「ごきげんよう。」

 「ごきげんよう。」
 
 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。

 乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。

 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。

 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。

 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。

 私立リリアン女学園。

 もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。

 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。

 時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。




 バレンタインデー

 それは乙女にとって1年間の中で重要な意味を持つ日の一つである。自分の想いをチョコレートに託し、愛する人に贈る。そんなある一日のこと。

 無論、ここリリアン女学院でもそれはあてはまる。……例え『女学院』でも。乙女心に例外など存在しない。人を好きになる気持ちに性別なんて関係ないし、日ごろの感謝を伝える事だって全く問題なし。


 自分の『お姉さま』に

 自分の『妹』に

 自分の『憧れの方』に

 自分の相手に対する『日頃の感謝』を想いに込めて


 自らの想いをチョコに託して相手に贈る、そんな一日。

 その為には綿密な計画立案とリサーチは欠かせない。ソレは自分の想いを贈ると共に『相手に喜んでもらえるモノ』でなければならないからだ。

 乙女達は知恵を絞り、頭を使う。それこそ定期テストの時以上に。

 『贈る相手に喜んでもらう。』

 ただその為に…………

「ふう…… ほんとにどうしようかなぁ……」

 彼女、福沢祐巳もまた悩める乙女の一人であった。




 マリア様がみてる


 ウァレンティーヌスの憂鬱

 


 「ごきげんよう。……その様子だとまだ『中身』は決まってないようね。」

 「あ、ご、ごきげんよう、蔦子さん。」

 悩める祐巳に友人の蔦子が朝の挨拶をする。

 「う、うん…… 薔薇さま達にも聞いてみたのだけれど、巧く自分の頭で考えがまとまらなくて。」

 「そうよねー、薔薇さま達だったらお料理なんかも得意でいらっしゃるでしょうし。祐巳さんとは違って。」

 「もう! 蔦子さんったら!」

 「それはともかく、紅薔薇のつぼみさま以外の薔薇さまたちにも差し上げないといけないんじゃないの?」

 「!」

 「紅薔薇さまや黄薔薇さまご姉妹、それに白薔薇さまにも、ね?」

 「……そうだった。」

 自分の直接の『姉』である小笠原祥子以外のことを考慮していなかった自分を恥じる祐巳。

 (白薔薇さまには、お父さんに去年あげた『あの』チョコでいいかな? 白薔薇さまはけっこうオヤj…… ぢゃない大人の嗜好をお持ちだし。)

 「ん? 何かいい案でも浮かんだ?」

 「え? うーんと、お父さんに去年あげたチョコなら白薔薇さまはお喜びになるかなーって思っただけだから。」

 蔦子に答える祐巳。

 「へえ…… どんなチョコをあげたの、お父さんに。」

 「え? い、いやだな蔦子さん。そんなこと、恥ずかしくて言えないよぉ。……出来もイマイチだったし。」

 「もぅ、内緒にしないで教えてよ。他の方のエピソードもお聞きしてリリアンかわら版にバレンタイン特集で売り込むから。題は…… 『薔薇さまたちのバレンタインの思い出』かな?」

 「蔦子さんは写真部じゃない!」

 「新聞部には貸しを作っておきたいしね。それよりさ、教えてくれない? さっきの話。」

 「もう蔦子さんたら…… 駄目ですっ!」

 「そう言わないでお願いしますよ祐巳さん。さあ、教えて?」

 腰に手を当ててぷんすか怒る祐巳。しかし蔦子は引き下がらない。純粋に『内容』が知りたいこともあるが、蔦子にとっては祐巳も大切な『友人』である。その友人のチョコの中身を純粋に知りたいことも、彼女の頑強な質問の理由であった。

 「……もう、いいじゃない蔦子さん。ホラ、授業も始まるし。」

 「どんなチョコだったかでいいからさ、お願い。」

 「そんな宗教裁判みたいにしつこく言われても……」


 ばば〜ん!


 突如、彼女達の教室の外から謎の効果音が聞こえてきた……!









