時ナデ・if <逆行の艦隊> 第6話 『さよなら』の意味を・その3 機動戦艦<ナデシコ> ブリッジ それを真っ先に発見したのはナデシコの長距離レーダーだった。 地上からのミサイル攻撃が止んでから5分と経っていない。 「敵影9機確認。 これは ――」 ナデシコのスーパーコンピュータ<オモイカネ>は レーダーの反射やセンサーの反応、果てはIFF応答まで 分析に使ってその回答を導き出す。 「……TM−14B」 「ほえ? ルリちゃん、もう少し分かりやすく言うと?」 「あっ、すいません。 通称は<サマースノー>です」 ルリのその言葉と同時にユリカの目の前にもその詳しいスペックを 表示したウインドウが開かれる。 TM−14B<サマースノー・ブースター改> AGI製機動兵器、TM−14<サマースノー>の局地戦バリエーション。 基地や母艦から離れての高高度戦闘に特化。 重力波スラスターを廃止し、大型の燃料式スラスターを背中と脚部に装備。 主兵装は30ミリマシンキャノン、12.7ミリ電磁レールガン。 オプションで対艦ミサイル2発を装備可能。 エステバリスと同じくDFを標準装備。 「デルフィニュウムとは違う、最新鋭機です」 ルリの声は淡々としていたが、付き合いの長いユリカにはその中に 微かな不安を感じ取った。 「大丈夫! ユリカの王子様、アキトがいるもの!」 だから自分は勤めて明るく振舞う。 それに信じているのは嘘ではない。 「はい。 私もアキトさんのこと、信じてますから」 「あれ、ルリちゃん、笑った?」 「気のせいですよ、メグミさん」 「アキトくん、モテモテね」 「はい! ユリカの王子様ですから!」 ブリッジの雰囲気が少し和む。 戦闘中であっても明るさを失わない。 それがナデシコの一つの魅力でもある。 だから、ナデシコを守りたい。 この大切な場所を、大切な人たちを。 「エステバリス隊、発進準備お願いします」 ≪了解。 それにしても、2対9ですか≫ ≪だーかーら! 俺の活躍を……≫ 「ヤマダさん、艦長命令です。 怪我人は大人しくしてなさーい!」 ≪だー! 俺は! ダイゴウジッ! ガイッ!≫ 「どっちでも同じです!」 ≪それは違うぞ艦長! ダイゴウジ・ガイは魂の名前! すなわち、熱く滾る血潮の迸り!≫ 「……バカばっか」 ≪あっ! まだ話は――≫ オペレータ権限による回線強制切断。 ルリはヤマダからの通信をカット、 さらに医務室のドアを戦闘終了までロックするようにオモイカネに指示すると、 続けて格納庫のアキトに通信を接続する。 「……と、言うわけですから。 気をつけていってきて下さい、アキトさん」 ≪ああ。 ありがとう、ルリちゃん≫ この突破戦でアキトが一番懸念していた事が、 親友のガイ……こと、本名ヤマダ・ジロウのことだった。 前回も、前々回も無茶な出撃をして悩ませてくれただけに、 今回は念には念を入れて、と言うわけだ。 しかし、アキトは忘れていた。 問題はそれだけではない。 攻撃隊を率いているのはジュンだということを。 ○ ● ○ ● ○ ● <サマースノー> アオイ機 目標を目視で確認。 火器管制の最終安全装置を解除。 AFB−002 レディ ウインドウに表示されたそれを確認すると、 思いを断ち切るかのように、言葉を叩きつける。 「アターック!」 肩に増設されたミサイルポッドが開き、 片方3発ずつ、計6発のマイクロミサイルが放たれる。 この距離なら外しようがない。 ミサイルに比べてそれほど目標は巨大だった。 これはナデシコを撃沈するためのものではない。 奇妙な形状だが、力強さと優美さを備えた白き戦艦。 まずはその強固な鎧を剥がすためのものだ。 ミサイルは3方向から覆い被さるような軌道をとりつつ接近。 