FILE TYPE TENKAWA act.1 Aktenzeichen(ファイルナンバー) 1. 「Anfang/始まり」 部屋の真ん中で二つ、向かい合うようにソファーが置いてある。 今はそこに、これまた向かい合うように二人の男が座っている。一人は長髪の男、もう一人は精悍そうな短髪の男である。 長髪の男の背後には、巨体の男が立っていた。ボディーガードだろうか、言うなれば豪傑だろう。 長髪の男の名を、アカツキ・ナガレと言った。そしてここは、彼の持つ会社、いや今はもう軍隊と呼ぶべきだろうか。 兵器、軍需産業を主とするネルガル、そしてその会長。この軽薄そうな男が、である。 「今日君に来て貰ったのは、他でもない。頼み事があるんだよ」 軽薄な声だ。短髪の男はこの軽々しい声があまり好きでは無かった。緊張感が無く、苛立つ。 「難しい仕事でね、考えてみたら君にしか頼めない事が解ってね」 苛立ちを隠すように拳を握った。アカツキの背後に立っていた大男がそれに反応した。 「内容はだいたい読める。…テンカワアキト、違うか?」 「ご明察、流石はサイメイ・リョウだね。頼りになる」 男、サイメイは不満げにそっぽを向いた。 テンカワアキト、曰く遺跡戦争の英雄、曰く史上最大の虐殺者。 この軽薄そうな男に呼ばれたときから、なんとは無しに頼まれる事は読めていた。 アカツキは遺跡戦争の際、自らが製造運用した戦艦「ナデシコ」に搭乗、パイロットとして闘った。 表向きにはそれは公表されていない。 「内容を聞きたい、早急にな」 「これを」 そう言って、数枚のレポート用紙の様な物を出した。デジタルでも構わないが、処分が面倒くさい。 だから、サイメイは紙を好んだ。焼いたら、それで終わりだからだ。デジタルはハッキングやらなんやらがあって信用性に欠ける。 手にとって、目を通す。直ぐに読み終わり、机に置いた。溜息が一つ出た。 視線を戻すと、アカツキと目があった。期待の色が濃い、この男でも人に頼る事があるのか、と思った。 「無理だ」 一言そう言った。アカツキが苦笑する。 「そうだよね、僕もそう思うよ。これは自殺と同じだからね」 「ナノマシンリストの奪回、か。テンカワアキトに関する事だな」 テンカワアキトの事について調べて見た。火星で両親をネルガルに暗殺され、第一次火星会戦に於いて行方不明になる。 その後、地球に現れ、試験戦艦ナデシコに搭乗、パイロット兼コックの職に就いた。 そして戦争終結、拘留されていた佐世保にて屋台を開業。御統ユリカと結婚、旅行に向かう際シャトル事故にて両名とも死亡。 テンカワアキトは生きていた。大量のナノマシン投与を受け、五感を著しく損傷していた。 彼の復讐劇にネルガルは乗った。火星の後継者の事ならば、ある程度事前に掴んでいた。只、根が深かった為に発表は不可能だった。 後ろ盾として商売敵のクリムゾングループの姿があった。だから余計にネルガルには好都合だったのだろう。 新鋭の機体、先行試作の戦艦を貸した。保護していたマシンチャイルドの少女とリンクさせ、五感を強化させた。 火星の後継者は遺跡を擁していた。これは予想外であった。遙か宇宙の彼方に消えたと思われていた。それが秘密裏に回収されていた。 ヒサゴプランを傘として、その枝葉を広げていた。ボソンジャンプを起点とした、コロニー群による一大計画、ヒサゴプラン。 正に隠し場所としては絶好であろう。テンカワアキトはそこを、片から端まで潰していった。死傷者は数えるだけ無駄だった。 そしてアマテラス会戦。調査の為停泊していたナデシコBは撤退。アマテラスコロニーは撃沈。火星の後継者が蜂起した。 コロニー潰しが終わった。つまりそれは遺跡の発見を意味する。 御統ユリカは遺跡の演算ユニットと強制同化させられていた。それを救出するのが目的だろう。サイメイはそう思った。 そして火星極北基地にて会戦。火星の後継者の指揮官、草壁は捕縛。死刑となった。ナデシコCによる電子的に火星掌握、これが決定打だった。 それを聞いた時、少なからず肝を冷やした。只一人の少女が火星全土を掌握した。これは驚異に値する。 テンカワは行方不明。御統ユリカは無事救出、影響はさしてや残らなかったが、肉体機能の低下の為、リハビリを続けている。 