃。
 改良されて以降発射の機会に(幸運なことに)恵まれなかったGファルコンDX最強最大の一撃が、ついに放たれるときが来たのだ。
 膨大なエネルギー反応を察知して、敵艦載機が迎撃すべく向かってくる。
 迎え撃つリョーコたち。加えて七色星団で共に戦ったゲットーやクロイツ、バーガー率いる部隊が応援に駆けつけてくれた。
 熾烈極まる航空戦を展開し、次々と互いの機体が火達磨になって宇宙に散っていく。

 その中に、ゲットーとクロイツの機体もあったことを、アキトは戦いのあとに知った。

 いま、ガミラスの願いも背負って――場合によっては彼らを屠るために使われるはずだったその力を、敵要塞に向かって放つ。

「いっけえええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 アキトは絶叫した。
 渾身の一撃がツインサテライトキャノンの、一対の砲身から放たれた。
 強烈な衝撃に機体が激しく振動する。強化された砲撃の衝撃を緩和するために追加されたショックアブソーバーが働き、伸長していた砲身が少しだけキックバック。
 放たれた二本のタキオンバースト流はすぐに絡み合うように回転しながら進み、やがて一本の強力なビームと化して要塞――そこに食い込んだデウスーラ目指して飛翔する。

 約三八万キロもの遠距離から放たれたツインサテライトキャノンの砲撃は、妨害すべく間に入ってきた敵艦数隻を苦もなく消滅させながら、要塞の砲口に突き刺さったデウスーラに到達。
 デウスーラが生み出した極々小さな偏向フィールドの穴を正確に射抜き、破壊された要塞の砲口から内部へと飛び込んだ。
 予想されていた内部の防壁の類がなかったのか、それともデウスーラの突撃で防壁が破壊され防げなかったのか。
 どちらであったのかはわからない。
 ただ一つたしかなことは……。

 ツインサテライトキャノンの砲撃で、要塞は内側から爆ぜて消えたということだった。







 「おのれ……っ! おのれ……っ!」

 己が敗北を悟った瞬間、メルダーズはそれまでの冷静さをかなぐり捨てて吠えた。
 もうどう足掻いてもこの状況は覆せない。まさかゴルバの主砲を相殺するバリアシステムを有しているとは――! いや、あれもタキオン波動収束砲の――!
 モニターに微かに映る、反転して離脱するヤマトの姿。
 もしもガミラスの戦力のみであったなら、負けることはなかった!
 もしもこれまでの航空戦で、あの人形の脅威を見抜いて仕留めていれば、負けることはなかった!
 だがすべてはあとの祭り。
 光速で迫るタキオンバースト流の輝きが、ゴルバの主砲に突っ込んだガミラス旗艦の艦体を貫き、発射口から内部に飛び込んで隔壁という隔壁を容易く貫通し――動力炉に到達。
 多少破損したとはいえ、主砲のエネルギー逆流に備えたエネルギー反射障壁や防護フィールドはまったく役に立たなかった。
 波動エネルギーほどではないとはいえ、タキオン粒子を加工したビーム兵器にもここまで脆弱であったとは……!
 想定外のエネルギーを流し込まれ――そして艦載機が保有する火力とは到底信じがたい超高出力ビーム砲が、堅牢を誇るはずのゴルバを滅していく。

「おのれヤマト……! おのれえぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜っ!」

 ヤマトぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 メルダーズの絶叫は、無敵と思われていたゴルバの消滅と共に宇宙へと消え去るのであった。






 巨大な機動要塞の爆発を背にヤマトとデウスーラ・コアシップは、ガミラス・イスカンダル方向に向けてゆったりと進んでいた。
 コアシップの波動エンジンは健在だが、ヤマトはエネルギーを使い果たしてしまって再始動に時間が掛かる。
 ここまでの戦いで相当無茶も繰り返しているので、強引な再始動はいかにヤマトと言えど、止めておいたほうが賢明だろうと判断された。
 要塞を撃破され、完全に浮足立った暗黒星団帝国の艦隊は統率を失っている。
 それでも逃げ帰ろうとしないのは、失敗した部隊の行き場がないということなのだろうか。
 デスラーはそんな敵艦隊に向かって、

