正体不明の宇宙船との遭遇を終えたナデシコCは、火星軌道を通過して一路地球へと向かっていた。
 結局ユリカは不明物体――脱出カプセル――の傍で捕獲された。ブリッジに連行されたユリカはルリの雷の直撃を受ける羽目になる。

 恐ろしい剣幕で目に涙を湛えながら責め立てるルリの姿に流石のユリカもタジタジで、土下座を繰り返しながら謝罪する。

 まるで米つきバッタみたい、とはユキナの談。

 異星人の女性の亡骸はユリカの要望で丁重に扱われることになり、最終的には1度火星に寄り道してその大地に墓を建てて葬ることになった。ユリカは遺体に手出しすることを頑なに拒み、せめて土の上で弔ってあげたいと強固に主張し、それにルリが折れた形だ。

 その遺体はユートピアコロニー跡の高台に埋葬され、どこから来たのかもわからない異邦人は火星の大地へと還っていった。埋葬作業に駆り出された進は、その女性の容姿が雪にそっくりなことに驚き、広大な宇宙には地球人と同じような命が存在していることに宇宙の神秘を感じた。



 その後、ユリカは今度こそ医務室に連れられて監禁されることが決定された。

 当然ユリカは「監禁って何よぉ〜」と文句を口にするが、無言で鋭く睨むルリの迫力にあっさりと屈して脂汗を浮かべながら首を縦に振ることになる。

 そして、恐らく彼にとっては不幸な事だろうが、ユリカに対して甘い行動をしないだろうという理由から古代進が監視役として残されることになった。

 ユリカに対して良い印象が無い、どころか恨みを抱えている進に任せるのはルリとしても気が引けたが、自分は離れられないし補佐役として傍に置いておきたいハリとサブロウタも駄目。結局現在手が空いている戦闘部門の人間で、その感情故に彼女に容赦しないだろう彼が抜擢されたのだ。

 対する進も、病人に殴りかかろうとした後ろめたさもあって(渋々ながら)承諾し、進に対して後ろめたさのあるユリカは、大人しく医務室で休養することになったのである。



 「それ、美味いんですか?」

 ベッドの上で上半身を起こして食事を摂るユリカ。なのだが、その食事が至って珍妙に見えた進は、あまり口を利きたくないと思っていた進も思わず訪ねてしまう。
 広げたテーブルの上に置かれたスープ皿の中には、とろみのあるスープの様な物が注がれている。
 見かけはオレンジ色に近くてニンジンスープの様にも見えるが、湯気と共漂ってくる匂いは薬品臭く、隣で昼食として持ってこられたクラブサンドイッチを齧っている進も何だか自分が病人になった気分になる程だ。

 「全然。はっきり言って不味いよ」

 言いながらもあまり嫌そうな顔をせず、黙々と口に運ぶユリカを見てさらに追及したくなる。

 「どうしてそんなもの食べてるんですか? もしかして、普通食が食べられないとか?」

 少々不躾かと思ったが気になるので聞くことにする。

 「うん。食べると吐くし消化出来ないの……最初気付かないで食べたらエライ目に遭ったしねぇ……」

 と、遠い眼をしながら語るユリカに進は気持ちが数歩後退する。食事中だと言うのに、その“エライ目”とやらを想像してしまったのだ。

 「でも点滴だけじゃ不足しがちだし、せめて食べる形式くらい採ってた方が精神衛生上いいんじゃないかなぁ、って気を使ってくれたみたい。一応味とか匂いも頑張ってくれてたんだけど、これが限界みたい……最近地球も食糧事情が厳しいでしょ? だから薬に近いとは言っても、用意してもらえるだけ贅沢だから文句は言えないよ」

 遠い眼をしたユリカの言う通り、地球の食糧事情は一気に悪くなった。

 地球の環境はガミラスの手で激変してしまい、農作物がまともに育てられない、インフラも停止状態に近いため流通も行き届いてなくて、倉庫などに仕舞われている保存食を取り出して配るのもかなりの労力を要している始末だ。



 そう、今地球は死の星になりつつあるのだ。






 医務室でユリカと進が食事をしている時、地球に向けて航行中のナデシコCの横を、隕石が通過する。最大巡航速度で航行するナデシコCよりもずっと速い速度で、直径が100m程の球状の小天体が地球に向かって飛び去って行く。

 「遊星爆弾を確認。迎撃しますか?」

 オペレーター席のハリがルリに伺いを立てるが、ルリは力無く頷いた。

 「お願いハーリー君。1つや2つ破壊したことで焼け石に水を通り越して今更だけど……」

 ルリの許可を得て、ハリはグラビティブラストを発射して小天体を破壊する。その顔には喜びもなく、むしろ諦めにも近い感情が張り付いている。

 そう、もう手遅れなのだ。

 ナデシコCの帰投先、地球。その姿はガミラスの遊星爆弾の影響で変貌を遂げていた。

 かつて地球は青い星と呼ばれていた。しかし今は、



 “白い星”と呼ばれている。



 スノーボールアースと呼ばれるその姿は、かつて地球が経験したことがある姿だと学者は言っている。

 今の地球は全てが凍り付いていた。ガミラスの落とした遊星爆弾は単なる質量弾ではなかった。地球の成層圏付近で自爆し、太陽光の反射率(アルベド)が非常に高い粉塵をばら撒いて太陽光を遮ったのである。

 その遊星爆弾が幾発も落とされ、ついに地上に太陽光は届かなくなった。

 さらに一部の遊星爆弾にはガミラスの物と思われる人口変圧装置が内蔵されていて、反重力フロートで大気中に浮かぶと気象を操作し、人口の嵐を巻き起こして地表を大混乱に陥れた。

 その結果地表は猛烈な吹雪に見舞われ、見る見るうちに海は凍り、大地も森も全てが凍り付いていった。
 まるで世界全土が南極の極地の様な有様となった。
 猛烈な吹雪によって地表の多くは雪に飲まれ、家屋を押し潰し、道を塞ぎ、飢えと寒さで多くの犠牲者を出した。

 またエネルギー問題も深刻で、発電施設の殆どがこの異常気象の前に正常に動かなくなり、エネルギー事情が急激に悪化した。

 この状況を改善すべく、ガミラスの襲撃を生き延びた軍艦やタンカーのカーゴブロックなどを改造した急増の避難所が各所で設立され、人々はそこを新たな住居とした。
 現存している対核シェルターなども全て開放して避難を促したが、間に合ったのは総人口の1/10程度で、残りは全て死に絶えた。

 艦隊による軌道上からの艦砲射撃とか、地上部隊による制圧などは行われなかったがその意図は明らかだ。

 降伏もせず愚かにも歯向かい続ける地球人類を嬲り殺しにするつもりなのだ。悪魔のような所業は多くの人々の心を抉り、その希望を奪い去っていった。

 環境破壊による被害者も大きかったが、明日への希望を失ったことで自ら命を絶ったものも、やはり多い。

 地球と人類は、間違いなく破滅の淵にいるのだ。

 ユリカがあの時見た記憶にある、遊星爆弾による放射能汚染で赤茶けた、並行世界の地球と同様に――。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 第一章 遥かなる星へ

 第二話 最後の希望! 往復33万6000光年の旅へ挑め!



 「ごちそうさまでした」

 ユリカは皿の上にスプーンを置くと両手を合わせてそう言った。決して満たされる食事ではないだろうに。だが今の地球の状況を見れば、このような食事を用意してもらえるのは優遇されていると見て間違いないだろう。
 とはいえ、

 「はあ……普通のご飯が食べたいよ……」

 と小声で愚痴っていたのを聞き逃さなかった。先程は文句は言えないと口にしていたが、やはり辛いのだろう。進は敢えて聞かないふりをしながら、自分が食べているクラブサンドイッチを見る。
 これも今のご時世では貴重品となった生野菜を使用している。一度凍り付いて解凍したものだが。

 食糧事情で不幸中の幸いだったのは、氷漬けになった事で食糧自体の多くは傷んでいないことである。今は防衛艦隊に回せないような機動兵器などを駆使し、氷に閉ざされた倉庫などから食料を何とか回収して凌ぐ事が出来ている。
 とは言え、全ての食糧が無事と言うわけでもないが。

 寒冷化で食料を生産するプラントが停止している今は、合成食品であっても確保が難しい。このままでは、遠からず食糧難で更なる犠牲者が生まれ、最後には――。

 「どうしたの古代君? 食べないと勿体ないよ?」

 と、進の手に握られたサンドイッチに目を向ける。その羨望の視線を止めて下さい。

 「え? ああ食べますよちゃんと。そりゃ勿論、勿体ないですし」

 そう言って進は半分ほど残っていたサンドイッチを口に押し込む。正直彼女の前でちゃんとした料理を食べるのは居心地が悪い。なぜこんな思いをしなければならないのだ。
 押し込んだサンドイッチをこれまた届けられたパックの薄いコーヒーで流し込む。

 「ねえ古代君」

 進が口の中の物を飲み込んだのを見計らってユリカは話を切り出した。先程までと違って真剣な顔だ。

 「お兄さんの事。本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないけど、謝らせて」

 そう言われて進は胸が騒めくのを覚えた。意図的に避けてきた話題である。
 この場で彼女に掴みかかろうものなら進が悪者だ。
 それをわかった上で切り出しているのなら心底軽蔑するが、彼女の様子を見る限りではそれはないだろう。

 ユリカはとても辛そうな顔をしている。泣き出したいのを堪えているようにも見えなくはないが、泣きたいのは兄を亡くしたこちらの方だと進は内心反発する。

 「いえ。本当の意味で兄を殺したのはガミラスです。大佐の行動が無ければ、俺はこうして生きていられなかった。敵を討つことが出来るだけマシです……その、殴ろうとして済みませんでした。命を危険に晒してまで俺達を助けてくれたのに」

 内心の葛藤を抑え込んで務めて冷静に対応する。それくらいは大人でありたいという強がりだ。

 「ううん。助けられなかったのは事実だから。殴りたかったら殴っていいよ。1発くらいなら問題無いと思うし、気の済むようにして欲しいの」

 「嫌ですよそんなの! 万が一の事があったら、艦長はどうするんですか!?」

 ユリカの問題発言に、医務室だと言うのについ声を荒げてしまった。
 言ってから我に返って周りを見渡すと、会話の内容自体を聞かれていたためか皆苦笑して見逃してくれた。ナデシコCの乗組員は気の良い人たちが多くて助かる。
 対するユリカは進の叱責に目を丸くして驚く。

 「うん、そうだね。ルリちゃんをこれ以上心配させるのは良くないよね――ありがとう古代君。ルリちゃんの事心配してくれて」

 「べ、別に許すとかそういうんじゃないんですから、その言い方は、その、何だあ、不適切だと思います」

 微笑みと共に感謝の言葉を言われた進は照れ隠しの為に悪態をつくが、どうにもテンプレートなツンデレっぽい対応になってしまった。その様子にユリカはくすりと笑う。
 とても親しみやすく、年上が年下を見守る暖かい視線に、進は亡くなった両親の事を思い出す。

 トカゲ戦争の頃、まだ進が12の頃に両親は無人兵器の攻撃の余波に巻き込まれて死んだ。
 たまたま軍の学校に通う兄を訪ねて、その帰りのバスを時間に合わせて停留所で待っていた両親が偶然巻き込まれたのだ。
 進はトラブルで予定のバスに乗り遅れたため助かったが、それは救いとは程遠かった。

 結局、進はそのことが原因で軍人への道を走ることになった。ある意味では、唯一残った肉親と同じ道に進むことで自己保全を図ったのかもしれない。
 生来心優しく喧嘩も嫌いだった進だが、木星トカゲへの憎しみから暴力の象徴と言えなくもない軍に足を踏み入れた。
 幸か不幸か、進が戦場に出る前に戦争は終結した。
 そしてその正体が過去に地球から追い出された同胞であり、非は地球側にあったことも知らされた。
 感情は中々納得してくれなかったが、何とか復讐心を抑え込み、自分のような悲しい人を生まないようにと、世界を脅かす脅威から市民を護りたいと突き進んだのだ。

 しかし、結果として進はまた家族を失った。気持ちだけは先走るが、戦うための力が足りない。

 今の地球の力では……ガミラスに勝てないのだ。

 急に沈み込んだ進の様子に心配になったユリカは改めて声をかける。
 はっとした進は何でもないと誤魔化そうとするが、亡き両親を思い出したことで薄っすらと涙を浮かべてしまっていた。

