時ナデ・if
<逆行の艦隊>
第5話 『緑の地球』の大作戦!・その1
機動戦艦<ナデシコ>
格納庫
デッキに降りたアキトは熱烈な歓迎を受けていた。
「アキト〜! アキト、アキト!! アキトだよね!?」
「ユリカ、頼むから少し離れてくれ」
そう言いながらも思いっきり顔は緩んでいる。
それはもう、緩みきっている。
「アキトさん、よかった。 本当によかった」
「ルリちゃん……心配かけたね」
左手で抱きついてきたユリカの頭を撫で、
残った右手で、こちらもアキトの腰にしがみ付いているルリを撫でる。
ちなみに整備班からは羨望を通り越して殺気すら含まれる視線を浴びているが、
(主に女性関係で)くぐった修羅場の数は伊達ではない。
そんな程度でこの再会の歓喜は揺るぎもしなかった。
「うう〜、いい話です。 艦のピンチに颯爽と現れるヒーロー。
その正体は艦長の幼馴染! 信じ続けていた王子様!?
感動の再会に2人の気持ちもますますヒート!
どんな困難も2人の絆を断つことはできないのです。
うーん、ファンタスティック!
しか〜し! そこに彼を慕う少女が現れて!
『2人の恋はどうなる!』ってところで次回をお楽しみに!」
「……君、だれ?」
昔ながらの手帳に何かを書き込みながら少女がまくし立てる。
アキトはその時になってようやくここが格納庫だということ、
つまり人目がかなりあることに気付く。
「ああ、私のことは気にしないでオッケー。
ノープロブレム! シナリオは勝手に創りますから」
『作る』ではなく、『創る』のがポイントだ。
専門用語で『捏造』とも言う。
「ちなみに、こういう者です」
名刺を渡される。
ジャーナリスト補佐見習い
カタオカ・チサト
記憶にない名前だ。
いや、ただ単に知らないか、覚えていないだけかもしれないが。
何しろナデシコの定員は214名。
従来型の戦艦に比べると、半分程度まで省力化されているとは言え、
主にパイロットとコックをやっていたアキトが全員の顔と名前を覚えているはずもない。
「……ユリカ?」
艦長のユリカなら何か知っているかと思って問いかけてみるが、首を傾げられた。
ルリにも視線で問いかけるが、こちらも首を振るだけだ。
ユリカは、普段はお気楽艦長でも連合の士官学校を首席で卒業した秀才であり、
艦の搭乗員名簿くらいは頭に入っている。
また、ルリも英才教育と天賦の才がそれを可能にしていた。
この2人が知らないとなると、1回目にはナデシコに乗っていなかった可能性がある。
先ほどのパイロットの件もあるし、イレギュラーなのかもしれない。
「では、さっそくヒーローインタビューを……」
「ちょっと待った!」
彼女がレコーダーを取り出し、インタビューを始めようとしたその時、
後ろのエステから声が響く。
「……ガイ?」
空け放たれたコクピットからガイ、ことヤマダジロウが身を乗り出している。
「ふっふっふ、俺たちのことを忘れてもらっちゃ困るぜ……とうッ!」
そう言って颯爽とエステのコクピットから飛び降り
――― グキッ
「あ、足が……痛かったりするんだなこれが」
「ヤ、ヤマダさん、折れてますよこれ!?」
案の定と言うか、しっかり足を折っていた。
エステの頭頂高は6m。
コクピットは胴体についているから少し低いとは言え、4m程度。
そこから恰好つけて飛び降りれば当然の結果だろう。
「…………バカ」
イツキに付き添われて医務室へ送られていくガイに無情に告げるルリ。
しかし、今回ばかりはアキトもユリカも同感だった。
「ん〜、何だったんでしょうね?」
チサトの疑問に答えられる人間は居なかった。
「……チサト! こんな所に居たの?」
しばし、呆然としていると、誰かが声をかけてきた。
「―― ラ、ライッ!?」
思わずその名前を口にしかけて、慌てて抑える。
