「ねぇ、アキト?」

 新婚旅行の初日深夜、ベッドの中でユリカは自分に背を向けて眠るアキトを呼ぶ。

 「ねえ、ねえってばぁ。」

 ユリカの手で身体を揺すられてもアキトはその姿勢を崩さない。

 「……もう。」

 何度も同じ事を繰り返してもアキトは自分を見ることはない。諦めたユリカはアキトに背を向け、自分達の身体を覆う布団の比率を心持ち自分側に移す。

 「せっかく結婚したのに全然『愛してる』とかそのテの言葉を言ってくれないなぁ。」

 彼女の脳裏に浮かぶのはプロポーズ。夕焼けがやけに眩しい川原で

 「こっちが心配になる位に真っ赤になって。」

 言ってくれた

 「す、するぞ…… け、結婚。」

 たどたどしくもアキトが自分に言ってくれた愛の言葉。

 先の戦争時とは違う。

 遺跡とかそういうことを抜きにして言ってくれた初めてのアキトの気持ち。

 それを自分がどれほど待ち焦がれ、嬉しさに身を震わせたか。

 「そーいえば、ルリちゃんやミナトさんに映画館で招待状を渡した時も淡白だったかなぁ。」

 結局、赤くなるだけで何も言わなかったアキトであった。無論、ユリカ視点であるが。

 そうユリカが口にしても、彼女に背を向けるアキトの寝姿は変わりは無い、無言のままである。

 「ぶう、おとーさまに言いつけてやる。」

 自分の中では使いたくなかった最終兵器の発動を思い浮かべつつ、自分の呼びかけに反応しないアキトを恨みながら、ユリカも同様に眠る事にした。







 「……?」

 奇妙な鳴き声が、ユリカの聴覚を刺激する。

 「……う、ん?」

 それを鳥か何かの鳴き声のようにユリカは眠りに入りかけた頭で何とか感じた。気のせいと思って構わずに眠りに付こうとするが、

 「うーん、何なのかなぁ?」

 その一方で彼女の思考は現状確認を要求していた。 

 『アキトと一緒に寝た以上、これは夢だよ?』

 『だけど、ちょっと、これはおかしいよ、ね?』

 自身の中で、二つの思考が相反する。その結果、彼女は目を開く。

 「…………え?」

 そうして目覚めたユリカの目の前には、

 深い森が広がっていた。

 「え、何で?」

 慌てて、周囲を見回す彼女。

 その背後にも森は広がっていた。

 彼女を阻むかのように。






 倖せが迷う森




 「ち、ちょっとアキトぉ! どこぉ!?」

 ユリカはアキトの名を呼ぶ。

 アキトと一緒に寝たはずなのに、何時の間にか見知らぬ深い森の中に着の身着のままで居るユリカは、

 「アキトぉ!」

 自分の愛する人であり、彼女の王子の名を必死に何度も呼ぶ。しかし返事は無い。

 「でも、ここは一体何処なんだろう?」

 叫んだ事で落ち着いたのだろうか、幾分冷静さをユリカは取り戻した。空を見上げる。

 満天の星空であった。

 周囲を見てみる。そこは生気に満ち、

 「あ、あんまり怖くないかな。」

 遠くから先ほども聞こえた奇妙な鳴き声が時折響くだけの静かな森であった。

 「あーきーと!」

 名を呼ぶが相変わらず返事は無い。

 「もう、こうなったら私から探しに行くしかないかなぁ。」

 彼の名を呼びながら、ユリカは辺りを歩き始めた。裸足のままである。




 「……何処にいるんだろう、出口も分からないし。」

 10分後、若干の疲れと怯えを含んだ声をユリカは漏らした。地面に座り込む。

 辺りを見回すが、景色に変化はあまり無い。

 筈であったが、

 「ん?」

 青い霧が発生しているのが、ふとユリカの目に入った。

 「綺麗だなぁ。」

 しかし、そう呟いた時、

 霧の中では花が枯れていく。

 「え?!」

 森の木も枯れて、石になっていく。

 「えええ!」

 その青い霧は、包んだ物達を枯らし、石にしつつも次第に量が増えていく。

 「……こ、こっちに来るの?」

 ユリカは立ち上がる。それに併せるかの如く、霧の量は増えて行き、

 空にまで届くかのようになった。夜空の星が見えなくなる。

 それを見た彼女は霧から逃げるべく走り出した。




 「はぁ、はぁ、はぁ」

 それから数分後、ユリカは走り続けていた。時折背後を見るが、あたかも意思を持っているかのように、霧が彼女を追っている。

 「な、何で……?」

 何故、花や森が枯れ、石になっていくのか?

