強くなりたかったのは、親への反発だった。
いや、親への「当てつけ」だった。自分が、空手で強くなっていく様を見て、悔しがって欲しかった。
それだけの為に、私は鍛錬を積んできたのだ。が、父の表情は、終ぞ変わる事は無かった。
御園流譜代槍術、第二十代目を名乗るのが、私、御園綾乃の父、御園久留間だった。
子供の私から見ても、父がどれほどの強さだったか、ハッキリと理解していた。
今はこの世には居ない、が、まだ私は、父を越える程の技量をもった人を見たことは無い。






隙我 十つ幕.「霹靂雷火」






放課後の道場に、「何か」を知らせる鐘が鳴り響いた。
綾乃はそれを気にした様子も無く、すり足で相手に近づいていった。
相手の同学年の女子は、目に見えて怯えているが解る。が、それも気にした様子は無く、綾乃は近づいていった。
学校の空手部に、綾乃は所属していた。高校二年生の綾乃は、今現在は部長の任に着いている。
実績、実力、共に綾乃を部長にせずして、誰が?
元より。この空手部に綾乃が初めて訪れた時、三年生を圧倒的な実力で倒した瞬間から、ほぼ決まっていた物だ。
また一歩、右足をすり、それに合わせる様に左足をする。
同学年の相手をは、一歩さがった。
逃げるな、と叫びたかったが、それはこらえた。
自分でも、何故この様な人を相手に、闘おうとしているのか、解らなかった。
実力の違いなど、明白なのに。
綾乃を相手している、草場美里はこの冬の空手大会女子の部で、予選一回戦すら勝てなかったのだ。
それに対して、自分はその大会で優勝している。
実力は明白だった。
綾乃は溜息を吐いて、上げていた両手を力無く落とした。

「止めましょう」

その言葉を聞くと、草場美里は安心した様に構えを落とした。
綾乃は心の中で、軽く舌打ちを打った。
自分なら、今の一瞬で相手のこめかみを殴って昏倒させている。
何しろ隙だらけだ、それすら解らないのか。
周りの部員も、何故か安堵の表情を浮かべている。
(辞め時かな……)
部長、と言う役職には、何の感慨も無い。捨てたければ、いつだって捨てれる。責任感なんて、感じたことすらない。
綾乃が先の空手大会で優勝し、一躍脚光を浴びてからは、女子空手部も、随分とにぎやかになった。
前は、廃部寸前の弱小部だった。人間、随分と都合が良い物だ。
道場も綺麗になった。が、そんな物は欲しくはない。
設備も整った。が、そんな物は必要ではない。
綾乃が欲しいのは、強さだった。精神的では無く、肉体的な。
更衣室の方へ、綾乃は足を向けた。






校門を出ると、直ぐに一人の男が、綾乃に声を掛けてきた。
脳紺色の背広を上下に着ている。体格も良い、夕日が陰になって表情はよく見えないが、綾乃はその男を知っていた。

「また……居たんですか。見田さん」

綾乃に見田と呼ばれた男は、微笑を浮かべた。
綾乃より遙かに身長が高い、綾乃の身長は162センチ、比べて見田は184センチである。
背広の上からでも、その下に凶器とも成り得る肉体があるのが、よく解る。屈強なボディーガードの様な風格がある。