それでもテンカワは戻らない。そして今も寿命を縮めながら、残党狩りに精を出しているそうだ。 つまり、アカツキが言いたいことは一つ。テンカワに投与されたナノマシンのリストの奪回。 それを持ち得て、出来うる限りのナノマシンの除去。 「これが無かったら、テンカワアキトはいつまで生きていられる」 「もって、一年。って所かな、実際厳しいよね」 「リストは実在するのか」 「ヤマサキの名前は聞いたことあるよね。あれが上手く逃げてね、それが持っていった、と情報は入っている」 「こちらでも調べよう、信用が第一の仕事だ、これは」 「お、やってくれるのかい。無理って言ったけど大丈夫?」 「無理だが不可能じゃない、それに興味がある。テンカワアキトに」 「へぇ」 相変わらずの軽薄な声で、アカツキはソファーにもたれ掛かった。 「英雄にてジェノサイダー、一般人で軍人。そして犯罪者。興を惹かれる、言うなれば奴は異常者だな」 「そこまで言うかな」 「だから助けよう、俺の持てる力を全て賭そう。奴にはその価値がある」 アカツキは口笛を吹いた。それは気に障るが、今はどうでもいい。 「流石フリーの工作員、言うことが違うねぇ。じゃあ僕は出来る限りのバックアップをしよう、何でも言ってくれたまえ」 「武器及び兵器の補給、機体の確保も頼む」 「ん、解ったよ。で、何がお好みだい?」 「サレナタイプを一機、スクランブルさせておいてくれ」 「テンカワ君と同じ機体とは、また」 興が乗った。奴と同じ機体に乗りたい、急にそう思ってきた。なんとなく、なんとなく、だ。 「まずは情報戦だ、お前麾下の諜報部は必要無い。俺一人の方が動きやすい」 「解ってるよ、本名すら知られていない超一流の工作員を邪魔なんてしないさ」 「なら、いい」 立ち上がった。大男は動かない。 部屋を出た。まずはリストの場所、それからテンカワの所在。 現在ナデシコBの艦長であるホシノ・ルリと接触し、こちらをテンカワに当てる。懐柔は不可能だろう、どうあっても戦闘になる。 ナデシコとテンカワを闘わせ、火星の後継者の目を向け、それを突く。 よし 息を一つ吐く。 体に力を込める。楽しい仕事になりそうだ。
Aktenzeichen 2. 「Geheime Informationen/諜報」 「初めまして、宇宙軍中佐、ナデシコB艦長、ホシノ・ルリです」 少女が慇懃無礼に礼をした。年に合わず丁寧な動作だな、サイメイは椅子に腰を落ち着けていた。 ナデシコCは統合軍側の要請により、凍結された。火星全土を瞬時に掌握できる兵器は、驚異にしかならない。 「ネルガル会長の代理、サイメイ・リョウ。急にすまない、そちらも忙しいだろう」 「いえ、特に今はやる事が無いですから」 言いながら机を挟んだ向かいの椅子に座る。 「残党狩りを行っているのは統合軍か、爺さん達がよく頑張る」 「…軍罰ものですよ」 「俺は軍隊じゃないんでね、軍規には当てられないさ」 「今日は何の用ですか、アカツキさんからの勅令らしいですけど」 ルリは多少口調がきつくなってるのに気付いたか、語尾は遠慮しがちになっていた。 「苛立つ気持ちは解る。テンカワアキトの捜索に宇宙軍は加われない、だが焦るな」 テンカワアキトの名が出た途端、ルリの表情が微妙に歪んだ。サイメイも目を細める。 成る程、とも思った。この少女の心の奥底までは解らない。 遺跡戦争が終結し、一般人に戻ったテンカワアキトはこの少女を養女とし、御統ユリカと共に三年間暮らした。 その間に、この少女にどのような感情が芽生えたかは容易に解りそうだった。 ホシノ・ルリが火星極北遺跡会戦後にとった行動は、非常に分かり易かった。 先行試作型ユーチャリスの追撃を陳情している。それも数回に渡って、だ。だが全て退けられている。 テンカワ縁の者が宇宙軍には多い。情けをかけるのではないか、大方統合軍の考えはそんな所だろう。 「テンカワの居場所が判明した」 一拍おいて、言ってみた。途端にルリの目が見開かれていく。 「本当ですか」 声を荒げている。およそ平静さは感じられない。一瞬、これが本当に火星を掌握した少女か、と疑った。 マシンチャイルドとは思えない程の感情の起伏。