それはDFに接触する寸前で唐突に爆ぜた。 ○ ● ○ ● ○ ● 機動戦艦<ナデシコ> ブリッジ 「フィールド中和装置!?」 完全な誤算だった。 いや、認識が甘かった。 前回と展開が似ているからといって、同じ展開と言うわけではない。 状況が変わればおのずと採る戦術も変わるのは当たり前だ。 先行する4機のサマースノーが放ったマイクロミサイルの正体は イーハ撤退戦で第1機動艦隊も使用したDF中和装置<ロザリオ>だった。 しかも、当時は大型ミサイルの弾頭に込めていたものを、 マイクロミサイルサイズにまで小型化してある。 フィールドに接触する寸前で3基に分離し、フィールドに張り付いてそれを中和、 ナデシコの防御に致命的な穴を開けた。 「エステバリスで排除できますか?」 ≪可能です。 あちらが黙って見ていてくれればですけど≫ イツキからの返答に一瞬だけ沈黙し、 即座に指示を出す。 「アキトは敵部隊をひきつけて。 その間にイツキさんは中和装置を排除」 ≪そんな! 1対9になりますよ≫ ≪無茶は承知の上だよ。 テンカワ、了解した≫ 「お願い、アキト」 DFがなければナデシコの近接防御は実質的に機動兵器しかない。 VLSに対空ミサイルはあるが、気休めだ。 「ルリちゃん、フィールドは?」 「現在、出力40%まで低下。 依然降下中です」 これでは<サマースノー>の攻撃すら防げないかもしれない。 DFと言う強固な鎧をはがされれば、 あとは大した防御手段を持たないナデシコの脆さが露呈した形だ。 「ユリカさん、通信です」 「ジュン君から?」 「はい」 無言でユリカは頷いた。 ○ ● ○ ● ○ ● <エステバリス> テンカワ機 とっさに捻った機体の脇をレールガンの超音速の弾丸が掠めていった。 さすは最新鋭機、ろくに機動戦闘が出来なかったデルフィニュウムとは違う。 さらに加速をかけようとしたアキトを遮るように2機のサマースノーが マシンキャノンで弾幕を張りつつ突っ込んでくる。 「くそっ! ノーマルエステじゃきついな!!」 旋回性能では空戦エステに分があるようだが、 4基の大型燃料式スラスターを装備するB型(ブースター改)の加速性能は 明らかにエステの上をいっている。 しかも、近・中距離ではマシンキャノンによる弾幕、 遠距離ではレールガンによる一撃必殺の狙撃と、付け入る隙がない。 こちらのラピッドライフルで相手のフィールドを撃ち抜くには かなり接近しなければならないが、1対9ではその隙もなかなかない。 並のパイロットなら、もう何回も撃墜されていてもおかしくはないほどの 猛攻を辛うじてアキトは凌いでいた。 「こっちが反撃できないと思って、好き勝手に撃ってくれるな!」 アキトが苦戦する理由は、中和装置を排除しているイツキの方に 敵機を向かわせないための阻止攻撃に終始している事。 それに、どの機にジュンが乗っているか分からないので、下手に撃墜できないのと その2つの理由がある。 「いい加減に……ッ!」 しかし、それも限界だった。 エステの腰から予備マガジンを取り出すと、 それを力一杯、編隊の中に放り投げる。 「しろッ!」 放物線を描くそれに向かって三点射。 2発目が見事にマガジンを撃ち抜き、中の弾薬を誘爆させる。 その閃光に一瞬、サマースノーのセンサーが麻痺する。 それはすぐに光学修正が掛けられるが、アキトにはその一瞬で事足りた。 スラスターを最大出力。 爆発的な加速で接近。 閃光の影響でとっさに反応できない1機の顔面を DFを収束させた拳で思い切りぶん殴った。 それは技も何もあったものではない一撃だったが、 破壊力と言う点では申し分ないものだった。 センサーを破壊し、フレームを歪め、回路を切断して頭部を吹き飛ばす。 