ある日のことだった。
「古代」
「どうしたんだ、デスラー?」
「少し時間を取れないか? 個人的に話したいことがあってね」
ヤマト地球帰還のための航路会議を終えたデスラーに呼び止められ、進は一緒に波止場でプライベートな会話に花咲かせる羽目になった。
奇妙なほど馬が合った二人は何度か顔を合わせている内に打ち解け、プライベートに限れば敬称も付けずタメ口で話せる間柄になっている。
つい先日などは杯を交わした間柄でもあるくらいだ(進にとって初の飲酒経験で、提供された酒は地球で言うところのワインに近しい代物だった)。
もちろんというか当然というか、対等に口を利くことを求めたのはデスラーのほうだ。進も「ユリカさんの友人なら、僕にとっても友人」と語ってはいたのだが、それが決め手になったのかどうかは定かではない。
「――それで、話したいことって?」
「いまの状況を不思議だとは思わないか?」
デスラーは右手側に見えるドックに視線を向ける。
壁に囲まれて詳細は見えないが、その周囲にはガミラスの工作船や輸送船が着水していて、貨物室から物資を次々とドックに運び込んでいた。
見えないドックの内部ではヤマトが改修作業を受けている。そのための資材の運搬と作業の手伝いをしてくれているのだ。
「つい一月前までは互いに殺し合い、とても和解できるとは考えていなかった。われわれは加害者、君たちを滅びの一歩手前まで追い込んだ非道な民族。君たちからすればその程度の存在でしかなかったはずだ」
「――たしかに、ヤマトに乗るまでは……いや、太陽系を出るまではどちらかと言えばそんな空気だった。でも冥王星基地の――シュルツ司令の戦いが、俺たちとガミラスが同じ目的のために戦っているってことを、これ以上なくわからせてくれたんだ」
「……詳しく聞きたい。ドメルからの報告にも書かれてはいたが、当事者の言葉を聞きたいのだ。シュルツの行動が君たちにどのように映ったのか、なにを感じたのかを」
そう言えば、ドメルはともかくデスラーにこのことを話したことはなかった。
ガミラスに停泊していたときは限られた時間――ユリカが動ける時間内にカスケードブラックホール破壊の準備を終えなければならないという切迫した状態であったため、デスラーとも打ち合わせ以上の顔合わせはしていなかったのだと思い出す。
なので進は丁寧に語った。
デスラーは進の口からすべてを聞いた。
ヤマトが発進して冥王星基地を攻略し、カイパーベルト内に潜伏を始めたときまではガミラスは相互理解のできない敵と言う認識のほうが強かったであろうこと。
ほかならぬ自分自身、兄を殺されたとガミラスを憎む気持ちが強く、それを抑えてくれたのがユリカをはじめとするヤマトの仲間であったこと。
そして冥王星基地を辛くも攻略し、カイパーベルトに紛れて傷を癒そうとした最中に襲い掛かってきた冥王星残存艦隊との戦いのこと。
アステロイドリングやダブルエックスの活躍で進退窮まった残存艦隊が、確実にヤマトを屠るために仕掛けた体当たり戦法のこと。
彼らの壮絶な最期には、敵ながら悲しみと敬意を覚えずにはいられなかったことを、すべて語って聞かせてくれた。
たしかに彼らは侵略者であり、直接地球を追い込んだ怨敵ではあったが、祖国のために命を投げ出したその姿――ことさら心に響くものがあったのだと。
合わせて、ベテルギウスで捨て身の攻撃を仕掛けてきた、あの戦艦。
その決死の覚悟を感じさせる戦い。
それは大和であったヤマトにとって、その乗組員として、決して他人事ではなかったのだと。
「……そうか。それで君たちの心を動かせたのか……」
デスラーはシュルツとガンツのことを思い出す。
もともと大して接点のある人物ではない。数ある部下の一人に過ぎないし、冥王星前線基地を任せる気になる程度には有能な人材ではあった。その程度の認識だ。
冥王星基地を任せて以来、ヤマト出現まではよくやってくれていたとは思う。
もっともヤマト出現以降の失態の連続はフォローしようがない。
いまとなってはヤマトの実力が骨身に染みているが(敵としても味方としても)、あのときは『強力ではあっても戦艦一隻に過ぎない』と蔑んでいたのだから当然だ。
だが……。
「……亡きシュルツとガンツの忠誠心は、深く心に留めておこう……。彼らはその命を賭してガミラス最大の脅威を取り除き、祖国の未来を切り開いた。……その偉大な功績はガミラスの歴史に刻みこまれ、語り継がれるであろう」
デスラーは静かにガミラス星を仰ぎ、そこに戦没者として葬られたシュルツとガンツに黙祷を捧げる。
当然そこに遺体はないが、魂は帰って来てくれることを切に願う。
もしもシュルツが冥王星基地と共に死んでいたら、ガンツも運命を共にしていたであろうし、デスラーがヤマトに興味を示すタイミングが遅れたか、もしくは――。
その場合、ヤマトと全面対決に突入し、暗黒星団帝国との挟撃にあってガミラスは――。
彼らの祖国への――上官への忠誠心の強さが、『強敵としてのヤマト』を葬り去る切っ掛けになるとは……。
彼らは間違いなくガミラスを救った英霊に名を連ねるだけの功績を上げている。
決して忘れてはいけない。
彼らは最後の瞬間までガミラスが、デスラーが誇るべき、愛国の戦士であったのだと。
話を終え、デスラーと別れた進はふと雪が恋しくなってその姿を求めた。進にも今日はこれ以上の予定は入っていないし、雪は今日は非番のはずだ。
たしか仲の良い女性クルーと一緒に海水浴を楽しむとか言っていたから間違いないだろう。
……ということは水着姿を拝めるのか! これはぜひとも探し出さねば!
