FILE TYPE TENKAWA act.3 Schlieslich ist es gleich (終わりに等しく) 1. 「Konfrontation/対峙」 ナデシコが火星宙域、それに連なるかのように固まっている小惑星群「アマミズキ」に到着してより、三日が経った。 幸か不幸か、パイロットが必要となる事は起こらなかった。目視でユーチャリスを捉えている。逃げる様子はなかった。 目と鼻の先、正にこの言葉が適切だろう。ルリが取った方法はシンプルだった、通信による降伏勧告。 ユーチャリスは通信回線を開かなかった。アンカー打ち込みによる、強制通信も可能だったが、相手の出方に注意を払っていた。 ブラックサレナは数回目撃された、攻撃する様子も無く、直ぐに艦内に戻っていく、これの繰り返しだった。 ここに来て、判明した事が一つあった。火星の後継者残党、その旗艦が居る。それも直ぐ側、同じくアマミズキに。 小惑星群アマミズキには、文字通り大小様々な惑星がある。隠れる場所も多様にあり、サルガッソーが近くにあるため、通信状態も悪い。 艦内は苛立っていた。かれこれ三日、微動だにすらしていないのだ、不安も募ろう。 火星の後継者の居場所が特定できない、目標は動かない。牽制している分、こちらからも何もできない。歯がゆいのだ、全員。 アキトが何故動かないかも、合点がいった。狙っているのだ、奴らの殲滅を。 このパワーバランスが崩れるのを恐れたのだろう、だからナデシコも襲わせた。ユーチャリスと共同ならば、掌握、引いては殲滅は容易い。 今は時期を待った。何の時期か、と問われれば答えることは出来ない。只、待った。動く時を。 テンカワアキトは、自室のベッドに座り、考え事をしていた。火星の後継者の本隊の場所を探し当て、ジャンプしてきた。 しかし場所が悪かった。探し当てる時間が長い、動けば即座に察知できるが、動かなければ見つかりにくい。それは自分達も同然なのだ。 時間はあまり残されていなかった。死ぬ、そしてそれが自分に迫っている事も知っていた。だから焦っていた。 ラピスにも疲労の色は濃い、ここまで働かせている事に罪悪感は大きい。だが、これが終われば、ラピスは自由になれる。 テンカワアキト、と言う名の檻から抜け出す事が出来る。それでいい、アキトは自分にそう言い聞かせていた。 ネルガルが保護を申し出てくれていた、幸いエリナには少し懐いているようだったので、呑んだ。 ナデシコがこちらを見据えていた。隠れること無く、まるで狙え、と言わんばかりだった。 ルリちゃんか、アキトの疲労の色は、それで濃くなった。気後れもあった、いざとなれば攻撃も辞さないつもりだった。 しかし、目の前にすると、それは不可能だった。甘い、自分をそう叱責したが、無意味だった。 ジャミングとハッキングを受けていたが、ナデシコC並のポテンシャルが無い限り、ラピスを突破する事は不可能だろう。 よくて、相討ちだ。 この数年間は、いつも罪悪感に苛まれていた。本来の目的は、火星で、極北の基地にて終わった。 ユリカを助ける事、それが目的だった。そして、完遂した。でも逃げた。逃げたのだ、俺は。 ユリカを助ける為に、なりふりを構う事は一切無かった。殺した、無関係だろうと何だろうと、その場に居合わせていた者は虐殺した。 今や、この宇宙最大の犯罪者になった。落としたコロニーは数知れない。途中で数えるのは止めた、意味が無いからだ。 運がなかったな。落とした後、それを口癖としていた。そうすると、少し気が楽になった。 だから、余計に怖かった。数十万人と殺した自分を、ユリカが見て、どう思うのだろうか。 笑う事はもう出来ない、泣く事はもう出来ない、悔しがる事も出来ない。そして何も作ることは出来ない。