時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第2話 変化の『歴史』・その3






2196年5月24日

日本 

富士総合機甲演習場






試験機を表す派手な黄色の塗装を施された機体が、人工的に造られた悪路を疾走していく。

その動きにぎこちなさは感じられない。

泥濘でいねいを難なく走破し、緩急昇降の傾斜にもまったく動じない。

ある程度の高低差なら、膝関節の部分が伸縮することで上半身の上下揺れを最低限に抑えることまでしている。

地を2本の脚で蹴って文字通り走っているのにも拘らず、コクピット内ではほとんど揺れを感じない。

オートバランサーがかなり優秀な証拠だ。

IFSを通して、ある程度なら自機の置かれた状況を知覚できる。

自分の足が地面を踏む感触を靴底を介して感じられるように。

もっとも、機体の操縦の問題もあるから、何となく程度のものではあるのだが。



主にパイロットが使用しているIFS(イメージフィードバックシステム)はナノマシンによるマン/マシンインターフェイスの

究極系とも呼べるものである。

10−9 mという微細な機械が人体に投与されると全身に広がり、補助脳を形成、同時に運動神経や反射神経も補強する。

そして手の甲には入力用のデバイスとしてナノマシンの紋章タトゥーが浮き出る。



パイロットはこのナノマシンによって形成された補助脳を通じて意識の半分を機体制御に回し、

後は簡単なコントロールパネルと操縦桿、フットペダルで機体を操縦する。

これがIFSだ。

一般にはこのナノマシンを指してIFSという場合が多いが、

専門的にはナノマシンを用いた制御系統をまとめてIFSと呼ぶのが正しい。

広義に解釈するならエステバリスなど、このシステムを採用しているものはすべてIFSの一部といえる。

もっとも、さすがにそこまで細かく言う人間は技術部にもいないが。



しかし、一足飛びにこの画期的なモノが生まれたわけではない。

初期のIFSは完全に機体の制御系統とパイロットの感覚器官を同期させるという方式を採っていた。

パイロットは狭いコクピット(今でも広いとは言い難いが)に半ば固定され、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)で視覚情報を確保。

IFSを介して機体の制御は9割以上が思考制御と音声入力で行われていた。

つまり、パイロットは最初の設定を入力し、機体を立ち上げた後は安全装置であるトリガー以外にはほとんど触らずに、

自分の手足を動かすのに近いレベルで簡単に機動兵器を動かせるというわけである。

これは開発当初は極めて革新的、かつ合理的なものとして軍は多大な研究予算を投資した。



しかし、黎明期のIFSはまったく使い物にならなかった。

確かに革新的ではあったが、これは合理的過ぎたと言える。

ロボットやサイボーグならともかく、生理のある人間にはあまりにも過酷だった。

少し想像力を働かせてもらいたい。

パイロット用のスーツを着ているとは言え、金属の棺桶のような代物にガッシリと拘束されて、

ほとんど身動ぎすらできないような物に閉じ込められるのである。

パイロットに与えるストレスは相当なものだ。

テストパイロットは専門の訓練を受けてはいたが、それでも1時間が稼動させられる限界だった。

戦闘可能な時間ともなると更に短い。

戦場における潜在的な死の恐怖が人間の神経を著しく摩耗させてしまうからだ。



思考制御という方式にも問題があった。

確かに手足を動かすのに近いレベルは再現できた。

しかし、それは“近い”であって“同じ”ではない。



ここに当時の開発スタッフの語った話がある。

初のIFS使用機であり、人型機動兵器の革新と言われ、今日のエステバリスや後述のスノー・シリーズにも多大な影響を与えた

島津・ムラクモ重工製の87式強襲機動兵<デンファレ>。

その栄光の陰に隠された開発秘話である。



それは実際に模擬格闘戦を行って人型兵器の有効性を確認する試験のはずだった。

向き合う2体の巨人。

互いにテストパイロットは素手でも人を殺せるマーシャルアーツの達人。

特殊部隊出身の近接戦闘のエキスパートであった。

模擬戦とは言え、当然誰もが壮絶な格闘戦を期待していた。

そしてスタートのカウントが進む。



3…2…1……GO!