 観念した進は亡き両親の顛末と、自分が軍人になった理由、そして軍人として果たすべきだと思っていることをユリカに話す。

 「そっか。戦争で家族を……」

 全てを聞いたユリカは進を手招きする。何事かと顔を近づければいきなり抱きしめられてた。
 大人の女性、しかも病気で衰えた体とは言え、まだ若い女性の豊かな胸元に顔を埋める形になった進は一瞬思考が吹っ飛んだ。

 「なっ!?」

 突然の事態にパニックに陥り離れようとするが、筋力が落ちているはずのユリカの腕を外せない。

 「辛かったね。悲しかったね。お兄さんの事は本当にごめんなさい。償いと言ったら変だけど、これからは私がお姉さんにでもお母さんにでもなってあげるから。辛かったら何時でも頼ってくれて良いよ……これでも私、子持ちの主婦だから」

 そう言って頭を撫でられる。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。彼女としては善意のつもりなんだろうが正直有難迷惑だ。
 背中に邪な視線を感じて居心地が悪くなった進は、何とかユリカを振り払って「トイレに行きます」と顔を真っ赤にして立ち去る。

 本来の役目であるユリカの監視の事などすっぽ抜けてしまった様子だ。

 ユリカはどうして進が逃げたのかをイマイチ理解出来ないながらも、ここは大人しく休もうとベッドの潜って目を閉じる。



 もう間もなく宇宙戦艦ヤマトが目覚める。彼女が目覚めれば、この状況を一気に覆す事が出来るはずだ。それまでは少しでも心と体を休めて備えよう。前人未到の長旅の為に――。



 (それにしても古代君可愛かったなぁ。お兄さんの事もあるし、私が優しく癒してあげないと。うん、ルリちゃんだって引き取った時には結構大きかったんだし、古代君をそう言う風に扱っても問題無いよね!)

 等と進にとっては有難迷惑な思考を巡らせながら、ユリカは睡魔に誘われて眠りにつく。



 進は方便だったはずのトイレを本当に済ませてから戻り、すやすやと寝息を立てているユリカにがっくりと肩を落とした後、監視任務を続行すべく椅子に腰かける。

 「はあ……俺、これからこの人に振り回されそうな予感がする」

 結論から言えば、不安的中だった。






 苦々しい気分で遊星爆弾を粉砕した後のブリッジでは、異邦人の女性が持っていた正体不明のカプセルの解析作業が行われていた。摩訶不思議なデザインのカプセルであったが、解析を進めるにつれてそれが通信カプセルであることが判明した。

 少々苦労はしたが、ルリとハリというIFS強化体質のオペレーターと、オモイカネと言う地球で最も優れたコンピューターがそろったナデシコCで解析出来ないほどではない。と言うよりも最初からプロテクトの類はかかっておらず、単にデータを読み取るための方式の構築に少々苦労したに過ぎない。
 懸念していたウイルスの類も検出されていないので、データを呼び出してみることにした。

 どちらにせよ、地球帰還まで長くかかるのでここでやっておいた方が建設的なのも事実だ。解析さえ終えてしまえば長距離通信を利用してイネス辺りに取りに来てもらい、地球に届けてもらえる。
 詳細な内容は防諜を考えると伝えられないが、ユリカの体調が心配とでも偽れば、イネスを呼ぶこと自体はさほど難しくない。

 「スクリーンに出します」

 ハリが報告してからごくりと唾を飲み込み、再生スイッチを入れる。

 『私は、イスカンダルのスターシア』

 メッセージの出だしはこうだった。画面に映し出されたのは床まで届きそうな長い金髪の絶世の美女だ。
 青い軽やかなドレスを身に纏った、地球人とほとんど違わない容姿も然ることながら、驚くべきことに地球の言語、しかも日本語を話している。一体どうやって学んだというのだろうか。

 『私の妹サーシアが、無事地球に辿り着き、このメッセージが貴方方の手に渡ったら、イスカンダルへ来るのです――ガミラスの環境破壊で地球の生物が滅びるのは、あと僅かに1年。疑ってる時間は無いはずです……しかし、我々の手には惑星環境復元装置、コスモリバースシステムがあります。残念ながら、もう私の力でこれを地球に届けることは出来ません。銀河系を隔てること16万8000光年……私は、貴方方がイスカンダルへ来ることを信じています。そのための船を、貴方方はすでに手にしているはずです――旅立つのです、遠き、イスカンダルに向かって。私は、イスカンダルのスターシア』

 メッセージはそこで終わっていた。そして続けて表示されたデータは銀河系やイスカンダルを有するであろう大マゼラン雲までの宙域データ、そして……。

 「艦長、これって!?」

 ハリの驚きの声にルリも目を見張る。そう、そこに映し出されていたのは待望のデータだったのだ。

 「これは、波動エンジンの完全なデータ!?」

 ヤマトの再建をあと一歩のところで邪魔していた波動エンジン。その完全版のデータだ。
 ヤマトに搭載されている波動エンジンは厳密には地球で大幅な改良を受けたモデルであるが、本体は当然破損し、ヤマトに残されていたデータも破損していたため、コア部分のデータが不完全で完全な再現が出来ないでいたのだ。

 それに、その波動エンジンの生み出す莫大なエネルギーを一挙に吐き出す究極の破壊兵器、波動砲に関する資料すらも添付されているではないか!

 そうか、そうだったんだ。これがユリカの言っていた希望の片割れ……!



 あの宇宙戦艦ヤマトを復活させるための最後のピースにして、地球を破滅から救い出すウルトラC!

 「このデータがあれば、ヤマトは蘇る! 地球を救う最後の希望が目覚める!!」

 ルリが興奮冷めやらぬ様子でウィンドウに視線を釘付けにしている。その図面は少しずつ移り変わり、最後には何らかの化学式を大きく映し出している。

 「これは?」

 食い入るようにウィンドウを見ていたユキナも最後に現れた化学式に首を捻る。

 「俺は専門外だけど、これ薬品か何かか? どう見ても波動エンジンとは無関係っぽいぞ?」

 サブロウタも首を捻る。

 「このデータ、医務室に送信して下さい。専門家に見てもらった方が良いでしょう」



 その後医務室にて送られてきた化学式の内容が非常に高度な医薬品と医療用のナノマシンであった。
 それを使えば今現在大怪我や病気で苦しんでいる人々はおろか、ユリカの時間をわずかではあるが引き延ばし、その夫でありルリの家族でもあるテンカワ・アキトの五感の回復も期待出来ることが判明したのは、まもなくの事であった。



 なお、その事を医務室にいるユリカに伝えようとしたら肝心の彼女が爆睡していたため、ルリはそわそわとユリカが目覚めるまでの8時間ばかりを落ち着かず過ごす羽目になった。
 ――幸せそうにグーすか眠るユリカの寝姿に、ちょっぴりイラっと来たのは言うまでも無いだろう。






 「アキト君、ちょっと良いかしら?」

 エリナ・キンジョウ・ウォンは月面にあるネルガルの施設の一角、テンカワ・アキトが滞在している部屋に足を運んでいた。

 月の居住区は壊滅しているし、ネルガルの月面施設もガミラスの攻撃に晒されてはいるのだが、ガミラス自体は偵察以外では地球近海には出現しないため、月面はある意味では地球よりも幾らかマシな状況にあった。
 とは言え、ガミラスに悟られないようにしなければならないので、この11ヵ月余り、神経を削りながら慎重に慎重を重ねて作業していた。
 幸いガミラスはアクエリアスには興味が無いらしく、地球へ降り注ぐ遊星爆弾もアクエリアスには大きな被害を与えていない。

 アキトがここに滞在しているのは匿ってもらっているのもそうだが、アカツキ・ナガレ会長からの厳命で体の治療と並行しながらアクエリアスへの物資運搬や人員の輸送にボソンジャンパーとして協力させられているからだ。

 最近では開発中と言う新型機動兵器のテストパイロットを月臣元一朗と共に任されている。コックピットの仕様が根本から変わっているため中々慣れないが、ここ数回のテストではようやく馴染んできたと思っている。

 その機体は何でも「月面フレーム」と“あの”「Xエステバリス」を組み合わせた発展型らしいとは聞かされた。
 月面フレームはともかく、Xエステバリスの末路を間近で見たアキトは思わず「その機体、自爆しないだろうな?」と尋ねてしまったくらいだ。

 おまけにその開発に、Xエステバリスの生みの親であるウリバタケ・セイヤが絡んでると聞かされたら、不安も増大した。技術者としての腕は確かなのだが、マッド気質なのが玉に瑕だろう。

 ……一応、そのような兆候は見られないが。

 ともかく、匿われたアキトに外出は許可されておらず、この部屋と物資を輸送するためのジャンプ施設とアクエリアスドック、シミュレーター室や格納庫を行き来するだけの生活を送っている。
 困窮している今は、アキトの体を治療する事ももままならないでいた。

 「何だエリナ。今日の輸送はもう終わったはずだ」

 アキトはあまり感情を感じさせない声を発する。アキトは必要以上に他人に接触することを良しとしていない。
 ユリカ達に迷惑が及ぶ可能性がある事、アカツキ達ネルガルの上層部が宇宙軍と密約を交わして自分への追及を有耶無耶にしていることを知ったため、尽力してくれただろうアカツキや義父の気持ちを無駄に出来ないと大人しく引きこもり、復讐に力を貸してくれた恩義から新型機のテストや物資の移送に協力もしているが、本音を言えば関わらないで欲しい。

 どのような理由があれど自分は薄汚い犯罪者。火星の後継者と同じテロリストに過ぎない。その上、誰よりも大切な妻すら守れず辱められた、無力で誰も幸せに出来ない人間と自分で決めつけてしまっているアキトは、自分と関わって不幸になって欲しくないと、必要以上に誰かと接触することを避けているのだ。
 しかし、周りの人間が放っておいてくれないため内心憤りを感じている。

 そういう意味ではテストパイロットの仕事はありがたい。例え仮想標的だろうとも自分の感情をぶつける相手としては申し分ない。最近ではストレス発散も兼ねて自分から協力しているくらいだ。

 「ナデシコCから連絡があってね。今イネスが取りに行ったけど、貴方の体の治療に使えそうな薬のデータが、異星人からもたらされたんだって」

 「何っ!?」

 思わず興奮するアキト。その顔にはナノマシンのパターンが発光している。人体実験以来、感情が高ぶるとこのように全身がぼぅっと光るアキト。視覚補助機能を持った大きなバイザーで半分以上隠された顔も、例外なく光っている。

 「その薬とナノマシンを使えば、貴方の体に過剰投与されたナノマシンの除去や、壊れた五感の再建も可能で、恐らくだけど他の問題も克服出来るわよ。異星人さまさまのご都合主義ってやつね」

 エリナの言葉が脳に染みるにつれ、アキトは言いようのない感覚に襲われる。

 人体実験の後遺症でその機能の大半を失った五感が戻る。それ以外にも体に来ているガタが治るのなら、不安の種だった病気等のリスクも大きく減ることになる。そこまで考えると不意に思い出した顔があった。

 (ユリカ……)

 想うのは置いてきてしまった妻の事。復讐者に落ち、無関係な命すらも摘み取ってしまった自分の姿を見られたくなかった。
 拒絶されるのも怖かったし、大罪を犯した自分が幸せになって良いとも思えなかったのもある。

 肝心な時に助ける事が出来ず、ただ辱められるのを黙ってみているしかなかった自分が、彼女の傍にいて良いのだろうか。
 脳裏に浮かぶ妻は、アキトが大好きな満面の笑みを浮かべるだけで何も答えてはくれない。

 (それに俺は、エリナを……抱いてしまった。自棄になっていたとかそんなの理由にならない……そのことを知ったら、他の女に手を出したなどと知ったら、それこそ悲しませて、拒絶されるんじゃ)

 そんな考えが堂々と巡り続けた11ヵ月だ。アキトの元にはユリカの所在を含めたあらゆる情報が入ってきていない。唯一知っているのはナデシコCが地球へ連れ帰り病院に運び込まれたと言う事だけで、その後どうしているのかは聞いていない。
 聞くのが怖かったから自分からは聞けなかったし、周りの人間も話さなかったのでアキトは目をそらし続けていた。

