時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第2話 変化の『歴史』・その1






2196年2月12日

深夜

日本・佐世保市郊外の公園



―― 月の明るい夜だった。



誰かが言った。

『月は人を狂わせる』と。

迷信と言ってしまえばそれまでだが、これはそれなりに信じられていた。

統計を見ても満月の夜には犯罪が増えると言う。

一説には月の重力が人間の精神にも影響を与えているとも、

明るすぎる反射光が原因とも言われるが、いずれにせよ大した根拠はない。



ただ1つ言えることは、その月は現在、多くの血を飲み込む戦場となっていることだ。

阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄が繰り広げられ、惜哀せきあい 慟哭どうこくは止むことはない。

今の月はそんな場所となっていた。



それでも地球から見る月は美しく輝いている。

ただ、静かにいつでもそこにある。

この日はそんな月の明るい夜だった。



「…………地球?」



満天の星空と月を確認して呟く。

宇宙空間でないことは確かなようだ。

少なくとも大気がない場所では星は瞬かない。

それに生身でも生きている。



「俺は……まだ生きてるのか」



苦笑が漏れた。

1度目は人生でも復讐を選び、そして死に損なった。

そして2度目、結局のところ悲劇は繰り返された。



俺は何度繰り返せばいいのか?

自分勝手な思いで、何度悲劇を生むのか?



草むらから起き上がる。

肌を刺すような冷たい空気に次第に意識が覚醒していく。

そして思い出す。





『俺が帰るべき場所は……ナデシコだ!!

 皆が揃っているナデシコだ!!

 何処に跳ばされようと、俺は絶対に帰って来る!!

 例え、遥かな距離だろうと、時を超えても ――― 』





俺は死ねない。

今度こそ死ねない理由がある。



「約束したもんな。 俺が帰るべき場所はナデシコだ」



何度でも繰り返していくのか?

いや、違う。

前回までにはなかった約束がある。

繰り返しじゃない、やり直しでもない。



―― これは、俺の道だ。



戻っている訳じゃない。

進んでいるんだ。



確実に、まだ見ぬ未来へ。





○ ● ○ ● ○ ●





改めて状況を確認する。

俺は格好は黄色いシャツに青のジーパン。

1回目でも着ていたものだ。



そして、一呼吸おいて、精神を集中する。

辛うじて視認できるほどの蒼銀の輝きが生まれた。



「……晃気は使えるか」



軽く腕を振ってみるが、やはり反応が鈍い。

これは2回目のように鍛え直す必要がありそうだ。



力はあるに越したことはないが、ありすぎるのも問題だ。

まったく皮肉なことだが、1回目は力の無さに泣き、2回目はその力ゆえに多くのものを失ってしまった。

それでも俺は力を求めている。

誰にも負けない力を欲している。



―― なぜ?



分からない。

俺の中の狂気が力を欲し、戦いに駆り立てるのか。

過去の後悔と悪夢が最強を求めるのか。



ただ、俺はもう後悔したくないだけなんだ。

無力さに歯噛みしたくはない。



もちろん、個人では限界があることは知っている。

復讐者であったときも、戦神と呼ばれていたときも、俺は1人で戦っていたわけじゃない。

沢山の人に支えられ、多くの戦友たちがいた。

守りたかった人たち。

そして俺を守ってくれた人たち。



今度こそ、救ってみせる。

運命と言うならば、その運命すら打ち破ってみせる!



(――― アキト!)



不意に懐かしい声が響いた。



(ラピスか!?)



どうやらこの辺は2回目と同じらしい。

もっとも、驚いている理由は違うけどな。



(うん!! 今、私は昔いた研究施設にいるの……どうしてなの?)



やっぱりそうか。

ラピスが戻って来ているということは、やはりこれはあの時なのか?



(……アキト、私の身体が6才に戻っちゃってる)



困惑したようなラピス。

でもあまり騒がないし、恐らくは何が起こったのか大体は予想しているんだろう。



(そうか……どうやら信じられない事だが、過去に跳んだらしい)



(やっぱり、そうなんだ……)



そう言いながらも俺は別のことを考えていた。

確かに俺たちは過去に戻った。

それなら、その理由はなんだ?