「いいんですよ、送り迎えなんて、今時流行りませんから」

「いえ、そう言う訳にもいかないので」

その言葉に、綾乃が溜息を吐いた。
この昔気質の青年が、自分の言った事を、そのまま聞いてくれる筈が無いのは解ってはいる。

「父の言葉なら、忘れてくれても構いません」

「とんでもない。先代は、努々忘れるな、と私に念を押しましたので」

「はぁ……あの人は、何で最後だけ…」

綾乃が深く肩を落とした。
それを見て、見田が不思議そうな表情をする。

「お嬢様、どうかしましたか、どこかお具合でも……」

「大丈夫です。良好です」

見田の台詞に割り込む形で、綾乃がぴしゃりと言った。
お嬢様、と自分を呼ぶのも、綾乃は止して欲しかった。





この男、見田乙(みたきのと)と言う男は、父の、御園久留間の最も近しい弟子だった。
歳の程は確か……26だった筈だ。妻帯もしていなかった……筈。
自分が4つかそこいらの時に、見田は御園の門を叩いた。
御園の門下生は、多かった。一番多い日には、二十人程度が道場へと足を踏み入れた。
間違いなくこの地方では有力な家柄に含まれる程、家も大きい。母と綾乃、そして使用人数人が住んでいるが、それでも広い。
見田も、そんな門下生の一人だった。
初めは門下生に突かれ、その傷に呻くだけの日々が続いたが、見田は毎日熱心に通った。
見田は天才肌だった。教えられた技は、その日の内に使える様になっていた。自分なりのアレンジも加えて。
父がその成長ぶりを見て、舌を巻いていたのを、綾乃は朧気ながら覚えていた。
食事の時も、
「私は運がよい……生きてる内に、本当の天才に出会えた」
そう言う事がしばしばだった。
見田が入門してから三年、たった三年で、見田は当時の門下生全てに勝つ事が出来た。当時、見田は十六歳である。
槍は電撃と呼ばれ、その刺突は稲妻と称された。
しかし、父には数歩及ばなかった。
綾乃が14歳、見田が23歳の時、久留間は逝った。急性の脳梗塞だった。
見田は、後一歩の所まで父を追いつめる様になっていた。綾乃は、その頃から空手を始めていた。
父は見田に、遺言を残した。言葉と、遺書で。
父はまだ五十半ばだった。死期を悟っていたのだろうか。
見田を御園流師範とし、御園の技を絶やす事なき様。遺書にはそうとだけ書かれていた。
見田は断った。若すぎる、そう言って断ったが、古参の門下生は、見田以上に強い槍を振るう者は居ない、と見田を推した。
古参の門下生を師範代とする事で、見田は御園流譜代槍術の師範となった。
が、その頃からである。
見田が、綾乃の送り迎えを行う様になったのは。
送り迎えと言っても、車で送迎、などと優雅な物ではなく、見田が綾乃の横に立って、連れだって歩く、と言う物だった。
年頃の綾乃にとって、これは正直困った。妙な噂なども度々あった、が、今はもう慣れた。
見田は、久留間に心酔していた。久留間の命は、自分の身命とばかりにこなしていった。
見田に家族は居ないらしい。理由は聞いたことが無い、おいそれと聞ける話題ではなかった。
若くして師範と言えば、近いところに止心一投小佐野流と言う流派があった。
「武の道に小佐野あり」「武境」と呼ばれ、この地方で最強と言われている流派があった。
が、不思議と門下生は一人も居ないらしい。
古武術によくある秘匿主義か、と綾乃は思っている。

「それにしても」

家の玄関門に着いたとき、今まで黙って綾乃に着いてきていた見田が口を開いた。
いつもならば、では、から一声かけて、道場の方へ走り去っていくのだが。綾乃は見田を振り返った。
見田はメガネをかけている。そのメガネの銀フレームが、街頭の光で煌めいた。
闘う時は、メガネを外す、それで打点を外さない物か、と聞いたことがあるが、ありません、と見田は短く答えた。

「お嬢様は強くなりました」

意外だった。綾乃が思わず呆然とする。

「御園とは別の道、とは言え、お嬢様は立派に事を成しておらっしゃいます」

「……そうですか?」

「はい、先代も、きっとお喜びになっていますよ」

そう言うと見田は微笑した。
綾乃の表情は少し翳っている。

「父は喜びません。私は槍じゃなくて拳を振るっているのですから」

「それでいいんですよ」

綾乃の目が見田を捉える。
相も変わらず、見田はにこりと笑っている。

「それで、いいんですよ」

見田は、ハッキリと___良く透る声で___繰り返して、言った。







御園本家から、御園道場までは、多少離れている。
と、言っても道場も全て御園の土地に入っているのだから、やはり御園家の広大さを伺い知る事が出来る。
遠すぎるから、道場と本家では入り口が違うのだ。それを考えただけでも、溜息物だった。
十三年間通い続け、知り尽くしている通い道を、見田は歩いていた。
御園久留間の一人娘、御園綾乃の送迎等をし始めてから、早三年の月日がたった。
理由は単純、久留間からの遺言だった。
「娘を頼む、この事は努々忘れるな」とだけ、自分に言い聞かせた。
それを三年間守っている。自分ながら馬鹿正直である、と思った事は多々ある。
が、久留間の命は絶対なのだ。それは生きている時も、死した今も、変わらない。
御園久留間は、いつも自分の前に絶対の壁となって立ちはだかってきた。
自分がその壁に当たった時、久留間は何事かヒントをくれた。
それを忠実に実行すれば、その壁は容易にうち砕けた。そう、久留間の言に間違いはない、いつも正しく、そして心強かった。
その久留間が今際の際に、自分に頼み事をしたのだ。破るなど、今までの自分を否定する様な物だった。
いつの間にか、道場の玄関に立っていた。

