<読んで頂く上でのご注意>
ええと、今回ルビタグを使ってません。代わりに単語の後に( )を付けてます。
<例>
・真剣(マジ)
・機械仕掛けの神(デウス・マキナ)
・無敵肉体達(アドぉン&サムソぅン)
ってな感じなのでご留意頂ければ幸いです。
「うーん、何がどうなったんだ?」
ジュンを包んでいた白い光が消え、彼は呆然と立ち尽くしている自分に気が付いた。
「! ユキナとあの子は何処に行ったんだ?」
目の前で起きた光の眩しさに悶絶しているギャング達を無視してジュンは二人を探す。だが、その姿は見えない。
「あの隙に二人で逃げたのか? ならば俺も、」
「何処を見ておるか。此処だ、此処」
ぽすっ
ぐいっ
「?」
ジュンが頭の上に何かが乗っかった感触を感じるのと、髪の毛を引っ張られるのがほぼ同時であった。
「全く、『魔導書』が『主』を置いて逃げる訳無かろうに、このうつけが」
トッ
今度は右肩に何かが乗る感触がした。
「お、お前か? ……随分小さくなったなぁ」
自分の右肩に乗る『人物』を見て呆気に取られるジュン。そこには先ほど『アル・アジフ』と自ら名乗った少女が居た。黒を基調とした服に身を固め、頭にはこれまた黒ベースのヘンな形状をした帽子の様な物を乗せている。
「汝に妾の持つ魔力を供給したからな。こうなるのもやむを得まい」
「供給って何だ? ってユキナは何処だ!?」
「ううー。何がどうなってるのよー? ジューンくーんー」
「!!」
その声はジュンの左から聞こえてきた。そっちをジュンが見ると、自分の左肩にアル・アジフ同様のファッションに身を固めたユキナが居た。
「……こっちと同様、見事な三頭身になったな」
右肩に乗るアル・アジフを指差しながらジュンはコメントする。三頭身と評され、むくれるアル・アジフを無視しつつであるが。
「ちょっと! それが訳が分からなくて困ってる美少女に言う言葉?」
「目の前の現象を素直に受け止めただけだ。というか俺だって訳が分からない」
「私だって!」
「……汝等、戯れはその辺にしておくがいい」
二人の口論に呆れていたアル・アジフであったが、ギャングが居る方に視線を向けた後、二人に警告する。
「え?」
「ちっ!」
いつの間にやらギャング達は回復していた。油断無くマシンガンをジュン達に向け、そのまま待機している。
「ふふん、あの程度の雑魚ならば今の汝には問題なかろう。妾を駆使する『マギウス』となった今の汝ならな」
「は? マギウスって何?」
「『魔術師』のことだよジュン君。その格好がそうなのかな?」
「魔術師? 俺の格好…… って何だ、これは?」
ユキナの指摘でようやく自分の姿を見るジュン。ノースリーブのボディスーツに肘近くまで長さのあるグローブ。そして
「翼まで生えてるのか!?」
背中の巨大な翼、そのどれもが黒で統一されていた。
「中々に似合っておるではないか」
「だからそういうレベルの話か、これは?」
「へぇ、結構締まった身体だね。一応軍人さんで鍛えていたんだねー。さっすがジュン君!」
「あ、ああ。そりゃまあ、な」
「これならお兄ちゃんと戦ってもだいじょぶだねー」
「ふぅ、どうしてそっちに話を持っていくんだお前は」
「だって、何時かはお兄ちゃんと戦って貰わないと、ね?」
「ええい! とにかくだ! この妾『アル・アジフ』を所有するマギウスとなり、妾とそこの小娘の魔力を得た今の汝は無敵だ。共に奴らと戦おうぞ!」
唐突なアル・アジフの宣言が、二人の口論を中断する。
「お、オイ! 何時からそうなったんだよ!」
「先程『契約』したではないか?」
「あれか? あれが契約なのか?」
「ああ! そういえば、さっきこの子と顔を近づけていたいたよね? ジューンくーん? まさかこの私を差し置いてその子とぉぉぉぉっ?!」
「い、いやキ、キスなんてして無いぞ? あ、あれは契約だ、だよな? そ、そうだよな、お前?」
不意の攻撃に思いっきり動揺したジュンはアル・アジフを見る。ユキナの方は見ないようにして。
「うむ、アレは正当な契約だ。無論、調子に乗って無理矢理してきたら次は死ぬより辛い世界を体験させるがな?」
「ま、まさかジュン君、ほ、ホントにその子と……!」
「だから違うぞユキナ! そ、そうだ事故だ!」
敵を考慮に入れずに騒ぐ三人。その時、近くで爆音が轟いた。
「「「!」」」
音がした方向を見るジュン達。続けざまに炸裂する爆音は、次第に近く、大きくなってきている。
「敵の増援か何かがこっちに来ているのか?」
「そのようだな」
「で、どうするのジュン君?」
「そうだな、とりあえずなんとかこの場所から逃げるk」
そう言いかけたジュンの耳に、表現しがたいほど乱雑で大音量なエレキギターの音が襲い掛かった。
「な、何だ?」
「もう、一体なんなのよォ!」
あまりの喧しさに耳を塞ぐジュンとユキナ。
「ふむ、教養の欠片も感じぬな」
そうアル・アジフがしたり顔で評した時、
「HA! HAHAHA!! 愚劣で凡人な輩に、至高の芸術である『メソッド・オブ・イカリヤ』の極意なぞ分かるはずがないのであーる! ならば見るがよいである! そして子々孫々まで伝えるのである! この大・天・才をッ!」
「上か!?」
アル・アジフの視線がとある建物の屋上で止まる。
白衣を着た男がエレキギターを手に立っていた。緑色の髪の中で、一房だけが天を向いている。あまりにも『ギャングに襲われている一般市民のピンチ』を救おうと現れたヒーローの姿格好ではない。
「……ユキナ、お前の知り合いか?」
「え、ジュン君じゃないの?」
「「じゃあ」」
ジュンとユキナの思考がシンクロする。
「うつけどもが! 妾のでも無いわ!」
ジュンとユキナの視線に思わず怒鳴るアル・アジフ。
「うーん、じゃあれは誰だ?」
思わず疑問を口にするジュン。ソレを聞いて
「な、なななななななッ、なんとッ! 今世紀、否! 人類の歴史の中で燦然と輝くこのスーパーデラックスな大天才、同盟にこの人有りとお茶の間で大人気の! この天才科学者『ドクター・ウェスト』を知らないとでも言うデスカ?」
「ああ」
「うん」
「知らぬな」
ジュン達に即答された男、ドクター・ウェストと名乗る彼は泣きそうな表情でギターをかき鳴らした。ギターを置いて独演を始める。
「ああ何たる無知! 無知とは罪! 無知とは悲劇! 悲しみと絶望に彩られた君達の人生は、さながら大ヒット確実な映画脚本の格好の材料!。ああ、それを元に撮影された作品は全米ナンバーワンで日本上陸。そして見事にアカデミー賞にノミネート!」
どこか違う世界を見ているドクター・ウェストであった。
「…………え、取れなかった? 賞を取れなかったのデスカ? 我輩は厳重に抗議するのである! その作品は人類の宝であるからして……! ま、待つのである! 話せば分かる、ギャー! は、刃物は無闇に人に向けては駄目なのである!」
「……拙いねジュン君」
「ああ、『本物』だ」
一人で『誰か』と熱演を繰り広げる白衣の男を見て、げっそりとした表情で顔を見合わせるユキナとジュン。
「どうするのだ? 今なら簡単に勝てそうだが?」
「そうだな」
「あんなホンモノさんをこんな所で相手には出来ないからね、ジュン君?」
「ここは逃げる!」
「ここは逃げよっ!」
アル・アジフの問いに同時に答え、ジュンは両肩の二人と共に一気に逃げ出した。
「こら! 戦わぬか!」
「こんな街中であんなのとまともに関わりたくは無い!」
「そーだよね」
肩の上で怒るアル・アジフを無視し、ジュンは走り続ける。
「ウェスト様! 『魔導書』が逃げました!」
ギャングの一人が演技中のウェストに報告する。地面に倒れている彼はクライマックスを演じているようだったが、飛び起き
「なんと! ドクター・ウェスト記念講演『若気の至り 〜こ、これが若さか〜』はこれからが怒涛の第2部開始である! 撃て! そんな奴らは歯を喰いしばらせて修正してやるのである!」
彼の命令は実行された。マシンガンが火を噴き、銃弾がジュン達に襲い掛かる。
「くそっ!」
背後からの銃弾を無視しながら、ジュンは懸命に走っていた。
「だから何故逃げるのだ! あの程度の雑魚等問題無いと言ったであろうが!」
アル・アジフの声にも耳を貸さずにただ走る。しかし内心では、
(身体がやけに軽く感じるな。それになんだか分からないけど、力が体の中から湧き出す感じだ。これが魔力って奴の恩恵なのか?)
