3回目を語ろうか

――

「前方っ、フィールド展開、アタックッ!!」

「援護する」

 ピンクとホワイトのカラーリングを施されているエステバリスを取り囲んでいたバッタ達が動き出す前に、アキトとホクシンは同時に行動を開始した。

 アキトはディストーションフィールドを最大出力で展開し、ローラーダッシュを用いて無人兵器の群れへそのまま突入する。ホクシンをその後に続くように側面からの敵を両手に持ったライフルで援護に回る。

 ディストーションフィールドに触れたバッタは、出力で負けて成す術なく爆発してゆく。

 ピンポイントでフィールドを点射され、ディストーションフィールドを貫通したライフル弾はバッタの装甲にめり込み爆発する。

 そして、その爆発の余波で他のバッタの行動にタイムラグが生まれる。

「ほら……よっ!!」

 掛け声と共に、アキトはローラーダッシュの勢いをそのままに遠方へ向かってバッタを蹴り飛ばす。

 勢い良く吹き飛んでいったバッタは、丁度ミサイルを発射しようとしたバッタに衝突し、周りの味方を巻き込み自爆する。

 白いエステバリスからの精密な援護射撃の邪魔にならないよう、アキトは更にバッタを薙ぎ倒してゆく。

 次々と、爆発が連鎖されていく。

 ホクシンは撃ち漏らしなくバッタを沈めながら、視界の片隅に動きを止めたバッタの群を確認した。

「右を頼むぞ」

「わかった!」

 そう言ってホクシンはピンクのエステバリスに向かって残弾数の多い方のライフルを投げて寄こす。アキトはそれを受け取り、指示通りに右側の群れに向かって点射を始める。アキトの射撃もホクシンに負けず劣らず正確に撃ち込まれている。

 そして、ホクシンが持ち回った左の群れから数十体のバッタが一斉にミサイルを発射してきた。流石に強敵だと判断したのか、総力戦で仕掛けてくる。

 が、そのタイミングさえ分れば、ホクシンにとって絶対的な総力差がない限り大した事ではない。

 後から飛んでくるミサイルに気が付いて、アキトはブースターを使い跳躍して回避行動を開始する。

 一方、ホクシンは回避行動へと移行しなかった。

 ライフルのトリガーを倒してから、飛来してくるミサイルに向けてライフルを構える。

 その行動を視界の片隅で確認してから、アキトは何も言わないでブースターを切って真下にいるバッタを踏みつけて着地する。その瞬間にローラーダッシュを使ってバッタの装甲を削り、同時にライフルを乱射しながら周りのバッタを爆発させて、その爆発を使ってミサイルから身を守る炎の壁を作り出す。

 そしてホクシンは、十分に引き付けたミサイルに向かってライフルのトリガーを引いた。

 華が咲き誇る。

 

 

 

 

――プロスペクター

「ほぉ……」

 私はモニタに映し出される戦闘風景を見つめ、関心の声を漏らしました。

 いやはや、これはもう見事としか言いようがありませんな。ブリッジの皆さんもモニタを放心したかのように見ていますし……流石にあの動きは素人の方でも凄いと思われるのでしょう。

 力業でまとめて叩き潰すアキトさんと、確実に敵を撃墜してゆくホクシンさん。

 エステバリスのディストーションフィールドを使用したアキトさんの攻撃も目を引きましたし、現在進行形で繰り広げられているホクシンさんのライフル一丁でのミサイル撃ち落としも素晴しいです。どちらも一流……いえ、それ以上の腕前の持ち主です。

 だからこそ、引っ掛かりますな。

 出撃前に、戦闘経験があると仰ってましたが、これは異常です。これほどの腕前のパイロット、軍の方が見逃すはずないでしょう。

 ホクシンさんは……まぁ、何を言われても納得できますが。DNAの情報すらも破壊される程のナノマシンを注入され、実験用に調合されていたと思われる人ですから。

 過去の経歴がない人は、何をしていても不思議じゃありません。

 ですが、アキトさんはどうでしょうか。

 数日の行方不明という欄はありましたが、それ以外に軍事経験どころか戦闘経験すらなさそうな経歴でしたな。第一、あのテンカワ夫妻が息子や娘に戦闘訓練などさせるでしょうか。

