「……メルダーズは失敗したか。地球の宇宙戦艦ヤマト、放置するには危険な存在か……」
暗黒星団帝国の支配者、聖総統スカルダートは予想だにしなかった脅威の出現に苦々しい気分だった。
「だが、連中はわが帝国の所在も知らぬ。いまはガトランティスとの戦いに全力を注ぐべきか……地球を叩くのはいまの戦いを制してからでも遅くはない。ガミラシウムとイスカンダリウムが手に入らぬのは痛いが、再度兵力を派遣できるほど戦況はよくもない。……ガトランティス――これほどの軍事国家が存在していたとは……」
非常に口惜しいが、いまは諦めるしかない。
だがわが暗黒星団帝国の存亡に関わる重大な作戦が事実上の失敗に終わったのが腹立たしい。
イスカンダリウムとガミラシウムは帝国の動力エネルギーとの相性がいいとされている物質なので、開発中の無限ベータ砲をより強力にするためにも役立てたかったのだが……忌々しきは宇宙戦艦ヤマト。たかが戦艦一隻にいいようにしてやられるとは。
不幸中の幸いなのは、連中がこちらの所在を知らぬことか。復興のことを考えれば、数年はこちらを探し出す暇などないだろう。
ガミラスも予想以上にしぶとかったが、まず優先して叩くべきは地球か。
滅亡寸前にあってあのような戦艦を生み出すとは――この爆発力、見過ごせない。
スカルダートは帝国の邪魔をした忌々しき宇宙戦艦ヤマトの資料から目を上げながら、そう遠くない未来の報復を誓って目を光らせた。
(ガトランティスを始末次第、地球は必ず叩き潰す!)
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
最終話 ヤマトより愛をこめて!
ガミラスの全面協力を得て急ピッチで改修作業を続けるヤマト。
作業のほとんどは波動砲と機関部に集中していて、作業のために艦首の甲板を第一主砲の手前まで取り外し、ガントリークレーンで中にある収束装置二種とライフリングチューブを釣り上げて工廠へ移動させた。
エネルギー収束装置の性能向上により想定される大出力を流しきることや、負荷対策としてエネルギーが通過する部分に空間磁力メッキの生成・コーティングシステムを取り付けていくのが目的だった。
ヤマトの艦体表面や波動砲とエンジン回りの空間にも空間磁力メッキの生成装置が取り付けられる。
空間磁力メッキはシステムの構造上長時間展開していられないため、発射直前に展開して保護膜を形成するシステムとして構築されている。
特に負担の大きい発射システム内部には下地代わりに反射衛星の反射板と同じ反射材を張り込んで二重の防御策を施すことで、想定される負荷に備えた。
この改修作業で『机上の計算では』六倍――いや、真の力を開放したエンジンが生み出す、八倍の波動砲にヤマトが耐えられると出ている。しかしあくまで机上の計算に過ぎない。修理作業も並行されているが、時間のなさと激戦続きでダメージを抱えているヤマトの艦体が持ちこたえられるかどうか、完全な保証はできないとガミラスの技官も念を押している。
――テストすらできないぶっつけ本番かつ一発勝負という緊張感。誰もが不安を拭いされてはいない。
波動砲の改装と並行して行われたエンジンの再調整と改造によって、短時間だが真のスペックが発揮できるようになった。
制御プログラムの開放はもちろん、特に負荷がかかる部分はガミラスの技術者が精魂込めて仕上げた部品に置き換えることで、いままでは自壊が懸念されたエンジンの耐久力が高められている。
この作業には念には念をと一〇日が費やされ、徹底的に仕上げられた。
合わせてヤマトの艦体――特に竜骨には空間磁力メッキでも防ぐことができない衝撃に対応するため、いくらかの補強が施された。
ヤマトの竜骨はいままでの無茶の繰り返しにも負けておらず、劣化らしい劣化も見られていない。多少の補強で大丈夫だろうと判断されていたが念には念を、という判断だ。
問題は装甲支持構造のほうだった。
航行中にも修理と並行して改良を施してはきたのだが、抜根的な改善には至っていない。
いままでの数倍を超える反動が加われば、耐えきれずに装甲外板が吹き飛んで剥がれ落ちてしまうかもしれないという懸念は工作班共通の認識である。
それはヤマト自身の強度低下による破断を招くだけでなく、気密が破れるによるクルーへの影響のほうが深刻視された。
作戦中は宇宙服の着用を義務付けたとしても、空気が放出されたときに乗員が宇宙に放り出されないでいられるかは運次第になってしまう。
ここもガミラスの技術者が応急であってもフォローすべきと、特に頭を悩ませた部位だった。
それに波動砲による反動も心配だが、時空転移装置のある場所も問題だった。
……カスケードブラックホール。
イスカンダルとガミラスを飲み込んでしまうとされる宇宙の悪魔。
その姿はその高重力が生み出す赤方偏移によって赤色と化したガス状膠着円盤を、まるで尾のように後方に曳かせながら、宇宙をわが物顔で突き進んでいる。
デスラーはその姿を指して「まるで悪魔の唇のようだ」と評していた。デスラーらしい言い回しかもしれない。
その本体と言うべき空間転移装置は表面のガス状の口から中心部に向かって三〇〇キロの地点にあると推測されている。
ガミラスが事前に出した偵察部隊が危険を顧みない無茶な方法でようやく割り出した、敵の心臓部。
その地点に波動砲を確実に撃ち込むためには、ヤマトもその内部に突入する必要があるかもしれないと目されている。
もし突入が必要と判断され突撃した場合、次元転移装置が生み出す重力場の干渉をモロに受けることになる。その場合波動砲発射前にヤマトの艦体に大きな傷を負うかもしれないし、発射の反動でさらに崩壊が助長され、ヤマトがバラバラになってしまう可能性だって残っている。
――許された時間を最大限に活用しても、ヤマトはこれらの問題に対して明確な対処法を得ることができなかった。
やはり時間が足りなかった。現にヤマトは全体的な補強工事を請けているにも拘らず今回の作戦とは無関係の通常兵装のほとんどが修理されずに放置されている始末だ。
武装の大半は使用不能なまま、雑に装甲を張り付けて穴を塞いだだけとなっている。
パルスブラストは虫食い状態。増設分は完全に撤去され跡地の穴を塞いだだけで放置。主砲や副砲の折れた砲身や駆動部はそのまま、当然ミサイルも補充されていないし、発射装置の不具合もそのまま。
