時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第3話 悲劇と喜劇の『舞台』・その1




2196年 7月19日

英国・ダブリン

第1機動艦隊司令部






悲劇を装った喜劇、もしくは喜劇のような悲劇。



会議から帰ったファルアスはその一言でそれを切り捨てた。

月陥落後、緊急に各軍の主席幕僚が招集され、会議を行ってきたものの

有効な打開策は見つからなかった。

月は地理的に地球に近く、早くから開発も進められてきた。

黎明期は資源の採掘を中心に、その後は金融で発展を遂げた。

その影響力は大きい。



純軍事的に見れば、第2艦隊が月から早々に撤退したのは正しい判断だ。

火星の時とは状況が違う。

あのまま粘っても、脱出できる人間が増えたとは思えない。

なぜなら、月は地球や火星に比べて遥かに小さく、また、人を生かす大気がないため、

行動範囲に制限がありすぎるからだ。

制宙権が確立されない状況ではいかんともしがたい。

敵はひどく限定された範囲に集中する都市の監視だけですむ。



それに防衛戦は外部から増援の当てでもない限り、泥沼の消耗戦になりかねない。

一般に、『攻勢3倍の法則』と言われ、攻撃側は防御側の3倍の戦力を投入して互角とされるが、

それは彼我の条件が同じ元での話しだし、更に言うなら木星蜥蜴の兵力はこちらの4倍。

ファルアスでも間違いなく撤退を選択しただろう。



しかし、月が陥落した時、そこにあった多くの企業は脱出したが、工場は残され、

また、そこで働く多くの人も取り残された。

その人たちを見捨てるのか、と民衆は政府へと猛然と抗議し、

結果として形ばかりの第1次月攻略戦が行われることになった。

第2艦隊と、第1機動艦隊からも兵力を抽出して第21任務部隊を編成。

かくして彼らは生贄の羊として第1次月攻略戦に投入され、またそこで大量の血が流れた。

ろくに作戦も練られておらず、兵力も足りない状態だったから当然と言えた。

ではなぜそんな作戦が実行されたかと言うと、世論を重視する政治のためだ。



正直、ばかげた話だと思う。

ただ、軍事的な整合性と民衆の感情は別だ。

そのことをわかっているからこそ、敢えて異論を挿むことはしなかった。

死地に送り込まれた将兵たちは、また思うところもあったろうが。



「これで更に世論は厳しくなりますね」



ササキ・タクナ大佐は報告書の損害の欄に目を通すと、それだけ言った。



「どうかな……」



ファルアスはその言葉を軽く否定した。

恐らく、政府は作戦の失敗は公表しても、別の面から世論をコントロールしようとするはずだ。



「適当な美談がでっち上げられれば、逆に『蜥蜴憎し』でこの上ない戦意高揚になる」



その意味を理解し、タクナは頷く。

確かにそれは明白だった。

作戦失敗の責任は作戦を立案した軍と、それを許可した政府にある。

利権に固執し、保身を優先とする彼らが責任を取るかと言えば、答えは否だ。

それなら、責任を曖昧にするには?



これは単純だ。

この作戦で戦死した者をピックアップし、勇者として祭り上げればいい。

新聞の煽り文句はこうだ、



[戦艦<クルクマ>の勇戦! 彼らは最後まで戦い抜いた!]



[○○少尉の奇跡! 月を救いたかったと言い残し、壮絶死!]



[木星蜥蜴の狂気に立ちふさがった勇者たち!]



[涙の遺族たち。 それでも彼らは月へ行った!]



[月に散った勇者たち。 彼らはなぜ死んだか!?]



