時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第4話 3度目の『男らしく』で行こう・その2




2196年 10月1日

サセボ基地




地上軍は混乱していた。

突如としての敵襲。

基地側はレーダーによる対空監視を怠っていたこともあり、

敵編隊の接近に気付いたのは海上に停泊中の護衛艦<ククラリア>の方が早かった。



敵部隊襲撃の報告は即座に旗艦<アコーリス>にもいった。



「基地側に敵襲を通達しろ! それとナデシコに通信を繋げ」



任務部隊司令のタカマチ・シロウ少将の判断は迅速だった。

即座に艦隊に臨戦態勢を取らせると同時に、基地とナデシコに警告を発する。



艦橋がにわかに慌しくなる。

戦務参謀は所定の手順に従って機動部隊の展開を指示し、

艦隊参謀の方も対空戦闘用意の指令を発する。



「敵機確認! バッタ、ジョロの混成部隊の模様。

 数は……約300!」



オペレーターからの報告に頷く。



「蜥蜴どももよほどここのお嬢様が気になると見えるな」



「まあ、写真も公開していない深窓の令嬢ですから」



傍らの参謀長とそんな軽口を交わしてみせる。

こんな時に指揮官が慌てたのでは部下を不安にさせるだけだ。

非常時こそ指揮官は尊大に構えていることを要求される。



「タカマチ司令、ナデシコより通信です」



「回してくれ」



その言葉が終わるとすぐにウインドウが表示される。

相手はミナセ・アキコ副提督だった。



「事態は伝わっているな?」



「はい、概ね。 こちらは発進準備を進めていますが、あと20分はかかります」



正直、長い。

迅速な反応ではあるのだろうが、

それまで地上軍の方が持つかわからない。



「作戦は? 何かあるんだろ?」



「それは艦長がお話します」



そう言ってアキコが横に退く。

次に画面に映ったのは20歳前後の美女。

記憶の引き出しから即座に名前を検索する。



「どーも! ナデシコ艦長のミスマル・ユリカです♪」



思い出す前に相手から名乗ってくれたのは幸いだったのだろうか?

