ヤマトがオクトパス原始星団に突入して間も無い頃、ガミラス本星――。

 デスラーは自身の居住空間内にある、専用の浴室で日々の疲れを洗い流していた。
 ガミラス星に向かって真っすぐに突き進んで来る移動性ブラックホール――カスケードブラックホールが観測されたのは3年ほど前の事だった。
 当初はその軌道計算を幾度も行いガミラス本星への直撃コースにあるかどうかを確認したが、何度計算してもガミラス星とイスカンダルを飲み込んでしまうことが明白となる。

 勿論デスラーは速やかに対策を検討し、カスケードブラックホールと名付けた観測史上初となるその存在を徹底的に分析させた。

 その結果、カスケードブラックホールは大マゼラン星雲の中の居住可能惑星――それもガミラス人が移住するに適した星を根こそぎ飲み込むコースを描くという、自然現象としてはあり得ない軌道を描いていることが発覚し、ガミラスが誇る優秀な科学者の不眠の努力の果てに、あのカスケードブラックホールが人工天体――それも何らかの転移装置の類だという事が判明したのである。

 そこでデスラーは、人工物なら壊せるはずだという発想から破壊の検討、そして失敗した時に備え、大マゼラン星雲の外に新天地を求め移住する対策を並行して行う事としたのである。

 とは言え、前者に関してはガミラスが保有する兵器では本体である転移装置を直接狙い撃つ事が出来ない事から、極めて成功率が低いと判断されるまでさして時間が掛からなかった。
 次元の裂け目が生み出す重力圏が邪魔をして、狙いが逸れてしまうのだ。

 そこでデスラーが目を付けたのは、イスカンダルの古い文献にその名を残していた超兵器――タキオン波動収束砲だった。
 その砲の威力であれば、重力圏の影響を振り切って狙撃出来ると踏んだのである。

 デスラーはスターシアに双方の星の危機だと訴え技術提供を願ったが、スターシアは――。

 「侵略戦争を繰り返しているガミラスには渡せません。例えイスカンダルが滅びるとしても、それで理不尽な破壊が防げるのなら本望です」

 と取り合ってはくれなかった。
 だがこれは想定されていた事だ。ガミラスの技術局とて無能ではない。
 答えに行き着いてから2年の歳月をかけて、今まさにガミラス製のタキオン波動収束砲が形になろうとしている。
 現在その砲は新しいデスラーの座乗艦への搭載作業が進められていて、作業進展率はは60%程だ。

 しかし、今のガミラスでは結局波動エンジン2基分の出力をギリギリ撃ち出すのがやっと……どうあがいてもヤマトの6連射には及びもつかない。
 その出力で、あの次元転移装置が生み出す重力圏の影響を突破して破壊出来る保証は――限りなく低い。

 不幸中の幸いだったのは、移民計画も並行して行っていたことでタキオン波動収束砲が間に合わなくても、民族滅亡の可能性がかなり低下した事だろうか。

 数ある候補地からデスラーが移住先として選んだのは、かねてより進出を考えていた天の川銀河にあり、まだまだ豊かな自然を持つ美しき星――地球であった。
 天の川銀河への侵攻を検討した時から目を付けていた星であり、惑星改造無しに速やかに民族を移住させられるというのは、この上なく魅力と言える。

 問題は、交渉によって極力平和的に解決するか、侵略によって手に入れるかの選択だった。
 結局、デスラーは度重なる検討の末……侵略という手段を取る事を選んだ。
 理解出来た限りの地球の情勢――特にここ数年分を鑑みた結果、交渉するに値しないと断定したからである。
 あのような文明相手では、交渉している間にガミラスが消滅してしまうという焦りもあったのは、事実である。

 調査開始から半年も経った頃には冥王星に前線基地の設営が始まり、その過程でボソンジャンプの痕跡も発見した。
 それにより、地球には恐らく古代異星人の残したボソンジャンプに関連する施設がある事が予想され、それの入手も視野に入れられた。
 失われた技術を解析する事で、更なる高みを目指せるかもしれないと欲が出たのだ。

 そうやって順調に作戦は進み、悟られる事なく全ての準備を終えて、内紛に乗じる形で侵攻を開始した。
 さらに地球人が古代異星人の技術――相転移エンジンやグラビティブラストやディストーションフィールド――それにボソンジャンプ。
 それらの優位性を信じて胡坐をかいていたので、赤子の手をひねるより容易い戦いだった。

 グラビティブラストとディストーションフィールドはともかく、相転移エンジンなどガミラスでは何世紀も前に艦艇用としては廃れてしまった旧世代の機関だ。今は精々戦闘機用のエンジンに使っている程度。
 それも発掘したものに少し手を加えた程度では……後れを取るわけが無い。
 相転移砲やハッキング戦法は多少鬱陶しかったが、絶対的な力の差を覆せるものではなかった。

 もう、地球に勝ち目は無い。後は凍えて死滅しつつある地球を制圧して移住の準備を進めれば、それでガミラスの未来は安泰だった。
 スターシア達を置き去りにするのは隣人として心が痛んだが、彼女達が同行を受け入れない事は容易に想像が付いていたので、一国の代表として諦めざるを得なかった。

 そうやって未来を掴んだと思った矢先に現れたのが――あの宇宙戦艦ヤマトだ。

 (記録を見れば見る程に素晴らしい艦だ……石を齧り泥水を啜ってでも祖国を救おうとする姿の――何と勇ましく美しい事よ)

 ガミラスの未来を摘み取らんとするヤマトの存在は疎ましい。それは揺るがない事実だ。
 だが同類と言うべきヤマトを心から憎むことが出来ようはずもない。立場が違えばデスラーがそうしただけだ。
 そう思わせる程に――ヤマトの戦いは気高く美しい。

 大ガミラスの総統としてヤマトに屈することは出来ないが、もし仮にヤマトがデスラーの見込んだ通りの存在だとしたら――スターシアが見込んだ人間が、ガミラスを滅ぼすような真似をするだろうか……。
 いや、ガミラスが最後まで地球を諦めないようであれば、ヤマトはきっとガミラスを滅ぼす事を躊躇しないだろう。そしてスターシアも状況次第ではその事でヤマトを咎めはしないだろう。
 果たしてヤマトに対し、どのように応じれば良いのだろうか。デスラーは時間が経てば経つほどに迷いを生じていた。

 それはヤマトを通して見た地球人類に対しても、果たして自分の選択は正しかったのかという疑念へと発展するくらいに……。

 ガミラスの為にも、デスラー個人としても――ヤマトが欲しい。
 艦だけではない。クルーも含めて全てが欲しいのだ。

 きっと……最高の理解者となれただろう。
 ガミラスが侵略者でなければ。

 「デスラー総統。ドメル将軍がルビー戦線より戻られました」

 「ん……わかった」

 使用人の報告にデスラーは湯船から出る。
 その後は従者の手を借りて何時もの軍服を身に纏い、マントを翻して歩き出した。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 第十四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊!



 ガミラス銀河方面軍司令本部。
 そこへ続く道を、濃いモミアゲと割れ顎に筋骨隆々とした体躯の、如何にも軍人と言った風情の男――ドメル将軍を乗せた車が駆け抜けていく。
 車内から見えるガミラス市街の様子は落ち着いて見える。
 その様子を見ながらドメルは思案に暮れていた。

 (まだ市民に大きな混乱は広がっていないようだな……)

 ガミラス本星から離れた場所で防衛線構築を担うドメルにも、本星の状況は耳に入ってくる。

 (地球から出現したヤマトとかいう戦艦――シュルツの冥王星基地を破ったばかりかデスラー総統の策を2つも打ち破って見せるとは……侮りがたい艦だ)

 最初その報告を聞いた時は、地球がどのようにしてそんな戦艦を建造したのかが気になった。
 ドメルは優秀な軍人だ。我が目で実際に確かめるまではどんな噂も頭ごなしに否定したりはしないし、相手を侮ったりもしない。
 だが、優位に進んでいたはずの地球攻略作戦に単独で待ったをかけた、ヤマトという艦の出自は気になった。

 ドメルもシュルツの事は知っているが、決して無能ではない。むしろ有能だと言っても良い。部下にも優しく慕われる指揮官だった。
 それを正面から――超兵器も使わずに打ち破って見せるとは……。

 ドメルは自分が召喚されたのも当然だと考えた。驕るつもりはないが、自分以外に戦える指揮官は居ないだろう。最近国境付近に現れる正体不明の黒色艦隊は気になるが、ヤマトも無視出来ない。
 思案に暮れるドメルを乗せた車が、銀河方面軍司令本部前に停車する。
 ドメルは車を降りると司令本部内に続く長い階段を上り、デスラー総統の待つ執務室へと進んでいく。



 「デスラー総統。ドメル、ルビー戦線よりただ今帰投いたしました」

 「ご苦労。忙しい所呼び出してすまなかったね」

 敬礼するドメルの労を労い手振りで楽にするように伝えるデスラー。

 「今回君を呼んだのは他でもない、地球の戦艦――ヤマト討伐を任せたいと思ってね」

 「その名前はルビー戦線にまで届いております。大分苦労されていると――」

 ドメルの言葉にデスラーはふっと笑う。

 「そうだ。突然降って湧いた戦艦だが……これが大層強くてね。冥王星前線基地を潰されたばかりか、ガミラスの兵器開発局が誇る最新鋭の宇宙機雷も、ベテルギウスを利用した罠も全て乗り越えられてしまったよ。いやはや、敵ながら天晴れとしか言いようが無くてね」

 妙に清々しい表情のデスラーにドメルは、彼がヤマトと言う艦に並々ならぬ思いを抱いている事を察した。
 だからこそ自身も感じた事を素直に伝える事にする。

 「記録映像は私も拝見いたしました。素晴らしい艦です。性能も然ることながら、乗組員の質も士気も高く、何より祖国の命運を背負って孤軍奮闘する姿には、気高さすら感じさせられました」

 「そうか――やはり君もそう感じたか……」

 「やはり、総統も?」

 ドメルが問うとデスラーは1度頷いてからしばしの間を置いて、ぽつりと話す。

 「素晴らしい艦だ。もし……ガミラスに余裕があった状態で相対したならば、彼らを嘲るだけだっただろう。しかし、滅びゆく母星と民族の為に必死に抗う姿には――共感を覚える。だが、我々が加害者である以上その力の向く先は――ガミラスの為にも引くことは出来ぬのだ」

 目を伏せて心情を吐露するデスラーの姿に、ドメルは軍人として答える。

 「総統。私も同じ考えです。だからこそ、偉大な祖国の為――ガミラスの為、このドメルめがヤマトを打ち破って見せましょう。それが、総統のお望みとあれば」

 「君は察しが良くて助かるよ、ドメル。君には今一度、ヤマトを見極めて貰いたい。今後の為にも……5日後にバラン星にある銀河方面前線基地に向かってくれ。君を銀河方面作戦司令長官に任命する。同時にバラン星基地の司令官も兼任してくれたまえ」

 デスラーは予め用意していた命令書を渡す。
 それを受け取ったドメルはガミラス式の敬礼を送ると、踵を返してデスラーの執務室を出る。

 5日の準備時間はあるが、あまり猶予があるとは言えない。
 現時点でも底が見えていないとは言え、相応のデータは得られているのだ。
 対ヤマト用に幾つかアイデアがある。それを形に出来るかどうか、現状のデータから有用であるかどうかを兵器開発局に提出して検討して貰わなければ。
 それに、ヤマトと戦って死んでいった者達の墓も参りたいし、軍務でなかなか帰れず寂しい思いをさせているであろう家族にも顔を見せなければ。

 やるべき事は山ほどあるのだが、せめて1日くらいは家族でゆっくりと過ごす時間を作らねば――。






 その頃、オクトパス原始星団を突破し、小規模のワープで強引に星団の重力影響圏を離脱したヤマトでは。

 「ワープ成功! 現在位置は銀河系外縁より推定20光年の位置、イスカンダルへの航路誤差は方位右25度3分、上方に11度です。オクトパス原始星団の重力場の影響は受けた模様ですが、想定内の誤差です」

 大介はワープレバーを戻し、ヤマトの現在位置を計器から読み取って航路誤差を口頭報告する。幸いな事にそこまで極端な航路誤差は生じなかったようだ。
 報告を受けてユリカもホッと一息。

 「よしよし。それじゃあワープ後の点検が済んだら、もう1度ワープして少しでも距離を稼ごうか。結構遅れちゃったしね」

 そういうユリカにエリナは心配そうな顔で念を押す。

 「艦長、体は大丈夫? 小ワープとは言え負担が掛かるんだから、最低でも12時間は時間を置かなきゃ駄目よ」

 「わかってるって、エリナ。無茶して倒れたら本末転倒だしね。自愛するよ」

 「艦長。報告が少し遅れましたが、例の新型機が完成しました。最終調整の為に実働テストを行いたいのですが……」

 真田の報告にユリカはきらきらと目を輝かせて「私も格納庫で現物見たぁ〜い!」と強請る。
 ヤマトの貴重な資材を消費してまで造った待望の新型機。
 是非ともこの目で見たい!