進は先ほどまでのシリアスな空気を微塵も感じさせない軽やかな足取りで、雪を求めて歩き出した。
――ユリカの汚染はかなり深刻な域に達している様子であった。
んで。
艦長服ではみないい気がしないだろうと考え、すぐにホテルの自分の部屋に舞い戻ってコートと帽子をベッドに放り投げた進はすぐに海水浴が行われている場所にやってきた。
ヤマトのドックのすぐ隣の海では、休暇中の多くのクルーが海水浴やら日光浴を楽しんでいる。
いまは用がない修理作業用の資材運搬船を(ウリバタケが張り切って)取り付けた浮きで浮かばせて浜辺やらボートの代わりにしている。
マザータウンの海辺はすべて整備されていて砂浜がない。わざわざ砂浜のある場所に移動するというのは――トラブルへの対処を考えて自重させた。
それでも海水浴はそれなりに盛り上がっているようで、泳ぎに自信がないものは運搬船やら防波堤の上やらで日光浴を楽しんでいるし、自信があるものや冒険者は少々沖のほうまで出張って釣りを楽しんでいる連中もいる(コスモクリーナー発動後に遺伝子バンクから復元した魚が自然に還ったのだとか)。
――その一団の中にラピスとアキトの姿も見て取れた。どうやら同じく非番の部下に教わって釣りにチャレンジしているらしい。
――副機関長と一緒には休めなかったのだろう、山崎やその片腕として頭角を現しつつある太助の姿はない。
(お? ラピスちゃんアタリか)
釣り針に魚が掛かったようで、ラピスが細腕に力を入れて竿を引いている。でもテンパったのかリールを引くのを忘れているので、アキトやら機関班の連中が慌ててリールを回して魚を手繰り寄せていた。
進は最後まで見届けなかったが、一〇分近い死闘の末ラピスは六〇センチはありそうな丸々とした魚を釣り上げたあしい。
その後、腕に覚えのある部下に捌いてもらって釣りたての魚をお刺身で美味しく頂いたんだとか(ラピス曰く「白米が欲しいです!」だそうな)。
クルーたちが羽を伸ばしている近くに『浜茶屋やまと』と幟を立てたテントがあって、中では炊事科の何人かが提供された小麦粉を使った焼きそばとラーメン、ついでにかき氷を提供している。
非番中のクルー(主に男子)と救援に派遣されたガミラスの技術者が何人か、長机に並べられた料理をパイプ椅子に座ってパクついていた。
麗しい水着姿の女性クルーに鼻の下を伸ばしているようで……。
こういうのは本当に万国共通なのだな、うん。
ちなみに水着はヤマトの工場区を一時的に間借りして作ったらしい。
デザインは全員共通のビキニスタイル。布地面積は広めだが、やはり日の光に晒されている腹部や背中の肌が眩しく色っぽい。海水に濡れていることも相まって、美人が多い女性クルーたちを実に艶やかに彩っている。
――まさか遥々一六万八〇〇〇光年先で海水浴やら浜茶屋を楽しむことになるとは……。まあ見目麗しいのでよしとするか。いちゃついてるカップルも散見されるし。
(そう言えば、小腹が空いたな)
雪の姿を探す前に少し腹ごしらえでもするか。
そう思って進は浜茶屋やまとに足を運ぶ。そこで水着姿の雪にばったり遭遇、水も滴るいい女な艶姿を横目に楽しみながら、そこそこ美味しい焼きそばを啜る。
ついでにばったり出くわした大介から「お疲れさん」と労いと共にイスカンダルで取れたイカ(らしきもの)の丸焼きを奢られた。
焦げた醤油の香りと塩気が、プリプリした歯応えと甘みのある身の味と合わさってまさに絶品であった。
そんな穏やかだが忙しい日々がきっかり三ヵ月続き、ようやくヤマトはコスモリバースシステムへの改修を終え、波動砲以外のすべての武装が使用可能な状態に復旧していた。
マキシマムモードの反動やら七色星団からの連戦でのダメージは回復しているが、あくまで現状復帰が優先されたため時間短縮も兼ねてビーメラ4で行われた改修作業もほぼ初期化しており、外見は再建当初にほぼ戻っている。
ほぼ、というのはウリバタケの意見で主砲砲身の参戦章が残されていることと、第二主砲と第三主砲の錨マークが撤去された代わりに第二艦橋下とメインノズル直上に新たに描かれたり、レーダーアンテナは改装後のままだからだ。
改装の(ほぼ)初期化は(主にウリバタケが)嘆かれたが、ガミラスにデータが割れてしまったことを鑑みて、帰還後の大規模改修が決定付けられているヤマトにとっては些細な問題である。
もっとも、ヤマトが無事生き残れればの話だが……。
ともかくヤマトの性能が漏れるリスクを冒しただけあって、ガミラスの手で調整された超ワープ機関の取り付けと調整も終了を迎え、航行能力と自衛力も復活したヤマトはいよいよイスカンダルを出港、地球への帰路に就くことになった。
出航予定日と地球帰還予定日はすでに地球に届け出ており、予定どおりに行けば一ヵ月後には地球に帰り、コスモリバースシステムで環境を回復させて元通りの姿に戻せるはずだ。
「……古代艦長代理。ヤマトの成功を祈っています」
「はい。スターシアさんも、お元気で」
彼女は悩み抜いた末、イスカンダルに残ったままヤマトの成功を祈ることを選んだ。
守がヤマトに合流するために使用したガンダム(フレーム)のフラッシュシステムは、すでに元の場所に戻されている。
ユリカとのリンクを確立しているそのシステムを利用すれば、イスカンダルからでも彼女の助けになれるはずだと言っていた。
同様に移民計画の破棄や地球との同盟、さらに動きの見えない暗黒星団帝国への対処などについて協議し、ガミラス内部を盤石にするため本星を離れられないデスラーもヤマトが地球に辿り着く時期にはイスカンダルに来訪し、スターシアたちと共に奇跡を祈る予定になっている。
「それじゃあ兄さん。体に気を付けて」
「守、しっかりな」
「ああ。進も真田も、地球を頼んだぞ」
固く握手を交わす。
結局守はスターシアのためにイスカンダルへの残留を表明し、正式に受理されたのである。
スターシアはそれを受け入れるのに戸惑いがあったようだが、それを認めたのはやはり寂しさを隠せなくなったからだろう。