「撤退するのであれば追撃はしない。命を無駄に散らすか今日の屈辱に耐えるか、好きなほうを選びたまえ」

 とだけ宣告した。
 結局戦力の要である機動要塞を失い、相転移砲の一撃で艦隊戦力を大きく喪失した暗黒星団帝国に、抗う力も意思も残されてはいなかった。



「……終わった……」

 最後の一隻がワープで消え去ったのを確認して緊張の糸が切れたユリカ。
 全身の力が抜けて艦長席にもたれかかる。補装具であるインナースーツがあるとはいえ、自力で動けそうにないほど億劫だ。
 ――瀕死の身の上だというのに、われながら無茶をしたものだ。
 ヤマトとの繋がりで補填されていなければ、指揮を執ることもままならなかっただろう。

「――さすが休ませてもらうね……進、あとは任せたよ」

「――了解、艦の指揮を引き継ぎます」

 返事を聞くなり「よっ」と疲れ切った体をシートから引き剥がして立ち上がる。ふらつくし頭痛も酷いがまあいつものことだ。

「私が付き添うわ。雪ちゃん、悪いけど通信席をお願い。さて――医務室も医療室も戦場でユリカの分のベッドも埋まってるし……私の部屋を貸すから、薬と食事を摂ったら一眠りしなさい」

 エリナに付き添ってもらって主幹エレベーターに向かって歩く。
 インナースーツの助けを借りてはいても、疲労が激しいのか足取りが覚束ない。

「部屋に付いたらとにかく薬と簡単でも食事が必要ね」

「うん。ありがと、エリナ」

 彼女も疲れているだろうに。それでもこうして世話役を買ってもらえて……感謝の言葉しかない。
 ――ようやくここまで来れた。
 ユリカは思った。
 あとはカスケードブラックホールを波動砲のフルパワーで破壊して、イスカンダルに寄港し、コスモリバースシステムに組み込んでもらえれば、地球まではその命を維持させられる。
 そのあとは……。エリナたちの祈りをフラッシュシステムとコスモリバースが形にさえしてくれれば……ユリカはかつての輝きを取り戻せるだろう。
 あと少し。あと少しで、この物語にハッピーエンドの印を刻めるところまで来た。
 ユリカは改めて、ヤマトの旅の終わりが近いのだと実感した。
 しかしすぐ近くにあるイスカンダルにたどり着けるのは、まだ先である。



 その後ヤマトは生き残ったガミラス艦と共にガミラス星に寄港することになった。
 戦闘によるダメージの回復はもちろんだが、カスケードブラックホールの詳細な情報を得るためには、イスカンダルよりもガミラスへのほうが効率がよかったのだ。
 なにしろイスカンダルの湾港施設は長期に割ってメンテナンスもなしに放置されている。
 そんな施設で扱うには、ヤマトのダメージはいささか大きすぎた。
 確実に、しかも改装を含めた作業をしようとするのであれば、軍港の規模も大きく設備も充実していて現役バリバリのガミラスのほうに軍配が上がる。
 ――ヤマトのデータが漏洩が深刻になるのが問題ではあるが、カスケードブラックホールを破壊するためにはどうしてもトランジッション波動砲の全弾発射システムを再調整が必要だった。
 発射システム内の空間磁力メッキの実装と、負荷の掛かりそうな場所への補強を短時間で済ませるためにはやむをえない措置である。