 ――失敗作だった時用のキッツイお仕置きも考えてあるのだ!

 「ええ、是非とも見てやってください! 開発許可を出した事が間違いではなかったと実感して戴きたいので!」

 真田もテンション高く応じる。
 その喧騒を見るなりエリナは通信席のパネルを操作、問答無用でアキトを第一艦橋に呼び出した。



 そして格納庫。
 新型機のテストの準備していたアキトは、呼び出しを受けて第一艦橋に召喚され、予想通り、ユリカを乗せた車椅子を押して格納庫にトンボ帰りする事になった。
 最近は杖を使っても歩行が困難になってきたユリカなので、艦内を移動する時は車椅子か誰かに背負って貰う事が増えている。
 結果、元気の元である夫のアキトが移動を補助する機会が必然的に増えているのだ。

 そうしてアキトに連れられて格納庫に来たユリカは、眼前に膝立ちしている待望の新型機の姿に感動する。

 「カッコいい……ダブルエックスよりもスタイリッシュな感じだぁ……」

 ユリカの眼前にある機体はダブルエックスと意匠がかなり似ている白い機体――エックスだ。
 胴体と足首と袖の部分が青、胸周りと顎と隈取、頭頂部のカメラの外周部分が赤、胸部のダクトと頭部のブレードアンテナが光沢の無い金に塗られている。
 全体的にマッシブな印象のダブルエックスに比べると、シンプルでスリムな印象が強い。装甲の持つ曲線美はより滑らかだ。
 襟や肩や腕や足には、外装式のエネルギーコンダクターが装備されていて、エネルギー解放時には青白く発光するらしい。
 背中に装備されたバックパックは薄い四角形で、辺の部分に長方形型のスラスターが装備され四方に噴射出来る。角の部分にはそれぞれ前後方向に回転可能なハードポイントが装備されていて、装備の換装が考慮された造りだ。
 相転移エンジンはダブルエックス以下、Gファルコン以上の中間出力らしい。
 そして引き続き、アルストロメリアやダブルエックス同様、B級以上のジャンパーによる単独ボソンジャンプ機能も装備している。

 「エックスは、サテライトキャノン運用に特化して最適化したダブルエックスと違って、サテライトキャノンを外した装備への換装も可能なように設計されています。これは、地球帰還後に正式採用機として使い易い様にと言う配慮です――我々としても、サテライトキャノンに依存しきってしまうのは、良心が痛みますので」

 「ふむ」、とユリカは頷く。確かにあの火力は――人を悪魔に落としかねない。
 ダブルエックスは基本性能でエックスを凌いでいるし装備の換装もある程度可能だが、本質的にはやはりサテライトキャノン運用特化、エックスの柔軟性には及ばない。

 「現状エックスにはサテライト仕様とディバイダー仕様の2種の換装形態が用意されています。戦略的打撃を求めて運用するか、機動兵器として特化した運用か、状況に応じて選択可能です」

 真田が説明するには、サテライトキャノン装備は全体的にダブルエックスの下位互換機で、Gファルコンとの合体も含めて同じ感覚で運用出来るらしい。

 サテライトキャノンは砲身1門と4枚2対のリフレクターユニットで構成されている。
 砲身とリフレクターユニットは回転軸で接続されていて、非使用時は畳まれたリフレクターがL字型に見えるようにマウントされていて、斜めに背負われた砲身がまるで長刀を背負った様。
 砲身尾部には大型ビームソードがマウントされ、バックパック右下のハードポイントにはシールドバスターライフルがマウントされる。
 この装備は展開式小型シールドと一体になったバスターライフルで、双方の機能を同時に使えない欠点があるのだが、装備点数を減らす目的で採用された。
 どちらの装備もダブルエックスのそれには及ばないが、従来機とは比較にならない威力がある。
 オプションで左上のハードポイントに4砲身のショルダーバルカンが装備出来、空いている左下のハードポイントにさらなる追加装備も可能だ。
 さらに、リフレクターユニットはタキオンフィールドの形成によって推力補助が可能で、空中・空間飛行能力も高い。
 この状態ではX字に展開したリフレクターの姿が機体名を連想させる粋なデザインになっていて、下を向いた砲身もスタビライザー代わりに動かす事が出来る。

 Gファルコンの合体形態もダブルエックスに準じているが、バックパックの形状の違いから、Gファルコン単体ではAパーツを接続するのに使うドッキングロックをバックパック中央に差し込む形で接続し、大型マニピュレーターを腰に接続して支持する。
 収納形態でも同じドッキングロックを回転させて使用する。
 勿論サテライトキャノンの砲身は前に向けられ、リフレクターは後ろに寝かされた状態だ。
 ダブルエックスに比べると左右の重量バランスが多少悪いのが難点である

 最大の武器であるサテライトキャノンを使用する時は、マウントアームで持ち上げてからリフレクターを後ろ向きに展開した後、根元で回転させてパネル面を正面に向ける。
 非合体時は砲身を右肩に担ぐ形で正面に構え、リフレクターの中心も右肩後方にあるのだが、合体中はGファルコンが邪魔になる為中心が頭の後ろ移動する。ので、砲身は正面ではなく右前方に向けるしかないので、単独時に比べると少し照準に融通が利かないのが難点だ。

 逆にディバイダー装備はバックパックのハードポイント上2つを使用して、大型ビームソードラック兼可変スラスターユニットを装備した、ディバイダーのマウントパーツを兼ねるカバーを被せ、下2つにエステバリス用強化パーツと同型のエネルギーパックを装備する。
 このシルエットも、Xを象っている。
 Gファルコンとの合体が不可能であることからエンジン1基での稼働になるが、エネルギーパックからのアシストでGファルコン形態と同等のパワーを得る事が出来る。
 全力戦闘でギリギリ1時間程度しか持たない持久力の不足が弱点となるが、装備がビームマシンガンとディバイダーなのでGファルコン装備よりも遥かに小回りが利く。防空用の戦闘機としてはむしろこちらの方が強いと言って良いだろう。
 逆に、サテライトキャノンを抜きにしても長距離侵攻だったり長期戦が想定される場面では、Gファルコンと合体出来るサテライト仕様が向いているといった違いがある。

 コックピットレイアウトはダブルエックスと全く同じで、サテライト装備への換装を残す場合はコントロールユニットによる保安システムも健在だ。
 逆に、サテライト仕様を無視してディバイダーオンリーか換装機能を活かし汎用機として扱うのなら、右の操縦桿は左と同じ仕様に改める事が出来る。

 テストパイロットに選出されたのはコスモタイガー隊隊長のスバル・リョーコで、オクトパス原始星団で停泊中、地道にダブルエックスを使って訓練してきた成果の見せ所だった。

 テストはまず最初にディバイダー装備で実施され、リフレクトビットを仮想標的にビームマシンガンにハモニカ砲、大型ビームソードの運用テストも実施される。
 いずれも十分な性能がある事がわかり、ダブルエックスとエステバリスでは不可能な、ハモニカ砲展開中のディバイダーをバックパックに接続する高機動モードが実装され、専用に調整したと言うに相応しい性能だった。

 その後サテライト装備に換装して再出撃し、Gファルコンとの合体も合わせたテスト結果も良好で、まさにダブルエックスの量産型と言うに相応しい出来栄えである。

 「将来的な量産に備えた本格仕様ですね。ヤマト艦内で量産出来ないのが残念」

 「資源さえ潤沢にあれば出来るのですが……それに、開発短縮の為に共用可能なダブルエックスの予備パーツも使ってしまったので、そちらの面でも不安は残ります」

 流石に予備パーツ全部を使ったわけではないが、あまり損耗が見られなかった(異常に頑丈な)フレーム部分はかなり流用してしまって、在庫が少し心許ない。
 装甲は太腿や脛、上腕といった一部のみ共用で後は新規設計という事もあって、そちらも少々在庫に不安がある。

 尤も、ダブルエックス自体敵戦闘機との戦闘では殆ど装甲が痛まないので、余程の大規模戦闘でなければ大丈夫だと思いたいが――何があるかわからないのが戦いの怖い所だ。

 「どこかで補給出来ると有難いんだけど……後で大介君に航路上に何か惑星が無いか、調べて貰おうかな」

 言ってからユリカは、イスカンダルから送られてきた宇宙地図の要注意点について思い出した。
 銀河系と大マゼランの間には、かつて両者が接近した名残であるマゼラニックストリームと呼ばれる水素気流の流れがあって、その高速で流れるガスの中には次元断層と呼ばれる異次元空洞に通ずる境界面が存在しているらしい。

 ただ次元断層に落ち込むことも危険だが、より致命的なのは次元が異なる事で相転移エンジンや波動エンジンの動作が逆転して、エネルギーを生成するのではなく放出してしまうこともあり得るという事だ。
 それ以外にもエネルギーの吸収性を持つ場所もあると聞かされている。

 それを警戒して、イスカンダルの協力で改修された相転移エンジンと波動エンジンには、エネルギー流出を防ぐための安全措置が施されている。空間の違いで効率が極めて悪化するが、活動不能には陥らずに済むように対策はされている。

 また、脱出の為の手段についても触れられていて、次元の境界面を探し出して波動砲を撃ちこみ空間を強引に抉じ開けて通常航行で脱出するか、波動砲で空間を乱して強引に通常次元に接続するワープを敢行する必要があるらしい。
 どちらも事実上の連装エンジン化して波動砲発射後の活動が容易になった、新生ヤマトだから通用する手段だ。
 ヤマトの背伸びした改装の目的は別にあるが、思わぬ副産物を得られたものだと当時は軽く思っていたが……。

 (イスカンダルへの最短コース上にも重なってる部分があるし、断層の位置情報はイスカンダルからじゃ探査も出来なかったから、注意しないといけないか……)

 ヤマトの艦首バルバスバウ部分には亜空間ソナーと呼ばれる探査システムがあり、これ自体は旧ヤマトにも次元潜航艇とかいう艦艇に対抗するために急造された物のデータが残されていたが、イスカンダル製のそれは次元断層の存在を探査して危機回避する役割も付加されている。
 とは言え、技術不足とデータの乏しい地球製では探査範囲が精々3天文単位程度、アクティブとパッシブが併用されているとはいえ、どちらもその方式故の欠点がある事から万全と言うには心許ない。

 (スターシアが言うには、万が一落ち込んだ時の出口の探査にも使えるって言ってたけど。ワープ中に落ち込んだ場合、空間歪曲の波長次第で境界面から離れた場所に出現する事もあるって聞いたし、そうなると動き回って次元の境界面を見つけないといけないから、空間が広い程に脱出の可能性が……落ちないに越した事は無いよね、やっぱり……)

 「よし! テスト結果は良好。これなら十分戦力になるでしょう」

 真田の声に思考を中断してユリカは改めて帰還したエックスの姿を見上げる。
 しかしダブルエックスもだが、見れば見る程に似ている。

 「そういや、こいつらってXシリーズとかで良いのか、名前? こう、全部ひっくるめた名前が無いとちょっと不便じゃねぇか?」

 機体から降りたリョーコの一言がきっかけで、ユリカは今まで口にした事の無かった名前を口にした。

 「……私は、ガンダムが良いな」

 ユリカはそれがイスカンダルがかつて開発した最強の機動兵器の雛型――相転移エンジン搭載でボソンジャンプシステムとフラッシュシステムを搭載した、人型機動兵器が存在した事を伝えた。

 「へえ。今まではフラッシュシステムを積んでなかったから名乗れなかったが、今のこいつらなら名乗れるな。力強い名前でこいつらにピッタリだ」

 ウリバタケの意見もあって、以降エックスとダブルエックスはガンダムを名乗るようになった。

 ガンダムエックスとガンダムダブルエックス。それが、彼らの新しい名前であった。

 そして、「エックスだけでは言い難い」と言われたガンダムエックスは、頭文字を繋げて「GX」と言う愛称を与えられ、正式にパイロットに選別されたリョーコの愛機となる。

 (イスカンダルから提供されたデータ通りってわけじゃないけど、この子達は機能だけじゃなく意匠もスターシアが教えてくれたガンダムに酷似してる。そりゃあ、データを仲介したのは私だけど意図したものじゃなかった。機能を追求していくと、この形が理想的になるのかな?)