「スターシアさん、これから大変でしょうけれど、イスカンダルが再び発展していくことを祈っています。お体に気を付けて下さいね」
雪がそう言葉を掛けるとスターシアも、
「私も、地球の復活を心から願っています。雪もお元気で」
と返している。
彼女らはユリカにコアモジュール化処置を施すときに出会い、あまりにも妹そっくりな雪の容姿に思わず「サーシア……!?」と声に出して驚いていた姿は記憶に新しい。
雪も思わぬ反応に驚きながらも、納得したことで交流が始まり、少しづつ打ち解けていった。
そういった日々のなかでつい漏らしてしまった守への想いに対して、雪なりに助言を送ったことも、スターシアの決断に影響を与えているのだろう。
守の残留が決まったあと――スタシーアは『胚』を使ったイスカンダルの再生に着手すると意思表明したのである。
『胚』によっての再生は、イスカンダル民族が壊滅的な打撃を受けてもなお実行できるようにと最初から考慮された準備がされている。
『胚』とはイスカンダル人の遺伝子情報と培養施設と養育施設が一体になったシステムのことだったのだ。
このシステムで生み出されるイスカンダル人は、誕生からわずか一年という短時間で地球人換算で一六〜一七歳前後まで急成長し(知識などの吸収速度も強化されている)、その後は地球人よりもやや遅いペースで年を取るように遺伝子調整されている。
それに合わせた養育施設による効率的な学習によって、急速に人口を回復することができるという寸法だ。
これもまた、使い方を誤ればとんでもない社会を作れてしまう危険性を秘めた、イスカンダル負の遺産の一つであり、スターシアも使うつもりはなかった代物である。
これも含めて消滅による永遠の封印を願うだけなら、イスカンダルを爆発させてしまえばよかった。
だがスターシアも、歴代の王たちも、ガミラスを道連れにすることをよしとできなかったのだ。
ガミラスが侵略者になってからも結局決断されずここまで来て――その封印を解く道を選ぶとは……。
その決断が結果として隣人の暴虐を諫め、遥かなる星の友人たちの未来を拓くことになったのは、運命とでも呼ぶべき代物なのか、それとも――。
進には、うまく言葉にできないなにかが感じられた。
「――古代艦長代理」
「はい」
「地球との協議の結果どおり、私が提供したイスカンダルの技術の使用に関して規制は致しません。しかしどうか、扱いには細心の注意を払ってください。……ユリカにも警告しましたが、強過ぎる力というものは、ときに相手のみではなく自分自身さえも傷付けてしまうものです」
「……骨身に染みています。地球が間違った道に進まないよう、力の及ぶ限り尽くしていこうと考えています」
できることは決して多くはないだろう。進は組織の中でも下っ端の人間だ。ヤマトクルーの中で最高階級のユリカですら大佐。ヤマトでの功績を加味して出世できたとしても准将――いや少将に行けるかどうか。多少の発言権と権力を持てても、地球全体の意向を決定することはできない。
協力してくれているネルガルやコウイチロウの力添えがあっても難しい道のりだろう……。
だがやらなければならないし、やりがいのある仕事だと思う。
「――その言葉を信じます。次にお会いするときには、イスカンダルも賑やかになっていることでしょう」
隣に立つ守に視線を巡らせながら、スターシアはとてもきれいな笑みを浮かべていた。
別れを終え、タラップを降りていくスターシアと守を見送ったあと、気を利かせて真田は先に戻ったが、進と雪はドックを去っていく守とスターシアの背を最後まで見送った。
「……兄さんとスターシアさんは、イスカンダルの新しいアダムとイヴになるんだな」
「そうね。楽な道ではないでしょうけれど、あの二人ならきっとがんばれるわよね。ガミラスの問題もいくぶん改善されているのだから」
「ああ……だから、次は俺たちの番だな」
「え?」
急に話を振られ、雪は胸が高鳴る。
いつの間にか一緒にいるころが当たり前のようになった二人だが、考えてみれば告白をしたり受けたりして、ちゃんとしたカップルになったわけではなかった。
ということはつまり――。
「いまはまだ艦長代理としての仕事が残ってる……だから、地球を救ってからぜひとも聞いて欲しいことがあるんだ」
「……そ、そういう言い方は縁起がよくないと思うわ」
照れ隠しも交じって、ついつい軽口を叩いてしまう。
しかし雪の世代ともなれば創作についてまわる様式美――死亡フラグなどは慣れ親しんだメタな用語であり、お約束だ。
まさかリアルでそれを経験することになるとは……。
これはある意味死活問題だ。
「言いたいことはわかるけど、俺はそれをへし折ってみせるから安心しろよ」
こちらも言ってからテレが出たのか、その意図を理解した返しをする。当然ながら進もゲームだの漫画だのでその手の知識は得ている。だからこそできた返しだろうが……。
このまま漫才のままではらちがあかないと思ったのか、進は真剣な眼差しで宣言する。
「続きは帰ってからだ。さあ、行くぞ雪! 俺たちの母なる星を蘇らせに!」
それから一時間としない内にヤマトは発進準備を整えた。
海に隣接したドックに海水を注水して、正面の隔壁を解放する。
「ガントリーロック解除! 微速前進〇・五!」
艦体を固定していたガントリーロックが開いて、艦体が自由になる。
海面に浮かんだヤマトが補助ノズルを点火、ゆっくりと海面を進んでドックから外に出る。
(やっぱり、ヤマトには海がよく似合うな)
進は海面を行くヤマトの状況に、ヤマトが戦艦大和であった頃はこんな感じで海を往っていたのかと想像する。
ヤマトは徐々に速度を上げながら、海を掻き分け波立てながら進んでいく。
「補助エンジン、第二戦速へ」
「相転移エンジン内、エネルギー注入」
海を進みながら、一番から六番の相転移エンジンにエネルギーを注入。始動準備を進めていく。
ヤマトの眼前の海は穏やかで、水面に日の光が反射してキラキラと輝いている。その旅路を祝福しているかの如く。
「相転移エンジン、エネルギー充填一二〇パーセント。フライホイール始動!」