エトセトラ、エトセトラ……。



そんな美辞麗句が並び、戦死者たちを涙ながらに『立派だった』と褒め称える。

恐らくは『木星蜥蜴、許すまじ!』といったフレーズが氾濫はんらんすることだろう。

そして世界中に戦死者たちの冥福を心から祈ると言う声が溢れる。



眩暈めまいがしてくるな。 そして冷静に事態を検証せよと言えば、人でなし呼ばわりだ。

 かくして政府は安泰。 軍も非難をかわせると言うわけだ」



素晴らしすぎて涙も出んよ、と吐き棄てる。



これは何も今に始まったことではない。

マスメディアが確立されると、それがデマゴーグと結びついたのはある意味必然といえる。

それが明確になったのは20世紀からの話だが、

似たような前例はそれこそ有史以前からあるだろう。

そして、これからも。



「提督、気持ちはわかりますが……」



「了解した。 話を戻そう」



思考を切り替える。

今は過去以上に、未来に責任のある立場だ。



「艦隊の状況ですが、艦の方はおおよそ揃ってきました。

 それに関する資料が2枚目です」



言われたとおり、手元の資料をめくる。



「機動母艦は新型のシレネ級が来月には更に3隻就役します。

 艦名はそれぞれ、<ユニフローラ><アルペストリス><ボレデリー>。

 すべて当艦隊に編入されます」



シレネ級機動母艦では艦の大型化が図られ、搭載機数は常用54機+予備9機。

旧式の<イラストリアス>に比べ、倍となっている。

搭載機も最新のエステバリスとサマースノーで固められるはずだ。

ちなみに、搭載機数が倍になったからと言って、船体も倍の体積になったかと言うと、

実はそうでもない。



これは艦の形状も関わってくる。

今までの機動母艦(以下、便宜上『空母』と呼称)は、

空気抵抗も考慮され、流線型をしていた。

戦艦と共通の艦型に、さらに船腹に当たる部分に格納庫を増設することで

機動兵器の格納スペースを確保していたのだが、

はっきり言ってこれはかなり能率が悪いし、見栄えも悪い。

口さがない者は、『デブ戦艦』、通称『デブ戦』などと呼んでいた。

これだけでも、いかに空母という艦種が冷遇されていたかがわかる。



そこでシレネ級では従来の設計を見直し、艦型を一新した。

端的に言って“箱型”に。

これにしても優美とは言いがたいし、空気抵抗が問題になるのだが、何しろ無駄が少ない。

それに、空気抵抗はDF(ディストーションフィールド)を装備することで軽減できた。



ファルアスは【統合整備計画】の一環としてこの艦の設計・建造をAGIに依頼していた。

この【統合整備計画】も名目上は教導団の機動兵器開発の一環とされているが、

実態は対木連用の戦争計画であることは言うまでもない。

スノーランドやサマースノーといったスノー・シリーズもこの計画の一部である。



「これで、少しはマシな戦いができそうだな」



「しかし、一応の戦力として整うまでには最低でもあと1年は必要かと」



「そうだな……」



あと1年。

それは艦と機動兵器の数が揃い、さらには訓練まで加えてまともな戦力として

運用できるようになるまでの概算だ。

恐らく、延びることはあっても短くなることはないだろう。

ファルアスがイーハ撤退戦の時に懸念したことが現実となりつつあった。



第1機動艦隊は基本的に敗残兵と新兵が混在している。

数は立派でも全体の練度は他の艦隊に比べて、まだ天地ほどの差があった。

ただ、実験機動艦隊から引き継がれた機動部隊だけは、

連合内でも最高の練度を誇っているのが唯一の救いか。

おかげで空母と機動兵器だけは最新の物を優先的に回してもらえる。

ある意味、これが第1機動艦隊の性質を決定したとも言えた。



「……戦艦は?」



無駄とは知りつつも確認する。



「相変わらずです。 旧式のものを改装しながら使っていくしかありませんね」



DFには従来の砲口兵器、荷電粒子ビーム砲やレーザー砲がまったく効かないので、

現在は段階的に改装を施して対応していた。

具体的には主砲を電磁レールカノンに換装し、対空レーザーも撤去して

代わりに旧式の火薬式のものにした。



「旧式の8インチ砲や5インチ砲でも、ないよりはマシか」



改装案の所をざっと見て呟く。

まさか艦政本部の技術者たちも、宇宙戦艦に海上艦艇の主砲を積むことになろうとは

思ってもいなかっただろう。

何よりも困ったのは、FCS(火器管制コンピュータ)に入力する弾道特性だった。

何しろデータが不足していた。

精密射撃が使えなければ、目視も含めた弾幕射撃しかないが……

はっきり言ってそれは悪夢だ。

弾幕射撃の本質は、『数撃てば当たる』と言う身も蓋もないものだが、

はっきりいってこれで機動兵器を撃墜できる可能性は低い。

敵がDFを装備していることも考慮すれば、撃墜率はいいところ10%。

近接信管もDFの前では大して役に立たない。 爆風や破片程度では、弾かれる恐れがある。

大急ぎでプログラムの書き換えとデータ収集が行われた。

とは言っても、どの道、機動兵器には機動兵器でもってあたるしかない。



「新型の護衛艦や防空駆逐艦も並行して建造中です。

 ほとんどのドックが戦艦の改装か、空母の建造でふさがっていますので、

 遅れがちではありますが」



「急がせてくれ。 護衛艦の類は輸送船団の護衛にも必要だ。

 重要度はへたな戦艦や空母よりも高い」



「はっ。 そうすると、空母建造を少し削ることにもなりますが?」



「構わん。 戦略的には輸送艦の方がよほど重要だ」



「……了解」



忘れられがちだが、地味ながら輸送は重要だ。

砲弾から食料、日用雑貨、果ては人命まで。 戦争はあらゆるものを消費する。

輸送が絶たれれば、どんな精強な軍隊も活動できない。



これを軽視するとどうなるか?