 だとしたら妙な偶然もあるものだと、ユリカは思った。



 その後ヤマトは遅れを取り戻すべく慎重に検討を重ねた結果、ワープの最長記録に挑戦する事になった。
 今度は約2100光年のワープにチャレンジしてみる。先のワープでわかった事だが、やはり銀河間にも銀河同士の重力場の影響がある事がはっきりした。
 伴銀河や銀河団などの天体があるのだからもしかしたら――とは思っていたが。これでは銀河を飛び出してもワープ距離を飛躍的に伸ばすというのは、難しそうだ。
 しかし、遅れを取り戻すためにもワープ距離の延伸は必要だ。

 ユリカへの負担は気がかりだが、本人も乗り気だし1日でも早くイスカンダルに到着する方が彼女の為になるだろうと、航海班もやる気に満ち溢れている。

 オクトパス原始星団で遅れた1ヵ月、余命の限られている彼女にとって気が気でない遅れだったろうに。あんな遅れを招いた償いの為にも、工作班と機関班の協力も得て、何としても長距離ワープを成功させて遅れを取り戻して見せる!

 そんな気概と共に実行されたワープがまさかあんな事態を引き起こしてしまうとは……。
 誰が悪かった、と言う訳では無かったのに――。



 長距離ワープを終えたヤマトを間髪入れずに衝撃が襲った。ワープ直後にこのような振動が起こった事は今まで無い。
 つまり、異常事態が起こったという事だ。

 「何があったの!?」

 問い質すユリカに、探査システムを全開にしたルリとハリが共同で事態を探る。

 「ん? おかしいぞ……星が、全く見えない!?」

 戦闘指揮席から身を乗り出して窓の外を確認する進。銀河を飛び出したとはいえ、他の銀河や銀河間に漂う星の光が全く見えないという事はあり得ないはず。
 なのに、進の視界に星の光は1つも入ってこない。
 そして、視界を遮る星間雲の類も全く見えないのだ。

 「島、ワープシステムのログは?」

 進が問い質すと、操舵席でログを確認していた大介が首を振る。

 「ワープシステムは正常だ。安全装置が稼働した形跡もない――まさか……艦長、ヤマトは次元の境界面付近にワープアウトして、次元断層に落ち込んでしまったのでは?」

 大介の言葉を受けるまでも無く、ユリカはその可能性に行き着いていた。懸念していた事が、現実になってしまった。つまり、フラグを立ててしまったのだ。

 「艦長、波動相転移エンジンの反応効率が急激に悪化しています。幸い停止には至りませんが、大量にエネルギーを消費するとエンジンが停止してしまう危険性があります」

 エンジンの様子を見ていたラピスの報告にユリカだけでなくジュンの顔も曇る。

 「ここが次元断層だとしたら、僕達の技術だと脱出に波動砲が必要になる……撃てそうかい?」

 「発射は可能です。ただ、この空間内でエンジンが停止してしまうと再始動出来ない恐れがあります。現在エンジンのエネルギー生成量は平常時の20%にまで落ち込んでいます。蓄積したエネルギーでヤマトの機能を保つことは出来ますが……万が一にも戦闘になったら供給が追い付くかどうか」

 あまり口にしたくないと顔に出す。この空洞内に居るのがヤマトだけと言う保証はない。もしかしたら、事故で落ちたガミラスの艦隊が居ないとも限らないのだ。
 とは言え、落ち込んだ場所を捜索すれば次元の境界面はすぐに見つかると思うのだが――。

 「とにかく慎重に行動しましょう。万が一を想定して艦内の電源を極力カット。少しでも予備電力を蓄えて下さい。脱出の為には波動砲とワープ、それぞれ1回分のエネルギーが不可欠です。ラピスちゃんはエンジンが停止しないように機関班を総動員して。ルリちゃんとハーリー君はイネスさんの協力も仰いで、この空間を全力で解析して――」

 そこまで指示したところでユリカは気づいた。何時も――イスカンダル製の薬で可能な限り抑え込んだ状態でも頭の片隅に引っかかるようなあの感覚が、消え失せている。

 「……私、演算ユニットとのリンクが切れている……」

 「という事は、この空間は演算ユニットが観測出来ない――ボソンジャンプ出来ない空間って事?」

 エリナが尋ねると、ユリカはゆっくりと頷いた。

 「そうだと思う。これ、私にとってもヤバいかも……演算ユニットとのリンクが切れちゃったら、リンクを確立しようとしてナノマシンが活性化しちゃうかもしれない――エリナ、イネスさんにすぐに連絡とって。ジュン君は私の代わりに艦の指揮をお願い。私、しばらく医務室で様子を見て貰って来るから」

 ジュンはすぐに「わかった、任せて」と頷き、エリナも医務室のイネスに連絡を取った後、艦橋後ろに常駐するようになった車椅子を広げて、ユリカを運ぶ準備を整える。

 「じゃあ、後は任せたよ」

 そう言い残し、ユリカはエリナに運ばれて医務室に向かった。

 「……何事も無ければいいのだけれど」

 ユリカの事となると、ルリは人一倍敏感に反応する。
 ルリにとって、“母”と呼べる存在であるだけに心配が尽きない。
 早く何とかしなければ。貴重な時間を浪費すれば、その分ユリカの未来が危うい。

 「ハーリー君、ECIに行きます。この空間の解析作業を第二艦橋で手伝って下さい」

 ルリはオペレーターとして最も信頼しているハリにそう頼むと、座席のスイッチを押して第三艦橋へ移動する。
 すぐにでも電算室をフル稼働させて、この空間の情報を集めて脱出の手段を探さなければ!

 ルリが気合を入れて探査システムを稼働した瞬間、レーダーに何かが反応した。

 ガミラス艦だ!

 「この状況で戦闘はリスクが高過ぎます。副長、逃げましょう」

 ガミラス艦発見の報を受けるや否や即断した進はそう進言する。
 ジュンもその意見を受け入れてすぐにガミラス艦から距離を取る進路を指示して、一目散に逃げだした。
 本当は現在位置を示すためのマーカーの類を置いておいた方が探査に役立つのだが、そんな余裕も無く逃げに徹する。

 (あの熱血直情型だった古代君が、こんな冷静な判断をするようになるなんて――案外、ユリカには子育ての才能があるのかもな)

 2ヵ月という短時間でここまで成長した進の姿に、ジュンは目頭が少し熱くなった。






 「何? ヤマトを第六区異次元演習場で発見しただと?」

 部下の報告にドメルは驚きの声を上げた。



 デスラーに任命され銀河方面作戦司令長官の地位に就いたドメルは、すぐにバラン星基地に赴任した。
 自身の乗艦でもある最新鋭戦艦――ドメラーズ三世と手塩にかけて育てた部下達の艦と試作の無人艦を含めた数十隻の艦隊を引き連れて。

 入室した司令室の中、眼前の口髭を生やした男――この基地の先任司令官だったゲールは、事前に送られていたデスラーの命令に大層不満気だった。
 突然の命令だったので無理は無いだろうが、余程未練があるようだ。
 視界の片隅に映る司令室の調度品も、正直「下品」の一言で済ませるしかないものでドメルとしては反吐が出そうであったが、嫌悪感も何もかもを飲み込んで極力事務的に、かつ横柄にならないように心掛けて接する事に務める。

 「よろしく頼むぞ、ゲール。早速だが、2日後に艦隊の半分を引き連れて今後の移民船団護衛訓練の為、第六区異次元演習場で演習を行う。君は別の艦隊を率いて、あのヤマトに対して作戦行動を実施して貰いたい」

 今は協調を乱してはならない。感性が合わぬ人間であろうとも問題無く付き合い、足元を掬われるような事態を極力避けなければ、ヤマトには通用しない。
 あの艦は、正真正銘祖国の命運を背負った1隻でありながら地球艦隊そのものだ。不確定要素を1つでも多く潰さなければ、その僅かな隙を突かれて痛い目を見る事間違いなし。

 幸いなのは、ゲールと言う男は重要拠点であるバラン星の基地を任されているだけあり、総統への忠誠心に厚く、少々詰めが甘い事を除けば軍人としても優秀な部類に入る事だろう。
 資料を読んだ限り戦略の方針がドメルと合致するとは言い難いようだが、副官として置いておけば役に立ちそうな予感はする。

 一方でゲールも、突如として湧いた自分の後釜に対して敵意を抱いていた。
 とは言えガミラス軍人としてデスラー総統の意向に逆らうわけにはいかない。不満を押し殺して新たな上官となったドメルに渋々ながら従う。
 最初にドメルから依頼されたのは、彼の考案した罠を張りヤマトを待ちかまえる事だった。
 最初は意図が読めなかったが、資料と口頭説明でその意図を聞かされれば唸るしかない。
 上手くいけば、軍内部でも噂になっているあのヤマトを屠る事が出来るし、失敗してもこのバラン星から目を逸らす事が出来るのなら、ガミラスにとって損は無い。

 「ヤマトはタキオン波動収束砲を装備しているだけでなく、純粋な戦闘艦としての能力もクルーの質も極めて高い。正面から戦いを挑めば、物量で圧倒しても甚大な被害を出しかねん。だからこそ、ヤマトの意表を突く事が大事になる」

 ドメルが仕掛けた罠は、常識ではなかなか考えられない事だった。まさか自然現象すら利用するとは、中々お目に掛かれない作戦だ。
 その後のおまけも、目的を達すれば良いとするなら、悪くない。

 「お任せ下さいドメル司令。このゲールめが、司令の作戦を一切の遅滞なく実施し、必ずやヤマトを討ち取ってご覧にいれましょう!」

 上手くすればあの強敵を直接討ち取れる誉れも得られる。それに与れなくても、国家の危機を救う作戦に従事する事に不満はない。全ては偉大なるガミラスの為、デスラー総統の為だ。
 ドメルが極力紳士的に接している事もあって敵意を抑え込み、忠実な副官として振舞うことを決める。

 ドメルは「頼んだぞ、ゲール」と彼を鼓舞しながら、何とか協調姿勢を維持出来そうだと心の中で嘆息するのであった。



 そして現在、宣言通りドメルは艦隊を率いて異次元空洞内で大演習を行うべく、今まさに空洞内に侵入したばかりだった。
 同じ空洞内にヤマトがいるとなれば、悠長に演習をしているわけにはいかないだろう。

 (空洞内では、波動エンジンの効率は大幅に低下する。対策無しではまともに機能すらしない――ヤマトはイスカンダルからの技術支援を受けていると聞く。恐らく対策しているだろうが、初めてでは身動きもままなるまい)

 実際ガミラスも初めての時はそうだったのだ、如何に強敵ヤマトとは言え、初めてでいきなり完全対応は出来っこない。

 (ヤマトが次元断層に入ったとしたら、恐らくワープの事故だろう。運の無い事だ。さて、恐らく地球人にとって初めてとなる異次元での戦闘――これは、またとない好機やもしれないな……)

 ドメルは頭の中で様々な策を練る。これは、どう転んでもガミラスにとっては益があるかもしれない。






 電算室に降りたルリは、部下のオペレーター達と第二艦橋のハリを中心とした航海班の面々と協力して、この次元断層内の探査に勤しんでいたが……。

 「――駄目……次元の境界面を発見出来ない。それどころか空間の端すら見えてこないなんて」

 ルリはあの手この手でこの空間内をスキャンしようとセンサーの感度やレーダーの波長等も変えているのだが、一向に成果が上がらない。
 頼みの亜空間ソナーをアクティブモードで起動しても、範囲内に無いのだろう、次元の境界面を発見する事が出来ない……。
 ヤマトがこの空洞に落ち込んだ地点からもそんなに離れていないはずなのに――。やはり、ワープ中の事故で落ち込んだからか、元の次元に近しい境界面とは離れた場所に出現してしまったのかもしれない。

 「思ったよりも広いのかもしれないですね。それに天体のような物体も発見出来ませんし、もしかすると――ここは次元が違うせいで物質の構成が僕達の次元とは根本的に違うのかもしれません。それで、ヤマトの探知システムには反応しないのかもしれません」