原因がボソンジャンプにあることは分かっている。

しかし、俺にいたっては過去に跳ばされるのは2回目だ。



最初の逆行は事故と言える。

だが、今回のこれは明らかに意図されたように思える。

あの時、遺跡は俺を取り込むような真似すらした。

ジャンプもイメージをすべてキャンセルされ、ブローディアもハッキングを受けた。

そこまでして遺跡はなぜ俺に拘ったんだ?



確かに俺はやはり心の奥底での願望を捨て切れていなかった。

もう一度あの頃へ、という願い。

1度目とはまた違った後悔があった。

それが理由なのだろうか。



……分からない。



(アキト? どうしたの?)



俺が黙ったのを心配してラピスが話しかけてきた。

思いのほか思考に没頭していたらしい。



(いや、すまない。

 ラピス、頼みがある。 今の年月日と時刻を教えてくれ)



(うん……えっと、今の年月日は2196年……)



やはり、あの時と同じなのか。

俺がユリカと再会し、ナデシコに乗ることになるあの時と。



(……2月12日の……)



「何だって!?」



(えっ!? どうしたのアキト)



思わず声に出してしまった。

近くに人が居なかったのが幸いか。



(すまんラピス。 もう一度言ってくれ)



(……うん。 2196年2月12日の23時17分だよ)



息を呑む。

肺の奥まで深々と冷たい空気を吸い込み、新鮮な酸素を巡らせる。

今度は二呼吸。

それで落ち着きを取り戻せた。



どうやら、いきなり歴史は変わっているようだ。

ナデシコの出港は10月1日。

まだ半年以上、間がある。



(ラピス……必ず北辰より先に、研究所から助け出してみせる!!  だからこれから頼む事を、地球で実行してくれないか?)



(……うん、解ったよアキト。

 私はアキトを信じる)



(……済まない)



2重の意味で俺はラピスに謝った。 



全てを話せないこと、またラピスには辛い思いをさせてしまうこと。

そう言った全てを込めて。



そして俺はラピスにある計画を託した。

この計画は、この先にどうしても必要な事だった。

今度こそ、後悔しないために。



そして、俺は自分の考えを全てラピスに話し終わった時、

月はその姿を大地に沈めつつあった。



(……以上だ、俺はこれから佐世保の市内に向かう。)



ナデシコが出港するまで、またしばらく雪谷食堂のサイゾウさんの所でお世話になろう。

あそこならネルガルのドックにも比較的近いから色々と情報が入ってくるかもしれない。



(うん……何時でも話しかけていいよね、アキト?)



(ああ、何時だって話し相手になってあげるよ。)



寂しいんだろうな……済まんラピス、今は側に居る事は出来ない。

今は話し相手としか、ラピスに接する事は出来ないんだ。



だけど、今度こそラピスには笑っていてほしい。

普通の女の子として暮らし、人並みの恋をする。

そんな普通の生活を送って欲しい。



だが、それは難しいだろう。

ハーリー君はちゃんとした両親が居たみたいだけど、

ラピスには戸籍上の両親すら居ない。



そして、それ以上に俺自身がラピスの協力を必要としている。

また、俺の『復讐』にラピスを巻き込もうとしている。

こんな俺がラピスの面倒を見るなんておこがましいかもしれない。

でも、今のラピスには俺しかいないことも確かだ。



だから……すまない、ラピス。



(じゃあ、行って来るよ)



(うん、頑張ってね、アキト)



