時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第10話 だけど、あなたと「歌う詩」・その1






数の上から見るなら有利なのはこちらのはずだった。

相手は戦艦とも空母ともつかないイロモノ艦に、

DFの装備があるとは言え、装甲自体は脆弱な空母。

しかし ――



「あはー、これは困りましたね」



無人艦隊と偵察用バッタから送られてきたデータを見て琥珀は言うが、

言葉の内容と裏腹に、口調からは深刻さが伺えない。

まるで、洗濯しようと思ったら雨が降ってきた程度の気軽さだった。



「敵機動母艦、ナデシコと合流しました。

 これはアルバで間違いないでしょうか?」



「そうだと思いますよー。

 分析結果でも96.2%の確率で同一艦だとなってますし」



翡翠の質問に答えると、後ろでこちらは渋い表情の舞歌に向き直る。



「さてどうしますか、舞歌様?」



「どうするも何も、このまま交戦させるしかないわ。

 ナデシコの速力と主砲の射程を考えるなら、ここで撤退させても射程に出る前に

 こちらが一方的に叩かれる結果になりかねない」



「地上ですから、そんなに主砲は連射できないと思いますよ?」



「そうかも知れないけど、それならそれで数で勝るこちらが有利になるだけよ。

 それにしても、アルバとナデシコが積極的に合流するなんて……」



「戦術的には良策ですよ。

 上層部が仲違いしていようとも、現場は正直ですからねー。

 何しろ、自分たちの命がかかってます」



クリムゾンからの情報ではネルガルと軍の仲はかなり険悪になっているとのことで、

それ故に積極的に共同戦線を張る可能性は低いと舞歌は判断したのだが、

その目算は甘かったようだ。



「戦艦4、駆逐艦8、虫型200、

 2隻相手に少ないと見るか多いと見るかは人それぞれですね」



「少ないわ」



舞歌は断言した。

実際、ナデシコに宇宙で撃沈された艦はこの倍以上に当たる。



「地上と言うことを差し引いても戦力としてはぎりぎりの数ね」



「ナデシコの地上戦のデータは大してありませんけどね」



「空母の能力は未知数に近いのも、考え物だわ」



就役して間もないシレネ級のデータは皆無に近い。

空母の性能はほとんど艦載機によるところが大きいから、そう脅威ではないだろうが。



「まさか、人型機動兵器で戦艦を沈められるパイロットがそんなにいるとは思えないけどね」



もし、そんなパイロットが多いのなら、木連は月や地球でもっと多くの損害を出しているはずだ。

いくら無人艦艇とは言え、無尽蔵に湧いてくるわけでもないし、

維持にはやはり人の手が必要だから損害は少ないに越した事はない。



「この程度で何とかなるとも思えないし、優華部隊に待機命令を。

 北斗にも出てもらうことにもなるかもしれないから、零式を全機出撃可能状態に」



できればこの命令が無駄に終わってくれれば。

その可能性は低いと知りつつ、そう思わざるをえない舞歌だった。





○ ● ○ ● ○ ●





実のところ、舞歌の評価はいささか過大だった。

ナデシコはともかく、アルバは民間人を満載し、艦載機を消耗しつくしていた。

個艦防御システムは生きていたが、空母の火力は高くない。

対空用のRAMと105mm連装レールガンが両舷側に2基ずつの計4基。

それにCIWS(近接防御武器システム)として12.7mm対空レールガンと多砲身インパルスレーザー砲が各6基。



これはあくまで個艦防空用の装備であって、空母にとってはいわば最後の手段に近い。

本来なら護衛艦を初めとする部隊と共に艦隊防空を展開するのが役割であって、

艦載機がなければ、ほとんどただの浮かぶ箱にすぎないのが空母だ。



「そう言うわけで、こっちはほとんど戦力にならない。

 それどころか、足手まといになるだけよ」



艦長席には各種の戦闘状況を表示したウインドウがいくつも表示されていた。

現在の軍艦は高度に自動化されているために、実際は戦闘に突入してしまうと、やることは僅かだ。

ナデシコの某通信士の言葉ではないが、誰でも良いと言っても過言ではないほどだ。

ただ、その戦闘に突入するかどうかなど、事前までの判断は艦長に委ねられる。



「あんたたちを運んだら、わたしは戦闘に巻き込まれないようにひたすら逃げ回るしかないわよ」



冗談とも本気ともつかない表情で告げた。

しかし、すぐ真顔になる。



「残念だけど、この艦には民間人を満載していて、しかも護衛に出せる艦載機すら残されていない。

 情けない話だけどあんたたちにまで行かれたら自艦を守る手すらないのが現状よ」



「パイロットは?」



「今までの戦闘で全滅。

 彼らの犠牲で今まで生き残ってこれたようなものね」



櫛の歯が抜けるように、1人、また1人と欠けていったパイロットたち。

そして、残されていた戦力も、先の研究所の偵察で最悪の損害を出した。



出撃した18機全機が未帰還。

その上、副長の乗ったシルフも撃墜されたらしい。