奪われた、奴らに全て。 唯一、自分に作れる物は、死体の山。そう気付いた。感情も抑えた、そうしているちに、全てに無関心になっていた。 残されているのは、憎む事。それだけだった。 きっと鬼のような形相に違いない。そう思っている。だから、顔は見せられない、きっと怖がる。 だから逃げた。目覚めるより早く。 いつしか、火星の後継者を狩る事自体が目的になった。殺すのを楽しんでいる、それは感じていた。 ナデシコなら、もしかしたら止めてくれるかも知れない。心のどこかで淡い期待を抱いていたが、もう後には引けなくなっていた。 ならば、戦って、それで死のう。そう決心した。それで満足なのだ、とも言い聞かせた。 ここがその終着点だ、アキトはそう考えていた。ラピスは今も、ヤマサキ率いる旗艦を捜索している。それも直に終わるだろう。 「アキト、見つけたよ」 立ち上がった。 「ラピス、ナデシコに通信」 「いいの?」 「構わない」 目の前でウィンドウが開いた。ナデシコの艦橋全体が望める。 「ユーチャリス艦長、テンカワアキトだ」 出来るだけ感情を抑えた声にした。冷徹な声が部屋に響く。 「アキトさん」 ウィンドウの向こうで、ルリは驚愕していた。突然の通信、それも途絶していた目標からの通信であった。 「発見した。二分後に交戦する、邪魔はするな。巻き込まれる前に地球に戻れ」 火星の後継者を発見したのだろう、咄嗟に確信した。情報によれば、火星の後継者本隊の戦力は膨大とは言えなかった。 戦艦8機、搭載されている機体の数は詳しくは解らなかったが、一艦で相手にするには、自殺行為と言えた。 ましてや、この土壇場において強化されつつある戦力。アキトの腕は知っているつもりだった。 一機と一艦で、数多のコロニーを撃沈させてきたのだ。しかし、相手が悪い。 北辰、当然来るであろう。アキトさんはその事を知っているのだろうか、とルリは思った。 「無茶です、死にに行くような物です。アキトさん」 語気を強めて、そう言っていた。無意識だった。 「死にに行くんだ、だから邪魔はしないでくれ。安心しろ、一機たりとも逃す気は無い。全滅させてから、死ぬ」 愕然とした、ウィンドウに映る顔は黒いバイザーに隠れ、表情は理解できなかった。 「ユリカさんを残して、勝手に死のう、アキトさんはそう言っているんですか」 思えば、非道い言いようだった。アキトがこの数年間、何のために戦っているかは知っている筈なのに。 「どの道、長くはないんだよ。ルリちゃん。もって後一年、それで俺の体は維持できない程、ナノマシンに侵される」 「そんなの、治療して見なければ解らないじゃないですか」 「イネスさんが、そう言った。もうどうしようにも無いんだよ」 「なら一目、ユリカさんに会ってください。あの人は、アキトさんを待っているんですよ」 「なあ、ルリちゃん」 そう言って、アキトはバイザーを外した。笑っていた。作り笑顔である事は直ぐに解った。 「俺の顔、どう見える」 もう笑う事も出来ないんだ、この人は。ルリは呆然としていた。はっきりと言えば、何も感じられない。何も思えないのである。 いつしか押し黙っていた。 それを見て、アキトはまた笑った。これも、そう思うが、堪える。人間味の欠片も発見できなかった。 三年間共に暮らし、表情を読みとる自信はあった。元々感情を露わにしやすい人だったが、隠された気持ちも見えるようになっていた。 しかし、今、目の前に見える顔からは何も感じ取れない。無、例えるなら、これがうってつけだった。 ウィンドウが閉じる。 気づき、再度呼びかけるが、もう遮断されていた。 ハーリィが心配そうに顔をのぞき込んでくる。それに手を振って返した。平気の意思表示のつもりだったが、ハーリィは難しい顔をした。 ミナトも同様の表情だった。以前ならば、アキトを叱責の一つはしていただろうが、とてもそんな状況では無かった。 「ボース粒子増大。目標、ボソンジャンプします」 メグミが叫んだ。 「ジャンプ先は」 「アマミズキ内、三番惑星ホウテン」 「全速急行、パイロット各員に通達。戦闘準備」 叫んでいた。焦っていた。戦いが始まる。 アキトの最後の戦い、そして、これからを決める最大の戦いが。 今。