今度こそ、幸せにしてみせるよ。

みんなで笑いあえるように……





そして俺は一歩を踏み出した。

たぶん、運命の。





○ ● ○ ● ○ ●





2196年2月14日

北米・連合軍統合作戦本部



ここでも運命の選択は行われていた。

しかも、本人たちの関しないところで。



それに関して今さら異論をはさむつもりはない。

組織とはえてしてそういうものだからだ。

ただ、頭でそうは思っていても、戦闘後の事後処理で多忙を極める中の呼び出しに

笑顔で応じるのはなかなか難しいだろう。



その日、統合作戦本部長に呼び出されたファルアス・クロフォードは内心の不機嫌さを隠そうともしなかった。

案内役の女性士官に丁寧に礼を言ってその部屋に入ると、彼はそれまでの態度を一変させた。

もともと上官にはぞんざいな態度で当たることで有名なので、それを今さら誰も気にはしなかったが。



「で、何の用ですかな?」



「……まあ、かけたまえ」



単刀直入に用件だけを切り出すファルアスに中年の男が言う。

統合作戦本部長のアンドリュー・ホーウッド大将である。

ホーウッドは身長2メートルに届かんとする巨漢の黒人で、

ファルアスのように才気煥発と言うわけではないが、軍組織の管理者としての手腕には定評がある。

平時の軍は、言ってしまえば官僚組織であり、上の立場の人物に要求されるのは、

純軍事的な才能より、むしろ官僚としてのそれだ。

そういった意味でも統合作戦本部長の地位は制服軍人の最高峰と言える。



ちなみに連合軍における最高司令官は地球連邦の元首たる大統領であり、

その下で国防長官が軍政を、統合作戦本部長が軍令を担当している。



ゆったりとしたソファーに無造作に腰を下ろしたファルアスを、ホーウッドが忌々しげに睨んだ。

士官学校時代の同期で互いに顔見知りではあるが、この2人は仲が悪かった。

士官学校卒業時の成績も、その後の出世速度もホーウッドの方が上だったが、

彼がまだ中将で第3艦隊の指揮を執っていた頃、統合的戦略シミュレーションでファルアスに軽く捻られたことがあるからだ。

その時ファルアスはまだ大佐で、小規模の部隊を指揮しての局地戦しか経験はないはずだった。

そんなファルアスにぼろ負けしたホーウッドは、しばらく同僚の指揮官たちの嘲笑の対象とされた。

彼が統合作戦本部に“栄転”となった時も、同僚たちは『あそこならあいつの指揮で死ぬ奴も出まい』と冗談の種にしたものだった。



そんな経緯から、この2人はとにかく仲が悪い。

と言うより、ホーウッドが一方的にファルアスのことを恨んでいると言える。

ファルアスの方はそんなものどこ吹く風で、平然と

『あいつが偉くなってくれて助かった。 ホーウッドの才能は軍人よりも官僚の中でこそ生きるからな』

などど褒めているのか貶しているのか分からないようなコメントをした。



ただ、お互いに幸運だったのは、ファルアスもホーウッドもそれなりに有能だったことだろう。

お互いに相手の才能を(好悪の感情は別として)認めていた。

だからこそ、今日、ファルアスを呼び出したのだ。



「君は相変わらずだなクロフォード中将・・



「ありがとうございます。 閣下・・も変わらずのようで」



お互いに軽い嫌味の応酬をすませると、すぐに本題に入った。



「知らせておくことがあって来てもらった。 正式な辞令交付は明日になるが、君は今度中将に出世だ」



「ありがたい限りですな。 それは内定ですか? それとも ――」



「決定だ。 昇進の理由はわかるだろう?」



「負けたからでしょうな」



即答するファルアスに、ホーウッドは微かに顔面を引き攣らせる。



「やはり相変わらずだな。 辛辣で、正直過ぎる」



「ですが、それが事実ではないのですか。 本部長閣下・・



“閣下”に微妙なイントネーションを置いて言う。

ホーウッドがさらに顔面を引き攣らせるのを楽しげに見ながら続ける。



「あの敗北から目を逸らさせる必要があると」



「ある意味では君の言う通りだ。 近来にない大敗北、そして未知の敵の侵攻。

 軍も民間人も動揺している。 これを鎮めるためには英雄が必要なのだ」



「それを私にやれと?」



「……君だけではない」



「そうでしょうな。 他に責任を取る人間が必要だ」



ファルアスは微笑したが、愉快そうにはとても見えない。



「作られた英雄になるなど、君は不本意だろうがな。

 しかし、実際、昇進にふさわしい功績は挙げたんだ」



「それで、責任はフクベ提督が取るわけですな」



ファルアスの言葉に今度こそホーウッドは固まった。