「ライザさん。 チハヤは?」
更に出てきたその名前にアキトに緊張が走る。
チハヤ……かつて実の兄に復讐を誓った少女。
そしてアキトが彼女の兄であるテツヤを殺した後はアキトを狙っていた少女。
「あいつが連れてくるわよ。 迷ってたみたいだし」
「戦艦の中って入り組んでますからね〜」
そんなアキトの内心を知ってか知らずか、
早々にユリカは話しかけている。
「ええ、案内があっても辛い所ね」
「分かります。 私も艦長なのに迷っちゃったりしたんですよ」
既に雑談モードである。
「ルリちゃん、あの人は?」
「はい、何でも宣伝班のチーフだそうです」
「宣伝班?」
「プロスさんがスカウトしてきたらしいですよ」
プロスさん、あんたなんて人をスカウトしてるんですか。
そう叫びたくなる衝動を必死に抑える。
もし、前回と同じなら、彼女はクリムゾンのスパイと言うことになる。
ナデシコ内にそんな人物を置いておくのは危険すぎだ。
しかし、アキトにとってはまだそんなものは序の口だった。
「あっ、来た来た。 お兄ちゃ〜ん!」
チサトがブンブンと手を振るその先。
格納庫の入り口で軽く手を振り返している男。
「――― テツヤ!」
今度は抑えられなかった。
忘れもしない。
西欧で辛苦を舐めさせた男。
メティス・テアを殺した男。
北辰やヤマサキ以来、心底憎んだその男。
忘れていたどす黒い感情が湧き上がって来る。
視界が真っ赤に染まる。
拳が震える。
衝動が、駆り立てる。
――― この男を、殺したいと。
「ダメ! アキト!」
ユリカの声で冷静に戻る。
「はぁはぁ……すまん」
気がつくとアキトはテツヤの胸倉を掴んで壁に押し付けていた。
ユリカの制止がなければ拳を打ち込んでいただろう。
「いや、いいさ。 お互い様だろう……テンカワ・アキト?」
「――― ッ!?」
動きが止まった一瞬、テツヤの膝が鳩尾をえぐる。
しかし、それでも咄嗟に後ろに飛び、更に腹筋でダメージを軽減した。
「話すなら、場所を変えるか」
テツヤの言葉に無言で頷く。
口を開けば罵倒しか出てこない気がした。
そんなアキトを見て、テツヤは笑った。
何に対するものか、誰に対するものなのかも分からないが、
ただ、静かに笑みを浮かべた。
○ ● ○ ● ○ ●
機動戦艦<ナデシコ>
食堂
―― 視線。
『目は口ほどにものを言う』という言葉がある。
確かにそうなのだろう。
アキトに向けられた様々な視線。
好奇、不安、心配……そして、敵意。
好奇の視線はもちろん食堂に居る大半の乗員のものだ。
一見すれば修羅場に見えなくもない。
不安、これはライザとチサトのものだ。
テツヤから席を外してくれと言われた2人は
渋々ながら少し離れたところに座っている。
最後の敵意だが、これは明確だった。
1度ならず浴びたことがある。
しかも同一人物から。
その視線の主はチハヤだ。
アキトと向かい合って座ったテツヤの左腕にしがみ付いて、
こちらを睨みつけている。
「……チハヤ、話しづらいから席を外してくれ」
「でも、兄さん……」
「大丈夫だ。 別に今から決闘始めようってわけじゃない」
「それでも、心配です」
そう言って、ますますしっかりとテツヤの左腕を抱える。
もし、アキトにその気があった場合、左腕が使えないだけではなく、
咄嗟に動けないので、かなり不利ではある。
ただ、万全であっても正面切っての戦闘でアキトに勝てる可能性など皆無に等しいのだが。
「チハヤ、俺はお前を愛してるし、大切な家族だと思っている。
でもな、お前にも言えないことや話したくないことだってあるんだ。
それをわかってくれ」
「………はい」
それでも、不安げに兄を見上げ、
最後にアキトを一睨みして席を立つ。
「……嫌われたかな」
何とも言えない苦笑を浮かべる。
