二度、間断なく引き金を引く。 フラッシュハイダーから排出されたマズルフラッシュが、辺りを瞬間的に照らす。 銃口の先で人が倒れるのを見届けると、サイメイは横走りに草むらを駆け抜けた。 舌なめずりをしながら、空になった弾倉を外し、弾が詰まった弾倉を差し込み、スライドする。 乾いた破裂音が響き、辺り構わず木の葉が四散した。サイメイは身を屈め、楽しそうに口笛を吹いた。 眼に手を当てる。 一秒。 二秒。 三秒たった頃、当てていた手を外す。手のひらから緑色の光が漏れた。 白目の部分が淡く、翡翠色に発光している。 それが暗闇の中ではよく目立った。 銃声。秒間数十発で打ち出された高速弾がサイメイを襲った。 銃を撃った人物であろうか。成果を確認する為、サイメイに近づく。男は確かな手応えを感じていた。 そう。 少なくとも七発。奴の頭にぶち込んでやった。 散々仲間を殺してきたアイツにぶち込んでやった。 歓喜に表情を歪めながら、近づいた。 が。 そこにはこの世で最も異常な出来事が起こっていた。 弾が、宙空で静止している。 緑色の膜に包まれて、その場で威力を殺されていた。そして、その緑色に発光する膜の中に男が、一人。 サイメイ・リョウ。 背筋が凍る様な薄ら笑いを浮かべて、男の方を向いていた。 ディストーション・フィールド!? まさか。男は渇いた喉を鳴らした。 個人用ディストーション・フィールドは確かに完成はしている、だが、それとは少し違う。 サイメイの身体の周りには、球状の膜が広がっている。 指向性を持たせたディストーション・フィールドならばともかくとして、全方位に渡っている個人用ディストーション・フィールドは『不可能』 としか言いようがない。 重力に沿って立っている物体が全方位ディストーション・フィールドを使用すれば、どうなるか。 答えは単純。 地面を掘削し続け、バッテリーが切れた途端に生き埋めとなる。 なのに。 なのに。 何故アイツは立っているのだ。 男は気付いた。 サイメイの眼が、怪しく緑色に発光しているのを。 サイメイがにっと笑った。 片腕を上げて、こちらを指している。その手には、銃。 「クリムゾンの働き蟻さん、今日もご苦労様」 チキリ、とハンマーがあがる音がゆっくりと響く。 「じゃ、ゆっくりとお休みなさい_______永遠に」 妙にぎこちない丁寧語で話しながら、サイメイの眼がすっと細められた。 パン。 その音を最後に、男の意識は途絶えた。 隙我 幕間. [相転移] 『首尾はどうだい』 サイメイは電話越しに響く、その軽薄な声に不快感を露わにしていた。 「上々だ。頭、脚、心臓、肝臓にそれぞれ一発ずつ撃っておいた」 サイメイの声には、表情にあるような嫌悪感は一切無い。 ただ淡々と、ファミレスで注文するかのように、無機質に応答している。 『六人だっけ、今回は』 「いや、七人だ。前回の襲撃が六人だったから、一人増しだ」 『へぇ』 大変だねぇ、と付け加え、電話の相手____アカツキ・ナガレは咳払いを一つした。 『ところで、テンカワ君の事なんだけど______』 サイメイはアカツキらしくも無い些か弱気な声に、端正に整った眉根を寄せた。 「どうした」 『あ、んー。いや、異常は無いかな、と』 どもりながら喋るアカツキに、サイメイは軽く嘆息した。 「心配なら、素直にそう言ったらどうだ。大体、俺がなんの為にこうして連日連夜ドンパチを繰り広げていると思っているんだ、お前は」 そう、サイメイが先程死闘を繰り広げていた相手は、クリムゾングループの諜報員か工作員のいずれかだった。 クリムゾングループは火星の後継者の支援を行っていた。 と、なれば。一種の『研究成果』とも言えるテンカワアキトとミスマルユリカの捕縛、あるいは殺害が行われるのは、最早自明の理であった。 かといって、アキトはサイメイの手によって死亡させられた事になっていたが、それを見抜けないほど間抜けではなかった。 ともすれば、水面下での諜報戦は日毎に壮絶さを増していた。 サイメイはその最前線に居るだけあって、攪乱しながらの殺し合いを続けていた。 当然、テンカワアキトの関係者全てに監視の目が光っている。 クリムゾンの目的はあくまでアキトとユリカのみ。他の人間がどうなろうと、知ったことでは無いのだ。 陳腐な手だが、餌、として使われる可能性も無くも無い。 