お小遣いは有限だ。
いや、お小遣いに限らずお金は有限だ。
だから大事に使わなければならない。
無駄遣いは極力避け、本当に必要なものをピンポイントで狙うべきだと思う。
そうしなければあっという間にお金は尽きてしまう。収入が制限されているのならなおさら慎重を期さねばならない。
元宇宙戦艦ヤマト機関長、ラピス・ラズリは四人用ソファーでうつ伏せに寝転びながら、両手で抱えた“携帯型ゲーム機”の画面と、背もたれに立て掛けているピンクの携帯電話に映し出された、SNSアプリのメッセージログを交互に見比べて品定めを続ける。
携帯ゲーム機の画面には、そのゲーム機で購入可能なゲームのダウンロード販売を行っているストアの画面が映し出されている。ラピスはその画面の索引を辿りながら、お眼鏡に叶うタイトルを見つけ出すべく苦心していた。
手持ちのお小遣いで購入出来るゲームは一本だけとなれば、仕損じるわけにはいかない……。緊張感を漂わせながら、最近になってようやく新作がリリースされるようになったストアのページを進めて吟味していたところだったのだが……。
「ラピス、ご飯の準備出来たぞ!」
と、正式に父となったテンカワ・アキトが告げたとなれば小休止せざるを得ない。
「あ、は〜い!」
なぜなら空腹だから。育ち盛りに父が振舞うおいしい食事を冷ますわけにはいかないと、ゲーム機をスリープモードにしてからソファーの座面に置いたまま、キッチンに足を運ぶ。
今日の夕食はリクエストした焼うどんだ!
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
短編 ラピス・ラズリの日常
ラピスがビデオゲームにはまるきっかけは、八か月ほど前に遡る。
ヤマトがイスカンダルへの長旅を終えてしばらく。
地球の復興活動がガミラス協力のもと急ピッチで進められる中、かつてのヤマトクルーもそれぞれの生活に戻りつつも、復興活動に協力する日々を送っていた。
――その前に。
「では! ヤマトの地球帰還と、その他もろもろの成功を祝しまして……かんぱ〜い!!」
ヤマトの帰艦から二週間。
ナノマシンの摘出手術を終えて経過観察のため入院していた元ヤマト艦長テンカワ・ユリカは、退院早々わざわざ遅らせて貰っていた「ヤマト帰還祝福パーティー」で音頭を取っていた。
場所はヤマトが停泊している宇宙船ドック。桟橋部分にテーブルを設置して、ヤマトクルー全員と関係者が揃いも揃って飲めや歌えの大騒ぎという賑わいを見せていた。
もともとナデシコの関係者は全員ノリの良い奴ばかり、加えて内輪向けのパーティーなので無礼講もいいところと、開幕当初から混沌の気配を漂わせていたと、のちにラピスは述懐している。
そんなパーティーで最初に皆がしたことは、「ヤマトに乾杯!!」と称して各部門の責任者がヤマトに向かって酒瓶(中身入り)を投げつけることから始まった。もちろん乾杯の代わりなのだが……。
「進水式ではないのですが……喜んで受け取っておきます」
とは困惑気味のヤマトの言葉。祝いの席に酒は必要だと豪語する連中に押され、まったく飲めもしないのに密かにデスラーから送られていた、ワインにも似たガミラスの酒をグラス一杯空ける羽目になり早々に目を回して沈黙したユリカを介抱するのは、夫テンカワ・アキトと親友エリナ・キンジョウ・ウォンの役目だった。
というよりも、ユリカを助けず逆に利用して無礼講の場から距離を置こうとした節もあると、姉であるホシノ・ルリは推測していた。だとすればなんとなくひどいと思える。
最初ラピスはどうしてそんなにも嫌がっていたのかわからなかったが、それから酒で酔った男連中の一部から「で、夜はどうだったー!」と、結局捕まったアキトがグラスを握らされて問い詰められているのを見てようやく理解した。
要するに悲劇で三年もの間引き離され、再会を果たしてからもユリカの病気が原因で夫婦らしい生活を送れていなかったことを引き合いにからかわれるのが嫌だったのだ。
最近は年齢相応の義務教育を受け始めているラピスなので、男女の営みというやつに関しても知識を得始めている。もっとも、まだどうしてそれがそこまで恥ずかしいのかよくわかっていない点はあるが。
助け舟を出したのはこの場において最も地位が高い、ヤマト計画の事実上の責任者であったミスマル・コウイチロウその人。さすがに無事に元のさやに納まった娘夫婦がからかわれているのは見過ごせなかった――ように考えていたのだが、実際はほかならぬ自分自身が「で、孫の顔はいつ見れそうだ?」などとアキトを問い詰めたかったからという、ルリ曰く「下世話な理由」によるものだったらしい。
ほかに助けてくれそうな――いや、これもルリに言わせれば「生贄」になりそうだと考えられていた古代進は、地球に戻ってすぐに意中の人たる森雪と正式に交際を始めたばかりか、なんともう雪の両親に顔を見せに行ったらしく、雪の父親と静かな戦いを繰り広げた末気に入られたとかで、婚約にまでこぎつけたことを自ら報告して浮かれていた。
――周りからは「艦長の影響恐ろしや……っ!」と慄かれたらしいが、当時のラピスにはなんのことだがさっぱりわからずじまいであった。
もちろん、いまならば理解できるが。
そして、今回のパーティーに呼ばれた旧ナデシコクルーの一人であり、現役アイドルでもあるメグミ・レイナードがホウメイガールズの面々をバックコーラスに、ヤマトが帰還すると同時に発表し、瞬く間に大ヒットを飛ばした新曲「この愛を捧げて」を熱唱。
ヤマトとユリカを歌ったとされるだけあって、ヤマトクルーはこの時ばかりは静かに歌声に耳を傾け、終わったあとはアンコールの大合唱。
もちろんラピスもその輪に加わってはしゃいでいた。傍らには第二の保護者として周知されている山崎奨と徳川太助を引き連れながら。
そんな中、なんとか義父と仲間内からの追撃を躱すことに成功したアキトは、パーティーの一週間前から少しでも感を取り戻すべく猛練習していた成果を披露すべく、師匠の一人であるリュウ・ホウメイの助力も借りながらどこからか引っ張り出してきた屋台でテンカワラーメンを振舞ってくれるという話を聞き、ラピスも顔を覗かせることにした。
寸胴鍋の中に入れられた専用てぼの中で面が躍る。茹で上がった麺をどんぶりに満ちたスープの中に入れて解す。チャーシューにメンマと、定番の具を載せて、
「へい、おまち!」
とアキトが台の上に置いたとあれば、われさきにと手が伸びる。以前からとヤマトからの仲間たちは、ようやく自分の道を再び歩めるようになった彼を祝うべく、矢継ぎ早に注文を叫んではラーメンをせがんでいる。
「はい、テンカワ特製ラーメンお待ちどうさま」