 ホクシンさんのついでで拾ったアキトさん。

 とんでもない掘り出し物かもしれませんな。

 ふぅむ。

「ミスター」

「はい、なんでしょう?」

 隣から顔が少しだけ蒼くなっているゴートさんが尋ねてきました。私は考えていた事を表面に出さないよう、なるべく普段通りの声で返答。

「彼等は何者だ。あの動きは何だ?」

「私に聞かれましても……まぁ、良い人材が見つかりましたな」

 からからと笑う私の台詞に、はぐらかされたと言うかのような顔をするゴートさん。

 失敬な。それは私も知りたい事なのですよ。

 

 

 

――

 全てのミサイルを撃墜した。

 人間の大きさよりも更に小さいミサイルの群れを、ホクシンはライフル一本で全弾命中させて防いだのだ。

 ミサイルが撃ち落とされた衝撃の爆発で、その下にいたバッタも次々と爆発してゆく。かなり遠方からミサイルを撃ち込まれたために、ホクシンが担当した方面のバッタは一掃されている。

「お前……射撃も出来たんだな」

「それなりにはな」

 ライフルを使いながらバッタを破壊していたアキトが、心底驚いたような声で言った。それにホクシンは右目だけを細め、余裕の声で答える。

 だが実際、ホクシンにはあまり余裕がなかった。

 夜天光とは全く違うシステムからの操作。しかも、夜天光と比べて圧倒的に操作性が悪く、僅かな動きの修正が一切出来ない。

 先のミサイル迎撃も、ホクシン自身上出来だとは思えない。

 そして、それ以前の問題として、体格的な問題がある。

 本人も忘れがちであったが、ホクシンの体は少女である。

 大人の、男の体ではない。

 すなわち、身長が足りない。

 座高が足りない。

 シートに座ればIFSコンソールまで手が届かない。それに計器も見えない。

 今はシートに座らずに中腰で立っている状態である。

 更に最悪なのは、出航前のナデシコにあったエステバリスにはGキャンセラー、及び衝撃緩和装置の機動システムが組み込まれていない。

 よって、機体の加速や反転時の衝撃がダイレクトにホクシンをシェイクする。その衝撃の大きさには、流石のホクシンも歯を食い縛るより他に仕方がなかった。

 そして、そのシェイクが容赦なくホクシンから体力を奪い取る。

 前の記憶は鍛え上げられ成熟した男性の体。しかし、今は少女の体である。

 流石に根本的な体力の差は開きすぎている。

 思い通りに動かない体に、ホクシンは舌打ちをしながらエステバリスを操ってライフルでバッタを次々に撃墜する。

 ……やはり、接近戦は無理か。

 そう判断し、ホクシンは最初に指定されたポイントまで後退しながらアキトの姿を探す。

「ていっ!せいっ!たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 元気であった。

 アキトはアキトで、記憶とは違うエステバリスの反応速度の鈍さに四苦八苦しているようであったが、それを補って余りある技量と気迫があった。

 ディストーションフィールドを使用して、攻撃と防御を両方兼ね備えた突進攻撃を繰り返している。ピンクのエステバリスの通った後には、連鎖するように次々とバッタが爆発してゆく。

 性格が、随分と素に戻されているようだ。

 攻撃の手を休める事なく、ホクシンはアキトの援護よりも敵数を減らすのを最優先させる事にする。正直、敵数に対してライフルの残弾が少なすぎ、援護に回れないだけであるが。

 タイマーに目を戻すと、時間が近づいていると知らせてきていた。

 

 

 

――ホシノ ルリ

 モニターを気にしながら、私は何度目かの命令をオモイカネに下します。

 しかし、それの返答も相変わらず

[ムリ]

  [ダメ]

    [こっちからじゃ不可能]

      [残念でした]

        [またのご来店を]

 などなど……。

 流石に頭にきますね。無理な事とは分かっているんですが、言い方というものがあるでしょう。

 今度、この馬鹿コンピューターのデーターを改造してやりましょうか?