戦闘能力の喪失もそうだが、修理放棄された武装部分から破損していかないかという不安が残されている。
それでもヤマトは発進した。護衛としてデストロイヤー艦に指揮戦艦級、高速十字空母数隻を引き連れて。
戦闘能力を喪失しているヤマトを単独で航行させるわけにはいかないと、デスラーが派遣したのだ。
目立たないようにするため小規模な艦隊に留めているが、いざというときにはすぐにでも増援が遅れるように準備されている。
暗黒星団帝国の艦隊は退けたが、いつまた攻撃してくるか予想がつかない。
万が一敵襲を受けた場合、彼らを盾にヤマトだけでもカスケードブラックホールに突撃して破壊を敢行、彼らが持ちこたえているうちに増援を送り込んで敵艦隊を退け無力化したヤマトを回収し、イスカンダルに送り届ける手はずになっている。
これがこの航海最後の戦いになる。
ヤマトクルーの誰もが終局を肌に感じていた。
ヤマト一行は無事ワープアウト。カスケードブラックホールの予定進路上へと移動し、その姿を最大望遠で捉えることに成功していた。
幸いなことに、暗黒星団帝国の影はまったく見えない。この分なら襲撃は心配しなくてよさそうだと、ユリカも安堵していた。
――これでカスケードブラックホールにだけ意識を集中できる。
「――上下約三〇万四〇〇〇キロ、左右約三三万八〇〇〇キロ。木星の倍以上の大きさですね。秒速二万九〇〇〇キロで進行中。ガミラスの情報どおりです。誤差はありません」
「……あれが。イスカンダルとガミラスを飲み込もうとする、次元転移装置の生み出す悪魔……」
「そして、この戦争の火種になった存在……!」
ルリの解析データを聞きながら、ユリカと進が各々の感想を口にする。
恐ろしい光景だ。
「ガミラスの解析データと合わせて、ヤマトの砲撃データを調整します。しばらく時間をください」
ルリの補佐として電算室の副オペレーター席に就いている雪の言葉に、ユリカと進が静かに頷く。
これが――この戦争でヤマトが放つ。最後の一撃になるだろう。
解析作業の終了とワープによるエネルギーの損失が回復した頃には、カスケードブラックホールは随分と距離を詰めてきていた。宇宙の距離感ではもう目と鼻の先と言っていいだろう。重力場の影響も受けつつある。
ヤマトを護衛するガミラス艦隊は、作戦の成功を願う旨を伝えてヤマトから離れていく。彼らの安全を考えれば当然の行動だ。
さて、ここからはヤマトの戦いだ!
「ヤマトのみんな、艦長のミスマル・ユリカです。これから、この航海で私が艦長として指揮する、最後の作戦を開始します」
ユリカは静かに宣言した。
艦内通信の回線を開き、これからヤマトがなにをするのかを、静かに、だが確たる決意と共に語る。
「われわれは幸運なことに、このカスケードブラックホール破壊作戦の前にガミラスとの和解を成立しました。これはみんなが憎しみに囚われることなく戦いを終わらせようと心を砕いてくれたからであり、艦長として本当に誇らしく思います。しかし、ヤマトの戦いはまだ終わっていません」
ユリカは一拍置いてから告げた。
「ヤマトの戦いは、常に愛する者の未来のため、われらが母なる星――地球と人類のためにこそありました。ガミラスとの和解も、暗黒星団帝国との戦いも、そしてこのカスケードブラックホールを破壊するのも、すべては地球のため。私たちの帰りを待つ愛する人々のため――そう、私たちの航海はまだ道半ば、そっくりそのまま復路が残っています。このすべてを飲み込む悪食のブラックホールを退けるのも、ヤマトの航海全体から見れば中間目標に過ぎません。だから……私たちは絶対に生きてカスケードブラックホールを破壊します! そしてイスカンダルに辿り着き、ヤマトをコスモリバースシステムへと改修して地球を救うのよ!! 一昨年も去年も、地球にとって本当に散々な年だったけど、今年二二〇三年は地球にとってよき年になるように全力を尽くしましょう!……さあみんな――勝ちに行くぞぉ! おぉぉっーー!!」
「おおぉぉぉっーー!!」
ユリカの宣言に全員が吠える。ガミラス滞在中に、地球では西暦二二〇三年を迎えてしまっている。
ヤマト艦内は地球時間で運行されているため、ヤマトは年明け早々の大仕事というわけだ。
成功すれば大吉、失敗すれば大凶確定の大仕事。
――さあ! 最後の一撃を放ちに行きましょう!――
クルーの熱意にヤマトも応えた。
それを切っ掛けに最大出力かつ全弾発射モードの――通称『マキシマムモード』の発射準備が開始される。
「トランジッション波動砲! マキシマムモードで発射用意!!」
「波動相転移エンジンリミッター解除! 相互増幅開始!」
ラピスは機関室に指示を出すと同時に、機関制御席のコンソールボックス右下に隠されていたハッチの解除コードを入力して開放、中のレバーを思いきり引っ張る。
管制モニターに『エンジンリミッター解除』『相互増幅作用実行』と警告が表示された。
いままではエンジン耐久力の問題もあってヤマトが勝手に起動したとき以外は封じられていた、波動相転移エンジンの全力運転が開始される。
機関室でもすぐにその力を体感する事態になっていた。
エンジンの回転数を示すメーターが目に見えて急上昇し、フライホイールがまるで燃え上がっているかのように真っ赤に輝く。
そして前方の六連相転移炉心全体が右回りに回転を始め、有り余るエネルギーを中央の動力伝達装置へとため込んでいく。
「全弾発射態勢! 空間磁力メッキ展開!」
機関室で太助が、山崎が、駆けずり回って準備を進めていく。
防御壁が下りて機関室が前後に分断される。
そしてヤマトの各所に設置された空間磁力メッキ生成システムが稼働し、ヤマトの艦体が、内側の一部が、眩い銀色に輝き始めた。
「出力上昇中! 出力、一二〇パーセントに到達! 出力、一五〇パーセント! 最大出力です!!」
想定される最大出力に到達した波動相転移エンジンが、悲鳴にも近い唸り声を上げ、ヤマトの体が震え始める。
解放された発射口内部に最終収束装置の余波で生じる青い輝き。
空間磁力メッキの反射と普段の八倍という途方もない出力のためか、発射直後のような神々しい閃光となって煌めいている。
「安全装置すべて解除! 次元転移装置の位置情報をリアルタイムで送ります!」
「全センサー最大稼働! 電算室のシステムも最大稼働させます!」
