時ナデ・if
<逆行の艦隊>
第4話 3度目の『男らしく』で行こう・その4
護衛艦<エキシミア>
失策だった。
まさか戦艦までいるとは。
「海中に潜行することでレーダー探知を逃れていた模様です」
あくまで冷静に副長が告げる。
司令塔を崩壊させたのは戦艦からの砲撃だった。
「くそっ、せめてソナーブイでも投下していれば察知できたものを!」
マツダ艦長は拳を握り締めた。
空母は着陸している状態ではDFを張れない。
最新鋭のシレネ級とは言え、これではただの的だ。
こちらから反撃しようにも護衛艦の5インチ砲では相当に接近しなければ、射程に入らない。
対艦ミサイルという手もあるが……この距離では到達前に迎撃されてしまう。
……せめて戦艦があれば。
歯噛みするがどうしようもない。
第一機動艦隊の戦艦は改装中か修理中でほとんど残されていない。
残りも大半は欧州戦線に投入されているから、極東にまわせるだけの余裕はなかった。
「本艦を敵艦との空母との軸上に割り込ませろ!」
「――
ッ! 盾になるつもりですか!?」
「そうだ。 守らずして何のための護衛艦だ!」
機関が従来の核融合炉であるため、相転移エンジン装備のシレネ級よりは弱いが、
<エキシミア>もディストーションフィールドを展開できる。
戦艦の砲撃でも2、3回は防げるはずだ。
「了解。 進路変更!」
航海長の指示が飛び、180mの船体が射線上に割り込む。
せめて地上軍の機甲部隊を収容するまでは守らねばならない。
「艦長、駆逐戦隊が突撃していきます!」
「何だと!?」
第32任務部隊に配備されていたのは、防空型と艦隊型。
突撃を敢行したのは、艦隊型の第76駆逐戦隊だった。
「駆逐戦隊より入電。
『我ら、これより使命をまっとうす』。
以上です」
機動部隊は対艦装備がなく、空母は論外。
護衛艦と防空駆逐艦では火力不足。
残るは4隻のみ配備されていた駆逐戦隊のみ。
「返電。 『貴艦らの決断に感謝する。 深く感謝する』」
恐らく彼らは敵艦に対して肉薄攻撃を仕掛けるつもりだろう。
艦隊型駆逐艦の主砲は火星会戦の戦訓から、14インチレールカノンに換装されていた。
36センチ砲弾を至近から浴びせれば、敵艦のDFも突破できるはずだ。
しかし、当然それには危険が付きまとう。
駆逐艦はDFを装備していない。
駆逐艦は機関の出力不足から『速力か、武装か、防御か』と言う選択を迫られた。
そして艦政本部は速力と武装をとった。
理由は簡単だ。 敵を撃破できない軍艦に意味はない。
だから彼らは撃沈される危険を冒して突撃を敢行する。
それしか艦隊を救う手がないから。
マツダ艦長は防空戦闘時に彼らを『暇そうにしている』と考えたことを恥じた。
彼らもまた、なすべきことを知る軍人だったのだから。
ならば、自分たちは?
「取り舵30度! 対空砲弾装填! 突撃を援護する!」
今度は射角を確保できた。
片舷に集中できる最大の火力を叩きつける。
せめてバッタやジョロの露払いくらいはできるはずだ。
「主砲対空戦闘、撃ち方はじめ!」
再び、護衛艦<エキシミア>はその姿を変じた。
守るための牙を持つ火龍へと。
○ ● ○ ● ○ ●
駆逐艦<薊>
幸いバッタやジョロはナデシコの艦載機が引き付けてくれた。
残りも護衛艦の砲撃で駆逐されている。
突撃するなら今しかなかった。
「機関全速! 主砲発砲用意!」
艦長のヤブキ少佐は躊躇うことなくそう命じた。
4隻の駆逐艦が斜陣形を形成しながら全速で距離を詰める。
まずはレールカノンの貫通距離に到達する必要があった。
「敵艦首に高エネルギー反応!」
「取り舵40度!」
高速で疾駆する艦が大気を切り裂くように進路を変える。
「砲撃、きますッ!」
その言葉とほぼ同時に閃光が視界を埋め尽くす。
一瞬の間を置いて衝撃と爆音が襲い掛かってきた。
すさまじい揺れに艦長以下の艦橋要員が床や壁に打ち付けられる。
視界が赤い。
「被害報告!」
コンソールにしたたかに打ち付けた脇腹と右腕が痛む。
右腕は骨が折れたのか、痺れたような灼熱感を持ってきた。
ぴくりとも動かせない。
「舷側を砲撃が掠めました! 3ブロックが大破、なれど戦闘行動に支障なし!」
副長からの報告に頷いた。
まだ、やれる。
「……! 艦長、1番艦が……!?」
状況表示盤を見て呻いた。
先頭を走っていた1番艦の艦影が消失している。
何が起こったのかは自明だった。
「2番艦<雪柳>より入電。 『われ、機関被弾により戦闘不能』」
視界の隅にほとんど墜落同然で着水した2番艦が映った。
派手な水飛沫を上げているが、原形は保っている。
「くそっ、一撃でこれか」
彼の3番艦が撃沈を免れたのは幸運だった。
しかし、2度目はないだろう。
「主砲発砲しつつ距離を詰めろ。 まだ遠い」
「イエッサー。 主砲発砲!」
船体とほぼ同じ長さの砲身から、乾ききった音と共に36センチ砲弾が放たれた。
14インチレールカノンは核融合炉からもたらされた莫大なエネルギーを用いて、
電磁誘導により36センチ砲弾をマッハ5まで加速する。
昔ながらの運動エネルギーで敵艦の装甲を撃ち抜くタイプの徹甲弾だ。
生き残った駆逐艦から発射された砲弾は、仲間の恨みを晴らすかのように
音の壁を容易く引きちぎって敵艦を捉え――
命中!