[NO]

  [却下]

    [へるぷみー]

 ……ちっ

 この件はまた今度、じっくり検討させていただきましょう。それより今は、現状の打破が先決です。

 先程までモニターに映し出されている光景を眺めていた皆さんも困ってますし、艦長なんか暴れています。

 艦長、五月蝿いです。キノコよりましですが。

「ホシノ、どうだ?」

「無理ですね。こちらからの命令通信が届きません。物理的な現象で死んでいます」

 上から聞いてきたゴートさんに、間髪入れずに返答をします。

 そうです。

 今は現状打破が優先です。

 現状。

 まあ、ぶっちゃけゲートが開かないんです。ドッグに注水が終わってからで何なのですが。

 ゲートを開くための注水作業は上手くいきました。

 ですが、その途中で上のドンパチのせいでメカニカルの面でゲートを開かせるための命令受信機が壊れたようです。用は内側から開けられなくなったって訳。

 脆過ぎです。

 このままではドッグ内に木星トカゲが侵入してくる可能性が高くなってきます。

 そうなったらお仕舞い。ナデシコは成す術なく撃沈。

 ドッグが崩壊する可能性もありますね。

 そうなってもお仕舞い。ナデシコはそのまま轟沈。

 どちらにしろ核融合炉を破損した際の爆発で、この地域に死の灰が降り注いで、はいお仕舞い。

 ピンチですね。

「オペレーターの人!」

「はい?」

 急に艦長が私に向かって呼びかけます。

 暴れるの止めましたか、立派です。

「グラビティーブラストは撃てますか?」

 ……ゲートをぶち破る気ですか?

 まぁ、上で先程から騒いでいるキノコに比べれば、ナデシコのスペックを念頭に入れいているのは素晴らしい事ですが。

「可能です。ですが、水中での再チャージは624秒必要となります」

 別に嘘をつくつもりはありませんので、私は必要最小限の情報を口にします。

 624秒。10分と24秒ですね。

 これだけの時間を再チャージに回すとしたら……とりあえず囮の二人は死にますね。

 ライフルの弾数も足りませんし、何よりピンクのエステバリス自体はディストーションフィールドを連続使用していますのでバッテリーが切れます。ホワイトのエステバリスも最低限の動きで敵を倒していますけど、それはライフルに頼った戦い方ですし、ライフルが切れれば接近戦を仕掛け、やはりバッテリーがなくなります。

 オペレーターの席からだと分かりませんが、艦長は何か考えているようですね。

 これでまた違う事を考えていたら、このナデシコは沈むでしょう。

「……では、ミサイルでゲートは破壊できますか?」

「おいおい。そんな事されたら、ミサイルが塩水に浸かっちまうじゃねぇか」

「可能ですか?」

 ウリバタケさんのツッコミを無視して、艦長は強い声で私に再度尋ねます。

 ミサイルが塩水に浸かったら、これから先、暫くミサイルが使えなくなるんですけどね。艦長は本気みたいですので、あえて言いはしませんが。

 ……もし、馬鹿コンピューター。ミサイルでゲートを破壊できますか?

[できる]

  [OK]

    [ドッグが沈むかもしれないけどね]

      [確率61%]

「出来ます。ゲート破壊と同時にドッグの崩壊確率61%」

 私が淡々とそう言うと、隣でメグミさんが顔を蒼くしました。

 ミサイルを発射するときは、どうしてもディストーションフィールドを解除しますから、ドッグの崩壊はナデシコの崩壊と同じ意味になります。

 プロスペクターさんが不経済だとか言っていますが……はたして艦長の耳に入っているかどうか怪しいですね。

 しばし、ブリッジに沈黙が降り立ちます。

 グラビティーブラストを使用して、囮の二人を犠牲にしても確実な方法を取るか。

 ミサイルを使用して、ナデシコの乗員全ての命をチップとした博打をするのか。

 艦長の腕の見せ所ですね。

 暫くの沈黙の後、艦長ははっきりとした声でこう言いました。

「グラビティーブラストでゲートを破壊する最低出力と、その分の再チャージ時間を計算してください」

 確実にゲートを突破して、囮で出たテンカワさんとホクシンさんも助けるつもりですか。

「6%です。再チャージに66秒必要です」

「グラビティーブラスト、6%で集中発射。てぇー!!

