人は誰でも夢を見る
大抵はその人の記憶や願望から生まれるものだが極稀にそうでないのもある
そう・・・『前世の記憶』と言うやつだ
ここに一人の青年がいる
故郷を失い、生きる意味が見つけられない哀れな男だ
ここに一人の少女がいる
国を思う余り、自分の幸せを捨てようとしているけなげな少女だ
二人は、幼い頃から何度も同じ夢を見ていた
その夢は、かつてお互いに求めながらもついに一緒になることが出来なかった魂がお互いを求める叫びだった
「今度こそ結ばれたい」
そう願った魂は、奇跡を呼び起こす
前口上はここまでだ。さあ、黒の王子と瑠璃色の姫の御伽噺の始まり始まり。
黒の王子
第1幕
モクレン国―――大陸でも新しいこの国家が生まれて、20年の月日が経とうとしていた。建国時と比較して10倍以上に拡大された領地は、軍人たちによる支配によって秩序ある統制がなされていたが、戦争によって併呑した土地の常、どこにでも内乱の火種はくすぶっていた。
「おおおおおおおお!!!!」
初老の騎士が裂帛の気合と共に槍を振りまわすと、騎士の周りを囲んでいた兵士たちはまとめて吹き飛ばされた。
元カセイ王国近衛兵団長ナガサキ・ヨシムネ。老いてなおその槍捌きは健在であった。
「進め! 目指すはフォボス砦!」
ナガサキ団長の激と共に、元カセイ王国近衛兵団&騎士団の反乱部隊は、砦へと直進して行く。そこへ、先行偵察に出していた斥候が戻ってきた。
「申し上げます! フォボス砦より敵部隊出陣! その数1500!」
「なんだと?」
ナガサキ団長が首をかしげるのも当然だ。自分たち反乱部隊の兵数は6000。あちらの兵力の4倍だ。正面から戦えばこちらが有利なのは目に見えている。兵力が少ないのならば、砦に立てこもり本国からの増援を待つという手も有るのだから、敵の行動は理屈に合わない。
「そ、それで・・・」
「? どうした」
はきはきと話していた斥候が急に口篭もり、ナガサキ団長はいぶかしんだ。が、次の報告は彼の呼吸をほんの数秒とはいえ止めてしまうほどの破壊力を持っていた。
「て、敵部隊は第3兵団所属甲種内乱鎮圧部隊『黒竜』!」
ざわり、と周りの兵士たちにも動揺が走った。続いて、別の斥候が走ってくる。
「敵部隊長、司令官殿との一騎討ちを所望していますが・・・」
「よかろう」
そう言いながら、馬首を巡らせる。
黒い鎧、黒い兜、黒い槍、腰に着けた剣の鞘さえも黒く統一された部隊の中でもひときわ目立つ黒馬に乗った男が、ゆっくりとこちらに向かってきた。その顔はまだ若く、せいぜい20歳前後に見えた。
「・・・お久しぶりです、ナガサキ団長」
「王子・・・こんな形でお会いしとう無かった」
王子と呼ばれた青年は、僅かに苦笑する。
「そんな名で呼ばないで下さい。もうカセイはないんです」
「そんなことは無い!」
ナガサキ団長は大声をあげる。
「カセイ復活を願う人間は大勢いる! ならばこそ、我々は立ち上がったのだ! モクレンごときにこの土地を治める資格は無い! 王子、共にカセイを取り戻しましょう」
「妾腹の王子が今更立ち上がった所で誰も付いては来ないでしょう。 おまけに私には王の息子であるという証拠は何一つありません」
「何を申される! その目、その顔立ち! 先代の国王様の生き写しではないか!」
ナガサキ提督は熱弁を振るう。
「今からでも遅くは無い、我等と共に戦いましょう。妾腹の子であることなど、戦いに勝ち進んでゆけば忘れられて・・・」
「そこまでです」
『黒竜』隊長は強引に会話を打ち切った。
「今の私は甲種内乱鎮圧部隊『黒竜』隊長テンカワ・アキト。反乱軍首領ナガサキ・ヨシムネ、あなたとあなたの部隊を鎮圧します」
そう言いながら、槍を構えるアキト。その様子を見て説得を諦めたのか、ナガサキ団長も槍を構える。
「「はあぁぁぁぁぁぁ!!」」
ギィィィィン! ガシィィィン!
馬を駆けさせ、すれ違いざまに激しく打ち合う二人。
二合、三号と打ち合うごとに有利になっていったのはアキトの方だった。ナガサキ団長の槍捌きは老練で隙が無かったが、アキトのそれは鬼神のそれを思わせるほどの苛烈さだった。
五合目を打ち合った直後、ナガサキ団長の槍は空高く飛ばされていた。
「・・・ここまでです」
「鬼気迫るその槍捌き、まさに『闇色の修羅』よ・・・。その力、我等のために振るってくれたらのう。・・・カセイに栄光あれ!」
アキトの最後の一撃はナガサキ提督の心臓を確実に貫いていた。
少しだけ悲しげな目をしたアキトは、残された反乱部隊に向き直る。
「降伏すれば命は助けるが?」
「ふざけるな!」
副官の返答はとても簡潔だった。
「かくなる上は貴様を倒し、地獄に送ってやる! 全軍・・・」
ドォゥゥゥゥゥゥン!!!