しかし ――
「砲弾、弾かれました」
呻くような声でオペレーターが報告する。
着弾と同時に徹甲弾の位置を示す光が、天空へと弾き飛ばされていった。
やはり、大気摩擦による減衰があるだけ、地上は不利だ。
……ならどうするか?
「艦首ミサイル管にMk−3
対艦ミサイル装填。
弾頭は例の<クルセイダー>を使う。
距離1500で放つぞ」
そう、退くという選択肢はない。
どの道、今から反転していたのでは敵戦艦の射程外に出る前に撃沈される。
しかし、ただで死にはしない。
少なくとも今の砲撃でフィールドは弱まったはずだ。
程度は分からないにしろ、確実に。
そこに至近から対艦ミサイルをぶち込む。
迎撃の暇さえ与えないほどの至近からだ!
戦闘能力を奪えれば空母は守られる。
そしてナデシコも。
こちらが全滅しても、それが勝利なのだ!
「面舵20度、機関全速! 壊れても構わんから、回せ!!」
やってやる!
人間を舐めるな蜥蜴ども!
○ ● ○ ● ○ ●
第32任務部隊旗艦
機動母艦<アコーリス>
タカマチ・シロウ少将は旗艦からその光景を見ていた。
傍らの参謀長も魅入られたように凝視している。
小山のような敵戦艦に駆逐戦隊が猛然と突撃をかけていた。
敵艦の砲撃で先頭の艦は文字通り爆沈した。
2番艦も高度を下げ、海に突っ込んだ。
しかし、残りの2隻は僚艦を失ってなおも突撃を止めようとはしない。
「もういい。 早く撃て……」
参謀長が呻くように漏らす。
しかし、撃たない。
シロウには駆逐艦の艦長の考えが読めた。
至近からの砲撃でフィールドを弱体化させたところに
対艦ミサイルを撃ち込むつもりだ。
駆逐艦は艦首に6門のミサイル管を備えている。
汎用のVLSと違い射角は制限されるが、より大型のミサイルを使える。
確かに今までの研究からDFが実体弾やミサイルに比較的弱いことはわかっている。
しかし、それはあくまで比較の話であって、戦艦クラスが全力で防御に回った場合、
14インチレールガンですら弾かれる可能性がある。
その鉄壁の防御にミサイルが効くとも思えない。
「……まさか、アレを使うのか」
第1機動艦隊は前身となった実験機動艦隊からの伝統で、
試験用の新装備を回されることも多い。
中には海戦フレームや有線式のエステ用狙撃銃など色物も多かったが、
今回のアレは違う。
射程が短いのと、誘導装置のスペースに別のものが入っているせいで
ほぼ直進しかしないと言う困ったものだが、画期的といえば画期的な代物。
AFM−001<クルセイダー>
正式名を対抗フィールド発生弾頭。
早い話がイーハ撤退戦の時に使ったDF中和装置<ロザリオ>を小型化して
ミサイルの弾頭に詰めただけだ。
それを2発ずつあの駆逐艦は装備しているはずだった。
○ ● ○ ● ○ ●
駆逐艦<薊>
実のところそれは秘密兵器と言うほどの物ではない。
直進しかしないので、ミサイルと言えるのかどうかも怪しい。
しかし、今はそれだけが頼りだった。
そういう意味では切り札かもしれない。
いささか消極的な切り札ではあるが。
「警戒線突破! いけます艦長!」
砲雷長が叫んだ。
つまり、敵戦艦の主砲射程の内側に入り込んだことを意味する。
距離1200。
ここまで接近されると、逆に戦艦はこちらを狙おうにも回頭が間に合わない。
「攻撃用意!」
ヤブキ少佐は思わずそう叫んでいた。
しかし、敵艦の副砲が吸い込まれるように後続の<棗>
に直撃した。
<棗>の14インチレールガンが砲塔から吹き飛ぶ。
「よーい! てぇ!」
その損害に構わず彼は攻撃命令を出した。
続けて<棗>も大型ミサイルを放つ。
「面舵一杯! ダウントリム60度!」
ミサイルを放つと、<薊>は即座に回避行動に入る。
……せめて1発でもあたってくれ!