Schlieslich ist es gleich (終わりに等しく) 2. 「Benachrichtigung/通達」 スクランブルがかかった。ガレージで各自の愛機の調整をしていた矢先だった。 ユーチャリスがジャンプしたらしい、つまり火星の後継者と交戦している事と同義だった。 リョーコは考えていた、もし自分がA級ジャンパーだったら。敵陣中央に出現し、攪乱しつつ各個殲滅。 これならば、少数で大量の敵を相手にできるだろう。しかし、これには敵戦力を全て把握していないと出来ない芸当だった。 アイツに、そんな余裕や暇があるとは思えない。リョーコは整備員と最終調整を済ませながら、そう考えていた。 馬鹿野郎、今すぐそう叫びたかったが、これは捕まえてから、耳元で怒鳴ってやろう。そう心に決めていた。 横を見れば、ヒカルとイズミが、機体のハッチを閉める所が目に入った。部下達も準備は済ませたようだった。 能力だけならば、火星の後継者にも十分匹敵しうるだろう。だが、懸念があった。地球のナデシコ強襲の事だった。 相手を落とすこと無く、一方的に高杉三郎太が落とされた。調子の良い笑顔が脳裏に浮かんできた。それを振り払う。 死人が相手だった、火星で落とした筈の、あの七機が敵だった。腕を上げたのだろうか、機体性能が上がったのだろうか。 どちらでも良かった。本当の相手はそれですらない、テンカワアキト、その人なのだ。 アマテラスで、アキトとは知らず一戦交えた。ほとんど本気を出した、結果、一発も掠りもしなかった。震えがした。 空白の期間は、どれだけアイツの腕を上げさせたのだろう。そう思って少し震えた。 五感を失って、あの動き。正に想像を遙かに絶していた。それでも、勝たなければならない。 帰りを待つ人が大勢いる、例外無く、自分もなのだ。だから首根っこをひっ掴んで、皆の元へ帰らせなければならなかった。 手段はいとわない。全力を持ってぶつかり、勝って、回収する。それだけを念頭においていた。 「野郎共、今度は負けるなよ」 コックピットハッチを閉じて、部下全員にそう通達した。皆、いい顔をしている。 「任せてください、隊長」 「何の為に、隊長の地獄みたいな訓練に耐えてきたと思ってるんですか」 「かならず、捕まえましょう。昔の仲間なんでしょう」 柄にもなく、目頭が熱くなった。それを耐える。今は、涙なんて流している暇はない。 作業員が退避し、ブリッジからの通信は聞こえてきた。 「パイロットの皆さん、これからナデシコは火星の後継者とユーチャリスが交戦している場所に、全速力で突っ込みます」 無理をしている。リョーコはルリの顔みて、そう感じた。相手が相手だ、しかも手心を加えたくても、アキトはそれを許さないだろう。 辛い時か、リョーコは一瞬励まそうか、とも思ったが止めた。言うべきではないのだ、特にこの少女には。 「俺達がまず先行する、ルリは速度を落として高みの見物といこうか」 「リョーコさん」 心配そうにルリが声を上げた。 「斥候の真似事なら、死にゃあしないさ。安心してそこで待っていてくれよ、ルリ」 「信用します、リョーコさん」 ガレージのハッチが開いて行く。 「野郎共、出撃だ」 思いっきり叫ぶ、アイツに叫べない分は、ここで晴らす。その意味合いを込めて。 「おう」 一斉に帰ってくる。これなら、よし。