時ナデ・if <逆行の艦隊> 第1話 『戦場』に踊るモノ・その3 電子作戦艦<ビスカリア> 艦橋 ファルアス・クロフォード少将は戦術スクリーンに映される状況を微かな苦渋を滲ませた表情で見ていた。 局所的に見れば味方は有利だ。 ビスカリアの提供する機動管制は完全に機能している。 機動兵器単体の性能、搭乗員の錬度、士気の高さ、それらももちろんあるが、 機動戦闘は基本的にシステム戦だ。 高速で飛び回り、刻一刻と変化する状況を完全に把握し、それに対応出来た方が勝つ。 そして現在それを行っているのは彼らの方だった。 直掩隊は数の上なら3倍近い敵機を相手に完璧な迎撃を行っている。 ただ、逆にそれだけとも言える。 こちらの主力艦隊は相手の射線に入らないようにただ逃げ回っているだけ。 岩礁帯域を敵艦隊との間に挟み、ECMで探知を逃れる。 散発的な戦闘はあるが、敵のフィールドを貫けない以上、こちらはじわじわと消耗していくのみだ。 しかし、そんな一方的な消耗戦を続けるつもりはない。 「“餌”はまき終わりました。 あとは“釣り針”が大物を引っ掛けるのを待つだけです」 参謀長からの報告に頷く。 こういう時は待つしかない指揮官の立場に苛立ちを覚える。 ウィンドウの点の1つが1つの命であり、それらがいくつも消えていく。 それを見ながらも何の感慨も沸いてこない。 慣れてしまったからだろう。 戦争と言うものに。 「第1次攻撃隊、まもなく敵陣に接触します」 「ECM出力70%まで増大。 以後、それで安定させろ」 「アイ・サー、ECM70%、増大」 艦長からの指示を復唱し、オペレータが素早く艦載コンピュータに指示を与える。 敵のECCM能力がどれほどあるか不明だが、これで少しは攻撃隊が楽を出来るはずだ。 無人兵器は特にこうしたジャミングに弱い。 打てるだけの手は打ったが、恐らくは困難な任務となるだろう。 攻撃隊が多大な損害を被ることは予想している。 3割以内の損害で敵艦隊を攻撃できたなら作戦は成功だ。 そこまで考えて傍らのササキ大佐にも気付かれぬよう眉をしかめる。 ―― 3割の損害。 それが意味することは多くのパイロットの死だ。 知っていながら自分は理解していない。 その意味の重さを。 もっとも、理解すれば指揮官などできないだろうが。 だから、その事実を知るに留めている。 恐らく、これからも理解することはないだろう。 それを知り、理解するのは実際に命をかけるパイロットたちのみだ。 ○ ● ○ ● ○ ● 敵艦隊近隣 連合軍第436機動小隊 <デルフィニュウム> ムラタ・シゲアキ中尉機 護衛部隊はその任務を果たしたようだった。 引き続き護衛に付いた2機を残し、彼方で熾烈な制空戦を続行している。 が、それを確認している余裕などない。 敵艦への攻撃が迫っていた。 攻撃のコースは敵の正面を避け、迂回するようなコースを取るため若干のタイムロスがある。 それ故に敵に迎撃の時間を与えかねない。 だからと言って正面から突っ込むのは最悪の選択だ。 主砲の一撃で編隊そのものが消滅させられかねない。 高速で自在に飛び回る機動兵器を大型艦の固定された主砲で迎撃するのは困難かもしれないが、 それは可能性として低いだけで、条件さえ揃えば可能なのだ。 自らその危険に飛び込むような愚は犯さない。 たとえ若干のロスがあろうとも対艦攻撃のセオリーは側面攻撃だ。 ミサイルに誘導装置が付いているとはいえ、 最も攻撃面積を大きく取れる方向からの攻撃が、最も命中率も高いのは自明だからだ。 「よし、捉えた!」 デルフィニュウムのセンサーが敵艦を捕捉。 諸元を対艦ミサイルの誘導装置に入力。 安全装置が解除され、あとはパイロットが引き金を引けばいいだけだ。 周囲に敵影なし、射角も問題ない。 「―――!?」 不意に視界の隅で閃光が弾けた。 <左腕被弾!> 機体に軽い振動。 同時に損傷部と程度がウインドウに示される。 デルフィニウムの左腕を根こそぎ持っていかれた。 