ルリと雪が協力して情報処理に当たる。
しかし波動砲に全エネルギーを回すと電算室に必要となる電力を確保することが難しくなる。特に今回のように余力を残すことが難しい状況下ではなおさらだ。
補助エンジンの生み出す電力は平常時の予備電力としては十分であっても、このような状況下で電算室に優先して回すとなると、少々心許ない。
なので予備電力として艦載機を使うのだ。
Gファルコン用の合体コネクターにアダプターを付けて、ガンダムとGファルコンに搭載された相転移エンジンを稼働させ、その電力を電算室に回すように手を加えてある。
元が機動兵器用の小型エンジンなので足しになる程度ではあるが、電算室の電力を賄う程度なら十分であった。
あの悪魔を討ち滅ぼすため、思いつく限りの手段を講じて立ち向かうのである。
「総員、対ショック、対閃光防御!ターゲットスコープオープン! 目標、次元転移装置!」
戦闘指揮席と艦長席、両方の波動砲発射装置が起動して、ユリカと進の眼前に滑り込む。
真の力を解き放ったトランジッション波動砲は極めて危険な存在。それゆえの安全措置として艦長席と戦闘指揮席双方からの操作でなければ引き金を引けないようになっている。
もちろんタイミングも合わせなければならないし、艦長席側はユリカの生体認証がなければ機能しないようセキュリティーが掛かっていて、これは彼女の死亡時を除いて解除できないように構築されていた。
本来であれば航海の進展とともに必ず体調が悪くなることが決定付けられているユリカを絡ませるべきではない。だが伊達や酔狂でこのような仕様になったわけではない。
ユリカは視覚補助用のバイザーを外して脇に置く。
生身の視力は完全に失われてしまっているが、ナノマシンの浸食が進んだことが原因で意識すれば『時空の歪みを視覚と言う形で知覚できるようになっている』。
電算室が最大稼働しているとは言っても、得られる情報は多いに越したことはない。
こうなることがわかっていたからユリカを最後の最後まで必要とする措置が設けられているのだ。敵の正体をより深く知るために。
続けてこのために用意したフラッシュシステムの送信機を頭に被る。
――ガンダムのブレードアンテナ(もちろんアキトのダブルエックス)を模したせいでコスプレっぽいのが難点だが、フラッシュシステムの送受信機としてはガンダムのブレードアンテナの形状と配置が最も適しているというのが、スターシアが送ってくれたイスカンダルの過去の研究成果であった。
そのフラッシュシステムを使ってユリカが知覚した時空の歪みを電算室に送り込んで解析してもらう。そうすればより正確な位置情報を掴める。
あとはそのデータを戦闘指揮席のターゲットスコープに送り込んで貰えばいい。そこから先は進がやってくれる。ユリカは進のタイミングに合わせてトリガーを引くだけでいい。
――タイミングは、フラッシュシステムを通してヤマトが教えてくれる。
今回はより『視やすく』するため、戦闘時としては例外的に防御シャッターが開けられている。
――開かれた窓からはカスケードブラックホールの姿が見て取れる。赤色のガスが生み出す巨大なトンネルと、その奥にある――黒。
漆黒。
暗黒。
深淵。
そうとしか形容しようのない真っ暗な、穴。
ブラックホールでなくても見ているだけで吸い込まれてしまいそうな――闇。
いままで進路上にある多くの物を手当たり次第に飲み込んで来た、大喰らいの闇だ。
ユリカの『眼』には、カスケードブラックホールの正体である次元転移装置の位置が『視えた』。
計測どおり、開口部から奥に三〇〇キロの地点にある。ヤマトからは上に三度、右に五度の位置にある。
……開口部のほぼ中央。この辺はすぐにでも予想がつく。だが時空の裂け目が生み出す重力干渉場によって装置に直接物質などが届かないように、入念に保護されているのも『視える』。
時空の裂け目自体は装置の後方に展開されているようだが(おそらく進路観測を行ううえで邪魔になるからだろう)、この干渉場があっては並大抵の手段では破壊できない、鉄壁の防御と言って差し支えないだろう。
……なるほど、これはたしかに波動砲でも持ち出さなければ破壊は不可能だ。それも六倍――いや八倍の波動砲でなければエネルギーが直進せず、引きずられて外れてしまうだろう。
――波動砲は出力が上がれば上がるほどに、時空間歪曲作用が強くなる。特に六倍以降は本当に凄まじい。
今回の改装では実装が見送られているが、完全に制御された状態だとエネルギー流の内部や周囲に無差別に、または指定座標で次元の裂け目を生み出し波動砲による直接破壊を免れた相手であっても次元断層に放逐する性質を付加できるほどだ。
この現象ゆえ、使い方次第では対象を破壊することなく惑星単位で次元断層に放逐して、そのまま封じてしまうことすらできる。――そう、シャルバートが自身をそうしたように。
今回はこの作用の一端を利用して、重力干渉場を貫いて制御装置を撃ち抜くのだ。
……そう、一端だ。全力ではない。
トランジッション波動砲とは本来この時空間の裂け目を伴うシステムであったのを、こじ付けて六連射波動砲のことと偽っていたのだ。
完全な波動砲にしなかった理由はたった一つ。――『真の波動砲』を世に出さないようにするためだ。
波動砲の開発過程を紐解いていけば、コスモリバースシステムと波動砲が密接な兼関係にあることは否が応にも理解させられる。
もしヤマトが純正のエネルギー制御装置とコスモリバースシステムを(不完全であっても)両立してしまえば、自然と真の波動砲の存在が露呈するであろう。
真の波動砲――名を『回帰時空砲』という。
詳細な原理などを要約して結論のみを語るのであれば、波動砲の真の姿とは『コスモリバースシステムの攻撃転用』と言って差し支えない。
その威力は恒星質量程度のブラックホールであれば消滅に導くことすら可能とされる。
原理と破壊力のみを語るのであれば、今回の任務に最もうってつけの武器ではあった。だが決して誕生させるわけにはいかない武器でもある。
スターシアがガミラスへ波動砲の技術提供を拒み続けた真の理由がこれだった。
デスラーはコスモリバースシステムと波動砲の関連を知っている。それだけでもこの兵器の発想に辿り着きかねないのだ。
コスモリバースシステムの現物が残っているいまは、いつ生み出されても不思議はない状況にある。