とラーメンの配膳をしているのはルリ。取り戻したいとかねてから願っていた光景の前に唇の端が持ち上がるのを止められないようで、普段はあまり見せない類の笑みで会場を虜にしていった。
そして本来給仕の役割を果たすはずだった妻ユリカは、慣れぬ飲酒で足元がふらついてしまっているためエリナに留められ、提供されたラーメン第一号を食べられる権利と引き換えに椅子に座らされていた。
普段からそうだろう、という指摘も多少あったが、酔っ払って顔を赤くしてポヤポヤしている彼女の様子を見れば、だれだって配膳などという役割を任せたいとは思わないだろう。
(でも、幸せそう)
地球に帰還してからのユリカの様子はラピスにとってもうれしいものだった。不健康一直線だった容姿は、記録映像の中で見た女性的で健康美に溢れるものに戻っていたし、「自由に歩けて食べられるって最高だよぉ!」と、見舞いに行ったときに聞かされているとなればこういった光景もほほえましく映る。
その言葉がひどく印象に残っているのも、ヤマト再建からイスカンダル到達まで、彼女がどれだけ苦しみ、何度も生死の境をさまよったことを知っているからこそ。
――嗚呼、この幸せがいつまでも続けば良いのに。
それが叶わぬ事だと、だれよりも知るであろうユリカは突然ラーメンを食べる手を止めて、傍らに鎮座しているヤマトの威容を見上げていた。
釣られるようにラピスもヤマトの姿を見上げる。
帰還して二週間。ヤマトの姿はコスモリバースを起動したときからなんら変わっていない。
イスカンダルでの改修作業を受け、波動砲以外の戦闘力を回復したヤマトではあるが、いまもって波動砲の再装備を含めた大規模なメンテナンス作業は受けていない。これはヤマトが用済みだからというのではなく、地球でまともに動ける唯一の戦闘艦である以上、任務に支障がないというのであれば当面現状維持のまま任務に就かせる必要があるという切実な理由によるものだった。
それでも最低限のメンテナンスと補給作業を完了するのにあと三日かかるとされており、それが終了すると同時にラピスをはじめとする一部のクルーを除いて再乗船、地球領域を中心とした防衛任務に就き、復興の度合いに応じて範囲を拡大していくことになっている。
(やっぱりみんな、ヤマトに縛られた)
――帰還した時に感じたとおりだ。ユリカに限らず皆、ヤマトに半ば縛られた生活を送っていた。
ウリバタケはヤマトを退艦して自宅の工場を続ける意思表示をしながらも、真田やイネスに協力を求められれば一も二もなくそれに協力することを決めたという。……たとえ、その内容が軍の新兵器の開発に繋がるとしても。
ほかの民間から協力したクルー、つまり旧ナデシコクルーも半分程度はヤマト限定という条件で、軍部の立て直しが終わるまでは引き続き乗艦を承諾し、退艦する者たちも「非常時であれば」という条件でやはりヤマトに限れば再乗艦を引き受けるなど、ヤマトの戦いを知っているからか、完全に縁を切って民間に戻る気にはなれないでいる様子が伺えた。
ナデシコCから移乗したルリたちの場合、ナデシコCがヤマトの代わりに朽ち果て失われたこともあり、引き続きヤマトに乗って任務に就くことになっているという。
また再編によって誕生する新組織――地球連邦政府とその直下となる地球防衛軍も、かつてヤマトが属していたそれと同名の組織へと再編され、ヤマトの影響を強く受ける結果となった。
防衛軍では、ヤマト出生世界の艦艇の名を継いだ新造艦や、データをコピーして模倣した艦艇の配備はもちろん、完全新規設計の艦艇の開発にも着手し、ガミラスやネルガルの全面的な協力の元、時間断層の解析作業とその活用について日夜協議を重ねている。
地球は間違いなく再建に向かって歩みだしている。
その行く末がよいものなのか悪いものなのかは――まだだれにもわからないこと。
ラピスはそのことに一抹の不安のようなものを感じながらも、仲間たちと共に記念パーティーを楽しみ、いまという時間を楽しんだ。
明日からはすこし忙しくなる、そしてヤマトの仲間たちに会える機会も減ると考えれば、楽しまないと損だという気持ちがさきだったからだ。
というのも、ラピスは自分の進路についてかなり早い段階から明確なビジョンを持っていたクルーの一人であり、そのためにヤマトを退艦して民間人の立場に戻ることを決意させた。
「私は――学校に通いたいです!」
それがアキトたちに進路を問われた時の答えだった。
ヤマト再建から航海から帰ってくるまでの生活で、自分なりに集団生活を楽しんでいたラピスは同世代の人間との生活の場――学校に通う事を望むようになっていた。
ヤマトにも同年代のクルーはそれなりに居たが(ルリはもちろん太助だって年代は近い)、基本的には成人したクルーのほうが多く、そういう意味では自分は子供として遠慮されていた事を漠然と感じていた。
それに、山崎や太助との触れ合いで自身の進路について相談を持ち掛けたとき、
「いっそ学校に通ってみるというのもよいかもしれませんよ。このまま大人の社会に身を置き続けるのもひとつの選択ですが、同年代と触れ合い青春を楽しむ……大人になって振り返った時、その時の生活の記憶と言うのは案外宝物として残るものですからね」
というありがたいお言葉をもらえたこともあり、ラピスは一般市民に戻り、学校に通うことになったのだ。
もちろんアキト・ユリカ・エリナといった保護者勢が喜ばないわけもなく、
「ラピスが学校に通いたいと言うなら任せて頂戴!」
とエリナとユリカは自身の人脈やらコネやらを行使して、実験体として戸籍も存在していなかったラピスの戸籍をきっちりと拵えてみせた。
経歴のすべてを明らかには出来ないので、適当に誤魔化しを入れながらそれっぽく聞こえる来歴を考えだし、ユリカとエリナが戸籍作りやらで奔走してくれたのである。
その喧噪を見ながらラピスは新しい住居から近く、早々に再開が決定されている学校を見つけてもらうなり、アキトと一緒に見学に行ったりしてイメージを掻き立て、必要な品々を揃えるために復帰して間もない商店を見て回るなど、精力的に動き回った。
最終的にラピスはさまざまな意見を検討した結果、アキトとユリカ夫妻の養子という身分を与えられた。
仲睦まじい二人の邪魔にならないかという懸念を覚えたり、エリナとは法律上家族関係にならないという事実に嘆きはしたが、ラピスも分別のつかない子供ではないので納得し、かつてのルリと入れ替わる形で二人と同居することになった。
住居を構えるのは再編される地球政府と軍部の中枢として選ばれたトウキョウシティ、それも中央区。これは両親となったユリカとアキトの仕事に便利だからと選ばれた立地だった。