手慣れたエンジンの始動準備。
ラピスも機関室の面々も、再建当初から「不安定」だの「気難しい」だのと散々苦労させられたエンジンを苦もなく操り、三〇〇メートル級の宇宙戦艦では最強と目されるエンジンを目覚めさせていく。
カスケードブラックホール破壊任務以来となる再始動に、エンジンが喜び震えているような錯覚すら覚えそうなほど、快調な滑り出しだった。
一番から六番までの小相転移炉心に取り付けられた小フライホイールが赤く発光、緩やかに回転数を上げていき、生成したエネルギーが後方にある大炉心に導入され収束。取り付けられた大フライホイールが回転を始めて発光する。
「補助エンジン、最大戦速へ」
「波動エンジンへの閉鎖弁オープン。波動エンジン内、圧力上昇へ」
「圧力上昇へ!」
機関室で太助が機関制御室のコンソールを操り、波動エンジンの始動準備を進めていく。
相転移エンジンが生み出したエネルギーが波動エンジン内へと供給を開始。波動エンジンが唸りを上げる。
「エネルギー充填一二〇パーセント。フライホイール始動!」
「フライホイール始動!」
山崎がタイミングばっちりに波動エンジンの第一・第二フライホイールを始動させる。
並行世界のイスカンダルから受け継ぎ、この世界のイスカンダルによって蘇ったヤマトの心臓が、再び鼓動を刻み始めた。
「波動エンジン点火、一〇秒前!」
大介がカウントダウンを開始する。
ヤマトは最大出力に達した補助エンジンの推力で海面を猛然と突き進んでいる。
「五……四……三……二……一……接続!」
「点火!」
ラピスと大介が阿吽の呼吸でスロットルレバーと接続レバーを引く。
波動エンジンから供給されるタキオン粒子が、接続されたメインノズルから噴出を始めた。
「ヤマト、発進!!」
進の号令に復唱した大介が、操縦桿を引いてメインノズルの推力を大気圏内最大出力にまで上昇させる。
メインノズルのスラストコーンが引き込み噴射口を広げると、メインノズルから発していた輝きが増し、煌々としたタキオン粒子の奔流が勢いを増す。
ついにヤマトはイスカンダルの海から浮上して宙を舞う。
艦底から膨大な量の海水を滴らせながら、メインノズルの噴射圧で後方の海面を二つに切り裂きながら、ヤマトがイスカンダルの空へと飛翔する。
「大気圏内航行、安定翼展開!」
大介が幾度となく世話になった多目的安定翼の開閉スイッチを押す。四分割されたデルタ型の安定翼がヤマト舷側、喫水線部分に出現した。
翼を広げたヤマトは、イスカンダルの澄んだ青空を悠々と飛翔。一分に満たない短時間でイスカンダルの大気圏を離脱して静寂な宇宙空間へとその身を繰り出した。
さあ、地球に帰ろう。
そんな言葉が似あうほど、堂々とした姿であった。
ヤマトがドックを出てから宇宙に飛び出すまでの間、マザータワー最上階の展望室で守とスターシアが身を寄せ合い、大きく手を振りながらその姿を見送っていた。
いつの日か訪れる再会を願って。
その後ヤマトはガミラスのデストロイヤー艦一〇隻を護衛艦として引き連れながら、順調に地球への帰路に就いていた。
旅立ちは孤独であったのに帰りに同行者が増えるというのは違和感を感じるが、そんなこともあるのだろうと自己完結する。
「地球に到着するまでの間、お世話になります」
とは地球との交渉を任されたタラン将軍の言葉だ。
彼は少し前のドメル同様、ヤマトに同乗して地球への旅路に就いている。デスラーからの信も厚く、軍事にも政治にも明るいことも決め手になっていた。
デスラーは忙しくてとても本星を離れられず、副総統のヒスもそのフォローに大忙しとあれば、必然的に彼が最適任なのだとか。
ドメルはイスカンダルを立つときに見送りに来てくれはしたが、防衛艦隊や今後の戦術についての会議に参加するため同行できなかった。
それでも別れの挨拶ができただけマシだろうか。
また、あの一家と会いたいものだ。
進は遠き知人を思ってセンチメンタルな気分になった。
ヤマトの帰路はガミラスが算出してくれたものをそのまま利用している。またタランチュラ星雲を通過するのはリスクが高いので、ガミラスの協力で完成した連続ワープを使用して迂回するコースを選んだ。リスクが少ない分時間が掛かるのは仕方のないことで、重力干渉を避けて安全に進んだこともあり、大マゼラン雲を突破するのに一〇日を要した。
ワープの最大飛距離から考えると距離に対して時間が掛かり過ぎている印象があるが、これでも守と合流して改良する前のヤマトなら軽く三倍、改良後でも倍は掛かっていた工程である。
そして銀河間空間に出てからは連続ワープが本領を発揮。
なにしろ約一四万光年もの距離をわずか一〇日で通過することに成功したのだから、その威力の凄まじさが伺えるというものだろう。
途中バラン星の基地に立ち寄ったが、やはり被害は大きく再建はあまり進んでいるように見えない。
しかし機能そのものは維持していることが伺え、ゲール司令によれば「民間人は全員ガミラス本星に戻した。安心しろ」とのことであった。
いまは地球との国交の拠点として再建を進めているのだとか。
地球との和解が成立しデスラーの主義主張が多少変化しても、彼なりにガミラスを大きくしていきたいという願いは消えていないだろうしそれを否定する権利は誰にもない(強いて言えば侵略された側にあるくらいだろうか)。
――進としては、穏便な進出であってほしいと願うだけだ。
しかしゲール司令と言う人物はさすがドメル将軍の副官を務めただけのことはあり、この被害になんだかんだ言いながら基地としての体制を維持している手腕は見事なものだと、進はゲールに対して敬意を示しつつバラン星をあとにした。
――かつては中間地点としてあれだけの時間をかけて目指した場所なのに、いまはわずか五日で通過してしまえるとは……。
その後も航海は順調だった。
次元断層の位置もガミラス側がおおよそ把握してくれていたこともあり、ワープアウト地点と重なって次元断層に落ち込むトラブルもなく、無事天の川銀河外周部にまで到達。