「グラビティーブラスト、発射」

 私の報告など最初から目安でしかないのか、艦長は迷う事なく攻撃命令を下します。

 流石は地球連合大学の主席です。頭の中が温かそうという言葉は半分だけ撤回しましょう。

 そして、プロスペクターさんが費用が云々と悲鳴を上げていましたが、ナデシコの主砲が発射されました。

 ……6%ですけど。

 

 

 

――テンカワ アキト

 残り1分

 アサルトピットにウィンドウで出現しているタイマーには、そんな文字が表示されている。

「今回は時間ぴったしかよ」

 そうは毒づいてから、ライフルを使って指定されているポイントまで後退しつつ相手を誘き出させる行動へと動きを変える。流石にブラックサレナの感覚が抜けていなかったため、ディストーションフィールドの多使用でエネルギーを無駄遣いしてしまっていて、あまり派手な攻撃は打ち止めだ。

 それよりも、ナデシコはどうしたのだろうか。

 バッタ達を点射しながらも、俺は頭の片隅でそう考えた。

 前は確か、ユリカが急いで来たとか言って、予定時間よりもずっと早くナデシコは発進していたはずだ。もう既に俺の知っている歴史とは、どこか変わってきているみたいだ。

 まぁ、ホクシンが居る時点で、だいぶ違うがな。

 勝手にバッタをロックして行くガンクロスが鬱陶しくなって、照準機を停止させてからホクシンの方を見る。

 既に目標ポイントに陣取ってライフルだけでバッタを掃除している様子だったが、撃ち続けていたために残弾が底を尽きる。

 急に弾が出なくなったライフルの銃口を上げて、白いエステバリスは首を傾げる。

「弾切れだっての」

「なるほど。これは弾数を表示していたのか」

 コミュニケをONにして俺がそう教えると、ホクシンはライフルの状態確認を行うウィンドウを見ながら納得したように頷いた。

 そうだった。

 ホクシンは、今の今までエステバリスという機体に乗ったことがなかったんだな。慣れていないのは当然だろう。

 ライフルが弾切れになったと知ると、ホクシンは即座にライフルを投げ捨てる。接近戦を仕掛けるつもりだろう。

 しかし……

「大丈夫か?」

 俺は思わずそんな言葉が口から出てきた。

 バッタがミサイルではなく機関銃で迎撃してくるのを、ブースターとローラー奪取を併用しながら回避する。ライフルでバッタが固まっている辺りを撃破しながら、その爆発に乗じて目標ポイントまでの距離を詰めて行く。

 白いエステバリスの方は、機関銃やミサイルの攻撃を回避するよりもディストーションフィールドにて防ぎながら近づいて来るバッタやジョロを無造作に殴り倒していく。

 だが、ウィンドウに映るホクシンの顔には、疲労の色が強い。

 今まで気がつかなかったが、ホクシンはシートに座っておらず、アサルトピットの中を中腰でいる。今の身長を考えれば当たり前なのだが、あの体勢ではエステバリスの衝撃がモロに伝わるはずだ。

 エステバリスが動く度に、ホクシンが歯を食い縛っているのが分かる。

「あまり無茶な動きはするなよっ」

「問題ない……っ…時間も近いからな」

「ったく。ユリカも速く来いっての」

 軽く唸ってから、俺は優先的にホクシンの周りにいる相手を撃ち落していく。とは言え、こっちのライフルも残弾が厳しい。

 それ以前に、2人揃ってバッテリー残量が少ない。

 後どれだけ動けるかを見るために、ちらっとバッテリーの残量確認して

 思わず笑えた。

 タイミング良過ぎだっての。

 エステバリスのバッテリーが、減るどころか回復している。

 

『お待たせ、アキトっ!!』

 

 海面が持ち上がった。

 海水を持ち上げ、ごうごうと水飛沫の轟音をあげながら、白亜の戦艦が浮上してきた。

 通常よりも大きいウィンドウで映し出されたユリカは、堂々と宣言しながら能天気に笑っている。

「遅かったな、ユリカ」

『ごめんねー。急いで来たかったんだけど、ちょっとトラブルがあって』

『とりあえず、ご無事でなによりです』

『全く被弾していないとは……恐ろしいな』

『そろそろ主砲が発射されますから、ナデシコの直線上から非難してください』

『俺のゲキガンガー無事だろうなぁっ!!』

『凄い……バッタの山ができてる』

『見事だな』

 俺はユリカに話しかけたつもりだったんだけどな。なんで皆いっせいに喋りだすんだろうか?まぁ、それがナデシコらしいってところなんだけど。

 ちなみに、上から順番にユリカ・プロスさん・ゴートさん・メグミちゃん・ガイ・ジュン・フクベ提督。

 メグミちゃんだけが真面目に仕事してるよ……って、主砲!?

