時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第2話 変化の『歴史』・その4




2196年5月24日

日本 

富士総合機甲演習場内食堂






「やっぱり、問題はバランスね」



イツキは大盛りのペペロンチーノをテーブルの上に置くと、そう切り出した。



「左右の重量ですか? それとも機体の総合的な ――」



「両方」



「はぁ、そうですか」



きっぱりと言い切るイツキに、ますます落ち込むテッサ。

そんな彼女を見て慌ててフォローする。



「あっ、でも、反応速度は上がってるし、前より良くはなってると思うけど」



「でも、イツキさんたちパイロットはその機体に命を預けるんですから、いい加減なことはできません」



そう言いながらテッサも、持ってきたサンドウィッチを1つほおばる。

トマトとレタス、それにハムが具だったが、あまり味は良くない。

野菜の鮮度が原因かもしれない。

それともハムに安い肉を使っているのだろうか。

唯一、パンだけは及第点のそれをコーヒーで流し込んだ。



「レールガンのチャージ時間をマシンキャノンで補うっていうアイデアはいいんだけど、

 マシンキャノンは左腕に固定でしょ? どうしても左右のバランスがね」



「そこは機体のバランサーが調節してますけど」



「やっぱり反応に違いがあるから」



「なるほど」



議論を交わしながらイツキもペペロンチーノを一口。

感想、麺を茹で過ぎ。



「それに、交互に使い分けるのって、けっこう慣れがいるし……」



「なるほど……参考になります」



紙ナプキンにメモを取りながらも、タマゴサンドを一口。

ほとんどマヨネーズの味しかしなかった。



「……若い娘が色気のない話だな」



後ろからの声にペンを止めて上を見上げる。

もう少し、と更に身体を反らしたところで、バランスを崩して後ろへひっくり返った。



「きゃっ ―― 」



「 ――― っと、何してるんだか」



背後から声をかけてきた男は慌ててそれを支える。



「ご、ごめんなさい」



「まあ、テッサのドジは今に始まったことじゃないからな」



「……ひどいですよ、ロイさん」



テッサはその男 ―― 元732便機長のロイ・アンダーソンを軽く睨んだ。



「こういう格言がある。 『真実を告げる者はいつも非難の対象となる』ってな」



「……どうせ先輩が自分で考えたんじゃないですか」



「アニー、こう言っておけば昔の人のせいにできたのにな」



「また、そんなことばっかり言って……」



元732便副機長のアンネニール・ハードウィックは溜息を吐いて、イツキの隣に座った。

これにダイゴウジ・ガイこと、ヤマダ・ジロウを加えるといつもの面子が揃う。

そのヤマダはと言うと、ペナルティーの掃除中だ。



火星からの脱出のあと、ロイとアンネニールの2人は軍に志願した。

そして、ここで同じような体験をしたイツキやヤマダと出会い、現在に至る。



実際はアンネニールが志願し、それをロイが止めようとしたが失敗して結局は彼も志願したのだが。

IFSの所持者で志願した者の待遇はかなり良い。

何しろ短期の教育で士官待遇とするということだったから、これは異例である。

特に彼のように火星の人間の多くはIFSを持っていたから、新設された第1機動艦隊のパイロットの補充とされた。



全ては戦時における兵士の不足という問題が根本にある。

ようするに、この士官待遇は餌だ。

第1機動艦隊は現存の第2、第3艦隊の支援艦隊として機動母艦中心の編成を採る予定で、

そのために大量のパイロットを必要としていた。



そして、テッサことテレサ・テスタロッサ大佐はAGIの新型機<サマースノー>の設計にも携わった身として、

ここで同機の評価試験にも立ち会っていた。