そこからの航路も、散々てこずらされたオクトパス原始星団を迂回するルートを経て、ようやく太陽系の近くまで戻って来た。
「――本当に、本当によく帰って来てくれたなヤマト!!」
さっそく長距離通信で地球に連絡を取ると、感激の涙を流すコウイチロウの姿がメインパネルに映し出された。
「ミスマル司令、ヤマトは七二時間後にアクエリアス到着を予定しています。到着後にナデシコCと合流、システムの最終確認を終えたのち、コスモリバースシステムを起動する予定です」
「うむ。ナデシコCにはワシも乗艦する予定だ。――少しでもユリカのためになれればと思って、旧ナデシコのクルーにも声は掛けておいた……みんな、了承してくれたよ」
「――そうですか」
それを聞けて進も嬉しく思う。一人でも増えてくれれば、ユリカが助かる可能性が上がるのだから。
ヤマトは太陽系内にその姿を現していた。
念のため、ガミラスが発見し今後開発を考えていたという第十一番惑星の姿も見ておくこと。
実際に地球人類がこの星に関わるようになるのは、もう少し先のことになるだろうが、見ておいて損はない。
やや緑掛かった地表を持つが、太陽の遠さもあって植物の類は見られず水も確認できない。
タランによれば開拓する際はそれらを補いつつ大気組成を改造し、バラン星でテストしていた人口太陽を設置することで対処する予定だったらしい。
この星をわざわざ開拓するのも、手付かずゆえ資源がまだ十分残っているであろうと予想されたことと、星系の最外周と言える場所に拠点を造ることは防衛線の形成やらで利点があるかららしい。
それにしても、ここまで恒星から離れた星を居住可能にしてしまえる科学力はさすがと称賛せざるをえないな、とありきたりな感想を抱かされた。
第十一番惑星を通過したヤマトはそのまま地球目指して航行を続けた。
海王星はおろか、冥王星の軌道からも大きく離れた(太陽〜海王星間の距離の二倍以上)第十一番惑星を離れると、しばらくは静かな時間が流れる。
ワープで一気に地球近海に戻ることも不可能ではないが、恒星系内では重力干渉の問題もあってワープ航路の算出がそれなりに面倒であるし、地球側も最終的な準備を完了するにはそれなりの時間が必要だ。
――結局通信越しで簡潔に聞いたに過ぎないが、ガミラスとの終戦に関しては市民の間で相当荒れた話題となったらしい。
戦争が終わることは素直に喜ばれたが、和解はともかく同盟関係を構築するということに関しては賛否両論でなかなか収集がつかなかったらしい。
一時はデモなどで相当ヤバイ状況になりかけたらしいが、ここまで地球を支え続けた政府関係者は誠心誠意市民の説得を続け、どうにか鎮静化に成功したのが、ヤマトがイスカンダルで改修を終えた時期だったらしい。
市民が渋々でも納得できたのは、「ガミラスが早々に裏切ってもヤマトがなんとかしてくれる」という、進たちからすれば「そのとおりだけどももっと言いようがなかったのか」と突っ込みたくなる丸投げじみた言葉だったと言う。
政府は最終手段としてヤマトが挙げた戦果をまるまる公にして、その力をガミラスも認めていることや、トランジッション波動砲の威力を示すという形でどうにかこうにか『保険』として認めさせることに成功したようだ。
つまり、市民にとってヤマトは信頼に値する存在として認識されているということだろう。
――どうやらまだしばらくの間は、地球はヤマトを眠らせることができないらしい。
それからヤマトはきっかり七二時間をかけて帰還した。
途中、航路上にあった火星にだけは立ち寄ってサーシアの墓参りを全員で済ませておく(タラン将軍を始め、ガミラス側からも謝罪交じりの追悼が行われた)。
地球に最後の希望を繋いでくれた、偉大な恩人だ。いくら礼を尽くしても尽くし足りない。
艦内で観賞用として飼育されている花を集めた花束を墓前に手向け、ヤマトは火星を去った。
「地球だ!」
第一艦橋の窓から真っ白い星の姿を見て、大介が泣きそうな声で叫ぶ。
おおよそ八ヵ月ぶりに見る、母なる星の姿。
変わり果てた姿はいえ人類が生まれ育った命の星の姿を目の前にして、大介だけではない、すべてのクルーが「帰ってきた……!」と感激で胸が一杯になる。
――あとはコスモリバースシステムが成功すれば、元の青々とした美しい星に戻るはずだ。
白い地球の眼前には、ヤマトをこの世界へと導いたアクエリアス大氷塊が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
ヤマトが発進したときに砕いた一角はそのままの状態で放置されていて、周囲に飛び散った氷塊の一部が残留して浮かんでいた。
……そのアクエリアスを背に、ヤマトと向き合うように改修を受けたナデシコCが佇んでいる。
ヤマト発進までの間、地球最強の艦としてギリギリの戦いを潜り抜けてきた歴戦の勇士の姿に、短い時間とは言え実際に乗り込んだ大介と進、そして長い間共に戦ってきたルリとハリは感慨深げに敬礼を送る。
――あの艦が、これからヤマトを助けてくれる。
ついにヤマトとナデシコが共に手を取り合い、困難に立ち向かう機会が巡ってきたのだ。
ヤマトはアクエリアス大氷塊の上でナデシコCと合流を果たした。
ナデシコCはヤマトの真後ろに移動すると、特徴である三本のディストーションブレードを開き、メインノズルと補助ノズルを停止したヤマトを後ろから抱きかかえるようにして合体した。
接触回線による接続で通信を確立、ナデシコCはヤマトのサブコンピューターとしてコスモリバースシステムの補助を行う。
ナデシコCから発進した連絡艇がヤマトの下部大型発進口からヤマト艦内に次々と着艦していく。
連絡艇からは協力を受諾した旧ナデシコクルーや、コウイチロウにアカツキを始め、ユリカに縁のある人々が次々とヤマトに乗艦してくる。
「――本当によくがんばったな、古代進君……!」
感激して進と握手を交わすコウイチロウに進は答えた。ユリカのおかげだと。
「――艦長の教育がよかったんです――さあ、最後の仕事を始めましょう!」
ナデシコCと合体したヤマトは、安定翼を広げて波動砲の砲口を地球に向けた。