故にこうして、サイメイは連日連夜に及ぶ死闘を繰り広げているのだ。 『……そうだね。素直じゃないね、僕は』 近頃では、このアカツキ・ナガレと言う男にも新しい一面を見いだしていた。 意外と人間らしい情を持っている。多少は。あくまで多少は、だ。 当初のイメージでは、冷酷な切れ者。軽薄な表情の下には、冷笑を浮かべた悪魔が居る。およそそんな感じであった。 その一部は今も変わらない。 だが印象は多少変わっていた。 「まあ安心しておけ、日々是平穏。何事も無きにしもあらず、だ」 電話越しに押し殺した笑い声が聞こえてくる。 『格闘技に夢中かい、王子様は』 「ああ、いい奴に師事している。アキトの眼も馬鹿にできん」 『小佐野彌太郎……だったよね。どう言う人なんだい?』 「きな臭さは無い。それに何より、強いな。お前の所にも招待したらどうだ、きっと誰も勝てないぞ」 『へぇ……。それは君でも、かい?』 「まさか」 はっと小馬鹿にする様な息を吐き出し、サイメイは携帯電話を持ち直した。 アカツキも笑い声を上げた。 「肉体的強さなら、負けはしないだろう」 『じゃあ精神的には負ける、って事かな』 「さあ、な。じゃあそろそろ切るぞ。死体は先程指定したポイントにまとめて置いた。処理は任せたぞ」 『任せて置いて』 返答はせずに、サイメイは通話を切った。 息を吐き出すと、白くなった息が街頭に照らされる。首を回すと骨が軋む音がした。 今日も終わった。そう思って肩から力を無くす。 ズキン。 頭の奥の方から、鋭い痛みが走った。 思わず強く目をつぶり、身体をくの字に曲げる。苦痛に耐える様に頭部を鷲掴みにしてうずくまる。 緑は赤程負荷が無い。が、やはり苦痛がある事に何ら替わりはない。 鼻筋から血が一筋、伝って地面に落ちた。拭おうともせず、サイメイは地面に両手をついた。 「っ!……ふぅ」 ひとしきり咳き込む動作をした後、サイメイは息を深く吐いた。 ふと、頭の奧から声が響いてきた。 どこか懐かしいようで、また恐ろしい声が。 その声が、サイメイの意識を奪っていった。マズイ、こんな所で倒れてはマズイ、そう思いつつも、意識は沈んでいった。 成る程、これが自分が外典である所在で証明。 世界が世界で無くなる程、「人でなし」になりすぎた結果。 混沌として______泥濘の中で______もう自分はどこにも居ない。 否、この世界の実存で無くなった故に、自らが虚弦的な力を所有出来る。 十三冊________自分が十四冊目。何のだ? 外典、外れモノ_____あり得ない事、モノ、事象、時空、結果、結論、課程。 居場所はとっくのとうに無くしていた。 いや、元々あったのだろうか。それすらも解らない。故に琉月_____何だ、それは。 在が罪になり斉になる。それがガ、一体体どド度どうした_____と言うのノだろαか。 解っているのに解らない。何が、どれが_______それが、だ。 実虚のノノ共ゾゾゾ存。あり得なくはない。それがこココのノ背世界階にハズれれれれていれば、干渉は、無い。 だから、俺は十四冊目______だから何のだ? 外典、外れモノ、外者、外柵の想。呼び名は様々だが、一転して同郷の理。 俺は、そう、そうだった。いや、そうになった。 無限の源にして幻の弦であり源。そう、それがこの世界で俺が呼ばれるべき名称であり___それが存在になった。何を言っているのか。 消えろ消えろと声がする声がすればそちらへ歩くそちらへ歩けば闇が広がる闇が広がればそれに飛び込む_____それの何が悪い。 いや、俺は何を言っている____いや_____思っているんだ。 違う____今はクリムゾンの____実を虚に返して___世界の延長が俺では無くなったから_____ああ、違う。 一体俺はどうしたんだ。精神病か_____違う、俺は人でなければかかるものもかからない。歪んだ触覚に正しい判断の理念は無い。 神と呼ばれた者が居た。 神と呼ばれた触覚が居た。 そう、それを知っている。何故だ?何故だろう。でも知っている。それは俺が外典になるからだ____だから、なんだそれは。 俺は____封殺世界に送られぬまま___この世界で、一元化されない、三次元にも居ない。じゃあ、何だ? 次元交差型意識拡張三元跳躍______ボソンジャンプと呼ばれる___意識交差が___火星の、遺跡が。 