 ガミラスの侵略の事は嫌でも耳に入るし、放っておけば地球が滅ぶ――ユリカもルリも死ぬとわかっていても、ガミラスと戦おうという気概は浮かんでこなかった。

 それほどまでにアキトの心は消耗していたし、自分1人が参加したところで事態が好転するはずもないと諦めている。

 だから、回復の可能性が示されたのは嬉しいが、治った所で何をすれば良いのかわからない。
 今更帰れない。もう見捨てたと取られても間違いじゃない行動を、とってしまったのだから。

 「で、どうするの? ウチとしては被験体も兼ねて治療に入りたいと思うんだけど」

 「今更治ったところで、どうしろと言うんだ。地球は間もなく滅ぶ。無意味だよ……」

 地球は滅亡寸前なのだ。どんな行動も全て無意味に終わる。アキトにはそう決めつけてしまっている。それを察したエリナは努めて冷静にアキトに告げる事にした。

 「……地球は必ず救われるわ。異星人の、いえ、イスカンダルの使者がもたらしたデータはヤマトを完成させるためのメカニズムと、救いの手段を提供する用意があるというメッセージ、さらには彼女らの星までの宇宙地図なのよ……ヤマトが完成すれば、少なくとも地球は回復する。ガミラスを退けられるかは不明瞭だけど、それすらやってのけるかもしれないわね」

 ヤマト。その名前はアキトも良く知っている。自分が協力している輸送作業は全てヤマトの復活に係わっているのだから当たり前だ。
 そして、テストパイロットを務めている新型も、ヤマト艦載を目的とした試作機なのだ。

 「楽観的だな……戦艦1隻であの軍勢がどうにかなるものか。敵の本体すらまだわかってもいない、勝ち目のない敵なんだぞ」

 アキトは苛立ち気にエリナを否定する。たかが戦艦1隻が何になる。精々限られた人間を載せた地球脱出に使えるかどうかだ。

 「その戦艦1隻で木星との戦争を終わらせるきっかけを作った、あのナデシコの、それも立役者の片割れとは思えない口振りね」

 なおもエリナの瞳は真摯だった。アキトを憐れむでも非難するでもなく、淡々と事実を突きつける。その視線にアキトは尚更苛立つ。ナデシコ、その名前は今もなおアキトの胸中に輝く存在。辛い事も多かったが、ユリカと再会し、自分らしさを見つけ出した思い出の場所。
 ――そして、妻共々火星の後継者の連中に蹂躙されてしまった、在りし日の象徴だ。

 「ナデシコはあいつの、ユリカの艦だ――俺には、関係ない。どちらにせよ戦艦1隻に過度な期待を寄せるなんて、夢の見過ぎだ――ヤマトだかトマトだか知らないが、悪足掻きするにしても、地球脱出船として運用した方がまだ――」

 「そう、ならそのテンカワ・ユリカも報われないわね。あんなに頑張ってるのに、肝心の旦那様がこれじゃあね……!」

 ポーカーフェイスを崩さなかったエリナがユリカの名を、彼女が全てを託したヤマトを愚弄した言葉を耳にした瞬間顔を歪め、怒りを含んだ声でアキトを非難する。

 「……ユリカが、何だって?」

 「教えないわよ、無意味なんでしょ? ともかく貴方はネルガルに従ってもらいます。以上!」

 アキトの返事も待たずにエリナは部屋から出て行って姿を消してしまう。捕まえようとアキトが伸ばした右手はむなしく宙を彷徨い、エリナの剣幕に追いかけることを躊躇してしまった。

 「ユリカ……」

 妻は一体、何をしているのだろうか。アキトの中でユリカの現状を知りたいという欲求が渦巻く。だが、改めてエリナを追いかけて尋ねる勇気を持ち合わせてなどいなかった。
 アキトの時間はまだ、止まったままなのだから。






 アキトの部屋を後にしたエリナは足音も荒く廊下を進む。全身から怒りを発散させていて、もしも人通りのある廊下であったら誰もが恐れて道を開け、声をかける事すらしないだろう。

 「全く……! あの朴念仁がっ!」

 エリナの怒りは収まらない。アキトが火星の後継者から救出されてから一時はその世話を勤め、彼を慰めるためにその身を捧げたこともある。
 今でもエリナはアキトへの想いを胸に秘めているが、だからと言ってそれを告げようとは露とも思っていない。

 結局のところ、あの男はミスマル・ユリカ以外眼中に無いのだ。自分を抱いている時ですら。

 男女の関係を持ってしまったエリナに対してはそれなりの優しさを見せることがあるが、それでもどこか距離を感じるもので一線を踏み越えてこない。
 関係を持った当初こそ数回にわたって肌を重ねたが、荒れていた時期を過ぎてからはどこか距離を置いているのがわかる。
 結局行為の責任を感じているだけで、エリナを女として愛してくれるわけではないのだと、思い知らされただけだ。

 そして今、彼が愛するミスマル・ユリカは、当然の事のようにテンカワ・アキトを心から愛し続け、彼の為を思って自分の全てを賭してこの世界を救おうと足掻いている。

 文字通り血反吐を吐きながら、体を壊しながら、残された僅かな命をやすりでゴリゴリと削りながら。

 例え世界を救えても自分が助からない可能性の方が高いに、彼女は果敢に立ち向かっている。

 アキトは好きだ、でも愛の為に自分の全てを捧げる覚悟のユリカには勝てない。いや、最初から勝負にすらなっていない。自分では結局アキトを本当の意味で救う事が出来ない。

 だが彼女なら、彼が愛して止まない天性の明るさを持つ彼女ならきっと、アキトを救う事が出来る。そのためにも彼女を護らなければならないのに。

 そして思い返されるのは約11ヵ月前、アクエリアスドック内でヤマトの再建計画が本格的にスタートした直後の事。
 あの時にはすでにガミラスの脅威が周知の物となり、世界中が恐怖に駆られ始めていたところだった。






 「ミスマル・ユリカ! 貴方、安静にしてなさいと何度言ったらわかるのよっ!」

 エリナはアクエリアス内に移送された元木星の自動造船ドックの中で、蹲って激しく咳込んでいるユリカに怒鳴りつける。

 元々性格的に相性が悪く衝突する事の多い2人ではあったが、今回は当然と言えた。何しろ怒られている人物の方が完璧に悪いのだから。

 「で、でも……っ、私が、やらないと……」

 息も絶え絶えと言った様子のユリカに肩を貸してやりながらエリナはさらに叱る。

 「ジャンプだけならドクターでもどうにかなるでしょ!? あんな無茶をして、そんなに死に急ぎたいわけ!?」

 エリナが怒るのも尤もだ。

 止める間も無く行動を開始したユリカは、アクエリアスの海に没してバラバラになったヤマトの全てをボソンジャンプで1度引き上げた。

 ここまでは良い。

 問題は、その残骸を木星の使用されていない自動造船ドックに余さず運び、アクエリアスの氷塊の中心をくり抜いて、そこに件のドックを送り込み、さらに内部を行き来するための小型のチューリップをどこからか見つけて来て、月のネルガルの使用されていない無人のドックとアクエリアス内のドックに設置したのだ。

 この間わずかに5日。誰も止める暇など無かった。立て続けに行われた驚異的なボソンジャンプの応用にイネスすら顔を真っ青にするほど。何れも現在の技術では実現不可能な神業の連発だったのだから無理もない。
 ジャンプの間にはそれなりの間があったが、その間誰もユリカの姿を捉える事が出来ず、事前に持ち出していたであろうわずかばかりの携帯食料と水だけで食い繋ぎ、火星に安置したはずの演算ユニットすら強奪してジャンプしたのだ。

 確かに演算ユニットさえ手中に収めればボソンジャンプフィールドの問題は改善されるが、この件でネルガルと宇宙軍は事態の隠蔽にえらい苦労をさせられた。驚くべき行動力と手腕だが、その代償は決して小さくはない。その反動は確実にその体を蝕んでいたのだ。

 結局彼女を捕まえる事に成功したのは、アクエリアス・ドックの中に物資と人員を運ぶと自分から姿を現した時だった。エリナは本来アクエリアスのドックに来る予定など無かったのだが、捕獲しようと接近したところでジャンプに巻き込まれた。無論集められた技術者連中もだ。
 誰もジャンパー処理などされていないにも関わらず、この娘は跳んだ。

 誰もが死んだかと思ったがユリカが何らかの補正を加えたらしく、エリナ達は無事だった。またドック内の行き来に必要なディストーションフィールドを展開可能な小型艇が用意されていて、帰りはそれを使えば問題なく帰れるらしい。

 だがナビゲートしたユリカはとうとう限界を迎えてその場で倒れ、ようやく確保することに成功した次第である。

 無茶を重ねたユリカの呼吸は荒く、不規則だ。ユリカが最後にジャンプしてからすでに5分が経過している。一向にナノマシンの輝きは収まらならい。
 明らかに良くない兆候を見れば、エリナでなくても怒るだろう。

 「貴方の体は普通じゃないの! これ以上の無茶は絶対に駄目! 大人しくベッドで寝てなさいっ!」

 「だ、だめ……ま、まだコスモナイトが……!」

 顔面蒼白で弱り切っているのがはっきりと見て取れるユリカだが、まだ仕事が終わっていないと休むことを拒絶する。

 「だから駄目よ! ホントに死にたいわけ!? たかが戦艦1隻の為に何でそこまでするのよ!」

 エリナの怒りは収まらない。ユリカに肩を貸しながら強引に医務室にまで運ぶ。
 このドックにも仮設ではあるが怪我人用にと医務室が設けられ、これからの本格作業に備えている。
 ユリカをぶち込むのなら大病院の集中治療室が適任ではあるのだが、そのためにはドックから出なければならない。
 つまりチューリップを通るしかないのだが、それすらも彼女の体を蝕む。

 だからエリナは容態が落ち着くまではここで休ませ、向こう側で待機させたイネス達に引き渡す用意を整えるつもりだった。その後は薬で意識を奪ってでも病院のベッドに縛り付けて治療させる。
 そうしなければこの娘は長く生きられない。

 エリナが仮設医務室にユリカを運び、医者にベルトを使って拘束して逃げ出さないようにしろと指示を出し、ドック内に引き返してヤマト再建計画に関する打ち合わせを始める。
 その場には、新入りながら素晴らしい才能と高いセンス、常識に捕らわれない発想力で実現する、ネルガル期待のニューフェイス・真田志郎も参加していた。
 角刈り頭で眉の薄い強面の男だが、人当たりは悪くなく紳士的で社内での評判も良い。

 彼の視点から見ても、並行宇宙の戦艦であると紹介されたヤマトに使用されている技術は素晴らしいものだそうで、確かにこの技術を吸収出来れば、現在までに判明しているガミラスの艦艇に打ち勝つ事が出来るだろうとの弁だ。同時に彼は、

 「構造が非常に解りやすいんです。案外、並行世界の私が手掛けた艦なのかもしれませんね」

 と、ユリカが予め用意してくれていた端末を操作して呼び出した、ヤマト艦内に残されていた修理用と思われる設計図や各種データを参照しながらそう言い切った。
 エリナは短時間での再建が可能なのかどうか、果たしてそれで信頼性が損なわれないのかどうかが心配だったので、そこも尋ねてみたが、

 「何とも言えません。しかし、何とかなりそうな気がします。まだあまり手を付けていませんが、不思議と作業が捗るんです。まるで、まるでそう、直して貰いたがっているような、そんな錯覚を覚える程に」

 真田自身も不思議そうな顔で、技術者ではないエリナからすればその言葉を信じて任せる他無い。実際問題早速ヤマトにとりついた技師たちは驚くべき速度で艦内を移動し、あちこちから情報を取得して再建プランの修正を粛々と行っている。