コスモリバースシステムと化したヤマトの波動砲は一見以前と変わらないように見える。だが、砲口奥の装甲シャッターが解放されると、中からかつてヤマトが自沈する時に使用したボルトヘッドプライマーを彷彿とさせる装置が顔を覗かせた。
それは発射口から飛び出すギリギリまで伸びると、先端のリング状のパーツが四つに分割されて開く。
機関室に移っていたラピスが祈りを込めてユリカを保護している停滞フィールドのスイッチをオフにして、いくつかのスイッチとレバーを操作。
電算室のルリがラピスからの合図でコスモリバースシステムへの回路を繋げて、ユリカを含めたヤマトのシステムを改めてシステムと接続。
接続テスト――エラーは見られない。コスモリバースシステムは正常に稼働している。
ルリたちがプログラム面からチェックするのと並行して、工作班による目視点検も行われる。
波動砲の収束装置とライフリングチューブに置き換わるように設置されたシステムのインジケーターはすべて正常。接続ケーブルはすべて漏らさず接続された。
「……コスモリーバスシステムの起動準備、すべて完了しました」
真田の言葉を聞いて、進は眼前に差し出された波動砲の発射装置をゆっくりと両手で握りしめる。
「……ヤマトの戦士諸君。そして艦長のために集まってくれたみなさん。コスモリバースシステムの起動準備が整いました」
クルーたちはそれぞれに持ち場で、ユリカのためにヤマトに乗艦した人々は中央作戦室を間借りして、進の言葉を聞いていた。
たった一度きりのチャンス。
地球が救える可能性は極めて高いが、どの程度の回復になるかはやってみなければわからない。
リバースシンドロームの対策もするにはしたが、実際どうなるのかはやってみなければわからない。
そして……ユリカの未来。
すべてがこの一度きりのチャンスに掛かっている。
「起動までのカウントダウンを開始します。六〇……五九……」
緊張が高まっていく。
あと少し。あと少しで地球は元の美しい姿を取り戻し、人類は破滅の淵から救い出される。その先にどのような未来が待ち構えているのかは――わからない。
ヤマト出自の世界のように幾度も侵略者が来るかもしれないし、来ないかもしれない。ガミラスとの同盟もどこまで続くかわからない。
苦難は多いだろうが、挑まないわけにはいかない。
――生きるために、生き残るために。
「――一〇……九……八……」
カウントが残りわずかになる。
相転移エンジンと波動エンジンの出力が波動砲のときと同じ一二〇パーセントに達する。
真のポテンシャルを封じた状態であっても、コスモリバースシステムを完全に起動できるだけの莫大なエネルギーが生成され、いままさに解き放たれんとしている。
「三……二……一……起動!」
カウントゼロ。進はいまやコスモリバースシステムの発動キーとなった波動砲の引き金を引いた。
発射口から飛び出していた放射機から眩いばかりの光が溢れ出す。
膨大なエネルギーを収束させて撃ち出す波動砲と異なり、コスモリバースシステムが放出したエネルギーはまるで霧のようにも見える青い不可思議な光が円錐状に広がっていき、やがて地球を包み込み始めた。
一発、二発、三発と、いつものトランジッション波動砲と同じように計六発のエネルギーが撃ち込まれ、そのたびに地球が輝きに包まれ――変貌していった。
システムが起動を開始したとき、ユリカは電子の海の中に意識を映している――そんな不可思議な感覚の中にいた。
データスーツを通してシステムと一体になったユリカは、不思議な感覚の中でその命を急速に燃やし尽くす演算ユニットとの完全リンクを実行、意識を演算ユニットと同化させ、未来も過去も現在もない、不可思議な時間の流れに身を置いた。
その不可思議な空間の中から、ユリカは必死に目的とする情報を――ガミラスによって環境を激変させる前の地球の姿を探す。
並行宇宙ではない、この宇宙の過去の地球の姿を追い求めてユリカは未知なる空間を動き回る。
――見つけた。
ユリカは自身が一体化したコスモリバースシステム――いや、宇宙戦艦ヤマトの記憶を頼りにその姿をついに見つけた。
「ユリカ、あの地球がそうです!」
「うん!」
ヤマトの力強い宣言を肯定するかのように、ユリカはその地球の姿に手を伸ばす。スターシアの言葉どおり、一度は地球の自然に帰ったヤマトはたしかな案内人となった。
その身に宿したこの世界の大和がそれを助け、宇宙戦艦ヤマト自身の強い使命感と地球への愛が――そしてユリカの家族に対して、友人に対して、それらを取り巻く世界に対して向けられた愛が重なり、いま奇跡を起こさんと世界に働きかける。
そうやってヤマトが放った波動エネルギー――いや、時空干渉波が母なる星――地球に作用していくのだ。
その男性は、最後の瞬間まで最愛の家族を抱えて、覚めることのない永い眠りについた。
ガミラスの遊星爆弾が降り注ぐようになり、どんどん気温が低下していくなかで、避難が遅れて家族そろって取り残されてしまった。
己の失策を悔やむも時すでに遅し。逃れようのない死を間近に控えた。
最後の最後まで互いに抱きしめあい、「――ずっと一緒だ」と言葉を掛ける。
――軍人になってガミラスと戦う。そう言って出て行った息子に、幸在らんことを。
最初に娘が逝った。
わが子の死を嘆き悲しんだ妻もそのあとすぐに逝った。
一番最後に、冷たく凍り付いた妻と子を抱えた男が逝った。
ガミラスとの戦争が始まってから、あちこちで頻繁に見られた悲劇の光景。彼らの時間は二度と戻らず、取り残されていくはずだったのだ。
しかし男性は、形容しようがないような暖かななにかに包まれる感覚を覚え、薄っすらと目を開けた。
視界には、最後の瞬間まで抱きしめていた最愛の家族の姿。腕にはその温もりがある。
(……温もり?)
男ははっとした。
その両腕に抱かれた妻と娘の胸が、小さく上下している。薄く開いた口から呼気が漏れている。
堪らずその身を揺すって声を掛ければ、小さな呻きと共に妻と子供が目を覚ます。
奇跡だ!!