この世界の、この発展型世界の___根元に位置する____いせ、き。 アクエイシック・リーダーが動き出した。あれは___有限であるから____いつかは、逆しまに、精神だけが___逆しまに。 違う。 違う。 どうしてこうも思考が、ずれ、る。のかぁ? そもそも、俺は。誰だ?斉明、斉明亮。そうだ。幻無限と呼ばれ、護国三十六傑の一人____いや、違う、それは俺じゃない。 俺だが、俺じゃない。俺はサイメイ、サイメイリョウ。だったハズだ。 と___なると、だ。俺と____フォルトゥナとは____同期?いや、そういう事では無い。また思考。がずれ。たなぁ。 つまり、何だ。 俺がこの世界に留まるのは、無理って事か? 思考が流れる様に、自分の頭に帰ってきた。 はっと我に返り、辺りを見回す。 立っている事に気付いた。そして、片手には携帯電話が握られている事にも、気付いた。 「馬鹿な……」 確かに自分は、『緑眼』の影響で地面に両手を着いていた、筈。 急に意識が消えそうになって。それから、それから。どうしたのだろうか。 今気が付いて、そうしたら自分は倒れて無くて、でも自分は確かに倒れたはずで。 「かぁっ……!」 側頭部に痛みを感じて、サイメイはよろめいた。 数歩よろめいた所で危うく踏みとどまる。 近くにあったベンチに座り込み、サイメイは側頭部を抱えた。 必死に記憶の糸を手繰る。 何も思い出せない。あの空白が思い出せない。 自分は何を考えていたのか、自分は何をしようとしていたのか。 断片だけが次第に浮上し始めてきた。 外典。 次元、型、元跳躍。 アクエイシック・リーダー。 どれも聞いたことすらない。意味が明瞭としない訳の分からない単語だった。 しかし、何故聞いたこともない単語が浮かんできたのだ。 知っているのか。 そうなのだろう。 知っていないが、知っているのだ。 ベンチの背に体重を預け、サイメイは空を見上げた。 この所、自分が自分じゃないような、丁度先程のような感覚に捕らわれる事が何度かある。 しかし、ここまで強烈なのは初めてだった。 日に日に自分が消えていくような、そんな感覚に囚われていく。 「冗談じゃ、無い。まだ、奴を楽しんでないぞ、それなのに、俺が先になんて、あり得ない。畜生」 自分が消える。何て事は考えたことがない。 死ぬ覚悟ならいつでも出来ていた。 だが、消える覚悟なんて出来ていない。 「これが、怖い……か」 これが恐怖と言うのだろう。 初めて感じる、訳も分からないモノに怯える感覚。 「畜生」 世の中そんなに単純じゃない、と頭の中で呟きながら、サイメイはそっと目を閉じた。 『あり得ない』モノは得てして淘汰される。 嫉妬するのだ。自分の持っていないモノを持っている者に。 十一人はこうして<外>になった。人にして人を越え、人ならざる力を有し、人以上の理を行使した結果。彼らは消えた。 否。 閉じこめられた。 ゴミ溜めとまで称された、あの、世界に。 満点の星空の下。 サイメイは気持ちよさそうに寝息を立てている。 ___________________________________________ これを読んだ100%の人がこの話を理解するのは不可能です。 断言します。不可能です。 何故ならば、この話全てが伏線です。 私のサイトにあるオリジナル一次小説と、ナデシコ三部作完結編への伏線です。全て。 だから解るはずがないのです。解ったら凄いです。 いや、本当にこんな話を送りつけてゴメンナサイ。 本当にゴメンナサイ。 もう今日はこれだけです。 御免なさい。 中間にあるサイメイの訳の分からない思考は、いずれ解る様になる予定なのです。 一次小説の方で(駄目) ナデシコ二次創作三部作、第三部「光の団」のプロット立ても開始しました。 隙我の見通しがつかないにも関わらず、です。 転話。 さーて来週の彌太郎さんはー! 「彌太郎、ルリの鬼コーチになる」 「アキト、ロクモンと出会う」 「見田、ナオと対決」 の三本のどれかでお送りいたしまーす。 ポリエスチレン・テクニカルズ外伝『竜の胆』 http://polytech.loops.jp/ktop.html
代理人の感想
・・・・・・・ガン○レか○姫かと思った(爆)。
いや、他にどう言えと(汗)。