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--------Der letzte Sturm--------最後の嵐--------




ナデシコ艦内は騒然としていた。
まず、エステバリスを含む機動部隊が、浮き足だった火星の後継者をあらかた全滅させた。
残りの二艦も落とし、火星の後継者は事実上完全に消滅した。そして、ユーチャリスからのグラビティブラスト。
ナデシコからもグラビティブラストを発射するが、発射数が絶対的に違う。四条の内、退けられたのはわずか二条だった。
落ちる、誰もがそう思ったであろうが、その瞬間は訪れなかった。レーダーに機体反応が現れる。
ステルス処理を施していたのだろうか、かなりの距離まで気付くことが出来なかった。そして、その機体が直線上に入る。
勿論、ユーチャリスが放ったグラビティブラストとナデシコの間に、である。


何が起こったのかはよく解らなかった。何らかの方法で突如現れた機体が、残り二本のグラビティブラストを防いだ、としか思えなかった。
実際防いだのであろう。機体の識別コードが表示される。


「サイメイ、さん」


ルリが声を上げた。呆気に取られている、無理も無いだろう。
サレナ・アヴェンジャー、灰色の機体が、ナデシコの前方に浮かんでいた。


「しばらくぶりだな、見ない間に随分とボロボロになったもんだ」


「どうして、ここに」


「いざと言う時の支援をする為だ、大方予想通りの展開になったな。テンカワアキト及びユーチャリスの相手は俺がする」


「いえ、それは私達がします、手出しはしないでください」


「不本意だろうが、理解してくれ。安心しろ、悪いようにはしない。そこで見ていてくれればそれでいい」


「早くしなければ、アキトさんは逃げてしまいます」


「それも安心しろ」


モニターの中でアヴェンジャーの片手がユーチャリスに向けられる。
銀色の光が照射される。それは遙か前方のユーチャリスまで届いたようだった。
遠くで青色の光が拡がっていく。


「ユーチャリス周囲でボース粒子増大、ジャンプします」


不味い、そう思うが、既に遅い。この機を逃せば、次に遭遇するのはいつか解らない。
命が短い、アキトはそう言った。これ逃せば次に会えるかどうかすら怪しいのだ。今すぐ叫びたかったが、唇を噛みしめ、耐えた。


「あれ……目標、ジャンプしません」


メグミが慌てて声を上げた。確かに、未だにモニターにはユーチャリスが映っている。


「細工は隆々だ。しばらくはジャンプできない、じゃあ、行って来る。他の機体はドッグに収容しろ」


ナデシコ麾下の機体の損傷は著しい、飛んでいるのが不思議な機体もいくつかあった程だ。
サイメイのアヴェンジャーが遠くへ飛んでいく。
ルリは素早く収容を命じる、リョーコが文句を言ってるが、今の状況でアキトとユーチャリスに勝てる訳が無いのは分かっている筈だ。
向こうに手心を加える様子は一切無い事は、先程の砲撃で理解できる。
ルリは周囲にウィンドウボールを展開させる。思兼が作動し、数字が辺りに羅列する。


「これよりユーチャリスに対し、ハッキングをかけます。ハーリィ君、バックアップをよろしく」


何かをしなければならない、今は何も出来なくとも、ユーチャリスの動きを止める程度ならばできる筈だった。
なら、それをする。何かしていなければ気が済まない、今は。サイメイが何を考えているかは理解できなかった。
殺すつもりなのではないか、そう思った。
もう、これは殺し合いだった。私情が入る隙間など、先程無くなった。考えが甘かったとは思いたくない。
殺さなければ、殺されるのだ。自分一人だけのナデシコでは無い、だから余計に戦わなくてはならない。
サイメイがアキトを殺す事が出来なければ、ナデシコが沈む。
死んで欲しくは無かった。今もそれを望んでいる。だが、地球で見たサイメイの動き。北辰の部下を翻弄していた。
三郎太をあっさりと落とした五機を相手に、むしろ優勢と言えたのだ。只、あの場では足止めに専念していたが、一機は落とせただろう。