 何故、霧が自分を追うのか?

 疑問が次々に浮かんでくるが、その間にも足を休める事はできない。

 「もう! なんでこんな所でこんな目にィッ!」

 そう叫んだユリカの遥か先に、

 白い光が小さく浮かんだ。

 「あ……」

 彼女の感覚がソコを出口と認識する。だが、

 「で、でもアキトは?」

 その名を口にするユリカ、彼女の思考に『自分だけソコに行く』という選択肢は存在しない。

 走りながら、アキトを探し、名を呼ぶユリカ。足元への注意が疎かになったその時、彼女は躓いてしまう。

 「つぅっ。」

 左の足首に強烈な痛みを感じる。

 「捻挫しちゃったみたい ……って!」

 背後の霧がユリカとの距離を詰めていく。飲み込む物を枯らし、石にしながら。

 (私も石にされちゃうの? でも)

 その光景を見るユリカ。その心に浮かんだ

 「アキトぉ!」

 想い人の名を叫んだ。




 その時、

 「え?」

 彼女の身体は抱きかかえられた。

 「えええ?」

 そのまま凄いスピードで白い光へと向かっていく。

 「つかまっていろ。」

 「ふえ?」

 声のした自分の頭上を見るユリカ。そこには巨大な黒のバイザーで顔を隠した。

 「アキト? どうしたの? その格好?」

 よく見ると全身黒尽くめの格好で、あまつさえマントまで着込んでいる。

 「もう少しだ……!」

 ユリカの問いに直接答えず、アキトはそれだけ呟いた。

 ユリカを優しく抱きながら、アキトは白い光の渦へ素晴しい速度で走る。

 「痛っ。」

 「どうした?」

 「ううん、さっき何かの棘で左手をちょっと、ね。アキトだって右手を切ってるよ?」

 「大丈夫だ。」

 それだけ言ってアキトは無言で走る。自分を力強く、優しく抱いてくれる腕の中で

 (アキトがいれば、何があっても大丈夫だね。)

 倖せで満ちていた。

 「ユリカ……」

 「ん?」

 呼ばれたユリカはアキトを見る。彼は何時の間にか目の前に広がった光の渦に、彼女共々飛び込む。

 その時ユリカは

 「必ず、必ずお前に……!」

 アキトの言葉を聞いた。

 「え? どういうこと?」

 「……!」

 最後の言葉を聞き取れずに、ユリカの意識は途絶えた。




 

 





 「ユリカ、おはよう!」

 「ん……」

 アキトの声でユリカの意識は次第に起き始める。

 「アキト?」

 「どうしたユリカ、まだ寝ぼけてるのか?」

 きょろきょろとユリカは周りを確認する。自分達が泊まっているホテルの一室だった。それを確かめる内に、

 「! アキト!」

 ユリカは思い出した。アキトの右手を取る。

 「どうしたんだ?」

 「傷が、無いや……」

 自分の左手にあって、目の前のアキトに無い傷。

 「ホントに夢だったのかなぁ?」

 「どーしたんだよ、早く食事にしよう!」

 「……うん、そうだ、そうだね!」

 不思議な様子のユリカをアキトは食事に誘う。ユリカは何故か深く考える事を止めた。

 「食べ終わったらさ、行きたい所があるんだ、俺。」

 「ふーん、アキトは何処に行きたいの?」

 「―――」

 

 

 

 

 