 

 

 

 







 「■■■■■■ー!」

 バーサーカーではなくマッチョな高田くン(趣味:ボディビル)がどこかの動物園の檻の中で叫んでいる。その叫びを隣の檻で聞きつつ祐麒(祐巳の弟)が口を開く。明らかなカメラ目線で、バラエティ番組のアシスタントアナ口調で。

 ”And Now,For Something Completely Different!”
 「 ま 、  そ  れ  は  そ  れ  と  し  て  !」



 「■■■■■■ー! (訳:『It’s!(始まるよ!』)」


 (BGM:Liberty Bell March)


 英国紳士スタイルの柏木が空を飛びながら『真の』タイトルを引っ張ってくる。




 空飛ぶリリアン女学園




 『まさかの時のリリアン異端宗教裁判』


 (祥子さまの巨大な足が柏木を踏み潰す)




 ガシャーン!


 喧しい謎の効果音がなった途端、教室の入り口のドアが蹴り破られた。


 !


 突然の事態に困惑する祐巳のクラスメイト一同。


 ダダッ!


 同時に紅い法衣を纏った3人の人物がドカドカと雪崩れ込んで来た。一人は昔のプロペラ機にでも乗るのだろうか、ごっついゴーグルを頭の上に載せている。

 「え、白薔薇さまに、由乃さん、それに志摩子さん…… どうしたのその格好は?」

 自分の『姉』に慣らされている所為か、いち早く異常事態から回復した祐巳が乱入した3人に尋ねる。それを無視して3人は勝手に……


 「「「まさかの時のリリアン異端宗教裁判!」」」


 そう彼女達は口にした。続けざまに

 「我らの武器は二つ!『マリア様への深い愛情』! 『美少女大好き』!」

 「『柏木への深い憎しみ』!」

 「……ああ、三つですね、お姉さま。」

 白薔薇さまと由乃がボケて、志摩子が突っ込む。見事なジェット・ストリームアタックである。

 「あ、赤い三連星……? やっぱり噂は本当だったの……!」

 「え? 何が?」

 唐突にガグガグブルブルしだす蔦子。その詳細を聞こうとする祐巳だったが、

 「……リリアン108の裏行事の一つと記録にある『異端宗教裁判』。私達写真部でも新聞部でもその詳細が掴めなかった伝説の行事。まさか存在していたなんて……!」

 「そりゃあそうだよ、蔦子さん。」

 赤い法衣を着た白薔薇さまが事も無げに蔦子に告げる。

 「なんせこの『リリアン異端宗教裁判』は、この学校の歴史の中でも秘中の秘。いやあ、それを間近で見ることの出来る君たちは運がいいねぇ。」

 「……それはともかく白薔薇さま? その頭の角は一体……?」

 「ああ、私が隊長だからね。基本でしょ。それと、今の私は『枢機卿』だからね。この名称も基本。」


 それはどこの世界の基本ですか


 心が一つになる祐巳達。それに構わず、

 「さあ、由乃枢機卿、告発状を読んでちょうだい。」

 白薔薇枢機卿の言葉に従って、彼女の後ろに控えていた由乃が前に進み出て、巻紙の告発状を読み出す。無論、彼女は暴走状態だ。

 『福沢祐巳。貴女はリリアンで神聖不可侵ともいえる薔薇さまに対して、自分の父親と同レベルのチョコを贈ろうとした。それで間違いないですか?』

 「そんな! ちょっと考えに浮かんだだけですっ!」

 「さあ、何としますか祐巳さん?」

 祐巳の抵抗をおっとりとした口調で遮る志摩子さん。