ユリカはヤマトの艦長としての経験と手腕を認められ、帰還後に少将にまで昇進し、今後の地球防衛艦隊の再編や防衛プランの構築に尽力することになっている。
それに加えて本人の意志もあり、ヤマトの艦長の地位は進に譲る形で地上勤務が決まっているとなれば、住居は彼女の勤務地である中央司令部に近い場所が選ばれるのは必然であろう。
また、夫たるアキトも航海中に決まった約束どおり、かつてのコロニー襲撃犯としての罪状を背負うことなく(犯人は消息不明、ガミラス戦の中で死んだものとして処理された)、戸籍を復活し火星の後継者のラボから救出後、治療を受け、妻のために無理を押してヤマトにはせ参じたという美談を作られ顔面崩壊しながらも、これからのためにと「断罪よりもキツイ」と漏らすその処遇を受け取った。
そしてヤマトでの活躍とA級ジャンパーとしての能力を買われ、正式に軍人の立場を得ると同時にネルガルに出向し、新型機動兵器の開発に協力するテストパイロットという職を得ると同時に、唯一稼働状態にあるダブルエックスの専属パイロットとして、非常時にはサテライトキャノンの引き金を引くことを求められた。
アキトの能力と適性を鑑みた結果、こういう人事になったのだとコウイチロウが教えてくれたことは記憶に新しい。
ラピスが知らないナデシコ時代の問題行為の数々が、普通の部隊への編入を見送る最大の原因だったらしく、そういった情報を細大漏らさず報告したのがネルガルの会長だったともうわさされているが、真偽は定かではない。
一つ言えることは、必要とされながらも使いにくいとして、アキトは入隊早々左遷されたのだという事実だけだろうか。
かくしてラピスは新しい生活を始めたテンカワ夫妻の養子という身分で新たな生活を始めることとなった。
そんな新生活を始めるにあたり、ラピスは自分に幾つかのルールを課していた。
そのひとつがお小遣い制の導入にある。
ヤマト乗艦はもちろん、再建への協力でラピスには相当な額の給料が支払われている。再建の途上でいろいろと物価が高めの昨今にあっても、安い戸建て物件くらいなら買えてしまえるくらいの蓄えだ。
だがラピスはその給料の全額をあっさりユリカに預けてしまった。
一般的な中学生はこんな大金を持ち合わせていないし、アルバイトも日本では年齢的に行うことはできない。
月々親からもらうお小遣いで日々の娯楽を支えるのが一般的だと情報を仕入れておいたラピスは、学校というコミュニティーに溶け込む上で特殊な存在にならないようにと、大金を封じることを望んだのである。
ラピスの意向を汲んだユリカはラピスの給料を管理することになり、月々のお小遣いという形で決められた額を毎月ラピスに渡す、という形でラピスは自分の給料を使うことになった。
これならユリカとアキトの給料は日々の生活費に使う分を除けば、ある程度積み立てておける。
それはつまり、これから生まれてくる子供たちの養育費を確保しやすくなるということだ。
仲睦まじい二人の愛の結晶は、ラピスにとっても家族。その誕生を望まないわけがない。
だから週に一度程度はエリナにも甘えたいと称して、(仕事の都合で同じマンションに越してきた)彼女の部屋にお泊りすることで、二人きりにさせることも決まった。
少々お節介かもしれないが、ラピスはエリナにたっぷりと甘えられるし、アキトとユリカも遠慮なくいちゃつける。それで子供ができればまさにハッピー。
これこそ幸せ家族計画というものだろうと、ラピスは胸を何度張ったかわからない。
そんなやり取りを経て、ラピスは学校が再開する際に転校生という形で近くの中学校に入学。
晴れて学生生活を始めるに至ったのが、ヤマトが地球に帰還して一ヵ月が経過したときであった。
だが自らに課したお小遣い制の壁に秒速でぶち当たることになるとまでは、このときのラピスはまったく想像すらしていなかったのであった。
「ラズリちゃんってどんなゲームしたことあるの?」
転校の挨拶を済ませ、早速新しいクラスメイトのことを知ろうと根掘り葉掘り聞き出そうとする学友に囲まれたラピスは、適当にでっち上げた来歴をそれっぽく語りながらも、コミュニティーに溶け込む努力を怠らなかった。
いい加減自分の容姿が目立つことを自覚している。
実際学生になると部下たちに告げた時には、「機関長、美人だから男子に声かけられまくるかもしれませんね」と冗談めかして言われたりもしたものだ。
事実そうなったわけだが。
やはり大人である部下たちに比べると遠慮がない。いや、本心をぶっちゃけるとちょっと怖い。
逃げ出したい気持ちを堪えて応対に努める。男女問わずこのタイミングでの転校生というのには興味があるらしく、口々にいろいろなことを尋ねられる反面、会話の端々で亡くなった友人やらクラスメイトやら先生やらの話題が出て来ては、暗い雰囲気になることがあった。
ガミラスとの戦いの爪痕は深く、また直前にあった火星の後継者の一斉攻撃の被害も小さくはなかったということを改めて認識させられた瞬間だ。
実際ガミラスとの和睦という結末に不満を口にするクラスメイトもいて、当事者として和睦を望み行動したラピスとしては、自分たちの行動の是非が迷子になりそうな錯覚を受けるくらいには、衝撃を受けた。
そんな中で不意に飛び出した話題が、いわゆるビデオゲームだったのである。
当然だが、ラピスにもゲームの経験はあった。ヤマトのレクリエーションルームにも娯楽としてのゲームは備わっていたからだ。
ハリと並んでクルー最年少だったラピスは、部下たちを中心に日常生活での潤いに気を使われていたようで、合間合間に遊びに誘われたりしたものである。
と言ってもすぐに切り上げられ、かつ短時間でも楽しめるようにとアーケードタイプのパズルゲームに格闘ゲーム、あとはレーシングゲームに訓練兼用のシューティングゲームくらいしかなかったので、クラスメイトが口にするようなタイトル・ジャンルのゲームは経験がない。
なので素直に「家庭用機ではありません」と答えることにした。
――代わりに両親の影響でパソコンでのプログラミングなどに熱中していたと答え、ゲームは前の学校の友人に誘われてアーケードで少し齧っただけとしておいた。これならボロが出にくいだろう。
なぜならラピスは海外在住であったが、こちらに越してきた直後に被害に遭って両親を亡くしたという設定だ、違和感はないだろう。
「じゃあいろいろ教えてあげるよ!」
と、後に親友と呼ぶようになる女子生徒――タカハタ・マナに押し切られるようにして放課後自宅に来るよう誘われたラピスは、彼女の家で家庭用ゲーム機に触れることになり、自分でも驚くほどその魅力に取りつかれていった。