そういう意味ではここは、機体とパイロットの両方を訓練していると言ってよかった。



「ヤマダの奴は?」



「ペナルティー、です」



その一言でロイは了解したらしい。

軽く苦笑を浮かべる。



「ヤマダの奴、昼飯は抜きだな」



「はい。 後で手伝いに行く時にでも何か持っていきますから」



「そうか。 オレも後で手伝いに行く」



「あ、私も」



イツキの言葉にロイとアンネニールもそう言う。

これもいつものことだ。

ただ、ペナルティを課せられるのは別にヤマダが多いわけではない。

だいたい3日に一度の割合でこの内の誰か。

それを残りが手伝うという構図が出来上がっていた。



ちなみにテッサは参加しない。

パイロットでないというのもあるが、致命的に運動神経が悪く、何も無い所でも転べるという特技を持つ彼女に手伝わせた場合、

通常の3倍の時間が掛かることは受けあいだ。

事実、一度手伝ってもらった時はバケツをひっくり返し、なお且つ、その水を頭から被るという高等技術を披露してくれた。

幸い、始める前だったので水は汚れていなかったが。

それ以降、テッサにそう言ったことを頼む人間はこの基地にはいなくなった。



そうでなくても、テッサは大佐であり、少尉のイツキや、まだ准尉待遇のロイやアンネニールとは

軍組織における階級を考慮すれば、そんな事を気軽に頼めるような立場ではないのだ。

ただ、そう言った形式的なことはテッサ自身が嫌うため、親しい人間は階級ではなく、愛称の『テッサ』で彼女を呼ぶ。

まあ、それを言ったら16歳の少女を大佐に置くのもおかしいのだが。



「ごちそうさまでした。 それじゃあ、私は先に行ってますから」



「ああ、ヤマダによろしく。 後で行くからな」



2人前はあった大盛りのペペロンチーノを平らげると、イツキは慌しく席を立つ。

それをロイは楽しそうに軽く手を振って見送った。



「いや、若いっていいよな」



「……先輩だって大して歳は変わりませんよ」



この面子でロイは最年長の25歳。

イツキは17歳くらいのはずだから、確かにそう変わらないはずだ。

ただ、このロイ・アンダーソンという男は枯れていた。

趣味は盆栽と温泉旅行。 好きなものは緑茶と羊羹。

座右の銘『あの頃オレは若かった』



「人生の先達であることには変わりないだろ。

 だからこの言葉を贈ろう。 『命短き、恋せよ乙女』」



「はぁ、そうですか」



まあ、確かに8歳も離れていれば先達と呼べなくもないとは思う。



「でも、本人はあれで気付かれてないと思ってますよ?」



はっきり言ってイツキの態度はバレバレだと思うのだが。

しかし、ヤマダの方も気付いていないようではある。



「ヤマダの頭の中は熱血が8割だから仕方ないとして、イツキもイツキだよな〜」



だからこそ手伝い甲斐があるんだけどな、と言ってロイはニヤリと笑う。

その表情に、テッサとアンネニールは顔を合わせて苦笑を浮かべた。



戦争の只中にあっても、この時は穏やかな時間を感じることができた。

できれれば、これが続いて欲しいと思う。

それが叶わないと分かっているからこそ、なおさらテッサはそう思った。





○ ● ○ ● ○ ●





同日同所

基地司令執務室






外の喧騒から切り離され、ここには一種異様な空気が漂っていた。

黒檀製の机に相対するように座った男女。

机の上には白磁に紅い花が描かれた高価そうなティーセット。



カモミールとローズの醸し出す香りを楽しみながら紅茶を飲む。

戦時としてはそれなりの贅沢かもしれない。

そんなことを思いながら、カップを置いた。

単にティータイムを楽しみにきたわけでもない。



そして、改めてファルアスは目の前の女性に視線を戻した。



ミナセ・アキコ少将。

ここの基地司令で、ファルアスと同じく教導団の所属である。

腰まで届く長い髪を三つ編みにし、穏やかな微笑を浮かべている。