 ヤマトは先導するデストロイヤー艦やらデウスーラ・コアシップに導かれるようにガミラス星の大気圏に突入する。
 ボロボロになった翼を広げ、大気に乗って滑空するように高度を落としていく。
 それにしても……。
 シャッターを開いた窓から覗くガミラス星の姿を見て、進は思った。
 救援に駆けつけたときも思ったが、見れば見るほどに変わった星だ。
 ガミラス星の地表は植物の生い茂った緑一色の姿で、なんと海洋らしい海洋の姿が見受けられない。どころか、地表には巨大な大穴が数個も空いている。
 いや、もっと正確な表現をするのであれば――地殻に大穴が開いているのだ。
 おそらく地下水などによる浸食でそうなったのだろうが、ガミラス人は地表ではなく地殻内部の空洞部分を居住スペースとして活用しているようで、穴から覗ける範囲には海洋すらある。
 ――地底湖ならぬ地底海とでも形容すべき環境を湛えたガミラス星は、天文学に興味のあるクルーにとって、どのような歴史を歩んでこうなったのかを考えさせる実にいい刺激になったくらいだ。

「わがガミラスは、大昔にあった侵略戦争の教訓もあり、自然発生していたこの地下空洞に居を構え、宇宙空間から直接居住エリアや軍施設観測できないようになっています。厚さ数十キロにも及ぶ地殻を破壊したり、貫通して攻撃できる兵器は少ないので、むしろ地表に居住するよりも安全なのですよ」

 とはドメルの説明である。
 要するにもともとの環境に加え、軍事国家であるがゆえの備えも兼ねてこうなったらしい。
 先導するガミラス艦の管制に従って指定された大穴を潜る。穴を抜けた先には、照明で照らされた地底の街並みが見えた。
 まるでファンタジーの地底王国のようで、空の代わり地殻の天井が街を覆い、直径数キロはある巨大な天然の石柱が乱立してそれを支えるなか、地球を遥かに上回る超近代都市の街並みが広がっている。
 いままで見たこともない光景に、すっかり目を奪われてしまった。
 それこそこんな光景はSF映画のセットかアニメでしかお目にかかったことがない。

「ドメル将軍、明かりの確保は電力で賄っているのですか?」

「いえ、サンザーの光をプリズムなどを使って誘導して利用しています。もちろん星の自転で昼夜が切り替わるようにも配慮されていますよ」

 真田の質問快く応じるドメル。
 好奇心からほかにもいろいろと尋ねてみたい気持ちは進にもあったが、まずはドック入りだ。
 ガミラス本土防衛戦という激戦を乗り切ったヤマトは消耗しきっている。
 さんざん砲火を浴びた装甲表面は無事な個所が見当たらないほどあちこちが穴だらけだ。
 展望室などの脆弱部位を除けばほとんどの場所が内部までは貫通されていないとはいっても、装甲の層が覗いしまっている個所がほとんどで、劣化して機能を喪失した塗料兼防御コートは白化したり黒化したりと、見るも無残なありさまだ。
 あちこちアンテナやマストも折れているしで、戦艦大和のときから継承されている、富士山を思わせる優美なシルエットも崩れてしまっている。
 間違いなく、冥王星での戦いを上回る大損害であった。
 特にクルーへの被害は天と地ほどの差があり、半数近いクルーが負傷、その内七割ほどが入院を要する重症を負っている(とはいえ病室が足りないため、自室に戻して医療機器を取り付けて経過を観察することになったクルーも多い)。
 加えていまでの航海で出た人死には冥王星の戦いで二名、バラン星の攻防で撃墜されたパイロット二名の計四名と不自然にすら思えるほど軽微であったのに、この戦いでの死者は四〇名を超えた。
 治療中であっても経過の悪い者がさらに一〇名ほどいるため、もしかすると彼らも戦死者リストにその名を連ねてしまうかもしれない。
 なまじヤマトが異様に強固で、クルーへの人的被害を抑制してしまっていたがゆえに、航空戦においてもベテラン揃いで機体の改良やらガンダムの大活躍があってパイロットの被害すらもほとんどなかっただけに、ここまでの人死にが出たことにショックを受けたクルーはとても多かった。
 特にナデシコ出身者にとっては、かつてない人的被害に隠れて涙を流す者が多かったと言われている。
 それほどの被害を出しながらも、暗黒星団帝国の軍勢を退けたヤマトはようやく見えてきたガミラスの軍港へとその身を滑り込ませていた。
 やはり宇宙戦艦を扱うドックだけあって、屋根の類もなく開放的な印象を受ける。
 剥き出しの鉄骨だったりあちこちに走っているケーブルの束だったり、ガントリークレーンなどの存在がいかにもな武骨さと適度に雑多な印象を植え付ける。
 デスラー総統の勧めもあって、ヤマトはデウスーラがその身を委ねていたドックの隣――本来なら親衛隊の指揮戦艦級の一隻が使用していたスペースへと案内されていた。
 本来そのドックスペースに収まるべき艦は――要塞の主砲で蒸発してしまった。
 親衛隊はこの戦いで大きな被害を出し、総数が三分の一と大きく目減りしてしまっている。
 無理もない。本来ならデウスーラ共々後方にあって、デスラー総統を護衛するのが主任務だったのに、今回はその総統が自ら最前線に飛び出して砲火を交えたのだ。
 むしろ最後の最後までデスラー総統を守り切ることに成功したのだから、この被害もまた、彼らにとっては勲章と呼べるものなのかもしれないが、どこかやりきれない思いが残る。
 ガミラスの艦隊も、総数の三割を損失する被害を出している。要塞砲の被害は、それほど大きかったのだ。
 ヤマトは主を失ったドックにその身を滑り込ませると、安定翼を畳んで管制官の指示に従って位置を微調整、ドック床から伸びている鋏状のガントリーロックで固定された。
 ヤマトの艦体が固定されたあと、左舷上部の搭乗員ハッチを開放、ドックの横壁からタラップが伸びてきてヤマトの左舷搭乗員ハッチ繋がる。
 指揮戦艦級に比べると、ヤマトのほうが一七メートルほど小さかったので、タラップの位置が合うように前後の位置を微調整が必要だった。
 船台の高さも調整され、ガミラス艦とは根本的に規格が異なるヤマトの受け入れ作業は無事に完了。
 進はようやく一息付けそうだと思った。