 優秀なメンツを揃えはしたが、ここまで優秀だっただろうか。

 そんなこんなで各種責任者と話を纏めてからユリカの様子を確認しに行くと、幾分落ち着いた様子で、だが拘束されて恨みがましい目をした彼女に文句を付けられた。

 「拘束を外して下さい。私が行かないと駄目なんです」

 「バカも休み休み言いなさい。これからドクターに引き渡して集中治療室行きよ」

 取り合うつもりは無い。このまま病院に放り込んで拘束する。そうしなければこの娘は死ぬ。

 アキトの努力を、わがままで潰されてたまるものか。

 「それとも、動けないのを良い事にあんなことやそんなことを……」

 「しないわよ!」

 いきなり変なことを言い出したユリカについノリツッコミする。この突拍子の無い発言は何時まで経っても治らないのだろうか。
 その後しばらく重たい空気が流れる。ユリカは何か言いたげな顔で口を開こうとすれば躊躇する、ある意味では彼女らしくない態度を取り続けたが、やがて意を決したのかエリナに話しかける。

 「――エリナさん、少し2人きりで話せませんか?」

 ユリカは何か諦めたような表情で訴える。エリナはその様子に感じたものがあり、医師らを追い出して部屋を施錠、密室状態にする。一応はドックの内部なので防音対策はされているらしく、余程騒がなければ音漏れはないだろうし、まだ盗聴の心配が必要な時期でもない。

 「エリナさん、アカツキさんから聞いたんですけど、アキトの世話をしてくれてたそうですね?――もしかしなくても、抱かれたんですか?」

 いきなりの爆弾発言にエリナは盛大に噴いて咳き込む羽目になった。何時の間にアカツキに接触していたというのだ。そんな話は聞いていない。

 「やっぱりかぁ……別に責めてるんじゃないんです。アキトもこのことでは責めません――肝心な時に傍にいられなかった私が悪いんですし、それに……私も他の男に好き放題されちゃったのと同じだし、奇麗な体ってわけじゃ、ないもの……」

 その時のユリカの表情は正直見るに堪えなかった。色々な感情が織り交ざっているが、色濃く浮き出ているのは後悔や無念と言った、暗い感情。

 彼女を知る誰しもが、似合わないと断言する類の感情だった。

 「そ、そういう言い方は卑怯だと思うわ。傍にいられなかったのも好き放題されたのも、貴方のせいってわけじゃないでしょう? 全部あのテロリスト共の仕業じゃない」

 これは本音だ。むしろ一緒に助け出せなかったことを、エリナ自身悔いているくらいだ。確かに馬が合わず対立も頻繁にしたが、だからと言ってユリカを嫌っているのかと言われると案外そうでもない。

 エリナ自身も、ナデシコでの影響は受けているのだ。そしてその中心となったのがこのユリカと、アキト。
 友人だと言うつもりは毛頭ないし自ら会いに行くほどの仲ではないが、かつて共に戦った仲間として、あのような理不尽な運命から救ってやりたいと思ったのは紛れもない事実。
 ヒサゴプランに対する嫌がらせや、貴重なA級ジャンパーを確保すべきと言う意見すら、ネルガルが没落し始めていたあの時期では重役会議を通るものではなく、結局会長の意向で行われた救出作戦だったのだから。

 それに、ユリカを奪われたアキトのあの落ち込み様。恋敵ではあるが、アキトを思えばこそ彼女を杜撰に扱うわけにはいかない。彼のあの血反吐を吐く戦いを、無駄にはさせられない。
 エリナも1人の女として、ユリカが受けた屈辱には心底同情しているし、火星の後継者の連中が憎くい。その身を、心を徹底的に利用され尊厳を踏みにじられたのだ。
 心中察して有り余る。

 「ともかく、アキトを支えてくれてありがとうございます。アキトが人の心を捨てずに済んだのは、エリナさんの功績が大きいと思います――だからかな、不思議とそれ自体は悲しくないんです。私は、妻として夫を支えられなかったから、支えてくれたエリナさんには感謝の言葉しかない。本当にありがとう――だからエリナさん、もしも私が生き残れなかったら、アキトを頼めますか?」





 あの時のやり取りは今思い出しても胸が痛くなる。彼女は決して絶望もしていなければやけっぱちになっているわけでもなかった。

 文字通り、最後の希望を命懸けで護っていただけだったのだ。

 ユリカはエリナとイネスとアカツキにだけと断って全てを語る。すでにユリカは1人では今後の活動が出来ないことを悟り、エリナとイネスとアカツキを巻き込むことで行動する腹積もりだったのだ。

 そう、正真正銘最後の反抗作戦に備えているだけだったのだ。そして彼女は、賭けに勝った。



 彼女はヤマトと共にイスカンダルに向かう。だが、その旅の末路は予測がつかない。イスカンダルに着くまで命が持つかどうか、着いたとしてもそこから先命を繋げるかどうかは、予測がつかない――。



 「だから、アキトは絶対にヤマトに乗せないで下さい。私の事も全部黙ってて下さいね。今の私は、私は……アキトにとって苦痛の種でしかないんです。今の私を見たら、きっとアキトは苦しんじゃう。自分のせいだと勘違いしちゃう。――アキトはとても、きっと今でも優しくて、優しくて、過度に自分を責めちゃう人だから……だから、もうアキトは戦うべきじゃない。戦場から離れて体を治して、もう1度幸せを掴めるように、気持ちを切り替えなきゃいけない」

 エリナはユリカの独白を黙って聞いていた。

 「――本音を言えば、私はアキトと一緒にいたい、台無しにされた新婚生活を再開したいって思ってます。でも、今は無理なんです。私が欲しいのは、アキトと一緒にイチャイチャラブラブに暮らすだけの世界じゃない、アキトと一緒にラーメン屋をして、みんなで楽しく暮らせる世界なんですよ――世界が滅んだらラーメン屋どころの騒ぎじゃない。食べてくれる人がいなかったら、ラーメン屋なんて……アキトの夢は今度こそ叶わない」

 悲痛な声だった。それは彼女が何よりも望んで、今は叶わない夢。

 「だから私は戦わないといけないんです。正直勝算がそこまであるわけじゃないし、地球は救えても、私は助からない可能性の方が高い――それでも、私はアキトの幸せの為ならどんな絶望もひっくり返す! アキトがもう1度幸せを掴めるようにするためにも、未来のお客さんの為にも絶対に地球を救いますそれが、アキトに助けて貰った恩返しで、妻として夫の為にしてあげられる、唯一の事だと思うから」

 そこまで聞いた時点で、エリナは彼女の意思を曲げる事が出来ないと、悟った。悟らざるを得なかった。

 「エリナさん。私が駄目だった時はアキトのフォローをお願いします。私の事、忘れさせちゃって良いです。何をしても良いから、アキトの心から私って存在を抹消して……勿論、生き残れるように最善は尽くすつもりです。私だって幸せになりたいから。でも、私が生き残れる確率は、多分万に一つ……だから、万が一の時はアキトを、アキトを助けて! 護ってあげて欲しいの! 復讐を始めてからもアキトを見続けてくれて、アキトの事を愛してくれてるエリナさんにしか頼めないの! だから、だからアキトを……お願い……」

 最後は泣きながら懇願するユリカの手を、エリナは無言で握り締め、彼女の願いを受け入れた。
 結局ジャンプの度に十分に休むことを確約させた後、幾分回復した彼女の拘束を解き、送り出す。



 彼女が、波動エンジンのコンデンサーやエネルギー伝導管など構成素材として必須であり、また使い方次第では装甲等の強化にも使えるというコスモナイト鉱石を、土星の衛星・タイタンの鉱脈からボソンジャンプを利用して採掘してきたのは、それから間もなくの事だった……。



エリナは結局、ユリカの要望通りイネスにも全てを伝え、事前に話を聞いていたらしいアカツキもそのまま共犯者となった。3人はユリカ了承の元、ユリカの要望案とアイデアを形にすべく、ユリカの要望もあって真田も身内側に引きずり込んで出来るだけの事をした。

 元々ヤマトを整備・改良していたのは並行世界でヤマト工作班長であった真田志郎その人。

 厳密には別人なので同一視するのはどうかとも思ったのだが、ゲン担ぎも込めて進言する。能力的に不足は無いし、「この世界でもそのご都合主義っぷりを発揮して下さい」と言う願いも籠っている。

 その後、2つの天才頭脳とヤマトの万能工作機械及び自動造船ドックの設計システムを駆使することで、脅威的な速度でヤマトの再建と、対ガミラスを念頭に決戦兵器としての性質を持たせた単独行動も可能な新型機動兵器、さらに既存兵器にも転用出来る強化パーツを兼ねた宇宙戦闘機Gファルコンのプランが形になった。
 そのプランの中にはユリカが意見を出したり、それとなく提供した画期的とも言える図面や技術も散見されたが、その出所に付いて詳細を知り得るのは共犯者のみである。

 なお、ヤマト再建計画にナデシコが誇る元整備班長ウリバタケ・セイヤにも参加を願うという意見はあったのだが、「再建段階で余計なギミックを付けられるのは勘弁」と言うユリカの(ある意味では尤もな)指摘で見事に流れた。

 とにかく前科が多いのである。頼まれてもいない余計なギミックを取り付けて顰蹙をかった例は枚挙が無い。

 が、人手不足の極みにある現状では完全に無視も出来ない。

 ので、新型機動兵器に関しては協力を求める事になり、その過程でXエステバリスをモデルにその完成系を目指した機体として開発が決定。それまでに案の出ていた別プランを取り下げる形で進められた。
 その機能の大半は彼のアイデアと要望によるものだが、一部は真田も噛んでいる。

 その結果、別用途で開発されていた新兵器が機動兵器用に手直しされて搭載可能になった。それは間違いなく彼の手腕によるものだ。

 とは言え、予想されるその兵器の威力の余りの高さ故、必要とされているのをわかっていながらも、苦々しい顔をしていたのが印象に残っている。



 ユリカはエリナに説き伏せられたこともあり、可能な限りの休息と治療を受けることは受け入れたが、イネスと協力しながらも、壊れかけの体を騙し騙しジャンプを繰り返して、作業に必要な鉱物資源の運搬などを繰り返した。

 いや、繰り返さざるを得なかった。

 再建計画に必要な、地球では手に入らない鉱物資源の採掘場所自体はヤマトのデータベースから判明していた。
 とは言え、土星の衛星等の超長距離ボソンジャンプを軽々こなし、あまつさえボソンジャンプで鉱物資源を、それも不純物を極力除外した状態でジャンプさせる神業を行使出来たのは彼女だけだった。

 ヤマト再建計画が恐ろしくハイペースで進んだ理由の一端がこれだ。本来必要な採掘作業や精錬作業の過程を省略して資材を提供されれば作業時間は大幅に短縮出来る。

 単なる移送だけならイネスも協力出来たが、この神業の模倣だけは流石に無理だった。
 何より彼女はジャンパーとして能力を行使するよりも先に、科学者としてその頭脳をフル回転させてヤマトの再建とガミラスに対抗出来る新型機動兵器開発に協力する方が優先された。

 だから、ユリカが頑張るしかなかったのだ。

 結局、その無理が祟って彼女はまともな治療が出来ないほど体を壊し、寿命を大きく縮めた。
 最後の採掘作業を終えた後集中治療室送りになり、軍に復帰する2週間前までは病室を出る事が叶わず、激しい苦痛と迫り来る死神の誘いに耐えながら、明日への希望を護り続けた。

 そもそも披露した神業ジャンプのほとんどが死んでもおかしくない程の負担を強いるというのに、ナノマシンの活動を極限まで抑え込んで、それでいて演算ユニットへのリンクを最大限に活かしたジャンプを実行しながらも命を繋いでいるのは、アキトとルリへの愛に他ならない。

 全ては最愛の夫が生きる世界の為。全ては愛する家族が幸せに生きられる世界の為。彼女は文字通り命すら捨て去る覚悟を持って、困難に立ち向かう道を選んだのだ。






 エリナはふつふつと頭が煮えるのを抑えられないまま、通信室に飛び込んで地球にいるアカツキに連絡を入れる。
 ナデシコCが回収した通信カプセルの事やその内容、そしてアキトには一方的に従うように命令して治療するつもりだと、鼻息も荒く伝える。

 本当ならあそこでユリカの名前を出すこと自体が約束に反しているのだが、流石のエリナも我慢の限界に来ていた。アキトの気持ちもわかるから尊重してきたし、ユリカの気持ちもわかるから尊重してきたが、現在進行形で壮絶な戦いを繰り広げている彼女の姿を思い出すと、アキトの発言の無神経さが事さら癇に障った。