決して人が手にしていい力ではないのだ。
不幸中の幸いなのは、理論的には完成されてはいてもいままでの歴史で使用されたことが無く、現物が存在しないことだろうか。
そして今後も造られはしまい。
その存在を知っているスターシアとユリカが口外しない限り。
「進、誤差修正右五度、上方三度! あとはルリちゃんたちの指示に従って微調整して!」
「はい! 誤差修正右五度、上方三度! 電算室からの指示を待ちます!」
命令を復唱して進が狙いを修正する。
これでヤマトの艦首は正確にカスケードブラックホールの心臓部――次元転移装置に向いたはずだ。
重力干渉によるわずかな誤差を修正するための情報を電算室から受け取れば、狙いはより正確になる。
「古代君、重力場の干渉による弾道の変化のシミュレートを転送するわ!」
情報処理に忙しいルリに代わって雪が戦闘指揮席にデータ転送を開始する。
フラッシュシステムを介してユリカが『視た』情報を電算室で処理して波動砲の弾道データを算出。
――やはり、この距離からでは確実な破壊は見込めない。どうしても重力場の干渉を受けてしまう。
「艦長!」
みなまで言わずとも伝わった。
「ヤマト! 全速前進!!」
使用可能なサブノズルを最大噴射。
銀色に輝くヤマトはカスケードブラックホールに向かって突撃を開始した。
重力場の影響で時間の流れが遅れる前に――そしてヤマトがバラバラにされる前に決着をつける。
ヤマトは重力干渉の影響でふらつきながらもブラックホールの『口』目がけて突き進む。が、その進路が不自然に折れ曲がる。重力場に引き摺られて真っすぐ進めないのだ。
進の腕ではまっすぐ進めない。そう判断してぎりぎりまで操舵を引き受けてくれた大介は、懸命に舵を操りヤマトの進路を立て直す。翼を開き、左右に何度もロールしながらヤマトはブラックホールの開口部を突き進む。
重力場の干渉でヤマトの艦体があちこちで別々の方向に引っ張られ、捩じられそうになって艦体がギシギシと悲鳴を上げる。
右コスモレーダーアンテナが拉げ、引き千切られる。左舷のカタパルトが接合部からもぎ取られてガスの流れに飲まれて消えた。ほかにも細かい構造物が拉げ、もがれてゆく。全身の装甲板も継ぎ目が剥がされ脱落しそうになる箇所がいくつも生じた。
……だが、空間磁力メッキの作用で幾分干渉が軽減されたヤマトは気合で耐えきり崩壊を免れる。
途中、高速で流れるガスに第三艦橋が接触。
一度目の接触で右側のアンテナウイングが根元からバラバラにされ、二度目の接触で外装の下半分がごっそりと抉られた。破損部がガスとの衝突で生じた摩擦熱で真っ赤に輝く。
それでも辛うじてガスからの離脱がギリギリ間に合ったことと、空間磁力メッキの保護とガンダムらからの供給で機能を維持したディストーションブロックのおかげで、最も重要な電算室とオモイカネの本体は辛うじて――本当に辛うじてのところで破壊を免れた。
あと少し離脱が遅ければ、ガスに沈む量が深ければ、根こそぎ抉り取られていたであろう。
「有効射程まであと一五秒! あとは頼みます!!」
第三艦橋の外装が崩壊する激しい振動と騒音と、あちこちで火花散り、高精度壁面パネルの部品が脱落して電算室が死んでいく。
コンソールパネルにしがみ付きながら片手で頭を守るルリが進とユリカにすべてを託した。
「古代! 渡すぞっ!……」
「ああ、任せろっ!!」
ギリギリまでヤマトの進路を保持するため力を貸してくれた大介から、進が舵を引き継ぐ。
発射装置の圧力センサーと微調整用のコンソールを操作して、しっかりと次元転移装置を狙う。
「――われらが地球と……サンザー恒星系の未来を掛けて……っ!」
秒読みカウントは不要だった。
進のその言葉だけでユリカは彼がトリガーを引くタイミングを察してくれる。
ヤマトの――フラッシュシステムの助けがあれば、なおのこと!
「発射っ!!」
進とユリカの声が重なり、コンマ一秒の狂いもなくトリガーが引き絞られる。
――カチンッ!
聞き慣れた、トリガーユニットのボルトが前進する音を聞いた。
直後、限界寸前までエネルギーを蓄えていた六連相転移炉心が回転を停止。間髪入れずに突入ボルトに叩きつけられた!
同時に炉心と突入ボルトの周囲に激しいスパークが生じる。
そして――銀色に輝く発射口から普段の八倍にも相当する膨大なタキオンバースト波動流が吐き出される。
そのさまは、さながら巨大な光の柱がヤマトから生じたようにも見えた。普段はただ直進するだけのエネルギー流の周囲にまるで渦巻くかのような空間歪曲が生じ、普段の波動砲では見られないほどの激しい稲妻を引き連れながら、ヤマトの前方に伸びていく。
ヤマトにも変化が起きた。
想定値を上回る負荷に耐えきれず、補強されてなおヤマトの艦体が崩壊しそうになる。
耐えきれなかった発射システム内の空間磁力メッキが、下地の反射材をも道連れにして剥がれ落ちていく。
ライフリングチューブの内側と収束装置の内部が灼熱して溶解。波動砲の発射口も真っ赤に焼け爛れ、エネルギー流に続いて激しい黒煙と炎を吹き出してしまう。
ヤマトの艦体を覆う空間磁力メッキが、エネルギーふく射を受け流していくが、内側からの過負荷に耐えきれず波動砲周辺の装甲が大きくひび割れ裂ける。限界を迎えたいくつかの支持構造が破壊されて、艦体に穴が開く。
安定翼が衝撃と周辺の重力干渉の負荷に耐えきれなくなり、バラバラに砕かけて原形を失う。
両弦のロケットアンカーの機関室が破壊され、チェーンが切れたアンカーが重力場に引かれて脱落していく。
機関室にも発射装置から逆流した炎と黒煙が襲い掛かり、防御壁に遮られる。機関士は全員無事だったが、火災に見舞われた機関室の前方はスプリンクラーから放出される消火ガスと黒煙でしっちゃかめっちゃかに。
そしてエネルギーを使い果たした相転移エンジンが完全に停止。波動エンジンも供給を失って沈黙。ヤマトの動力部は停止を免れた補助エンジンを除いて力を失った。
――ヤマトの艦体を保護していた空間磁力メッキが寿命を迎えてバラバラと剥がれ落ちて消えていく。
一瞬で大破寸前にまで自損したヤマト渾身の一撃は、一見虚空に飲まれて消え去ったようにも思われた。
だが、前方でなにかに命中したかのようにエネルギーの波紋が広がる。
それを見て、激しい衝撃に耐えていた進がにやりと笑みを浮かべた。
……勝った!