何度か会ったことはあるが、この微笑を崩している所を見た記憶がない。

容姿は20代前半から半ばほどの美女 ―― なのだが、実際は年齢不詳。

これでも17歳の娘が居るのだから世の中わからない。

一度見たことがあるが、姉妹にしか見えなかった。



「久しぶりに美味い紅茶をもらったよ」



「あら、ありがとうございます。 もう一杯いかがですか?」



「いや、ありがたいが遠慮させてもらう。 ティータイムの楽しみはまた今度にしよう。

 うちの参謀長に仕事を押し付けてきたからな。  そう、のんびりとしてもいられん」



「そうですか……それで、御用というのは?」



「民間船に乗ってもらいたい」



ファルアスはズバリと本来の用件を口にした。



「それは……査察ですか?」



「いや、民間船と言っても、商船ではない。

 戦艦だ。 ネルガルの機動戦艦<ナデシコ>」



本来なら民間の企業に戦艦など、非常識もいい所だが、しかし、相手の女性に動揺は見受けられない。

意図的にそれを隠したのか、それとも初めから驚いていないのか、どちらにしても大したものだと思う。



「オブザーバーと言うのが建前だが、実際は監視だ。

 こんなことを頼むのは本来なら人事部の仕事だが、私の方に押し付けられた。

 戦時に民間の戦艦に回せるような暇な人間など居ないそうだ。 まったく同感だがね」



「あらあら、それで、暇そうな人間は見つかりました?」



「皮肉るな。 私はそのナデシコを買っている。

 理由は ―― 分かるな」



「ええ、もちろん。 でも、“機動戦艦”なら、タカマチさんやカシワギさんの方が良いんじゃありませんか?」



彼女の言うタカマチ、カシワギとはファルアスと同じく教導団から第1機動艦隊に移籍した

タカマチ・シロウ少将とカシワギ・ケンジ少将のことだ。

タカマチ少将はファルアスと並ぶ機動部隊戦術の第一人者で防御戦術の達人。

自身も小太刀二刀・御神流の達人であることから、『侍・タカマチ』と言われる闘将である。

カシワギ・ケンジ少将は砲術科出身ながら機動部隊戦術にも造詣が深く、攻撃的な指揮で知られ、

こちらは『鬼のカシワギ』と呼ばれる猛将だ。

どちらも機動戦艦という癖のあるものを指揮するにはうってつけの人材と言えるのだが、



「残念ながら却下だ。

 艦長は士官学校の統合的戦略シミュレーションで無敗を誇ったと言う、あのミスマル・ユリカだ。

 提督にはフクベさんが居る。 あの人は世間一般で言われるほど無能ではない。

 戦闘指揮に関しては問題ないだろうな」



イーハ撤退戦後、火星開戦で大敗北を喫した第1艦隊の指揮を執っていたフクベ・ジン中将には当然、非難が集中した。

だが、直接面識のあるファルアスは世間で言われるほどフクベが無能だとは思わない。

あれは技術力の差がありすぎて戦う前に勝敗は決していた。

むしろ脱出までの時間、第1艦隊が粘れたのはフクベの能力のおかげだと思っている。

イーハ撤退戦で自分が使ったのは奇策の範疇に入るもので、同じ手は二度と通じないだろう。



ほんの少しの差でフクベは無能者とされ、自分は英雄とされた。

ファルアス自身はそれだけのことだと思っている。

ただ、その方がお互いにとって良かったのだと思う。

あの老提督は敗戦によって偶像としての英雄となるのは望むところではないだろう。

逆にファルアスは何が何でも箔を付ける必要があった。

今後のためにも。



「……ミスマル・ユリカ、確かミスマル提督の娘さんでしたか?」



「そうだ。 あれは親の七光ではない。 本物の天才と言う奴だな」



「クロフォードさんも、世間一般から見れば天才の部類に入ると思いますけど……?」



「私は……いや、この話題は終わりにしよう。

 問題は、民間で戦艦を運用すると言うことだ」



「上層部はそれを?」



「承認した。 馬鹿げた話だが、その後で首輪を付けたがってる」