最たる例は20世紀、太平洋戦争時の日本軍。

輸送作戦の軽視によって、南海の孤島で何千人もの兵士が戦わずして

極度の飢餓と病で死んでいった。

逆にドイツ海軍はUボートと言われた潜水艦による無制限攻撃まで行って

イギリスの輸送作戦を妨害しようとした。

ある意味ここまで対照的な例も珍しいが。



そして現在、敵もこのセオリーに従って輸送船団を集中的に狙っていた。

ルナUまで撤退し、月の奪還を狙う第2艦隊への輸送作戦は

戦略上無視できない重要性を持っている。

これに対抗して宇宙軍は護衛船団方式を採用しているが……これも別に目新しいことではない。

規模が大きくなっただけでやっていることは第2次大戦時から変わっていない。

元々、輸送船団に護衛をつけて送り出すと言う方式はイギリス海軍の発案だ。



しかし、この方式は当然、護衛のために戦力を割かねばならず、能率も悪いと言う欠点がある。

理想を言うなら月を早期に奪還し、制宙権を確保できればいいのだが、

現在の連合軍にそこまでの戦力はない。

さらに言うなら、地球自体にもチュ−リップの侵攻を許している。

まずはこれを何とかしなければ、どうしようもないのだが、

『何とかしよう』で何とかなるほど世の中甘くはない。

だからこそ、こうしてファルアスや諸々の将官たちが

連日会議を開いて対策を練っているのだが。



「当面の敵は蜥蜴だけではなさそうだぞ、参謀長」



「官僚のセクト主義、縄張り争いと利権追及。 保身しか頭にないお偉い方ですか?」



「……君も言うようになったな」



「いえ、正直すぎる先輩が上官ですから」



「…………悪いことだけではないだろ」



「おかげで毎日を楽しく過ごしています」



その言葉に、憮然とした表情でファルアスが黙る。

これでも自覚はあったらしい。

上官をやり込めたことに僅かばかりの満足を感じつつ、タクナは続けた。



「まともなのは、第3艦隊のミスマル中将、それにヨーロッパ方面軍のグラシス中将。

 あとはアフリカ方面軍のガトル大将くらいのものですか」



「アメリカ方面軍のホーガン中将とオセアニア方面軍のグレスリー大将は完全にダメだな。

 クリムゾンにいくら貰ったか知らんが……」



「ホーガン中将は今月までの累計で30万ドル、グレスリー中将は37万ドル、

 プラス別荘が1つです」



「正確な報告をありがとう、テスタロッサ大佐」



それまで2人の後ろで黙って座っていたテッサが口を挿んだ。

三つ編みにされたアッシュブロンドの髪を口元に押し付けてしきりにいじくっている。

ストレスを感じている時の癖だ。

何に対してかは、言うまでもないだろう。



「加えて言うなら、極東方面軍はネルガルが抑えています」



「だろうな。 AGI もヨーロッパ方面軍に対して似たような工作をしているから、

 こちらも清廉潔白とは言えんがね」



「……必要悪ですか、提督?」



テッサの言葉にファルアスは軽く首を振った。



「違うな。 これは『悪巧み』と言うやつだ」



そう言って広い肩をすくめる。

少なくとも、自覚はあるようだ。



ちなみにファルアスが『悪巧み』と表現した場合は、大抵の場合、彼の個人的な考えだったりする。

職権濫用に越権行為もいいところだが、統合作戦本部長のホーウッド大将は、

何だかんだと言ってもファルアスの能力そのものは高く評価しているので、

それなりに便宜を図ってくれている。

もっとも、さすがに核心に触れる部分は伏せてはいるが。



「ナデシコに“鈴”を付けたのもですか?」



「“鈴”を付けたのも、だよ」



言い聞かせるようにファルアスは繰り返した。



テッサの言いたいこともわかる。

民間人に戦艦を運用させることを彼女は決して快く思っていない。

それは軍の上層部が考えるような面子の問題ではなく、

軍が守るべき民間人を戦場に出すということに嫌悪を感じているらしかった。

ただ、それは理想論であり、現実には軍はその義務を半ば放棄していることを

ファルアスは知っていた。



無論、この少女もそれくらいは承知だろうが、