突撃、とは言えなかった。なんと部隊の後方で爆発が巻き起こったのだ。
それと同時に鴇の声が上がるその旗印は―――
「乙種反乱鎮圧部隊『黄竜』・・・」
モクレン全軍に合わせて10部隊ある反乱鎮圧部隊の中でも、白兵、魔術それぞれ最強の2部隊に挟撃されたことになる。おまけにこちらは指揮官が討ち死にし、部隊自体が浮き足立っている。これでも勝てると思うほど副官は楽天主義ではなかった・・・
「仕方ない、降伏する」
旧カセイ軍反乱事件から3日後、テンカワ・アキトはモクレン国首都ガニメデの王宮に来ていた。先日の反乱鎮圧の功績で中佐に昇格した。辞令を受け取り、官舎に帰る途中だった。
「よう、アキト!」
そんな彼に話し掛けてきた人物がいる。振り向いたアキトの瞳に、見なれた人物が映る。
「お前か、ヤン」
ヤン・クレスト―――先日の反乱鎮圧の立役者、乙種反乱鎮圧部隊『黄竜』の隊長だ。魔法専門の『乙種』の隊長だけあって彼も一流の魔術師である。
「昇進したんだって?」
「まあな」
昇進したのだが、アキトは喜ぶことが出来ない。むしろ苦々しい顔をしている。
「上層部の連中も意地が悪い。お前じゃなくても反乱鎮圧部隊はいるだろうに」
「飼い犬がどんな命令でも聞くか試したかったんだろうさ」
先日鎮圧したのは自分の故郷の人間。しかも指揮官は顔見知りときたら、普通の上司だったら裏切りを恐れて別の部隊を鎮圧に向けただろうが、モクレンの上層部に『普通』の人間はいなかった。
「今回の鎮圧でしばらくは不穏分子の皆さんも大人しくしてるだろうが・・・。あ、そうそう次の任務も合同だからな」
ヤンは話題を転換する。
「? 反乱は起こってないんだろう?」
「護衛だとよ」
「何?」
反乱鎮圧部隊の自分たちには本来回ってくるはずの無い任務だ。そう言った任務は専門の衛兵団がするものだが・・・
「護衛対象はクサカベ・シン。行き先はピースランド」
「・・・」
「クサカベ閣下の三男坊にピースランドのお姫様を娶らせるんだと」
「俺達は見せしめか」
「そう言うこと」
アキトは3年前に滅ぼされたカセイの王子。ヤンも6年前に滅ぼされたルナ帝国で貴族だった男だ。
滅ぼされて兵士としてこき使われるか、形だけの独立を保って隷属するか―――
選べという事だろう。
「出立は5日後。伝えたからな」
「ああ」
そう言って二人は別れた。
幼い頃は辺境の貧乏貴族の息子として生きていた。館の裏手にある山で日が暮れるまで遊び、よく父に怒鳴られていた。
15の時に、王が亡くなった。困ったことに王には実子がおらず、王の甥や姪から選ぶことになった。
が、お互い骨肉の争いを繰り返した挙句、お互いの差し向けた暗殺者に殺されるという笑い話にもならない最後を遂げた。
そんな中央の混乱に憂いながら、早く新王が決まれば良いと思っていた矢先、父が自分にひざまずいてきてこう言った。
「あなたは亡き王のご子息にございます」
・・・信じられない話だった。
しかし俺は王城に連れてこられて、父の口から貴族達に俺の出自がしらされた。
自分の母親は王が戯れに手をつけた農民の娘で、自分の子が生まれたことを知った王は俺を王宮に呼び、母を愛妾にしようとしたらしい。
しかし嫉妬ぶかい王妃が俺の存在を知り、まだ生まれてもいない(結局生まれなかった)自分の子供を王にするため母と自分に暗殺者を差し向けた。
王もその動きを察知し後に俺の養父になったテンカワ伯爵を向けたが紙一重の差で母は殺されていた。
九死に一生を得た俺は、テンカワ伯爵の息子として育ってきたわけだ。
この話を聞いた貴族達はあっけに取られた。本当に俺が王の息子かどうか、息子だとしたら王位につけるのかでもめた。
そんな国内の混乱に付け込み、電撃的な進軍で王都に進軍、カセイを滅ぼしたのがモクレンだ。捕らえられた俺はモクレン国王クサカベ・ハルキと謁見し、死か隷属かを選ばせられた。
・・・俺が選んだのは隷属だった。
それから3年が経つ。武術の腕が認められた俺は反乱鎮圧部隊を任され、『闇色の修羅』という二つ名で呼ばれるようになった。
そんな自分が、限りなく嫌だった。
祖国も、父も殺されたのに、おめおめと生きている自分が。それなのに、死ぬことのできない自分が、嫌だった。
夕日で茜色に草原に、少年と少女が座っていた。
「・・・明日、帰らなくちゃいけないの」
瑠璃色の髪をした少女が言う。