これはたしかに楽しい。ぜひとも自分でも遊べる環境を整えたいと思った。
――のだが。
「……高い」
おすすめというゲームのタイトルを教えて貰ったラピスは、自宅に帰ってから早速パソコンを使ってネット検索、教えてもらったゲームの販売について調べると同時に値段を確認したのだが、その瞬間ラピスはお小遣い制を言い出したことを早くも後悔する羽目になったのだ。
コスモリバースシステムの奇跡によって、凍り付いた人々のみならず、倒壊した建物の大半も復活するというミラクルに見舞われた地球。
そのおかげで日常生活はかなり早いペースで回復しつつあった。発電施設やら下水処理やらのインフラ系も早々に立ち直り、日常生活においての苦労は軽減されていることからもそれが伺える。
だが、ゲームなどを始めとする玩具に関して言えば、復興における優先度は低いと言わざるを得ないのが実情であった。
最初にすべきはインフラの整備であり、社会全体の立て直し。娯楽は二の次三の次。
結果、大手ゲームメーカーやら玩具メーカーは開店休業状態で、所属している社員も復興への協力に駆り出されつつ、時期を見て本来の業務に復帰していく予定になっているとか。
唯一の救いは、近年のゲーム販売はネットストアによる配信サービスが主であり、本体であるゲーム機と記録媒体さえ保有していればソフトを買いに行く必要がないこと。
そして、ネットストアは早々に復帰していることであろうか。
戦争中にあってもサーバーが生き残っていたらしく、維持されていたのだ。
それ自体はさほど困難なことではなかったのだとという。加えて極限を極める避難生活において、気を紛らわせるツールとして役立つと、子供の為に持ち込んでいた親もいれば荷物に紛れ込ませていた子供もいたり、そういった目的で軍が無償で掘り起こした機械を配布したりしていたため、ゲーム機そのものは相当数が生き残っていたし、それを活用するためにも少々の労力で済むのならばと、そういったストアの維持を精力的に行ってくれた人々がいたのだ。
ネットワークに接続可能な機器は娯楽以外にも利用価値があったというのも、ゲーム機が生き残れた理由の一つであろうか。
ともかく、サービスそのものは生き残っていて、お金さえ用意出来ればいまでも戦争以前の価格設定でゲームの購入は可能というのは、これから一般社会の生活に馴染もうとしているラピスには渡りに船であったのだが、問題はハードウェアのほうだった。
ゲーム機本体は当然ながら生産ラインがストップしているし、混乱に乗じた略奪やら先述の無償配布やらで店頭に残された在庫など存在しない。
となればゲーム機を新規に手に入れることは現状不可能であり、それは責められるべきことではないだろう。
しかし、ラピスはゲーム機が欲しかった。
パソコンでもプレイ可能なタイトルはいくつも存在していて、ネットワークを介せば彼らと一緒に遊ぶこともできる。
――が、同じ物を持つというのが連帯感のほうが重要なのではないかと考えたのだ。
とはいえ手に入らないものは仕方がない。こればかりはラピスがなにをしようとも覆せない現状である。
諦めてソフトだけでもと考えていたら、ラピス自身が統計を調べて提示した月々のお小遣い額を微妙にオーバーしていた。自分から言い出した手前「足りないから追加してほしい」とはなかなかどうして、言い出しにくい。
「……せっかく、みんなの輪に入るのに役立つかと思ったのですが……」
予想だにしなかった障害だった。まさか自分から言い出した制度に足元を掬われるとは……!
「――どうしましょう。頭を下げてお金を融通してもらうべきなのでしょうか?」
それはそれで後ろめたいし気が進まないのだが、せっかく共通の話題を得られる機会を不意にするというのは、目的に反している。
結局夕方まで悶々と悩んでいたが、その頃になるとアキトとユリカが仕事を終えて帰宅。「砂糖を吐き続ける生活はまっぴら」と軍の寮での生活を選んだルリや、たぶん将来義兄になるであろうハリと一緒に夕食を摂るべく来訪した直後――来客を告げるチャイムが鳴った。
手が空いていたルリが応対すると、プロスペクターとエリナを引き連れたアカツキが顔を覗かせたではないか。
「ラピス君、入学おめでとう! これはそのお祝いね。同年代の子とを溶け込むならあって損にならないツールだと思うよ」
と言って自ら紙袋を差し出す。ラピスが気圧されながらも受け取ると、中にカラフルな包装紙で梱包された箱が入っていた。――結構重量がある。それにこの包装紙は子供向けの印象を受けないではない。
「さあ! 早速開けてみたまえ!」
やたらと爽やかな笑みで促してくるので、「それでは、遠慮なく」とラピスは包装紙を止めている粘着テープを剥がしてから、取り落とさないように包装紙を開いていく。
これは――!
「わあ! 戦前に出た最新モデルのゲーム機ですね!」
と、ラピスに代わってハリが驚きの声を上げてくれた。なんでも単独でも遊べる携帯機とテレビに接続しても遊べる両用仕様のゲーム機らしい。
そう、アカツキのプレゼントはラピスが求めていたゲーム機だったのだ! しかもラピスのイメージカラーでもあるピンク色というすばらしい気遣いを上乗せした!
「ふふふっ。僕たちはね、アキト君だけじゃなくて君にもありふれた普通の生活と幸せを得られるようにするにはどうすればいいのか、って常々考えていたんだ。で、年齢を考えればやっぱり学校に通ったりすることもあるだろうし、そうなったときのコミュニケーションツールとして役立つかとも思って、前々から用意していたんだ。ようやく日の目を見れて、満足しているよ」
悦に入って笑っているアカツキ、ラピスは言葉も出ず感動の眼差しを両手の中に納まっているゲーム機のパッケージに向ける。
「すまないな、アカツキ。気を使わせて」
「わあ! アカツキさんナイス!」
「――意外と良い人なんですね、アカツキさん」
アキトたちが三者三様にアカツキを褒めると、
「ふふふっ、金持ち嘗めんなよ〜」
アカツキは相変わらず気分よさ気に笑っている。よくわからないフレーズだが、覚えておこうと頭の片隅で思った。
「さて、会長はハードをプレゼントされたので、私からはこれを送らせて頂きます」
と言ってプロスペクターが差し出したのは、ストアに電子マネーをチャージするためのチケットだった。ちなみに金額は最高の一〇〇〇〇円なり。
ソフトが一本にダウンロードコンテンツが少々買えるくらいの金額に、ラピスは感激が止まらない!
「私からはこれね」
エリナが差し出したのは、可愛いピンク色のゲーム機用のポーチに画面の保護フィルム、そしてラピスが教えてもらった有名なRPGゲームタイトルのダウンロードチケット!