「諦めたのか?」

見田は誰に言った訳でも無く、呟いた。
見田の周りに人影は見えない。
しかし、

「あなたが四六時中居るものですから、とてもとても」

どこからか、声が響いて来た。思う外、近い。
若い男の声。楽しそうな、男の声だった。

「綾乃を狙うのであれば、容赦はしない」

見田は、一人の時は綾乃、と呼んでいた。

「でも、あなたの方が強そうですよね」

舌なめずりする様な、粘着質な響きだった。
見田の身体に力が入る。

「ああ、そう強張らないで下さいよ。今日は帰ります、ずっと外に居たんで、身体、冷えちゃいました」

けらけらと笑い声を上げた。
見田の眉が中央に寄る。不快感を露わにしている、同時に、殺気も。

「さっさと消えろ」

そう言うと、気配は消えた。
見田は肩の力を抜いた。
溜息も吐く。
昼間から、男は綾乃を監視していた。
それも明らかに「狙っている」と気配を露わにして。
綾乃が気付かなかったのが、幸いだった。空手は鍛えられているが、精神面ではそうとまで鍛えられていないらしい。
気付けば、あの血気盛んな綾乃は闘いを挑んでいっただろう。
そして、負ける。
あの男は強い。気配の質が、そこいらの凡庸な格闘家などとは、比べ物にならなかった。
殺すつもりだった。男は、綾乃を殺すつもりだったのか。
綾乃はつい最近、空手の大会で優勝している。
それを見たのか。
いや。
そんな事は関係ない。
綾乃を狙うならば。
自分が倒す。
綾乃を殺すならば。
自分は殺す。
それだけだ。
久留間の命を実行するだけだ。
それにしても_____。

「随分と厄介な奴に狙われたな_____綾乃」

一人ごちた。







「けあっ!」

叫び、厚さ二センチの板は砕けた。
板を持っているアキトは、砕けた板を両手に持ちながら、呆然としていた。
指___二本。人差し指と中指。たったの二本、たったの二本で彌太郎は板を砕いた。

「ま、まじですか……」

彌太郎の目がアキトと合う。
その目が雄弁に語っている。
「マジだ」
と。

「突死の虎貫」

突死とは、急所を狙った攻撃の小佐野の総称である。しかも即死点限定の攻撃である。
そして、虎貫(とらぬき)とは、指を使った技の総称である。虎すら貫く、と言う所から由来したらしい。
つまり、突死の虎貫と称せば、小佐野では指を使った即死点の攻撃を指す。
ちなみに、板には黒い点がいくつか点在しており、それぞれがアキトの身体の急所にあわせる様に持たれていた。
水月、そこを正確に彌太郎の指は射抜いていた。

「お前は戦闘技術自体は、既に熟成の域に入っている」

アキトは静かに床の上に板を置き、彌太郎の方へ向き直った。

「お前がナオに負けた訳は、何だと思っている」

「……油断」

「そう、油断だ。相手の意識を失した所で、戦意まで失した訳では無い。それはまだ勝利では無い」

「はい」

アキトは神妙な面もちで呟いた。

「それを鍛えるのは、お前自身であって、俺が道を標す事は出来ない。解っているな」

「はい」

「ま、それはいい」

「……いいんですか」

彌太郎が威圧感の漂う眼を向けた。
アキトの身体がびくりと震え上がる。

「これから一つ、小佐野の技を教えよう」

小佐野の技____それを聞いて、アキトに緊張が走る。
今までの技は、一般の柔術流派でも教えてくれる技だった。
が、彌太郎は小佐野独自の技を教える、そう言っているのだ。

「その技を______」

アキトの喉がゴクリとうねった。


沈黙。


彌太郎の口が動いた。






「龍殺、と言う」






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ナマステ、胡車児です。
新キャラです。名前だけは出てきた二人です。
見田と話していた怪しい男は解ります……よねぇ?

今の所のパワーバランスは

彌太郎>見田=健三郎?>アキト>ロクモン=ナオ>キリタニ>綾乃

でしょうか。

まあそんな事はどうでもいいですね。ハイ。
週に三日しか小説書けないのは苦痛です。
最早小説書くしかやる事ない、とパソコン壊れて気付きました。


あぁ……やる事が、無い。



では、又。次回で。



ポリエスチレン・テクニカルズ外伝『竜の胆』
http://polytech.loops.jp/ktop.html


 

 

代理人の感想

キリタニ・・・・ってだれだっけ(爆)。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、ナオにやられた空手使いの人(汗)。

 

 

しかし綾乃さん危うし、なのかな?

標的はどうも移動したみたいですけど、見田さんの実力自体は上でも勝負はまた別だというのは

既にアキトやナオが証明してますし。

楽しみですよねぇ。