アキトとサイメイ、本気で戦えばどちらが勝つか、おそらくサイメイなのではないか。そう思い始めていた。
死んで欲しくは無かった。アキトさんには、軽く口に出す。それで気分が晴れる訳は無かった。
ユリカさんの為にも、皆の為にも、自分の為にも。心の中で何度も繰り返す。

しかし、ここは戦場だった。私情が入る余地は、無い。













ボソン・チャフが上手く作動した。それでまず一つ障害は消えた。そしてもう一つ、北辰も既に撃墜されているようだった。
これで二つ目の障害が消えた、残る障害は只一つ、眼前に迫り来るブラックサレナ、その一機だけであった。
しかし、そのサレナも最早重傷と言った風体を晒していた。ならば、そう思い、同条件とは行かないまでも、ほぼ同条件の機体にした。
機体戦においては、おそらくテンカワアキトの方が上であろう。サイメイはそう思っていた。
元より生身の戦闘を好んでいるサイメイにとって、機体の戦闘経験は少ない。だが、やはり地上戦闘の経験が生きているようだった。
動体視力、反射能力、身体能力、全てに於いてテンカワアキトを上回っている。それが対抗手段だった。
互いに残る兵装は左腕のみである。他の武装は無い、それはデータの上でサイメイは知っていた。
そしてユーチャリス、これはナデシコがハッキングなり何なり行動を起こして縛り付けるだろう。これは確信だった。
実際にそれは当たっている、一切の攻撃を仕掛けてこない。いや、これないのだろう。それで弊害は全て消えた。


「テンカワアキト」


サイメイが咆吼する。通信はしていない、聞こえてはいないのだろうが、サイメイは叫んだ。
その顔は笑っている。興奮しているのだ、この状況に、テンカワアキトと言う男と闘える事に。
ブラックサレナが迫る。すれ違う、それだけだった。打ち合えない、左腕同士では打ち合う事は出来なかったのだ。
レーダーが目まぐるしく動き、サレナの反応が真横に出る。咄嗟にアヴェンジャーの動きを止めるサイメイ。
サレナの左腕がコクピット前を通過するのを、肉眼で確認できた。脇に隙が出来た、アヴェンジャーが左腕を押し出す。

一瞬、だったのであろう。サレナが消えた。レーダーは未だに反応している、すぐ近くで。


「上か」


頭上、サレナが再度迫ってくる。後ろに急噴射し、かわす。目の前を通り過ぎるサレナ。
それを追うアヴェンジャー、左腕を振り上げる。背後を取っている、当たる、そう確信し、振り下ろした。
サレナの挙動が変わる、後ろに少し、移動した。それで打点がずれた、頭部に当たる。サレナの頭部が破壊された。
はがれた装甲の下には、桃色の機体が中に入っているように見えた。サレナの左腕が逆方向に上がってくる。
頭部に当たっていた左腕の付け根が破壊された。アヴェンジャーの武装は全て失われた。
間合いを取り、対峙する。