幸い、と言うべきか誘爆の危険性はなさそうだ。 「ちっ!? 対空レーザーか」 考えてみれば自軍に装備されているものが敵にないと言うのはおかしい。 何しろ技術レベルは敵の方が遥かに上なのだから。 『三番機、被弾!』 通信機から悲鳴のような報告が入る。 彼は見た。 3番機は文字通り光速で飛来した矢に貫かれ、次の瞬間、爆散した。 その光景に思わず呻く。 タンクだ。 恐らくはデルフィニュウムの燃料タンク、それに被弾したのだろう。 デルフィニュウムは配備された当初こそIFS使用と大出力のロケットブースターを装備した画期的機体だったが、 既に実戦配備から10年経ち、ディストーションフィールドや重力波推進装備のエステやスノーランドが登場した今では 被弾に弱く、運動性能に劣る旧式と成り果てていた。 特にDFの装備がないのは致命的だった。 レーザーは光速、狙われたら回避のしようがない。 勘に任せて機体を横滑りさせる。 しかし、これでは近付く前に撃墜されてしまうことは明らかだ。 一時射程外に退避する。 大気による減衰がない宇宙空間ではレーザーは理論的には無限の彼方まで届くが、 そこまで届くのと当てられるのかと言うことはまた別の問題だ。 迷う。 反転して一時離脱か? 損害を覚悟しての強襲か? 『デルフィニュウム隊、聞こえますか?』 通信が入る。 護衛のエステからだった。 「どうした? エネルギー切れか?」 それは勘弁して欲しい。 今まで敵機動兵器の存在を気にせずに来れたのは、この2機の護衛の存在が大きい。 エステの足の短さは知っていたが、ここまで来ての時間切れは痛い。 『いえ、作戦があります』 「作戦だと?」 ムラタ中尉の言葉にまだ若い、 それこそ彼の半分ほどの年齢に思えるそのパイロットは毅然とした表情で頷いた。 「……聞こうか」 『はい、それは ――』 ○ ● ○ ● ○ ● 教導団第037試験小隊 <プロトタイプ・エステバリス> イツキ・カザマ准尉機 『―― 了解。 幸運を祈る』 攻撃隊の隊長は驚きとも呆れとも判断しがたい 奇妙な表情を残して通信を切った。 「……はぁ、本当にやるんですか?」 『当たり前だ! ここで引いたら男じゃねぇ』 「……私、女です」 僚機のパイロットではなく自分が伝えてよかったとつくずく思う。 実は作戦自体はヤマダが考えたものだが、 熱くなっている彼が言っても無視される可能性があったため、自分が伝えたのだ。 そのせいかどうかはわからないが、とにかく案自体は通った。 同時にそれは自身の危険が増大したことを意味する。 『細かいことは気にすんな! 行くぜッ!』 「…………了解」 憮然としつつも機体を加速させ、続く。 「……本当に、何を考えているんですか?」 イツキの呟きに答えは返ってこなかった。 また、彼女も答えを望んではいない。 今は、ただ成すべきことを。 「イツキ・カザマ、行きます!」 ○ ● ○ ● ○ ● <デルフィニュウム> ムラタ・シゲアキ中尉機 作戦はいたって単純なものだった。 防御力の低いデルフィニュウムの盾にDF装備のエステを使う。 文字通りの“盾”に。 「全機陣形を維持! 突っ切るぞ!」 限界までスロットルを押し込み、怒鳴る。 オーバーブーストもいい所だが、こうでもしないと敵の攻撃を振り切り、 先行する2機のエステに追従することは難しい。 不意に前方で閃光が弾けた。 敵艦から放たれた対空レーザーがエステのDFで弾かれたのだ。 本来、レーザーは目視できるようなものではないが、 視覚効果を狙ってコンピューターがエフェクトを付けている。 「……よくやる」 いくらDFのおかげで対空レーザーは無効化できるとは言え、 自機を対空砲火の前に晒すとは。 だが、そのおかげでこちらは『安全に』近付くことができる。 この作戦を採用したムラタ中尉の判断は正しかった。 DFのないデルフィニュウムではかなりの確率で撃墜されていただろう。 無謀と紙一重の作戦は実を結んだ。 「喰らえ蜥蜴野郎!」 