「おおかた、2階級特進の後に勇退と言ったところですか」



「……聞いていたのか」



呆然としたホーウッドの言葉に軽く首を振った。

もちろん、横に。



「少し考えればわかることですから。

 それに、1艦隊いっかんたいの参謀連中が軒並み更迭されたのもそれが理由ですな」



彼が呼び出される少し前に、作戦の責任を取る形で、第1艦隊の参謀たちは軒並み更迭されていた。

参謀長のムネタケも中佐に降格の上、予備役編入という処分が下されていた。



もっとも、ファルアスはこれに関してはまったく気にしていない。

ムネタケはあのまま地位に固執していても、周囲にとっても彼自身にとってもマイナスにしかならないだろう。

突き放した言い方をすれば、『居ない方がマシ』な存在だ。



「それで、私に何をしろと?」



「凡その予想はついているだろうが、勇退されるフクベ元帥の後釜だ。

 第1艦隊は損害が大きすぎた。 従って、君の麾下の実験機動艦隊に併合され、再編成される」



「その指揮官を私にやれと言うわけですな」



頷く。

確かにファルアスなら適任だろう。

あの絶望的なイーハ撤退戦を(戦術的とは言え)勝利に導いた彼は兵卒から士官まで、

あの戦いに参加した者たちから絶大な信頼を得ている。



「中将への昇進と同時にそっちの仕事にもかかってもらう。

 話は以上だ」



「了解。 拝命いたします」



叩き上げ特有の崩れた、しかし実に色気ある敬礼をしてファルアスは退室していった。



そして、この言葉通り、3日後フクベ・ジンは2階級特進後、退役した。

最終階級、元帥。

同時にファルアス・クロフォードの中将昇進と新艦隊司令任命の辞令も下った。



運命のナデシコ出港まで、まだ7ヶ月半の時間を要する。

あらゆる意味で、歴史の変革は始っていた。





<続く>






あとがき:

前半、ほぼ時ナデまんまです。
Benさん、ごめんなさい。

「今はこれが精一杯」(某泥棒三世)

三回目ということもあって、前向きアキトでした。
でも、またしばらく出番なし。
ナデシコ出港まで本気でやることない主人公です。
まあ、地道に身体でも鍛えていてもらいますか。

第2話は地味な話になりそうだ(汗
インターミッションだと思ってください。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。









圧縮教授のSS的

・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も、活きのいい対戦車地雷SSが入っての、今検分しておるところじゃ。


・・・・・・ふむ、2話は「幕間」と言ったところかの?

SLGなら「内政」フェーズといったところか。

一口に戦争と言っても、毎日毎日のべつ幕なしに戦闘している訳ではないからの。むしろ、こういった準備段階の方が長く、また肝要なものじゃ。


・・・さて。

今回これといってツッコミどころはないのじゃが、せっかくだから今までで伏線となりうる事項を列挙してみようかの。

・第四勢力AGI(スノーランドのメーカー)を起業したのは何者か?
・元来ナデシコとセットで開発されるはずのエステバリスが、既に実戦投入可能な段階まで開発が進んでいるのは何故か?
・ラピスは一体『何時』逆行してきたのか?(時ナデでは、ほぼ同時と推測される)
・ラピスは夜更かし慣れているのか?(爆)

とまあ、『現時点で作者以外には知り得ない』ものを選んでみたが、どうかの?

万一、虚を衝かれたとしても慌てるでないぞ。

某金腕氏の口癖にも「矛盾はネタの元」とある。

そこから話を広げる事によって、作者でさえ想像もつかなかった深みが出るのじゃ。

・・・ないとは思うが、ゆめゆめ後書きで書いてはならんぞ。

作中で生じた矛盾は、作中で解決するが道理。さらに先程言ったような深みを出す可能性すらも潰してしまう。

百害あって一利なしと断言しよう。

まあ、本作の場合はそんなことにはならない、と信じておるが。


・・・話がそれたの。

とにかく『作者しか知り得ない』と言うことは即ち、『こっそり設定を変えてもばれない』ということじゃ。無論、今の設定がベストであるならば、変える必要は全くない。

しかし最初から完璧な設定など、そうそうあるものではない。

むしろ物語を進めて行く過程で、生まれてくる方が多いくらいなのじゃ。

勿論、全ての設定を作中で語る訳には行かぬし、変えてはならぬ種類の設定もある。

この辺りは長くなるから、またの機会に譲るとしようかの。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。