そう思いスロットルを切る。 「リョ〜コ〜、頑張ってね〜」 ヒカルの脳天気な声がコクピットに響いた。脱力するが、緊張も取れた。 「斥候、斥候、坊主がするのはそりゃ説教……クックック」 イズミの怪しい声も響いてきた。リョーコは微笑をし、さらに速度を上げた。 ナデシコの供給を受けられるギリギリの線まで飛び出る。そして敵を討つ。 「ついて来いよ」 叫ぶ、無言で部下達は頷いた。 遙か先に、閃光が煌めいた。もう戦っているのか、焦りこそあるが、直に自分が何とかする。そんな思いがあった。 万事は上手くいかないに決まっている。この戦いで何かしら欠けるのは、最早避けられない。 アイツがいる。あの光の中に。心を暗闇に閉ざしたままで。
Schlieslich ist es gleich (終わりに等しく) 3. 「Infiltration/潜入」 戦闘が始まった、旗艦の位置は既に掴んでいた。戦闘は突然始まった。編隊組んで隠れていた中に、突如戦艦が姿を現した。 ユーチャリス、その姿だった。ジャンプ終了と同時グラビティブラスト、まずこれで二隻が沈んだ。 ブラックサレナがレーダーに出現する。その動きは早い。北辰麾下と対等か、それ以上で渡り合えるレベルだった。 迎撃も激しかった。機体のほとんどは六連に変わっていた、あの機体を量産できたとは、到底思えなかった。 後ろ楯のクリムゾン、これが提供したのだろう。流石に苦戦している、が。今がチャンスだった。 直にナデシコが到着する。そうすれば、戦況は更に混乱を極める。ならやはり、今の内なのだろう、進入するのは。 速度を上げた。ステルス処理が施されているこのアヴェンジャーなら、かなりの距離に接近しないと気付かれないだろう。 亜音速、目視では確認できない。旗艦が見えた。ガレージの位置を探る。こちらに気付いたか、六連が数十機飛んでくる。 もう一つの兵装、グラビティカノンを縮小し、ハンドガンタイプにしたものを取り出す。 一発、二発と続けて撃つ。先頭の一機が爆裂し、後続が巻き込まれた。 一時的な空間の歪みを起こすグラビティカノンなら、数秒だが、レーダーを誤魔化せる。それを突いた。 空いているガレージに突っ込む。そして、無理矢理空いている場所に鎮座させた。撃ってくる、しかしそれは阻まれる。 機体のハッチを開く、瞬間弾が雪崩のように襲いかかってくるが、何のことは無い。避けた。 ブラストを持って、真空のガレージを飛び回った。一人二人三人四人と機体に乗っていない者から撃ち殺していく。 艦の中ではろくに発砲もできないだろう。腰から正方形の箱を取り出す。それを飛びながら、整備中の六連に引っ付けていく。 隅の通路にも付け、離れる。物陰に隠れて、手の甲に付いているスイッチを押した。 爆炎、音はこそ無いが、衝撃があたりに響き渡った。通路も開いた。急ぎガレージが閉じられていく、数人が宇宙服のまま放り出された。 廊下をひた走る、途中で遭遇したものから順番に殺していった。重力制御は効いていた、この条件で負ける気はしなかった。 一人、廊下の先に躍り出る。撃ってくる、それをかわし前に駆ける。肉薄し接射されるが、それも避ける。 ナイフで首元を切る、鮮血が吹き上がり。倒れた。廊下の右に目をやる、何かが、来た。 身を翻し、銃を撃つ。笠を来て、襤褸布のマント付けた男が一人、不敵な笑みを浮かべて立っていた。手に持っていた双剣で銃は防がれていた。 「お前らかよ」 意外ではあった。テンカワにでなく、自分に当ててくるとは思いも寄らなかったのだろう。 それだけ自分を警戒している事になる、そして、その分だけテンカワアキトの敵は弱くなる。そう言うことだった。 「馬鹿正直な奴らだ」 駆ける。相手も同時に駆ける。 打ち合う、一合、二合と斬り重ね合う。