その願いが通じたのか、<薊>と<棗>の放ったミサイルが1発ずつDFを突き破って命中する。
弾頭に込められた炸薬が化学エネルギーを開放し、超高熱と衝撃波が船体の脇腹を食い破った。
爆煙が立ち込め、巨大な船体を覆い隠す。
○ ● ○ ● ○ ●
<エステバリス> テンカワ機
……なかなかどうして、やるもんだ。
アキトは素直に感心していた。
彼の認識では『軍=邪魔者』のイメージしかなかったのだが、
少し認識を改めることにした。
「命中! 命中ですよ!」
「おおッ! ぶちかましたな!」
イツキとガイが歓声を上げる。
敵艦の巨大な船体がぐらりと揺らいだ。
明らかに今の攻撃はダメージを与えていた。
しかし ――
「いや、まだだ」
アキトはそう判断した。
そして爆煙が晴れる。
「げっ、しぶとい」
ロイが心底嫌そうに呟く。
台所で黒い昆虫を見かけた時のような反応だ。
敵艦は2発のミサイルを喰らいながらも健在だった。
1発は砲塔に命中して大破させていたが、もう1発は船体の中央部に命中していた。
一番装甲が分厚く、気密区画で細かく区切られているそこは大型ミサイルの直撃にも耐えた。
アキトたちは知らないことだが、<クルセイダー>は誘導が効かない他にもう1つ欠点がある。
フィールドを突破するのに中和装置だけでなく、運動エネルギーも用いていることだ。
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。
その為の速度を確保するために<クルセイダー>は推進剤を増やし、代わりに炸薬の量を減らしてある。
運動エネルギーはフィールド突破に使われるから、やはり威力は普通の対艦ミサイルが直撃した時よりも劣る。
もっとも、普通のミサイルではそもそもフィールドに阻まれてしまうのだが。
しかし、結果だけ言うなら、撃沈しそこなったことに違いはない。
主砲はもう1門生きている。
そして、その1門があれば無防備な空母を沈めて、
巨艦から見ればカトンボのような機動兵器を薙ぎ払える。
「あー、もしかしてピンチ風味ですか?」
実際は風味どころか濃縮したくらいのピンチだ。
駆逐戦隊も攻撃手段を使い果たし、空母は動けず、機動部隊も対艦装備はない。
ゆっくりと敵艦が回頭を終える。
舷側の破口から炎を吹き上げながらも、こちらを照準した。
「ふええ〜、いやですよ〜」
「アニー、うるさいから落ち着いて騒げ」
「……む、むずかしいです」
「いや、心配いらない。 俺たちの勝ちだ!」
アキトがそう言った瞬間。
漆黒の光が敵艦を飲み込んだ。
敵艦のそれを遥に上回る重力波の嵐。
コンマ数秒の内に空間ごと引き伸ばされ、押し潰され、ひっしゃげられて
原子レベルまで文字通り微塵に分解されていく。
そして爆発。
「すげえ……」
ガイのその言葉が全員の心境を代弁していた。
アキトたちが引きつけていた無人兵器群も、今の一撃で消滅している。
機動部隊との戦闘で消耗していたとは言え、100機以上のそれらが全てである。
≪お待たせ、アキト!≫
ナデシコが浮上していた。
彼の記憶と寸分違わぬその姿。
白亜の船体を濡らしながら海水が流れ落ちる。
「ああ、早かったなユリカ……」
≪あなたの為に急いできたの!≫
昔と同じ言葉。
絆を確かめ合うように言葉を紡ぐ。
≪……おかえり、アキト≫
「ああ、ただいま、ユリカ。 そして……ナデシコ」
○ ● ○ ● ○ ●
機動母艦<アコーリス>艦橋
誰もが無言だった。
艦橋はあたかも神殿のように静まり返っている。
そして見ていた。
たった今、彼らを救った戦場の女神。
夕日に映えるナデシコを……。
「……勝った」
誰かが漏らした。
「勝った。 勝ったぞ!」
それは一気に波及した。
艦橋から、船体を駆け巡り、格納庫まで突き抜ける。
歓声が湧き上がった。
中にはその言葉を聞くと、満足そうに微笑んでその生涯を閉じた兵も居た。
「……やってくれましたね」
「ああ」
タカマチ少将は静かに頷いた。
そして立ち上がる。
「通信士! ナデシコへ打電!」
「ヤー! 内容はどうします?」
こう言う時、ファルアス辺りなら気の効いた文でも思いつくんだろうな。
そんなことを考え、苦笑しながら伝える。
「『貴艦の活躍に深く感謝する』。 それと、『ありがとう』。
以上だ」
「イエッサー!」
先ほどの光景を思い出す。
あれは号砲だ。
地球側の反撃の烽火。
この時はそう思った。
しかし、タカマチ・シロウは後にこう思うようになる。
あれはナデシコの上げた産声だった。
苛烈な運命に立ち向かっていった美しき獣の上げた
初めての咆哮だったのかも知れない、と。
<続く>
あとがき:
…………あれ?
アキト活躍してないですね。
と言うか、意図的に活躍させてないだけですけど。
ようやっとナデシコ出港です!
ナデシコも大して活躍してないですけど。
次はTV版第2話相当のお話、かも(汗)
プロットが膨れ上がって、納め切れなかったらインターミッションを挿みます。
それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。
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