 ターミナルコロニー・アマテラス。

 ごく一部の人間しか知ることのないブロック内の研究室。

 機械が吐き出す様々なデータを5人の白衣姿の男が検討していた。

 「うん、結果はどうだい?」

 「83…… ですね。悪くは無いですが、ちょっと遺跡への『同期』関連が弱いですね。ラブラブ路線を前面に出した時よりも良くないです。」

 「それに、不明なデータが多いです。第三者が介入した可能性がありますね。」

 「あ? そりゃ無いだろ。此処のシステムは独立しているんだからな。」

 「そーそ。それよりこんなシチュエーションはだめかぁ、気難しいねぇ、『お姫様』は。」

 そう言って男の一人が目の前のユリカを見た。

 機材に固定され、『遺跡』と同化した彼女を。

 「うーん、ヤマサキ博士が最初に試した『うるるん』みたいにストレートなラブラブ系の方が良いみたいだねぇ?」

 「今回のデータも最後はハッピーエンドにしましたが……」

 「そーだね。ただ、怖い目に遭わせた後で単純に王子様に救われるお姫様ってゆーシチュエーションじゃ駄目みたいだね?」

 「ま、これが最後な訳じゃないからもう少し試してみよう?」

 「それより主任。」

 「ん?」

 「……『彼女』に服を着せろって声が女性スタッフから出ているんですが。」

 「またかい。その事は閣下とか博士に言ってくれないかな?」

 「了解しました。」

 「何で、『翻訳機』に皆そこまで感情移入するかなぁ? ま、良いか。ナデシコBの臨検が終われば博士も戻ってくるはずだ。それまでに今の結果を纏めよう。」

 周囲の4人に命じる主任と呼ばれた男であった。計測器がプリントし出したデータを見始める。

 彼は、『ユリカ』の左手甲に浮かんでいる一筋の傷に気が付くことは無かった。






 「アキト、泣いてるの?」

 傍らの少女が問いかけに、アキトは目を覚ました。

 「……ああ。夢を、見ていた。」

 「夢?」

 「ああ、大したことじゃないさ。」

 そう傍らで不安そうに自分を見るラピス・ラズリに答え、アキトはバイザーの下の瞳を擦る。  

 「アキト、4分35秒後に『ターミナル・コロニー”アマテラス”』を視認。」

 「分かった。―――つッ。」

 何気なく右手を振りながら答えるアキトの声に、若干の苦痛の声が混じる。

 「アキト!?」

 「いや、問題ない。それより現状は?」

 「ナデシコBが停泊中だよアキト?」

 「そうか。だが俺達はいつもどおりに行動に移るだけだ。」

 「うん。」

 「こっちは任せた。」

 「うん。」

 頷くラピスの頭を軽く撫で、アキトは手元のグローブを掴む。その後ユーチャリスの艦橋を離れ、ブラックサレナのコクピットへ自身を導く。

 機体のチェックを済ませ、

 「……」 

 無言でテンカワSplに乗り込もうとするその右手には、

 引っかいたような薄い傷跡が残っていた。

 「往くぞ?」

 「うん、アキト。」

 ラピスに確認した後にその傷を左手で一瞬いとおしげに撫でた後にグローブでその傷と素肌を隠すアキト。しかしその表情に一切の変化はない。

 「……出る…………!」

 強烈なGと共にユーチャリスを出るアキトとブラックサレナ。

 彼の目指す物はすぐ目前にあった。








 (To Be Continued Movie Ver?)




 

 

 

 

 

 

 






<後書きのようなもの@ちっちゃなおともだちにはご容赦を(汗)?>

 どうも、ナイツです。お読み頂き有難うございます。唐突ですがデモベSSは書きます、っていうか完結させます@Maybe Tomorrow byレベッカってな感じで! ちとあっしの中で今ン所はテンションが低いだけなンで。膝を緩めて自由にならないように頑張ります(Keep the Bottom Line!)。

 ま、それはそれとして! 今回の短編は、ケイ氏氏の作品からと、Effandross氏に拙作『あなたと、生きてく』へ頂いた感想に加えて、都市シリーズの『香港』下巻後書きで出たアーティスト@PSY・Sの曲からネタ発生、執筆に繋がりました。アニメ版シティーハンター2の第1期OPで ♪イルミネーション 真下に見下ろし〜 で始まるを歌を歌ったグループと言えば、思い出す方がいらっしゃるかも知れません。お分かりになられる方は是非今度一杯w。

 ンで、ネタ曲はアルバム『WINDOW』内の今タイトルと同様の曲です。因みに、きっかけになったミスターカワカミが挙げた曲は、初期Verの曲ならばアルバムはPSY・Sのデビューアルバム『Different View』が元です。

 ネタ話はこれ位にして、ケイ氏氏とEffandross氏には改めて感謝と御礼の言葉を。そして……某あっしの『強敵=とも』たるKのS氏にはデモベネタは書きかけに対しツッコミをお願いしたのに、こちらが先になりました、マジでスミマセン。

 ンで、今作ですが、連載に関する逃避の結果ではあります(爆)。がユリカスキー&アキト×ユリカ支援者を自称する駄目作家の駄文として認識頂ければと思います。ちっとばかし劇場版に繋がるには時間軸等が微妙におかしいですが、演出重視で書いてみました、ご容赦下さい。

 加えてハッピーでは無いオチを目指してみましたが、なーんかこう巧く逝って無いです。が、今は、これが、精一杯です@万国旗を手から出しながら。

 また、デモベSSを含め次の短編(多分、ラピスが出ます)も(投稿させて頂いたら)お読みいただければと思います、それでは!

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

なるほど、二重の夢落ちですか。

ちょっとまとまりが悪いような気もしますが、まぁこれはこれで。

こう言う作品にいろいろ言うのもなんですしね。

 

 

 

 

 

でも自分で言っててなんですが、「二重の夢落ち」というと某ヤツデンワニの初夢みたいで何か凄く嫌(爆死)。