一本はナイフで、そしてもう一本は銃で防いでいた。 間断なく突き出される剣、いなすのが精一杯だった。 銃を撃つ、上を向いている為、当たりはしない。だが目眩ましにはなった。一瞬怯む。その隙は逃さない。 ナイフが敵の腹を薙ぐ、血は出ない。半分は機械同然になっている。失念していた。嘲るように笑い、斬り付けてくる。 すんでの所で避ける。宇宙服を切り裂き、血が多少出た。後ろに引くが、追撃してくる。 繰り出された剣をさけ、肉薄する。存外な早さだったのだろう、敵は対処しきれていない。 ナイフを眼球に突き立てる。そのまま前進し、壁に押しつけた。ナイフは頭部を貫通している。動きは止まっていた。 「焦りすぎだ、阿呆」 死体に言葉を投げ掛けた。背後から何人かの声が聞こえてくる。 三人の兵士が、手に銃を持って廊下に立っていた。その視線の先には頭部から血を流している同胞の姿があった。 「近くにいるぞ、探せ」 リーダー格の一人が他の二人に命令した。二人が辺りを見回す、しかし誰もいない。 「このブロックにはいないようです」 そう言って、二人とも振り返った。 「そうでも、ないさ」 リーダー格の男は床に倒れ伏していた。鮮血の池を作り、倒れ伏していた。その背後に人が立っていた。 返答を返した男が不敵に笑っていた。二人の兵士は恐怖に襲われ、銃を乱射した、が。そこまでだった。 喉が切り裂かれていた、隣りを見れば、同様だった。目の前からは消えていた、一瞬で。息が出来ない、視界が歪んでいく。 自分はこれから死ぬ、それだけが理解できた。 リーダー格の男の頭上には、金網がぶら下がっていた。換気口である。サイメイはここに身を隠し、一瞬を突いた。それだけだった。 サイメイは駆けだした、艦を指揮しているのはヤマサキではないだろう。奴は研究練にいる。 そこを一直線に目指す、そこに有るはずだ。テンカワアキトに投与された、ナノマシンのリストが。
Schlieslich ist es gleich (終わりに等しく) 4. 「Luftkampf/乱戦」 駆けている。ヤマサキが居る、と思われる研究室まで、只ひたすらに走っている。途中で幾人か遭遇したが、物の数ではなかった。 北辰麾下の六人、残り四人。北辰も入れれば五人だが、それだけが、当面の相手だった。廊下の途中で立ち止まる。 辺りを見回し、溜息を吐いた。 「出て来いよ」 短く、一言だけそう言った。 辺りに人の気配は無い、人の気配は、だが。 前方の通気口から、六人衆の一人が降り立つ、背後からも同様の音が響いた。サイメイの顔が驚愕に染まる。 ……二人! 取られた、背後を。背後を振り返る余裕は無い。既に二人とも自分を間合いに捉えていることだろう。 金属音が廊下に響き渡る。サイメイは受け止めていた。先程の六人衆から奪っておいた剣を使い、まず前方の刃を。 そして、もう一つは体を強引に曲げ、ナイフ一本で受け止めていた。当然、視線は前を向いたままだ。 賭けに勝った。サイメイは確信した。敵が二人共飛び退いた。間合いを取る。 前方に駆け出す。背後から急速に迫ってくる。前の敵は構え、後ろの敵が攻撃しやすいように動く。 だが、サイメイは止まった。勢いがついた背後の敵は、そのまま突っ込んでくる。脇腹を剣が掠める。ナイフを側頭部に向け、背後に突き出す。 刺さる感触、そのまま後ろに飛ぶ。前方の敵は追ってこない。身を翻し、逃げていた。ナイフを体ごと前に倒す。 「三人目」 呟いた。脇腹が痛みを上げる。 これが、あと四人か。サイメイは笑っていた。やはり、楽しくなってきた。そう感じた。 あの時、背後に偶然ナイフが当たっていなかったら、死んでいた。そう思うと顔が笑いを形作った。 「いいぞ、早くかかってこい」 まるで、地獄の悪魔のような顔つきで、誰も居ない廊下で笑っている。 