2度目でもテツヤを殺したことで恨まれ、3度目でも殺そうとして恨まれた。
ただ、理由は天地ほどの格差があったが、奇妙な感覚だ。
「俺を殺した……もとい、殺そうとしたからな」
肩をすくめながらテツヤが言う。
「……変わったな。 嫌な笑みがなくなった」
「苦労したからな。
それに、変わったというならお前もだな、テンカワ・アキト」
「苦労したからな」
「少なくとも、2回目の人生か?」
「なぜそう思うんだ?」
実際は3度目なのだが、わざわざ教えるような事はしない。
2回目を遠まわしに肯定しておく。
さすがに艦長とオペレーターがいつまでもブリッジを外しているわけにもいかないので、
ユリカとルリは仕事に戻ったが、オモイカネによってこの会話は聞かれているはずだ。
迂闊なことは言えない。
「……まあ、いい。 俺から言っておく事はそう多くない。
まず、俺はお前を敵に回すつもりはない」
「それを信じろと?」
「調べればいい。 あの時、ハッキングを仕掛けてきた奴に頼んでな」
もちろん言われるまでもなく、ルリかラピスに頼んで経歴は調べてもらう。
ただ、逆行者にはそれだけでは不十分だということも自分の事で分かっている。
それを見越したようにテツヤが一枚のディスクを取り出す。
「“昔”のつてで俺が調べたクリムゾンの資料だ。
ここは1つ、休戦といこうじゃないか?」
「それを条件にか?」
「何も手を取り合って仲良くやろうなんて言っているわけじゃない。
お前は俺を利用し、俺はお前を利用させてもらう。
企業間の提携と同じことだ」
「……利用か、嫌な言葉だ」
「だが有益なはずだ。
クリムゾンは少なくともお前の味方となりえないんだからな」
「そちらの条件は?」
「簡単だ。 この艦を沈めて欲しくはない。 俺も死ぬからな。
それと、俺に対する積極的な敵対行動は止めてもらう」
「その条件が俺の利益と対立した場合は?」
「その時は、契約解消だ。
お前はお前の、俺は俺の信じた道を行く」
正直、あまり気乗りしない。
ある意味、この男は北辰よりも強敵かもしれない。
しかし、それだけに敵に回る可能性は少しでも排除しておきたい。
「わかった。 その話、受けよう」
「交渉成立だな」
そう言ってディスクをアキトの方に渡す。
「ああ、だが……もし、メティちゃんの時のような真似をしてみろ。
今度こそ ―― 俺自身の手で殺すぞ」
「肝に銘じておこう」
アキトの殺気を平然と受け流す。
こうして奇妙な協力関係が成立した。
信頼でもなく、友情でもない奇妙な“縁”で結ばれた関係が。
○ ● ○ ● ○ ●
アキトはルリの部屋を訪れていた。
もちろん、先ほどのディスクの中身を確かめるためだ。
「……これは、本物だたと思います」
ウイルスチェックや諸々を済ませてからルリは断言した。
テツヤの言葉通り、その中身はクリムゾンの機密情報だった。
「私やラピスがハッキングを仕掛けたならともかく、
普通の人がここまで集めるなんて大したものですね」
「……そうか。 それじゃあ、これで計画が楽になるかな?」
「そうですね。 クリムゾンへの工作にも使えますし、
他の企業との取引材料にもなります」
テツヤの事は『前回ちょっと色々あったんだ』と言って誤魔化しておいた。
アキトにとって前回は2度目だが、2人は黒の王子様の時のことだと思ったのだろう。
それ以上は聞いてこなかった。
そしてアキトもあの事は話すつもりはない。
データを確認すると、前回の反省も踏まえた上で修正を施した計画、
それをルリとユリカに打ち明けた。
更にユリカから若干の修正を受け、今はその工作について話しているところだ。
「それで、ラピスにサポートを付けて欲しいんだ」
「分かりました。 ハーリー君に連絡しておきます」
この展開は前回と同じだ。