 ハリの意見には解析作業に参加した全員が頷く。
 ここまで入念に探査しても結果が変わらないという事は、ヤマトのセンサーシステムでこの空間内の物体を補足する事は不可能であると結論付けしなければならないだろう。

 「……少し休憩しましょう。ぶっ続けで4時間になりますし、一息入れたら何か閃くかもしれません」

 ルリの進言に全員が頷き、40分間休憩を取る事になった。
 解析作業に参加したクルーは、背筋を伸ばしたり腕を回したり、それぞれの部署を出て食堂にお茶を飲みに行ったりと、思い思いの手段で頭を休めようとする。

 ルリは最初食堂で何か甘いものでも飲もうかと思ったのだが、それより先にユリカの様子を見たいとハリに断って1人医務室に向かう。
 特に何も聞こえてこないのだから何もなかったのだろうが、心配は心配だ。顔を見て安心したい。
 そう考えて医務室に顔を出してみると、部屋唯一のベッドの上でユリカが眠りこけていた。腕に点滴針が刺さっているが、ラベルから察するに栄養剤の類だろう。
 その事に少しだけホッとする。どうやら大事には至っていない様子。安心した。

 「あらルリちゃん。艦長の事が心配だったのかしら?」

 「まあ、そんなところです」

 ルリの姿に気付いたイネスが話しかけると、ルリは気恥ずかしそうに頷く。

 「なら安心して。今の所は問題無いわ。ただ、あまり長い事この空間に留まるとどうなるかわからないから、出来るだけ早く脱出したい所ね」

 イネスの言葉にルリの顔が強張る。
 そうだ、この人になら相談しても全く問題無い。むしろ頼るべき人物だ。

 「その、解析作業に行き詰ってしまっていて……」

 ルリは思い切って調査結果をイネスに打ち明けて、ついでに愚痴も聞いて貰う事にした。
 造られて与えられた力とは言え、ルリにとって他の追従を許さないオペレート能力はプライドの一種と言っても過言ではない。
 指揮官として無能だとは思わないが、作戦の立案と指揮はともかく、改めて見せつけられたユリカの人徳と言うか統率力にはまだまだ及ばない。

 それに――不本意な形で巻き込まれてもいるが、アイドルとして乗組員を鼓舞して士気を維持しようと奮戦するユリカの真似だけは、絶対に出来ない。
 恥ずかしいとか以前に、最近ではかなり解消されたと思っているがやはり人付き合いは根本的に苦手だ。
 あのカイパーベルトやオクトパス原始星団での停滞の時、ルリも自分なりに部下や周りのクルーを鼓舞して盛り上げようと頑張ってみたのだが、どうにも良い言葉が出てこなくて当たり障りのない言葉ばかり口を吐いた。
 正直イマイチ効果を実感出来なかったが、ユリカの体当たり的な手段はいずれも一時的とはいえクルーの焦りを和らげ、士気を取り戻していた。

 それだけに、ユリカが倒れた時は士気の低下が著しかった。ワープ直後のダウンでは影響は少なかったはずなのに、何時の間にか彼女はヤマトの精神的支柱として欠かせなくなっている。
 彼女がちょっと元気な姿を見せてやるだけで、アキトとクルーの前でイチャイチャするだけで、クルーは安心して職務に打ち込んでいた。

 自分ではきっと、ああはいかないだろう。
 自分の容姿を理由に周りが騒いでいる事も、人気を得ている事も把握しているが――それだけではヤマトの士気を保てない事はすでに立証されたも同然だ。

 だがガミラスとの戦争が始まって以降、オペレーターとしても技術者としても以前では考えられなかった辛酸を舐める機会が多い。
 それがルリのプライドを傷つけ、ユリカの容態の悪化と合わせて焦燥として積み重なっていった。
 幸いヤマトという頼れる艦に出会えた事で希望を繋いだが、ヤマトの再建にルリは何1つ関与していない。
 出航してからはヤマトのチーフオペレーターとして恥じない働きをしてきたとは思うが……やはりこういう形で自分の力の限界を突き付けられると気持ちが落ち着かないのだ。

 ルリは、何としてもユリカの命が尽きる前にイスカンダルに彼女を運ばなければならない。そのために全力を尽くしているのに、それが通用しないという現状は酷く堪える。

 そんな事までついついイネスに話してしまった。ユリカが爆睡していてよかった。
 ある意味彼女には聞かせられない。
 要らぬ心配をかけてしまいそうだ。

 「――気持ちはわかるわ。私も医療従事者として、そして科学者として、彼女を救いたい気持ちはあるもの。でも、私の力だけでは彼女は救えない。イスカンダルに縋りたいのは――私も同じよ」

 イネスは“全てを知っている”。
 この航海の果てに何が待つのかも、ユリカが助かる可能性がどの程度あるのかもおおよそ把握している。

 “全てユリカから聞かされたことだ”。

 エリナも地球に残ったアカツキも、アカツキから聞かされたアキトも知っている。
 今なお隠されているこの情報故に、ユリカは当初ルリ達“家族”の乗艦を拒否していたのだ。

 それら全ての事情を知るが故に、イネスはルリとは違った意味でイスカンダルの技術力に縋りたい思いだった。
 しかし、あまりそれを口にするわけにはいかない。
 うっかり秘密を喋ってしまうかもしれないし、カウンセラーも兼ねている自分が気落ちした姿を見せるわけにもいかない。
 だからここは、目先の問題に対して自分なりの意見を述べて誤魔化してしまおう。

 「ルリちゃんは今までこの空間そのものの解析に拘ってたみたいだけど、ヤマトみたいにこの空間に落ち込んだ通常空間の物体は探してみたの?」

 イネスの言葉にルリは静かに首を振った。

 「いえ、この空間の解析が先だと思って――今のセンサー感度だと、宇宙船サイズの物体は反応しないから発見も……」

 ルリは、いや航海班の面々も含めて次元の境界面やあるかもしれない天体を探すことに夢中になって、自分達の様に断層内に落ち込んだ物体の捜索を疎かにしていた事に気付かされた。

 「じゃあそれをやってみたら良いんじゃないかしら。もしかしたら通常空間の物体が存在する空間に次元の境界面があるかもしれないし、何かこの空間について知るヒントを得られるんじゃないかしら。取っ掛かりがあるだけだけでも幾分違うものよ」

 柔和に微笑みながら諭すイネスにルリは礼もそこそこに医務室から飛び出していく。
 すぐにでもイネスのアドバイスをもとに探査し直す準備を――と思ったが自分が先走っては部下が休めない。
 しかたなく逸る気持ちを抑えて食堂に向かい、先に行っているハリや部下のオペレーター達とお茶を兼ねて話をしてみようと思う。

 そんなルリの姿を見送ってイネスはひっそりと笑う。

 「やれやれ、あの子も結構溜まってるわね――その原因として、何か言いたい事でもあるかしら?」

 イネスはそう眠ったままのユリカに振ってみる。当然反応は無い。
 それはそうだ。ユリカを休ませるために投薬してまで眠らせたのは、他ならぬイネスなのだから。

 「ま、眠ってなかったらあんな話はさせなかったけど。我ながら良い判断だったみたい」

 席から立ち上がってベッドの上で眠るユリカの顔を覗き込む。
 今は穏やかな寝顔を浮かべているが、果たしてこの空間を脱出した後無事でいられるかどうか保障はない。

 「――イスカンダルまでは必ず持たせてみせるから、信用して頂戴ね」

 自分に言い聞かせるように宣言する。
 彼女が助かるには何が何でもイスカンダルに辿り着かねばならないのだ。
 単にイスカンダルに連れて行くだけなら冷凍睡眠という手段もあるが、諸々の事情からそれは出来なかった。
 そんな事をしてしまえば、ユリカはまず助からない。浸食自体は抑えられても、その後の回復手段を取ることが難しくなってしまう。

 それに……ヤマトには彼女が必要だった。ヤマトを理解し、勝手のわからぬクルーにその道を示すためにも。
 だから彼女は艦長として乗り込んだのだ。導くために。

 正直想定以上だ。ユリカが士気を高めるべく奮闘しているのは知っているし、そうでもしないと過酷極まるこの航海でクルーの士気をここまで保てなかっただろう。
 しかし、そろそろ限界が近い。
 正直今からでも冷凍睡眠という手段を考えるべきなのかもしれないが、今彼女を失えばヤマトは――。

 「後は後継者――古代君次第になってくるのね……」

 果たして、あの若者が耐えられるのだろうか。
 このプレッシャーに。



 休憩を終えたルリ達は、イネスの助言を受けてすぐにヤマトと同じくこの空間に引き込まれたであろう通常空間の物体を捜索した。

 結果はすぐに出た。ヤマトを中心に3方向にそれらしい反応が見られた。
 ヤマトの現在の進行方向から見て1時と5時と7時の方角。
 その結果と合わせると、この空間内部は太陽系がすっぽりと収まってしまうほど広大である事が判明し、所謂“端”が未だに見えていない事からそれ以上の広さが想定される。
 検討を重ねた結果、ヤマトの現在地から最も近い7時方向の反応地点に向かう事が決定され、ヤマトは通常航行で目標座標に向けて発進した。
 ワープも使えないため到達までは最大戦速でも23時間は掛かる。
 他の地点はそれぞれ30時間に48時間。もしも何も得られず梯子する事になったら、どれほどの時間をロスするかわからない。
 だが、ヤマトはそれに賭けるしかない。3つの反応地点に一縷の望みを託して、ヤマトは次元断層を進み続けた。

 そして――

 「目標座標に到達。前方に多数の障害物を検知、反応からすると――これは宇宙船の残骸だと思われます」

 航法補佐席のハリが計器の反応を確認しながら報告すると、真田がピクリと瞼を動かす。

 「艦長、調査と並行してこの残骸の回収許可を頂けないでしょうか? 宇宙船の残骸ともなれば、ヤマトにとって有用な資源足りえます」

 「許可します。ヤマトの倉庫事情も厳しいですし、この機会に詰めるだけ詰みましょう」

 ユリカは即決した。この次元断層からの脱出が急務ではあるが、貴重な補給の機会を見す見す棒に振ることは出来ない。ヤマトの航海はここを出てからが本番なのだ。
 それに上手くいけば、回収した残骸からこの空間に関する情報を得られる可能性もある。

 「? 艦長、10時の方向に微弱ですが動力反応があります」

 ルリの報告に全員が緊張を湛えた表情になる。もしかしたら、まだ生きているガミラス艦かもしれない。

 「――慎重に接近して。今は、危険を冒してでも情報を得る事を優先しましょう。残骸の回収作業は効率を重視して反重力感応基を使って下さい」

 「艦長、解析データによると、スーパーチャージャーを装備した小型相転移エンジンはヤマトからエネルギー供給する事で辛うじて始動可能ですが、エネルギー生成効率が悪過ぎて重力波ビームを含めても……エステバリスは満足に戦える程のエネルギーを得られません。恐らく、ガンダムも――しかし、少々問題もありますが、機動兵器の活用法についてアイデアがあります。」

 真田の進言を受けてユリカとジュン、それに進とゴートもそのアイデアを採用した。
 確かに少々リスクのある活用法だが、満足に運用出来ない機動兵器を少しでも活かすには、それ以外に方法が無いだろう。

 改めて様々な制約を課せられた状態である事を突き付けられはしたが、ヤマトは挫ける事なく調査活動を開始した。
 反重力感応基を射出して周辺の残骸に打ち込み、艦体に装着する様に引き寄せる。引き寄せた残骸はすぐに搬入口から回収して収納しやすい様に加工し、次々と倉庫に叩き込まれていく。
 ついでに回収した反重力感応基も、次の射出に使えるようにとロケットブースターに再接続されて発射管に再装填される。

 おまけでこの空洞内ではまともに運用出来ないであろう信濃は、1度ハッチを解放して外部に出した後上下反転させて再格納して固定する。
 こうすれば、本当に切羽詰まった時は発進口を解放する事で波動エネルギー弾道弾を遠隔操作で発射出来る。
 本来の強みであるヤマトと連携した多方向からの攻撃が出来ないのが難点だが、死蔵してしまうよりはマシだろう。

