『機動戦艦ナデシコ』
Another Dimension Story
「さよなら、いつかまた逢う日まで」
―第一話―
テンカワ・アキトがブラックサレナの中で意識を取り戻した時、すべてが闇に包まれていた。
(何だ・・・・システムがダウンしているのか?・・・・ラピス。・・・・ラピス?・・・・ラピスっ!)
アキトは心の中で自分の五感を補っている少女の名前を呼ぶが、まったく返事が無い。これは、あり得ないことであった。なぜなら、テンカワ・アキトとラピス・ラズリはいわば一心同体といっても過言ではない状態であり、いかなる距離が離れていても『リンク』されていることによって心が通じ合っているのだ。それはテレパシーと呼んでもいいのかもしれない。
(まさか・・・『リンク』が切れているのか?)
最悪の考えがアキトの脳裏をよぎる。つまり『リンク』が切れているということは、ラピスがこの世界から消えているということだ。すなわち――死んでいると。
「・・・・・・・俺は・・・俺は――」
言葉にならない悔しさと怒りがアキトの心を埋めつくしていく。そしてそれは自分自身へと向けられていった。俺が、俺がいなければ、という自分自身の存在を否定する怒りと悲しみが、すでに絶望という色に染まっていた彼の心を塗りつぶしていく。
「俺は―――・・・・・もう死にたい」
その言葉を合図にアキトはもうすでに機能していない双眸を閉じて、このまま楽になろうと、この苦しみから逃れようと、全身から力を抜いた。
◇◆◇◆◇
虚空の闇を青い艦影が通り抜けていく。その艦の名は『アフラ・マズダ』。新地球連合軍第七独立任務部隊――通称『ゾロアスター』と呼ばれる部隊の旗艦である。といっても『ゾロアスター』は戦艦一隻による部隊である、つまり独行艦なのだ。その『アフラ・マズダ』のブリッジでパイロットである五人が艦長であるオキタ・ジュウゾウ大佐の召集を受けていた。
「さきほどボソンジャンプの反応があった。我々はそれを調べにいく」
一つ上のスペースにある艦長のシート、そこでまわりを見回すように黒髪で力強さを感じさせる風貌のオキタは、そう言って口を閉じた。それを聞いて、同じように召集されたパイロットであるつんつんとしたくせっ毛の黒髪で、黒い鋭い双眸のカザミ・ユーゴ少尉が手を挙げた。
「艦長」
「なんだ、少尉」
「我々は現在『
ユーゴはそう言って肩をすくめた。現在『ゾロアスター』を含む新地球連合軍独立任務部隊の多くが、同軍で採用される次期主力機動兵器の選定――すなわち『
「・・・確かにそうだが、我々独立任務部隊の主な任務の一つに人命救助というものがある。それを忘れたのか?・・・中尉」
オキタはそう言ってユーゴを見つめた。それを見て、隣にいたトーア・ミズキ大尉が少しため息を吐いてユーゴの肩を軽く叩いた。
「艦長の言うとおりよ、少尉」
「・・・・分かりました」
ユーゴはミズキの笑顔に負けたのか、素直にそう言った。そして、今度はミズキが艦長の方へと向き直り、口を開いた。その少し赤茶けた長い髪がゆらりと舞う。
「・・・・人命救助ということは生命反応があったんですか?」
「ああ、微弱だがな。だがそれも、少しずつではあるが弱くなっている」
「では急がナイとまずくありまセン?」
そう言うのはティタニア・ハーシェル少尉。まだ、日本語を完璧に話せないという欧米人だ。小麦のような色の髪を邪魔にならないように後ろでお団子を作っている。そして、その双眸と顔立ちはとても優しそうで、母性を感じさせる雰囲気を纏っている。そのためか男性クルーからの人気も高い。
「ああ、でももう着く頃でしょ・・・艦長」
ふっと笑って軍人らしからぬ態度をとるのは茶色の髪をしたどこか軽薄そうなノエシマ・カズマ少佐。こんな性格でありながら少佐まで昇進した稀な例である。しかし、そのパイロットとしての能力は新地球連合軍一といわれるほどで、『虚空を駆ける者』という二つ名まで持っているくらいである。
「・・・・では、我々の任務はその救助ということですね」
冷たさすら感じる声を出したのはゲラルド・カイパー中尉。ユーゴとは比べものにならない程の鋭い蒼い双眸を持ち、金色の髪を撫で付けている。