 「ははは! その調子じゃテンカワ君はまだぐずってるのかい?」

 「ええその通りです!……全く、このままじゃルリちゃんも含めて可哀想よ。相当追い詰められてるって聞いてますから」

 エリナはアキトにこそ伝えていないが、ルリを含めてアキトに縁のある人の近況情報は可能な限り集めていた。個人的に心配だと言うのもあるが、アキトが再起した時、必要になると思ったから。

 「困ったもんだねぇ彼も。いや、ユリカ君も結局似た者同士ってところかな? 意地っ張りで周りの心配そっちのけでやりたい放題。お似合いってやつかな?」

 アカツキのお道化た態度にエリナは頭にさらに血が上るのを感じた。

 「ええ本当に迷惑ですわ! 夫婦そろって散々人を振り回してくれて!」

 悔しいやら心配やらで頭が沸き立つのを抑えられない。共犯者となって以降、エリナとユリカは急速に距離を縮め、友人と言って差し支えの無い関係にまで至っていたが、その関係に至ったからこそ尚更ユリカの無茶が心を抉る。
 きっとナデシコに乗る前の、野心の為なら他人を平然と蹴り落とせる自分だったらこうはならなかったはずだ。

 結局エリナもナデシコに毒された人間。だが後悔はしていない。だから自分がすべきと信じたことをする。

 「会長。私もヤマトに乗船しても構いませんか?」

 これしかない。エリナはそう確信した。地球に残ったところで出来る事は無い。しかしヤマトに乗れば彼女のバックアップを務める事が出来る。口では強がっても無理を重ねていることは明らか。
 彼女が最後まで折れないようにするためにはどうしても補佐がいる。追いつめられているルリだけでは不安だし、ヤマト到来以降接点の多い自分が行かなくては。
 ユリカはきっと怒るだろう。彼女は自分が地球に残り、アキトを支えることを望んでいる。
 だがこれだけは引けない。今は1人でも彼女を理解して支えられる人間が必要なのだ。

 「言うと思ったよ。まあ君は秘書課から外れてるわけだし、僕のサポートはプロスペクター君に任せるよ。君とドクターとゴートくんはヤマトに乗船して、彼女のサポートを務めてあげて」

 アカツキは快諾する。元々こちらから頼むつもりだった。とにかく今は人材が不足している。最後の希望ヤマト、可能な限り万全の状態で送りだしたいと思っていた所だ。エリナならまあ不足はないだろう。

 それから間もなく、ナデシコCに通信カプセルを引き取りに行ったイネス・フレサンジュが戻ってきた。相も変わらず無茶をしたユリカを叱ってきたとは、本人の弁である。






 ナデシコCが回収した通信カプセルのメッセージはすぐに地球連合政府にも届けられた。その内容を鵜呑みにする政治家や軍人は少なかったが、メッセージの内容通り、疑っている余裕は無い。
 最新のデータによれば地球人類が生存限界を迎えるまでの時間は確かに1年弱。頑張ればもう少しだけ伸ばせるかもしれないが、どちらにしても迷っている時間は無い。

 そしてこの段階において、ネルガルと宇宙軍が匂わせるだけに留めていた宇宙戦艦ヤマトの存在が連合政府内で公のものとなった。

 民間への発表はまだ先だが、並行宇宙で幾度となく地球を救ってきた奇跡の艦。
 現行の地球の技術ではないのに確かに地球の技術で造られたことが確認出来るヤマト。
 そのデータバンクに存在する、歯抜けもあるが輝かしいと言って遜色ない戦歴のデータは、確かに連合政府の人間を勇気づけたことは事実だ。

 そして冥王星攻略作戦において、被害を最小に抑えたのがミスマル・ユリカの手腕によるものであると明かされると同時に、本人の要望も瞬く間に受理された。

 連合政府、統合軍、宇宙軍。その意見は恐らく初めて完全に一致した。



 「我々の最後の希望を、宇宙戦艦ヤマトに託す。宇宙戦艦ヤマトを惑星イスカンダルに派遣し、コスモリバースシステム受領の任に付かせる!」



 ナデシコCを始めとする最後の防衛艦隊が地球に帰還して1ヵ月余りが経過した後、民間に対してとうとうイスカンダルのメッセージと最後の希望、宇宙戦艦ヤマトの存在が公表された。

 人類最後の反抗作戦が、まもなく決行されようとしているのだ。






 時はナデシコCが帰還する直前に遡る。

 「ユリカさん、お加減は如何ですか?」

 ここ最近では珍しい位明るい声で、ルリはユリカのベッドの横に腰かけ、毎度のペースト食を摂っている彼女に話しかける。

 「上々だよ。流石はイスカンダル製の薬だね。これならジャンプさえしなければ1年くらい余裕で持ちそうかな?」

 こちらも無邪気な態度で応じる。話の後半は全く持って明るくない話題ではあったが、それでもルリの気持ちが明るいのには訳がある。

 そう、イスカンダルだ。イネスが通信カプセルと地球に届けた後、ナデシコCのボソンジャンプ通信システムを通してデータが連合政府に開示され、そのメッセージを信じてヤマトを派遣することが決定。
 その艦長としてミスマル・ユリカが選出され、地球に帰還した後、少しばかりの休暇と訓練を経て発進することになっているのだ。

 ユリカが艦長を務めるであろうことはルリ自身予想していたことだ。ユリカはヤマトのシステム自体に詳しいし、先の戦いでも私情に走って判断を間違えかけたルリをフォローしている(普段なら逆なのに、とは冷静になったルリの弁)。

 それに、あの無茶苦茶な航海に挑むとなれば、ユリカの性格の方が艦長として向いていると言えるだろうし、型にはまらないユリカの強さは、ルリが一番よく知っている。

 だが不安はある。そんな大任に果たしてユリカは、アキトを欠いたユリカの心と体が耐えられるのか。そしてここ最近のユリカの体調を考えると、カラ元気を駆使してもかつてのような無邪気な明るさで皆を引っ張って行けるのか不安に駆られる。

 だがルリはユリカを信じることに決めた。冷静な判断なら今度こそ自分が勤めればいい。それにイスカンダルは不完全ながらも、ユリカの病状を食い止めるような医療技術を有しているのだ。
 最悪彼女を置き去りにすることになるかもしれないが、イスカンダルの医療技術ならユリカを救えるかもしれない。

 もしかしたら、彼女の女性としての機能の再生すらも可能かもしれないと、期待に胸が躍る。置き去りになったとしても迎えに行けばいいのだ。
 理由なんて後から考えればいい。

 過剰な期待であることは自分でもわかっていたが、余裕を失っているルリにとってイスカンダルこそが最後の希望であり、活力の源となっている。

 イネスは提供された医療技術を用いてもユリカの完全回復は不可能と断言した。アキトならこれで何とかなるが、ユリカは病状が進み過ぎている。
 だが、地球よりも遥かに医学の進んだイスカンダルなら、それを実行出来るような設備や医者がいるかもしれないという言葉が、ルリにとっての希望。

 実際治療薬の効果はすぐに表れて、食事までは改善出来なかったが、栄養の吸収率が回復し、高カロリーの食事を心がければ何とか体重も維持出来る状態になった。

 健康な時より痩せたことは事実だが、その体はまだ女性的な丸みを維持してくれていて、肌や髪の艶も少しは戻った気がする。
 ユリカの容態が持ち直したことに感極まって抱き着いたルリ。ユリカの温もりが、傷ついた心をわずかに癒してくれる。



 その直後、ルリの行動を嬉しく感じたユリカが、激しく頬擦りしたり、頭をぐりぐりと撫で繰り回したのは想定外だったが……。
 禿げたらどうしてくれると、ぼさぼさになった髪を直しながら視線で非難したが、ユリカは全く気付かず「もう少し撫でさせて〜」と手を伸ばす始末だった。

 嬉しいけどやめて下さい禿げてしまいます。



 「ともかく、発進まで存分に体を休めて下さい。私も全力で補佐しますから、素直に頼って下さいね」

 頭皮を心配してユリカの申し出を遠慮した後、ルリはここ最近では滅多に見せなかった笑みをユリカに向け、ユリカも負けじと笑顔で了承する。それで満足したルリは医務室を後にして、偶には自分からとハリを誘って昼食を取ることにする。
 散々苦労を掛けてしまったし、そうした方が彼も喜ぶだろうと思っただけだ。

 以前に比べると味気無く量も減った食事だが、気持ちが前向きになったルリにはずっと美味しく感じられた。ついつい口数も多くハリと他愛もない雑談をしたり、イスカンダルへ想いを馳せたりと、明らかに浮ついていた。
 そんなルリの様子にここ最近の落ち込み様を知っているハリもつい嬉しそうに応対する。ユリカもボソンジャンプの使用は禁じると言っていることから、ハリも少しだけ肩の荷が下りた気分でルリとの食事を楽しめる。

 ハリもまた、ルリに希望を与えたイスカンダルに、そしてそこに行くための船であるヤマトに、期待を寄せ始めていたのである。






 一方月のネルガル施設では、2週間前にイネスが持ち込んだ薬と医療用ナノマシンを投与されたアキトが、五感の機能を回復させつつあった。

 「イネスさん。ユリカは、ユリカは一体何をやっているんですか?」

 治療中は薬の副作用などで眠っていることが多かったアキトも、症状が回復に向かうに連れて、ようやくまともに動けるようになってきた。
 後は体の感覚のずれを補うためのリハビリに励みながら治療していくだけというところになって、アキトはとうとうイネスに尋ねてみることにした。
 エリナの件以来、務めて考えないようにしていたが、体が回復し始めるとユリカの事が気になってしかたない。
 彼女は、どうなっているのだろうか。

 「残念だけど口止めされてるのよ。貴方は自分の体の事だけ考えてなさい」

 共犯者の1人として、イネスはアキトに取り合うつもりは無かった。事実彼女の状況は地球の医学だけならすでに手遅れ。救いようがない状況にまで達している。
 イスカンダルの超技術による奇跡に期待しなければならないほど困窮した様をアキトに突きつけるのは、例え共犯者でなくても心が引ける。

 「それじゃ納得出来ない。あいつは一体何をしてるんだ? 無事なのか?」

 アキトはなおも食い付くが、イネスは答えるつもりが無いとばかりにそっぽを向いてカルテに何かしらを記載している。応じるつもりはないと見たアキトは椅子から立ち上がって部屋を出るべくドアに向かう。
 体はふらつくがこの際構っていられない。

 「あら、どこに行くつもりかしら?」

 「ラピスの所だ。ラピスに情報を探ってもらう」

 ラピス・ラズリ。復讐者となったアキトを支え続けたもう1人の妖精。最後の戦いからしばらくは今まで通りアキトの世話を手伝っていた彼女だが、最近はアキトの傍を離れて別の仕事についている。
 元々アキトに対して軽度の依存は見られたが、エリナにも懐いていたこともあってか、深刻な依存に至る前にある程度自立に成功した。
 時折メールだったり音声通話等で話すこともあるが、以前に比べると感情表現が活発になって、アキトも頬を綻ばせたものだ。

 「彼女なら別件でしばらくここを離れているわ」

 「どうせアクエリアスだろ。ラピスが絡みそうな案件は、あの船しかない」

 今ネルガルが最も力を入れているのはヤマトの再建作業。完全な波動エンジンのデータを入手した今、急ピッチで最終調整に追われている最中だ。
 あと1月もあればドック内で出来る調整を全て完了して発進出来るだろうと言われている。

 最も、アキトにはさして興味のある話ではない。やるなら勝手にやればいい。どうせ無駄に終わるだけだ。――この治療も含めて。

 「会っても無駄だけどね。ラピスちゃんも口止めされてるし、エリナと会長直々に頼まれたら断れないでしょうね」

 実はこの発言も正確ではない。ヤマト再建にラピスが絡んでいることは事実だ。

 その経緯はやや特殊と言えた。
 物資が困窮している現在、使いもしないユーチャリスを維持しておくことは出来ないため、解体して資材に回し他のが発端で、愛着のあるラピスが嫌がったのだ。
 最終的にはエリナに「ユーチャリスはヤマトと一つになって残り続ける」と諭されては不満を抑えたのだが、だからこそユーチャリスの犠牲の上に成り立つヤマトに係わりたいと自分から申し出たのが発端だ。

 そこで、ラピスは運命の出会いも果たした。



 その出会いは決して感動的なものではなかった。

 その出会いはボソンジャンプ直後で体調を崩したユリカを、たまたま手が空いていたラピスが看病する羽目になったという、双方にとって心の準備を終えた上での邂逅ではなかった。