その合図が出た次の瞬間。

いきなり強力な膝蹴りがヒットした!



ただし、繰り出した張本人に。



呆然とするスタッフ一同。

パイロットの思考を忠実に再現し、のた打ち回るデンファレA。

それを呆然と見守るデンファレB。

こちらもパイロットの思考を忠実に再現し、オロオロと忙しなく動き回り、ぱたぱたと手を振る。

結局、その日はそこで中断となった。



事故の原因は意外とあっさり判った。

関節の自由度の問題。

要するに、人間に例えるなら体が柔らかすぎたのだ。

いつもと同じように蹴りを繰り出そうとして、予想以上に跳ね上がった膝が自機の胸板を直撃したのである。

衝撃に悶絶するパイロット。

しかし身体はガッチリとホールドされており、苦しさに転げまわったと言うわけである。



この点は即座に改良された。

関節の可動上限を制御ソフトの方で変更した。

そして臨んだ2回目の試験。



再びスタートのカウントが進む。



3…2…1……GO!



その合図が出た次の瞬間。

2機のデンファレは猛然とラッシュを仕掛けた。



何にもない目前の虚空に対して。

そしてぶんぶんと首と振ったり、癇癪を起こして地団駄を踏む。

パイロットの思考を忠実にトレースしすぎた結果である。

何しろ考えるだけで動いてしまうのだ。

普通、人は行動を起こす前にその動作をシミュレートする。

初期のIFSは機械特有の融通の効かないと言う問題があからさまに出た結果となった。



軍からの予算も凍結され、潰れかけた計画を救ったのは、ある社員のアイデアだった。

その意見は、逆転の発想と言うやつで、彼はそもそも全てを思考制御でやらせようということに無理があると考え、

それまでスタッフが固執していた“完全な思考制御システム”を棄てた。



大雑把な動作、例えば腕を動かしたり脚を動かしたりなどや、正確さを要求される火器管制はコンピュータに任せ、

歩行時(走行も含める)の姿勢制御などの細かくて柔軟で繊細な動作を要求される部分は思考制御とした。

結果的にこれは大成功し、以降、試行錯誤と改良の末に現在のIFSによる機体制御システムは確立された。



ただ、この機体を操るパイロットはそこまで突っ込んだ知識を持っているわけではなかった。

パイロットはそれを正しく使えることが第一だ。

もちろん、基礎的な知識、例えばナノマシンが補助脳を形成することや、

それによる影響などは知っているだけでなく、実感としてある。



『カザマ少尉、次のターゲットを上げるぞ』



「了解」



イツキは短く答えると、操縦桿の引き金に指をかけた。

軽く停止し、“遊び”がなくなる。

銃で言うところのダブルアクション方式というやつだ。

これで火器管制の安全装置が解除され、いつでも発砲可能となったはずだ。



不意に視界の隅に複雑な動きをする点が映った。

間髪いれずに銃口を向けると静かに引き金を引く。

機体が右腕に保持するレールガンから、コンマ数秒で音速の10倍という超高速に加速された3発の12.7ミリ弾が吐き出された。

肉眼では捉えられないが、3発の徹甲弾は火器管制コンピュータと彼女自身の技量によって標的の未来位置に向けて突き進み、

その内の2発が標的のバッタ(モドキ、リモートコントロールの無人機)に突き刺さった。



≪第1目標撃破、所要時間4秒、弾丸ロス1≫



ウインドウの表示を気に留めることなく、更に機体を加速、走行モードをローラーダッシュに。



≪7時方向、敵機2≫



「―― !」



肩部のスラスターを軽く噴かして機体を急激に反転。

速度が落ちるが、勢いはほぼそのままに、滑るように後退する。



レールガンは使えない。

まだコンデンサへのチャージが終わっていないから。

代わりに左腕に固定されたマシンキャノンを向ける。

これを使うには多少距離があるが、届かないわけではない。

かまわず発砲した。

轟音と共に各種の弾丸が叩き込まれ、さらに2機のバッタをスクラップと化す。



≪第2目標撃破、所要時間13秒、弾丸ロス8≫



「―― 次は?」



神経を集中して気配を探る。

センサーやレーダーがメインには違いないが、時としてパイロットの勘が生死を分けることもある。

戦場では生き残ることに長けた者こそが名パイロットとなりうる。



レーダーは?