「そういうことだ。各自、ハンガーにて出撃用意」
オキタ大佐はゲラルドの言葉に大きく頷き、威圧感のある声でブリッジ全体の響くような声で言った。
◇◆◇◆◇
自分の機体である『サオシュヤント』のコクピットの中で、ミズキはいつも出撃前にやること――眼を閉ざし、心を落ち着ける――をしながらパイロットシートに背を預けていた。まだ、システムを完全にはオンにしていないためコクピットのなかはコンソール上の青白く光る文字のみが輝き、中を微かに青白く染めていた。
「・・・・『アリエル』、システム起動。・・・・機体診断プログラムロード、機体をチェックして」
ミズキはそう言うと、コクピットが明るくなり目の前のモニターに今いるところ――ハンガーが映し出された。前の、ハンガーブロックにはユーゴの機体であるダークグリーンでカラーリングされた『スラオシャ』が固定されている。その形はどこかスマートで、特徴といえば両方の腕に付けられたアームスーパーレールガンである。それを一瞥したミズキはこのサオシュヤントに搭載されている『アリエル』――正式には『昂練電子東晋社製 龍欄LUN098“Ariel”』と呼ばれるボイス応答タイプの総合支援AIコンピュータ――に命令した。
<――機体チェック....OK。作戦行動に支障をきたすような損傷箇所はありません>
『全員準備はいいか?』
アリエルによる機体チェックが終了したとき、目の前のモニターにコミュニケに映る。それは艦長のオキタ大佐であった。
『ユーゴ、準備完了』
『カズマ、いつでもオッケーだぜ』
『ティタニア、いつデモ行けマス』
『ゲラルド問題なし、出撃準備完了しました』
モニターに他のパイロットからのコミュニケが映り、次々と準備完了の声を告げていく、それに習うようにミズキも続く。
「こちらミズキ。準備完了です」
『・・・よし、各自発進』
その言葉を合図に次々と、カタパルトブロックに向かっていく5体の機動兵器。それらはすべて形状が違うがベースとなった機体『
『YIMA』とはエアロスペース・ブラッド・フォード(以下:ABF)社が開発した初の汎用人型機動兵器である。ABF社は1900年代からの歴史を持つ名門航空機メーカーであり、同社が生み出した戦闘機、旅客機、シャトルなどは軍、民間ともに評判が良く、その航空機に関してのシェアは軍、民間合わせて全体の60パーセントにも達するほどである。そして、そのABF社が生み出した『YIMA』。しかし、機動兵器のノウハウが他社より少なかったせいか、ロールアウトされた三機の『YIMA』の内、一機は強力過ぎたスラスター、ロングバレルブラストと呼ばれる重力波砲の出力に耐えられず大破。その結果、一機はABF社で封印され、もう一機は次なる人型機動兵器の開発のためテストタイプとして使用される事になったのである。そして、生み出されたのが5体の機動兵器――YIMAシリーズと呼ばれるものだった。
黒く小さな星が輝いている映像のモニターに赤い四角が映っている。これが目標地点である。ミズキはそれを見ながら左右に付いているIFSコネクターである球体に両手を付け、サオシュヤントを進めていた。
(もうそろそろか)
ミズキはそう思うと、IFSを通して機体を静止させるイメージを思い浮かべる。それは、すぐに機体であるサオシュヤントに反映され、脚部に付いているアポジモーターが働き機体をゆるやかにストップさせた。
『しっかし、見えねぇなぁ〜。レーダーではもう肉眼で確認できる距離なんだが・・・・』
モニターにカズマの顔が映る。それを聞いて、ミズキも口を開いた。
「そうですよね・・・・。ユーゴ、そっからは何か見えない?」
少し考え込んだミズキは思いついたようにユーゴへと通信を送る。その返事はすぐに返ってきた。
『・・・・・ええと・・・・あっ、これは黒い機動兵器・・・?・・・・すぐに救助作業に移行します』
そう言ってモニターに現れていたユーゴのコミュニケが閉じられた。そして、すぐにミズキもその地点にサオシュヤントを向かわせる。その時であった。
<レーダーに反応。・・・・機影12、>
アリエルの機械的で電子的な声がコクピットに響く。
「こんなときに・・・・少佐!」