男性は神に感謝し、改めて冷静になって周りを見渡す。
――わが家だ。
逃げ遅れた彼らが最後の地として選んだのは、苦労して稼いだ金で手に入れたマイホーム。
凍り付き荒れていた面影はない。ガミラスが来る前の平穏そのものの姿。
――天国だろうか。
疑いながらも男は試しに自分の頬を抓ってみる。
――痛い。
三人揃って訳も分からないまま、閉め切っていた窓を開け、雨戸を開ける。
瞬間、刺すような光が家族の目に飛び込んで来た。
……日光だ!
思わず開け放った窓から外に飛び出す。
眼前に広がる光景は、ガミラスによって凍てつく前の光景そのものだ。
記憶にあった家屋の損壊すら修繕されていて、男性たち一家以外にも状況を飲み込めずに右往左往している住人たちの姿が見える。
――みんな、取り残された者同士だ。
そんな彼らの頭上を、小鳥が「チチチッ!」と鳴きながら飛び去って行く。
海が好きな男の希望で、海を望める立地に建てられたわが家の庭。その先に見えるのは、青く美しい広大な海の姿。
「いったい、なにが起きたんだ?」
男は知らなった。
地球を発った一隻の宇宙戦艦が奇跡を起こしたことに。
――彼がすべてを知ったのは、それからまもなくのことであった。
ヤマトと一体化したユリカは、その光景を外部カメラの映像を通して目の当たりにしていた。
「上手くいきましたね」
うん。お疲れ様、ヤマト」
「――あなたもです、ユリカ。奇跡が起きましたよ」
ユリカは右隣に立っている女性に微笑みかける。女性――とはいっても、その実像はややぼやけている。
日本系の顔立ちで、ユリカと同じく腰まで髪を伸ばした肉付きのいい女性だということまではわかる。だが、それ以上の認識はない。
当然だ。この姿はヤマトの魂を擬人化した、いわばアバターなのだ。
コスモリバースシステムと化したヤマトとユリカが一体化したことで、魂の在り方がより生物に、いや人間に近づいたのだろう。
それは人型であるがゆうえにより人間の意思を反映しやすく、ヤマトと共にある中で影響を受けていたガンダムの力添えも大きかった。
ガンダムらのフラッシュシステムも独りでに起動し、彼女らの助けとなってくれたのだ。
――だからこそ、フラッシュシステムとのリンクがより強力になり、想定外の事態を引き起こしたのだろう。
ヤマトは時空干渉波のキックバックで地球の『想い』を聞いた。
そこには地球が抱きかかえている多くの命の想いが、自身に搭載された物と、ガンダムに搭載されたフラッシュシステムを通してヤマトに、ユリカに――コスモリバースシステムに伝わってきた。
その身の大半を海底に残したままのこの世界の大和。
そして地球の土に還ったはずの沖田艦長も力を貸してくれた。
凍てついた時間に閉じ込められてしまった多くの命の声を、届けてくれたのだ。
それを聞き、反映しようと足掻いたヤマトとユリカの気持ちが、コスモリバースシステム本来の機能を超越した成果を上げた。
そう、氷に閉ざされ命を落とした人々の――人以外の生態系の多くが、再びその時を刻み始めたのである。
――彼らの日常を支えていた家屋すらも、在りし日の姿を取り戻していった。
本来の機能を遥かに上回る――奇跡が起きた瞬間である。
――そして……。
「尻尾を掴みました。あの異次元生命体です」
ヤマトはやや怒気の籠った声で告げる。ユリカも険しさを感じる声で応じる。
「――まさか、コスモリバースの時空干渉波のおかげで接点を持てるとはね。これならなんとか、支援できるかも」
地球が実際に動いてくれるかどうかは定かではない。だがユリカは働きかけるつもりだ。
知ってしまった以上、関わってしまった以上、決して見過ごすことはできない。
――たとえ自己満足と罵られようとも、そして支援が事態収拾と言う点から見れば決して十分にはならないとわかっていてもだ。
「――さて、ユリカはそろそろ戻ったほうがいいですよ。みな、心配しています」
「――そうだね。ヤマト、ひとまずはお疲れ様。また一緒に飛びたいね……」
「……地球と人類がある限り、その機会は必ず来ます。でも、今度は平和な目的で飛びたいものですね」
コスモリバースシステムの停止を確認した工作班と医療科を中心に、ユリカをコスモリバースシステムから切り離す作業が開始された。
カプセルを満たしていた液状なのマシンを排出、ユリカをカプセルから解放しようと作業を進める。
システム発動時、全員必死になって彼女の再生を願った。その想いが届いたのかどうかは定かではないが、ヤマトが時空干渉波を発射するたびに極少量の干渉波がヤマトに向かって逆流したことが確認されている。
同時にヤマトのフラッシュシステムはもちろん、ガンダム――特にダブルエックスのシステムも強い反応を示していた。
はたしてユリカは無事再生されたのか。
ヤマトへの被害はどうなっているのか。
さまざまな疑問が頭を過るなか、一〇分ほどの時間をかけて液状なのマシンの排出が終わる。
作業員に交じってアキトとルリ、そしてコウイチロウも機関室に飛び込み、作業の進展を見守っていた。
カプセルを開放する手はずが整うなり、ラピスも駆け寄り固唾を飲んでいる。
カプセルの傍らで作業を指示していた真田とイネスが顔を見合わせて頷くと、真田は震える指で開閉スイッチを押し込んだ。
(上手くいっていてくれ……!)
パシュンッ! と空気が抜けるような音と共にスムーズにカプセルの蓋が開いていく。固唾を飲んでその動きを見守る。
蓋が完全に開かれ、ついにユリカの姿が露になった。
――ああ、神様……!
その場に居合わせた全員が天を仰ぎ、それから盛大に涙を流した。
――ユリカの体は、見た限りでは在りし日の姿を取り戻していた。
密着するように作られたデータスーツ越しに見える体は、元気だった頃の肉付きを取り戻している。
ヘルメット越しに見える顔色もいいし、頭髪も元の色艶を取り戻している。
「ユリカ……ユリカ……」
アキトはそっと眠ったままのユリカの肩を揺する。みなが固唾を飲んで見守る。数回揺さぶられて呻き声をあげるユリカ。
生きてる! と喜びも露わにした瞬間、
「う〜ん……あと五分……」
「……」
お約束を忘れないユリカのサービス精神にイラついたアキトとルリは、互いに顔を見合わせて頷きあった。
そら、ツッコミの空手チョップじゃ!