周囲に敵影なし。



センサーは?

同じく感なし。



そして息を殺して待つこと10秒。

自分の鼓動と呼吸の音さえも耳につくような静寂。



『よし、ここまでだ』



「……はい」



教官の言葉に頷き……



ヴゥン!



振り返りざまに低空から接近してきたバッタをレールガンで撃ち落す。



≪第3目標撃破、所要時間5秒、弾丸ロス無し≫



「……ふぅ」



『よくやった。 合格点をやるぞ、カザマ』



そう言って意地の悪い笑みを浮かべる教官を一睨みして、今度こそ息を吐く。

それでも完全に緊張を解くような真似はしない。

ここの訓練はこうした意地の悪い形式で行われている。

今のに気付いたのも、半分は勘で、残りは経験と優れた五感のおかげだ。



格納庫に機体を落ち着けるまで気は抜けない。

以前は格納庫に入れる直前に奇襲されたこともある。

仮想的敵側の使用するのは訓練用の模擬弾 ―― いわゆるペイント弾だったので機体に損傷はなかったが、

罰として撃破判定を下されて胸部を真っ赤に染めたその機体を掃除させられた。



これはペナルティーなので整備班の人間は手伝うことを禁止されている。

しかも、ペイント弾に使われている塗料は水性ではあるが落ちにくい代物で、1人でやっていたら恐らく半日掛になっていただろう。

そうなればもちろん休憩はないし、下手をすれば夕食まで抜きだ。



イーハ撤退戦から帰還し、ここに再配属されて早2ヶ月。

火星でのテストパイロット経験を買われて今はここで新型機動兵器の試験と自身の訓練を行っている。

最初の頃は毎日のようにそのペナルティを課されていたのだが、いい加減慣れてきた。

おかげで今のように、めったに奇襲を受けることもなくなっていた。



楽になったと言えばそうなのだが、素直に喜べない事情がイツキにはあった。

それは ――――



『あーっ、くそー! 後ろからなんて卑怯だぞ〜!』



ぶんぶんと腕を振り回しながら、上半身を赤く染めたエステが入ってきた。



「大丈夫ですか、ヤマダさん?」



『おう。 しっかし、俺としたことが油断したぜ!』



『何が油断だ! 実戦に次はないんだぞ!!』



『わかってるって。 ヒーローの活躍は1話につき1回だもんな!』



『アホか! とっとと洗っちまえよ!』



そんなやり取りを聞きながら、少し頬が緩むのを自覚する。

このペナルティーは確かに整備班の人間は手伝えないが、別のパイロットが手伝うことは禁止していない。

だた単に、この忙しいのにそこまで他人の面倒を見る人間は滅多に居ないからなのだが。

ちなみに、イツキはその“滅多に居ない”方の人間だった。

理由は ―― 単なる親切心だけではないとだけ言っておく。



そして、教官も別にそれを止めはしなかった。

自分の仕事をこなしていれば、それほどうるさく言う人間ではない。

それに、パイロット同士の親交を深めることはチームプレーが不可欠な機動兵器の集団戦闘では有利だからだ。



『カザマさん、お疲れ様でした。 そのままハンガーに固定してください』



「あっ、はい。 了解」



指示通り専用のハンガーに機体を固定。

関節をホールドして各所の拘束を確認すると、所定の手順に従って動力を切る。

操縦桿などがニュートラルになったのを確認すると、シート脇のレバーを捻る。

圧搾空気が漏れる音と共に目の前のハッチが開き、暗くなったコクピットに光が差し込んできた。

動力を切った状態でも、予備電源が待機状態を維持するのでコクピットハッチの開閉などは行える。



「どうでした、この子は?」



リフトを使って降りてきたイツキを出迎えた少女は真っ先にそう聞いてきた。



「えーっと、はっきり言わせてもらうと、少し使いづらいかな」



「……そうですか」



「あっ、でも、テッサがそんなに落ち込むことは……」



「私、設計者ですから」



そうだった。

信じられないことだが、目の前の少女はこの機体 ―― AGI・TM−14<サマースノー>の主任設計者なのだ。

この機体はYTM−12<スノーランド>の改修型で、大きな変更点は3つ。



1:対艦攻撃能力の追加