かつて復讐に身を焦がしながらも得ようとした『力』をジュンは感じていた。その思いとは別に、ジュンはとある場所を目指して走り続ける。
「ええい! 逃がさぬのである! いざ尋常に勝負なのであーる! 死して屍拾う者無しであるっ!」
ウェスト達も当然ジュンを追いかける。
「あ」
ジュンの左肩にしがみ付いているユキナは、周りを見て何かに気が付いた。
「もしかしてさ、あそこへ向かってるの?」
「ああ、気が付いたか?」
「そりゃそうだよ。ジュン君の考える事なんて、このユキナにはお見通しだもん! 愛する人の考えが分かるなんて、私も少しは成長したかな?」
「俺には一切そーゆー感情は無いがな」
「あー、ひっどーい! そんな態度だと、お兄ちゃんにあることないこと言っちゃおうかなー♪」
「……それは勘弁してくれ」
「汝等、一体何を言っておる? 早く反撃せぬか!」
緊張感の欠片も無いジュンとユキナの会話に苛立つアル・アジフ。そうする内に、ジュンの目の前に彼が目指していた場所が見えてきた。
「よし、ここなら!」
「戦っても周りに迷惑はかけないね、ジュン君?」
「ああ!」
目指していた場所である工場跡地に踏み込むジュン。先の戦争で破壊され、未だ復興されていない区画である。
「ふむ、ここならば被害を気にしなくても良いという事か。それなりに考えていたのだな」
「あー! ジュン君をバカにしたね? こう見えても士官学校では2番目に凄かったんだからね!」
「そうは見えんが」
「へぇ、『魔導書』さまでも分からない事ってあるんだねー。確かにぱっと見は頼りないけどさ」
ユキナのコメントに一瞬だが、ちょっぴり悲しげな表情を浮かべるジュン。
「うむ、可能性だけで契約したからな。単なる雑魚ではないと判断しよう。だが、『汝自身の実力』を妾はまだ見ておらぬ。ここで見せてもらおうか、汝の力を」
「おい、それはどういう」
「ちょっとどーゆーこと? アンタさっき自分のことを最強の魔導書だって言ってたじゃない!? だったらジュン君は最強の魔導師って事じゃないの?」
アル・アジフの言う事に困惑するジュン。ユキナに台詞を取られたのも関係しているかもしれない。
「ならば逆に問おう、小娘よ。素人が剣の達人が使う銘刀を手にしていきなり達人となる事が出来るか?」
「そ、それは」
「そういうことだ、小娘。剣を触ったことも無い人間がいきなり妾という銘刀を手にする。妾の目に適ったのだ、素質はある。……だがそれだけだ、今の状態では」
はっきりと断言するアル・アジフ。
「妾を手にせんと目論む同盟の連中はいずれも強大な魔力を有しておる。こやつらと戦うには汝が妾を行使できるようになれなければならぬ。魔導師としてな」
「そんなに凄いの? あのテンカワを追いかけるだけだった人たちが?」
「それは知らぬ。が、敵が魔導師である以上、汝にも同等以上の資質を持って貰わねば妾としては困るのでな」
淡々と話すアル・アジフ。
「故に汝をこの場で見極めよう。今後の訓練の方向性を見極めなければならぬからな」
「待った」
「どうした?」
「お前と今後も戦う気は無いぞ?」
「何だと?」
「今はとりあえず降りかかる火の粉を払う必要はあるが、とりあえず俺がアカツキから受けた仕事は『魔導書』の探索だ。アイツをやっつけたら、お前をアカツキに引き渡す。それから先は俺は知らない。ヤツの事だから、俺よりもっと相応しい魔導師とやらを用意しているんじゃないか?」
ジュンの言葉にアル・アジフはやれやれといった感じで首を左右に振った。
「ふう、まだそのような甘い認識を持っておるのか。汝の考えは知らぬが今後は同盟に狙われるぞ、汝等は確実にな」
「何だと?」
「それは最強の魔導書たる妾と契約したからな、汝は」
「だからそれは事故だろうが!」
「汝がどう思おうが、奴らは最早見逃さないだろう」
「……ま、まさか?」
「汝等とこの街は奴等の標的になったと言う事だ。先程の変態が本当に同盟の一員ならな」
「!」
唇を噛むジュン。
「そしてこの町の人間は他の場所と同じく破壊され『奪われる』であろうな」
「くっ、何故俺なんだ? 俺がお前と逢った所為で、この街があいつらに狙われてしまうだって? くそッ!」
「いい加減に覚悟を決めんか! 同盟の理不尽な暴虐を汝は許せるのか? 今の汝がいくら悩もうが、現実は変わらんぞ!」
煮え切らないジュンにアル・アジフは業を煮やし怒鳴りつけた。ジュンがそれに言い返そうとしたが
「あ、来たよジュン君!」
「!」
ユキナの言葉に振り向くジュン、そこには先程ドクター・ウェストと名乗った男の一団が勢揃いしていた。
「HEY! ここを貴様等の人生のファイナルステージに定めたという訳でOKデスカー?」
ガシャ!
自信に満ちたドクター・ウェストの台詞に合わせ、ギャング達が銃口をジュン達に向ける。
「……オイ、魔導書」
「なんだ、我が主?」
「本当に大丈夫なんだな?」
相手の様子を外見上は平然と見守りながら、ジュンはアル・アジフに小声で問う。
「まだ些細な事を案じておるのか? 妾と契約した者があの程度の豆鉄砲でやられる訳が無かろうに」
「此処まで来た時の運動能力でも証明されているか? ま、そこまで自信があるのなら信じさせてもらおうか……!」
言うや否や、ジュンはギャングに向かって走り出した。
「! う、撃つのである!」
自身の想像以上の速度で迫るジュンを確認したドクター・ウェストは慌てて命令を下す。発射された銃弾は、正に雨霰の如くジュンに襲い掛かるが、
弾丸が彼の身体に命中する事は無かった。巧みに相手の狙いを外し、時には背中の羽で防ぎつつ、距離を詰めるジュン。
「「「「「!!」」」」」
(あれだけ言うだけのことはあったか、なら……!)
弾が一向に命中しない事に動揺している敵の右翼に突入し、その一人にパンチを見舞うジュン。喰らった一人は盛大に吹き飛びながら、他の仲間を巻き込みつつ吹き飛んでいく。
「な、何ですと?」
驚くドクター・ウェストは完全に意識の外に置いているジュンの繰り出す拳と蹴りは、一閃する毎にギャング達を確実に倒していく。銃弾は勿論、身体に当たる事は無い。
(凄いな、自分のイメージした通りに身体が動く! ちっ、これほどの『力』があればあの時に……!)