ミズキは悔しそうに歯をかんだ後、すぐさまカズマへと通信をつなぐ。
『こっちでも確認した。・・・・迎撃に移るぞ。・・・・ユーゴ!、後何分かかる?』
カズマの珍しく真面目な顔がコミュニケには映し出されていた。そして、ユーゴのコミュニケも同じように映し出された。
『・・・・すでにワイヤーで固定しました。後は艦に戻るだけですので・・・高機動モードに変形したら2〜3分ですね』
『分かった・・・よし、3分以内に全滅させるぞ。この『ミスラ』の良い機体テストになりそうだしな』
『了解』
『リョウカイデス』
「・・・・了解」
ゲラルトとティタニアの顔が映り、すぐさま消えた。そしてそのすぐ後、サオシュヤントの両脇をダークレッドとダークイエローの機体が通りすぎていく。ゲラルトの『アフリマン』とティタニアの『ガヤマート』だ。その二体の機体は、背中に付いているツインスラスターから光の帯を引きながら一気に戦場へと向かっていく。その後を、カズマの機体である暗い感じのパープルで塗られた『ミスラ』が同じように背中のツインスラスターを唸らせて進んでいった。
それに続くようにミズキもIFSを光らせて、サオシュヤントを戦場へと向かわせる。そして、ミズキはアリエルに指示を下す。
「アリエル!、モニターに敵の位置を表示させて」
目の前のモニターにさきほどの赤い四角が大小様々な形で映し出された。この赤い四角は敵の位置を示しており、四角が大きいものほど近くにいるということである。
<――敵機動兵器より砲撃を確認。ただちに回避行動をとってください>
その言葉にすぐさまミズキはIFSを通してイメージを送る。すると、サオシュヤントの背のツインスラスターからさらなる光の粒子を吐きながら機体が一気に加速する。そして、一瞬の間のあと、サオシュヤントのダークブルーの機体の下方をレールガンの弾丸が通過していく。
<――回避成功。・・・・敵、射程距離内にて捕捉しました>
「ファイア!」
ミズキはモニターに映りこむ敵機動兵器に照準を合わせ、引き金を引くイメージを思い浮かべる。そして、それにシンクロするようにサオシュヤントの右腕に握られていた黒塗りのライフル――ブレイカーライフル(小型荷電粒子砲)から一筋の閃光がほとばしった。その光の矢は吸い込まれるかのように敵に向かっていき、そして貫いた。虚空に鮮やかな火の玉を作る。
<――撃墜確認>
「ステルンクーゲル?。まだ、あんな旧式を使ってるなんて」
爆発四散した敵を見てミズキは呟いた。そしてすぐさまサオシュヤントのスラスターから光を放ち、さらなる敵へと向かっていく。そして、接近専用の武器であるレーザーソードを装備し、すれ違いざまにもう一機のアルストロメリアを切り裂く。頭部分を切り落とされたステルンクーゲルは活動を停止した。恐らく、コクピット内部ではモニターが機能しなくなりこれ以上戦闘を続けるのは不可能になったのだろう。
<――敵、戦闘能力喪失。残りは3機です、残り2機になりました、残り1機になりました>
「カズマ少佐、さすがね」
ミズキはモニター映るカズマ操るミスラを見ながら、感心したような声をあげた。右手にライフルを、左手に青白く輝くレーザーソードを持ちながら、光の閃光を描きながら虚空の闇を縦横無尽に駆け抜けていくミスラ。まさに『虚空を駆ける者』という二つ名は伊達じゃないな、とミズキは思う。
<――全ての敵の行動不能を確認しました>
「ふぅ、終わったか」
ミズキはため息をついた。そして、すぐにユーゴへと通信を送る。
「ユーゴ、着いた?」
『はい、ハンガーブロックに着いたところですよ。それにしてもほんとに3分で終わらせるなんて・・・』
そう言ってコミュニケ越しに苦笑するユーゴ。それを見てミズキもつられて笑顔を見せる。
『それでですね・・・回収した機動兵器、どうやら単体でボソンジャンプしたみたいです。詳しい事は整備員が調べてますが。それと中にパイロットがいたので、すぐに医務室に運んでもらいました』
そこまで言って今度はオキタ艦長からのコミュニケがモニターに映し出された。
『全員、敵パイロットを回収した後、帰還せよ』
冷静な声でオキタ艦長は言った。
「了解」