感謝感激雨あられで、ラピスは膝が笑っているのを自覚した。
「アカツキさん、プロスペクターさん、エリナ姉さん……ありがとうございます……!!」
それ以上の言葉がどうしても出てこない。
――嗚呼、人の善意とはなんと素晴らしいのだろうか。
少々無礼かとも思ったが、誘惑に耐えきれずにパッケージを開封する。紛れもない新品未開封、新製品を開けた時特有の匂いが鼻を突き、期待が高まる。
「あ、ラピスさん。最初は充電しないと」
ハリによると開封したばかりのゲーム機はバッテリーが十分に充電されていないのだとか。
ラピスは素直に従ってそそくさと充電を開始する。
その間に初めての学校生活を話題に全員で食事をする事になり(アカツキたちは仕事が立て込んでいるらしくすぐに帰った)和気藹々と食事を済ませる。食後の片づけを済ませてゆったりし始めた頃にはちょうど充電が終わっていた。
このメンツの中で比較的詳しいハリに手伝ってもらいながら、ラピスは早速ゲーム機の初期設定を完了し、ネットワークストアのユーザー登録も済ませ、友達から教えてもらった、そしてエリナが買ってくれたタイトルのダウンロードコードを入力してソフトのダウンロードを開始する。
――待つこと数分。
ダウンロードを完了したゲームを起動しつつ、早速遊びはじめてしまったら思いのほか楽しく、気が付けばバッテリー表示が真っ赤になるまでぶっ続けで遊んでしまった。熱中しているラピスを気遣ってか、だれも声をかけることもせずそっとしていてくれたので楽しく遊べた反面、せっかく来てくれたルリとハリに悪いことをしたと後悔の念も。
だが再度充電を開始したならば、ついつい続きが気になって夜中にベッドの中でスイッチを入れてしまい、すっかり夜更かししてしまった。
次の日に眠い目を擦りながら学校に行く羽目になるトラブルに見舞われながらも、さっそく話題をゲットしたラピスはそれを足掛かりにクラスメイトと打ち解けていく。
そして、すっかりゲームの魅力に魅了されてしまったのであった。
そんなラピスの姿を、保護者たちはほほえましく思いながら、急速に一般社会へと馴染んでいくラピスの背を押し、支え続けたのである。
それからラピスは友人たちとネットワークゲームに参加しては技術を研鑽し、知識を深めた。
もちろんいまでも需要がある一人用のゲーム各種もお小遣いが許す限り(ゲーム以外でも要り様な分は取り除いたうえで)購入し、プレイした。
学校の勉強は――正直基礎ができているとは言い難い部分があったので自分なりに予習・復習しつつ、日頃の言動に反して学業成績が優秀だったユリカ、そしてイメージどおりに優秀なエリナにも助けてもらうことで、急速に成績を伸ばしつつある。
そんな充実感溢れる学校生活が三か月になろうとした頃には――。
学校から帰ってきたラピスはリビングでカバンを降ろすと、制服姿のままぱっぱと宿題を済ませる。数学やら英語なら、取り立てて苦労はない。
それからいそいそと部屋で私服に着替え、ノートパソコン片手にリビングの机の上に。パソコン設置、電源スイッチオン!
「ラピス、おやつどう?」
「いただきま〜す♪」
アキトが気を利かせて持ってきてくれた大福と緑茶の乗ったお盆を受け取ってテーブルに乗せる。一緒に載っていた手拭いで軽く手を拭いてからぱくりとひと口。
――このもっちりとした食感と粒あんの甘さが溜まらない。
あっという間に完食して熱めのお茶を啜る。――ふぅ。
(さあ、始めますか)
ラピスは放置していたゲーム機を手に取ると、パソコンに映像出力端子を接続し、プレイ画面の録画を開始しながらプレイを開始した。
――そう、ラピスはゲームにはまったついでに“ゲーム実況”という趣味に目覚めてしまったのだ!
ただし、生声でやるのが恥ずかしく思えたので合成音声によるテキスト読み上げソフトを使った「ゆっくり実況」という形であるが。
昨今の音声ソフトは人間と遜色がないほど流暢に喋れるのだが、伝統的に大昔の音声と同じように調整して行うのが流儀とされている。
この微妙にイントネーションが可笑しい喋り方が、独特の味を出すのだと友人は力説していた。流暢なだけなら生声でやればいいとも。
ついでに音声合成ソフトの類も自費で購入してそちらも併用してみたりと、日々研鑽に勤しんでいる。
とはいえ、投稿翌日にはどこから嗅ぎつけたのか、ヤマト機関部門一同からのコメントや応援メッセージが届けられ、ヤマトのことなどは巧妙に隠されてはいたが、知り合いであることは隠そうともしないそれらが、衆人観衆のもとにさらされたという事実は、ラピスの羞恥を煽ったが、そのなかでも特別親しい山崎や太助からメッセージが送られてくると、やっぱりこのまま続けようという気になって、現在に至っている。
もちろんヤマト機関部門のみんなは、一つたりとも欠かすことなく動画を見てくれているらしく、ほぼ毎回なんらかのコメントが残されていたというのは、おそらく実況生活をはじめたばかりの新参者としては異例の事態であったと、ラピスは指摘されるまでもなく理解していた。
というわけでゲーム実況者としての生活を始めたラピスだが、その実況内容はゲームのプレイに関するものがほとんど、しかもやり込み派としてヒカル師事のもと勉強中の軽いジョークを交えつつ、ゲーム攻略に役立つ小ネタや攻略情報を配信するというスタイルをメインにしていた。
人気もそれなりに出てきたが、戦前活動していた著名な方々に比べると雲泥の差があるのは自覚していた。せっかくやるのであれば、やはり上を目指したいという欲求が顔を覗かせる。
ついでにかつての部下たちのコメントにもネットスラングなどが大量に含まれていて、まだまだそういったコミュニティーへの理解が浅いラピスでは理解しきれず、思わずアマノ・ヒカルに通訳を求めてしまうこともあったので、勉強は欠かせない。
ネタトークの引き出しを広げるべく、そして動画コメントのスラングを理解するためにも、動画漁りつつ、各種アニメやドラマも視ること、そして各種掲示板などの徘徊は欠かせない。純粋な娯楽としても。
『ゲキガンパーンチ!』
編集作業の傍ら、リビングのテレビで『ゲキ・ガンガーIII』を視聴する。とにかくネタを学ぶには見ることに限る。昨今のネットサービスは充実している、視聴環境には困らない。
努力・友情・勝利。愛と希望。知恵と勇気。
ともかく笑いだろうが恋バナだろうがとにかく知識を蓄える事こそが重要。
今日はゲキ・ガンガーをあと二話ほど見たら、次は『ナチュラルライチ』を見よう! その後はここ数年で人気だったドラマとか映画を見て、さらに過去の名作に遡っていきたいと考えている。
嗚呼、時間がいくらあっても足りない! これが青春なのか!!