『グラビティーブラスト撃ちますから、さっさと避難してください。てか、ミサイル来ますよ』

『わっ、アキト、避けて避けて!!』

「言われんでも避けるっての!!」

『……くっ』

 冷静に忠告をしてくるルリちゃんに、今思い出したかのように慌てるユリカ。

 ルリちゃんの言葉通り、バッタやジョロの大群から一斉に発射されたミサイルの雨が俺とホクシンとナデシコを目掛けて降り注ごうとしているところであった。

 俺は右に、ホクシンは左に大きく跳躍してからブースターを使用してミサイルの着弾地点から大きく回避運動をとる。その際にライフルをミサイルの雨に向けて加減なしでフルトリガーオン。ライフル弾とミサイルが接触し、更に連鎖して次々にミサイルが爆発する。

 ライフルの残弾が0になったとウィンドウが伝えてきた。

 それを僅かに確認してから、俺はエステバリスの脚部クッションを使用して着地の勢いを殺す。横跳びの原理で飛んだから、足の関節にかなりの負担がかかっただろう。

 そして、もう一方のホクシンは……急激な反動でアサルトピットの内壁に頭寄りの体を打ち付けているのが見えた。

おいっ!!

 俺の呼びかけとほぼ同時に、白いエステバリスが不時着するかのように胴体部分を地面に擦りつけながら墜落する。その墜落の衝撃で更にホクシンの体がシェイクされているのが映し出される。

 ウィンドウに、僅かに血が舞っているのが見える。

 その次の瞬間、ナデシコに大量のミサイルが着弾した。

 しかし、その程度ではナデシコの盾を突破できない。

『フィールドによって艦体への損傷は0です』

『うわー。資料には書いてあったけど、丈夫なんだねー』

『ちゃんと読んでたんだ……』

 コミュニケが開きっぱなしだったために聞こえてきたメグミちゃんの声と共に、ミサイルが爆発して発生した煙を振り払うかのように無傷のナデシコが姿を現す。

 ナデシコ自体の――この場合、ディストーションフィールドの、だが――強度に感嘆の言葉を漏らすユリカに、さらっと酷いことを言ってくるジュン。そこまでユリカは自由奔放のイメージがあったのか。

 ではなく。

 自分自身へツッコミを入れてから、白のエステバリスにカメラを向ける。

 全く動かない。

 中のホクシンもぐったりとして動かない。

 しかし、息はしているのが僅かに動く肩によって分かった。

 やはり女の子の体じゃ酷だったか……

 そう思う傍ら、ナデシコの艦橋下のグラビティーブラスト発射口が展開されていく。

『ディストーションフィールドによりグラビティーブラストの出力、91%から90.5%に低下。目標、ほぼ全て射程に収まっています』

『分かりました。グラビティーブラスト、目標まとめてぜーんぶ!!』

『了解。発射準備よし』

てーっ!!

 威勢良く指示をしたユリカの言葉とほぼ同時に、ナデシコから高重力に圧縮されているグラビティーブラストが発射される。

 その衝撃によってエステバリスが少し吹き飛ばされる。

 そして、バッタ達が次々と爆発して消えてゆく。

 何度見ても壮絶な光景だ。

 そう思う間もなく、重力の帯はバッタを消し去りながら消滅した。

 

 

 

 

――アオイ ジュン

 凄い。

 ブリッジから見えた光景に、僕は馬鹿みたいにそうとしか思えなかった。

 あれだけのバッタの3割を破壊したエステバリス。パイロットの技量も凄いんだろうけど、なによりその機体スペックがとんでもない。

 そして、残りを全部消し去ったナデシコの主砲……グラビティーブラストと言う主砲。これだけの威力があれば戦艦クラス……いや、チューリップだって撃破できるだろう。

 強い。

 そう、強いんだ。

 ナデシコは、エステバリスは。

 これだけの力があれば、地球を守れるんだ。僕達が地球を守ることができるんだ。

 正義の味方に、なれるんだ。

 そう考えると、言いようがない程の嬉しさが僕の中から溢れ出てきた。

「状況を報告せよ」

 フクベ提督がそんなことを言ってきた。

 そうだ、状況確認だ。ユリカも僕もグラビティーブラストの威力を目の当たりにして初歩的な事を忘れていた。だけど、これだけの破壊力の張る主砲だから、生き残りなんている訳がない。

 ここからじゃ見えないけど、下にいるオペレーターの子が状況を調べてくれる。

 そう言えば、この船ってブリッジ要員がとても少ない。

 資料にあったけど、本当に一つのシステムコンピューターで制御できるんだろうか?