 ラピスはユリカと言う女性がアキトの大切な人だという事は知っている。

 アキトが本当は一番会いたくて、抱き締めたがっている人だと。彼女も自分の事は知っていたようなので、いずれは直接会うことになるだろうとは思っていたが、このような形で会うことになるとは……。



 「ありがとうラピスちゃん、もう大丈夫だから戻って良いよ……大人しく寝てるから」

 「駄目。貴方に何かあるとアキトが悲しむ。だから目を離さない。エリナにも頼まれてる」

 弱々しいユリカの言葉を無視してラピスはユリカの看病を続ける。ナノマシンの発光こそ収まっているが顔色は青褪め呼吸も細い。
 ベッドの上に寝かされたユリカの腕には点滴針が刺さり、その体に水分と薬品を粛々と送り込んでいる。
 他にも、彼女のバイタルを取得するための電極などが体に付けられている。

 その痛々しい姿は、情操教育が十分とは言い難いラピスですら見てて辛くなる。アキトの大切な人と知って、映像資料を何点か見たことも影響しているのかもしれない。

 しばらく2人の間には沈黙が流れる。
 ラピスは時折呻くユリカの汗を手拭いで優しく拭いてやったりと、実に甲斐甲斐しく面倒を見続ける。
 アキトの為にも彼女には回復して貰わないと困る、と言うのがラピスの考えである。

 「ラピスちゃんはさあ」

 点滴の残量を確認して、そろそろ医者を呼ぶべきかとコミュニケに手を伸ばしたところで、話しかけられた。

 「ラピスちゃんは、アキトが好き?」

 「好き。大切な人。だからアキトの大切な人、貴方の面倒を見る。アキトを悲しませたくない」

 ラピスははっきりと断言する。アキトのパートナーとして戦ってきたラピスにとっては死活問題。アキトに助けられなければ今の自分は無かったと思っているラピスにとって、恩人に対する恩返しも含まれた行動だった。

 「そっか。私もアキトが大好き、心から愛してる。だから、無茶だ止めろと言われても、止められないんだ。もっともっとがんばって、ヤマトを蘇らせないと……ヤマトが動かない事には、地球に未来が無いからね」

 「貴方1人が頑張っても無駄。私は地球に未来は無いと思う。ヤマトは地球脱出のための船ではないの?」

 ラピスはヤマトが地球脱出を目的として再建中の船だと解釈していた。確かにこれだけのスペックがあればガミラスにも早々遅れは取らない。逃げに徹すれば例え一握りの人類だけであっても、しばらくは生き残れる。

 ヤマトの艦内には万能工作機械を有する工場区があるため、ここが無事で資材を確保出来れば補修パーツの生産はおろか、弾薬や艦載機の製造すら可能としている。
 さらに小規模ではあるが、遺伝子改良によって早期に収穫出来る農園もあり、そこでは野菜や果物は勿論、観賞用の花まで栽培出来る。

 これで戦闘用設備を最低限を残して撤去して、居住区に当てれば3000人は養えるだろうし、そうやってどこかで再び文明を築いた方が建設的だと、ラピスは考える。

 そう、ラピスはすでに地球の状況を“詰み”だと判断して久しいのだ。

 ラピスなりに調べてみたが、現在の地球の状況、スノーボールアースと呼ばれる状態に持ち込まれた時点でもう終わっている。
 この状態からあの反射物質を除去したとしても氷が太陽光のエネルギーを反射してしまうので気温は上がらない。二酸化炭素の濃度を増やせば気温は上がるだろうが、それでも解凍までに数百年かかるらしい。
 とても人類はそこまで持たない。

 それこそ、時間でも巻き戻さない限りこの状況は救われない。
 案外ガミラスの科学力なら短時間でどうにか出来るのかもしれないが、地球の科学力では無理。
 戦艦でしかないヤマトでは地球の環境を短時間で改善する事が出来るわけもない。
 人間諦めが肝心だと、ラピスは地球を見限っていた。

 「何とか出来る可能性があるんだなぁ、これが。そうでなかったら、とっくにアキトのところに押しかけて、せめて最後くらい一緒に居ようよ〜、って抱き着いてるよ」

 苦笑いするユリカの様子をラピスは不思議に思う。

 「なら会いに行けばいい。アキトは、本心では貴方に会いたがっている。どうしてもと言うのなら、逃げられないようにしてあげようか?」

 ラピスは地球が救われるとは思っていないし、ヤマトでの逃亡も限界が早いと考えている。だからアキトの気持ちを踏み躙ることになるかもしれないが、最愛の女性と再会させるのも1つの手だと考えていた。
 どうせ終わるのなら後腐れがない方が良いだろう。

 「だ〜め。私が頑張れば、うんと頑張れば、地球は絶対に救われるの! 私達にはそのための希望の片割れ、宇宙戦艦ヤマトがあるんだから」

 「たかが戦艦一隻で惑星の環境をどうにか出来るはずがない。流石に夢物語だと思う」

 「ラピスちゃん。世の中理屈ばかりじゃないんだよ。それにヤマトは、似たような状況に陥った並行宇宙の地球で生まれて、何度も何度も護り抜いてきた正真正銘の救世主なんだ――そう、人々の願いと、夢と、大いなる愛を乗せて戦い抜いた、最後の希望を運ぶ艦――今私達の傍に、そのヤマトがいるの」

 ユリカはあの船に絶対の信頼を寄せているのがわかる。だがラピスはイマイチ納得しかける。そもそも色々経験の足りないラピスには、願いだの夢だの愛だと言った抽象的な言葉はイマイチ実像を結ばない。
 とは言え、アキトの戦いを間近でサポートしてきたことから、執念、ならまだ辛うじて理解出来なくもない。

 「それに、地球を救う最後の手立ては後数か月もすれば皆に知れるよ。だから私は、それまでにヤマトを再建する。そしてヤマトと一緒に旅立って、救いの手段を取りにいかないといけないんだ」

 「よくわからないけど、本当にそうだとしたら確かにあの船には価値があるかもしれない。わかった、ヤマトの再建作業、もっとがんばる」

 顔は真っ青なのにやたらと自信満々に言いきられて、ラピスは信じてみたくなった。
 理解しがたい部分はあるが、どうやらユリカはユリカなりの確信があってこんな無茶を重ねていて、その集大成とも言えるのがヤマトらしい。

 そう解釈したラピスはユリカがアクエリアスを訪れる度に、ヤマトとはどのような艦なのかを、以前のアキトはどのような人物だったのかを聞き続けた。
 ラピスは会う度にユリカとの距離を確実に縮めていき、その影響を受けることで次第に感情豊かになっていった。
 その成長と合わせるように、ユリカが期待を寄せる宇宙戦艦ヤマトに愛着を感じるようになっていったし、ユリカが言った夢、希望、そして愛の意味を理解し始めていた。

 ユリカから口止めされているためその現況をアキトに漏らすようなことは一切していないが、本音を言えば伝えたい。だがアキトの為だと言われたら従うしかない。

 ラピスの視点から見ても、今のアキトにこのユリカを受け止めるだけの余裕はない。
 彼の意識が変わらない限りは、絶対に会わせてはいけない。



 その後アクエリアスにラピスを訪ねてきたアキトはユリカの所在を問い質したが、ラピスはユリカとの約束を守り梃子でも口を開かなかった。しかしその心は両者の間で板挟みになって痛みを発していた。

 大好きな2人なのに一緒に接する事が出来ない。それはラピスが最初に考えていたよりもずっと鋭く、激しい痛みだった。






 そして、運命の日は来た。



 その会場には文字通り選りすぐりの人材が集めらえていた。総勢300名。全員が宇宙戦艦ヤマトへの配属を命じられた者達。

 かつてナデシコCに乗艦していたクルー、そして旧ナデシコクルーの一部もまた、その場所に集まっていた。

 ホシノ・ルリ、マキビ・ハリ、高杉サブロウタ、古代進、島大介、森雪、アオイ・ジュン、ウリバタケ・セイヤ、スバル・リョーコ、マキ・イズミ、アマノ・ヒカルと言ったナデシコに縁あるもの。

 ラピス・ラズリ、月臣元一朗、ゴート・ホーリー、エリナ・キンジョウ・ウォン、イネス・フレサンジュ、真田志郎と言ったネルガルからの出向組。

 さらには宇宙軍や統合軍を問わず、腕に覚えのある人員が集められ、艦長からの訓示を待っている。全員がヤマトの為に新しく作られた真新しい隊員服に身を包んでいる。

 各班毎に異なる色をしていて、戦闘班は白地に赤、航海班は白地に緑、技術班は白地に青、航空隊は黒地に黄色、生活班と通信科は黄色地に黒、医療科は戦闘班と同じだが胸元と左腕に赤十字のマーク入り、機関部門は白地にオレンジ、オペレーターは白地に黒と区別されている。

 体正面と背中には中央から左側に“レ”のようなマークが大きく書かれ、正面だけが右側にも少し返しのような装飾が付くことで変則的ではあるが錨マークの様なデザインになっている。

 旧隊員服を再生産しても良かったのだが、「ヤマトは生まれ変わったのだから制服も新しくしよう」と言うユリカの意見が通る形で、旧隊員服をイメージしつつ、新しいデザインで作り直されたのだ。

 あとある意味大問題に発展した事件が発生した事も、男女兼用の新隊員服が作られた理由となっている。



 もう人類に後は無い。これが正真正銘最後の作戦だと、その士気は高くもあり、悲壮であった。

 そんな心境の面々の前、壇上に上がるは宇宙戦艦ヤマト艦長の任に付いた、ミスマル・ユリカ。

 ヤマト用に制服は用意されていたのだが、その身を敢えて旧ナデシコの制服で包み、ナデシコで使っていた士官用のマントや艦長帽の代わりに、新しく拵えた黒を基調に白で縁取ったロングコートを羽織り、先代ヤマト艦長、沖田十三が被っていたのと同じデザインの帽子を被った姿だ。

 それは彼女の決意の表れだった。自分が自分らしくいられた思い出のナデシコと、これから新しい場所になるヤマト。その2つがあってこそ今の自分だという彼女の意思。

 ナデシコの制服はヤマトの制服と同じ機能を持たせるべく改造された。
 以前よりも肌に密着する作りになり、タイツは制服と同じ素材のインナーに改められ、ハイヒールだった靴はヤマトの制服と同じシューズに履き替えている。それ以外は、概ね当時のままだ。
 ベルトに刺していた指揮棒とディスクフォルダーは、ヤマトの正式銃として用意された新型のコスモガンを左腰に吊るヤマトのスタイルに変えてある。
 上に羽織る黒のロングコートはヤマトの艦長の制服の色であり、今は傍にいない夫が纏った服の色、それに自分を象徴した白で縁取ることで離れていても一緒だと自分に言い聞かせる。
 艦長帽のデザインを模倣したのは、自分なりに沖田の跡を継ぐという意思表示だ。

 右手に杖を持ち、可能な限り力強く壇上に上がったユリカは集まったかつての、そしてこれからの仲間達を一瞥して力強く宣言する。

「皆さん、私が宇宙戦艦ヤマトの艦長を務めることになりました、ミスマル・ユリカです。皆さんの命、今日から私が預かります。……ヤマトと共に、必ず地球を――愛する家族の未来を救いましょう!」

 その宣言に全員が姿勢を正す。これから上官となる人物の力強い宣言に、否応なく気が引き締る。

 「最初に断っておきたいことがあります。あの宇宙戦艦ヤマトが並行宇宙からもたらされた戦艦であることは、ここにいる皆さんにはすでに知らされていると思います。しかし、その正確な来歴を知るものは、恐らく私だけです。だからこそ、ここで断っておきたい――あの宇宙戦艦ヤマトは、今から約260年前の戦争において旧日本帝国海軍が運用した、かつての日本では悲劇の戦艦の代名詞とされた、大和型戦艦1番艦大和が、宇宙戦艦として蘇った姿なのです!」