何とも気の抜けるようなお気楽さである。



「第32任務部隊司令のタカマチ・シロウです」



しかし、それくらいでは動じない。

何しろ普段から変人奇人と言われるクロフォード中将の部下をやっているのだ。

しかも個人的な知己でもある。



「えーっと、作戦はこうです。

 ナデシコはドックから海中通路を通って敵を背後から殲滅します。

 その為に囮を出すんですけど……」



「こちらはその囮役の支援をすればいいんだな?」



「はい。 ご理解ありがとうございます」



「なに、シュークリームの代金分は働くさ」



「ほぇ? しゅーくりーむ?」



「いや、こちらの事情だ」



不思議そうな顔をしているユリカを最後に、通信をきる。

そして再び通信士に指示を出す。



「護衛艦を呼び出せ。 空いているやつだ」





○ ● ○ ● ○ ●




第32任務部隊所属

護衛艦<エキシミア>






この艦は統合整備計画の第一陣として就役した新造艦だった。

空母の脆弱な武装を補うための艦隊防空艦として設計されている。



5インチ連装両用砲が艦上部に前部3基、後部にも1基。

更には舷側にも3基ずつの計10基20門。

その全てがレールガンだ。

加えて、対空レールガン6基、40ミリ対空機関砲6基、VLS 32セルと、

従来の護衛艦と大して変わらない船体に過剰なほどの武装を施してある。

機関こそ従来の核融合炉なので、出力はさほど高くないものの、

ディストーションフィールドまで装備していた。



その威容はまさにハリネズミ。

今はその全ての砲火を開放していた。



「左舷に火砲を集中! 一機たりとも通すな!」



マッハ10の超音速で放たれる砲弾を肉眼で捉えることはできないが、

FCSとの連動で、ウインドウに表示される際はエフェクトがかけられている。

目視でも修正がかけられるようにとの配慮だ。



連装砲からコンマ数秒の間隔を置いて交互に砲弾が発射されていく。

これはまったく同時に発砲すると砲弾同士が空中で干渉してしまい、

弾道が不安定となるのを防ぐための措置だ。

特に<エキシミア>の主砲は、5インチ(約127ミリ)の砲弾をマッハ10の

超音速で、1門辺り毎分70発の割合で撃ち出せる代物なので、

こうした措置は不可欠と言える。



そのかいあって、<エキシミア>は艦隊に完全な防空を提供していた。

第一波として襲撃した60機のうち機動部隊の空戦仕様のエステに撃墜されたのが40機。

残りの20機も遠距離からの対空ミサイル攻撃と、接近後は猛烈な対空砲火の嵐によって

ズタズタに引き裂かれて爆散していった。

そして今、更に7機のバッタとジョロが40ミリ機関砲の熱烈な歓迎を受けていた。

射程は対空レールガンよりも更に短いが、弾頭に炸薬を仕込んである40ミリ弾は強力だった。

脆弱なフィールドごと装甲を貫通すると、内部構造を引き裂き、信管の発動で根こそぎ吹き飛ばす。



これで第二波も凌いだ。

と、そこに通信が入る。



「――― と、言うわけだ。 頼むぞ」



……そんなのはあそこで暇そうにしてる駆逐艦にでも頼んでくれ。



そう言いたいのを押し込めて了解、とだけ返す。

司令から直々に頼まれたのではさすがに断れない。



しかし、本当に駆逐艦は暇そうに見えた。

防空型ではなく、俗に艦隊型と呼ばれるそれらである。

その本来の役割は艦隊決戦時の戦艦の補助として、

駿足性能を活かした突撃などを行うことだから、敵艦が居ない今は出番がない。

火星会戦の戦訓を活かして急遽換装されたレールカノンも、対空には使えない。



まあ、いいさ。

それだけこっちが期待されているってことだ。



彼はそう割り切って部下に指揮を出した。



「砲雷長。 ナデシコからバカが一機出るそうだ。

 艦砲で発進を支援するぞ」



「イエッサー! 射角の都合で後部砲塔は使えませんが、前部の3基で十分でしょう」



「ついでにミサイルのプレゼントもな」



「蜥蜴どもにきちんと届けてやります。


 1,2,3番砲、発砲用意! 続けてVLSに対地ミサイル装填!」



すぐさま復唱され、準備が整う。



「エレベーターに当てるなよ」



「そんなヘマはこの艦には居ませんよ、艦長。


 諸元入力完了……照準良し! てぇー!!」



主砲は電磁レールガンであるために発砲炎はないが、

続けてVLSから炎を吹き上げつつ、ミサイルが放たれる。



照準は完璧だった。

火龍の牙は確実に目標に向かって行く。





○ ● ○ ● ○ ●





サセボ基地

第7昇降機付近




それは一瞬の出来事だった。



不自然な動きを見せた護衛艦の砲塔に気付かなければ

何事が起こったのか理解できなかっただろう。



基地の一角に立て続けに火柱が乱立し、

駄目押しとばかりに炎の矢が降りそそぐ。

