『機動戦艦ナデシコ』
Another Dimension Story

「さよなら、いつかまた逢う日まで」

―プロローグ―

 




宇宙。それは茫洋な虚空が無限に広がり、そして絶対静寂であり、絶対真空で包まれる漆黒の空間だ。そこに、二つの巨大な艦と、一機の周りの空間と溶け込むような漆黒の機動兵器の姿があった。

『アキトさん、ユリカさんがあなたを待ってるんです!―――そして私もっ!!』

その漆黒の機動兵器――ブラックサレナ、正確にはそのブラックサレナという鎧で守られたエステバリスのアサルトピット内で、己の犯した罪の重さから心を隠すかのように漆黒のマントを身に纏い、目元を隠すバイザーを身に付けているテンカワ・アキトは、モニターに映るツインテールの白磁の少女の涙を浮かべた顔を静かに見つめていた。

『だから・・・・だからお願い・・・』

そう言って下を向く白磁の少女。恐らくは泣いているのだろう、俯いたその顔からは小さな水滴が零れ落ちた。そしてそれは、とても―――儚かった。それを見て、テンカワ・アキトはゆっくりと口を開いた。

「無理だよ、・・・・ルリちゃん」

テンカワ・アキトはそう呟いた。他に言うべき事は何も無い、と言わんばかりに。それを聞いた白磁の少女は、俯いた顔を上げた。目尻には微かに涙が溜まっている。

『なんで無理なんですか!、・・・・帰る場所が無い、なんて言うつもりですか?。そんなのアキトさんが勝手に思ってるだけですっ!!、あなたの帰る場所は・・・・ユリカさんは待ってるんですよ、アキトさん―――あなたが戻ってくる事を!』

白磁の少女はそう声を荒上げる。それを見て、テンカワ・アキトは微かに笑った。昔を思い出したのだ、あのすべてがまだこんな風に歪む前のあの頃を。毎日が幸せで、毎日が楽しくて、毎日が喜びで溢れ、明日が希望に満ちていた事を。しかし、テンカワ・アキトはその考えをすぐに霧散させた。

「俺は許されない、それだけのことをしてしまった・・・・」

テンカワ・アキトは押し潰したような声で呟いた。

『許されないなら私が許します、ユリカさんも許します、絶対に!!』

「・・・・ユリカとルリちゃん、そして・・・・みんなが許してくれたとしても―――」

『・・・・・・』

白磁の少女も口を閉じた。しかし、その金色に輝く双眸は、目の前の漆黒の装束に身を包む男――テンカワ・アキトを見つめていた。

「俺が許さない。・・・・この数多くの命を散らし、復讐という名の血塗られた魔物に身も心も憑かれたテンカワ・アキトという男をな」

そう呟いて、テンカワ・アキトは俯いた。その顔には苦渋に満ちた表情を映し出していた。

「ラピス・・・・ジャンプ準備」

≪分かった・・・・・・『アウレリアス』、ジャンプフィールド展開準備≫

テンカワ・アキトは、自分の五感を補う為に『リンク』した少女であり、アキト以外の唯一の搭乗員でユーチャリスのメインオペレーターであるラピス・ラズリにそう心の中で命じた。そして、すぐさま自分が駆るブラックサレナをユーチャリスへと向かわせる。そして、すでに開いてあったハッチからユーチャリス艦内へとブラックサレナを着艦させた。

『・・・・・・』

それをモニターの向こうで見つめる白磁の少女。涙すら浮かべて訴えたのに聞いてくれない『闇色の王子様』を、捕まえるのはあきらめたのだろうか?――いや、そんなことはない。

「よし、ジャンプフィールドを展開しろ」

≪・・・・ジャンプフィールド展開確認≫

(・・・・さあて、どこに行くか――)

ユーチャリスの艦体を包む微かな光。これは『ボソンジャンプ』というある種の空間移動が起こる前触れとして現れるものである。テンカワ・アキトはブラックサレナの中で思う。一体、俺はどうすればいいんだろうと。そして、どこに行けばいいのだろう、と。その迷いから生まれた一瞬の油断が、これから起こる悲劇を生んだ。

ドガン!!ドガン!!

ユーチャリスの船体を強烈な衝撃が襲う。激しい振動と共に、めずらしく慌てた様子でラピスが、ブラックサレナ内に座するテンカワ・アキトの心に思いを送る。

≪アキト!!、ナデシコBから二本のワイヤーアンカーを打ち込まれた。!?・・・まずい、ジャンプフィールド暴走!!≫

「何っ!?」

アキトは思わず声を張り上げる。ボソンジャンプは一種の空間移動と先ほど記したが、もう一つの面として時間移動という現象も引き起こす。通常ならば、時間移動という側面はほとんど意味を成さない。それは、大半がジャンプする人間――つまりジャンパーのイメージ・・・行きたい場所、時間がはっきりと確定されているからだ。しかし、もしも事故が起き、その最中にボソンジャンプされようとしたならばどうなってしまうのだろうか?

『アキトさんっ!、行かせませんっ!!』

ブラックサレナ内のコミュニケに先ほどの少女が映る。しかし、それを見ていたアキトは怒鳴りつけるように言った。

「ルリちゃん、早くアンカーを外すんだっ!!・・・・ラピスっ!、ジャンプフィールドを強制解除しろっ!!!」

『・・・・?』

白磁の少女はそのテンカワ・アキトの様子を見て、ただならぬ物を感じたのか口を閉じた。

「ジャンプフィールドが暴走してるっ!!、このままではそっちもこっちのランダムジャンプに巻き込まれるぞっ!!!」

≪『アウレリアス』ジャンプフィールド強制解除!!ジャンプシステムをダウンしてっ!!≫

『!?、・・・・ハーリー君っ!!、ディスト―ションフィールド緊急展開っ!!、アンカーを切り離してっ!早くっ!!』

――ランダムジャンプ。それが先ほどの答えだ。何時、何処に、どんな状況に飛ばされるのかは分からない。それは果てしない未来かもしれないし、果てしない過去かもしれない。

<ジャンプフィールドの解除は不可能です。ジャンプシステムのダウンも不可能です。――警告、警告。ジャンプ先のイメージが確定されていません>

数多くの言葉が交錯する中で、無情にもユーチャリス自身とも言える自律型AI『アウレリアス』が機械ともいえる冷たく無機質な声で警告を発していた。ブリッジにあるオペレーターシートでは、ラピスが必死でジャンプフィールドを解除させようとしていた。

「くっ・・・・俺が直接アンカーを絶つ!!、ルリちゃんすぐに離れろ!!」

アキトはそう叫びながらIFSを通してブラックサレナの背に付いている二つのスラスターから光を放った。そしてブラックサレナの兵装の一つであるイミディエットソードを装備しながら、船外へと飛び出る。

<――警告、警告。ジャンプ先のイメージが確定されていません。ジャンプまであと3・・・・2――>

「くそっ!、間に合うかっ!?」

すぐさま二本のワイヤーアンカーを切り落とそうとブラックサレナを操るアキト。しかし、それは叶わなかった。

≪だめっ!!アキト、ジャンプしちゃう!!!≫

それがアキトが聞いた最後の言葉だった。



Prologue...end.

To be continued