「……喜ばしいのかそうでないのか、判断に迷うな……」
後ろでアキトが順調にオタク街道まっしぐらなラピスに首を捻っていたことに、ラピスは終ぞ気付くことはなく、そんなアキトの悩みを帰宅したユリカが「アキトの子供なんだから必然なんじゃ?」とバッサリ切り捨ててしまったことも、ラピスは生涯気づくことはなかったという。
数日後。ラピスはエアコンが絶賛稼働中のわが家にて夕食を楽しんでいた。
あの凍結状態から回復した地球、そしてラピスが住む日本の季節は夏真っ盛り。
まるで凍結状態の反動と言わんばかりに、日中は三五度を超える猛暑日が全国で相次ぎ、夜も気温がギリギリ三〇度を下回る程度という熱帯夜も続くという、天然自然の猛威に見舞われていた。
幸いなことに、シェルター代わりに使用した宇宙船の動力などが生きていたこともあり、その電力をガミラスから提供してもらった反射衛星を利用して地球全土に無線送信するスーパーマイクロウェーブ網を臨時で形成すること、そして専門業者にさまざまな便宜を図って各家庭や企業や学校といった場所へのエアコンの設置の推奨を進めさせ、設置に伴う費用などに援助するなどして乗り切りを図った。
結果として、政府の死に物狂いの政策は功を奏し、かつてとは逆の暑さによる犠牲者はかなり抑え込むことに成功したのである。
――もちろんその影に、予想外の事態に陥った地球のために便宜を図ってくれたデスラーの努力があったことは、語るまでもないことだろう。
ラピスはそういった話のあれこれを、個人的にも親交を続けているユリカから聞かされていた。ユリカはイスカンダルのスターシアからも覚えがよく、ガミラスの総統デスラーとも個人的に親しく、政治的な話ができる程度の能力もあるといったことから、軍人として地球防衛艦隊の運用に伴う会議や戦術プランの作成のみならず、両者との外交にも大きくかかわる立場へとそうそうに出世している。
そのぶん忙しさも倍増し、朝早くにアキトにたたき起こされて出勤、夜遅くの帰宅といった日も珍しくなくなり、「アキト分が足らない……アキトとイチャイチャしたい」などと据わった目で呟く姿が本部で目撃されることもある日々を送っていた。
対するアキトも新たな地球の戦力の一つである新型機動兵器の開発は難航していた。ガンダムほどのスペックの機体を量産するのは難しいという真田たちの予想は現実のものとなった。
アルストロメリア・カスタムはいい機体であったが、元来ヤマトのパイロットたちは圧倒的戦力を誇ったガミラス戦をあそこまで生き残った選りすぐりのエリートたち。それらに合わせた改修が施されていたから通用した――という側面があったことが、帰還後に判明してしまったのである。
そこからさきの混沌は、詳細を聞くまでもなく理解した。
ガンダムをベースとした新機軸にするか、それとも従来型のエステバリス・ベースで開発するかで意見対立が発生し、それが終息したのがごく最近の話。ある理由からエステバリス・ベースのほうが好ましいと判断され、ようやく本格的な設計が始まったのだとか。
現時点では詳細な仕様は未定であるが、アキトは真田やイネス、そして協力しているウリバタケから「初期型に先祖返りしてる部分が出るかも」と聞かされているようで、シミュレーターを使ってナデシコ時代に使った各種フレームの再検証に付き合い、木星戦役後に開発された機体との比較などなどを行うなどして要求スペックの再確認などに協力しているのだとか。
かなりハードらしく、たまにアキトに誘われてやってくる月臣元一朗ともどもくたびれた顔で帰宅することは多く、必然的に家事などに割ける時間は減少している。
そのため本日の献立はそうめんと総菜売り場で買ってきた天ぷらの盛り合わせと、シンプルで力を抜いた品となっていた。
「そっか、そうめん茹でるくらいならできるようになったのか……」
「ラピスちゃんも、どんどん成長してるんだな……」
と、対面の席に座るアキトと例によって御呼ばれした月臣がそうめんをすすりあげている。
いろいろなことにチャレンジしたい欲求と合致したことから、ラピスはネットや本を参考にして料理をはじめとする家事を覚え始めていた。
まだ手間のかかる料理を作れる域には達していないが、そうめんを茹でるくらいなら問題はない。規定時間どおりに茹で上げて冷水でシメ、冷ややかなガラス製のお皿の上に一口サイズに丸めるように盛り付け、帰りがけにスーパーで買ってきた天ぷらを食卓に並べる。
われながら、いい出来栄えだと自画自賛。これで両親の負担が減るというのならいくらでも家事をしようじゃないかと、妙な張り切りを覚えた。
「おいしー。疲れた体にそうめんが染みる〜」
ラピスは自身の左隣の席でそうめんをすすり、天ぷらをぱくついているユリカに視線を巡らせる。
彼女は涼し気でラフな薄い部屋着姿の上にカーディガンを羽織った格好。これは帰宅して間がなく汗びっしょりな男二人のために冷房を少し強くしているので、もう十分涼んだユリカとラピスが厚着で対応した結果である。
(お母さん、きれいになったなー)
ついついそんな感想が浮かんでしまうラピス。……正直、仕事はかなり忙しいはずだが、ヤマトに乗っていたときよりも、そして過去の記録で見たナデシコの時代よりも彼女はきれいになった。
本人曰く「恋は女の子をきれいにするのよ」だそうだが、はたして二〇歳を超えた人妻が“女の子”の範疇に含まれるのかははなはだ怪しいと思いつつ、ラピスは妙に納得してしまった。
現に肌艶はよく、なんというべきかこう、女の色気というやつが以前に増して強くなっているような気がする。
ちらりと視線をユリカの対面に座るアキトに移せば、彼は疲れた顔でイカの天ぷらを齧って咀嚼中。視線はユリカには向けられていない。
しかし、この二人はとても仲がいい。その日常をつぶさに観察しているわけではないが、行ってきますやお帰りなさいのキスは欠かさない。ほとんどのケースでユリカのほうからせがんで、表向きは渋々というか恥ずかし気なアキトが応じるというパターンであるが、時おりアキトのほうからキスやボディタッチを含むスキンシップを求めている場面を、幾度か目撃している。
要するに、べた惚れというやつなのだとルリが呆れ半分うらやまし半分に漏らしていた。たぶんルリはハリとの仲がうまく進展できていないのだろう。十中八九ルリのせいだとは思うが。
ともかく、いまは月臣を気にしてかあまりベタベタとはしていないが、食事が終わって彼が帰宅したらそれはもうスライムがごとく引っ付きあうのだろう、たぶん。
とはいえこれは悪いことではない。あれだけの目に遭わされ、こうして生活できるようになるまでの苦難を考えればだれも文句は言わせない。
ラピスだって二人に気を使ってエリナのもとに転がり込もうとしたくらいなのだ、いまも内心邪魔になっていないか気になっているくらいには、この二人はべたべたしている。