それは圧倒的で、荘厳ともとれる光景だった。



「護衛艦の127ミリであれか……艦砲射撃ってのは凄まじいな!」



爆風に煽られながらもしっかりとカメラをまわすことは忘れない。

デリケートな機材は歩兵装甲車の中に押し込めてある。

そして、デリケートな人間の方は単に装甲車の影に隠れただけだ。



「何しろ電磁レールガンですから!」



300メートルほど離れた場所では砲戦仕様のエステと

対空用のオプション武装をつけたサマースノーが密集陣形で砲火を撃ち上げている。

300メートルと言えば、機動兵器にはかなりの至近距離だ。

防護服を着ていたとしても、破片を喰らうだけで人間などひとたまりもない。



「あそこに何がある!?」



「確かエレベーターです!」



砲弾の炸裂音、ミサイルの飛翔音、火砲の発砲音、機体の爆発音。

そう言った戦場の騒音の中で会話できるように2人はインカムを使っていた。



「何で味方のエレベーターを吹き飛ばす!?」



「吹き飛ばしたんじゃありません! 敵を遠ざけるための支援射撃です!!」



ただ、インカムを使っていてなお、叫ばなければお互いの声を確認できないほど

周囲の戦場音楽は凄まじかった。

レシーバーを付けていなければ、今の砲撃で鼓膜をやられていただろう。



「支援ってことは! 出撃する機があるんだな!」



「ナデシコから一機でるそうです!」



その答えに直感的にその機体を操っているであろうパイロットが予想できた。



「サイトウ伍長! その機体を映したい! もっと近付くぞ!!」



「カタオカさん! あんた根性あり過ぎです!」



やけくそ気味に叫び返しながら、サイトウ・タダシ伍長は装甲車に乗り込んだ。

カメラマンのカタオカ・テツヤも続く。



「死んだって恨まないでくださいよ」



「安心しろ、その時は一緒だ」



サイトウの言葉に鬼気迫る笑顔で答える。



……ああ、なんでこんな人乗せちゃったんだろ



サイトウは心底後悔しはじめていた。



いくら有名な戦場カメラマンとは言え、

サイトウが民間人相手にここまで丁寧な対応をするのは理由があった。



本来は既にナデシコに乗り込んでいるはずのテツヤがここに居るのは、

この襲撃でドックへの通路が閉鎖されてしまったからだ。

そこで仕方なく基地司令に頼んで歩兵装甲車両とドライバーを1名借りて

さっそく仕事(半分は自分の趣味)に取り掛かったと言うわけだ。



ちなみに、サセボ基地の司令は虚栄心が強く、そのくせ実力の伴わない俗物で、

テツヤとしては実に扱い易い人間だった。

テツヤを戦場に送り出すのに積極的だったのも、彼の居ない間に連れのライザや、

2人の妹とよろしくやろうなどと考えていたからだろう。



もちろん、英雄を嫌悪し、俗物を唾棄すべきものと見なしている彼が、

そんな思惑に気付かないわけもなく、3人は今はタカマチ少将の旗艦<アコーリス>

の方に(戦火と好色の両方から)避難させてある。

これでも人を見る目は(良い意味でも悪い意味でも)あるつもりだ。



彼の見るところ、タカマチ少将は軍人よりも武人で、

それゆえに、清廉潔白であることを自らに課している節がある。

それに<アコーリス>の2基の相転移エンジンの出力のほとんどをDFにまわしている為、

防御力はナデシコを上回る。

あそこなら絶対とはいえないが、安全だし安心だ。



ただ、問題なのは ――



「しっかりつかまって下さいよ!」



「しくじるなよ。 この絵は一生の記念になるぞ」



「それじゃあ、これで一生が終わらないように祈っててください!」



そう言うとサイトウは思いっきりアクセルを踏み込んだ。

装甲車のモニターに投影された戦場を見ながらテツヤは思う。



どうせ祈るなら、戦神の方が戦場では利益がありそうだ、と。





○ ● ○ ● ○ ●



時系列は少し前後する。



アキトは当初の予定通りナデシコに乗り込むことに成功していた。

その過程は予定とは大幅に違ったが、目的を果たせたからよし。

そう結論付けた。



ユリカと最初の再会を果たせなかった彼は、

荷物と自転車を担いでサセボドックまで走ってきた。

昂気が使えるのだから、初めから走ったほうが速い。

自転車では強度の関係で全力が出せないのだ。



今回は別段、騒ぎを起こすまでもなかった。

息も荒く、自転車を担いで走りこんできた怪しげな青年を

職務に忠実な警備員たちが見逃すはずもない。



拘束された後、ユリカに会わせろ云々と言っているうちに

プロスペクターが現れ、前回と同様の問答を繰り返して雇われた。



そして……繰り返される再会。



「こんにちわ……アキトさん」



「ああ、久しぶりだね。 ルリちゃん」



その言葉にルリは心底嬉しそうな笑いで答えた。



「アキトさんも、もう一度ナデシコに乗るんですか?」