 「まだ決めたわけではありませんっ。私は無実です!」

 その直後


 「HA! HAHAHA!」


 白薔薇さま達3人は『悪魔的嘲笑』を浮かべた。

 「え?」

 その意味が分からず困惑する祐巳。

 「ふう…… 祐巳ちゃんには分かってもらわないといけない、か……」

 やれやれ、といった風に首を左右に振る白薔薇さま。そして彼女は悪魔的口調のまま告げた。

 「なら分かってもらおうかな? 志摩子卿!」

 「はい。」

 「『毒』の刑よ。」

 白薔薇さまが告げた瞬間、志摩子卿の顔が恐怖にひきつる。

 「『毒』!?」

 「命令よ、志摩子卿! やりなさい。」

 「は、はいっ!」

 かくして持ち出される『毒』。

 そして、白薔薇枢機卿は自信たっぷりの悪魔的口調で祐巳に告げる。

 「これはキツイよ! さあ、飲んで!」

 「はい。」

 それに祐巳は従い、ソレを口にする。


 ドクターペッ○ーを


 「さあ、悶絶しなさい祐巳ちゃん! そして告白しなさい!」

 「「告白せよ! 告白せよ! 告白せよ!」」

 白薔薇枢機卿に合わせて叫ぶ二人。しかし、祐巳は

 「どうも、ご馳走様でした。」

 ○クターペッパーをいとも容易く飲み干してしまった。

 「「「な、なんだってー!」」」

 驚愕する白薔薇枢機卿達。

 「コレで悶絶しないなんて……! あの人とかこの人は悶絶していたのに……!」

 目の前の祐巳が信じられない様子で呆然と呟く白薔薇枢機卿。その状態から直ぐに回復し

 「なら次の手だね! 由乃卿!」

 「はっ。」

 「安楽椅子の刑よ、準備して。」

 「!?」

 その瞬間、由乃卿の顔が恐怖にひきつる。

 「安楽椅子!?」

 「命令よ由乃卿! やって!」

 「は、はいっ!」

 そして教室に搬入される安楽椅子。由乃卿一人では厳しいので、志摩子卿が手伝っている。教室の他のクラスメイトは呆然とその様子を見ているだけである。

 そして、白薔薇枢機卿は自信に満ちたの悪魔的口調で祐巳に告げる。

 「これはキツイよ、さあ座って!」

 それに祐巳は従った。

 「うわぁ…… やわらかぁい。」

 安楽椅子の柔らかく自分を包んでくれる感触に、表情が緩む祐巳。

 そこへ白薔薇枢機卿は告げる。

 「お昼までここに座っていなさい、祐巳ちゃん。11時に一杯だけ青汁をあげるわ!」

 「「その通りよ! HA! HAHAHA!」」

 祐巳に悪魔的嘲笑をぶつける3人の枢機卿。

 「ふわぁ…… 何だか眠くなってきましたぁ…… ……くぅ……」

 だが祐巳は聞いちゃいなかった。世界ランカークラスの寝つきの良さを披露する祐巳。

 「!!!!」

 ズザッ!

 その寝顔を見て硬直する白薔薇枢機卿。素早く安楽椅子との距離を開ける。

 「ふ、ふふふふふふふふ……! あの祐巳ちゃんが無防備でアタシの目の前に……!」

 「! まさか白薔薇枢機卿、ぢゃなくてお姉さま!?」


 やばい! 太平洋だ!


 そう顔に書きながら自分の姉を呼ぶ志摩子。ソレを無視して白薔薇枢機卿は


 ふーじこちゃぁーんゆぅぅみちゃぁぁぁぁぁん……!」


 安楽椅子の祐巳めがけ、ルパンダイブを敢行した。

 「「「「「ああ……!」」」」」



 時間の進行が緩慢になる。

 スローモーションで祐巳めがけ飛んでいく白薔薇さま。

 その法衣をクロス☆アウトし、『英国淑女』になろうとする瞬間……!