 なお、ドックの管理者や作業員一同、まさかあのヤマトを受け入れることになるとは露とも思ってもいなかった。
 和解したという話は聞かされていたが、ヤマトが寄港するとなれば当然イスカンダルのほうだと考えていたものが多数であったし、規格が根本的に異なるヤマトをドックに入れらるかどうかなど、それこそやってみなければわからない。
 それでもデスラー総統の命令とあれば、やって見せねばならぬのがガミラス軍人の定めであったが。

 ヤマトへの通路が確保されると、早速ヤマトに収容されていたデウスーラのクルーが次々と退艦、入れ替わりにコンテナを乗せた台車を押してドック作業員がヤマト艦内に入り込んでくる。
 コンテナの中身は食料と医薬品――の材料となる物品だ。
 起源を同じとしていて、交配すら可能と言われるほど遺伝子情報が似通っていても、住む星の環境やらこれまで積み重ねてきた生命の歴史の違いで微妙な差異がある。
 それらを考えると、ガミラスの医薬品をそのまま提供するのはリスクが高いと判断され、医薬品に加工する前の材料を提供して、自分たちで加工したもらったほうが手間はかかるが安全と判断されたのだ。
 一応、スターシアから提供された守の治療データ……つまり地球人に対する薬品の耐性や効果に関するデータは提供されたのだが、いかんせん薬を造るにも時間が掛かるしその暇もなかった。
 ガミラス自体も決して小さくはない被害を被った以上、ヤマトのために割ける労力にも限度があるので、自給しなければならないのである。
 ガミラスから提供された品々を早速真田率いる工作班が艦内工場に運び入れ、医薬品の生産ラインにぶち込み、不足気味だった医薬品を合成して医療室と医務室、重傷者が戻った部屋に運び込んでいく。
 ここまではすぐに作業する必要があったが、激戦の連続によるクルーの疲労が深刻だった。
 結局ドック入りしたあとは半数以上のクルーを休ませて、交代制でヤマトの機能回復に努めることとなる。
 しかし、その傷はあまりにも重すぎた……。