脳裏に浮かんだ『記憶』と湧き上がる暗い感情に囚われつつ、ジュンは攻撃を続ける。そしてギャング達は全員倒れ付した。
「ま、待つのである!? どうしたのであるか? ここは『ドッキリ大成功!』とか書いた看板を持ってスタッフが集まるシーンでは無いか? ほーら、お茶の間の皆さんが爆笑している所でスタッフロール! ってアレ?」
(ドクター・ウェストにとっての)救いの神は現れなかった。いつの間にか味方で立っているのは自分だけだという厳しい現実を認識する彼。
「……ふっ、よくぞ我が精鋭を倒して此処まで来たのである、諸君!」
そううそぶくや否や、自分が乗ってきたバイクに向かって走り出すドクター・ウェスト。
「あ、逃げるよジュン君!」
「……正直関わりたくは無いけどな。とりあえず捕まえてアカツキの奴に差し出すか」
先程とはうって変わってやる気をなくしたジュンがドクター・ウェストを追う。しかし彼は単に逃げた訳ではなかった。
「ふははっははは! 地球規模の超! 大! 天! 才! ドクタァァァ! ウェェェストォッ! はここでナイスな反撃を敢行するのであーる! ここで大逆転シーン用のテーマソングが流れるのである! 貴様達のエンディングは我輩自ら歌ってやるのであーる!」
いつの間にか彼は自身の身長ほどもあるギターケースを抱え上げていた。ケースに穴が開き、発射口のような穴がジュンに向けられる。
「!」
「ジュン君!」
「さあ、エネルギー充填120%であーる! レッツ☆プレイィィッ!」
ドクター・ウェストの台詞の後に発射されるロケット弾。
「くっ! 流石に拙いか!?」
マシンガンとは大幅に異なる威力を有する相手に緊張するジュンに対し、
「右手に魔力を集中させるのだ、主!」
アル・アジフが冷静に指示を出す。
「魔力って?」
「うー、もー! 右手に意識を集中させるんだよ! ほんっとに知らないんだね?」
「何?」
「ジュン君は『右手であのミサイルを捕まえる』って考えれば良いんだよー! 帰ったらレクチャーしてあげなくちゃね☆」
「そんなので防げるのか? ってレクチャーって何だ?」
ユキナの指摘その他が信じられない&訳が分からないジュン。
「……主、そろそろ拙いぞ?」
「!!」
ツッコミを入れるような絶妙のタイミングでアル・アジフの指摘に気が付いた時、ジュンの目の前に迫っていた、弾は。自分たちに命中し、爆発すればただでは済まない。そう彼は考えた。
「ちっ(このままじゃこいつ等まで巻き込んでしまう)……!」
自身に言い聞かせるジュン。
(俺はこの手でコイツを掴めるんだろ? なら掴んでやる! ああ、もう)
「守れないのは沢山だッ!」
『彼女』を脳裏に浮かべつつそう彼が叫んだ瞬間、
「!」
ジュンの目には迫り来るロケットのスピードが緩慢に見えた。
(なんだ……? これなら簡単に掴めるじゃないか!)
唐突に変化した相手の動きの遅さに驚きつつ、ジュンの右手はロケットの胴体をしっかりと握り締める。
その瞬間、
『自分の』時間が現実に戻る感覚をジュンは確かに感じた。
「くっ!」
相手の推進力に耐え切れず、その場から大幅に後退せざるを得ないジュン。自分を押し倒そうとするかの如き力に負けじと抵抗する事だけを考えていた。
結果、
「………………なんですと?」
ドクター・ウェストの呆けた声に気が付くジュン。
右手には尚も進もうと暴れるロケットがしっかりと握られていた。咄嗟に左手も添える。
「ふむ、汝は土壇場で力を出すタイプのようだな」
「うわー、凄いね!」
冷静&驚いている様子のアル・アジフとユキナの声を聞き、ジュンは改めて状況を確認する。右手には先ほどのロケット弾が理不尽な支配から逃れようと暴れている。そして勝利を確信していたはずの相手は動揺しまくっている。
「ち、ちょっと待つのである! こーゆー状況は我輩のマニュアルには書かれていないのである! 士道不覚悟は上等である! 戦術的撤退なのである!」
「ふん、ならばその撤退とやらを手助けしてやればどうだ、我が主?」
「そうだよ!」
「……ふん、そうだな」
ニヤリと笑ってジュンは右手を大きく振りかぶる。
「お返しだッ! お釣はまとめて取っておけ!」
彼の手からロケット弾は解放されました。まっすぐにロケット弾は進みます。その結果、
「HAHAHA! アイシャルリターンである! 我輩は貴様等に負けたのではない、この小憎らしい、けど愛さずにはいられないマイ☆ブレインのちょっとえっちなお茶目である! そんなお茶目にも負けない我輩の切ない想いはぁぁぁぁぁー!」
炸裂する爆炎と共に、彼の姿は夜空に消えて逝きました。
「ふーん、世の中には漫画みたいに消える人も居るんだねー」
「アカツキの所に連れて行くつもりだったがな、これで良いか。というかもう二度と関わりたくないな」
「その点については同意だな我が主。で、これからどうするのだ?」
「そうだな、とりあえず」
「ホウメイさんのところでご飯にしようよ、お腹が空いてきたよー」
「小娘の意見には同意だ。妾も疲れたのでな。美味であれば文句は言わんぞ、妾は」
「アンタも行くつもりなの? っていうかフツーに食事できるの、魔導書って?」
「ふふん、妾のような高位の魔導書ならば魂と肉体を持つのは当然のことよ。少しは知識があるようだが、まだまだだな小娘」
「もう! 私の名前は白鳥ユキナ! その小娘って呼び方はやめてよね!」
「分かった分かった。とりあえず日々平穏に行くとするか」
そう決めるジュン。自分と他2名の姿を確認し、
「……この格好で行くわけにはいかないな。オイ、元の姿に戻してくれよ」
「了解だ我が主、食事をしながら今後の方針を決めるとするか」
そうアル・アジフが呟いた時、町中から警報が鳴り響いた。
「! 何だ?」
ジュンが自分の背後の町並みを見た瞬間、大爆発が起こった。それも続けざまである。
「うわっ!」
続いて地響きが聞こえてきた。それと同時に地面が激しく揺れ始める。慌てて倒れないよう努めるジュン。
「ねぇ、だんだんこっちに近づいてくるようだけど……?」
「な、何なんだ一体?」
肩の上のユキナに答える余裕はジュンに無かった。振動は激しくなる一方で、倒れないようにするのが精一杯であった。
「来るか……!」
そうアル・アジフが呟くと同時に振動は次第に収まっていく。そして
大爆発
「!」
「うひゃぁ!」
「この感覚…… 鬼機神ではないようだな」
ジュン達のいる廃工場近くのビル群が音を立てて崩れていく。そして
「このぉ、見つけたぞぉ☆ 凡人魔導師よ、我輩は帰ってきたのであーる!」
『ソレ』はビル群の中から姿を現した。全長は80メートル位ある
「ど、ドラム缶?」
ユキナが呆然と呟く。それに対し
「HAHAHA! 我輩の最高傑作をその目にしておきながらその程度の感想しか出ないとは、やはーり貴様等は凡人なのであーる!」
そのドラム缶から2度と聞くことは無いとばかり思っていた(ジュン達視点)声が響く。
「……どう見てもドラム缶に2本の手が付いているとしか見えないな」
「うむ、やはり芸術のセンスは皆無のようだな、あの変態は」
ジュンとアル・アジフの呟きの後、エレキギターの演奏が周囲に鳴り響く。
「ああ、神よ、全く芸術を理解できない凡人魔導師とその古本を相手にせねばならない試練を我輩に与えるのでありマスカ? 我輩の頭脳はそこまで偉大なのでありますか?」
一人悲しげに演奏するドクター・ウェスト。演奏を止め、
「そんな凡人魔導師共には正義の鉄槌を下すのであーる! この我輩の最高傑作たる『スーパーウェスト無敵ロボ28號』で!」
ドラム缶に生えた2本の腕をぶんぶん振り回しながら宣言するドクター・ウェスト。
「うわぁ、ホントにあの変態さんは同盟の一員みたいだね」
「そうなのかユキナ?」
ユキナに確認するジュン。
「うん、そーいえばアカツキさんから聞いたのと似てるかなーって、あのドラム缶」
「ムッキー! 我輩の『スーパーウェスト無敵ロボ28號』をそのような下賎な呼び方で何度も何度も! その無礼、許せんのである! とくと味わうのである! 我が大・天・才をっ! エルザ、やぁぁぁぁっておしまいっ、なのである!」
<イエス・ドクター ミサイル・ハッシャ・シマス>
スーパー(以下略)のコクピット内。
バイクのハンドル形式の操縦桿を握るドクター・ウェストの命令に従うAI『エルザ』。コクピット内の各種コンソールが慌しく点滅する。そして
「OKOK ……レッツ☆ジャムッ!」
ドラム缶からミサイルが6発発射されました。
「え?」
「逃げるぞ、我が主!」
「あ、ああ」
走ってその場から逃げるジュン達。その背後でミサイルは炸裂した。
「ぐうっ!」
その爆風でジュンの身体はあっけなく吹き飛ばされた。壁に激突する。
「大丈夫、ジュン君?」
「ふむ、これは…… 拙いな」
「ああ、大丈夫だユキナ。……で、お前。今なんて呟いた?」
ユキナに片手を振って無事を告げると共にアル・アジフに問うジュン。
「いや、今の妾達ではあのデカブツを相手には出来ぬ。そう思っただけだ」
淡々と答えるアル・アジフ。
「オイ」
「じゃ、じゃあ?」
「脇目も振らず逃げるしかないな」
やれやれといった感じのアル・アジフ。ジュンが何か言おうとした時、また背後で爆発が起こった。また吹き飛ばされるジュン達。
「ちっ! 全く今日は厄日としか言いようが無いな……!」
今度はきちんと受身を取って素早く立ち上がるジュン。二人が肩に乗っている事を確認すると、全力で走り出した。
「ぬうっ! 逃げるであるか!? 敵前逃亡は軍法会議、そしてジャパニーズ☆ハラキリであーる! 追うのである、エルザ!」
<イエス・ドクター モード・ツイゲキ・ニ・ヘンコウ タダチ・ニ・イドウ・シマス>
巨大なスーパー(以下略)が移動を開始する。時折ミサイルや両腕に装備されたガトリング砲を発射しながらである。
オオイソシティは大混乱に陥った。
「あははっ まてー☆こいつぅー」
「待つ奴が居るかよ、ったく」
それから10分後、ジュンは必死で逃げていた。背後からはドクター・ウェストの場違いな声が聞こえてくる。
「そうれ、つかまえちゃうぞー☆」
背後からの爆風がジュンを襲うが、転ぶことなく姿勢を保ち走り続ける。
「ああ、キミとボクとの淡い一夏のアヴァンチュールっ! 砂浜を走るキミの姿は、そう、真夏のマーメイド☆ ボクはそれを追いかけるしかないのであるか?」
ガトリング砲がジュン達の左脇に大穴を穿つ。
「ひっ!」
ジュンはすかさず左肩のユキナをアル・アジフの隣=右肩に移す。
「大丈夫か?」
「う、うん。……でも」
「振り切れぬか。少々厄介だな、あのデカブツは」
「「少々どころじゃ!」」
ジュンとユキナが叫んだ瞬間。
<ドクター モクヒョウ・ノ・コウドウ・パターン・ヲ・カイセキ・シマシタ>
おそらくAIなのであろう、女性の声がドラム缶から発せられた。
「でかしたのであるエルザ! さあ、初めての夜は海の見える別荘で! レッツ☆サマータイムブルース!」
ミサイルが発射された、12発。
両腕のガトリング砲が一斉射撃を開始する。
「くっ! 狙いが正確だぞ!?」
「ちぃっ!」
アル・アジフに指摘されるまでもなく、ジュンは焦っていた。ミサイルとガトリング砲の同時攻撃は今回が初めてであったからだ。
(どうする? どうやって二人を逃がせば良い?)