すぐさま先ほど行動不能した頭が無いステルンクーゲルにワイヤーを打ちこんだ。そしてアフラ・マズダに向けて加速するサオシュヤント。それに続くように他の機体もアフラ・マズダに向かっていく。
「・・・・・単体でボソンジャンプ、か」
そう呟いて、ミズキはさらなる加速してアフラ・マズダへと向かっていった。
◇◆◇◆◇
『・・・・で、救出したパイロットはほとんどの感覚を失っていると?』
医務室で、コミュニケ越しにそう喋っているのはミズキ。まだパイロットスーツのままである。そして、後ろに見えるのはサオシュヤントのコクピットルーム。すなわち、まだサオシュヤントに搭乗しているのだ。
「そう。調べたかぎりではね。特に味覚、嗅覚、視覚の三つは完全に失われていたわ。触覚と聴覚はかろうじて残っているけど、それもほとんど機能してない」
そう答えたのは白衣に身を包み、優しそうな双眸の長い藍色の髪をした女性。アフラ・マズタの医務室の管理者であり、軍医でもあるサメイ・ヨシノ大尉だ。その彼女は、そう言い終えると少し顔を曇らせた。五感を失うなんて悲しすぎることだ。
『それは治るの?』
「原因は分かったの。あきらかに人為的なナノマシンの過剰投与によるもので、それが各神経に悪影響を与えてる。だからそれが完全に除去できて、かつリハビリを行えば治るわ、これは断言してもいい」
『・・・・どうやって除去するのよ?』
ヨシノの言葉にミズキが問う。
「メディカルシリンダーならできるはずよ、すでに艦長の許可もとってあるし、というか現在治療中よ」
そこまで言ってヨシノはふふっと笑った。メディカルシリンダーとは透明な特殊強化プラスチックの円筒状の物体に、昨今開発された可呼吸治療液『キュアトリートメント』というナノマシンが含まれた無色の液体がなみなみと満たされ、そのなかに患者を寝かせる(または浮かばせる)という医療器具である。これは、人間が持つ自己再生能力を飛躍的に促進させるもので、主に全身火傷の重症患者などによく使われるものである。それを今回は、『キュアトリートメント』に含まれているナノマシンによって、悪影響を与えるナノマシンの除去をしようというのである。
『なんだ・・・ならそう言ってよ』
「まあ、良いじゃない。それにあと4〜5時間で治療も終わるはずだし・・・」
『そうね。・・・・じゃ、私はもう降りるわ、じゃね』
そう言って目の前に開かれていたコミュニケが消える。それを確認してヨシノはゆっくりとため息をついた。その顔は何故か苦渋に彩られたものだった。
「・・・いえるわけないわね、ミズキには。この人のことは・・・」
ヨシノは独り呟く。その横の机の上に配置されているディスプレイには『テンカワ・アキト』と小さな文字で映し出されており、その下には『2199年:妻であるテンカワ・ユリカと共に搭乗していたシャトルが爆発事故を起こし死亡』、『2202年:コロニー連続破壊事件最重要参考人として手配』、『2202年:新地球連合軍所属ナデシコBと共に行方不明、後に同軍所属ナデシコB全クルーと共に死亡扱いとなる』、と書かれていた。
それらを一瞥したヨシノはゆっくりとメディカルシリンダーが置いてある区画へとゆっくりと向かっていた。そして、銀色の扉の前で立ち止まると、電子音と共に扉が左右に開いた。そこには五個のメディカルシリンダーがあり、その中の一つ――向かって一番右にあるものに一人の男が、生まれたままの姿でゆっくりとその身を休めている。
「過去から来た罪人か・・・・・」
透明なガラスの向こうに見える男を見ながら、ヨシノは呟いた。その声には悲しみが込められ、その瞳には哀れみの光が宿っていた。
◇◆◇◆◇
時を同じくして、ハンガーブロックでは先ほど回収した黒い機動兵器の調査を、ABF社からの出向社員でありYIMAシリーズの設計・開発チームの一員でもあるカザミ・タクマを陣頭に行っていた。名前から分かると思うが、彼はカザミ・ユーゴの4歳年上の兄である。容姿は、髪をしっかりとまとめ、メガネをかけたユーゴといったところだ。ちなみに服装は、デニムのつなぎという一風変わったものである。
「・・・・ジャンプフィールド発生装置が付いてるが・・・・こりゃ、かなりの年代物だぞ?」