その言葉に納得がいったようにアキコは頷く。

それを見てファルアスは続けた。



「優秀な交渉役が必要だ。 中立の立場で、軍とネルガルの折衝役をこなせる優秀な軍官僚が」



「その役割を私に?」



頷く。

彼女は聡明だ。

この任務に裏があることくらい、ファルアスが来た時点で気付いているだろう。

しかし、彼女以外に心当たりが無いのも事実だ。



「……了承。

 お受けします、提督」



しばしの黙考のあとアキコはそう答えた。

それを聞いてファルアスも肩の力を抜く。

ほっとした空気が流れた。



「感謝する、ミナセ少将」



「あら、それは無事に任務を終えてから、また聞かせて頂きます」



そう言ってアキコは空になっていたティーカップに2杯目の紅茶を注いだ。

と、不意に部屋のブザーが鳴った。

アキコが許可すると、ファルアスに同行していた通信参謀が蒼白な表情で入ってくる。



「失礼します。 クロフォード中将に緊急電文です」



そう言ってちらりとアキコを見る。

機密を心配しているらしい。



「構わん、読め」



「はっ! 宛 第1機動艦隊司令ファルアス・クロフォード中将、発 第1機動艦隊参謀長ササキ・タクナ大佐。

 本文、統合作戦司令部の情報によれば、月が陥落した模様。 第2艦隊は残存兵力をルナUまで後退させ――」



ファルアスはカップの中身を一息に飲み干すと、すぐに立ち上がった。

2、3回、目をしばたかせるとおもむろにアキコに告げた。



「ヘリを ―― いや、輸送機を手配してもらいたい。

 統合作戦本部へ戻る」





<続く>






あとがき:

今回のポイントとは名前の出てきた3人の少将。
これ、ミナセ・アキコ、タカマチ・シロウ、カシワギ・ケンジの3名。
漢字で書くと水瀬秋子、高町士郎、柏木賢治。

3人とも元ネタが分かった方、同志さんに認定です。(ぉ

何のことかわからない人は流してくれてけっこうですので。
1名を除いて、原作では死んでて回想のみ登場なので、名前を借りてきただけに等しいですから。

ちなみに私は『きずあと』って漢字で書いてと言われて何の疑問もなく『痕』と書いてヲタだとばれました。
他にも『かのん』ってどういう綴りだっけ? で『Kanon』と書いたり『華音』と書くと趣味がばれます。
怪しいと思う友達に試してみると良いかもしれません。

何のことかわからない方、そのままの清らかな心でいてください。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。










圧縮教授のSS的

・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も、活きのいい粘着榴散弾SSが入っての、今検分しておるところじゃ。


・・・・・・ふむ。今回から徐々にナデシコの名が出てきたようじゃの。

変わるもの、変わらぬもの。

一見変わらぬものであっても、その実が変質していることもあり。

また変わっているようにみえても、名前がすげ替わっているだけで役割そのものは変わっていないこともありうる。

その辺は、まぁ今後の展開をお楽しみに、と言ったところかの?


・・・さて。前回儂は「ナデシコ世界に居なかったキャラは全てオリキャラ」と言った。

原則はそうなのじゃが、ある特殊な条件下では事情が異なるのじゃ。

それは「キャラが別作品の借り物であり、読者が元を知っている」場合じゃ。

作者は容姿や性格だけ借りたつもりでも、読者はそうは思わん。

例えば元世界で退魔の能力を持っていたとするならば、こちらでもあると思うじゃろう。

テッサは元世界とナデ世界とが、それほど極端に違わないから未だ良かったが・・・・・・余りにも違う世界からの引用は、世界観の崩壊を招きかねん危険な手法。乱用はご法度じゃぞ。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。