それが、サイメイ・リョウという男だった。 阿鼻叫喚か、正に地獄絵図のような光景だった。 三者が入り乱れている。ナデシコ、ユーチャリス、そして火星の後継者。互いが互いに攻撃を仕掛けている。 もはや電気的な制圧をしている余裕は、誰にもなかった。油断すれば、即座に落とされる。 エステバリス部隊は、ナデシコの周りを飛び交いながら、攻撃を続けていた。ユーチャリスは今だ前方に居る。 そこまで進軍しなければならなかった。爆音と共に艦が揺れる。もう慣れていた、先程から途絶えることはなかった。 戦力差で言えば、火星の後継者が圧倒していたが、能力的に優れた人材は少ないらしい。ナデシコは優勢だった。 北辰の部隊が現れない、それが唯一の安堵だった。間違いなく、一個小隊で戦力差を覆せる部隊だったからだ。 宇宙に来ているはずだが、何故か出てこない。切り札か、ルリはそう思ったが、今が戦力を温存している状況ではなかった。 だから、侵入者に細心の注意を払っていた。侵入されれば、間違いなく轟沈する。それは確信持ってわかる事だった。 ユーチャリスが見える。爆炎でよく見えないが、確実に接近した艦から落としている。 「流石……ですね」 ハーリィが感心するように呟いた。 アキトの戦いぶりは正に修羅の如き戦いだった。未だに被弾した様子はない、敵が一発撃てば、アキトはその間に六機落としていた。 信じられない物でも見ているような感じだった。まるで、夢。 ユーチャリスからも、絶妙の援護が入る。それが更にアキトの勢いに拍車を掛けていた。 まさに人艦一体、これほど恐ろしい部隊は地球上には存在しないだろう。 火星の後継者を倒しつつ、あの人を相手にしなければならない。ルリの心は重くなった。それを見透かすように、ミナトが笑顔を送ってきた。 ここまで来たら、もうなるようにしかならない。覚悟は決めている。 一機が誘導され、孤立した。 「隊長」 通信から叫びが上がった。隊の一人が、六機の六連に囲まれている。 その機体は、所々欠けている。 「待ってろ、今助ける」 リョーコが叫んだ。だが、自分も手一杯だった。既に何機落としたか、なんて数えていない。落としても落としても沸いて出てくる。 他の隊の者も、必死に救援に向かおうとしているが、それを阻まれている。一人に付き、五機から十機程相手にしているのだ。 「隊長、自分はもう助かりません」 「馬鹿野郎、何言ってるんだ」 「助けに来れば、隊長も危ない。一機でも俺が落とします」 「隊長より先に死ぬなんて、俺は許さないからな。そこで待ってろ、今行く」 ほとんど絶叫だった。 「皆、後は頼んだ。かならずあの馬鹿共に一泡蒸かせてやれ。もし、もし帰れたら行きつけの酒場で一杯やろう。俺の奢りだ、大いに呑もう」 他の隊員は無言で、六連を攻撃している。 「じゃあ、隊長、お先に」 「待て」 エステバリスの全砲塔が開く、無数のミサイル。全弾を発射している、六連が一機、二機と落ちていくが、生き残った数機の錫杖が刺さっていく。 通信が途絶した。咆吼、リョーコは叫びながら確実に六連を落としていく。他の隊員の周りにいた六連も落ちていく。 だが、レーダーには今だ何十機もの機体を捉えている。 ヒカルとイズミは後方で敵を処理していた。それでも十機はいるだろうか、こちらは順調に落としている。 「ああ〜もう、しつこいよぉ」 ヒカルがライフルをばらまきながら、戦場に合わない程脳天気な声でわめいていた。 「しつこい、しつこい……駄目、思いつかない」 イズミの方と言えば、いつもより更に暗い声で唸っていた。ショックだったらしい。 前方のリョーコの通信から、叫び声が漏れてきた。怒りと憎しみだけで構成された叫び声、それはコクピットを震撼させた。 