そう言いながら、寝かせるように置いてある黒い機動兵器の上を、歩きながら調査していくタクマ。彼は、トライアルで使用されるYIMAシリーズの整備、データ収集のためにABF社からの出向している。そのため、本来こういうことはやらなくてもいいのだが、彼の心の中には、職人としての性なのか、飽くなき探究心と向上心で満たされているのだ。だからこそ、やらなくても良くてかつ好きでもないこの黒い機動兵器を調査をだれよりも早く始めたのである。
「タクマ、何か分かった?」
そう言って近づいてくるのは、ウェットスーツのようにボディラインが浮き出る紫色のパイロットスーツを着込んだままのミズキ。その声を聞いて、タクマは振り向く。
「・・・ああ、ミズキか。まだなんとも言えないな、ただ単体でボソンジャンプってのは間違いなさそうだ。年代物だがジャンプフィールド発生装置も積んであったからな」
「そう・・・」
タクマはそう答えると再び、黒い機動兵器へと向いて調査を再開する。そして、そのままミズキの方に視線を送らないで言った。
「・・・それはそうと、サオシュヤントはどうだ?前乗ってた“アドバンスドエステバリス”と比べて?」
「う〜ん、そうね。はっきりいって性能は段違いに上ね、サオシュヤントの方が。相転移エンジンも積んでるし、それにレーダー、ウェポン、その他諸々使いやすいし、私は支持するわよ」
そう言ってにっこり微笑むミズキ。その言葉を聞いて、タクマは調査していた手を動かしたままふっと笑った。
「嬉しい事言ってくれるね」
「だって事実だもの」
「でもネルガルも“エステバリス・ネオ”って奴を開発したからな」
「“エステバリス・ネオ”ねぇ・・・」
黒い機動兵器の上で調査しつづけるタクマを見上げながら、ミズキは呟いた。どんな兵器なのだろう、と思うが、恐らく現在の新地球連合軍正式採用機であるアドバンスドエステバリスの基本性能を格上げしたものだろうな、とすぐに思い至った。アドバンスドエステバリスとは、あのナデシコシリーズを開発したネルガル重工が、スーパーエステバリスの次世代機として開発した人型機動兵器である。これは今までのエステバリスシリーズと同じようにアサルトピット方式と呼称されるシステムを採用しているが、従来あった代表的なフレーム(空戦・陸戦・零G・砲戦)すべてを、発展・強化、もしくは新しく開発し直し、それらを総称してアドバンスドエステバリスと呼んでいるのである。
「まっ、出来ればYIMAシリーズのどれかが採用されれば良いんだが、多分“エステバリス・ネオ”が採用されるだろうな」
「いいの?、そんな事言ってて・・・」
タクマの明らかな背任発言に肩をすくめながら、ミズキはやれやれと口を開く。
「ネルガルの新しく作ったって言う“エステバリス・ネオ”は、多分アドバンスドエステバリスの各フレームの基本スペックをアップしたものだろ?」
「そうでしょうね」
ミズキは自分と同じ考えに至っていたタクマに、少し驚きつつもそれを面に出さずに言う。
「それが採用されるのはもう確定だろ?、だって現在使われてる物の性能がアップしてあるんだからな。なら新規参入のABF社――つまりYIMAシリーズに勝ち目は無いさ」
あまりにあっさりと言うタクマの答えに、ミズキは苦笑しつつ言った。
「よくもまあ、そこまで冷静に言えるわね。まだトライアルは終了してないってのに」
「航空機メーカーがなんで人型ロボットを作らなきゃならんのだ、と俺は思っているだけだ」
そんな言葉を吐きつつも、調査をやめないタクマ。彼は元々ただの飛行機好きだったのだが、それがいつか航空機開発者になりたい、という夢に変わり、そして入社した名門航空機メーカーのABF社で、その入社4年目でその才能を認められ、長年の夢が叶う、と喜んで配属されたところが、なんと『YIMAシリーズ設計・開発チーム』だったのだ。そして彼はそれを辞退するわけにもいかず、開発チームの一員として飛行機ではなく人型機動兵器の開発をするというなんとも納得のいかない結果となってしまったのである。
「ああ、早いとこ開発チームから抜けさせてもらえねーかな」
そう呟いてタクマは天を仰ぐ。それを見て、ミズキはおかしそうに笑みを作った。
◇◆◇◆◇
“アキトォ〜!”