 反重力感応基で残骸を回収しながら動力反応を微速前進で追い続けたヤマトは、中央が円形で前後に足のような構造物が伸びた、ボロボロの宇宙船を発見した。

 「あれか……」

 異様な風体の宇宙船にジュンがゴクリと唾を飲む。

 本当に如何にもな幽霊船だ。動力反応はあの船から確認されている。

 「外部からだけでは良くわからんな……艦長、危険を伴いますが調査隊を編成して内部から調べる必要があると思います」

 真田の進言に難しい顔で悩んだ後、ユリカは頷く。危険を恐れるばかりではこの状況を打開出来ない。

 すぐに幽霊船(仮称)調査の為、古代進・森雪・ウリバタケ・セイヤ・ゴート・ホーリー・月臣元一朗・高杉サブロウタの6名が選抜され、艦首両舷の格納庫に収納された、Gファルコンを改修して輸送機能に特化させた多目的輸送機「Gキャリアー」と命名された機体に乗り込み、幽霊船に向かう。

 この機体はGファルコンのAパーツとBパーツのウイングパーツのみを流用し、下部のスラスターとミサイルポッドを構成するコンテナパーツを廃し、多種多様なコンテナを換装して人員輸送から哨戒機、果ては救命艇までも兼任可能な機体だ。
 拡散グラビティブラストも撤去され、ティルトウイングタイプのスラスターに換装されている。
 相転移エンジン搭載で色々と出力に余裕があり、ユニット構造故にユニット交換で色々な用途に対応可能なGファルコンの設計上の強みを最大限に生かした形だ。
 Gファルコンのカーゴスペースにユニットを装着する方が手軽だが、特化した機体があった方が融通が利くと判断され、出航直前に急ごしらえで搭載された機体である。
 全長はコンテナ装着時に17mと、ほぼ倍化している。

 相転移エンジンの不調も何のその。急遽用意された燃料式スラスターをティルトウイングに強引に取り付けて、通常時よりも低速だが、異次元空洞内を順調に飛行する。

 Gキャリアーは幽霊船の周囲を旋回しながら侵入口を探し出し、ゆっくりと接舷。固定用のワイヤーを胴体部分から撃ち込んで漂流しないように機体を固定する。
 減圧室に移動した進達は、減圧完了後ハッチを解放して機外に出る。
 そのまま発見したエアロック接近、技術担当のウリバタケと雪が協力して周囲を探りコンソールパネルを発見。辛うじて電源が生きているらしく、雪が手早く解析して開放する事に成功した。

 「流石だな、雪」

 「もっと頼ってくれても良いのよ、古代君」

 船内に侵入した6人は、すぐに調査準備を始める。とは言え、解析はウリバタケと雪の仕事で、他の4人は警戒が仕事だ。
 もしかしたら侵入者用の攻撃システムが生き残っているかもしれない。

 今回は前衛担当の進と月臣が、屋内戦では強いだろうとショットガンアタッチメント装備のコスモガンを両手で構え、支援担当のゴートとサブロウタがレーザーアサルトライフルを隙無く構えてウリバタケと雪を護る。

 道中、本当に生き残っていた自動砲台の砲火を掻い潜り、いきなり現れた、予想の斜め上を行くSFじみた怪物の襲撃を何とか凌ぎ、返り討ちにすることに成功した一行は、疲れ果てながらも幽霊船のコンピュータールームに到達した。

 「――何だったんでしょうね、あの怪物は」

 襲撃と撤退を繰り返して数回に渡って怪物と激突する羽目になった進が、同じように怪物と至近距離で相対した月臣に話を振る。

 「わからん。しかし、根拠は無いが人為的な手が加えられている様にも感じられる」

 月臣の感想に嫌な予感が一行の頭を過る。コスモガンやレーザーアサルトライフルを相当数撃ち込んでようやく倒すこととが出来た怪物の耐久力は、確かに人為的なものを感じる。
 それに形勢不利と見るなり天井のダクトを使って一時撤退し、次の部屋に移動すべくドアを潜ろうとした瞬間背後に降り立って鋭い爪を振るう、戦闘力が最も低い雪を積極的に狙いに来る等、相当頭も良かった。
 果たして野生動物がここまで戦術的に行動出来るものなのだろうか。

 不穏な空気に飲まれかけながらも、雪とウリバタケは協力して辛うじて生きている幽霊船のコンピューターからデータを吸い出す。
 異星人の宇宙船なのでデータの方式も違って手こずると思われたが、思いの外呆気無くデータの吸出しが終わってしまった。
 得られたデータを流し読みする2人に、想像より遥かに速く作業が終わった事に驚いた進は、思わず歓喜の声を上げる。

 「凄いな雪。何時の間にそんな技術を――」

 「すぐにヤマトに戻らないと! 大変な事がわかったわ!」

 「雪ちゃんの言う通りだ! すぐに戻って対策しないとヤバイ!」

 2人の剣幕に困惑する進達だが、すぐにヤマトへの帰還を決定して来た道を素早く戻る。
 道中で雪は進の懸念が晴れる真実を口にした。

 「古代君、この船はね――」



 「ガミラスの標的艦!?」

 調査メンバーのもたらした報告にジュンが大声で問い返す。

 「はい。あの艦のコンピューターはガミラスの物でした。データの吸出しがすぐに終わったのも、ルリさんがガミラスの解析を進めていたからです。それによると――」

 雪の報告は恐るべきものだった。

 ガミラスのこの次元断層の存在を認知しているだけでなく、この空間内で大規模な艦隊演習を何度も行っているらしい。
 あの幽霊船と思われていた宇宙船は、ガミラスの試作大型宇宙空母だったもので、想定された性能を発揮出来ず廃棄が決定され、この空洞に運び込まれて標的艦とされていたのだ。
 となれば、この空洞に落ち込んだ直後に接触したガミラス艦は意図的にこの空洞内に入って来た事がわかる。
 その目的は演習前の空洞内の事前調査の可能性が高い。

 そして、今ヤマトが居る場所は……標的艦の密集した場所だ。もし近い内に演習があるとしたら、ここにガミラス艦隊が出現する可能性が極めて高い!

 「どうやらあの艦艇は自力航行でこの空間に入って来たみたいです。航路データが残っていましたので、それを解析する事で次元の境界面があると思われる空間座標も取得する事が出来ました」

 雪の報告を聞くなりユリカはすぐに発進すべく準備を進めさせる。
 一刻の猶予も無い。すぐにでもその境界面の座標に向かって脱出を図るか、さもなくば一目散にこの場を離れて安全の確保を――。

 そう考えていた指示を出していたユリカの声を、非常警報が遮った。

 「艦長! ガミラスの大艦隊が接近中です! 数はおよそ400!」

 ルリの絶叫に、ユリカの思考も一瞬停止した。

 最悪の事態が――起こってしまった。






 「あれがヤマトか……」

 ドメラーズ三世の艦橋内で、モニターに拡大投影されたヤマトの姿を見てドメルが呟く。
 ガミラスにとっては非常に珍しい形状の艦型。
 果たしてどのような機能を求めてあのような姿になったのかは杳として知れないが、これまでの交戦データを考えると非常に優れた宇宙戦艦である事は疑いようが無い。

 ドメルが乗るこのドメラーズ三世も、ガミラス最新鋭の超弩級戦艦ドメラーズ級である。
 全長はヤマトの倍近くあり単純な砲撃装備の数では圧倒している。
 とは言え、重武装・重装甲の艦隊旗艦として設計されているため、小回りが利かず機動力では劣っている事が予想されている。
 それに、砲撃装備の数で圧倒しているとは言え機関出力で大きく差を付けられているため、総火力は五分といった所だろうか。
 制御の難しさと生産性もあり、ガミラスでは主機関を連装化している艦艇は殆ど無いので推測でしかないが……。

 「ドメル司令、ヤマトはどうやらこちらに気付いたようです」

 部下の報告にドメルは小さく頷く。思ったよりも対応が遅かった。やはり、次元断層内での行動は不慣れなのだろう。
 しかし不慣れな状況ながら、現状打破の為に自分達と同じ次元の物体を探し出し、脱出の為の手掛かりを得ようとするまでの行動の速さは特筆に値する。
 やはり、かなり思考が柔軟でトラブルに強いようだ。

 「よし、まずは艦隊の全火力をもって先制攻撃を仕掛ける。それで撃沈出来なかった場合は包囲して波状攻撃をかける。一気に仕留めようとするな、じわじわと時間をかけて追い詰める。この空間の中では6連炉心と推測されるヤマトとてエネルギーは厳しいはずだ。持久戦に持ち込めば我が軍の勝利は揺るがない。タキオン波動収束砲もこの環境ではおいそれとは使えず、無駄撃ちすれば脱出の可能性すら消してしまう事を、連中は知っているはずだ。まずはヤマトを消耗させることを考えろ。指示した通りのローテーションを組んで、我が軍の消耗は極力抑える。エネルギーが厳しいのはこちらも同じだという事を忘れるな」

 ドメルは静かに、だが力強く指示を出す。
 バラン星に駐屯していた艦隊に自身が育て上げた頼れる部下達。
 まだ連携が完璧ではないのが懸念材料であるが、この千載一遇のチャンスを逃す手はない。
 そして――。

 (さあヤマト、次元の境界面は我々の後ろだ。この状況では取るべき手段は1つしかあるまい……!)






 「――艦長、データによれば次元の境界面は……敵艦隊の背後にあります」

 隠し切れない緊張の滲んだ声で報告するルリ。
 流石に桁が違う規模にユリカも一瞬判断に迷ったが、こうなっては取るべき手段は1つしかない!

 「全艦第一戦闘配置! 敵の中央を突破して次元の境界面に接近します! この状況で明後日の方向に逃げても却って状況が悪くなるだけです! 一か八か、死中に活を求める以外に助かる方法はありません!」

 ユリカは有無を言わせない強い口調で命令する。今はそれ以外の最善策が無い。

 「しかし、突破するにしても中央には敵の旗艦と思われる超ド級戦艦があります。ヤマトよりも大型ですよ」

 半ば確認するような進の口調に、

 「それでもよ! 迂回したり防御の薄そうな場所を突こうとしたら却って包囲殲滅されかねない! それに、旗艦に接近すれば敵部隊も迂闊に攻撃出来なくなる!」

 力強く断言するユリカに進も覚悟を決めた。全兵装を起動させて全力攻撃の構えを取る。

 「進兄さん。再度確認しますが、エンジンの効率が大きく落ちているのでヤマトのエネルギー回復量は何時もの2割がやっとです。改良で武器のエネルギー効率が上がっているとしても、あまり攻撃と防御に専念し過ぎるとエネルギー切れを起こして、エンジンが停止してしまう恐れがあります」

 あまり有難くない情報だった。この空間からの脱出には波動砲が必須で、脱出後にワープで距離も取りたい。
 だとすれば、包囲突破時点で相転移エンジン2基以上の稼働と総エネルギーの3割程度は残さないと、ヤマトは終わりだ。

 「敵艦隊より射撃用レーダーの照射を確認! 一斉砲撃が来ます!」






 ドメル艦隊はヤマトを射程に捉えるや否や、全火力をヤマトを含めたデブリ帯に向けて容赦なく叩きつける。

 数百もの重力波の火線が、ヤマトのいるデブリ帯を一瞬で消滅させる。
 殆どの将兵がこの瞬間勝利を確信していた。
 どれほど強固なフィールドであろうとも、これだけの物量に勝てるものではないのだ。

 しかしドメルだけはヤマトがまだ沈んでいないという確信を持っていた。
 何故ならば――。

 「ヤマト、健在の模様です!」

 部下の驚きに染まった報告にも、ドメルはさも当然だと言わんばかりに受け止める。
 何故ならヤマトは恒星フレアを突破した、あのタキオン波動収束砲の応用戦術を有しているのだから。
 ドメルは薄く笑う。そうだ、そうするしかなかっただろう。
 貴重なエネルギーを大量に消費する以外に生き残る道が無い。私はその選択肢しか残さなかったからな。






 「モード・ゲキガンフレア解除――何とか砲撃を凌げたようです」

 トリガーユニットを握った進の報告にユリカもホッと胸を撫で下ろす。
 波動エネルギーの繭を脱ぎ捨てて、艦体に反重力感応基で集めた大量のデブリを身に纏ったヤマトの姿が露になる。

 「第3戦速! 敵艦隊中央に向けて突撃開始!」

 「了解! 第3戦速、進路、敵艦隊中央!」

 モード・ゲキガンフレアで稼いだ初速も利用して、ヤマトは400隻にも及ぶ大艦隊の真っただ中に向かって突撃する。

 あの瞬間、砲撃を避ける事が出来ないと瞬時に判断したユリカは最速でモード・ゲキガンフレアの使用を決断した。
 状況が状況なので誰もが必死な思いで準備を進め、着弾寸前に何とか間に合った。