と彼が考えた瞬間、
「きゃあっ!」
「「!!」」
ガトリング砲の着弾による衝撃波が彼らを襲った。宙に舞い上げられる。そこには
「「「!!!」」」
12発のミサイルが接近していた。
「もう駄目ー!」
「くっ、防御が間に合わん!」
ユキナとアル・アジフが叫んだ瞬間。
「! うわぁ!」
何者かに抱きかかえられる感覚
それを自覚する前に強烈なGをジュンは感じた。
さっきまで目の前にあったミサイルがどんどん視界から離れていく。
「え?」
そして、ミサイルからかなり離れた場所で着地する感覚。そして、
「大丈夫か?」
機械めいた男の声での問いがジュンの耳に入った。ジュンの目には
赤と黒に彩られた仮面
黒を基調とした身体を覆う装甲
背には合計10の黒き羽
それは例えるなら
「……黒の天使……?」
ジュンは目の前の男をそう喩えた。
「アオイ・ジュンだな?」
「! 何故俺の名を?」
目の前の『天使』は問うた。身構えるジュン。ユキナとアル・アジフは先程のGで目を回したままである。
「オレは敵では無い」
「……ま、助けてくれたみたいだしな」
ゆっくりと構えを解くジュン。男の表情は仮面に覆われており分からない。だが緑に輝く仮面のレンズからは敵意を感じる事は出来なかった。
「ここはオレが引き受けた。お前にはライ…… 日々平穏に向かってはくれないか?」
「何?」
驚くジュン。何故、と思う間もなく
「あの地区の避難が遅れている。手伝ってやって欲しい」
「ホウメイさんとライカさんたちが?」
頷く男。
「頼む……!」
男の声に切実さが篭る。
「……分かった。あの二人には世話になっているしな、助けてくれた借りはそれで返そう」
「助かる」
「時間が無さそうだな、行かせて貰う」
「頼んだぞ……!」
男に背を向け、日々平穏を目指すジュン。
(しかし、あの男はホウメイさん達を知っているのか?)
疑問が浮かぶ。だが、
「今はとにかく急ぐとするか!」
ジュンは走る。日々平穏のある地区に向かって。
「発ッ!」
黒の天使から裂帛の気合と共に繰り出される拳。
それを受けてミサイルは爆発する。が、爆風と破片は天使を傷つける事は無かった。
「フン、相変わらずの芸の無さだな」
そう呟いた時、
「HAHAHA! この爆発ならば平凡魔導師風情には防げないであーる! 美味しくウェルダンになった…… て?」
スーパー(以下略)内で勝利を確信していたドクター・ウェストは、モニター越しに見た。
「ゲゲッ!」
自分の研究、そして同盟の敵である
「貴様はサンダルフォン! どうしてここにいるであるか?」
黒き『天使』を。
「フン、知れた事」
改めて構える目の前の敵。
「貴様のような邪悪から人々を守るためだ……!」
その身体から強烈な『氣』が湧き上がる。
「毎回毎回毎回我輩の邪魔をしおってからに! だが、今の我輩は貴様如きに構っている暇などないのであーる!」
「気が合うな、オレも同じだ」
周囲に一触即発の空気が徐々に発生し始める。
「ふふん、ならば我輩の実験に付き合って貰おうか?」
「?」
「さあ、ステージの始まりである! 『汎用人型決戦兵器試作型・頭文字E(仮名)』!」
スーパー(以下略&これより『破壊ロボ』と表記)の胸部ハッチが開き、影が飛び出す。サンダルフォンの前に降りたソレは、
「……こんなマネキンでオレを倒すと?」
サンダルフォンが呆れた口調で話す。彼の目の前には文字通りのマネキンが立っていた。表情が無いどころかのっぺらぼうであり、身体にも起伏は全く無い。右腕に『特別感謝:瓜畑秘密研究所』とペン書きされてある以外は白一色の見事なまでのマネキンである。
「往くのである汎用(以下略)! エルザ! しっかりモニターするのである!」
<イエス・ドクター セントウプログラム・キドウ・シマス>
「!」
次の瞬間、マネキンがサンダルフォンとの距離を急速に詰める。
「疾ッ!」
その動きに反応して正拳突きをサンダルフォンは入れようとするが、
「何?」
拳に触れる正に寸前に跳ぶマネキン。サンダルフォンの背後に着地しようとする。
「憤!」
ソレを目で追うことなく風の流れで感じ、後ろ蹴りを放つサンダルフォン。確かな蹴りの感触。
(なんて硬い身体だ!)