それだけに――。
(弟か妹。この手に抱ける日はそう遠くないはず)
ラピスはそんなことを考えながら、自分も天ぷらにも箸を伸ばす。
あとはそのタイミングがいつになるか、ということだがこればかりは時の運。ラピスがしてやれることはイチャイチャタイムを捻出してやるくらいしかない。
さて、明日はエリナの家に泊まるとするか。
涼しげな夕食を終えたあと。
ラピスは食器の片づけをしていた。支度をしたなら片付けるまでがお手伝いというもの。といっても使用した食器も調理器具も大した量ではないので、そこまで時間はかからない。特に食器は食器洗浄乾燥機に放り込むだけで終わってしまうとは言えば終わってしまう。
食器洗浄乾燥機が使えない大きな鍋をすこし苦労しながら洗い、水気を拭き取ってから棚に戻したとき、月臣がお暇すると申し出てそそくさと玄関に向かってしまう。
慌てて追いかけると玄関で「もっとゆっくりしてもいいのに」とアキトが引き留めていた。
だが月臣は「あまりお邪魔をすると、艦長に悪い」と早々に逃げだしたいらしく、アキトの制止もむなしく足早に去っていった。
別にユリカが睨んでいた――のかもしれない。最近、アキトとの時間が減少気味であるのだから、無意識に殺気の類を放出してしまっていたとしても不思議はない。ユリカだし。
それでも去り際に「ではラピスちゃん、またの機会に」とあいさつするのを忘れないあたり、なんだかんだで月臣は“いい人”だと思う。
だからこそ、アキトのように罪を背負って生きていくこの人生を支えてくれる、パートナーに巡り合えてほしいと思えた。
アキトはどのような形であれ、許されてここにいる。ルリを通して親友の妹である白鳥ユキナと恋人であったハルカ・ミナトとの対面は果たし、共に墓参りをしたとも聞いた。
詳細なことはわからないが、険悪なまま終わることはなかったと聞く。それが彼にとって救いになるのかは定かではないが、前に進むきっかけくらいにはなっていると信じたい。
すくなくとも――以前の月臣であったなら、こうして食事に誘われても来ることはなかったであろうし、いい変化を迎えつつあるのだと、ラピスは信じたかった。
彼も自分とアキトを助けてくれた、『仲間』なのだから。
食器洗浄乾燥機が作業を終えるまで、もうしばらく時間がかかる。いまのうちに実況のセッティングだけしておこうと考え、自室に戻ってゲーム機片手にリビングに戻ってきた。充電は完了している。
自分の部屋でプレイしても良いのだが、どうせなら二人のいる空間のほうがいい。
…………なにしろ本日のタイトルはちょっと訳ありなのだ。そろそろ肉声による実況も、と考えているのだから、自分の部屋でやるのが正道であるのだが……。
ラピスがちょっと重たい気分になりながらリビングに足を踏み入れると、アキトとユリカが一瞬の攻防を展開していた。勝負はいつもどおりアキトの敗退で静かに収束していたが、何事だろうと思って首を伸ばすと、ユリカは得意げな表情でソファの真ん中に座ると、自らの太ももを『ポンポン』と叩いてアキトを促しているではないか。
アキトはなにやら不安げな表情で促されるままユリカの隣に座って、頭を膝の上に置いた。
少々珍しい光景だが驚くには値しない。キスとかハグに比べればまだ常識の範囲内であろうし、そもそも二人は夫婦。もっとすんごいこともしているだろう。
しかし、なぜアキトが不安げな顔をしているのかが気になる。恥ずかしくてたまらないというのなら赤面するだけであろうし、なにをそんなに不安がっているのか。
「うふふ……それじゃあ、可愛い可愛い奥さんの私が、お耳を綺麗にしてあげますからねぇ〜♪」
「うう……。たのむから鼓膜だけは破らないでくれよぉ」
ユリカは心底楽しそうに左手に握っていた綿棒のケースを開封、中から取り出した綿棒を高々と構えている。
いま理解した。要するにアキトはユリカが耳掃除をしてあげると言い出したことで、ラピスが見ている状況で膝枕をしてもらうことの羞恥よりも、文字どおり身の危険を感じて渋ったのだろう。
だが結局ユリカには勝てず、おとなしく要望を受け入れることになったということか。
ユリカはそんなアキトに「だいじょぶだいじょぶ! ユリカを信じるんだよ!」と右耳に綿棒を差し込んで、思った以上にていねいな手つきで耳掃除を始めた。
最初は不安が取れなかったらしいアキトも、次第に心地よさそうな表情へと変わっていく。なんだかんだでべた惚れと称されるアキトらしい反応だと思う。
しかし。これはなんというか……。
(……私もやってもらいたい)
耳掃除など自分でもできる。が、だれかにやってもらうとなるとその機会は限られると言ってもいいだろう。
それになにより、血の繋がりはなくとも魂の繋がりで母となったユリカに膝枕してもらうというシチュエーション……娘として求めてもいいのではないだろうか。
思い返してみれば、法的にそうなる以前であったヤマトではそんなに甘えていられなかった。
この家に越してきてからはお互い新たな日常に馴染むのが楽しかったりして、考えてみたらあまりべったりと甘えた覚えがない。
そろそろ目いっぱい甘えるのもいい頃合いだ。
ラピスはその瞬間を待った。作業を終えた食器洗浄乾燥機から食器を取り出して棚に戻し、実況の準備をさりげなく進めながら。
右耳を終え、その場でごろりと反対向きに転がって左耳もされるがままにしているアキト。ユリカは鼻歌など歌いながら楽しそうにアキトの耳掃除をしている。
傍らに広げたティッシュの上には、使用済みの綿棒と取り除かれた耳垢が置かれている。さほど汚れてはいなかったようで、置かれている耳垢の量は大したことはなく、片耳で約六分程度で終了していた。
「……あんがとな。案外うまかった」
照れくさそうにお礼を言いながら起き上がるアキトに、ユリカは満面の笑みで「どういたまして♪」と答えている。
ねだるなら、いまだ。
「お母さん♪」
歌うような声でラピスがユリカに迫る。
「私も、お・ね・が・い・し・ま・す♪」
目をキラキラさせて切望するラピスにユリカは体を震わせて感激し、ブンブンと首を縦に振って応じてくれた。
――それは至福の時間であった。
ユリカの膝枕は普通の枕と違う弾力と温かさ、それとどこか甘いような匂い。「じゃあ始めるよー」と軽やかな声と共に耳の外側、そして内側をこすりつける綿棒の感触は、自分でやるのとは違った感触でこそばゆい一方、妙な心地よさを感じた。
考えてみればデザイナーズベイビーとして生を受けた自分は、血の繋がりのある両親を知らない。当然その腕に抱かれた記憶もない。
ネルガルの研究所では実験体として扱われていたため、そこに人に向けられる愛情などはなかった。火星の後継者に連れていかれてからもそれは変わらず。