これも環境か、と感じた。 「あの人は、どこに」 「落ち着け、話はする。冷静に聞け、その調子だとテンカワに殺されるぞ」 息をつきながら、立ち上がっていた腰を下ろす。 「テンカワは火星宙域にいる、だがこれは昨日の事だ、今はどこにいるか解らない」 「火星、宙域」 確かめるように呟いた。まるで熱にうなされているようにも見えた。 「幸いにして、ボソン粒子は確認されていない、早急に火星宙域に向かえ。だが、投降させられる、とは思わない事だ」 「何で、そう思うのですか」 「テンカワアキトの目的は、只の一つ、全滅だ。火星の後継者を一匹たりとも逃すことはしないだろう」 そう言うと、ルリは押し黙ってしまった。 「出航する理由はこちらに任せろ、何とでもなる」 「……ありがとう、ございます。でも、ネルガルは何故協力を?」 「ネルガルがテンカワに貸している物が沢山あってな、そろそろ返済期限だ」 また、押し黙る。 礼を一つして、ルリは部屋を出た。心なしか後ろ姿が撥ねているようにも見えた。 まだ子供か、サイメイは顎に手を当てた。これで足止めと囮が出来上がった。 テンカワの居場所を探すのは容易だった。慣れていないのだろう、足跡消しの初歩すらなっていない。 それでも見つけられない統合軍は無能の集まりか。 次はリストの真偽、これも当てがない訳ではない。 火星の後継者の中で投降した者もいる。ヤマサキ傘下の人間も数人入り込んでる筈だ。 口を割らせ、殺す。 席を立った。
Aktenzeichen 3. 「Mord/暗殺」 襟を掴み壁に押しつけた。ナイフは胸に押し当てたままだ。 監視室は無力化した。殺しはしていない、統合軍兵を殺せば色々と面倒だからだ。 周りには三体程、物言わぬ体になった、首の無い人間が転がっていた。 見せしめに殺した。今生かしているのは一番上の責任者だった。名前は、知らない。写真を見て顔だけ覚えてきた。 ヤマサキの側近だったらしい、なら、知っているはずだ。 悲鳴を上げていた。だがそれは届かないだろう、守衛は沈黙している。今暫く目が覚める事はないだろう。 助けてくれ、助けてくれ、叫んでいる。 「質問に答えろ」 ひぃ、と小さく悲鳴を上げた。胸に当てたナイフが少し刺さる。 「あぁぁぁ、があぁあぁ」 「動くな、刺さるぞ。質問に答えろ。テンカワアキトのナノマシン投与リストの所在だ」 「そ、そんなものは」 斜めにナイフを引いた。白衣が赤く染まっていく。 また悲鳴を上げた。 「ヤマサキ、が、ヤマサキ、が、持って、る」 「ヤマサキの所在は」 「そ、そんなの、知らない」 連絡を取り合っていないのか、ならばヤマサキはこいつらを見捨てたか。いや、あいつは人間を人間扱いしないだろう。 捨て駒か。苛立った。 また男が悲鳴を上げた。誰か、誰か、助けて、とわめいている。 それもカンに障った。 体を前に進める。ナイフが肉を貫き、内臓を裂いている感触がした。血を吐いた。顔に当たる。 拭うが、落としきれない。死体の処理はしなかった。これも見せしめだ、今度は火星の後継者残党に対して。 統合軍支部を後にした。 次はヤマサキの所在、これを見つけ、なんとか出来ればいいのだが。 これからが正念場。これからが本当の勝負。 俺の存在はこれで火星の後継者にさらけ出した事になる。逃げる必要はない、迎撃する。 ナデシコの出航は明後日になった。行動しなければならない、旧ナデシコのメンバーで色々と根回ししなければならない。 必要があるかどうかはいざ知らず、だ。俺もここを去り、火星宙域に向かわなければならない。その支援をしてもらう事になるだろう。 その時無事に発てるとは考えがたい。誘拐、暗殺専門の特殊部隊も居た。 行きがけの駄賃だと思えばいい。 全部、殺す。テンカワへの道をこじ開ける。 ホシノ・ルリはテンカワは殺せない、テンカワも躊躇はするだろう。そしてその期間は長い筈。 しばらく膠着状態になってもらう。火星の後継者が現れるまで耐えて貰う。それもヤマサキ率いる艦隊でないと意味が無い。 テンカワはA級ジャンパーだ。容易には捉えられまい。手に握っていた、鉄の筒を見る。技術の進歩は恐ろしい。 ボソン・チャフ。試作品だが、これさえあればテンカワを逃がさずに済む。現状のパワーバランスを崩す一品だ。 代償として、動作が不安定らしいが、不安定なんて言ってはいられない。逃げられたら、そこで終わりだと思おう。 そして、これらはリストを手にした上で完遂される。 やはりここが正念場、か。