  背中にハードポイントを増設し、対艦ミサイル2発の搭載が可能となった。

  また、積載量の増加に伴い、脚部の強化も行っている。



2:単独侵攻能力の付与

  新型の小型大容量バッテリーを2基搭載することで(制限はあるが)母艦から離れて活動できるようになった。

  もちろん、従来通り、エネルギーウェーブの効果範囲内では外部動力となり、余剰分をバッテリーに蓄えることもできる。

  これを可能とするために重力波受信のための羽を小2枚大1枚の可動式にして効率を高めた。



3:整備性、汎用性の向上

  エステバリスと同じく、できる限り各部をモジュール化。

  電磁レールガンも小型化され、今までは重すぎて宇宙か月面でしか使えなかったものが、重力下での使用も可能となった。

  (ただし、口径も20ミリから12.7ミリの小口径になった)



以上、細かい変更点や改良点はあるが、大きなものはこの3つだ。

このサマースノーを新設された第1機動艦隊では艦上攻撃機として採用するとしている。

恐らくはクロフォード中将の持論である“機動部隊と戦艦隊の併用による高速機動戦術”のためだろう。

聖書の一節にも「求めよ、されば与えられん」とはあるが、これは需要と供給がぴったりと合致した珍しい例だろう。



それを思い出し、イツキは改めてまじまじとテッサと呼んだ少女を観察した。

目に付くのはアッシュブロンドを三つ編みにした髪と、髪と同色の目。

身長は高くない。 イツキはそれほど高い方ではないが、その自分の胸の辺りまでしかない。

彼女には少し大き目で、明らかに袖が余っている宇宙軍の佐官用の制服には、

太さの異なる2本のラインと星が3つ印された階級章。



「どうしました?」



「ん、何でもない」



イツキがジーッと見つめていたことに気付いて不思議そうに小首を傾げる。

そんな仕草は歳相応で、同性の目から見ても実に可愛いらしい。

美少女であることは間違いない。

はっきり言って、どう見ても天才エンジニアや、軍人の類には見えない。



「それよりも、ご飯にしない?」



「わぁ、いいですね。 報告も食べながら聞きます」



「うん、それじゃ行こう、テッサ」



イツキはそう言って笑いかけた。

テッサこと、テレサ・テスタロッサ大佐その人に。





<続く>






あとがき:

前話では名前しか出てこなかったテッサが登場です。
たぶん大半の方は知ってるかと思いますが、「フルメタル・パニック」に出て来るキャラです。
設定はだいぶ変えてるから、原作を知らなくても問題ないようにはしますので。

あとIFSに関しても手元に資料が無いのをいいことに勝手に考えました。
たぶん人型ロボットなら文化的なこともあるし、日本だろと思ったので。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。










圧縮教授のSS的



・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も、活きのいいSSMSSが入っての、今検分しておるところじゃ。


・・・・・・ふむ。今回は、「IFSと人型機動兵器の歴史」の話じゃな。

よく考えられておるとは思うが、どうせならテッサに語らせた方が良かったかの。

この話がナデシコベースであるからには、テッサはオリキャラなのじゃよ。設定が変わっていてもいなくてもな。

そして、オリキャラは登場時のインパクトが全てなのじゃ。

実際、儂はササキ大佐を覚えるのに前話まで掛かった。年の所為かも知れんが(爆)前話まで余り印象に残る行動をしてなかったのも確かじゃろ?

ここのテッサは折角「機動兵器開発者」と言う肩書き持っとるのじゃから、活用せねばもったいないぞ。

キャラ立ちは、当のキャラ自身が行動してこそ成り立つもの。他人が語るのは「説明」に過ぎん。極言すれば「設定」と一緒じゃ。ト書きか台詞としてかの違いでしかない。

まあ話の流れ上、いつもいつも使える手段でないことも確かじゃが・・・・・・それだけに、使えるところでは是非とも使うべきじゃ。強力じゃぞ?



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。