「こうして顔を合わせるのは初めてだね。救援に感謝する」

「こちらこそ、お会いできて光栄です、デスラー総統。私が艦長代理の古代進です」

「副艦長の、アオイ・ジュンです」

 タランを率いて自らヤマトを訪れたデスラーに、ヤマトの代表として迎えた進とジュン。
 デスラーと進は力強く握手を交わし、互いの健闘を称える。
 ……ついにガミラスとの和解が成立したのだと思うと、感慨深いものがある。
 思えば、ヤマトの旅の始まりの時から随分と認識が変わったものだと思う。
 ――だが、悪い気はしない。
 ただ憎しみのまま戦うよりも、こうやって少しでもいい形で終わらせるように心掛けない限り、真の平和というものは得られないのではないかと思う。
 だがどれほど平和を望む心を持っていても、ときに暴力に頼らねばならないことも多いというのは、皮肉が利いているなとも。
 だが暴力に頼りながらも心を失わなかったからこそ、ガミラスとの間に和解という『結果』を作り出せたというのなら、ヤマトの戦いは決して間違っていなかったのだと信じたい。
 スターシアの願いに反することもなかったのではないかとも考えるが、その結論を出すのは彼女自身だと思い直す。

 その後デスラーは案の定と言うべきか、ユリカの状態を訊ねてきた。

「いまお休みになられました。容体の急変はないようです」

 とだけ答えると、一応満足してくれたようだ。
 直接会ってみたいのだろうとは思うが、戦闘直後ということもあって遠慮してくれた様子。紳士だ。

 話の流れで彼を第一艦橋に案内することになった。
 ユリカとの対面は果たせずとも、やはりヤマトの指揮中枢には強い関心があるらしく、断れなかった。
 断る理由もないと言えばないし(一応機密に関することは頭を過ったが、あとで改装なりしてごまかしてしまえばいいと妥協した)。
 デスラーとタランを引き連れ、進とジュンは左舷側の主幹エレベーターを使って第一艦橋へと上がる。
 ドアを潜ると何人かのクルーが席を立ち、艦橋に足を踏み入れたデスラーとタランに向かって(普通の)敬礼をする。
 デスラーとタランもガミラス式の敬礼で答えながら、艦橋の中央に向かって歩みを進めた。
 艦橋に残っていたクルーは主電探士席の雪と、機関制御席のラピス、砲術補佐席の守、それと中央の次元羅針盤付近にドメル将軍だけだ。
 真田はヤマトの損傷個所やら工場の稼働状況の確認のためウリバタケ同伴で動き回っているし、ハリは部下に仕事を任せたルリによって医務室に引っ張られて行って治療中、大介もおとなしく自室に引っ込んで療養生活に戻っている。
 デスラーはまず最初に自ら派遣したドメルと対面していた。


「改めてお礼を言わせてもらうよ、ドメル。よく大任を果たしてくれた。君にヤマトのことを任せて、本当によかった」

「はっ。もったいなきお言葉です、総統……!」

 デスラーはドメルにも握手を求め、類稀な働きを示した部下を労う。
 実際彼を介してヤマトを図ろうとしてなければ、ガミラスはヤマトと暗黒星団帝国を一度に相手しなければならなかったかもしれない。
 ガミラスとの共闘がなければ、暗黒星団帝国がああいった手段でヤマトを脅すことはなかったかもしれないが、イスカンダルに近づけば警告はしていたはずだ。
 ――いくらユリカであっても、独断で暗黒星団帝国との戦争を始めてしまう危険性のある行動には出られないはずだ。
 いやそれ以前にゲールにバラン星を任せたままヤマトと対峙させていたら、敵対を続けていたかもしれない。ゲールはその忠誠心からガミラスの――デスラーの敵を見過ごそうとはしないだろう。
 バラン星の襲撃に際してヤマトが今回と同じ行動をしたとして、はたしてゲールはそれを受け入れただろうか……。
 結果的にデスラーが見込んだドメルがゲールに代わって司令官の任に付き、そのドメルがヤマトに共感を覚え、彼なりに和解という展開を考えていたからこそ、これ幸いとヤマトの行動に乗っかることを指示できた。でなければこの展開はありえなかっただろう。
 ドメルの判断と行動が、ガミラス最大の危機を退けたのである。