振り向くと、吹き飛びながらも姿勢を空中で直し、着地するマネキンの姿があった。
「へへーんだ! 我輩の汎用(以下略)! はどうであるかサンダルフォン? しばらくそこでダンスに付き合って貰うのであーる!」
そう言って破壊ロボは移動を再開した。ジュン達を探す気のようだ。
「ま、待て! ―――ぐっ!」
追いかけようとしたサンダルフォンであったが、後方からマネキンのキックを受けてしまった。吹き飛びこそしないものの、若干のダメージを受けたようであった。振り向いてマネキンと対峙する。
「貴様と遊んでいる暇はない……!」
間を詰めるサンダルフォン。身構えるマネキン。
戦いが再開された。
「ようやく見つけたのであーる! さあ、神妙にお縄を頂戴せいなのであーる!」
「くっ! あいつはやられたのか?」
「もうっ、しつこいなあ!」
「しかしあの話し方は何とかならんか、不快極まりない」
更に10分後、ジュンたちは破壊ロボに追撃されていた。破壊ロボが進む度に街は破壊されていく。
「エルザ! 今である! ここらで盛大なフィナーレを!」
勝利を確信し、ドクター・ウェストは高らかに命令を下す。だが、返事はない。
「どうしたのであるか?」
その言葉を受け、コンソールの一部に
「只今戦闘演算中」
と表示される。
「オウ、エルザ! キミはサンダルフォンと戦っているのだね? それだけに構って他を忘れるなんて! でも、そんな一途なキミがス・キ(はあと)」
その瞬間、何故か破壊ロボの動きが止まる。
「あ、あれ? どーしたのであるかエルザ? ……ふふん、照れておるのだな? 愛い奴め」
途端にシステムがダウンする。コクピット内は真っ暗になった。
「おおう? マシントラブルデスカ?」
あれこれ操縦桿やスイッチらしき物をデタラメに操作するドクター・ウェスト。機体はピクリともしなかったが、ミサイルが一発だけ発射された。
「うーむ、こんなドジっ娘に造った覚えは無いのであるが」
懐中電灯を取り出し、あれこれ周囲の機械を弄繰り回すドクター・ウェストであった。
「……何だか動きが止まったな」
地響きが途絶えたので、ジュンは後ろを振り返ってみた。破壊ロボは止まったままである。
「チャンスだぞ、主!」
「ああ! 今のうちに!」
再び走り出すジュンであったが、
「あ、ミサイルが来るよ?」
ユキナが警告する。だが、そのミサイルはジュンたちの頭上を通り過ぎていく。
「とりあえず無視だ主。先程からの振動でかなり地盤が悪く……!」
アル・アジフが言った瞬間、頭上でミサイルは突如爆発した。
「ぐっ!」
ジュンは爆風の衝撃に耐える。その時、地面がやけに不安定な事に気が付いた。
「え」
地面が崩れていた。
「え?」
ジュンの身体は宙に浮いていた。ユキナは呆然とする。
「な、何ーっ!」
アル・アジフが叫んだ。ジュンの身体は物理法則に従って下へと落ちていく。
「うわわわぁぁぁぁー」
「がくっ」
ユキナは気を失った。
「くっ! 衝撃防御!」
アル・アジフの叫びに呼応したのか、ジュンの身体に白い光が発生する。しかし、そのまま闇の中へ落ちていった。
「うーん、こ、ここは?」
「ようやく気が付いたか主」
ジュンの意識が戻る。身体を起こしたジュンの目の前に相変わらず三頭身なアル・アジフが居る。
「! ユキナは?」
「そこにおる」
ジュンがアル・アジフの示した方向に目を向ける。目を回したままの三頭身ユキナが居た。その身体をひょいとつまみ上げるジュン。
「おい、大丈夫か?」
「きゅうぅぅ……」
ぺちぺちとほっぺたを叩くジュンだが、目を覚まさない。
「しょうがないな」
ユキナの小さな身体を自分を包むボディスーツの胸の隙間に優しく入れる。
「……で、此処は何処だ?」
周囲の様子を確認するジュン。目の前には巨大なトンネルが先が見えないほどに続いていた。天井には自分達が落ちてきたであろう大穴が開いているが、光は見えない。
「かなり深い場所に落ちたのか」
「うむ、妾の衝撃防御のお陰だ。この力に感服して欲しいものだな」
「ああ、感謝する…… 待て、お前の所為でもあるんじゃないか? こういう状況になったのは?」
「過ぎた事をまだ口にするか、汝も心根が狭いな」
「お前って奴は! ふぅ。まあ、確かにここで口論していても始まらない、か」
一息ついてアル・アジフに対する追及を止め、改めて周囲を観察するジュン。
「しかし、地下鉄の新規建設計画なんて聞いてないがな」
1年以上世間の流れから外れていた事を忘れているかのように淡々と呟く。
「ま、ここでぐずぐずしていても始まらないか」
そう言って振り返って歩き出すジュン。先程見ていた部分とは正反対の方向へだ。ちびアル・アジフがひょっこりその肩に乗る。
「しかし、コイツも中々目を覚まさないな」
10分ほど歩いた所で、ジュンは自分の胸元にいるユキナを眺めながら苦笑した。目こそ回していなかったが、何時の間にやら寝息を立てている。それをアル・アジフは眺めた。
(……? 主は小娘が話しかけてくるのを嫌がっていたのではないか?)
視線をジュンの顔に切り替える。自分の胸の中で眠る少女を見る目は嫌がってはいなかった。むしろ
(これは?)
漠然とした『暖かさ』をアル・アジフはジュンのユキナを見る目から感じた。
(何故、妾は主の視線をそう感じる? 主は小娘の好意を否定していたのではないか?)
先程までの二人の会話と、今の主の視線の柔らかさ。短い時間ではあるが、自分には決して向ける事の無い暖かさ。
それを矛盾しているものとアル・アジフはふと考えた。そして、
(……魔導書であり、ヒトとは違う自分が何故そのような感情を持つ? 何故だ?)
一度生まれた疑問を彼女は何故か止める事が出来なかった。
(魔導書にとって主に行使され、また自分が行使する存在のはずだ。)
(なのに何故、妾はこうも契約したばかりの主をひどく気になる?)
思考の流れは止まらない。そしてアル・アジフの口は答えを求め、独りでに言葉を紡いでいた。
「……時に我が主、戯れに一つ質問をしても良いか?」
と。
「何だ? 答えるかどうかは内容によるぞ?」
そう言いつつ歩き続けるジュン。相変わらずトンネルは真っ直ぐ続いている。
「汝はこの小娘以外に好いておる者が居るのか?」
「―――!」
その質問はジュンの足を止めるのに十分であった。それに気が付いているのか居ないのか、尚もアル・アジフは質問を続ける。
「先程からの汝等のやり取りを見るに、どうもその小娘は汝の事を好いておるようだな。その様な他人からの好意には、人間という者は応えるものと思っておったが」
腕を組み、目を閉じつつ話すアル・アジフ。ジュンの表情が暗く、昏くなっていくのには気が付かない。
「その小娘は妾ほどでは無いが、中々の美少女だ。まあ、初めて会ったこの美少女に心奪われるのも無理は無い。……おっと、冗談だ。汝がそのような幼女趣味だとは思っておらぬが……?」
そこまで話して、アル・アジフは強烈な闇の波動を感じた。それも今自分が話しかけていた主からである。
「あ、主……?」
恐る恐るその顔を見るアル・アジフ。しかし、
(…………! 人たる身でここまでの闇を持つのか!? まさか、この闇に妾が惹かれたとでも!?)
ジュンの表情はただ虚無としか表現できないモノが浮かんでいる。しかしその内部には無数の負の感情、正の感情が複雑に入り混じっている。
(妾には解らぬ……! 30年も生きていないはずの人が何故此処まで……?)
「す、済まぬ! 少し冗談が過ぎたようだ!」
必死に謝罪するアル・アジフ。だが、ジュンは反応しなかった。
「汝はこの小娘以外に好いておる者が居るのか?」
ジュンの身体の動きが止まり、心の中の『扉』が開いていく。あれから少しづつ塞いでいた筈の『記憶』はいとも簡単にジュンの精神を侵食する。
自分を侵食していく記憶。
ピースランド
それは始まり
サツキミドリ
それは終焉
ソレを防げなかった自分と周囲
「……!」
やり場の無い様々な負の感情が、ジュンの精神と身体を蝕んでいく。
本当に何も出来なかったのかな?
何か出来たんじゃないかな?
キミは? 周りは? テンカワは?
負の感情が渦巻く中でとある声がジュンに囁く。それが自分の声でなく、女性のそれであることに、今のジュンに気づく余地があるはずも無い。
キミも周りも無力だったじゃないか。
あの後、力を得る事が出来たのかい?
『羽』ですら満足に使えなかったのにかい?
周りはキミを助けてくれたかい?
ああ、助けてくれなかったっけ?
無言のままのジュン。当時の周囲の『悪意』だけが心を支配していく。同時に彼の周囲が黒く染まり、彼に纏わりついていく。
そりゃそうだよ、彼らにも『力』が無かった、それだけさ。
だってそうじゃないか? 『戦神』さえも助けてくれなかった。
否、助けられなかったのさ。彼は自分の力不足を識(し)っていたのさ。
だから力がもっと必要なのさ、戦神以上のね? そうじゃないかい?
「!!」
「お、おい汝! 今の汝は負の力に……!」
今のジュンにアル・アジフの声など聞こえない。先程の声は甘い声でジュンを誘う。
でも、今のキミには力があるだろう?
「!」
どうだい? 最強の魔導書、『アル・アジフ』の力は?
彼女の力を使えば、あのテンカワをも越える事が出来るとしたら?
失われた『結果』をも変えることが出来るとしたら?
「!!」
先程の一連の戦闘がジュンの脳裏で再生される。あれだけ身を焦がしても得る事の出来なかった力を行使する自分が視えた。
そうさ、まだまだキミは強くなれる。キミは『アル・アジフ』のマスターだ。
もっと、知りたくはないかい? 『魔導書』の力を?
キミには資格が十分あるねぇ? うーん、勿体無いなぁ。
もっと素直になりなよ?
そうすれば、そうすればきっと……!