罵声と共に発射ボタンを押し込む。 機体に外付けされた大型のミサイルが切り離され、 猛然と加速し標的へと向かっていった。 それを確認しても機体を反転させるようなことはしない。 エステが盾となって守ってくれているからこそ、この熾烈な対空砲火の中でも無事なのであって、 ここで慌てて回避行動にでれば、無防備な腹を見せた途端撃墜されてしまう。 それが判っていても湧き上がる恐怖は抑えようがなかった。 火龍を思わせる熾烈な対空砲火、迫る敵艦舷側。 しかも発射距離を考えれば旋回による回避も不能。 ただこのまま直進して突っ込むしかない。 シートに固定されたままそれを見ているだけというのは拷問に近いものがある。 次の瞬間、駆逐艦の艦首が後方へ流れていった。 近いように見えても射角と速度から400メートル以上離れていることを知ってはいたが、 それでも冷たいものが流れるのを止めることは出来なかった。 あとは、ミサイルが命中するかどうかだ。 彼を先頭に部隊は敵陣から急速に離脱していった。 ○ ● ○ ● ○ ● 無人駆逐艦 デルフィニュウムから放たれた対艦ミサイルは途中で外殻をバージ、 多弾頭ミサイルとなって個別に標的に襲い掛かる。 駆逐艦の人工頭脳はプログラムに従って艦のDFを強化した。 もう少し距離があれば対空レーザーで迎撃できたかもしれない。 が、それでも問題はないはずだった。 DFが実体弾に弱いとは言っても、6m級の機動兵器の装備できる火器などたかが知れている。 大型艦のDFを貫通して撃沈することなどできない。 それを証明するかのように多弾頭に分裂したミサイルはそのことごとくがDFに接触して弾かれた。 信管に問題があったのか、爆発すらしない。 何も問題はない。 艦載の人工知能はそう判断し ―――― 次の瞬間には超高温のビームで蒸発した。 最初の一撃で中枢を吹き飛ばされた駆逐艦に回避の術はなく、 数秒の間を置いて亜光速で飛来した荷電粒子ビームに船体を貫かれ、 次の瞬間には火球へと変わっていた。 ○ ● ○ ● ○ ● 第1艦隊第37戦隊 戦艦<クロッサンドラ> 艦橋 「そうよ! 撃ちまくりなさい!! あたしの力を見せてやるのよ、見せ付けてやるの!!」 (……あんたの功績じゃないだろう) クロッサンドラ艦長のセト大佐は呆れ果てていた。 戦隊指揮を執ると言って、この困った参謀が乗り込んできたのがおよそ1時間前。 本来、戦艦部隊の指揮を執るはずのバークレー准将は旗艦<リアトリス>と運命を共にしてしまった為に、 その穴を埋める人材がいなかったのだが、そこにやってきたのがムネタケだった。 作戦そのものは艦隊司令部から聞いていた。 最初に聞いた時は発案者の正気を疑ったものだ。 しかし、次に発案者の名前を聞いて納得した。 ファルアス・クロフォード少将。 様々な噂を聞く男だ。 天才と賞賛する者もいれば、外道、狂人などと蔑む者もいる。 凡人でないことは確かだろうが、癖の強い指揮官だ。 今回の作戦もまさに天才的で外道で頭痛モノな、実に彼らしいものだった。 概要はこうだ。 まず艦隊は敵の射程ぎりぎりで囮となって逃げ回る。 そして逃げつつもミサイルをステルスモードで散布。 岩礁帯域を盾にするようにぐるぐる回りながら“仕掛け”をする。 これがばれないように電子作戦艦は電子妨害を仕掛ける。 次に空母から最低限の艦隊直掩を残して機動部隊による全力攻撃。 増槽を付けた状態ならエステやデルフィニュウムでも敵艦隊の射程外から攻撃隊を送り込める。 第2の仕掛けがここにある。 攻撃隊の本当の任務は敵艦の撃沈ではない。 制式化はされていないが、DFを無効化できる装備があった。 通称を【ロザリオ】。 名前の通り、直径50cmほどの球形のDF中和装置を6つと十字架型の波形分析装置を特殊ワイヤーで つないで環状にしたもので、ミサイルの弾頭内に込められていた。 これはDFに取り付いて波形を分析、同じ波形をぶつけてフィールドを中和すると言うもので 後に登場するフィールドランサーのプロトタイプである。 