 しかし――。

 「艦長、第一、第二相転移エンジンが停止。ヤマトの総エネルギー量が4/6以下にまで減少しました……」

 険しい顔でラピスが報告する。
 防御のみが目的だったので極力抑えたつもりだったが、攻撃を凌ぎきるのに結局波動砲2発分を使ってしまった。元々直結構造で波動砲の様に分割消費が出来ないシステムだから仕方ないと言えば仕方ないのだが……いきなり総エネルギーの4/6を使わされたのは幸先が悪い。

 「艦長、やはりこの空間内では再始動は――不可能です。限界まで電力を注ぎ込んで起動しようとしても、上手く点火してくれません」

 状況はかなり悪い。いや最悪と言っても良い。
 通常空間なら、この状況でも辛うじて相転移エンジンの再始動が間に合う。波動砲やワープが使えるほどの回復は望めなくても、活動不能に陥る危険性がぐっと低くなっただろうが、現状では消耗していく一方だ。
 ヤマトのスーパーチャージャーはエネルギーの整流が主目的で、増幅作用は波動エンジンの方に向けられているため、機動兵器用のエンジンと異なり起動補助としては使えない。
 このまま全力戦闘を行えば、ヤマトのエネルギーが枯渇してしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 「進! 不必要な砲撃は避けて、進路の邪魔になりそうな敵にだけ絞って! ミサイルを撃ち尽くしたって良い、とにかく主砲は最小限で行くよ!」

 「了解! ルリさん、アステロイド・リング防御幕の形成を! 合わせてリフレクトビットも射出願います!」

 「了解、制御は任せて下さい!」

 進の指示にルリはすぐに応える。
 両舷中距離迎撃ミサイル発射基が起動して、収められていたリフレクトビットが次々と展開されていく。
 ビットは艦体を離れてたデブリに交じってヤマトの周囲を旋回、共に防御幕を形成する。

 「雪さん、私はアステロイド・リングとリフレクトビットの制御に全力を尽くします。情報統括処理は全て貴方にお任せします」

 「任せて下さい!」

 第三艦橋に降りていた雪が、左隣の副オペレーター席で頼もしく応えた。
 実際、雪の情報処理技術はかなり高い水準にある。色々多芸な娘であるが、最も適性が高いと言えるのは間違いなくオペレーターであろう。
 その才能を見込んで、自身の部下から外れてしまったハリの代わりにと暇を見つけては色々と助言と教育を自ら施しただけあって、ルリもその実力を疑う事は無い。

 これで、ルリは全力をアステロイド・リングとリフレクトビットの制御に注げる。
 確かにこの2つの装備はヤマトの全力機動に追従出来ない。それはハードウェアよりもソフトウェアの問題の方が大きい。そして、改良を加えるには少々稼働時間が不足している。
 が、ルリが他の追従を許さないその卓越したオペレート能力を全て注ぎ込めば、話は別だ。そのための訓練は大介の協力の元何度も行っている。
 頼もしい部下達が居ればこそ出来る無茶なオペレートだが、この難局を突破するには欠かせない。

 ヤマトが全力フィールドを張るよりも、この2つの機能の方が消費エネルギーが4〜5割程度少なくて済む。
 1%でもエネルギーに余裕を持たせたい現状なので、思い切ってヤマトのフィールドをカットし全ての攻撃をこの2つの機能で限界まで凌ぎ切れば、その分余力が生まれるはずだ。
 幸い今回のリングの構成素材は軍艦の残骸。小天体よりもずっと耐久力に優れている。

 さあ、電子の妖精の腕の見せ所だ。






 「ヤマト、艦隊に向かって進撃してきます。例のアステロイドを利用した戦術を使用しているようです」

 「なるほどな、中々思い切りの良い指揮官だ」

 ドメルはヤマトの行動に素直に感心した。
 艦隊から遠ざかるではなく敢えて突撃して艦隊を突破し、後ろにある次元の境界面に達して逃亡するつもりなのだろう。
 勿論、ヤマトが確実に逃げ延びるにはそれ以外の選択肢はない。
 次元の境界面は他にも幾つか存在しているが、それを悠長に捜索している余裕はヤマトには無いだろう。
 1日でも早くイスカンダルに辿り着き、地球が滅亡する前に帰らなければならない心理的圧迫感が常にある以上、余計な時間をかけたくは無いはずだ。

 明後日の方向に逃げたとしても、この空間から脱出出来なければ意味が無く、ワープも出来ない状況でこの大艦隊に追いかけられながら当てもない捜索活動を行うのは、心理的にも困難極まりない。
 エンジンへの負荷や再始動の危険性を考慮すれば、タキオン波動収束砲は使うに使えないはず。あの兵器が次元の境界面を強引に抉じ開けるための最終手段として機能するであろう事は、その原理から容易く推測出来る――ますます心理的に使い辛いはずだ。

 「さて、ヤマトが取れる行動は――」

 あのリング防御幕を展開した以上、消費を極限まで抑えつつ艦隊を突破して次元の境界面にタキオン波動収束砲を撃ち込んで開口部を形成、通り抜けつつワープで現宙域を離脱して逃走、という所だろう。
 となれば、継続的に攻撃を加えてリングを剥がし、嫌でも本体のフィールドで防御しなければならない状況に追い込みつつ、可能な限り戦闘を長引かせ、エネルギーを枯渇させて無力化を図る。
 如何にヤマトが強力でも、エネルギーが無ければ何も出来はしない。
 そうすれば、撃破も鹵獲も思いのままだ。

 総統もきっと、一番の望みはクルーを含めて鹵獲する事だろう。

 それにしても、ここであの戦術を直に見れるとは運が良い。
 大方この空間の把握の為、自分達と同じく引き込まれた物体を捜索した結果あの標的艦とその残骸のデブリに遭遇して、情報を得ると同時に単独航海で不足しがちな資源を回収しようとしていたのだろう。
 恐らく艦隊に向かって直進してくるのも、あの中で次元の境界面のデータを手に入れる事が出来たからだろう。

 そうなると、あの戦術を取れたのはヤマトにとっては幸運で、こちらにとっては不幸としか言いようがない。
 あれが無ければ、艦体防御にディストーションフィールドを使わざるを得ないため、ヤマトの消耗をより効率的に誘えたのだが……。

 (やはり、ここは数の優位を活かして消耗戦に持ち込むしかないかないか……)

 本来ヤマト相手には愚策になりかねない距離を置いた包囲陣形も、最大の懸念材料であるタキオン波動収束砲を状況的にも心理的にも使い辛いこの状況なら活かせる。
 数で圧倒しているので、余裕をもってローテーション出来るのも優位に働いている。

 だがドメルとしては、通常空間ではこの数でもヤマトと正面切っては戦いたくない。勝っても兵を無駄死にさせるのがオチだ。
 やはり、あの艦に勝利するには艦隊と航空隊――それも相手の不意を突ける環境下での波状攻撃で混乱を誘い、タキオン波動収束砲を封じた上で絶対的な兵力差から来る持久力の無さを突くしかない。

 はっきりわかっているだけでも、ヤマトは状況に応じてタキオン波動収束砲、応用突撃戦法、通常戦闘をプレキシブルに切り替えて対応出来ることが判明している。
 さらに少数精鋭の航空隊も有しているのだ。
 この航空部隊も、地球攻略時から姿が見えるタイプはともかく、ヤマトの艦載機として初めて確認された戦略砲持ちは危険極まりない。
 あれとボソンジャンプが組み合わされているとしたら、その脅威度はヤマトにも引けを取らない。
 単機で戦局を左右せしめる、まさに戦略兵器なのだ。しかも、通常戦闘でも滅法強いときた。

 隙らしい隙の無い、単艦でありながらこれほど充実した戦力を有した相手と相対した事は、ドメルとて初めて。
 状況がドメルにとって有利に働いていても、決して油断ならない相手と気を引き締める。

 さあ、ヤマト。デスラー総統にすら見込まれたその知恵と力と気高さを、このドメルに示して見ろ。
 お前の全てを、この将軍ドメルの前に曝け出すのだ。






 (読まれてたか……予想よりも艦隊の展開が早い)

 ヤマトはアステロイド・リングを使用しながら第3戦速を維持してガミラス艦隊の中央を突き進む。
 ヤマトの周囲を、まるでトンネルを作る様にガミラス艦が円運動をしながら包囲している。そして、やや離れた地点で後方の出口を塞ぐかのように配置し、断続的に砲撃とミサイルを発射してくる。
 主砲での2枚抜きやサテライトキャノンで薙ぎ払われる事を警戒しているのだろう、間隔も広く取られているのに……抜け出す隙が見出せない。
 ……手強い。

 ユリカは、雪が第三艦橋から送ってくる敵艦隊の位置データを基にヤマトの進路を細かく指示する。
 ジュンも手伝って2人の頭脳をフル回転、コンピューターやオペレーターのデータ処理と合わせて艦隊の動きを把握し、最小の消耗で突破出来る様にヤマトを導く。
 大介も指示通りにヤマトを完璧に動かして、敵弾を1つでも多く回避しようと必死だ。

 全力を出したルリのアステロイド・リングの制御は見事なものだった。
 右回転、左回転と異なる方向で回転するリングを幾つも形成して動かして、ヤマトに襲い掛かってくる攻撃を的確に防いでいる。
 ルリの制御の巧みさのおかげで、ヤマトはまだ1発も撃っていない。
 そして、リフレクトビットの制御も巧みであり、ヤマトに撃ち込まれた重力波を的確に逸らし、逆にヤマトを囲むガミラス艦に命中させていく。
 ルリの奮闘の甲斐あって、砲撃をせずに進撃するヤマトは、何とかエンジンが生成可能なエネルギーと消費エネルギーが釣り合った状態を維持出来ている。

 ガミラス艦は反射された自分達の砲撃で傷つくと、あっさり後退して無傷の艦が穴を埋める。
 一切の遅滞を感じさせない、滑らかな艦隊運動だ。

 (数で圧倒してるから部下を無駄死にさせないって事か。徒に兵力を消耗させない、手強い指揮官……それに、ヤマトを囲んでる艦が定期的に入れ替わって消耗を抑えてる。ガミラスも、この空間では波動エンジンの効率が低下するんだ――だから数の優位を活かしてローテーションを組んで損耗を抑えて、ヤマトを消耗させて撃破するか鹵獲するつもりね……ただでさえ持久戦は苦手なのに、この状況じゃあ……)

 包囲網の外側に攻撃に参加せず同行している艦があるのは、交代要員だろう。
 ……この状況はガミラスが圧倒的に優位だ。ローテーションを組むことで消耗を抑えられる相手に対して、ヤマトはそれが出来ない。
 それに……波動砲目当てで鹵獲も考えている事も、何となくだが察せられる。
 ガミラスの状況を考えれば、完成された波動砲は欲しいだろう。……だが、欲張って油断してくれる気配はない。運が良ければ、程度にしか考えていないのだろう。

 とにかく、リングで防げている内に格納庫ではコスモタイガー隊の戦闘準備も進められている。人型を生かした運用方法というものがあるので、この状況でも辛うじて戦力になるはずだ。

 「リング損耗率30%!」

 ルリの報告が第一艦橋に飛び込んでくる。ヤマトが突破作戦を開始して30分が経過している。
 艦隊はヤマトを包み込むようにして同行している形になるので、突破には相当な時間が掛かる。おまけに次元の境界面までは最短コースを進めたとしても、18時間もかかる。
 標的艦から距離があるのは、恐らくそこそこの時間この空間を航行させることで、普段はあまり気にしなくて済むエネルギーの管理や機関コントロールを効率良く学ばせるためだろう。

 どちらせによ、辛い戦いだ。やはり、この局面を突破するには“アレ”を試すしかない!
 そのためにも、敵旗艦の眼前まではこのまま進まなければならない!