「……アル・アジフ……」
ジュンの中の声は消えた。誘惑に従って魔導書を呼ぶジュン、口元には歪んだ笑みが浮かぶ。
「ぐっ! な、汝!」
アル・アジフを鷲掴みにする。
「力を、力を寄こせ……!」
「落ち着くのだ汝! 今の汝は闇に染まり…… あうっ!」
アル・アジフを握り締めるジュンの握力が次第に強まっていく。
「ぐぅっ! 汝……!」
アル・アジフは苦しみつつも感じていた。今のジュンを覆う『闇』の中に、契約の時に自分が感じた彼『以外』の闇が混じっている事を。
「俺は、俺は、俺はァァァァァァッ!」
アル・アジフを握り締める右手から徐々にであるが流れてくる魔力を、ジュンは感じていた。握る力を更に強めていく。アル・アジフは意識を失う寸前である。
ジュンに流れ込む魔力が増え始めたその時。
「……ジュン君?」
ユキナがゆっくりと目を覚ました。完全に目を覚ましていない様子の彼女の瞳が、ジュンを捉える。自分が収まっていたジュンの胸元から抜け出し、宙を漂う。
「(あの小娘が魔術を行使した? 主に魔力を供給している筈の)!?」
その様子を薄れゆく意識の中、アル・アジフが辛うじて見た。ユキナの小さな指がとある形を紡ぐ。
(……『旧き印(エルダーサイン)』だと?)
その動きは白き五芒星形で表現された。その五芒星から白い光が生まれ、ジュンを包み込んでいく。
(主の『闇』を祓っているだと?)
アル・アジフの内心の考えに併せるかのように、ジュンに纏わり付いていた闇は次第に彼から離れていく。そして、
「あ、あれ? こ、ここはどこだ?」
呆けているジュンがそこに居た。
「何だか酷く疲れたな」
そう呟きながら両手をあちこちに振り回し、身体の調子を確認する。アル・アジフを握り締めていた手の平を離す。
「きゃんっ?」
「にゃにゃー!?」
「あ、起きてたのか? ……悪いな、ユキナ」
振り回した手にユキナが当たったのを見て謝罪するジュン。
「オイ、そっちは何をそこで転がっているんだ?」
自分が彼女を思いっきり(どころか)握り締めていたという事実を置き去りにして、アル・アジフに問うジュン。
「汝……!」
魔力を吸い取られ、あまつさえ殺されかけた(彼女視点)にも関わらず、呑気な事をぬかす(これまた以下略)主に、アル・アジフの頭の中は怒りで充満する。
「……とりあえず、喰らうが良い……!」
魔力が、大爆発を、起こしました。
「で、汝は今の事を全然覚えていないと?」
「ああ、悪いがお前に何か非常に不愉快な質問をされたとしか覚えていない」
「……とりあえず、もう一度喰らうか、汝?」
「もう! ジュン君をいじめないでよ! この古本娘!」
訳が分からないという様子のジュンに対し、三頭身のまま魔力を集めだすアル・アジフをユキナが阻む。因みに対した被害は受けていないようだ、ジュンは。
「汝! 先程の『旧き印』如きで今の妾を止められるとでも!」
「え? 『えるだーさいん』? なにソレ?」
拍子抜けしたユキナの返答に空中ですっ転ぶアル・アジフ。集中していた魔力が霧散する。
「な、汝も覚えていないのか?」
「うん、さっき落っこちた時から今まで何かあったの? ……そういえば、何だかとっても暖かかったなぁ」
クネクネしながら呟くユキナ。ジュンの頬がわずかに赤くなり、彼はそっぽを向いた。
「と、とにかくだ! 早く出口を探さないとな!」
「? ま、そうだねー。暗いのはあまり得意じゃないし」
座っていたジュンは立ち上がった。その動きに併せてユキナが左肩に乗る。
「……」
むっつりとした表情のままアル・アジフも右肩に乗る。
(これならば、特訓はより過酷にしても支障は無かろう……!)
内心ではそう思いつつであるが。
(しかし、先程の主には何か他のモノが介入していたような?)
先程のジュンの様子を思い出し、気配を探るアル・アジフ。しかし、自分達以外の気配を感じる事は出来なかった。
(気のせいか? しかし、それだけでは済まない気がするな。)
しばし思案に暮れるアル・アジフであった。
「うーん、初々しいなぁ。かーわいいなぁ」
3人が先程までいた場所に、一つの声が響いた。声はするが姿は見えない。
「でも…… まだまだだなぁ」
溜息が混じる。
「もっともっと強くなって貰わないと」
楽しげに語る声。
「さあさあ、役者の一人がまたまた登場するよ? 早く『アレ』を使いこなしてくれよ、マスター・オブ・ネクロノミコン? あははははは!」
笑い声が消えると共に、そこには静寂が戻った。
「ジュン君、ドアがあるよ?」
「……ドアというには大きすぎないか?」
「ふむ。この先に行くしかないようだな。引き返している時間など無いしな」
約15分後、3人の目の前に巨大な扉が立ち塞がっていた。
「しかし、どうやって開けるんだ? まさか手で開けるわけにもいかないだろう」
辺りを見回すジュン。直ぐに左側の壁に非常用と思われるレバーを見つけた。プラスチックのカバーを叩き壊し、中のレバーに触れる。
「ねえ、いいの? 勝手に開けて」
「これで無事に地上に出ることが出来たら、謝るさ」
ユキナに弁解しつつ、レバーを下げようとするジュン。
「……気をつけるが良い、主」
「ん? どう言う事だ?」
真剣な表情のアル・アジフに尋ねるジュン。
「この扉、素材は分からぬが魔力を遮断しておる。この妾をもってしても奥の事が分からぬ」
「本当か?」
「何が起こるか分からん、注意するがよい」
「お、驚かさないでよね!」
「驚くだけで済めば良いが」
冗談めかして話すユキナに対しても慎重さを崩さないアル・アジフ。
「悩んでもしょうがないか、とにかく開けるぞ?」
そう言ってレバーを操作するジュン。重々しい音と共に扉が開いていく。
「うーわー! さっきの通路も大きかったけど、それよりもっと大きい部屋だね…… え?」
「うーん、こんなに大きいとナデシコ位は入りそうだな? どうしたユキナ? そっちに何があるん………… 機動…兵器なのか?」
「ほう? これは……」
扉の向こうには、さらに巨大な空間が広がっていた。その奥に巨大としか表現の仕様の無い巨大な人型の塊が存在していた。無数のタイヤが付いたキャリアーに載せられている。
「こ、これはジンタイプか? それにしては―――」
(あまりにタイプが違いすぎる。)
ジュンは直ぐに自らの考えを否定した。
「な、なんか、す、凄いね……」
(ユキナの言うとおりだ、コレは存在感が圧倒的過ぎる。)
徐々に冷静さを取り戻していくジュン。改めて巨大すぎるソレを見る。
天に向かって伸びるかのごとく、両膝に存在する巨大なシールド。
硬く握り締められている両の拳。
巨大な両肩。
頭頂から足元まで伸びる緑の鬣(フレア)。
ソコに居るのはジュンやユキナの知る人型兵器とは全く異質の、そして圧倒的な存在であった。
「ほう! この感じは…… 少々ヒトの科学が混じっておるようだが『鬼機神(デウス・マキナ)』か!」
「デウス・マキナだと? 同盟が使っていると言っていた奴か?」
アカツキに今朝見せて貰った新聞記事を思い出しつつアル・アジフに問うジュン。
「うむ、本来鬼機神は至る所に魔術を用いた装置や回路を用いておるのだが、こやつには汝等の科学も使われている様だ」
「ならこいつは?」
「魔導師がわざわざ科学を使って鬼機神を作る必要は無い、全ては魔術だけで事足りるからな。それを考えれば」
「そうか! それなら同盟の鬼機神ではないって事だね!」
「…………そういう考え方も出来るな」
ユキナに結論を言われ、ちょっとむくれた様子のアル・アジフ。周囲を確認し、
「魔導師の気配も無い。丁度良いな、主?」
「何がだ?」
アル・アジフの意図が掴めないジュン。
「正式な鬼機神とは言えぬが、問題は無さそうだ。ありがたく使わせて貰おうぞ、主」
「そうだね、これならさっきのドラム缶にも対抗出来るんじゃない?」
「お前達、この世界には法律ってものがあるのを知っているか?」
こめかみに鈍い痛みを感じるジュン。
「えー? 落し物は3秒以内に拾えばだいじょぶじゃない?」
「……食べ物とは違うだろうが」
鈍い痛みは2倍に増える。
「我と主が見つけたのだから、それはすなわちこの鬼機神は我らのものという事になる。まあ、ここまでお膳立てが良すぎるのも多少は気になるが、これも大事の前の小事だな」