「馬鹿が」


テンカワアキトからの通信が、アヴェンジャーに入った。


「余計な手心などかけるからだ」


冷徹な声がコクピットに響く、サイメイが笑う。
知っている、今も興奮しているに違いない。音声のみの通信だが、心の内の獣までは隠しきれないらしい。


「弱い者いじめは趣味じゃないんでね」


「ちっ」


舌打ちを一つ打って、サレナが前進を始める。左腕は振り上げられている。
射程に入る、アヴェンジャーにかわす様子は無かった。サレナの左腕が真空の宇宙に唸りをあげる。



刹那、サレナの動きは停止していた。



アキトは何が起きたか理解できなかった。相手は既に武装を失い、抗う手段を無くしていた。
だから止めを刺すべく、突進した。結果、これである。何度か震動があったと思えば、コクピット内は赤色灯で染まっていた。
動作は出来ないようである。
殴られる直前で、サイメイは左腕の余った部分をパージした。それで軌道が自然とずれる。サレナが棒立ちになる。
そこへ蹴りを数発。その蹴りもまた、恐ろしく的確に、適切な場所へと吸い込まれていったのだ。
設計上、装甲が重なる部分に、甘い箇所が出てくる。そして機動を司る部分にのみ、蹴りをぶち当てたのだった。
故にサレナの動作は取れなくなった。正に一瞬、これが達人と達人の決闘の末であろうか、それとも実力差が生んだ圧倒の勝利なのか。
それを知る術は、無い。


「……と、言うわけで俺の勝ちだな。テンカワアキト」


「……殺さない、のか」


絞り出す様な声だった。余裕から瞬間の逆転である、ショックはあるだろうが、何より恐れているような声に、サイメイには聞こえていた。


「殺すさ、完全に予定通りにな」


アキトからの返事は来なかった。


「怖いのか、テンカワアキト」


「何を」


「死ぬ事が怖くない人間などいない、自分の死期を悟った所で、それは変わるはずもない」


「知って、いるのか」


「ああ、知った上でお前を殺しに来た。テンカワアキト、死にたくないか」


「覚悟は出来ている。何より俺はもう何万人も殺した、今更」


「何万人殺して、何かお前が得をしたのか、テンカワアキト。お前は何のためにその数万人を殺したんだ」


「それは……」


そこまで言って、アキトは言葉に詰まった。
理解はしている、結局の所、コロニーを落としていたのも、全ては自分の目的の為にやった事なのだ。
運がなかった、その言葉で済ましてきたが、それだけで済ませられる問題では無い事も、知っていたのだ。
正当化は出来ない。そうすれば、人では無くなってしまう。正当化すれば、最早地獄の鬼同然なのだ。


「勝手に死んで、それで今までの罪が洗い流しになるとでも思っているのか。殺人鬼が」


自分が言えた台詞では無いか、とサイメイは言った後、軽く笑った。
今テンカワアキトは、およそ戒告でも聞いている気分なのだろう。だがしかし、それは耐えうるべき痛みなのだ。


「俺を殺す、さっきそう言っただろう」


「そうだな、でも俺はここであっさりと殺されるぐらいなら、是非とも発狂死して欲しい所だな。そこいらがお似合いだろう」


「なら」


自分で死ぬ、そう思いかけたが、止めた。ラピス、ラピスが残っているのだ。今自分が死ねば、あの娘がどうなるか解らなかった。
躊躇われた。


「自分で死ぬ事も出来ない…か。ユーチャリスの操手が心配か、テンカワアキト」


歯がみする。何もかもお見通しなのだろうか、目の前のこの男は。ならば何が本当の目的なのか、アキトは察しかねていた。


「どうせ、俺はあと少しで、死ぬ」


それが、精一杯の強がりだった。


「なら、一つ聞きたい。あそこへ、ナデシコへ、帰りたいとは思わないか」


「思わない」


帰れるはずも無いのだ。今更帰った所で、合わせる顔など一片もありはしないのだ。
サイメイは、一つ困ったような笑顔を浮かべた。北辰麾下の部隊と戦っている時とは、正反対の表情であった。