それは微かな記憶の残滓。
“私もアキトがだいだいだぁぁい好きっ!!”
それは今はもう過ぎ去っていった幸せだった頃の思い出。
“ふえぇぇん、アキトォ〜・・ルリちゃんがいじめるぅ〜”
“私、少女ですから”
そんな夢であっておぼろな幻の風景に、テンカワ・アキトは何かにたゆたう感覚を脳裏に感じつつも、その心をまかせていた。それは楽だから。心が引き裂かれるような悲しみから逃れられるから。自分を血塗られた魔物へと変貌させた辛い現実を忘れられるから。だから、夢であることをどこかで分かっていながら、彼はその身を委ねている。
“ねぇ?アキト?”
藍色の長い髪をした愛しい女性が問い掛ける。
“なんだよ・・・・”
何故かぶっきらぼうに答えてしまう。でも、それは恥ずかしかったから。人をここまで愛しく思えた事などなかったから。
“えへへ・・・・。なんでもないよーだっ!”
そう言って抱きついてくる。そのぬくもりが、その笑顔が、何物にも変え難い宝物に思える。
“だーっ!!引っ付くなーっ!!”
顔を赤く染めて俺は叫ぶ。でも、その言葉は嘘だ。こうやって触れ合ってられるのが、こうやって一緒にいられるのが、俺は何よりも嬉しい。
“ねぇ・・・・、アキト。これからはずぅぅぅぅっと一緒にいられるんだよね?”
眩しい笑顔で、優しそうな声で、すべてを癒すようなその瞳で、俺を見つめる愛しき人。
“ああ・・・・ずっとな”
俺も微笑んで、迷いなくそう答える。
“うん・・・そうだね”
俺はその瞳を閉じている愛しき人にゆっくりとキスをした。それは、とても甘美で、とてもせつなくて、とても嬉しくて、とても幸せにあふれていた。
――場面転換。すべてが暗黒に包まれる。それは、彼自身の心の闇を明確に投影していたのかもしれない・・・・。
その暗い空間で黒きマントで身を包み、黒いバイザーで目元覆う『俺』が俺に問う。
“幸せになれると思っているのか?”
“――分からない”
『俺』が蔑みながら俺に問う。
“今さら、ただの『ヒト』に戻れると思っているのか?”
“――分からない”
『俺』が憎悪を込めて俺に問う。
“『ヒトゴロシ』が『ヒト』に戻れるとでも思ったのか?”
“――分からない”
『俺』が睨みつけて俺に問う。
“お前はお前自身が許されると思うのか?”
“――分からない”
それを聞いて『俺』は忌々しげに吐き捨てた。
“無理だね。お前は許される存在ではない。『俺』が俺自身である限り、な”
そして、『俺』が嘲るように
◇◆◇◆◇
ヨシノはベッドに横たわる先ほど救助したパイロット――テンカワ・アキトを見ながらカルテを片手に見つめていた。
(治療は終了。ナノマシンの除去も思った以上に成功した、後は彼が目覚めてからね・・・)
そう思って振り返り、専用の机に向かい、席につく。恐らくはじきに目が覚めるだろう。すでに、五感は正常な状態に戻っているのだから。
「・・・・う」
そう思ったのも束の間。寝ているテンカワ・アキトから滲み出るように微かな声が聞こえてきた。それを聞いて、すぐさまヨシノは、座っている椅子を後ろに飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、小走りにベッドへと向かっていく。
「・・う・・・・・なんで光が・・・見えるんだ・・・?・・・ラピスもいないのに・・・」
「大丈夫?、19ね――いえ、あなたの時間では約3年ぶりの光よ。無理はしないで」
ヨシノはどこか混乱気味のアキトを落ち着かせるように、優しく言う。そして、アキトの額に右手を乗せてゆっくりと撫で始める。それは、子供をあやすように。
「・・・・君は・・・・誰だ?・・・、それにここは・・・・?」
「後で説明するから、今はゆっくりと休みなさい」
ヨシノはそう微笑んだ。アキトはそれを見て、ゆっくりと双眸を閉じた。そして、アキトから静かな寝息が聞こえてくるのを耳にして、ヨシノは悲しそうな顔をして静かに呟いた。
「・・・・・・ねぇ、テンカワ・アキトさん。あなたがここが未来――2221年だと知ったら、どうするのかしらね・・・・」
The 1st chapter...end.