「……小事と言い切るか、お前は?」
ジュンを蝕む痛みは先程の3倍に増幅される。
「そんなことはどうでも良い!」
ジュンを怒鳴りつけるアル・アジフ。
「あれこれ考えるより、こやつで先程の粗大ゴミを始末せねば街の被害が増える一方だぞ? 戦う準備をするぞ主!」
「……何事であるか? 今、猛烈に抑えようの無い怒りを感じたのであるが? ふっ、我輩もまだ心はギザギザハートな10代であるということか」
あちこちを点検しながらコクピット内で呟く自称天才科学者。
閑話休題、
「ちょっと待て、誰がだ?」
「勿論、汝と妾とこの鬼機神がだ。我等が三位一体となれば、あの程度のガラクタなど問題にならぬ」
「だから何で俺が?」
「ジュン君!」
アル・アジフと口論を始めそうなジュンにユキナが割って入る。
「ねえ、アル?」
「何だ小娘?」
「アンタ、あのロボットを動かせるの?」
「無論だ、妾ほどの魔導書ともなれば鬼機神の操作等容易い事だ」
「じゃあ、とにかくジュン君。あれで戦おう!」
移動用であろうか、巨大(どころか)な輸送車に固定されているロボットを指差すユキナ。
「だから何で俺が……!」
怒鳴りかけてユキナの目に涙が浮かび、泣きそうになるのを見るジュン。爆発しかけた怒気が消える。
「ミナトさん達を守ってあげて? ううん、この街の皆を」
「!」
「ホウメイさん達だってこの街にいるじゃない? 助けようよ、守ろうよ、あんな奴に幸せに暮らしてるお兄ちゃん達の生活を邪魔されたくないよ……!」
目に浮かんだ涙を自分で拭いて、笑顔を取り戻すユキナ。
「それに、アルが『出来る』って言ってるんだもん。さっきだって銃やロケットにだって勝ったじゃない? だからだいじょぶだよ! さっきと違って強そうなロボットだってあるし、ね?」
その言葉にそっぽを向くジュン。
「ジュン君、ユキナ一生のお願いッ!」
両手を合わせて拝み倒すユキナの頭をくしゃっと撫でるジュン。
「え?」
「……ったく、お前の『一生のお願い』は何回あるんだ?」
「う、うーんと。ま、まあ、ユキナちゃんは美少女だし、ね?」
「誰が美少女だ、全く」
ジュンの顔に浮かぶのは苦笑。
「なら今回だけだ、今回だけは戦ってやる」
アル・アジフに向き直って宣言するジュン。
「……言いたい事は山ほどあるが、今は時間が無い。何、あやつに乗れば汝の考えも変わるだろう」
やれやれといった様子のアル・アジフ。それを無視してジュンはロボットに向き直る。
「しかし、本当に勝てるんだろうな?」
そう呟いた瞬間、ロボットが駆動を創めた。
「!!」
機体の各部が駆動音を奏で、それらは格納庫の中でハーモニーを創り出す。
そして、ロボットの双眸が開かれた。それはジュン達の方向をしっかりと向いた。
「ふっ、こやつもやる気のようだな」
そうアル・アジフが呟いた瞬間、ロボットの眸に光が宿った。同時に機体の装甲に淡い緑のラインが複雑な紋様を描いていく。そして、先程まで鳴り響いていたハーモニーは静かなものになった。
まるで練習を止め、指揮者の指揮棒(タクト)が振られるのを待つオーケストラのように。
「見るが良い、このデウス・マキナも汝を主と認めたようだ。主が乗る前に準備を済ませるとは、見上げた忠誠心だな?」
「……ふん」
アル・アジフの視線から目を逸らし、ロボットを見上げその双眸を見るジュン。
(何だ? 俺はコイツに惹かれているのか? ……こんな感情なんざ、二度と味わう事なんて無いと思ったがな。だが、今回だけだ……!)
内心で生まれてきた昂揚感を捻じ伏せようとするジュン。
「まあ良い、とにかく往くぞ! ―――接続(アクセス)!」
「識を伝え式を編む(あむ)我、魔物の咆哮たる我、死を超ゆるあらゆる写本(こ)の原本(はは)たる我、『アル・アジフ』の名において問う」
朗々としたアル・アジフの声が格納庫を満たしていく。
「鋼鉄を鎧い(まとい)刃金(はがね)を纏う神、人が造りし神、鬼械の神よ…… 汝は何者ぞ?」
その詠唱によって、ロボットの纏う光が更に強くなる。
「「!!」」
ジュンとユキナがその光の強さに驚く間もなく、光は格納庫を満たし、ジュン達を包み込んでいく。
「え、ええっ!?」
「お、おい! こいつは一体!?」
二人は自分達の身体が白く輝く粒子と化し、崩れていくのを見た。
「消えちゃうの?」
「どうなってる、魔導書!?」
「中に入るだけだ! 一々騒ぐでない!」
二人を見もせずにアル・アジフは事も無げに言う。
「普通に乗り込むんじゃなくてー!?」
「これで大丈夫なのかー!?」
強さを増す白き光を感じながら、ジュンとユキナの意識も白く染まっていった。
”I’m innocent rage.”
「「!?」」
だが、完全に意識が途絶えた訳ではなかった。
”I’m innocent hatred.”
「!!」
”I’m innocent sword.”
”I’m N−DEMONBANE.”
それは音では無かった。網膜に、そして脳裏に直接文字を刻み込まれる感覚を二人は味わった。そして、
「うぇ?」
「―――!?」
ソレが何だったかを確認する間もなく、アル・アジフの詠唱は続いている。
「汝は、憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙」
「汝は、流された血を舐める炎に宿りし正しき怒り」
「汝は、無垢なる刃」
「汝は『魔を断つ者(デモンベイン)』」
「善き名だ! 気に入った! ―――うゆ?」
「う、ううん……」
「な、何だったんだ今のは……?」
ジュンとユキナの意識は、次第に目の前の景色を認識しようとしていた。まず最初に目にしたのは、
「な、何だこの文字は?」
「うーんと、えーっと、ああ、『魔術文字』かな?」
「何だ、それ?」
自分の右肩から聞こえてきたユキナの声を聞き、そちらを見るジュン。
「うん、やっぱりそうだ! ってことは魔法陣の中に居るって事だね、私達?」
「うーんと、頼む、俺の分かる言葉で喋ってくれユキナ」
現状と目の前の少女の言っている事が分からないジュン。辺りを見回す。
「何だか囲まれているな」
ジュンとユキナを魔法陣? が覆っており、ジュンの正面には
「おい、お前!」
様々な種類の計器類に囲まれたシートの中にアル・アジフは座っていた。いつの間にかジュンと初めて逢った時の姿に戻っている。
「!?」
目の前のバイクのハンドルに似た操縦桿を彼女が握った瞬間、本のページが無数に舞った。それらは彼女の頭の上に集まる。
「な、何なんだ?」
そして猫耳のような形状のヘルメットに姿を変えた。そんなジュンの声が聞こえたのか、
「ようやく気が付いたか」
「こ、ここは一体?」
「鈍い主だ。先程の鬼機神―――N−DEMONBANEの内部に決まっておるだろう。『N』とはまあ、我が名に決まっておろうがな。……ここまでお膳立てがされておるのか?」
呆れた様子のアル・アジフ。最後に小声で何かを呟いている。
「さっきのロボットの中か? ……『N−DEMONBANE』って言ってたな?」
先程の出来事を確認するかのように呟くジュン。
「うーん、『N』って何かなー?」
その肩でユキナも悩んでいた。
「どうしたユキナ?」
「うん、『DEMONBANE』っていうのはこのロボット君の名前かなーって事は分かるんだけど、頭に付いてる『N』が何なのか分からなくって」
「……意味が分からない?」
「うん、『DEMONBANE』っていうのは『魔を断つ者』かなーと言うのは分かるんだけど、その前についてる『N』の意味がねー。何かの略称かなぁ?」
不意に、ジュンの脳裏にアカツキとの会話が蘇る。
「えーと、『アカツキ・コウゾウ』だっけ? 一代でネルガルという巨大企業を興した人だったよな?」
「へぇ、前に話したのを覚えてくれてたんだ。まあ、それはともかくその遺産の中に巨大なロボットがあったんだよ」
「は?」
「だからロボットだよ、巨大なロボット。ヤマダ君あたりが見たら大喜びするくらいのね」
拍子抜けするジュンに構うことなく、彼は続ける。