 そう疑問に思っていると、オペレーターの子から報告が来た。

「ジョロ、残存ゼロ。バッタ、2機を除き消滅」

 淡々とした声で、そう言ってきた。

 ……2機を除き?

 それって生き残りが……

『しまった!!』

 突如、コミュニケ越しにテンカワ、いや、アキトが声を上げる。

 見ると、生き残りのバッタ2機が白いエステバリスを狙い、機関銃を乱射しながら突進をしてくる。

 特攻!?

 しかし、肝心の白いエステバリスは全く動かず、機関銃によって表面フレームが次々凹んでゆく。白いエステバリスの方には女の子の方が乗っていたはずだ。

 アキトが乗っているピンク色のエステバリスがライフルを構え、バッタを迎撃しようとしたが、何故かライフルから弾が発射されない。

 弾切れだろうか。

 その間にもバッタは白いエステバリスに肉薄していく。

 最悪の未来が、頭を過ぎる。

 窮鼠猫を噛むなんて笑って言っていられない。アキトの援護はもう間に合わない。

 ユリカの顔が蒼くなったのが分かる。

 そして

 

 

『滅』

 

 

 白いエステバリスの目が、赤く光った。

 アキトのコミュニケから、短く小さな声が聞こえた気がした。

 刹那、白いエステバリスが腰の部分を捻るようにして仰向けの形になり、その反動をそのまま生かすように左腕でパンチを入れる動作をする。

 狙っていたかのように、バッタの片方に拳がめり込む。

 そのままバッタを弾き飛ばし、もう片方のバッタにぶつけた。

 両方のバッタがそれなりの勢いで衝突し、そのまま空中で爆発する。

『無事か!?』

『ぐっ……問題ない』

 ピンクのエステバリスが白いエステバリスへ慌てて駆け寄り助け起こした。白いエステバリスはかなり機体がやられているみたいだ。

「……状況報告をしてください」

 今度はフクベ提督ではなくユリカがオペレーターの子にそう言う。

 どことなく、ユリカはほっとした表情だった。

「バッタ、ジョロ共に残存ゼロ。軍への被害は甚大ですが、戦死者はゼロ」

 淡々とした女の子の言葉に、ブリッジが急に沸いた。

 副提督が偶然だと言っていたけど、これだけの力をもっていたら、当然のような気もした。

 

 

 

 

――テンカワ ホクシン

 気を失った間に手痛くやられたようだ。操縦席まで被害は及ばなかったが、人型機動兵器の動きが若干ながら鈍い。

 中枢がやられているようだ。

 兄者が抱え起こすように我の乗った人型機動兵器を立ち上がらせる。

『ボコボコだな。整備班の人達に怒られるぞ、こりゃ』

「それは頭が痛いな」

 微小機械の修復機能によってある程度治ってはいるものの、悲鳴を上げている体を無理矢理起こし、戦闘中は座る事のなかった椅子に腰を下ろしてから軽く頭を押さえる。

 軽口が言えるだけ、まだマシか。

 気がつけば、自動兵器は既に全滅している。

 ナデシコの重力波砲によって壊滅させられたのか……いや、それはどうでもいい。

 意識がはっきりしてきて、肝心な事を忘れるところであった。

「兄者、すまない。少しの間降りるぞ」

『え、何で……』

 言うが早いか、我は操縦席の戸を半ば無理矢理という形で抜け出す。そして、人型機動兵器から一足で飛び降りる。

 着地は失敗するはずもない。

 軽い音をたて、我は地面へと着地する。

「気になる事があるのだ」

 それだけ言うと、我は乗っていた人型機動兵器を兄者に預け、やや荒れてしまった森の中へと走った。

 

 