 「艦長! コスモタイガー隊の攻撃準備が整いました!」

 「リング損耗率が40%越えたら備えさせて、ヤマトも砲撃開始よ!」

 ユリカの命令に進もすぐに応じる。この状況では少しでも戦力が欲しい。
 あまり推奨出来ない使い方だが、この状況ではそれしかないだろう。



 進からの指示を受けて、アキトとリョーコは右手に持ったコントロールユニットを差し込んで機体を起動する。
 ガンダム2機の双眼に光が灯る。残念ながら、普段なら力強く駆動する相転移エンジンも弱々しく、何とか飛行出来る程度のエネルギーを得るのがやっとだ。
 それでも、2基のエンジンと2種(ディバイダー用とサテライト用)の追加エネルギーパックのパワーを足せば、短時間なら十分に戦える。
 今2機は、エネルギー消費を極力抑えて戦えるようにと工作班が急ごしらえながらも追加武装をたっぷり施してくれた。

 まず左手に専用バスターライフル。ダブルエックスは何時も通り、GXは展開式シールドと一体になったシールドバスターライフルを装備する。ただし、増設バッテリー付きで消耗を抑えられる様に応急改造されている。
 さらに。より遠方から対艦攻撃に適した射撃を可能とする「マグナムモード」が追加されたため、打撃力も強化された。

 バッテリーを増設したレールカノンも右手に保持。これで本体の電力消費を抑えつつレールカノンの火力に頼れる。強度と電力さえ十分なら、レールカノンは対艦攻撃にも使えるのだ。

 そして、両足の脛部分に急造のマウントを取り付けてGファルコンが搭載しているのと同型のマイクロミサイルを、簡素なマウントで縦に4つ並べて装備している。

 さらにGファルコンはコンテナユニットの下部には大気圏内用安定翼――を兼ねたミサイルマウントが接続され、そこに新型の三角柱型の空対空ミサイルが上に3発、下に2基ずつセットが2つで計7発。さらに下側の2発セットの下には長めのパイロンを使って新型の航宙対艦魚雷が1発づつ吊るされ、左右合わせてミサイル14発と魚雷4発の重装備が追加されている。

 さらにその安定翼の根元には仮のマウントで右側にロケットランチャーガン、左側に予備弾薬を5発強引に装備している。

 おまけのおまけに両者揃って足首に機体を艦体に固定するための磁力ブーツが履かされている。
 それは同時に起動して、ディバイダーを中心に重装備を施したイズミとヒカル、サブロウタと月臣、他6機のエステバリスも同じだ。

 本来は大規模航空戦等に備えて考案されていた重装備仕様。機動力を保てる限界まで武器を積載した「フルウェポン仕様」だ。
 今回はとにかくエネルギー消費を抑えて継戦能力を高めるために実体弾が主体の構成を採用している。とにかく使い捨ての武器で機体の消耗を抑え、使い切ったら武装やマウントは捨てていく贅沢仕様――ヤマトの台所事情ではそう何度も使えない攻撃特化の装備構成だった。

 「こんな重武装――流石に初めてだぜ……無駄にせず出し惜しみもしないで使うのは、ちょいと難しそうだな」

 「そうだね、そもそもこれって本来は航空戦用の装備で、対艦攻撃特化ってわけでもないし」

 本来そちらに特化した仕様と言うのが、重爆装備だ。
 大型爆弾槽に今回初お目見えになった安定翼兼ミサイルマウントを足したのが本当の重爆仕様で、今までの物は言うなれば“コスト削減版”だったのだ。
 ――単純にスーパーチャージャー完成前だと出力不足で機動力が落ち過ぎで使い物にならないから――という世知辛い事情によるのだが……。

 「リング損耗率40%!」

 「コスモタイガー隊、所定の場所で攻撃開始!」

 その瞬間、ガンダム2機を含めたコスモタイガー隊の任務が始まった。
 ガンダム2機はカタパルト運搬路を自力で移動してハッチから飛び出した後、閉じられたハッチの上に陣取って“固定砲台”となった。
 残った他の機体も、解放された2つの発進口のハッチの上に陣取ってこちらも固定砲台となる。
 新生ヤマトは艦載機発進時、防御シャッターで格納庫とカタパルト内部が隔離される構造になっているからこそ出来る変則的な手段だ。
 通常空間ならまだしも、エネルギー問題が深刻なこの空間ではヤマトと並走した突破作戦は難しい。

 だが“ヤマトの上で砲台になるくらいは出来る”。
 そうすれば推進装置でエネルギーを消費しなくて済む。ヤマトのフィールドも加味すれば、防御に割くエネルギーも火器に回しやすく、何より在庫を目一杯使えば大量のエネルギーパックを有線接続して使い倒せるので、重力波ビーム無しでも戦え、火器を増やせることも含めてヤマトの負担を減らせる。

 それに、ガンダムも辛うじてではあるがサテライトキャノンの選択肢をギリギリ残せる。
 今は少しでも攻撃の手数が欲しい。そんなヤマトの切実な事情が色濃く反映された戦法であった。



 ルリは、損耗率が40%を超えたリングを汗に塗れながら必死に持たせていた。
 ヤマトには常に数十にも達する重力波とミサイルが休みなく襲い掛かる。
 ヤマトの進路変更にも適切に対応し、リングがヤマトに接触しないようにしなければならないのはかなりの重労働だが、そこに攻撃に応じた適切な制御を加えるとなると――流石のルリとオモイカネも余裕が皆無だ。
 デブリを覆うフィールドの強度の調整や攻撃を受けるために密度を高めたり、リフレクトビットで反射出来る重力波は、的艦の動きを予測して反射して敵艦に撃ち返し、少しでも打撃を与えようと力を尽くす。

 雪達他のオペレーターが頑張ってくれているおかげで集中出来ているのが幸いだ。そうでなければここまでリングを維持して攻撃を耐え凌ぐ事など出来はしなかった。

 損耗率が40%を超えた為、ついにヤマトからの砲撃も開始される。
 エネルギー消費量が比較的少なく、かつ敵艦隊を構成する主力の駆逐艦型を容易く撃破出来、取り回しと連射速度に優れる副砲が主力となる。
 ――主砲は、まだ撃たない。

 ユリカはヤマトをローリングさせて直進させることで、強引にヤマトをトンネル状に包囲する敵艦を副砲の射界に捉える。
 敵がトンネル状にヤマトを包囲しているからこそ通用する戦法だが、この状態ではヤマトも進路変更に大きな制約が付く為長くは続けられない。
 進とゴートは、その限られた時間を最大限活用すべくそれぞれ砲撃とミサイルを分担して指示、的確に脅威度の高い標的を排除していく。

 全ての敵艦を相手に取る余裕は無い。進路上の障害になり得る標的だけを狙い撃ちにする。
 とは言え、折角撃沈ないし撤退に追い込んでもすぐに新しい艦が穴埋めに来てしまう。
 モグラ叩きの気分だったが、進もゴートも弱音を飲み込んで黙々と攻撃指揮を続ける。
 元々寡黙なゴートはともかく、ユリカに後継者として見込まれていると悟った進は意識して自分を押さえつけている。
 状況は最悪に近いが、ここで狼狽えているようではユリカの後継者にはなれない。それに、確実に病気が進んでいる彼女の補佐役の1人になる為にも、弱音を表に出すわけにはいかないのだ!

 「リング損耗率55%!」

 また、ヤマトの防御が薄くなった。これ以上は危険と判断した進は決断した。

 「主砲射撃開始だ! 目標は全てこちらで指定する!」

 とうとうヤマトの主砲からも砲撃が開始された。まだフィールドと併用していないだけ消費はマシだが、冥王星の時の感覚で連射するにはエネルギーが心許ない。
 通常1度の射撃で3門から撃ち出す重力衝撃波だが、今は1門づつそれぞれ別々の標的に向けて発射される。砲身をバラバラに上下に開き、1門撃っては砲塔を旋回させて次の標的に――それを繰り返す。
 さらにリングの損耗でミサイルの迎撃が追い付かなくなった事もあり、パルスブラストもリングの間隙を縫って迎撃補助に砲撃を始めた。

 固定砲台と化したコスモタイガー隊も必至の攻撃を展開している。
 磁力ブーツのおかげで艦体に機体が固定されているおかげで、何とか振り落とされないで済んでいる。
 改良が進んだ事や、ガミラスとの交戦データも充実してきたこともあり、遠方からでもガミラス艦に有効な砲撃に必要な出力や収束率も判明している。
 敵もヤマトに合わせて多少の改良や調整をしている可能性もあったが、どうやらまだそこまで至っていない。戦力的にヤマト程余裕が無いわけではないからか、わざわざ個別に改修はしていないようだ。
 というよりも、単独で航行しているのに頻繁に改修するヤマトが異例中の異例なのだろう。

 Gファルコンと合体しているガンダム2機は、収束モードの拡散グラビティブラストはさらに収束率を上げて貫通力を増し、スーパーチャージャーの追加と合わせて出力も向上している。
 流石に撃沈は難しいが、損傷させるだけならこの距離でもなんとかなるはずだ。
 そこにマグナムモードのバスターライフルと最大出力のレールカノンも加えれば、当たり所次第で撃沈も狙えるだろう。
 右舷にはダブルエックス、左舷にはGXが陣取ってありったけの火力を惜しみなく吐き出していく。あっと言う間にミサイルを撃ち尽くして、弾切れになったレールカノンも脇に落とし、ロケットランチャーガンを可能な限り最速で撃ちまくる。
 とにかく1隻でも良いから隊列から落とさなければ、と必死の攻撃であった。

 一方、開放した発進口のハッチに陣取ったエステバリス達も、横に2機づつ、後方に1機の並びでヤマトの死角を補う。
 カタパルトの通路には予備弾薬とそれを渡す補給担当のエステバリスに、ケーブルで攻撃担当機に繋げられた大量のエネルギーパックが置かれている。手狭でGファルコンと合体出来ないからこその苦肉の策だ。
 増産が進み10機分用意されたディバイダーを主兵装として、強引に確保したエネルギーを使ってカッターモードのハモニカ砲を絶えず撃ち続ける。
 カッター状に撃ち出された重力波は、収束モードの拡散グラビティブラストよりもフィールド突破力が高く、ガンダムにも劣らぬ打撃力をエステバリスに与えていた。
 ブリッジ等の装甲脆弱箇所に命中すれば、何とか落伍させる事が出来る。
 ヤマトに迫ってくるミサイルに対しても、コスモタイガー隊が連射式キャノンやマイクロミサイルを駆使して懸命に迎撃してヤマトの負担を軽くすべく苦心する。

 ヤマトはコスモタイガー隊と協力して、必死の抵抗を繰り広げる。
 だがより攻勢を増したガミラス艦の猛攻に、とうとう防御の要、アステロイド・リングは限界に達しつつあった……。






 「ヤマト、包囲網の2/3を突破しました。まだダメージを与えられていません……!」

 オペレーターの驚愕に満ちた報告にもドメルは特に驚かなかった。冥王星での戦いを考えれば、この程度は予想出来た。
 ヤマトが単独作戦行動を前提に建造されているのなら、自前で補給物資を得るための工場設備を持っていても不思議はない。
 ならば、自身に多少の改良を施すことも十分にあり得る。
 とはいえ、あのリング戦法の強化は著しいようだ。単に小惑星をフィールドでコーティングして展開するだけでなく、どうやら反射衛星を鹵獲して研究したであろうシステムを採用して、攻撃の反射機能を持たせたようだ。
 見事な発想力と吸収力だ。
 それに、思った以上にヤマト自身の足も速い。この分だと最高速ではこちらのデストロイヤー艦に匹敵、あるいは凌駕するかもしれない速度だ。尤も、最高速を出させるつもりは無いが。

 (良い指揮官だ。思い切りも良く判断も申し分ない。だが……少々経験不足だ)

 そろそろ、ヤマトはドメラーズ三世の有効射程に入る。
 どれ、喝を入れるためにもガミラス最強の戦艦の威力……思う存分味合わせてやろう。
 ドメルはヤマトの回避行動を予測して砲の狙いを付けさせる。狙うは艦首上甲板の主砲2基。ここで抵抗力を確実に削ぐ。
 砲手はドメルの指示に自身の技量を余すことなく発揮して、ここぞというタイミングで下された指示に一部の狂いも無く応え、主砲を発射した。






 「リング損耗率90%!」

 「フィールド艦首に集中展開! 残ったリングは後ろで盾にして!」

 消耗し過ぎて役に立たなくなったリングは後方で盾にして、艦首方向の攻撃はもうフィールドで防ぐしかない。
 展開したフィールドに次々と重力波とミサイルが命中して、強化されたはずのフィールド発生基にみるみる負荷が溜まっていく。
 あっという間にイエローゾーンに突入し、エネルギーも急速に消耗していく。
 ……元々6連波動相転移エンジンに依存したヤマトは――燃費が悪いのだ。
 第三相転移エンジンも空になって停止寸前だ。波動砲発射の為には最低でも第五・第六エンジンは維持しなければならないのに、このままではそれすら尽きてしまう!