「色々祖父さんの文献なんかで調べたら、どうもこいつは同盟が使っている『鬼機神』と同種のロボットであると分かったんだよ」
「…………『ネルガル』?」
「え?」
ジュンは記憶の中の単語からNを頭文字とする単語を口にした。
「もし、もしもだぞ? コイツがアカツキの言っていたロボットと同一だったら……!」
「そ、そうなのかな?」
「そうならその『魔を断つ者』という単語の前にNと言う文字が付いているのは納得できるな。ネルガルのものだから“NELGAL”の略…… そう考えても不思議じゃないかもな」
アカツキを思い出しながらそう口にするジュン。しかし、
「それは安直だよジュン君。うーん、多分ネオとかニューとかのNじゃない?」
ユキナが自説を口にする。
「……お前だって安直と言うかストレート過ぎだろうが」
「何よぉ! 現役女子高生で、しかもジュン君より魔導を勉強してる私のフィーリングを疑うの?」
「おい、操作系に接続(アクセス)するぞ?」
「そうじゃなくてもっと考えて話せと言ってるんだ!」
「ジュン君だって安直に言ったじゃない!」
「現状では一番可能性が高い!」
「ふふーんだ、どうやって証明するのかなー?」
「だから操作系に接続すると……! もう知らぬ!」
「俺はアカツキと話をした!」
「私だってアカツキさんから色々教わったもん!」
「…………接続(アクセス)!」
「!」
「え?」
アル・アジフが命じた瞬間、ジュンのボディスーツの背中の翼が本のページとなった。その一枚一枚が先程からジュン達を護るかのごとく存在する魔法陣の周囲に浮かぶ。そして、
「うわー、凄いねー」
ユキナのあっさりとした表現とは裏腹に、その紙片達はモニターに、コンソールに、計器に、操縦桿に姿を変えていく。
「……操縦できるのか、俺に?」
「ジュン君ならだいじょぶだよ! だってIFSを持ってるじゃない?」
「これはエステと同じに動かせるのか?」
そう言われ、ユキナの額に大粒の汗が浮かぶ。
「う、うん。ま、まあ多分だいじょぶだよ」
「ふぅ、随分と自信があるようだな? 動かなくて一方的にやられるのは俺の趣味じゃないんだがな?」
「うん、それは私も同じだよ?」
「そこで纏めようとするな!」
「えへへー」
舌を出して照れ笑いするユキナ。そこにジュンが追撃を加えようとした時、
「五月蝿い、汝等!」
アル・アジフが大声でそれを遮る。
「先程から下らぬ会話で時を無駄にしおって! 汝等が馬鹿をやっている間にも上の被害は増える一方だぞ!?」
「「!!」」
はっとする二人。
「分かったようだな。では往くぞ!」
「そうだね!」
「そうだな…… っておい、もう出ることが出来るのか?」
「ああ。『出るだけなら』問題は無い。そこまでの解析は済んだからな」
「よし! 頼む!」
アル・アジフの報告を受け、決断するジュン。
(確かにコイツの言うとおりだ。今は、今回だけは早く……!)
N−デモンベインを乗せたキャリアーが動き出す。
「ちゃんと動くようだな」
アル・アジフの口に笑みが浮かぶ。
「よし、往くぞ“Necronomicon’S DEMONBANE”! 我が名を冠する魔を断つ者よ、我が主と共に邪悪を撃ち滅ぼそうぞ!」
「……いつの間にそう決まったんだ?」
「ちょ、ちょっと! 何時からアンタの物になったのよ!?」
「五月蝿い! 邪魔をするでない小娘!」
「も、もう! だから人の事をそんな呼び方で!」
「今は汝の相手をする暇は無い! 往くぞ!」
キャリアーの速度が増していく。先程ジュン達が通ってきた通路を経て、
「ち、ちょっと何よアレは!?」
「お、おい! ぶつかるぞ!」
「アレは問題無い」
「「大有りだー!
巨大な金属の球が、彼らの前に立ち塞がっていた。デモンベインよりも巨大である。減速することなく、キャリアーはそこに向かっていった……!
「……退屈なのであーる」
何とか修復が終わり、ドクター・ウェストはモニター越しに自分と破壊ロボを包囲する戦闘車両とエステバリス隊を眺めていた。既に彼らの半数が撃退されていた。
「あの程度の戦力で我輩を止められると思われているとは、ああ! 今の我輩は悲劇の主人公である! アイ・キャント・ストップ・ザ・ロンリネスなのであーる! 悲しみが止まらないのであーる!」
エレキギターを弾くドクター・ウェスト。
「……しかし、この程度で満足するわけにはいかないのであーる! あ奴等の鬼機神に勝てる性能にしなくてはならぬというのにであーる!」
脳裏に同盟メンバーの顔が浮かび、唇を噛む彼。
「そうである! 今の我輩には強敵が必要なのである! あ、この場合は『強敵と書いて”とも”』と読むんだよ、分かったかなぁ?」
語尾の口調を変えて話すドクター・ウェスト。そうして話し終えた時、エルザがモニターに上空の異変を伝える。
「ぬうっ! 何であるか?」
夜空に巨大な魔法陣が産まれ、完成した。その中心から
「……機動兵器であるか? っておわー!」
出現した『何か』が破壊ロボ目掛けて落ちてきたのであった。
(続きます)
<長い後書き等>
どうも、ナイツです。前回同様進行は遅いですがご容赦を。ようやくPS2版でアルルートを終えたンですが、ホントに書けンのか、俺?的にな気分になってます(汗)。とはいえ続けます。更新頻度は低いと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです(ふかぶか)。
あ、あとデモンベイン本体に関しては描写がマジで出来ないです(滝汗)。『どンな外見なンだよ?』とお思いの方は『機神咆吼デモンベイン』でぐぐって頂いて、そちらで是非ともお姿を拝見して頂きたく存じます(土下座)。うーん、ティベリウス役を誰にしよう(汗)。
ンで、とりあえず(爆)ニューではなくアル・アジフたんの名を冠しました、ここのデモンベイン。
ギャグ&ネタ関連ですが、今作品としてはやっぱりギャグやネタも使います(殴打)。コレばっかりは体質になってまいまった(滅)。が、作品自体はシリアスを(一応)目指してます。まあ、はっちゃけるのは今回登場したドクター他少数になると思います、いえしたいです。たとえ前回分で頂いたメールにあったように
>それと作風がいつもと違いますね。
>何時もだったら、合体場面で「筋肉と筋肉のぶつかり合いっ!」と、
>言ってびたんびたん肉の跳ねる音を鳴らしそうな勢いなんですけど(ヲイ)
……アルたんとジュンがポージングをかます場面を想像しましたが(消滅)、決してこーゆーふーにはしないつもりですッ!。例え皆様からどう思われていてもデス(汗)。感想を頂いた某氏、ネタにしてスミマセン(礼)。
それはともかく、北シリーズや今回の世界構築で参考にさせて頂いているBen氏(申し訳ないです)、BA−2氏、影人氏には今更ながらですが感謝を。感想やアドバイスを下さった皆様、ホントに励みになります。特に漫画版スクライドのような執筆関係と勝手ながら思っているノバ氏には多大な感謝を。
これらを基盤にしながら今後も完結を目指していきます。非常にゆっくりな歩みとは思いますが。それでは、今宵はここまでにいたしとうございます@某大河ドラマ。……めっさ古いですが。
<ネタ解説>
・「メソッド・オブ・イカリヤ」
「いかりや奏法」と呼ばれる先日逝去されたザ・ドリフターズのリーダーであられた故いかりや長介氏の『ベースギター』の弾き方です。詳しくは著書である『だめだこりゃ』@新潮文庫を参照してくださいデス。
代理人の感想
はっちゃけるのはドクターウェストとエルザと、後酔っ払った姫さん(出てくるのかどーか知りませんが)だけで結構ですんで、ええ。
まぁどうせ入れるなら「アオイジュン・人間失格劇場」も入れて欲しいところではありますが。
何が受けるかって主人公の人間失格ネタ以上に受けるネタはデモンベインにはありませんから(爆)。
ところで、ナイアさんもそうですが意外なのがやはりサンダルフォン。
果たして正体は北斗かアキトか、はたまた謎の第三者か。
ま、クロスなんだし、双方の持ち味を活かしてかつ展開も面白ければなんでもありです。
これまでのところ、連続して次を期待させてくれるような出来なので後は執筆速げふんげふん。
ともあれ、次を楽しみにしております。