 かつてない大任を果たしたドメルを労ったデスラーは、艦橋に残っていたクルーに対しても一人一人労いと感謝の言葉を掛けて回る。
 ……しかし驚かされた。
 機関長という重要な役職についていたのが、わずか一三歳の少女だったという事実には。
 ――こんな年端も行かない少女を最前線に送り出す……のは地球の困窮具合を考えればまだわかる。だが重要な役職に据えるのは、さすがに理解に苦しむ。
 しかも問題なく役職を遂行していたというのだから驚きだ。
 思うことはいろいろあるが、一人前の戦士とを礼を失しないように注意しながら労い、彼女の功績を称えた。もちろんラピスの目線に合わせるため腰を落とすことも忘れない。
 対するラピスは国家元首に直接感謝されるという想定外の事態に軽くパニックになったようで、ちょっと噛んだ応対をしてしまった。
 が、年齢を考えればそれは微笑ましく映る。
 デスラーは微笑を持って答えた。

 進は妹分の微笑ましい光景に頬を緩めそうになって気を引き締める。
 挨拶を終えたデスラーが第一艦橋最後部にある艦長席に振り返ったからだ。
 いまは空席であり、指揮を引き継いだ進が座る席ではあるが本当の主は――。

「――古代艦長代理、あのレリーフの人物は一体?」

 デスラーは艦長席の昇降レールに取り付けられたレリーフが気になったようだ。

「……沖田十三。宇宙戦艦ヤマトの初代艦長だった人物です。われわれは直接対面したことがないのですが、ヤマトがこの世界に漂着したとき、艦長が彼の亡骸を埋葬したとのことです。――彼の「万に一つの可能性を発見したのなら、最後の最後まで諦めてはならない」という考えは、艦長を通してわれわれに伝わっています。彼は間違いなく、ヤマトの父と言える人物です。艦長も沖田艦長の方針を可能な限り継承すべく苦慮されていましたし、艦長自身万全とは言い難い体調にあって、心の支えとしていたようです」

 進は改めてこのレリーフに向き合う。
 本当に、直接対面し教えを請えなかったことが残念で仕方がない。
 ――もしも彼が存命のままヤマトと共にこの世界に来ていたら、どのようなことになっていたのだろうか。
 もしかしたら、ヤマトの艦長として進たちを導いてくれたのだろうか。
 それとも自分たちにすべてを託してヤマトには乗らなかったのだろうか。
 どのような形であれ、彼と直接会うことができたのならどのような関係になったのか、すべての秘密を知ってから、ときおり考えることがある。
 ――少なくともいまの進たちを見たのなら、成長を喜ぶよりも先にナデシコ的な軽〜い空気に頭を抱えていたかもしれない。守の例を見るに。
 いや、もしかしたら日頃の気の緩みは多少見逃してくれたりするのだろうか。沖田艦長の人なりを正確には知らないので、ただ単に厳格なだけな人物ではない可能性もあるにはあるが――。
 やっぱり、直接会ってみたかった。

「そうか……」

 デスラーはそれ以上質問することもなく、その場に膝をついて沖田艦長のレリーフに首を垂れる。
 傍らに控えていたタランもそれに倣った。
 その心中を進が察することはできない。だがユリカにも影響を残したヤマトの父に対して敬意を示すと共に、感謝しているのではないかと勝手に思った。
 死してなお、彼の影響はこのヤマトに残っている。
 世界を超えても、なお。