DFさえなければ防御力だけはほぼ互角。 こちらのビームでも敵艦を撃破できる。 しかし、敵艦隊の有効射程はこちらとほぼ変わらない。 こちらが当てられる距離まで近づけば、相手も当てられると言うことだ。 火力で圧倒的に劣る味方には非常に頭の痛い問題だ。 しかし、ここに盲点があった。 大気による減衰がないため、ビームは理論上は無限まで『届く』。 しかし、基本的に直進しかしないビームは、 距離が開けば開くほど僅かな角度の差でも目標に到達した時には大きなズレとなる。 そこで有効射程の概念が生まれる。 簡単に言ってこれなら当てられると言う距離だ。 普通の戦術家は常にこれを念頭において砲戦距離を計る。 が、彼の場合は逆の発想でいった。 『届く』のだからそれを『当てる』ためにどうするか、そう考えた。 その回答として、レーダーの測角性能を補うために【ロザリオ】を用いた。 【ロザリオ】からも電波を発信し、レーダーからの情報とあわせて射角を修正。 あとは確率の問題で、数を撃てば当たると言うわけだ。 では予想される敵の反撃をどう凌ぐのか? これもぬかりはない。 まさに悪魔の奸智と言っていいかも知れない。 クロフォード少将はこう考えたらしい。 つまり、当たらなければいい、と。 やはり天才は考えることが違う。 最初にまいたミサイルと言う“餌”はここで効果を発揮した。 ジャミングによって敵はこちらの位置をロストしている。 岩礁帯域もあってダミーと小惑星、本物の艦隊の区別は相当付き難いはずだ。 そんな状況で敵の探知はどうするか? 簡単だ。 撃たせてそれから位置を割り出せばいい。 ダミーはレーダーに映っても攻撃はしてこない。 古来から使われる三角測定の要領で位置は割り出せる。 当然、敵もそれを考えるだろう。 それにより位置を特定されるのを防ぐのは無理だ。 ならばさらに判り難くしてやろうということらしい。 散布された大量のミサイルはいくつかのグループに分けられ、ランダムで点火。 覆い被さるような攻撃パターンをとる。 敵がミサイル発射位置から仮想の“艦隊”の位置を特定しても、そこには何もない。 レーダーに映るダミーと、攻撃によって錯覚させるレーダーに映らないダミー。 本物の艦隊はアウトレンジから砲撃で敵を撃破できるという作戦だ。 「とにかく、あの人が軍人でよかったですね。 詐欺師になってたらえらいことですよ」 「……まったくだ」 副長の言葉には同感だった。 それに、いかに外道で頭痛モノの作戦とは言え、こちらが助かったことには違いない。 戦艦<クロッサンドラ>は火星で沈められた僚艦の恨みを晴らすように、 砲身が焼き付く限界ギリギリの砲撃を展開していた。 主砲が火を噴くたびに彼方では火球が生まれ、消えていく。 「そうよ! もっと、もっとよ!!」 それに負けじともう1つの“主砲”も派手に唸りを上げていた。 ムネタケ大佐もクロフォード少将同様、噂の絶えない男だ。 もっとも、こちらは救いようのない無能、地位に固執する俗物として、だが。 今回のこれも大よそ何があったかは予想できる。 男の嫉妬と言うやつだ。 天才と言われながらも性格が災いして出世コースから外れたクロフォード少将、 無能と言われながらも性格のおかげで出世コースに留まっているムネタケ大佐。 ムネタケも自分にそれほどの才能はないのは判っているのだろう。 それが階級はともかく、立場は自分より弱い天才に対する嫉妬を生み出しているのだ。 血走った目で口の端から泡を吹き出しながら絶叫する姿は、 子供が駄々をこねる時のそれに良く似ていた。 そんな姿を見て下の人間がついていくわけがない。 そんな周囲の冷たい視線にも気付かず、撤収命令がでるまでムネタケは喚き続けた。 <続く>
【用語解説】 圧縮教授のSS的愛情
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