「まず1機!」 続けて、レールガンを構えた機体にぶつかるくらいまで接近。 パイロットの間では『物干し竿』と呼ばれるレールガンは その長砲身があだとなってアキトを捕捉出来ない。 右腕に固定されているマシンキャノンなら十分に使用可能だったが、 それにパイロットが気付く余裕はなかった。 サマースノーの腰にある動力ケーブルをイミディエットナイフが切断する。 「これで2機!」 ぐったりと力を失ったサマースノーを更に少し離れていた敵機に放り投げる。 パイロットは予想外の行動にとっさにそれを受け止めるのが精一杯だった。 その隙を逃さず、ラピッドライフルをフルオート連射。 脚部のスラスター2基をズタボロにした。 「3機!」 推力を維持できなくなった2機のサマースノーは重力に引かれて墜落。 その途中でアサルトピットが射出され、パラシュートの白い花が開いた。 アキトは微かな安堵と共にそれを見送る。 と、即座に機体を背面にいれて緊急回避。 僚機を撃墜され、復仇に燃える2機が突っ込んでくる。 「4,5!」 すれ違いざまの一閃。 レールガンのケーブルを断ち切り、返す刃を顔面に突き立てる。 残った1機にも裏拳を叩き込んだ。 カメラを潰されては戦闘は不可能だ。 パイロットは迷うことなく脱出を選択した。 「残りは!?」 素早くレーダーを確認。 そして動きが止まる。 ○ ● ○ ● ○ ● 機動戦艦<ナデシコ> ブリッジ ≪ユリカ!! 今ならまだ間に合う!! ナデシコを地球に戻すんだ!!≫ 「……駄目なのジュン君。 ここが、ナデシコが私の居場所なの。 ミスマル家の長女でもなく、お父様の娘でもない…… 私が、私らしくいられる場所はこのナデシコにしか無いの」 ミスマル中将の娘。 名門ミスマル家の娘。 今までユリカに近付いてきた人間の大半はそれしか見ていなかった。 確かにそれも彼女の一部ではある。 しかし、全てではない。 そして、ここはそんなユリカが手に入れたかけがえのない場所。 『私らしく』を貫ける場所。 そして……大切な人のいる場所。 ≪……そんなに。 解った、ユリカの決心が変わらないのなら≫ 「解ってくれたの、ジュン君!!」 ≪あの機体をまず破壊する!!≫ その銃口の先にはイツキのエステが捕らえられていた。 ○ ● ○ ● ○ ● <エステバリス> イツキ機 アクチュエーターが悲鳴を上げる。 機体が振動する。 それでも2機のサマースノーにホールドされた機体は 自由を失ったままだった。 「くっ、動いて!」 辛うじて自由になる足をばたつかせて抵抗を試みるが、 まったくびくともしない。 空戦フレームは、その特性ゆえに純粋なパワーは大きくない。 それを2機がかりで取り押さえられては動きようもなかった。 ≪あの機体をまず破壊する!!≫ その言葉と共にレールガンが向けられる。 12.7ミリの小口径弾を使用するとは言え、 その初速は実に音速の10倍、秒速3400m。 エステのDFや装甲など文字通り紙のように撃ち抜ける。 「い…や……」 テストパイロットとして機体を熟知しているだけに イツキにはその恐怖が分かった。 ≪くそっ! 遠い!!≫ アキトの苛立った声も、 ≪イツキさん、脱出してください!≫ ルリの珍しく焦った声も、 ≪ダメ! ジュン君!!≫ ユリカの悲しみに満ちた叫びも、 全てが遠く感じられ、麻痺したように体は動かない。 そして ―― 閃光がはじけた。 ○ ● ○ ● ○ ● <サマースノー> アオイ機 状況を理解するのに数秒かかった。 それほどそれは唐突だったからだ。 ジュンのサマースノーの右腕は肘の辺りから ごっそりと消失していた。 「どこから ――」 それを言い終えるよりも早く第二弾が着弾。 イツキを押さえていた機体の腕が肩口から根こそぎ吹き飛んだ。 