 先程真横に跳躍したとき、その衝撃に耐え切れず人型機動兵器を横転させた場所のすぐ近く。倒れたときは、確か人型機動兵器の手の部分があった位置。

 意識が闇に堕ちる寸前、一瞬だけ見えたもの。

 あれが我のみ間違いではなかったら。一瞬だけ見えたものは、一瞬だけ見えた者となる。

 そう、人影があった。

 それ程しかりと見極めたわけではないが、年端もいかぬ者のように見えた。若干記憶があやふやになってはいるが、最低限で今の我の肉体年齢よりも下だっただろう。

 意識がなくなった間に何があったのかは分からぬが、あの人型機動兵器の状態から考えて無人兵器の機関銃をかなりの量撃ち込まれたのだろう。

 人型機動兵器に向かって。

 では、そのすぐ傍にいた人影はどうしたのか。

 我がこの体よりも幼き者の足。逃げ遂せるとは到底思えない。

 死んだか。

 巻き込まれたのか。

 このような少女の体になったからかは分からぬ。もしかしたら、我がただの北辰であった時代からの反動かも知れぬ。

 目の前で守れずに死なれるのは、反吐が出るほどに嫌である。

 我が北辰ではなく、まだ夏己であった時代が頭によぎる。

 我が唯一の肉親にて我が兄。

 暗殺者としては極上であり、戦闘能力は最高。しかし、兄としては最低であり、人としては最悪。

 兄者とは比べ物にならぬ程の、出来の悪い兄だった。

 だが、そんな兄でも、我の目の前で死なれた時のあの感覚。

 手を伸ばせば。我に今一歩前に踏み出す力さえあれば、助けられるはずであった命が目の前で散ってゆく瞬間。

 あの絶望感。

 あの無力感。

 あの罪悪感。

 時を越えた今でもなお、我の脳裏にこびりついているあの光景。あの地獄の業火。

 命が散り逝くというのが、心のそこから嫌になったあの瞬間。

 繰り返してしまったのだろうか。

 過去に戻ってもなお、我は過ちを繰り返してしまったのだろうか。

 焦燥感を胸に抱えながら、我は人影の見えた場所まで辿り着く。周りを見渡そうにも、我が乗っていた人型機動兵器の強制着陸のせいで地面が抉れて死角が多い。

 軽く眉間にしわを寄せてから、盛り上がった土の辺りを歩いて誰かいないかを探す。

 血の匂いは……我の流している血のせいで、全く分からぬ。

 探す。

 だが、いない。

 死体すらない。

 逃げ遂せたのだろうか。

 それとも、見間違いであったか?

 とりあえず、最悪な状況ではないようだと分かり、知らず知らずにほっとつく一息が口から出てきた。

「……ん?」

 気配がした。

 微小ではあったが、人の気配がした。

 気配を隠していたという雰囲気ではない。気を失っている者の、極小の鼓動だ。

 気配のある位置を探す。

 鼓動の聞こえる位置を探る。

「…………土の中か!?」

 すぐ後方にある土の山。人型機動兵器が滑り込んだときに、抉れた土が盛り上がった部分である。

 その中から、気配を感じた。

 軽く舌打ちをしてから、我は気配の感じる場所の土を掘り起こす。

 それ程深い場所にその者は埋まっている訳ではなかった。浅く土が被った程度に埋まっていたのが、呼吸活動を止められないですんでいる最大の利点となっている。

 奇跡的だな。

 我はゆっくりと埋まっていた者を引きずり出す。

 少女。

 我よりも更に少女だ。幼女と言った方が良いか。

 何故ここにいるのかは分からぬが、目測で年は5・6であろうか。

 何とはなく、見覚えがある幼女。

 誰だ?

『おーい、何やってんだ〜』

「……ん」

 がしゃんがしゃんと、白い人型機動兵器を担ぎながら淡赤の人型機動兵器が我の傍に足を下ろした。コミュニケとか言った通信装置から浮かび上がった画面から兄者が呼びかけてきた。

 先にナデシコに着艦しない辺り、律儀と言うか手際が悪いというか。

 兄者の乗る人型機動兵器へと一度顔を向けてから、再び我は引きずり出した幼女へと顔を向ける。口に手を当てたり脈に手を当てたりしながら、この幼女がまだ生きていることを確認する。