 それにしても見事な艦隊運用だ。ヤマトの進路を尽く遮り絶妙に減速させて来る。
 リングの維持はとうに放棄しているのに、とても最大戦速まで加速させられない。
 ヤマトの攻撃で落伍した艦の補填も相変わらずスムーズで、攻撃の指示も見事でヤマトを的確に追い詰める。
 ユリカもフェイントを幾度も交えたが、尽く見破られている。
 手強い。冥王星基地の司令官もそうだったが……やはり百戦錬磨の強者だ、経験値では勝てない。

 (それでも、私はヤマトの艦長なんだ! 負けられない!)

 沖田艦長から受け継いだこの役目、果たせずには終われない。
 その一心でユリカは格上の相手に懸命に食らい付く。
 幾度目かの集中砲撃に対して、ユリカは右に回頭して装甲の丸みを利用して受け流す事を指示した……が。

 猛烈な衝撃がヤマトを襲う。ヤマトが回避行動を取り、包囲した艦からの攻撃を何とか凌いだと思った瞬間、敵旗艦からの強烈な砲撃がヤマトの艦体に突き刺さったのだ。
 銀を基調に両サイドに巨大なインテーク状の構造物と円盤状の艦橋を有する超ド級戦艦の砲撃は、舷側部程では無いがそれなりに厚いヤマトの上甲板――それも“ヤマト坂”と呼ばれる第一主砲と第二主砲の間にある傾斜部分に命中してフィールドも装甲を撃ち抜いた。
 駆逐艦とは桁違いの火力もそうだが、狙いの正確さが成した技だった。

 「第一、第二主砲機能停止! 第一副砲も障害発生!」

 「機関部にも障害発生! 出力が低下していきます!」

 一気に主砲2基を潰された! それどころか副砲まで……!

 回避行動を完全に読まれて、主砲2基を潰せるように正確な狙いまでつけられた。
 敵指揮官の能力も凄いが、それに応えた砲手も恐ろしい腕前だ。
 もう躊躇していられない。タイミングが早いが最後の手段に出る!

 「慣性航行に切り替え! 反転右150度! 上下角−22度! 波動砲発射用意!」

 矢継ぎ早に指示を出す。この状況で波動砲の発射命令が出た事に殆どの艦橋要員が驚きの声を上げたが、指示通りに準備は進める。
 こうしている間にも、あの超ド級戦艦が次の砲撃準備を整えているはずだ、それより先んじないと撃沈される!

 「発射と同時に重力アンカーをカットして反動でかっ飛ばします! ラピスちゃん、後何発いける!?」

 「2発まで保証します! それで小ワープ1回分のエネルギーも残るはずです!」

 ユリカの問いにラピスはすぐに応えた。ユリカは、

 「1発使って敵艦隊を強行突破します! 敵艦を狙う必要は無いよ!」

 と決断を下す。

 意図を理解した大介はすぐに操縦桿を捻ってヤマトを最速で回頭させ、境界面のある方向に艦尾を向ける。
 敵旗艦に無防備にメインノズルを晒してしまう形になるので、早く波動砲を発射して離脱しなければ危険だ。
 今も周りの艦艇からの砲撃が、フィールドを失ったヤマトの艦体に突き刺さっている。駆逐艦の砲撃は装甲を貫通するに至っていないが、先程の戦艦は確実に貫通する。
 しかし、無情にも発射準備が整う前に敵旗艦の主砲にエネルギーが集約していく。

 ――間に合わない!

 と思われた時、ヤマトの両舷カタパルト付近から強力なビームが敵艦隊の間隙に向けて放出された。

 サテライトキャノンだ!

 「流石ユリカ! 機転が利くな!」

 「だな! やっぱり準備してて正解だったぜ!」

 アキトとリョーコは、非常時には敵艦隊の包囲網を乱し突破口を開く最終手段として、何時でも撃てるようにと準備だけは怠らなかった。
 発射に必要なエネルギーを確保すべく、専用エネルギーパックからの供給量を抑え、限られたエネルギーの遣り繰りは――決して楽ではなかった。
 実際、消費も激しかったので出力は普段の5割程度の出力だったが、発砲出来たのは奥の手を残すべく苦心した2人の手柄である。

 サテライトキャノン発射の兆候を確認して回避行動を優先した敵旗艦の砲撃は明後日の方向に飛び去り、千載一遇のチャンスを逃した。他の艦艇も回避を優先した結果、巻き込まれた艦はゼロだったが包囲網を乱してしまう。

 最初から当てるつもりはない! 連携を乱して隙を作るのが狙いだ!

 艦載機発着口のハッチを閉じ、残ったエネルギーで転がり込むようにカタパルト運搬路に滑り込んだガンダム2機を含め、コスモタイガー隊の格納を完了した。

 「波動砲――てぇぇぇっ!!」

 「発射ぁぁぁぁっ!!」

 これ以上は無い、そう断言出来るほど高速で発射準備を完了した波動砲が火を噴いた。
 ヤマトの艦首からタキオン波動バースト流が勢い良く放出され、艦首前方に伸びていく。同時に、本来反動を吸収してヤマトを空間に固定する働きの重力アンカーがカットされた事で、木星での試射の時同様――ヤマトは波動砲の反動で後方に吹き飛ばされた。

 そう、木星での経験を踏まえて発案されていた一か八かの切り札である。

 メインノズルすら遥かに凌駕する推進力を得たヤマトは、サテライトキャノンで浮足立った艦隊の隙間を縫ってついに艦隊の包囲網から飛び出した。

 推進力にすることが目的だったので、噴射圧を少しでも稼ぐべく最大収束で発射された波動砲の軸線上に敵艦は無く、ガミラス艦隊は1隻たりとも巻き込まれてはいない。

 だが、予想に反する形で使用された波動砲に敵艦隊の動きがはっきりと乱れる。
 ヤマトはその隙に再度反転してメインノズルを全力噴射、目暗ましにバリアミサイルを6発、第二艦橋下の艦橋砲から発煙弾を撃って全力逃走を開始した。






 「まさか――このような手段まで隠していたとはな……!」

 1度は驚愕に染めた顔に、今度は称賛の笑みを張り付け直すドメル。
 ヤマトは凄まじい速度で艦隊の包囲網を突破して、勢いそのままに距離を広げようとしている。
 残念だが、火力と装甲に特化したドメラーズ三世ではあの快速に追いつけそうにない。デストロイヤー艦の最大戦速でも無理だろう。

 「ガミラス最強のドメル艦隊破れたり――か。ヤマト……想像以上だ」

 ドメルは、超兵器を推進力に転用するという奇抜な発想にも、あの機動兵器用の大砲を増産していた用意周到さにも感服していた。
 流石はデスラー総統が目をかけた艦だ。
 鹵獲優先で撃沈する気持ちが弱かったとはいえ、そのわずかな隙を突けたのは最後まで諦めない彼らの執念の成果だろう。

 (これなら、シュルツが負けたのも頷けるというものだ。経験不足すら補う発想力に、それに従い実現を促すクルーの技量と信頼関係……見事だヤマト。やはり我らの目に狂いはなかった)

 「ドメル司令、追撃いたしますか?」

 「いや、いい。あの速力には追い付けそうにない。それよりも、損傷した艦の応急処置と遭難者の救助に全力を尽くせ」

 追い付けないという理由もあるが、それ以上に健闘を称える、先を見越してという意味でヤマトを見逃すことにした。
 しかし、直にタキオン波動収束砲を見れたのは今後の戦略において優位に働きそうだ。
 後は脱出の時に使用するであろう1発のデータを、境界面付近に巧妙に隠してきた観測機が捉えてくれることを願うばかりか。






 波動砲による全力逃走と言う奇策をもって辛うじて包囲網を突破したヤマトは、ドメルの意向もあって追撃を受ける事も無く無事次元の境界面に到着していた。
 しかし、伏兵があるかもしれないと警戒を強めたままのヤマトは、到着までの間交代で休息を取りながらも、気の休まる時間が一切無かった。

 「次元アクティブソナーに感あり……次元の境界面です」

 疲労をべったりと張り付けた声で雪が報告すると、ユリカはすぐに波動砲で境界面を撃つ事を指示する。
 全員が疲労困憊だった。早くこの場を脱出してワープで逃げ延びたい。
 その願いを乗せた波動砲は次元の境界面を押し開いて開口部を作り出した。
 安定翼を開き、まるで雷雲の中のような回廊を抜けて次元断層を脱したヤマトは、半ば無差別に近い緊急ワープで宙域を離脱し、何とか一息つける状況になった。



 はずだった。



 ワープ明けの直後、ユリカが倒れさえしなければ。

 通常空間に復帰した直後、彼女の体内のナノマシンが活性化、浸食を再開してしまったのだ。
 かつてない強敵との戦いで疲弊しきった体に、抵抗力など残されていなかったのである。
 絶叫と共に白目を向いてコンソールパネルに突っ伏したユリカを、進が抱き上げて医療室に走った。
 万が一に備えていたイネス達の懸命な処置のおかげで最悪の事態は回避出来たのだが……。

 「――手を握ってるのは……アキトとルリちゃんなの? ねえ、何で電気消してるの? 真っ暗で何も見えないよ。あれ? 私、ちゃんと喋れてる? 何も聞こえないんだけど……」

 意識を取り戻したユリカは、視力と聴力に重大な障害を抱えていた。
 ベッドに横たわるユリカの手を掴んでいたアキトとルリの顔が、傍らで見守っていたラピスとエリナと進の顔が、その報告を受けたクルー達の顔が、悲しみに染まっていく。

 傍らで発せられた家族の慟哭は、今のユリカには届かず、悲しみに染まりきったその顔を見る事も――叶わなかった。



 次元断層に落ち込むというトラブルも、ガミラス最強と謳われるドメル艦隊の猛攻撃も辛うじて切り抜ける事に成功したヤマト。

 しかし、度重なる苦難の連続についにユリカは大きなダメージを受けてしまう。

 だがヤマトよ、止まっている時間は無いのだ。

 ユリカの命を救う為にも、帰りを待つ地球と人々を救う為にも!

 人類滅亡と言われる日まで――

 あと、270日しかないのだ。



 第十四話 完



 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

    第二章 大自然とガミラスの脅威

    第十五話 艦長不在の試練!

    全ては、愛の為に



 あとがき

 14話終了です。今回はゲーム版を主体に2199が少し混じった展開となりました。

 ゲーム版だと次元断層の落ちた後、デブリ帯の調査イベントの後ドメル艦隊の包囲網を強行突破しないといけないんですよ。これに、2199のイメージも混ぜました。
 ゲーム版なので、エネルギーが失われて沈黙したりエンジンが停止したりも無し。そもそも本作のヤマトは、エンジン停止するとマジで何も出来ないからしょうがないね。代わりにエネルギー制限が付きました。

 ドメラーズ三世も本作は2199仕様です。原作だと特に目立った活躍無いしね。

 んで、アステロイド・リングも大活躍。地味にルリの見せ場でもありました。リフレクトビットもこの展開の為に用意したガジェットなんですよ。
 とは言え、本当は予定していた展開の半分くらいは尺に阻まれてオミットされました。
 本当は進路を塞いだ敵艦を体当たりで粉砕とか、安定翼にフィールドコーティングしたスクランダーカッターとか考えてたんですがね。
 全部オミットした影響でアステロイド・リング無双が目立つ形に。ううむ。

 ここでユリカが視力と聴力をほぼ失うのは第3話執筆時点でほぼ決まってました。
 ただ、本来の想定ではソナーが無く、ユリカがナノマシンを意図的に活性化させて境界面を探り出して波動砲、と言う展開だったのですが、亜空間ソナーを装備させたかったのでオミットされました。

 また、尺に阻まれて機動兵器運用にも大変更が加わっていて、本来はガンダム2機が高機動戦闘しながらヤマトと並んで突破していく図を考えていたのですが、エンジンの問題と重なって固定砲台に落ち着きました。
 GXのデビュー戦は、あまり華々しくは出来ませんでした、ごめんよぉ〜。

 ちなみに原作のイスカンダルからの支援は前倒しで次元ソナーという形に。まあ不自然なエピソードだったからね、あれ。

 そして次回、ユリカを欠いたヤマトは大丈夫なのか。
 乞うご期待。

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
実はゲール君は結構好き。
小物で性格悪くて上にはへつらい下には厳しく当たる人種差別主義者ですが、
総統閣下にはブレずに忠誠厚いのは非常にポイント高い。

しかしここでユリカ戦闘不能か・・・ダウンくらいで済むかと思ってましたが、
視聴覚阻害は想像以上に重い感じだった。

この先どうなるんだろう・・・



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