 ユリカの発言に全員が一斉に色めき立つ。正直に言えば、突拍子がなさ過ぎて付いていけなかったと言っても過言ではない。だがユリカは意に介さず続けた。

 「――かつて大和は守る事が出来なかった。守るべきお国の名前を頂き、当時最大最強と称される力を持ちながらも、大和は何も出来ないまま沈められ、守るべき国は敗北し蹂躙された――だからこそ宇宙戦艦として蘇った大和は、新たな命、新たな体、新たな使命、そして使命を同じとする新たな乗組員たちの手によって雄々しく立ち上がり、過去の悲劇を乗り越えたのです!」

 ユリカは語る。ヤマトの記憶を垣間見た事で感じた、彼女の想いを。伝えねばならない、これから共に戦う仲間達に。ヤマトの気持ちを。

 「しかしヤマトの戦いは終わったわけではない。ヤマトは守るべき母なる星、この地球が、人類が危機に陥る度に立ち上がって護り抜いてきた! それは何故か!? 簡単なことです! ヤマトは敗北の意味を知っているから、負ければ守るたいモノがどうなるのかをその身をもって知っている! だからヤマトは負けなかった、いえ、負けられなかった!! 例え想像を絶する苦難があったとしても、ヤマトの後ろには、護るべきモノがあったからです!!――ヤマトに乗船する以上、私は皆さんにも同じ気概を要求します。我々の敗北は守るべきモノの敗北と同意義であるという事を! だからこそ全員、信念をもって立ち向かいましょう!! この航海は、我々人類の、いえ、我々が愛する全ての未来を懸けた航海になります!!」

 ユリカの一喝に全員が震えあがった。ただ既存の技術では実現不可能な強力な宇宙戦艦としか認識していなかった一同は、明かされた事実にただただ圧倒された。
 そしてその中でも極一部の、ユリカがヤマト再建に尽力していたことを知っている者達はここで初めて、ユリカがヤマトに全てを懸けた意味を悟った。

 彼女はヤマトに自分を重ねていたのだ。肝心な時に何も出来ず、最愛の夫を壊され、自身の人生すらも蹂躙された。その敗北の苦みに負けそうになったことは1度や2度ではないのだろう。
 彼女もまたヤマトの、戦艦大和のリベンジとでも言うべき活躍にあやかりたいのだ。

 この戦いの先に、再び家族そろって笑い合える日々が来ることを信じて。

 「我々はこれから、往復33万6000光年の旅に出発します。目的地は大マゼラン雲の中にある惑星、イスカンダル! しかし、宇宙戦艦ヤマトを完成し、宇宙地図を提供されたとはいえ、全てが未知数の過酷な旅となることは明白です。また、ガミラスは我々の行動を的確に捉え攻撃をしてきていますが、我々はガミラスの正体を知りません。わかっているのは冥王星に前線基地があり、そこから遊星爆弾を送り込まれ、地球がこのような惨事になったという事だけです。周知の事ではありますが、我々とガミラスの間には歴然たる力の差があり、ヤマトの航海を彼らが妨害してくる可能性もまた、否定出来ません」

 改めてガミラスの脅威を語る。一般的に、ガミラスの目的は不明のまま。だからこそ、今後の航海の障害になる可能性を示唆する。

 「しかし! それでも我々は、イスカンダルに辿り着き、コスモリバースシステムを受領し、地球を、愛する家族を救わなければなりません! 許された時間はわずか1年。この限られた時間の中で航海を成功させる必要があります! だからこそ、皆さんの力を私に貸して下さい! 1人でも多くの乗組員が生きて再び地球の大地を踏めるように私も最善を尽くします! ヤマトも同じ使命を持った我々が最後まで諦める事なく尽力する限り、力を貸してくれることでしょう!――しかし、もしも私が、ヤマトが信じられないというのであれば無理強いはしません。皆さんに選択の機会を与えます……30分後にアクエリアスへの移動が開始されますが、抜けたい者はその前にここを離れて下さって結構です。誰も咎めたりはしませんし、咎めることを許しません。自らの意思で選択して下さい! 私は一足先に、ヤマトで待っています!!」

 そう締め括ったユリカに全員が敬礼で答える。ユリカはそれを見届けると壇上から降り、振り返ることなく会場を後にした。



 会場から連絡艇に向かう最中、ユリカは逸る心臓を抑えながら独り言ちる。

 「沖田艦長っぽくやってみたけど、あれで良かったのかな? ――う〜ん。もうちょっと砕けた方が私らしかったかなぁ? でも緊張感台無しになるし――」

 と小声でブツブツと呟きながら歩いていたら、曲がり角に気付かず壁に「ゴッ」と痛々しい音と共に激突する。「い、痛いのぉ……」と泣き言を言いながらも落ちた帽子を何とか拾い上げ、改めて連絡艇に足を運ぶ。
 ちょっと鼻先が赤くなったが気にしない。



 そんなポカをしながらも、ユリカは宣言通りヤマトへ移動を開始していた。ボソンジャンプはもう使わない、その約束を守るべく連絡艇を使ってアクエリアスへと移動する。流石にこれ以上ボソンジャンプを使えば確実に助からない。自分の体だけにユリカは限界を迎えたことを理解している。
 イスカンダルに付くまでは死ぬわけにはいかないので、時間はかかっても安全な方法を取る。






 突如として地球と月の間に出現した大氷塊は、当初ガミラス以上に人々の関心を集め、恐怖を煽ったものだ。
 しかしガミラスと言う驚異の前にそれも流れ去り、ユリカがそう呼んだことから広まって、何時しか人々の中で氷塊の名前はアクエリアスだと定着していた。
 無論、その正体が並行宇宙の地球を水没の危機に陥れた、回遊水惑星の名前であるという事はほとんど知られていない。

 アクエリアス大氷塊の隅に、可能な限りの偽装を施したポートが建設された。これはボソンジャンプに依存せず物資や人員を運ぶための措置として造られたものだ。実際にはほとんど使用されておらず、利便性が高いボソンジャンプを利用した行き来が主だ。
 ユリカとイネスが共同で開発したボース粒子の検出を妨げるシールド処理が上手く行ったことも、ボソンジャンプがメインだった理由の1つだ。

 だが今回はユリカのみならず、ヤマトへの人員の移動は全てこのポートを使った連絡艇だ。そうすることで、クルーとなる面々はあのガミラスに破壊された地球の姿を目に焼き付けられる。
 ガミラスへの怒りと、地球を救いたいという願いを渇望させる事が出来る。

 我々こそが最後の希望だとクルーに教えるため、ユリカは危険を冒してでもその選択をする。

 連絡艇を降り、ドック内部への通路を歩くユリカ。杖をつき、決して速いとは言えない速度ではあるが、衰えた体からは想像出来ないほど力強い歩みだ。

 そう、彼女も待ち望んでいた瞬間だ。耐えがたきを耐え、絶望に心を折るまいと努力してきた。それが今ようやく実を結ぶ。もう良い様にはやらせない。この力があれば、ヤマトが機能さえすれば、



 アキトの未来を護れる。ルリの未来を護れる。新たにラピスも迎え入れる事が出来る。自分がどうなるかはまだわからないが、上手く行きさえすれば全部丸く収まるハッピーエンドを描く事が出来る。

 そう、今までヤマトが成してきたことだ。
 ヤマトは地球を幾度も救ってきた。赤茶けた星になった地球を、敵に占領された地球も、灼熱地獄と化した地球も、アクエリアスの水害に沈みかけた地球も。

 だから、自分達がしっかりすれば奇跡をまた起こせると、ユリカは信じていた。

 ユリカはその一念だけで常人なら発狂するような苦痛に耐えた。最愛の夫と会えない寂しさに耐えた。大切な家族と友人達を苦しめる罪悪感に耐えた。今にも散りそうなこの命を懸命に繋ぎ留めてきた。全てはこの瞬間を迎えるために!

 ドアを潜った先はドックの内部。その視線の先に、天井のライトに照らし出された雄々しき巨像の姿がある。
 その姿を見てユリカは心が沸き立つのを感じる。



 そう、ヤマトだ。

 かつてアクエリアスの大水害から地球を救う為に自沈した守護神が、ユリカが、人類が待ち望んだ宇宙戦艦ヤマトが、かつての姿、戦艦大和の面影を強く残した在りし日の姿を保ったままついに蘇った!

 幾度も地球人類を破滅から救い続け、その身を呈すことすら厭わなかった伝説の艦。その巨体が今、ユリカの眼前にある。



 「――ヤマト……!」



 ユリカは初めてその内部に足を踏み入れた時のことを思い出す。水に沈んだ第一艦橋の中で、息を引き取っていた沖田十三の姿を見た時、思わず涙がこぼれた。救出されて地球に帰るボソンジャンプの最中、その脳裏に刻み込まれたかつてのヤマトの活躍の日々の“記憶”。
 全てを鮮明に受け止めることは出来ず、不明瞭な部分も多い。しかしそれでも、ヤマトが成し遂げてきた奇跡の数々を、その原動力を理解するには十分と言える“記憶”を彼女は見たのだ。

 ユリカはヤマトの艦体を回収する際、沖田の亡骸を三浦半島にある高台に密に埋葬した。並行宇宙に彼の死を本当の意味で悼む者などいない。
 本当は元の世界に戻してやりたかったが、叶わない。だからせめて、息子の様に大切に思っていた部下、古代進の生家があった土地で埋葬してあげたくて、そうした。

 そう、ユリカは進の事を知っていた。ヤマトがユリカに垣間見せた記憶の中で、古代進を中心とした人間関係は、殊更強く色を放っていた。
 島大介、森雪、真田志郎と、ヤマトの中心と言えるメンバーの多くがこの世界にも違う形で生を受け、ヤマトに集おうとしている事に運命を感じずにはいられない。
 ヤマトにとって、古代進とは自身の代弁者だったのだろう。そして、その進に強く影響した沖田十三も、進にとって頼れる仲間達もまた、そうだった。

 とは言え、ユリカも彼らの人なりを把握しているわけではない。あの僅かな時間で得られる情報など大したものでは無いし、そもそもヤマトに焼き付いた記憶の断片を垣間見たに過ぎないのだ。
 だがそれでも、進を中心とした人間関係はある程度理解している。

 そう、ユリカはヤマト出現直前のボソンジャンプの最中、ヤマトの意思と触れたのだ。

 アクエリアスの水柱を断ち切るために自爆したヤマトは、その時生じた時空の裂け目に落ち込み、数多の並行世界と接する空間に一時身を置いた。
 その中で偶然接触したこの世界で、自身が必要とされていると理解したヤマトは、時空を超えるシステム、ボソンジャンプの演算ユニットとリンクを弱々しくも保っていたユリカを接点としてこの世界に現れた。

 その際ヤマトの身に刻み込まれた記憶に触れたことで、ユリカはヤマトがどのような艦なのかを、その使命を知った。

 そのためユリカは、どうしてヤマトがこの世界に来たのかも察する事が出来た。
 恐らくヤマトが到来せず、ガミラスによって破滅した未来の自分の嘆きが、悲しみが、偶然ヤマトに届いて呼び寄せる事になったのだと。

 そう、ヤマトの到来は一種のタイムパラドックスを引き起こしたのだ。

 だからこそ、ユリカはヤマトを蘇らせた。これから襲い掛かる様々な苦難に、人類が屈せぬように、立ち向かえるようにと。自分に応えてくれたヤマトへの恩返しも含めて。



 ユリカ涙を湛える目を袖で拭って再び足を進める。

 本音を言えば間に合うのかどうか何時も不安だった、何としてでも間に合わせるために無茶を重ねざるを得なくて、ただでさえ心配をかけている仲間達にさらに心配をかけているのが自分でも辛かった。

 だが報われた。ヤマトを囲う通路を弾む気分で歩き、左舷後部の乗船口にまで移動する。歩きながら、生まれ変わったヤマトの姿を目に焼き付ける。

 自沈したヤマトは第一副砲の直下で断裂していた。しかしその艦体は接合と同時に延伸され、かつてよりも巨大になっている。
 艦幅も増し、上から見ると丁度かつての大和のように前後が細く、中央が膨らんだ安定感のある姿に生まれ変わった。

 フレーム構造と装甲支持構造が改められ、より優れた耐弾性と耐久力を発揮するように、残された運用データを基に可能な限り手を加えた。

 従来は備わっていなかった防御フィールドとしてディストーションフィールド改を装備。これは艦の表面に張り付くように展開可能になった新型のディストーションフィールドで、従来通りの使い方も出来る。
 さらにかつてウリバタケが開発したディストーションブロックも中空複合装甲の空間に張り巡らせる。装甲表面もフィールドを多重展開可能とすることで、鉄壁と言える防御を実現した。