空間の歪みを見たであろうユリカも、勝利を確信して笑みを浮かべる。
……カスケードブラックホールは崩壊した。
渦巻く赤色のガスは、中央で生じた激しい閃光と共に弾けて消えさり、ガミラスとイスカンダルを消滅の危機に陥れた宇宙の悪魔は、比較するのが馬鹿らしいほどちっぽけな戦艦一隻の前に膝をついたのであった。
いまヤマトの眼前では時空の裂け目と思われるなんとも形容しがたい、まるで濁流が大地に空いた大穴に流れ込むかのような、不可思議な現象が起こっていた。
残されたわずかなエネルギーと辛うじて損壊を免れたリバーススラスターを使って飲み込まれないと踏ん張るヤマトの第一艦橋に、異変が起こる。
突如として第一艦橋の中に光が巻き起こり、まるで銀河の真っただ中に放り出されたかのような輝かしい情景が広がる。しかも自分たちが座っていた椅子も、眼前にあったはずのコンソールパネルもその姿を失っている。
「アッハハハハ……」
そんな異常現象に見舞われた艦橋内部に、不気味な笑い声が響く。
そして、艦橋の中央であった場所に何者かが出現した。
紫色の肌の半透明で光の粒子が体内を駆け巡り、輝くタトゥーの様な線が至るところに走っている。悪魔のように鋭い歯と大きく裂けた口、赤い瞳に尖った耳。
まるでファンタジーに出て来る悪魔とか魔族のような印象を持った男性のような存在だ。
「ヒトよ。よくもやってくれたな」
「あなたは、誰ですか!?」
とっさに掴んでいたバイザーを装着してユリカが問う。バイザーから送られてくる視覚情報でようやくその姿を垣間見たユリカは、その異様な姿に息を飲む。
「われわれは――おまえたちとは違う異種異根の生命体。われらが世界を維持せんとして、次元転移装置をこの次元に送り込んだ者だ」
「――っ! なぜ、このような手段を取ったのですか!?」
ユリカの叫びに近い追及に、その者は薄く笑って答えた。
「――あの装置が生み出す次元の裂け目の彼方にあるものは、おまえたちの想像も及ばぬ別の次元――われらの世界だ。……だがそこには、資源となる恒星系や惑星は少なく、生きるにはその糧を外の次元に求めるほかなかった」
三メートルはあろうかと見える巨体をくねらせながら、その者は語った。
――われらは生きる糧を求めたに過ぎないと。
「だとしても、なぜ共存の道を模索しようとしなかったのですか!? 話せば支援をしてくれる国や星だってあったかもしれないのに!?」
「理解不能だ、ヒトよ。この宇宙にある物は、すべてがわが世界にとっては限りない資源。星も、ヒトも、有機物、無機物。あらゆる物がわが世界を構築する」
言いながら身を乗り出し、その凶悪な面をユリカの眼前に差し出してくる。バイザー越しに見ているのに、威圧されそうな錯覚に陥る。
そして同時に直感的に理解した。
――こいつに人間の心はない。
より正確に言うのなら、良心とか道徳とか、そう言ったものがごっそりと抜け落ちてしまっているのだろう。
文字どおり生きるためならなんでもする。自分たち以外の存在は、その言葉どおり『資源』としてしか考えていない。
知恵ある悪魔と形容するのが相応しい。
もし仮になにらかの組織を作るとしても、きっとそれは力による支配でしかなく、自分たちに益をもたらさなくなればなんの躊躇いも慈悲もなく切り捨て、喰らいつくすだろう。
まさにカスケードブラックホールを送り込んだ親玉として相応しい――強大な悪だ。
どれほど言葉を尽くして決して分かり合えない。力と力のぶつかり合いを制すことでしか、自分たちの生存権を守ることができない。そんな相手なのだと。
「生きとし生きるもののすべては、われらの新たなるエネルギー資源として生まれ変わるのだ。――この世界での搾取は諦めるとしよう。だが、いずれ貴様たちの星――地球はわれらが資源として生まれ変わることになるだろう」
「――いかなる理由があれ、地球を侵略するつもりなら私たちとこの宇宙戦艦ヤマトが許さない! 絶対に地球は護ってみせる!」
ユリカの宣戦布告を聞いても、その者は余裕の態度を崩さなかった。
「ハハハハ……まさかわれらが世界と隣接する次元が、一つきりだとでも思ったのか?」
その言葉を聞いてユリカの表情が凍り付く。まさか――!!