「砲撃は……ナデシコからか!」 再び閃光が走る。 ○ ● ○ ● ○ ● <エステバリス> カタオカ機 ブリッジの会話は聞こえていた。 双方向通信をオープン回線で意図的に流しているのだろう。 「準備はしておいて正解だったな」 テツヤは鈍重な機体を苦労して操る。 ワイヤーとアンカーで機体を固定。 長砲身砲を振りかざした砲戦エステが カタパルトの入り口に鎮座していた。 ジュンのサマースノーを狙撃したのも彼だ。 使用したのは通常の120ミリキャノンではなく、 試作型60口径105ミリ対機甲ライフル。 地球で最後の洋上補給を受けた時にアキコが積み込んでいた、 いわば置土産だった。 エステの全高程もある6mの長砲身。 それ故に安定性のある砲戦でしか使用できない。 しかし、その威力は折り紙つき。 炸薬でも、電磁誘導でもなく、DFの斥力場によって砲弾を加速させるという まったく新しい方式を採用して105ミリ徹甲榴弾をマッハ5で撃ち出すことのできる怪物。 運動エネルギーもさることながら、砲弾自身の炸薬と纏ったDFが驚異的な破壊力を生み出す。 「完璧な仕事だな、ウリバタケ」 ≪当たり前だ! 外すんじゃねえぞ!!≫ 遠距離狙撃はわずかな角度のズレでも着弾点は大きくずれる。 試作品をここまでの精度で仕上げるとは、大したものだった。 「その前に、あのバカどもを説得しろと伝えろ」 そう言いながら手動でボルトを引き、カートリッジを排出。 同時に次弾とカートリッジ式のDF発生装置も装填。 照準を修正し、再度発砲。 斥力場が砲弾を弾き飛ばし、超音速の領域まで加速。 イツキを押さえていた2機のうちの1機が 高初速徹甲榴弾の洗礼を受けて弾き飛ばされる。 腕を狙ったためにパイロットは無事だろう。 衝撃で脳震盪くらいは起こしたかもしれないが、 そこまでは知ったことではない。 蜥蜴のミサイル攻撃にも耐えるサマースノーのDFが この砲撃の前には何の役にも立っていなかった。 しかし、この試作ライフルは威力はすさまじいが、 その分反動も大きく、DF発生装置は完全に使い捨て。 加えて機構を簡略化しないと故障率が高くなるため、 1発撃つ度に手動装填を必要とするボルトアクション式。 はっきり言って狙撃以外に使い道がない。 砲戦では素早く動けないし、一度射撃姿勢をとると、とっさの対応が難しい。 やはり試作品の域は出ないが、状況が状況だけに役立った。 「……これまでだな」 射撃姿勢を維持したまま呟く。 敵はこちらに気付いたらしい。 射線上に入らないようにイツキの機体を盾にしている。 「判断は悪くない。 が、いささか手遅れだ」 ○ ● ○ ● ○ ● <エステバリス> テンカワ機 それもまた唐突だった。 ナデシコからの狙撃に気を取られていた1機に 空戦エステが襲い掛かる。 DFを収束させた拳の一撃。 更に上空から重力の加速を利用して速度を増している。 この一撃にたまらず残っていた1機も吹き飛ばされる。 ≪太陽を背にしていたのか!?≫ ジュンが驚きの声を上げる。 レーダーは誤魔化せないが、 パイロットの視覚と赤外線センサはこれで使えなくなる。 空戦の技術としては未だに有効なものの1つだ。 「テンカワ・アキト、用が済んだら早くそいつを戻らせろ」 「テツヤ!? 何でお前が……」 「言ったろう。 ナデシコを沈められれば俺も困る」 ≪アキト、カタオカさんも、詳しい話は後です。 イツキちゃんはそのまま帰還してください≫ 「でも、まだ敵は2機残って――」 「こちらは大丈夫。 ナデシコを頼む」 「了解。 ナデシコの護衛に徹します」 イツキの機体に目立った損傷はない。 ただ、火器を失っているため、それを補充しに戻らなくてはならない。 「さて。 