「ここに、一つプレゼントがある。俺はお前の誕生日は知らない、遅いか早いか良く知らないが、受け取れ」


「プレゼント」


「読み上げてやろう。優性人類改造計画乙、第二十号ナノマシン投与リスト、被験者名テンカワアキト」


「まさか、それは」


「お前の体に投与され、五感を奪い、今は命を蝕んでいるナノマシンの全リストだ」


「そんな、存在していたのか」


「これがあれば、ナノマシンに殺される、なんて間抜けな事は無くなるだろう。ネルガルの医療研究所でイネス女史が首を長くして待っている」


「イネスさんが」


懐かしい名前だった。死んだと思っていたが、ネルガルが事前に偽装していた為、戸籍上死亡させられていた。


「どうだ、帰る気が起こったか」


「……何を考えている。俺を殺すつもりなんじゃなかったのか」


「あれは嘘だ。ちょっとなじってやりたくなってな」


「なら、何で」


「興味を持った。一度人生を復讐に落とした人間が、日常を取り戻せるきっかけを手にして、どう生きるかが、だ」


「たったそれだけの事で」


「そうさ、その為に俺は敵の旗艦に潜入して、それで訳の解らない三度笠の変態連中と戦うはめになったんだ」


アキトは愕然とした。火星の後継者の旗艦を自沈させたのは、目の前の男なのだろうか。この男ならば、やりかねない。
三度笠、北辰麾下の部隊の事なのだろう。北辰が蘇っているのならば、部下も同様なのだろう。
居ないので不思議に思っていたが、まさか、一人で相手にしていたのか。


「受け取ってくれないと、折角の俺の苦労が無意味になっちまう」


「しかし」


受け取れない、これを受け取れば、確かにユリカ達の所へ帰れた。受け取れば、自分は戻れるだろう、日常へ。


「お前がいくら犯罪者、それも何万人も殺した奴だろうと。ミスマルユリカやホシノルリにとっては、只のテンカワアキトに過ぎん」


アキトは息を呑んだ。


「テンカワアキトの肩書きが邪魔なのならば、今すぐ殺してやる。サレナから降りろ」


「そんな都合良く戻れるかよ。俺は人を殺してきたんだ、今更俺一人だけ普通の生活に戻るなんて、虫が良すぎる」


アキトが咆吼した。今までの冷たい声はどこへ行ったのか、今は声に十分生気が宿っている。
これが「テンカワアキト」の声か、とサイメイは思った。これが本当のテンカワアキトの本当なのだ、冷徹な殺人者には、ほど遠い。


「なら、人生の最後に悔いながら死ねばいい。俺はそうしようと思っている」


「だからって」


「俺は何人殺したなんて覚えていない、だが詫びをしよう、なんて思っていない。それこそ虫が良いとは思わないか」


「どちらにせよ、俺はもう犯罪者だ、戻ったところで死刑に決まってる。意味が無いんだよ」


「だから、ここで殺してやろう、と言っている」


「それこそ、何の意味も無いじゃないか、言ってる事が解らないんだよ」


アヴェンジャーのハッチが開いた。中から男が一人、出てくる。あれが、アキトは息を呑んだ。
空気が違う、北辰の空気ともまた違う。人間じゃない、咄嗟にそう思ってしまった。


「出てこい」


サイメイが一言、そう言った。しかし殺気は含まれていない。
アキトもハッチを開ける。開けたハッチにサイメイが降り立つ、指でアヴェンジャーのコクピットを指さした。
入れ、そう言ってるようにアキトには見えた。もう何も思わず、黙ってアヴェンジャーのコクピットへ移動した。
サイメイが戻ってくる。アヴェンジャーのコクピットに入り、閉めた。アヴェンジャーの内部は広く、後部座席が付いていた。


「生で話すのは初めてだな。俺はサイメイ、サイメイ・リョウだ。初めまして、テンカワアキト」


そう言い、微笑みながら手を差し出した。握手を求めているのだろうか、今の今まで殺し合っていた相手と。
アキトは黙って出された手を握り返した。そして、何より驚いていたのは、サイメイの外見だった。
子供、およそ自分よりは確実に子供であろう。それだけは解った。先程の異様な空気は、既に無い。