「われらは、別の次元の地球を食らう。この世界は、おまえたちにくれてやろう。だが、別の世界の地球を護ることだけは――決して叶わぬ」
くっ、と唇を噛む。
こいつの言うとおり、数多に存在する並行宇宙のすべてを観測して目標となった地球を発見することは――不可能に近い。
こいつが言うところの『われらの世界』と隣接しているという条件で絞ることができたとしても、どれほどの数になるのやら。――そしてヤマトと言えど、任意で次元の壁を渡って駆け付けられるほど便利な存在ではない。
この世界に流れ着いたこと自体が奇跡なのだ。
その奇跡を繰り返すには、きっと途方もない対価を払わなければならないだろう。
「アッハハハハ。――さらばだ、ヒトよ……宇宙戦艦ヤマト。その名は、覚えておこう……次は今回の教訓を基に、いろいろと手段を改めさせてもらおう。おまえたちはせいぜいこの世界での生を謳歌し、守れなかった地球を嘆くがいい」
言うだけ言って、その者は空間に溶け込むようにして消え去っていった。
同時にヤマトの眼前に広がっていた摩訶不思議な光景も速やかに収束し、平穏な宇宙の光景が戻ってきた……。
「なんだったんだ、いまのは……」
事態についていけなかった大介が呆然と呟く。
「わからん。だが、はっきりとしているのは、連中が相互理解できない存在ということだ」
真田も険しい表情。
「それともう一つ」
真田に続いて進が言った。
「奴らは別の宇宙の地球を狙っている。俺たちの手の及ばないところで、地球を喰らうつもりなんだ。……世界は違っても、ヤマトが護り抜いてきた、俺たちの母なる地球を――!」
――残念ですが、任意で並行世界間を移動する術は私にもありません。この戦いは――私たちの負けです……――
無茶に耐えきったヤマトの無情な一言が、クルーの心に突き刺さった。
その後ヤマトは、カスケードブラックホールの消滅に喜びも露に集ってきたガミラスの護衛艦隊に牽引されて、今度こそイスカンダルへと辿り着く。
地球に似た広大な海洋を有する青く美しい命の星。
双子星のガミラスに比べると地球と酷似した、美しき星。
――だがリバースシンドロームの影響で寿命を急速に消耗し、地殻変動を起こした結果なのか大陸が極めて少なく大半が海洋となっていた。
もともとは地球と同じく居住可能な陸地が多く、相応の生命が満ち溢れていたのであろうことを考えると、一抹の寂しさすら覚える姿である。
念願のイスカンダルを前にして、ヤマトクルーはついに目的を果たしつつあることに感激しつつも、心の内にすっきりとしないものを抱えていた。
たしかにカスケードブラックホールの除去には成功し、ガミラスとの戦争に最良と言える形で終らせることができた。
あとはヤマトをコスモリバースシステムへと改造して地球に帰還すれば、ヤマトの航海に一応の終止符が打たれる。
だが、いまだ全容が掴めない暗黒星団帝国に加え、この世界ではもう相まみえることはないだろう、別の次元から来たらしい正体不明の敵。彼らに別の次元の地球が狙われていると知っては――素直に喜びに浸ることができないのだ。
再起動できず沈黙したままのメインエンジンに代わって、補助エンジンを全開にしてイスカンダルへと向かうヤマト。
そのヤマトにイスカンダルから通信が入った。
「こちらはイスカンダルのスターシア。ヤマトのみなさんを歓迎します。ガミラス星とイスカンダル星を救っていただき、心より感謝いたします。……みなさんには、マザータウンの宇宙船ドックに降りて頂きます。着陸を誘導致しますので、操縦装置を私の指示に合わせてください。現在地上の気圧は――」
地上から届いたスターシアからのメッセージ。その美しい声に、ついにイスカンダルに辿り着いたのだと実感するヤマトクルー。
仕方なかったと言え、すぐ隣のガミラス星に滞在したあと間髪入れずにこの宙域を離れてカスケードブラックホールと対峙したのだ。
目的地を前に回り道を余儀なくされただけに、感慨も一押しだった。
イスカンダルの衛星軌道上でここまで護衛してくれたガミラス艦隊とも別れを告げ、代わりにガミラスから派遣された工作艦や輸送艦が数隻、ヤマトに続いてイスカンダルへと入国した。
いまイスカンダルの設備だけでは難しい大規模な修理作業のためだ。デスラーのささやかな感謝の気持ちの表れである。
ヤマトはマザータウンのスターシアによって誘導され、唯一稼働状態を保つ宇宙船ドックへと入渠する。
ヤマトはマザータウンの海に着水したあとドックに向けて海を進み、スラスターで回頭、リバーススラスターで後進しつつ注水されたドック内部へとその身を滑り込ませた。
ドックからの誘導システムに従って位置を微修正しつつ、ドック底部の盤木とガントリーロックで艦体を固定させると、海水が排出され乾ドックとなった。
これからコスモリバースシステム搭載のため、また艦首の甲板を切り開いてライフリングチューブと収束装置を撤去、装置の置き換えが行われる。
またマキシマムモードの反動で破損した機関部門の徹底修理も行われる。
機関部はヤマトの心臓部、ここで徹底的に整備して万全の状態に戻しておかなければ帰ることすらままならない。
また、ガミラスからの感謝の印として超長距離ワープ機関の本格的な実装も行われることになった。
帰路の時間短縮に役立ててほしいとのことである。
もっとも、ヤマトの修理にはどれだけ短く済んだとしても三ヵ月は掛かると考えられている。エンジンの修理作業よりも大きな被害を受けた艦体の修理に時間が掛かるのだ。
これでも資材や航路日程に当初の予定を遥かに超える余裕が生まれているから時間をかけた修理作業ができるのであって、ガミラスとの和解成功のありがたみをこういった形でも実感することになった。
また暗黒星団帝国の動向が不明ということもあり、曳航ワープによる早期到達や超ワープ機関実装による帰路短縮の時間的余裕を使い、主砲などの武装の修理も行われることになった。
ヤマトにはガミラスの大使を運ぶ役割が課せられていることもあってガミラスの護衛艦も同行する手はずとなっていたが、自衛できるに越したことはない。
――波動砲には頼れないが。
こうなると、撃つような状況に遭遇しないことを祈るしかないだろう。もしくは、最低でもサテライトキャノンだけで済む事態に留まることを……。
ドック入りしたヤマトをスターシアが訪問してきた。
ユリカの状態を鑑みて、国の統治者という立場にあるにも関わらず自ら足を運んでくれたのだ。