「いったぁ〜いっ!!」
一気に覚醒したユリカが抗議の声を上げながら目を開けると、喜びで顔を埋め尽くしたアキトたちの姿が見える。
――デジャブを感じるなぁ。
ノロノロと起き上がろうとするが、イマイチ体に力が入らない。
すぐに察してか、アキトが抱きかかえてくれた。
――お姫様抱っこは嬉しい。彼女にとってもっとも至福と言える時間だ。
その後はもう、お祭り騒ぎだった。
ナデシコCから移乗してきたかつての仲間たちはもちろん、ヤマトの仲間たちも次から次へと機関室に押し寄せてきた。
何度かジュンが声を張り上げても効果はなく、コウイチロウは大声でユリカの名を呼んでは男泣きし、ルリとラピスは抱き合って嬉し泣き。もうあちらこちらで鳴き声と歓声の合唱が鳴り響いて収拾がつかない。
「よかったね、テンカワ」
いつの間にやらすぐ近くに来ていたイズミがそうアキトに声をかけたり、
「――苦労が実ったな」
やっぱり人込みを掻い潜って声を掛けに来た月臣の姿もあったりした。
そして接近こそ叶わなかったようだが、アキトの視界に入ったアカツキが満面の笑みで親指を立てて祝福してくれた。
――人の輪が生み出す暖かさをこれ以上なく実感した瞬間だった。
だが、その人混みの中に進の姿はなかった。
「――古代君なら、第一艦橋で待っています。任された仕事をきちんとやりきるって……」
雪がそう教えてくれた。
クルーにひとしきり揉みくちゃにされたあと、ユリカはアキトに抱えられたまま第一艦橋を訪れた。
第一艦橋で、進は独りユリカが戻ってくるのを待っていた。大介すらも駆け付けたというのに、しっかりと自分の役割を果たして。
「……お帰りをお待ちしていました、艦長……」
目尻に熱い涙を湛えながら迎える進。
「うん……ありがとう進。ご苦労様」
ユリカはようやく動くようになった右手を差し出して握手を交わした。
「――最後の仕事は、お任せします」
言うなり進は自身のコートと帽子を脱いでユリカに渡した。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
ユリカはアキトに艦長席に座らせてもらって、コートと帽子を身に着ける。
それからさほど間を置かず、艦橋要員が自分の席に戻ってきた。
タラン将軍も駆け付け、「ご快方、おめでとうございます」と祝辞を送ってもらえたので、ユリカも「ありがとうございます!」と元気よく答えた。
「艦長! ナデシコCが!」
艦内管理席で自己診断モニターを確認していた真田が突然叫んだ。
メインパネルに表示してもらうと、ヤマトの後方カメラが異変を捉えていた。
――ナデシコCが急速に赤錆に覆われて、朽ち果てていく。
作業員が乗っていた第二船体だけが緊急離脱したが、それ以外の艦体はあっという間に真っ赤に染まり、ボロボロと崩れ落ちていった。
――ナデシコが、私の身代わりになってくれたようです……――
ヤマトの寂しげな声が聞こえる。
ナデシコCは、最後の最後でヤマトにすべてを託して宇宙へと消えていく。
本来ヤマトを蝕むはずだった、リバースシンドロームによる崩壊を肩代わりして――。
ユリカは自分の原点というべきナデシコの名を継いだ艦の最後を、モニター越しながら見届けた。
かつて艦長として指揮を執ったルリも、乗組員として共に戦ったハリも、進も、大介も、その最後の瞬間を見届ける。
――言葉は要らない。あとは全部引き受けた。安心して眠ってほしい。
静かな別れを告げたあと、ユリカは眼前を見据えて最後の命令を下した。
「ヤマト、発進! 目標は地球よ!!」
メインノズルから煌々とタキオン粒子の噴流が迸る。
ナデシコCの残骸に別れを告げ、分離した第二船体とガミラスの護衛艦隊を引き連れながらヤマトは宇宙を進んでいく。
その眼前には、青く美しい姿を取り戻した、母なる地球の姿があった――
こうして、人類は滅亡と言われる日まで一一七日を残し、救われたのであった。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
完
あとがき
みなさまおひさしぶりです、KITTです。
さて、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット版、お楽しみいただけたでしょうか?
続編や小説家になろうにてオリジナルの連載を開始するにあたって、文体を変化させたいと考えたことで本作が浮いてしまうことを避けたかったことや、仕上がりに満足のいっていない箇所があったので、途中で追加した展開なども踏まえて全体を整理してより完成度を高めることを目的として執筆したのが、本作になります。
基本的なストーリー展開は変わっていませんが、細部の設定や描写、ストーリー展開に変化を加え、われながらかなりよくなったのではないかと自画自賛しております。
現時点では続編についてはほとんど未定に近く、なろうにて連載開始したオリジナル作品のほうにかまけきりでいつ書けるかも定かではありません。
というのも一ファンとして、ヤマトの名を冠した18代――2520を扱いたいという欲はあるのですが、どうしてもこの艦が活躍している様をうまく描くことができず、さりとて本作で描き切った感のある初代ヤマトをそのまま使い続けるのもという悩みに、もう一年以上も決着がついていないというのも大きな理由となっています。
当初の予定を変更したストーリー展開を考えていますので、本来想定していた「テレビ版最終回からのパラレル続編」をほぼ白紙撤回したこともあり(登場人物のリセットによる作者自身の混乱を避けるため。またテレビ版から直接のアキトがダブルエックスに乗る違和感を解消できなかったなどの理由)、初代を継続するにしてもどんな展開が望ましいかを考えあぐねてもいます。
わが愛しきヤマト。その姿は実にさまざまで、本作で採用した復活篇版の美しさもさることながら、いまでは嫌悪感も消えた2199版、そして最初から好意的だった2202版、そしてまだ見ぬ2205のかの艦。
はたしてどのような結論を出すのかは私自身もわかりませんが、再びお会いする機会があったのならそのときはぜひに。
それでは、またの機会に。
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代理人の感想
乙でした!
ハッピーエンドはやはりいい・・・大団円ですよね、やっぱり。
そしてもう一度。
乙でした!
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