ただ、決定的に違うのは、ユリカが居ることだろう。
「アキト、明日香インダストリーやAGIはどうするの?」
「ああ、できれば買収しておきたいけど……
そっちまではさすがに無理だろう?」
「そうですね。 ラピスへの負担が大きすぎます」
「そっか、優先順位を考えると仕方ないね」
ブラックサレナやブローディアを含めた機動兵器の基礎研究。
軍や企業への和平に向けた工作。
やるべきことは無数にあった。
とてもラピスとハーリーの2人に任せ切れるものではない。
「でも、アキトさん。 この計画を進めるとしたら、
大幅に歴史を変えることになりますよ?」
「ああ、承知の上さ。 もう、誰も失いたくないし、傷つけたくない。
ガイ、白鳥九十九、サツキミドリの人達、火星の生き残りの人達……」
そして、西欧で会った仲間たち、これから会う人々も。
皆を救うことなんてできないかもしれないけど、だからと言って諦めたくはない。
「うん! やっぱりアキトは私の王子様!」
「アキトさん、私も協力しますよ」
「ありがとう、ユリカ、ルリちゃん」
アキトは笑みを浮かべた。
久しぶりに感じる、穏やかな家族の情だった。
<続く>
あとがき:
……と言うわけで、アキトとテツヤのお話でした。
長くなっちゃったので分割です。
代理人様に言われて慌てて書いたとかじゃありませんよ〜。
「実は忘れてた〜」とか、そんなことはないですよ〜。
ええ、決して(説得力皆無)
しかし、テツヤは外道野郎Aチームなのにあんまり外道じゃないですね。
よし、もっとシスコンにして別の意味で道を外し……げふんげふん。
それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。
圧縮教授のSS的愛情
・・・おほん。
ようこそ我が研究室へ。
今回も、活きのいいアヴァランチクレイモアSSが入っての、今検分しておるところじゃ。
・・・・・・ふむ。「逆行者小集合」と言ったところかの?
しかしアキト達元々のナデクルーはまあいいとしても、テツヤ組まで丸ごと乗ってくるとは思わなんだ。何か思うところがあるのかのう?
・・・そういえば、テツヤと妹連中はいつの間に合流したのかの? 確かテツヤ以外は空母<アコーリス>に避難しとったハズじゃが。
もしかしたらその辺の件は次回以降で明らかになるやも知れぬが、今回ちと話の流れ切り替えが唐突じゃったからの。些細な齟齬が目立っておる。
で、今回何故唐突に感じるかと言うとじゃな、事後処理が無いんじゃよ。
あれだけ頑張った第32任務部隊のその後に全く触れないで、今回脇役っぽかったアキト達だけの話をされると、まるで別世界の話に見えるんじゃな。
これでもっと時間軸が離れておれば、それはそれで明確に区切りも付こうが・・・・・・ほぼ戦闘直後じゃからのう。
今回の話には1回場面転換(食堂)があるのじゃから、その間に少しだけでも触れて置くべきじゃったと思うぞ。
ちなみにこれは、連載途中特有の問題での。例えばの話、今言った事柄が次の話で為される予定だったとしても、現時点では作者以外誰も分からないんじゃよ。
連載とは確かに、複数の話で物語を創って行くものではあるが、同時に1話ごとの面白さが常に問われるものでもある。
その辺を踏まえて、『どこまでを1回分にするか』を良く吟味しておくれ。
さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。
儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。
それじゃあ、ごきげんよう。
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