実際ユリカの具合はかなり悪くなっている。最終決戦であることや艦橋要員が負傷して減ってしまったことを理由にガミラス防衛戦、マキシマムモードの使用のためにカスケードブラックホール排除作戦には参加したが、それ以外のときはベッドで眠っている時間のほうが遥かに長くなっているほどだ。
もうあまり時間は残されていないことは、自分でもわかっていた。
ユリカは医療室のベッドの上で上半身を起こし、念願だったスターシアとの直接対面を果たす。
「……お久しぶりと言うべきかしら、ユリカ」
「……それでいいと思うよ、スターシア。やっと会えたね……」
補装具の力を借りてスターシアと間近で顔を合わせたユリカの目から、涙が零れ落ちる。
最も先行きが見えなかったあの時期。何度も頼み込んで救援を約束してもらい、徐々に打ち解けて一六万八〇〇〇光年の距離を、身分の違いを超えた友人となった女性と、ようやく直に会えたのだ。
嬉しくないはずがない。
残念だったのは、自らの目で、耳で、彼女の姿を見たりその声を聴くことができないことくらいだった。
「ああ、ユリカ……わかってはいても、こんな痛ましい姿を見ることになるなんて……」
スターシアの目にも涙が浮かぶ。フラッシュシステムによって対面したとき、システムが映し出した彼女の姿とは似ても似つかぬ姿。
これから彼女はコスモリバースシステムのコアモジュールに組み込まれる。その先に彼女の未来があるのかどうかは――天に任せるしかない。
「まあ、いろいろあったしね。……ゴメンね、スターシア。サーシア、連れて帰れなかったよ……」
ユリカは辛そうに話を切り出した。サーシアの宇宙船が無事地球に辿り着き、ヤマトで帰って来れる可能性は――最初からかなり低いと考えられていた。
それでも彼女は……妹を連れて帰りたいと願っていたのに……。
「――いえ、あなたのせいではありません。それにサーシアは、立派に……勤めを……っ!」
友人の眼前ということで気が緩んだのか、こらえ切れずに嗚咽を漏らすスターシア。美しい眼からは涙が溢れ、遠い星で命を落とした唯一の肉親を想い、悲しむ。
ユリカはそっと近くの棚に仕舞っていた小箱を差し出す。彼女は言った「サーシアの遺髪。これだけでも故郷の星に……」と。
スターシアは涙で濡れた眼差しで小箱を捉え、震える両手でそっと受け取り、蓋を開く。
中にはたしかに妹の髪が一束、収められていた。
残酷な現実の象徴。されど髪一房であっても故郷に返そうとしてくれた友の優しさ。
すべてが一気に押し寄せてきて、スターシアは声を押し殺しながらも止めどなく涙を流して泣き伏せた。
……一〇分ほど泣いていただろうか。
落ち着きを取り戻したスターシアは改めてユリカの容態を詳細に訪ね、詳細を理解するたびに表情がどんどん強張っていく。
「――もはや一刻の猶予もありません。すぐにでもコアモジュール化処置を受けてください。到底ヤマトの改修完了までは持ちません……」
口にするには勇気がいる言葉だった。
せっかく会えた友人に対して口にすべき言葉ではない。
だが予想以上にユリカの消耗が激しい。このままではあと数日で……。
「わかってる、スターシア。でも少しでいいから時間を頂戴。――せっかく会えたのにすぐにさよならなんてあんまりだよ。みんなとは地球に帰ったらいつでも会えるけど、スターシアに会いに来るのは楽じゃないんだよ?」
と言われては、スターシアも強く勧めることはできなかった。彼女とて、本音を言えば……。
「――無理は禁物ですよ?」
もっと、共にいる時間が欲しいのだ。――この星は……寂し過ぎる。
スターシアとユリカは取り留めのない談笑を楽しんだ。途中、やはり紹介せねばなるまいと呼び出しを受けたアキトを「私の自慢の旦那様です!」とにこやかに紹介。
一国の主という遥か彼方な身分のスターシアに対してアキトは緊張をまったく隠せていなかったが、それでも地球のため力を貸してくれた恩人と、たくさんの感謝の言葉を頂いた。
そんなつもりはなかったのだが、ようやく対面できた遠い星の友人との会話は新鮮だったようで、ついついいろいろ尋ねてしまう。
やれ「地球の自然はどのようなものなのか?」やら「人々の暮らしはどのような感じなのか?」などと言ったものから、ついユリカのペースに釣られて甘味の話題などにも話が飛んでしまった。
しかしいまのイスカンダルで食の娯楽は求められていない。
スターシアも身の回りの世話をするアンドロイドらの手を借りて普通の生活は送っているが、妹サーシアも失い、国民のすべてが死に絶えているいまのイスカンダルにおいて、文化が衰退していくことは避けられない。
――『胚』とそれを成長させて民族を再興するだけの気概は……スターシアにはなかった。
星の寿命をまっとうするのはまだまだ先の話とは言え、いまのイスカンダルは人の住みいい星とは言い難い。
イスカンダリウムの露出による放射線被害からは回復しているし、地殻変動はここ数十年は落ち着いているが、大陸のほとんどは沈降し、島もほとんど消失てしまった。
マザータウンのある大陸は、少なくともスターシアが生きている間に消えてなくなることはないだろうが……はたして民族を再興したとして、いつまでこの星で生きていられるのか見当もつかない。
そう考え、妹サーシアと二人きりで生きてきたが、ここ一年ほどでいくつもの刺激を受けて、人肌が恋しくなってしまった。
いまも目の前で仲睦まじい姿を見せるユリカとアキトの姿はもちろん、思いを寄せる守のことも含めて、決断をしなければならないと思うようになってきた。
いや、答えはもう決まっているのだろう。
あとはそう――守次第だ。
それからしばらくして、ユリカはクルーとスターシア、そしてわざわざ駆け付けてくれたデスラーやドメルに見守られながらコアモジュール化処置を受けた。
地球帰還までユリカの残りわずかな命を繋ぎ、同時にデータ送受信の容量と速度を限界まで高めるためと、人間翻訳機にされていたときと同じく彫像のようにしてしまう処置が検討されていた。
しかしスターシアが同じ処置を嫌がったため、イスカンダルに残されたマザーコンピューターの力を借りて同等の成果を得られる別の処置に切り替えられている。
頭部以外の体を高性能データスーツとその機能を補助する端末で覆い、呼吸の確保とスーツを着せられない頭部の補助を目的としたヘルメットを被り、地球製のものとは比べ物にならない情報量を高速で扱える液状なのマシンで満たされたカプセルの中に入る。
これが代替え措置だ。
加えてタキオン粒子を利用した時空制御技術を利用し、カプセル内部の時間経過を遅くする『停滞フィールド』を展開して彼女の命を繋ぐのだ。