「・・・そっか」
黒髪黒目の少年が言う。年は、少女が12、3歳、少年もせいぜい15歳前後だろう。
少女は涙目になっていた。
――――ない
「・・・おまえさ」
少年がポツリと言う。
――――くない
「すぐ迷子になるんだから、気をつけろよ」
言いたいのは、そんなことではないのに。
涙目の少女が、少年の胸に飛び込む。
「う・・・ひっく・・・トォ」
「泣くなよ・・・リ」
―――離れたくない
二人の思いだった。
「いつか、会いに行くから。絶対」
「うう・・・約束だからね」
「ああ、約束だ」
「絶対に約束だよ、アキト」
「ああ、絶対に会いに行くよ、ルリ」
ピースランド王国第1皇女ルリ・オブ・ピースランドはいつも見る夢から目を覚ました。
物心ついたときから見ている夢で、貴族である夢の中の自分――『ルリ』が、幼い頃から遊んでいた狩人の子『アキト』と別れなければならなくなったことを知らせる場面だ。
夢はいくつかの場面があるが、どの場面の『ルリ』も『アキト』を愛していた。恐らく自分―――ルリ・オブ・ピースランドも。
「アキト・・・」
口の中で僅かにつぶやきながら、ルリはベッドの中で背伸びした。
「おはよう、ルリルリ」
「おはようございます、ミナトさん」
一国の王女をあだ名で呼ぶこのナイスバディなおね―さま、名をハルカ・ミナトという。
娼婦と見まごうばかりの化粧とは裏腹に優秀な頭脳の持ち主で、ルリ王女の教師役を務めている。
「明日だったっけ? モクレンの王子さまが到着するの」
「はい、その予定です」
「いやねえ、スケベ王子をルリルリの相手にしようだなんて」
モクレン国第3王子クサカベ・シンはその武勇よりも漁色家として知られていた。
「しかし断れば・・・」
「モクレンが攻めてきてピースランドを滅ぼす? それはそうそうだけど、ルリルリはそれで良いの?」
「良い悪いの段階ではないでしょう」
「それでもねえ・・・」
「それでも、何ですか?」
少し不思議そうな顔をしているルリに、心底楽しそうに言うミナト。
「夢の中の王子様はもう良いの?」
「・・・」
ルリはミナトに幼い頃一度だけ自分の夢の話をしていたことを思いだし、彼女の記憶力に感心した。
「覚えていたんですか」
「そりゃあね、『好きな人いるの?』って聞いたらルリルリが嬉しそうに教えてくれたし」
「・・・(赤面)」
子供の頃のこととはいえ、とんでもなく恥かしいことを思い出して赤面するルリ。
「あ、そういえば元カセイの王子様も来るみたいよ」
「見せしめ、ですか」
モクレンの外交戦略を瞬時に見ぬくルリ。
「ええ、亡国の原因とも言われているわ。二つ名は『闇色の修羅』で・・・」
この時初めてルリは、運命の相手の本名を知ることになる。
「名前は・・・テンカワ・アキト」
テンカワ・アキトは夢から目を覚ました。
自分が身分違いの恋をして、悲しい最後を遂げる夢だ。
子供の頃から何度も見る夢だが、このことは誰にも話していない。
まして自分が夢の中の少女に恋をしているなどと。
自室のベッドから立ち上がり、大きく伸びをする。
今日はピースランドに出立する日だ。
自分が見世物になることはわかっていた。
はっきりいって憂鬱な気分だったが、おかしなことに心の奥で何かを期待しているような感情があった。
もっとも、その感情が『運命の恋人』に再会できる予感に魂が震えていることとは、夢にも思わなかったが。
・・・大陸暦240年初春、モクレン国第3王子クサカベ・シンはピースランドに赴く。
ピースランド王国第1皇女ルリ・オブ・ピースランドを貰い受けるためにである。
その護衛部隊には、見せしめとして元カセイ王国王子テンカワ・アキトの名がある。
黒の王子と瑠璃色の姫の物語が始まろうとしていた。
お初にお目にかかります古新と言います。
やってしまいましたよAction投稿!
他の作家さんに負けないような文章が書けるかどうか不安ですが頑張ってみようと思います。
自分がもっとも得意なファンタジーものですが・・・いかがでせうか?
今後とも、宜しくお願いします。
代理人の感想
やってしまいましたよ…って、そこまで大した物でもないですけどね(苦笑)。
それはさておき、完全オリジナルストーリーのエピック・ファンタジーですか。
しかも面白いし。
しかし、アキトが本当に王子様というSSも珍しいな(笑)。