少女らしい潔癖さがその感情を生み出しているのだろう。

それは現実主義者であるべき軍人としての未熟さではあるが、

同時に歳相応の感受性を残していることの証明でもある。



それでいいと思った。

彼自身は既に失ってしまった類の感傷だ。

彼女にまでそうなって欲しくないという思いのほうが強い。



だからこういった『悪巧み』にはなるべく関わらせていない。

ナデシコに“鈴” ―― つまり、監視を付けたのは統合作戦本部からの指令ではあったが、

人選は彼がした。

日本に同行したのも、その役割をミナセ・アキコ少将に直接頼むためだ。

そして、それをテッサには話さなかった。



……信用されていないと思ったのかもしれんな。



テッサは日本から帰ってしばらく不機嫌だった。

理由に思い当たる事も、それ以外ない。



別にテッサを信用していないわけではない。

ただ、半ば巻き込む形になってしまった彼女にこれ以上の負担をかけたくないと思った。

それが、偽善的な感傷からくることはわかっていたとしても。



ファルアスは自分が正しいなどとは欠片も思っていなかった。

だだ一つの正義を妄信する危険を知っていたし、自己を正当化する愚かさも理解していた。

それに、彼の言うところの『悪巧み』に、望まずに巻き込まれた人間は確かにいるのだから。





<続く>






あとがき:

感想代理人の方々の座談会でのお言葉がグサグサと突き刺さります。
確かに最近本を読んでないし……。
逆にライトノベルと新書の戦記ばっかり……だめっぽ。

以下は余談ですが、今回は色々と艦名が出しました。

基本的には同型の艦って何か関連のある名前を付けるのが普通なので、
シレネ級の艦名はナデシコ科シレネ属の花の名前で統一してあります。

でも、ナデシコの世界では関係ないんですかね。
1番艦ナデシコ・2番艦コスモス・3番艦カキツバタ・4番艦シャクヤクだし。

<クルクマ>の花言葉は「あなたの姿に酔いしれる」だったり。

ちなみに8インチはセンチ換算で約20.3センチ、これは重巡洋艦の主砲程度です。
5インチは約12.7センチ、軽巡洋艦もしくは駆逐艦の主砲程度で、
両用砲(対艦にも対空にも使える)。
5インチ砲は日本の護衛艦とかも搭載しています。


それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。










圧縮教授のSS的

・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も、活きのいいHEAT弾SSが入っての、今検分しておるところじゃ。


・・・・・・ふむ。じわじわと状況が変化しておるようじゃの。

しかし負け続けの割には、正直余り緊迫感が感じられんのう。

まあ、主立った面子が地球と言う『一応今のところは安全な場所』におるからかも知れんがの。

もっとも、TV版からして木連は戦力を敵本拠地に送りこみながらも、何故か纏まった軍事行動を行っていないという訳の解らない事をしていたからのう。

何らかの理由があったにせよ、中途半端であることは否めんの。

とまあ、色々とよく解らない事情があるにせよ、「一体どうなったらオシマイなの?」と言う部分がはっきりせんのは拙いぞよ。

ここがはっきりせんから、月が陥落しようが機動艦隊の整備が1年掛かると言われようが、読んでる方はピンとこないのじゃ。

であるからして、勝利条件及び敗北条件は、きちんと提示されるべきじゃな。

無論、ファルアス達はこの時点で木連の真実を知らんのじゃから、敵の最終目標がなんであるかを予測することは不可能じゃろう。

しかし、「ここが破られると洒落にならん」とか「ここを取り返せば随分楽になる」と言った部分は解っておるはずじゃ。其処を提示し、かつ予想時間をも示すことができれば、それだけで機動艦隊整備時間が『生きて』来る。

「慌てず、急げ」と言う名言があるが、軍事行動の大半は時間との戦いじゃ。

それも、相手の時間との競走なのじゃ。比べねば意味がない、と言うことじゃな。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。