それは質問と言うより、確認だった。



「ああ、今度こそ誰も悲しませたくないんだ。

 ここは俺の故郷みたいなものだからね」



「ユリカさんも、きっと喜びますよ」



その名前を聞くのは複雑な心境だった。

既に歴史を2回も繰り返しているのだから。



「でも、気になる事がいくつかあります」



「歴史が変わっていること?」



「はい。 それにナデシコにも、前回は居なかった人が乗っています」



そう言って、格納庫の隅の方に視線を向ける。



「ウリバタケさんと話しているあの2人。

 軍のパイロットだそうです。 それに……」



珍しくそこで言いよどんだ。

視線が一点を見つめている。



「なっ、イツキさんまで?」



なぜかアキトの親友でもあった男、ダイゴウジ・ガイこと、

ヤマダ・ジロウと親しげに話している。



「他にもいくつか気になることがあります」



「わかった。 それはまた後で聞くよ」



アキトの記憶が確かならそろそろ無人兵器の襲撃があるはずだ。

そして、それは正しかった。



緊急事態を知らせるサイレンが鳴ると同時に、

アキトは予備のエステに駆け寄った。

パーソナルデータの入力も済まされていない文字通り真っ白の機体。

動きに若干のぎこちなさを感じた。



しかし、歴史の変化のせいなのか、ヤマダが骨折して医務室に運ばれる展開もなかったので、

空いている機体がこれしかなかったのだから仕方ない。





「俺は……テンカワ・アキト、コックです。」



昔通りの言い訳。

斬新に『人呼んで、さすらいの怪傑……』と名乗っても

面白かったかもしれない。



『もしもし、危ないから降りた方がいいですよ?』



『君、操縦の経験はあるのかね?』



『困りましたな……コックに危険手当は出せ無いのですが』



アキトは懐かしさから顔が笑みに崩れそうになるのを必死に堪えていた。

何しろ、今回は8ヶ月の間があったことだし。



『あらあら何故コックの方が、エステバリスに?』



そんな中で見慣れない女性が居た。

軍服を着ているところを見ると軍人なのだろうが、

おっとりとした雰囲気で、台所でエプロン姿が似合うような感じだ。



そして、一番意外だったのは……





『どうして! どうしてナデシコに乗ったのアキト!?』



「ユリカ……」



その一言で俺は直感した。

このユリカは……



『ナデシコに乗らなきゃ、アキトは別の道を選ぶことだってできたのに!

 コックさんにだってなれたんだよ!?』



「ルリちゃんから聞いたんだな」



『……うん』



ユリカは泣いていた。



「お前の知っているテンカワ・アキトは死んだ」



墓地でルリにも言った言葉。

しかし、今度は違う。



「死んで……でも、心残りが多すぎて戻ってきたんだ。

 お前を守る。 この艦も。 そして皆も……



 もう、誰も傷つけさせない」



『……アキト。 わかったよ、アキト!』



涙を拭う。

そして顔を上げたとき、既にいつもの天真爛漫のお気楽艦長に戻っていた。

 

『私たちとナデシコの運命、あなたに預けます』



「ああ、任せろ」



エレベーターが停止する。

周囲には瓦礫と残骸。



戦場に、再び戦神が帰還した。





<続く>






あとがき:

バトルですと言っておきながら大して戦っていない罠。
あと、ユリカも逆行です。
題名の通り、主要メンバーの大半は逆行者です。

次こそはエステの機動戦……になるといいな。


それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

 

代理人の感想

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。 ヒュウッ♪

 

と、わからない人には全くわからない前置き(爆)は置いておいて本題。

(三回連続でコンなんばっかか、ワシ)

 

まずは・・・・・・ライザだけでなく妹ズまで連れてきたテツヤ(爆)。

同母妹(そういや名前が出てきてませんね)は機材の手入れは手馴れた物でしたけど、

ひょっとして二人も既に一人前の「戦場カメラマンの」アシスタントだったりするんでしょーか。

後、戦艦に預けてきた妹達のナニが心配なのかちょっと気になったり。(笑)

 

 

そして今回の本命。アキト出陣!

で、一瞬違和感があったんですがこのユリカって逆行ユリカですよね?

ここのルリラピ達と同じ時間軸からの。

いや「ルリちゃんから聞いた」がなにか少し引っかかりまして。

 

それはともかく、普通の逆行物(ってのもなんだかですが)ならここで

「逆行アキト大活躍、木星トカゲ全滅」or「TV版通りにナデシコのGBでキメ!」のシーンが続く訳ですが、

さて、この話ではどうなります事やら。