「何、リョーコ、どうしたの」 珍しく、ヒカルが焦っている。 イズミは黙っていた、何かを感じ取ったように、ただ黙っていた。 真空の宇宙に、咆吼が響いた。そう錯覚する程、激しく、壮絶な戦闘だった。 アキトの顔には、ナノマシンの紋様が浮かび上がっている。興奮状態、それが誘発する傷跡。 「死ね」 咆吼。カノンを電光の如く、回転しながら当てて回る。これで五機、一瞬の出来事だった。しかし休んでいる暇はない。 前方目がけ、ユーチャリスからグラビティブラストが放たれる。爆炎があがる。そこを目がけ、アキトは突っ込んだ。 ナデシコが近づいてくるのが見えた。攻撃する意志があれば、ナデシコも討たなければならない。 それは出来るだけ避けたかった。既に八艦の内、四艦を沈めた。それで動きが変わった。 旗艦を含めた三艦をナデシコに、ユーチャリスの前方に一艦残していった。アキトは疑問に思った。 一艦だけなら、容易く落とせる。それが解らない相手でもないだろう、数艦からの波状攻撃によって、辛くも敵は耐えていたのだ。 それを破る、自殺行為に等しかった。 「落とせるなら、落とす」 どうでもいい、心の中でそう付け加える。 前方の艦から、六連が十機、飛び出してくる。笑みを浮かべた。いつしか癖になっていた、粘着質な笑い方。 好きではなかったが、嫌いでもなかった。今の自分を体現している、そう思ったからだ。 高速で移動する、真っ直ぐ敵中に突っ込む。油断して、浮き足だった。そして、十機は爆発した。 何のことは無い、アキトはまた笑みを浮かべた。刹那、レーダーが一機、機影を捉えた。 早い、アキトは即座にそう思った。動きが明らかに違う。 「アキト、アキト、怖い人が来る。気を付けて」 ラピスから通信が入る。アキトは顔を顰めた。ラピスの焦った声は初めて聞いた。それほどなのか。 機影を望遠で確認し、愕然とした。 夜天光。もっとも殺したかった、そして殺した人物が乗っていた機体がそこにいた。 六連ばかりだったが、一機で出てきている。まさか、まさか、心の中で反芻する。 「倒した筈だ、殺した筈だ、この手で潰してやった筈だ」 叫んでいた。悲壮な叫び声だった。 そして 「久しいな、テンカワアキト」 蜥蜴のような顔、粘着質な声。鉄の仮面、朱色の機体。 忘れる筈も無い。 「北、辰」 声が枯れていた、こんな無駄な機能はまだ生きていたらしい。 「貴様を殺す為、我は冥府より舞い戻った。さあ、殺し合おう、テンカワアキト」 アキトの顔が更に強く発光した。 「一度で足りないんだったら、何度でも殺してやる」 ほぼ同時に、前に出る。 宇宙に閃光が迸った。 ___________________________________________________________ 胡車児(F沢)です。 やはり三部作完結はなりませんでした。 にわか知識ではやはり上手く書けませんね、どうか腑に落ちない点は指摘してください。 やくざアキトになりました。困りものです。戦場の緊迫感も出せませんで、未熟です。 予定としては、完結編とエピローグ、つまり後二本で締めます。 締めれるように頑張ります。 では、又。感想お待ちしています。些細な事でも構いませんので、よろしくお願いします。 「ポリエスチレン・テクニカルズ」 http://polytech.loops.jp
代理人の感想
や〜。ピリピリしてて、いいですね。
緊張感がたまりません。
余計な物はいらない、ただこのアドレナリンの滾りとスリルがあれば。
それはさておき前・中・後に加えて「完結編」で締めるとの事ですが、
ひょっとして完結編が1から3まであるとか、そう言うことになったらどうしましょう(爆)?
・・・伸びたら伸びたで読者としては嬉しいんですが(激爆)。