ジュン、ナデシコに戻る気はないか?」 ≪僕は……君が憎い! ユリカといっしょにいた時間は僕のほうが長いのにっ、 何故、お前だけがユリカの視線を独占できるんだ!≫ 「それじゃあ、どんな男ならユリカにふさわしいと思うんだ?」 ≪そんなこと……僕が聞きたいくらいだ!!≫ その会話を聞きながらテツヤは溜息を漏らす。 吐き気がするほど甘い理屈だ。 戦争どころか、女の扱いも知らない坊ちゃんの 我侭と癇癪と言うわけだ。 「副長、1つ質問だ。 お前はあの艦長の為だけに、ここまで来たのか?」 ≪違う!! それも理由の一つだが…… 僕は正義の味方になりたかった!! だけどその正義の象徴だと思っていた連合宇宙軍も、決して正義だけの存在じゃなかった!! そして、ここでナデシコを見逃せば、ユリカとナデシコには帰る場所が無くなるんだ!!≫ なるほど、ナデシコを反乱軍に……もっと言うなら惚れた女を反逆者したくないというわけだ。 「……バカか貴様は」 だから思ったままを言ってやった。 ≪なっ!? どういう意味だ!!≫ 「こう言う意味だ」 分かりやすく行動で示してやる。 ライフルを構え、照準。 FCSが最適角を割り出し……発砲。 アキトの背後を取ろうとしたサマースノーの 脚部を撃ち抜いた。 スラスターの1基を失い、バランスを崩して墜落していく。 「そんな甘い事を言ってるうちに喉笛にナイフを突き立てられるぞ。 奪われたら奪い返せ。 護る事は奇麗事じゃない」 流れるような動作で排莢、装弾、照準を済ませる。 引き金を引くことに躊躇はない。 4度目の砲撃はジュンの機体の残る左腕を吹き飛ばした。 サマースノーはこれで攻撃力を喪失したことになる。 ≪な、何を!?≫ 構わずに発砲。 右腕を肩口から食いちぎり、 頭部を完全に粉砕する。 「貴様の理由など知った事か。 武器を持って立ち塞がればそれは敵だ。 テンカワ・アキトは知らんが、俺は敵を撃つことに躊躇はない」 武器を構えながら何の御託を述べる必要がある? 必要なら躊躇わずに殺すべきだ。 それが武器を持つ事だ。 さらに右足、左足を立て続けに撃ち抜く。 「反逆者にしたくないだと? 笑わせるな! それが嫌なら他の連中を皆殺しにしてでも取り返して見せろ! 甘いことをぬかすな! 反逆者と決め付ける連中をこそぶち殺してやればいい!」 弾が尽きる。 最後のカートリッジが排出されて、床を転がった。 「奪われないためには、自分が鬼にでもなって護り抜いてみせろ。 護るとはそういうことだ、副長」 「……僕に、ユリカのサポートをしろと言うのか」 声の震えは隠せなくても、 言い返して来れたのは大したものだ。 「それとも、ここで死ぬか?」 「……僕は……」 ≪ジュンくん。 戻ってきてくれると、ユリカ嬉しいな!≫ 「ユ、ユリカ〜」 勝敗は決したらしい。 「まさか、お前がジュンの説得をするなんてな」 アキトからの通信に軽く笑って答える。 「説得? あれは脅迫だ。 どちらにしろ、あの坊ちゃんが役に立つとは思えないがな」 それに本気でコクピットを撃ち抜こうかとおもった事も確かだ。 それをやらなかったのはただ単にアキトを敵に回したくなかっただけの話だ。 ≪アキトさん、そろそろ第二防衛ラインからのミサイルが来ます!≫ 「くっ、フィールドは?」 ≪さっきの攻撃のダメージが回復しきっていないので、 このままじゃ、持ちません≫ <ロザリオ>はDFを中和するだけのものだが、 それだけに弱ったフィールドはなかなか回復できない。 「……分かった。 俺がミサイルを撃ち落す。 テツヤ、ジュンを回収してくれ」 そう言うとアキトはボロボロになったサマースノーを ナデシコに向かって蹴り飛ばした。 「死ぬつもりか、というのは愚問だな」 言われたとおりジュンの機体を受け取ると格納庫に戻る。 