『なんだ?誰かいたのか?』

「ああ、戦闘に巻き込まれた一般人のようだ。幸いながら、まだ生きている」

『そっか……って、あれ?』

 我と同じく最悪な状況を考えたのだろう兄者は、生きているという言葉に見るからに分かり易く安堵の溜息を吐いてから、すぐに顔をしかめた。

 心なしか、淡赤の人型機動兵器が前屈みの体勢をとる。

 そして、たった一言、呟くような声でこういった。

 

 

 

 

 

『ラピス?』

 

 

 

――つづく――

 

あとがき

 随分とまた遅れに遅れて……こんにちは、クロガネです。

 話の大きい区切りをパートで分けて、小さい区切りを一人称の変更で分けてみました。ありがちですけど。

 とりあえず。

 Aパート。

 何言ってるか分からねぇぞ、自分。とりあえず、アキトが女性化しているSSは多いですけど、北辰が女性化してしまったSSって見たことないので。北辰の使っている体が誰かというのは、言わずもがなですね。

 Bパート。

 TV版だとアキトって追い出されたに近かったですけど、ちゃんと働いて出て行くとしたら、サイゾウさんはこうやって見送るのではと思い書きました。23話のアレと同じくですけど……この話で一番書きたかったシーンです。

 Cパート。

 ルリファンの人ごめんなさい。性格悪いうえにギャク担当となりました。少なくとも三人娘が乗艦するまでこの調子かと……石、石投げないで!!

 Dパート。

 無人兵器じゃ盛り上がれません。ゲートが開かなくて云々の場面は、最終的にグラビティーブラストの撃ち漏らしが欲しかったから無理やり書いただけですのでツッコミは入れないでください。

 ジュンの一人称があった時点で分かっていると思いますが、このジュンはメグミより目立たせます。メグミが嫌いと言うわけではなく、話の都合上彼女は出番が少ないだけなのですが……ファンの人に暗殺されそうで怖い

 ちなみに、北辰の性格についてはツッコミ不可です。なんでこうも性格が善人っぽくなっているのかは、後々明らかになりますので。バレバレって気もしますが。

 それでは、次の話に続きます。






 ゴールドアームの付ける感想。

 ども。ゴールドアームです。管理人の更新作業がB2Wと重なっていろいろ大変なため、今回は私が担当させていただきます。
 ちょうどTSも入っていますし(爆)。
 それはさておき。
 
 みょ〜、に面白いですね、この作品。
 なんというか、見慣れた風景に微妙な違和感を感じる面白さとでもいいましょうか。
 基本的にナデシコ1話、外から見ればオリキャラ1名追加しただけなのに、そこに映っているのは何故か似て異なる世界。
 これは『強い』です。
 2次創作を書く上での、強力な『武器』です。
 文章のリズムが独特なので、日本語的に少しおかしいところもありますが、何、こういう時こそ、同人的開き直りで行くべきです。
 おかしな日本語すら、この作品の内部では魅力に転化されてしまっているんですから。
 この魅力はある意味、くさやの干物みたいなものかもしれません。
 ちょっと取っつきにくい反面、ハマるとやみつきになるという。
 よって結論。何を言われようと、否定的な意見が出ようと、聞く耳持たずに自分の思うがままを押し通しちゃってください。
 聞かねばならない意見は、ケアレスミスの指摘と、言われてみれば勘違いだったと納得できる明らかな過ち&矛盾、要するに純粋な『間違いの指摘』だけで結構。
 作品展開やらマンセー意見やらつまらん意見は全部無視して突っ走ってください。
 それこそ草壁よろしく、『我こそが正義なり』で押し通しちゃった方が、たぶん面白いです、この作品。
 日本語の微妙な狂いのうち、読んでて不快になる部分は、たぶん数こなして書いて行くうちに自然とうまくなっていきます。
 応援しますから、是非とも頑張ってください。
 
 ちなみにそんな理由ですので、内容に関する批判は一切なんにも言いません。
 理屈をこねるな! 心で感じろ!
 たぶんこれでOKでしょう。
 
 
 
 あえて忠告を言うなら一つだけ。
 後書きでネタ突っ込みは、あんまりやらない方がこの作品の場合はいいと思いますよ。
 本編の魅力だけで十分勝負になります。
 下手にやってもネタバレが多くなるだけかと。
 
 
 
 それでは、次楽しみにしています。
 ゴールドアームでした。
 
 
 
 PS この北辰、結構萌えるな……