 しばらく静かな時間が流れた。
 ユリカとの対面こそ果たせなかったもののおおよその目的を達したデスラーはドメルを率いてヤマトを離れた。
 国家元首としてやらねばならない執務が溜まっているのだとか。
 ドメルはドメルでヤマトに同行していた間の報告書の提出はもちろんのこと、本星に帰還したからには家族に顔を見せるのが自身に定めらルールらしく、今回の功績を鑑みたデスラー直々に一週間の休暇を与えられ、艦を降りて行った。
 去り際に「機会があればぜひユリカや進に自分の家族を会わせたい」と申し出てきたので、機会があれば応じると答えておいた。
 ――あのドメルの家族。興味がある。
 ヤマトは修理と並行した波動砲の改造と各部の補強のため、ガミラスのドックで時間一杯お世話になることが確定しているのだ。機会の一つや二つ、あるだろう。
 また扱いを特別にせざるをえないヤマトはやはりというべきか、総統親衛隊の管轄に置かれることになった。
 まあそれ以外にいい手段もないし、整備作業を円滑に行うためにはむしろ管轄下に置かれたほうがなにかと都合がいいので文句は一切ない。
 おまけにデスラーが信を置くタラン将軍が管理者を買って出てくれたこともあり、資材の提供の窓口にもさほど困らなかった。
 機関部や波動砲周辺の改造に必須なコスモナイトの備蓄が絶対的に不足しているヤマトだ。「すでにヤマトに大きな借りがあります」とタランも副総統のヒスも好意的で、国家の危機を救う存在であることも鑑み優先して回してもらえているのもありがたい。
 合わせて工廠の設備もいくつか使わせてもらえるように手配してもらえたので、提供してもらえた反射衛星の詳細なデータ(鹵獲品の解析ではわからなかった部分)を基に、空間磁力メッキの開発を急ピッチで進める。
 ガミラスが収集したカスケードブラックホールのデータも提供され、どの場所にその本体である時空転移装置が存在していて、そこに波動砲のエネルギーが届くかどうかの検証も開始された。
 欲を言えば安全圏から波動砲を撃ち込んで終わらせたいのだが、エネルギーが引きずられて仕損じるリスクと折り合いをつけられなければ、カスケードブラックホールに自ら飛び込む形で距離を詰め、発射しなければならない。
 タラン将軍を交え中央作戦室でそう結論が付けられたが、ユリカの状態を鑑みると十分な改修を行う時間がないこともわかった。
 ヤマトの改修作業は乗員のみで行ういまのペースだと、約三六日かかる。
 だがユリカはもう一月も持たない。
 イスカンダルでコスモリバースのコアユニットに接続するまでの時間を考えれば、改修に許される時間はたったの一八日。
 予定の半分の時間で改修作業を回収するにはガミラスの協力が不可欠。
 そう判断した進と真田はまたしても地球との緊急通信が繋ぐことを求め、機密漏洩覚悟でヤマトの改修作業を行うことを政府に進言した。
 作戦成功の暁には、ガミラスの造船技術や超長距離ワープ技術の提供などがデスラーの名の元に約束されたことで正式に許可もおり、地球とガミラスの戦争に終止符を打つ、最後の作戦が決行されるのであった。



 辛くも機動要塞ゴルバを下し、暗黒星団帝国の魔の手から逃れたヤマトとガミラス。

 そしていま、ついにヤマトは最後の敵――カスケードブラックホールに立ち向かうときを迎えていた。

 ヤマト、カスケードブラックホールを見事打ち破り、コスモリバースシステムとなって母なる地球の未来を拓くのだ!

 人類滅亡と言われる日まで、

 あと、二四〇日!

 あと、二四〇日!



 第二十六話 完



 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 最終話 ヤマトより愛をこめて!

 見届けよ、これが愛の奇跡だ!

 

 

第二七話 ヤマトより愛をこめて! Aパート







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
ふう・・・いや、やはり堪能させて貰いました。
特攻に燃えを見いだしてしまうのはやはり日本人故なのか。


>地球人は発想も突飛だがやることが極端から極端に走り過ぎる!
おっしゃる通りでw
まあナデシコの連中だしなあ・・・と思ったが、原作ヤマトの連中も割と大概かw


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