「子供だったのか、アンタは」


「失礼な、これでもお前よりは数年年上になる。成長が極端に遅いだけだ、気にするな」


何かしら種族的な違いだろう。アキトはそう思うことにした。
不思議な事に、サイメイに親近感を抱いている自分に気付いた。普通の自分で話せる、そうも思った。


「理解が早くて有り難い、座標を送る。こっちまで来てくれ、一人で大丈夫だな」


コクピットのパネル部分に向かい、何事か話している。通信しているようだ、ナデシコか、そう思い、アキトは逃げようとする。
しかし当然逃げられる筈もない。


「焦るなよ、ナデシコじゃない。ユーチャリスだ、ユーチャリス。あんたの連れに来てもらおうと思ってな」


「ラピスか」


「意外と早く説得出来てよかった。今からこっちに来るぞ」


レーダーに反応が映る。脱出艇が一機、こちらに向かってくる。


「宇宙服、閉めろ」


ハッチが開く、真空に体を持っていかれそうになる。
脱出艇が横付けし、中から一人、ピンク色の髪をした少女が飛び出してくる。そして、サイメイを通り過ぎ、アキトにしがみついた。
サイメイがハッチを閉じる。機内に再び空気が充満する。


「こりゃまた、随分と似てるな」


ルリとラピスの事を言っているのだろう。
それに対し、アキトは何も言わない。
宇宙服を脱ぎ、サイメイは頭を一つ掻いた。


「で、どうすんだ、これから」


アキトがサイメイに訪ねた。


「見てろって」


サイメイが腕を顔の前に持ってくる。


「音声コード入力、宇宙の星となれ」


脱出艇が火を噴いた。そのままブラックサレナに突進、船首にサレナを張り付けたまま、ユーチャリスへ向かっていった。
艦橋に突っ込む、爆炎、音こそ無いが、激しい震動がアヴェンジャーを揺らす。
アキトは唖然とした表情でそれを見ている。


「こちらサイメイリョウ、サレナアヴェンジャー。ナデシコ艦長に伝令、テンカワアキト及びユーチャリスは轟沈、死亡を確認した」


「こちらでも確認しました。ご苦労様です」


ウィンドウ通信に映っているルリの顔は笑っている。後ろに映っている艦の人間も笑顔を浮かべていた。
後ろにアキトが映っているのが見えている、それに気づき、必死に座席の奥に隠れようとするアキトだが、仰々しい宇宙服が災いした。
皆苦笑を浮かべている。リョーコは少し暗い顔つきだが、それでも笑っていた。
戻れるのか、あそこに。アキトは心の中で思った言葉を、噛みしめた。


























Ins innerhalb der Zartheit wie Flockseidenseide


真綿のような、優しさの中で。
















ふぅ、と溜息を一つ吐き、サイメイはシートに身を委ねた。
テンカワアキト、ラピスラズリの両名は後部座席に居た。ラピスと言えば、アキトの上に腰掛けながら、気持ちよさそうに寝息を立てている。
平和なもんだな、サイメイは苦笑した。


「この娘には色々と苦労をかけたから、今まで散々俺のいいように扱ってきたから、疲れていても仕方ない」


「アンタ達の事情は俺は知らん」


「だよな」


アキトも溜息を吐いた。仰々しい宇宙服も脱ぎ捨て、黒いラバースーツのような物に身を包んでいた。


「なあ」


アキトが呟いた。


「なんだ」


「本当は何で、俺を助けようとしたんだ」


「さっき言っただろ。俺が動くのは興味本位だけだ、それ以上も無い、当然それ以下もだ」


「北辰の部下達と戦ったんだろう」


「ああ、こっぴどくやられたが、最後は何とか」


「命の危険まで冒して、アンタに何の得もないだろう」


「罪の意識を感じるなら、これからその分払ってもらうから構わない」


「何で払うんだよ」


「それも言った。これからのお前の人生をじっくりと堪能させてもらうさ」


「お前が先に死ぬんじゃないか、俺より先に」


アキトはこれからの事を考えている。サイメイはそれを確認出来て、満足気な表情で前方を向き直った。


「もう一つ聞いて良いか」


良いぞ、と視線は変えずに返答した。


「さっきの戦い、手加減しているようには見えなかったが、もし俺が死んでたら、どうするつもりだったんだ」


「行方を眩ます」


「良いお答え、ありがとう」


アキトは打って変わって明るくなっていた。助かる事か、重責からの開放感か、それをサイメイが知る術は無かった。どうでもよかった。
前方にネルガルの小船団が見えた。通信が開く。