停滞フィールド自体はガミラスでも研究されてはいたのだが、時空間に作用するタキオン粒子――その極限と言うべき波動エネルギーを操る文明とは言え、任意の方向に時間流を操作するというのは並大抵で成せる技術ではない。
これもイスカンダルが有する超技術の一端と言えよう。
計算上、地球のタイムリミットまでなら余裕をもって状態を維持できるという。
スターシアが導き出した代替え措置は、周りの人の心理的嫌悪感の低減以外にも、ユリカの意識を保ったままでいられるという点においても初期案より優れていた。
うれしい誤算である明確な自我を有するイレギュラーな艦艇――ヤマトとのマッチングにおいてこれほどのメリットはない。
イスカンダルにとっても前例がない存在に、精神波を検出するインターフェイスシステムが取り付けられている。
これは二重の意味で助けになるかもしれないとスターシアは語った。
ユリカの保護という観点からすれば、システムそのものであるヤマトがフォローを加えることができれば成功率が飛躍的に向上するというのだ。
これならば、当初は五パーセントにも満たないとされていた回復の確立を、五〇パーセント近くまで跳ね上がられるかもしれない。
ヤマトは不完全なシステムでありながら、クルーの想いを受け取って彼女の延命に成功した実績もある。
しかもこの数字はヤマトとクルーのみで実行した場合の数値。
地球に戻れば、ユリカの父親であり親バカで有名なコウイチロウに、ヤマトに乗艦しなかったミナトをはじめとする旧ナデシコクルー。
そして……ヤマトのバックアップを行うべく改修を受けているナデシコCの力も借りられる。
そして、地球環境を回復させるための時空制御に関してもヤマトの存在が大きな力になり得るとスターシアは語った。
別の宇宙とはいえ、ヤマトは一度は海底に没して『地球の一部へと還った』経験がある。海底に沈んだ船舶は海洋生物の住みかとなり、その『記憶を刻み込んできた』はずだ、と。
そして再建の際『この世界の大和の残骸を組み込まれ、その記憶をも引き継いだ』ことが示唆されたのである。
ユリカからすれば、単なるゲン担ぎであり感傷による行動に過ぎなかったそれが、もしかしたらコスモリバースシステムの完成度を高め、より地球の再生を高度に成す因子足りえるかもしれないと言われてしまえば、感傷バカにできないという意見だけでなく、実際に行動に移してしまったユリカに改めて賞賛――のような言葉が送られるのは、必然だったのかもしれない。
――努力は確実に実を結びつつある。ヤマトが現れてから、ガミラスとの戦いが始まってからこの日のためにと用意を重ねてきた努力が、いままさに奇跡を起こさんと噛み合い始めている。
だからだろうか。ユリカはリラックスした様子で、
「大丈夫。また会えるよ」
とだけ言い残し、コアモジュールであるカプセルに収められ、そのときが来るまで通常時間よりもずっと遅い時間の中に一人飛び込んでいった。
――データスーツの胸元に、みなが送ってくれたブローチの輝きを灯しながら。
当初の予定よりずっとマシな形ではあったが、それでも生体部品として使うという現実を覆すことはできず、成功率も一〇〇パーセントに達せられない無情さに、進は涙を堪えた。
今生の別れになるかもしれない友を想い、涙を流し嗚咽を漏らすスターシアに声をかける者はいない。
いや、みな揃って泣いていた。
懸命に涙を堪える進とアキト、そしてその献身を心から称え瞑目したデスラーとドメルを除いた全員が、涙と共に地球に希望を残した彼女を見送る。
そして数分が経った。進は言った。ヤマトの最高責任者として。
「みんな、これ以上泣くんじゃない。これ以上の涙は――地球を救い、艦長を迎えるその瞬間まで――取っておくんだ……!」
無理やり感情を抑え込んだ、力んだ声で宣言した。
「俺たちは……絶対に地球を命溢れる青く美しい星にもどす! そして、絶対にユリカさんも取り戻す!――確率なんて糞喰らえだ! 俺たちの手で、俺たちの願いで! ここまで希望を繋いでくれたユリカさんに報いるんだ!」
大声で諭されて、ようやくクルーは泣くのを止めた。
進の言うとおり、これ以上の涙は嬉し涙にとっておく。
――まだ、ヤマトの旅は半分も残っているのだ。ここで泣き崩れては、いられない。
それから先はヤマトをコスモリバースシステムに改造する作業と並行して、クルーたちの慰安も兼ねたイスカンダルの観光が何度か行われた。
みんな悲しみを振り払うため極力平常どおりに振舞っている。
進も艦長代理として考えた結果、海水浴はもちろん、地球では決して見ることのできないすべてがダイヤモンドで構成された島への探検などを許可する。
ガス抜きは必要だ。
羽目を外して怪我をしたりヤマトの改修作業に支障をきたさない限り、これくらいのご褒美があっても誰も文句は言うまい。と言うか言わせない。苦労したのは俺たちだ。
と半ば開き直りながら。
ついでにヤマトは大規模な改修作業で内部が散らかっていることもあり、スターシアの好意で使われなくなって久しいマザータウンに残されたホテルを使わせてもらえた。
みなこれ幸いとばかりに最低限の荷物を持って移り住んでいく。
やはりというかなんというか、旅先での宿泊というのは心躍るものなのだろうし、愛着はあれど所詮戦艦内の居住空間。やっぱり窮屈だったんだろうなぁと、しみじみ思う。
ともあれ、進自身も適度に休みながらヤマトの最高責任者としてジュンをお供にデスラーやスターシアとの会合に出席する日々を送っている。
カスケードブラックホール破壊に成功したことで、ガミラスは約束を守って地球との本格的な交渉に臨んでくれた。
超長距離通信と言う形ではあるが、地球と数度に渡って交渉が行われ、今後の関係についての詳細が煮詰められていく。
おおよその内容を抜粋するのであれば、『地球・ガミラス両軍の波動砲装備艦艇の保有数の調整』であったり、『地球・ガミラス間の軍事同盟の締結』であったり、『地球の復興のための全面支援』などなど。
ほかにも地球人の感情や環境による影響等を考慮して月面に大使館を設立し、地球防衛のための艦隊の駐屯(反ガミラス感情を考慮し、波動砲を失ったヤマトでも容易に鎮圧可能な駆逐艦を中心とした数十隻程度)や、交易のための航路の選定などなど。
相互の感情を緩和する目的で、ガミラスが発見しながらも手付かずで放置されていた太陽系の第十一番惑星の開拓と、そこでガミラス人と地球人双方の入植についても話し合いが成された。
ガミラス側の技術支援は確約しつつも、領土としては地球側にすべての権利があるという形に収まったのは、デスラーなりの誠意であったのだろう。