 「祥子チョップ。」


 「おふう!」


 事態は未然に防がれた。

 「……間一髪で間に合ったようね。」

 そこには祐巳の『姉』である小笠原祥子が優雅に立っていた。

 「紅薔薇のつぼみさま!」

 今の映像をしっかりカメラで撮影していた蔦子が声を上げる。

 「……」

 蔦子のカメラに気が付いた祥子が彼女に向かって歩き出す。

 「! 何をするんです!」

 そして彼女のカメラを取り上げた。

 ピィィィィッ

 中からフィルムを取り出す。あっという間に真っ黒になるフィルム。

 「……この事は外部に漏れてはいけないの、分かって頂戴。」

 「……はい。」

 祥子の威厳に蔦子は敗北した。

 「それと、皆さんには忘れてもらわなければならないの……」

 そう言って祥子は携帯電話を取り出し、ダイヤルする。

 「ああ、(1)永石さん? 至急『あの二人』で『作業』を行って頂戴。……ええ、最優先事項よ。」

 ピッ

 それだけ言って彼女は電話を切った。

 「あ、あのー 何をお話になられていたのですか?」

 「……すぐに分かるわ……」

 蔦子の問いにそうとしか答えない祥子。




 そして1分後






 
「マグネットパワー プラス!」


 
「マグネットパワー マイナス!」


 「「「「「「!?」」」」」」


 外から大声が聞こえてきた。

 「始まるようね……」

 そう祥子が呟いた途端、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 「「「「「「!!」」」」」」


 校舎の外は大変な事になっていた。

 ソレは、巨大な竜巻なのか

 人が巻き上げられ、宙を舞う

 自動車も同様

 リリアンを中心に巨大な渦が発生していた。



 「……コレは一体?」

 辛うじて蔦子がソレだけを口にできた。後の者は唖然としており、祐巳は寝たままである。

 「(2)時の流れというのは、自覚できないの。これは過ぎ去った時間を戻すための大切な『儀式』なの。誤った歴史は修正されなければならない。マスク狩り予告が失敗しても、時間は戻せるようにね。

 「……おっしゃる意味が分かりません、紅薔薇のつぼみさま……」

 「分からなくて良いわ…… 祐巳を狙う敵からあの子を守るため、私はあらゆる手段を惜しまない……!」

 祥子がそう呟いた瞬間、世界は白く包まれた……!










 「ふう…… ほんとにどうしようかなぁ……」

 「ごきげんよう。……その様子だとまだ『中身』は決まってないようね。」

 「あ、ご、ごきげんよう、蔦子さん。」

 悩める祐巳に友人の蔦子が朝の挨拶をする。

 「う、うん…… 薔薇さま達にも聞いてみたのだけれど、巧く自分の頭で考えがまとまらなくて。」

 「そうよねー、薔薇さま達だったらお料理なんかも得意でいらっしゃるでしょうし。祐巳さんとは違って。」

 「もう! 蔦子さんったら!」

 「それはともかく、紅薔薇のつぼみさま以外の薔薇さまたちにも差し上げないといけないんじゃないの?」

 「!」

 「紅薔薇さまや黄薔薇さまご姉妹、それに白薔薇さまにも、ね?」

 「……そうだった。」

 自分の直接の『姉』である小笠原祥子以外のことを考慮していなかった自分を恥じる祐巳。

 (白薔薇さまには、お父さんに去年あげた『あの』チョコでいいかな? 白薔薇さまはけっこうオヤj…… ぢゃない大人の嗜好をお持ちだし。)

 「ん? 何かいい案でも浮かんだ?」

 「え? うーんと、お父さんに去年あげたチョコなら白薔薇さまはお喜びになるかなーって思っただけだから。」

 蔦子に答える祐巳。





 かくして、世界はループする……?




 (とりあえず、おしまい)




<あとがき>

 皆様ごきげんよう、ナイツです。……感想以外板でネタを紹介されたので、一気に書き上げました。アニメ化によって、大分知ってる方が増えたのは嬉しい限りですネ……



 ごめんなさい、いろんな意味で(土下座)。『マリア様がみてる』ファンの方には特に(滝汗)。イヤ、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)は大好きですよ? ZガンダムでPNに使う位(爆)。

 代理人氏、WRENCH師匠、ピョロ弐式氏には感謝と謝罪を。

 改めて、駄作をお読み頂き、誠にありがとうございましたッ!


<相変わらずのネタ解説@まるしーWRENCH師匠>

(1)「キャッツ・アイ(北条司著・集英社)」内に登場するキャラクタ。絵画&美術品泥棒の三姉妹をサポートするナイスミドル。『仕事』のサポートや証拠隠滅、主人公達の過剰とも言えるデート支援(汗)等様々に活躍する人。


(2)「キン肉マン(ゆでたまご著・集英社)」の『超人タッグトーナメント』より、敵のネプチューンマン達が使った奥義のこと。自分たちの身体に『マグネット・パワー』を宿し、敵を自分の方に引き寄せたり、雷を作って攻撃するなど好き勝手した挙句、『地球の自転を反対にして時間を戻す』とゆーデタラメ極まりないことをしでかした方々のネタより。
 

 

 

 

 

 

代理人の感涙、もとい感想

救われたっ!(爆死)

 

赤い大文字が出てくるだけでそう感じた!

そう、私は救われたのだと!

 

あのまま話が進んでいれば私はマクー空間文章の海で野たれ死んでいたに違いない!

ありがとう、まさかのときのリリアン異端宗教裁判!

ありがとう、枢機卿閣下たち!

アリガトォッ、アリガトォォォォォォォッ!

 

 

 

駄目なまま感想も終わる。