振り返る必要もない。 あの男は、生き残る。 そんな確信があった。 ○ ● ○ ● ○ ● 電子作戦艦<アルビナ> 観測用に上げていたブイに反応があった。 強烈な電磁波を観測。 恐らくは電離層の外側で核爆発が起こった事による電磁波の嵐だ。 原因は―― 「ナデシコは無事に脱出したようですな」 マデューカスが天気の事でも話すかのような口調で告げた。 それは連合軍の阻止作戦が失敗した事を意味する。 恐らくはビックバリアが過負荷によって爆発したのだろう。 ……そう、前回と同じように。 「メインタンクブロー、浮上します」 「アイ・マム! タンクブロー!」 アルビナは大量の海水を吐き出し、 その巨体を海中から空へと躍らせる。 浮上と同時にアルビナは電子作戦艦としての能力を全開まで発揮。 すべてはこの時を狙ってのことだった。 核爆発の影響によって地球上で起こる大規模なブラックアウト。 吹き荒れる電磁波の嵐によって電子機器が使用不可になり、回路は焼き切られる。 しかし、地上の施設はともかく、海中深くに潜行し、 膨大な量の海水であらゆる電磁波から遮断されていたアルビナは違う。 システムがバックアップに切り替えられて再起動するその瞬間。 プログラムの防御に綻びが生じる。 それは普通の人間には知覚できないほどわずかなもの。 しかし、そこにマシンチャイルドである彼女はつけ込む。 「<ブリガンティア>、状況を開始」 ≪アイ・マム≫ 世界中に張り巡らされたネットワークを駆け抜け、 目的のデータを一瞬で探し出し、システムごと掌握。 硬く閉ざされた門を開く鍵。 それがこの作戦名の由来。 「……見つけた」 それはクリムゾンの研究所の1つ。 監視カメラに残されたわずかな痕跡。 「進路変更! 目標はニュージーランド」 「イエス・マム」 アルビナの全速を持ってすれば約4時間で着く。 同じく太平洋に展開しているはずの僚艦に通信を送る事も忘れない。 「クリムゾンでの秘匿名称はエリア11−A。 そこに彼女が居ます」 全身にナノマシンの輝きを浮かび上がらせ、 膨大な情報を同時処理しながら必要な指示を出す。 「作戦<鍵>は第二段階へ。 戦略情報軍からも偵察機を出してもらってください。 無事な機体を保管してあるはずです」 「艦長、司令部より通信。 各艦は所定の作戦通りに活動を開始。 こちらには空母<エリヌス><コロラータ>、 強襲揚陸艦も<ワスプV>と<ホーネット>が参加します」 人工衛星が使えない分、電子作戦艦を何隻か配備してそれを中継する事で 独自のネットワークを構築する。 既存のものに比べれば小規模で稚拙だが、仕方ない。 そのぶん、軍の通信回線を使うだけに秘匿性は高い。 「……今度こそ、見捨てないから」 彼女は待っていたのだ。 この時を、5年前から。 いや、それ以上に前から。 ウインドウに映る桃色の髪の女の子。 試験管のような水槽に浮いて目を閉じている。 テッサはそっとそれに語りかけた。 <続く>
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代理人の感想
「しかし、アキトは忘れていた」って・・・・忘れてたのか、オイ。
ガイのそれに比べて余りに印象が薄かったと言うことなのかな〜。
哀れジュン(笑)。
しかし、テツヤが存在感をアピールしてくれるのはちょいと嬉しいですね。
どうしてだ、と言われると困りますが。(笑)
ナデシコでこう言う「大人の男」というキャラは皆無なので(ゴートやプロスもそれっぽさはない)
やっぱりオリキャラでもそう言う人が一人いるとビシッと締まります。
以後の更なる活躍に期待。
次はいよいよ「鍵」の全貌が明らかになるか?