Aktenzeichen 4. 「Der sich erholende Alptraum/蘇る悪夢」 夜道をサイメイは走っていた。汗一つかいていないが、焦りか、それに似た感情を出していた。 追っ手がさっそく来た。統合軍研究所を襲ってから、まだ数時間しか経っていない。今は真夜中、ここは山の中。 無様な鬼ごっこが展開されていた。十人以内、サイメイは追っ手の数をそう感じていた。はっきりと気配が読めない。 相当のやり手、おそらく噂の特殊部隊だ。極北基地にて果てた、と聞いていたが、生き残っていたのだろうか。 とりあえず今はそんな事はどうでも良いのだ。サイメイは腰から銃を取り出し、背後を向き直り引き金を引いた。 乾いた音が山中に響く、それを聞いても追っ手は足を止める事はしなかった。付け焼き刃か、サイメイは再び走り出した。 追っ手のうち、サイメイに一番近かった者が速度を上げた。そして追いつく、が、途端に気配を失した。 首筋に衝撃が走る、喉から勢いよく血が噴き出し、それを呆然と見つめ、倒れ伏した。 追っ手の背後の木から、サイメイが降りてくる。手には銃が握られている。サイメイは追っ手を見やった。 およそ前時代的な格好、笠をかぶり、襤褸布同然のマントをしている。腰には剣、それも二本。 「北辰七人衆」 呻くように呟いた。裏の世界ではその名が知れ渡っている、木連側の暗殺部隊。北辰と呼ばれる男を筆頭としている。 この部隊は火星極北遺跡会戦の際、ナデシコに特攻をかけて、全員が全員討ち死にした筈だが、生きていたか。 体を見れば、人間的な部分は半分も残っていない。そこまでして生き延びたか。舌打ちを打った。 こいつは様子見、俺の実力を計るつもりか。サイメイは唇を噛みしめた。流石にこれを七人相手にして生き延びる余裕は少ない。 逃げる、それしかない。彼奴らが早いか俺が早いか二つに一つ。だが、山を越すには時間がかかる、下山した方が早いか。 さっきまで走ってきた方向を向く。気配が七つ、もう隠す気はないようだ。 その気配に向かって跳躍する。早く、風のように。 葉と枝が時々体を掠めていく。数人の気配が急速に近づく。刃が次々と繰り出される、それを身を捻るだけで避ける。反撃は、しない。 追いすがられない速度で駆け抜ける。 すれ違った。蜥蜴のような粘着質な顔つき、そして舐めるような視線。鳥肌が浮かんでくるのをサイメイは感じた。 「いずれ」 男、北辰はそう言った。駆け抜ける、山が終わり、街の光が見える。 荒く息を付いていた。なんて男だ、サイメイは汗をかいていた。視線だけで人を殺せるやもしれない。 「あれが、相手か」 また、呻くような声だった。そして、笑い声をあげた。無邪気で、屈託のない。 あれを相手にしつつ、ここから火星へ? 「アカツキめ、火星の後継者の事じゃなく、あいつらを相手にするのが無理なんだな」 野郎、そう思ったが、上手くはめられた。大方北辰共の目を俺に向けさせるのが目的だろう。 「報酬は倍額だな」 軽薄そうな男の笑顔が引きつる姿が浮かんだ。 しかし、楽しい仕事になる。 それも又、一興。 ____________________________________________________________ 後書き紛い お初です。胡車児(こしゃじ)と申します者です、こんにちは。 初めて書いた二次創作系の小説だったので、思うようにいきませんでした。 オリキャラ主人公のお話です。勿論劇場版後の話です。予定としては前、中、後編の三部で書くつもりです。 今は中編まで出来ているのですが、推敲しています。 拙いSSでした。それでは、又。
代理人の感想
おう、シリアス!
Actionでは割と珍しい「裏」の話ですね。
ハッピーエンドで終わるのか、はたまた・・・・?
何にしろ続きが楽しみです。
ちなみに「北辰七人衆」ではなく「北辰」と「北辰六人衆」です。(劇場版パンフより)