 構造材もヤマトのデータから回収した空間磁力メッキの技術を応用した、一種のナノテクノロジーを活用した素材が混入され、装甲表面にも同様の作用を持つ素材が塗料に交じって塗布されている。

 この素材に所謂エネルギー系の攻撃などが命中すると、そのエネルギーを利用して反射フィールドを自己生成する作用を持つ。オリジナルの様に完全に反射するのは無理だが、命中したエネルギー同士をぶつけ合って相殺する、または乱反射させることで驚異的な耐久力を発揮する。理論上はグラビティブラストが直撃してもいきなり内部まで貫通される事は無いはずだ。

 質量弾に対しては効果が無いが、そこは自前の分厚く強固な装甲で受け止めるヤマト元来の防御が活きる。

 基本的な武装と配置は変わらないものの、主砲と副砲は砲身が延長されエネルギー収束と有効射程が強化されたグラビティショックカノン――重力衝撃波砲に換装された。
 従来のヤマトのショックカノンの原理と、グラビティブラストを組み合わせた新型砲で、これならガミラスの防御を容易く撃ち抜く事が出来るはずだ。

 艦橋の周辺に集中配備されたパルスレーザー対空砲群も、対ディストーションフィールドを考慮したグラビティブラスト――通称パルスブラストに更新され破壊力が大幅に向上している。

 従来の地球艦艇ならこの武装の半分も使いこなせずに出力不足に陥っているだろうが、それを実現したのが波動エンジン、そして波動エネルギー理論だ。

 波動エンジン内部で生成されるタキオン粒子は、人類が定義していた質量がマイナスの素粒子ではなく、質量を有しながら超光速に達する粒子、言わゆるスーパーブラティオンと呼ばれる素粒子である。
 それ自体が時空間を歪める作用を有していることから、空間歪曲装置の類に誘導してやるだけで、高効率のディストーションフィールドやグラビティブラストを生み出す事が出来る。ガミラスの強さの秘密の1つだ。

 従来からのミサイル装備は全て継続している。計36門になるミサイル発射管は、主砲や副砲の死角からの敵を攻撃するために有用な装備だ。
 さらにディストーションフィールドを展開して攻撃を受け止める“バリアミサイル”が追加され、本体の消耗を防ぎながら攻撃を防げるようになった。

 特徴と言える波動エンジンは、復元された旧エンジンの艦首側にリボルバー状に配置した小相転移エンジンを6つ備えた6連相転移エンジンを増設、それを波動整流基とも呼ばれるスーパーチャージャーを挟んで接続した、“6連波動相転移エンジン”に強化されている。
 同じ真空を燃料とするエンジン同士相性が抜群で、相転移エンジンを事実上の増幅装置として機能する事で、波動エンジンは従来の6倍という劇的な出力強化を成し遂げた。

 波動エンジンのテクノロジーも反映して新造された相転移エンジンは、一見すると波動エンジンにしか見えない程外見が酷似している。
 ただ、波動エンジンがフライホイールを2枚装備するのに対し、相転移エンジンは1枚しか装備しないと言う差異がある。

 エンジンを更新したことで波動砲も6連発可能なトランジッション波動砲へと強化。従来威力の波動砲を最大6連発出来るようになっている。

 この大幅な改造で艦内構造は大きく改訂され、艦の中央は波動砲とエンジンで円筒状に占められている。
 居住区などは喫水より上の部分、艦の左右に分断される形になった。

 艦載機の格納庫も大幅に拡張され、第三艦橋支柱中央のエレベーターシャフトの手前までから、補助エンジンのすぐ後ろ付近までの長大なものとなった。

 そのエレベーターシャフト前から艦底部のドーム部分の先端までの範囲は改定された艦内大工場となっている。

 さらにその前方から艦首魚雷発射管の後ろ付近までのスペースを使って、特殊重攻撃艇信濃が格納されている。
 この信濃にはヤマトのミサイルよりも強力な、試作の波動エネルギー弾道弾が24発積載されている。ヤマトのデータには波動エネルギーを封入した砲弾、波動カートリッジ弾のデータが残されていたのでそれをアレンジしたものだ。

 さらに艦底部の第三艦橋は大幅に強化・改定されて新施設の電算室を内包した。
 一回りほど大きくなった姿は防電磁処理のため喫水上と同じ青の強いグレーで塗られ、外見的にも旧来との違いをまざまざと見せつける。

 本来想定していなかったホシノ・ルリらIFS強化体質の人間が乗船することから、電算室の部分には一手間を加えてナデシコCのオモイカネを移植してある。
 急な変更だったためマッチングがまだ完全ではないが、それでも十分な性能を発揮するはずだ。

 そもそも、ユリカはルリやハリやラピスがヤマトに乗ることを認めていなかったのだが、ルリには散々弱みを握られてしまったし、ルリが乗ればハリも乗る、ラピスもユリカが心配だと言って聞かないため、渋々受け入れた結果だ。

 なので、第三艦橋の先端部分には、ナデシコの魂を継ぐという意味合いで艦名とは縁も縁もない赤いナデシコの花びらのマークが急遽書き足された。

 他にも艦首波動砲とフェアリーダーの間に、舷側後方部分に白い錨マークの装飾が施されている。
 元々ヤマトに描かれたことがあるデザインではあるが、ユリカはこれを「平和と言う時代が戦争という嵐で流されて行かないようにすると言うシンボル」として、ヤマトの体に刻んだ。
 平和の象徴である白と、船を固定するための錨を掛けた、ユリカの切実な願いだ。



 ユリカはヤマトの艦内に入ると、まずは第一艦橋に上る。エレベーターから降りたユリカの目に飛び込んできたのは、電源こそ落ちているが、かつての面影を色濃く残した、ヤマトの第一艦橋の姿だ。
 レーダー席の後方に新たに副長席が新設された事や、旧レーダー席が電算室との連動を優先した簡易的なパネルになっている以外は、以前のまま。

 艦橋中央部分にある次元羅針盤も健在で、ユリカがイメージの中で見たヤマトの艦橋の姿が、在りし日の面影を残したまま蘇った事に感激が止まらない。

 自分でも驚く程このヤマトに感情移入している自分がいる。その気持ちはある意味では、かつての居場所であるナデシコにいた時とあまり差が無い。



 ――ここが、新しい私の居場所なんだ。



 ユリカは一通り艦橋内部を見渡すと、艦長席に振り向く。かつて飾られていた沖田艦長のレリーフは無い。そもそも、自分以外の人間は沖田艦長が最後までヤマトに残って運命を共にしたことを、知らない。だがそれでいい。必要なのはヤマトの伝説であって沖田艦長の存在ではないのだ。

 ――沖田艦長の教えを、ユリカは朧気ながらも知っていた。

 「最後の最後まで諦めない」という教えを。

 自分は沖田艦長の様には恐らく慣れない。だから、私らしく自分らしく、ヤマトとクルー達を導いていく。

 だから、

 (どうかユリカを導いて下さい、沖田艦長。貴方が指揮したこのヤマトは、私が継ぎます。この宇宙でも、必ずその使命を果たして見せます。どうか、見守っていて下さい)

 艦長席に対して黙祷を捧げると、ユリカは恐る恐る、艦長席に腰を下ろす。
 しっかりとした作りの座り心地の良い椅子だ。目の前に広がる艦橋の姿とコンソールを見て、自然と気持ちが引き締まる。

 これからは、私がヤマトの、そしてクルーの母になるのだ。

 「さあヤマト。旅立ちの時よ。いっちょ派手に奇跡を起こしに行こうか!」

 顔を上げて吠えるユリカの言葉に、電源のまだ入っていない計器盤が応えるように一瞬だけ機能したことを、彼女は知らない。






 今、宇宙戦艦ヤマトは目覚めの時を迎えようとしていた。

 行くのだヤマト、全人類の夢と希望を乗せて。

 ガミラスによる寒冷化現象によって地球の生命が滅びるまで、

 あと、365日。

 あと、365日。



 第二話 完



 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

    第一章 遥かなる星へ

    第三話 号砲一発! ヤマトの目覚め!!



    全ては、愛の為に――







 あとがき(改訂前と同じ。2017/6/14改訂)



 はい、と言うわけで第二話です。

 本当は発進まで行きたかったんですけど無理でした。本作は出来るだけこの程度の分量を1話として収めたいと思っています。結局話の流れからナデシコCは退場です。やっぱりこの極限状況化で増やすのは無理。

 第二話はヤマト本編での展開が無い部分を多く書いているため実質創作パートになります。

 とりあえず今作の主人公は一応ユリカです。厳密には単独ではなくアキトと古代も含まれる予定ですが、現時点ではユリカが完全に話の中心にいるのでほぼ独断場。とりあず古代は泣いて良い。今回殆ど出番あげられなかったしね。まあもっと影が薄いのが雪と島なんだけども(笑)。ナデシコベースな上あっちのほうがキャラ濃いから。

 ちなみに最後のユリカの壇上でのセリフは、私なりの「ヤマトとは一体どんな艦なのか、どうあるべきなのか」とパート1の沖田艦長のセリフと、復活篇での古代を折半したものになります。ある意味これもやりたかったことではありますね。個人的にこれが致命的に欠けてるから2199は好きじゃない。コレジャナイ感がどうしても、ね。魂が入ってないんだよ魂が。

 ついでに本作のユリカの衣装はナデシコの制服改+復活篇の古代のコートと帽子。これもやりたかった物で、「ヤマトナデシコ」でも想定されていた衣装です。ちなみに本編でも軽く触れているヤマトの制服は「ヤマトナデシコ」も本作も復活篇の物です。ただし、男女兼用で旧隊員服は現在の所は登場しません(本編には)。
 あと詳細に書けないんでここで記しておくと、コスモガンのデザインも復活編準拠です。ユリカの物は劇中で真帆が下げているものです。と言うよりも女性陣は真帆のコスモガンで統一し、男性陣は劇中で上条が抜いたのと同じものです。形が分からない? 本編見ろ(横暴)。

 そしてヤマトが満を持して本格登場。ある意味では「ヤマトナデシコ」に改定してから本編に出るまで実に10年という歳月が流れました。出番無さ過ぎですよ。ヤマトの設定は基本的にこの10年で温め続けたもので、ようやっと日の目を見ます。と言っても、基本設定が大きく異なる「ヤマトナデシコ」とは細部にわたって修正を加えているの同一ではないです。特に師匠の「再び」からインスピレーションを得たり設定を使わせてもらっていた物が使えなくなったのである意味では遂行不足な設定でもあります。結構新旧入り混じってますしね仕様上。

 とにかく完結優先という事で、本作は極力展開をオミットしていくつもりなので従来だったら書いていたシーンの大部分を省略しています。とにかく端折ってますし、考案が難しい部分はごっそりと削り落としてます。読みやすさも出来れば優先したいけど文才がなぁ。



 今回はほとんどキャラクター紹介編に近く、専らユリカを中心と置いたかつての仲間達と進との関わりが中心でした。

 また次のお話で会いましょう。








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ゴールドアーム師匠のあとがき

 ゴールドアームです。
 確かに今回は紹介編で、物語があまり動いていないので、これという感想はちょっと書けないかもしれません。

 今の段階では、宇宙戦艦ヤマトという物語と、機動戦艦ナデシコという物語を、ただ混ぜただけのような印象しか受けません。
 といっても、悪いというわけではなく、これからどう混ぜていくのかが腕の見せ所というところでしょうか。
 うまく混ぜてマヨネーズのような美味な物語になるのか、ただの水と油の混合物になるのかは、これからの展開次第。
 見えていない部分もあるので、アドバイスなどもちょっとしにくいです。



 はしょりのペースはこれくらいで良さそうですが、ちょっとまだごちゃついたイメージがするのがやや難点。
 すっと頭に入ってこないんですよね。
 ただこれは意識しすぎると文章家としての味を消しかねないので、具体的な事はなしです。
 上で言った、混ぜ合わせた物語がまだ馴染んでいないせいもあると思いますし。
 キャラが馴染んで立ち位置が確立したときが、評価の時期でしょうか。
 大きな背景は、ヤマトがベースになる雰囲気の中、どんな物語が展開していくのでしょうか。
 先を楽しみに待っています。

 


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