「いや〜、どうもご苦労様。本当、サイメイ君には感謝してもしきれないなぁ」


相変わらずの軽薄な声に、サイメイは不満げに鼻を鳴らした。


「アカツキ」


「やあテンカワ君、元気だったかい」


「そうじゃないから、俺がこうして働いているんだ。阿呆」


そう言うと、アカツキは流石にサイメイにあまり軽口は叩けないのか、黙った。
アヴェンジャーが着艦する、艦橋にはエリナ・キンジョウ・ウォンの姿もあった。アキトの姿を確認し、軽く手を振る。
気恥ずかしいのか、アキトは手を振らない。エリナも仕方無い、と言った様子で艦橋から姿を消した。


「じゃあ、これは礼金ね」


アキトは医務室へ連れられていった。エリナがラピスを連れていく。名残惜しそうにアキト見つめるラピスだが、エリナの説得で引き下がった。
振り込みの明細が渡される。サイメイはそれを軽く握りしめた。
サイメイはそれをじっと見つめる。書いてある額は一般人にはおよそ手が届かないぐらいの大金である。
サイメイは顔を上げ、アカツキを見据えた。護衛の巨男が前に出る。


「……足りん」


サイメイは、簡潔に、一言そう言った。


「はぃ?」


アカツキの声が裏返る。無理もない、出来るだけの金額は払っているつもりだった。
火星の後継者の足止めならば自分達でできたのだ、要は北辰達の牽制を頼んだ形になる。結果全滅させたが。
それなりの金額は払った筈なのだ、声も裏返ろう。


「俺を騙すとは良い度胸だ、北辰達が出てきているなら先に言え、この阿呆ロンゲ」


阿呆ロンゲの部分に、アカツキのこめかみが反応した。


「な、ならどうしろと」


「あれ」


サイメイはそう言って、指を指した。
その先には、ドッグに入っていくアヴェンジャーの姿があった。


「サレナを整備して、よこせ」


「あれは試験型だよ。これから何かとデータを取らなくちゃいけないんだけ…ど、まあ、いいか」


冷や汗をダラダラ流しながら、アカツキがもの凄い勢いで頷いた。
サイメイは満足そうに頷き、その場を後にした。











廊下を歩く、割り当てられた部屋で、ゆっくりと休むつもりだった。
奥から、人が二人いるのが見えた。エリナと、車椅子に乗っているテンカワアキトだった。こちらに向かってくる。
テンカワアキトがこちらを見ている。エリナも同様だった。


「ありがとう」


エリナは礼を言った。アキトは何も言わなかった。只、手を一つ、軽く上に挙げた。
それで十分だった。サイメイは微笑みながら、すれ違う。そして、背後にいるであろうアキトに向かい。











軽く、手を挙げた。













かくも短く、終わりの合図は交わされた。
そして、事が一つ、終わりを告げた。





















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はい、なんとか完結しました。「ファイルタイプ・テンカワ」はこれにて終了です。
今回は台詞主体です。人物の心中を、地の文では無く、言葉で言わせてやりたかったからです。
終わりとしては、説明不足かも知れませんが、サイメイはあくまで第三者なのです。
深くに関わる事は今はありません。今は。


次回もあります、これで最後の最後で最後です。
エピローグ、サイメイの謎が解かれるかもしれません。

おつき合いください。




では、又。




「ポリエスチレン・テクニカルズ」
http://polytech.loops.jp


 

 

代理人の感想

結局前編、中編、後編、完結編1、2、3(エピローグ)と綺麗に並びましたね(笑)。

アキトたちも落ちつく所に落ちついたようでなにより。

あとはエピローグだけですね。