To be continued
<第一話を終えての後書き+ご挨拶>
皆様、初めまして。KOUYAといいます。これからよろしくお願いします。
では、話についてちょっと語ってみたいと思います。これは逆行物ではありません。プロローグ読んで、幾人かは「これまた逆行物か!?」とか思った方もいるのではないのでしょうか?
違います。未来へと飛んじゃう話です、『現在』のところはですが・・・。
まあ、正直言うと、最初は逆行物にしようかと考えたんですが、せっかく考えた色んな機動兵器(YIMA系とか)を出したいなぁとか思って、それに逆行物はたくさんあるから、いまさら遡るのもなぁ〜・・・と思い直し、ならば未来へと行かせよう、と思いついたのがきっかけでした。
それと、あとはアキトの構造・・・・じゃなくて精神改革ですかね。アキトは身近な誰かを助ける為なら自らを犠牲する、っていうイメージが私にあるんで。まあ、それが悪いとはいいませんが、残された人はどうすんじゃい!!と思わずツッコミたくなってしまいます。
そこらを上手く表現できたらいいな、と思っています。
後ですね、文中でてきた、トライアルやら、何々軍第X独立任務部隊やら、ABF社が1900年代からの名門航空機メーカーやら、何々軍に正式採用されたアドバンスドエステバリスやら、ネルガルが作った次世代機のエステバリス・ネオ、などの設定は全部、私が作ったオリジナル設定ですので。信じないで下さい(信じる奴なんていねーよ:自分ツッコミ)。
それと、ボソンジャンプにも結構オリジな設定が入ってますので・・・・・(汗)。
では、第二話でお会いしましょう。ではでは、KOUYAでした。
<はみだしメカ設定その一>
正式名称:
YIMAseries−code00
呼称:
サオシュヤント(Saoshyant)
動力機関
ABF社製第五世代型小型相転移エンジン『月下美人』×1
ABF社製サイクルエンジン“舞鳶702DbisV”×2(サブ動力)
アビオニクス:
ボイス応答タイプ総合支援AIコンピュータ『昂練電子東晋社製 龍欄LUN098“Ariel”』×3(その存在は関係者を除いて極秘となっている)
兵装:
ブレイカーライフル(小型荷電粒子砲)×1
レーザーソード×3(格納されてる予備を含む)
ショートレンジホーミングミサイルランチャー[スネイクランサー]×1×3基
ロングバレルブラスト改×1
パーソナルカラー:
ダークブルー
DATA:
ABF社がトライアルのためにスタートさせた『次なる人型機動兵器の開発』通称――「Y計画」で開発した人型機動兵器。YIMAシリーズの壱番機なだけに、その形状、兵装はYIMAに一番似たものとなっている。
宇宙/大気圏内での戦闘を目的とする汎用機動兵器として開発されているため、宇宙での機動は背中のツインスラスターに装着されているベクターノズルに加え、機体各部に付けられたアポジモーターを使用する。
機動兵器にAIを搭載するという試みが初めて行われた機体であり(ちなみにYIMAシリーズには全機AIが搭載されている)、かつ3台が搭載されていることにより最大24までの動体目標を同時に捕捉できることが可能。そして緊急事態(パイロットが操縦不能に陥った時など)にオートパイロットモードなどが作動し、パイロットの生存率は上昇し、負担は軽減したがコストが飛躍的に高くなった。
背中に付けられている砲身――ロングバレルブラスト改(正式にはロングバレル・グラビティブラスト・ランチャー)はリミッターが装備され、砲身に送られるエネルギーを70パーセント以下に押さえている。これは初期のYIMAにあった爆発事故を防ぐやむを得ない緊急措置であるが、そのリミッタ―を付けても、攻撃力は従来の重力波砲に比べ、高いものを保持している。
メインパイロットはトーア・ミズキ大尉。
代理人の感想
メカはいいねぇ。メカは心を潤してくれる。リリンの生み出した文化のきわみだよ。
と、それはいいんですが・・・・・・・・
艦長の名前がオキタジュウゾウというのは余りにもナニでは(汗)。
波動砲発射しちゃいますよ?