――すべてが変わったのは、アキトに助け出されてから。アキトに連れ出されたことで、ラピスはそれまでの人を人とも思わぬ生活から脱し、復讐に燃えながらも人の心を捨てられなかったアキトの不器用なやさしさを与えられ、最初は怖そうな印象を受けたエリナからも愛され、同じ存在であったルリとも絆を結び、自分にここまでの情緒を与えてくれたユリカ、密かにもう一人の父親のように慕う山崎やお兄さんも同然な太助、そして一番のお兄さんである進とも出会えた。
いまこの瞬間ほど、その幸せを噛みしめられたことはなかったかもしれない。
感激のあまり涙でも出てしまうかと思ったが、それ以上に快楽にって顔が緩むほうが優先されたらしい。アキトにそれを指摘されて気づいたが、涙流してしまうよりは、この場は円滑であっただろう。
そんなこんなでユリカの膝枕&耳掃除を堪能したラピスは、蕩けた表情から復帰するなりユリカの隣に腰を下ろし、身振りでアキトが自分の隣に座るようにと乞うた。何事かと訝しみながらもアキトは素直に応じてくれる。いい父親だと思う。
それを確認してからラピスは、意を決してゲーム機の電源を入れた。
両親は疑問に思うたのかタイトル画面が表示される段階に至って納得したらしく、そっと肩に手を置いてくれた。
――それはおどろおどろしい文体で書かれたタイトル。背景。音楽。すべてが得体のしれないものに対する恐怖を煽るように考えられたデザイン。
そう。此度の実況タイトルはホラーゲーム。
要するにラピスは怖くて一人ではプレイしたくなかったので、アキトとユリカを巻き込む道を選んだのである。
結局、ラピスは初の生声実況を両親を傍らに置くという状況で実行に移した。アキトとユリカはそんなラピスの暴挙とでも言うべき所業に沈黙を貫き通す親心を発揮したが、ラピスが声もなく体をビクリッ! と動かす度に釣られてビビる、恐怖で絶叫してもビビらされるという時間を、二時間ほど過ごす羽目になった。
その後、ラピスが「今度からは事前に言って」と苦言を呈されたのは、至極当然のことであっただろう。
ヤマトの帰還から八か月が過ぎた。
目立ったトラブルもなく、地球はおおむね平穏と言える時間を過ごしていた。
しいて言えば、ネルガルが軍や現政府と共同して「英雄の丘」と称した、ヤマトクルーの戦没者を弔う慰霊碑を整備したことだろうか。
ユリカが垣間見たヤマト出生世界のように沖田十三の銅像が建つことこそなかったが、代わりに上に横向きのヤマトのレリーフが刻まれるなど、ヤマトの慰霊碑であることが一目でわかる作りになっていた。
除幕式はラピスも参列したが、なんとも言えない気持ちにさせられた。お偉いさんの演説やらは半分聞き流していたが、共に苦難の航海を過ごした仲間たちが四〇名以上、あそこで弔われていると考えると、気分が暗くなる。
遥かに大勢の人間があの戦いで失われたしても、一緒の時間を過ごした仲間が死ぬというのは、数に関係なく堪えるものと思う。
だが、その犠牲の果てに地球はよみがえりガミラスとの戦いも最良と思える形で終わった。
もちろんガミラスへの怒りと憎しみを訴える市民はいまだに多い。それは当然の気持ちであり権利だと思う一方で、本当に自分たちの――ヤマトの決断が正しかったのかがあやふやになってしまった感がある。
――その答えが出るのはきっとまださきのことだろう。
「ラピスちゃん、今日は遊びに行ってもいい?」
「どうぞ。両親は留守にしていますから」
すっかり親友となったマナがうきうきした足取りで申し出れば、ラピスはそれを受け取る。
たしかにいまだ世界は混乱のなかにある。
ヤマトはいまだ不完全なまま防衛任務に就いているし、あの暗黒星団帝国がどのような行動に出るかもわからない。
ガミラスとイスカンダルとの関係がこのままどれだけ続くのかも、それ以外の第三勢力が出現して地球に影響を及ぼすかもわからない。
でも――。
「今日はどんなゲームをしますか?」
「じゃあじゃあ! レースゲームでなにか!」
ラピス・ラズリは今日という日常を生き続ける。
そのさきに明るい未来が待っていると信じて。
その日の夜、ユリカが懐妊したという報告に喜び駆け回ったのは、彼女の生涯でも特に明るく、未来という言葉の意味を噛みしめた思い出であったという。
あとがき
みなさんお久しぶりです、KITTです。
さて、今回はAction復活記念ということで、半分程度書いたあと放置していたヤマト&ナデシコの後日談的要素を含む短編、「ラピス・ラズリの日常」をお届けいたします。
ええ、お蔵出しですともはい。
今回彼女にスポットが当たったのはぶっちゃけ空っぽのキャラクターだったから、というのもあるのでしょうか。
結局このまま世に出ないであろう幻の続編がないかぎり、劇場版程度の出番では彼女の個性などわかりようはずもなく、ある意味人気キャラのルリ以上に作者によって好き放題いじられ放題な彼女なので、ある意味やりやすかったといいますか(汗)。
このサイトの観覧者であればご理解いただけると思いますが、どうしても時ナデのイメージの刷り込みがひどいためか、彼女は結局オタク系へと進出しておりますw。ゲーマーになったのはここ数年YouTubeのゲーム実況動画にハマっていることが反映された結果ですが、だいぶ時ナデラピスが浸食している気がしないでもないです。
ヤマト帰還後の彼女は正式にアキトとユリカの養子となり、そのもとで生活することになったり、日常生活に溶け込もうと学校に行った結果汚染されたりした一幕を、かるーく描いてみました。
これを書いている段階では、まだスパロボTを半分も進めていないため、そちらからの要素は皆無です(諸事情で購入を見送っていた)。
現在は小説家になろうにてほそぼそと活動しているため、ヤマト&ナデシコ2の進展は遅々たるものです。一応書いてますけど。
と、言うわけでして、また次がありましたらよろしくお願いいたします。
では。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
オタクの子供はオタクになるのだ(断言)。
家に大量の漫画とかアニメとかがあったら、そりゃハマリますわなw
そしてホラーゲーム実況を両親を脇に置いてと言うのは笑ってしまったw
自分で望んだこととは言えなんたる羞恥プレイw
> 最初にすべきはインフラの整備であり、社会全体の立て直し。娯楽は二の次三の次。
うーん、この辺最近のコロナ禍ともかぶる。
時事ネタですなあ・・・
>生声でやるのが恥ずかしく思えたので
ラピスは喋るの苦手だからね、しょうがないね(棒
最後になりましたが、応援投稿ありがとうございました。m(_ _)m
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