これでアルバのパイロットは完全に枯渇してしまった。



「オレとアニーはアルバの防空に回る。

 一個分隊じゃ、防空が精一杯だろうけどね」



「俺の砲戦も残ったほうがいいだろうな。

 どの道、砲戦は鈍足だ。 戦闘に間に合わん」



そして、確認するようにアキトへ3人の視線が集まった。

それを確認し、頷く。



「俺はナデシコへ行く」

もし、史実に近い展開となるなら、ナデシコではきつい。

グラビティブラストは一撃必殺ではなくなり、

その上、地上では連射もきかない。

最悪、戦艦はアキトが沈めなくてはならないかもしれない。



「できれば俺のエステを空戦に換装してもらいたい。

 あと、バッテリーの交換も出来れば」



「在庫はあったかしら、機兵長?」



「バッテリーは軍のものですが、規格は同じはずだから使えます」



傍らの士官が即座に答えた。

彼の役割は艦載機の状況を把握し、作戦にあわせて兵装を選択したり、出撃準備などを監督するのが仕事だ。

ナデシコではルリというオペレーターがかなりの部分の作業を1人で行っているが、

そこまで出来ない軍では、まだこうした兵科の士官がある。



「ただ……」



機兵長はわずかに言いよどんだが、

ウインドウで確認すると暗澹たる面持ちで告げた。



「空戦フレームは先の戦闘で消耗しつくしました」



「なんてこと……」



シレネ級は従来型の空母と比べて格段に母艦としての能力は上がっている。

常用56機と言う数字は伊達ではない。

従って、通常であれば予備のフレームくらいあるはずだった。



しかし、それは艦の人員が定数に足りていればの話だ。

今のアルバは定員の半分以下で運用されている。



それに、民間人のための大量の物資を格納庫に搭載してきたため、

搭載機も定数の半分以下まで削られていた。

当然、予備パーツもかなり削られている。

元々戦闘が目的の作戦でなかったとは言え、それが今になって祟った。



「陸戦で行った場合、ナデシコに到達する時間は?」



「最短で20分。 ただし、これはあらゆる障害と妨害を省いての数字です」



思わず呻く。

それでは絶対に戦闘に間に合わない。



陸戦フレームでは最速でとばしても時速120キロがせいぜいだ。

対してラムジェット搭載の空戦フレームなら最大速度でマッハ3.3は出る。

速度の差は明白だった。

それに空戦フレームでアキトの腕なら戦艦を沈める事もできるだろう。



しかし、陸戦でナデシコまで行って空中換装を行ったとしても、それでは遅すぎる。

ナデシコは敵艦隊と交戦状態に突入しているだろうし、最悪の場合は沈んでいるかもしれない。



……バカなっ!



アキトはその不吉な想像を振り払った。



ナデシコにはユリカがいる、ルリもいる。

あの2人なら何とかしてくれるだろう。



そう自分に言い聞かせるが、

一度こびりついた不吉な影はそう簡単には取れそうもなかった。





○ ● ○ ● ○ ●





それは半ば予想していたとは言え、ショッキングな光景だった。



「敵艦隊、依然として健在です。

 バッタやジョロはだいぶ落ちたみたいですけど」



こんな時に自分のポーカーフェイスは便利だと思う。

10歳の子供が落ち着いているのに、取り乱すような大人はナデシコにはいない。

(何となくマッシュルームカットの某氏が過ぎったが、ルリはそれを無視した)



「……嘘」



「敵もフィールドを張ってるってことです」



呆然と呟くメグミに、(内心はともかく)冷静そのもの口調で告げる。



実は、敵のフィールドが強化されている事は当然予想されたので

グラビティブラストの収束率を高めて放ったのだが、それでも戦艦クラスは耐え切ったようだった。

駆逐艦にしても、先頭の1隻が撃沈、1隻が大破、残りが小破した程度の損害だった。



「敵のフィールドも無限ではない。

 続けてグラビティブラスト斉射!」



「無理よ。 地上だと相転移エンジンの効率は下がるもの」



ゴートの言葉をミナトが否定した。



真空を強制的に相転移させてエネルギーを取り出すというのが基本原理の相転移エンジンは

地上ではその力を最大限に発揮できない。

真空の宇宙でこそその真価を発揮すると言う点ではまさしく宇宙艦艇向けといえるが、

戦闘艦としては場所を選ぶと言うのは欠点だろう。

もっとも、地上で使用しても従来の核融合エンジンに比べればはるかに高出力だったが。



「再充填にかかる時間は?」



「あと、176秒。 ただ、フィールドの消耗を補いながらになればさらに伸びます」



約3分。

敵の反撃を防御しながらとなると……



「プロスさん。 ごめんなさい、ナデシコ少し壊しちゃうかもしれません」



あくまで軽い調子で言う。

艦長として、ここで少しでも不安なそぶりを見せる事は出来ない。

ただでさえ、必殺のグラビティブラストを防がれた事で動揺しているのだろうから。



「命あっての物種ですから、それで勝てるなら」



「はい、もちろんです」



ニッコリと笑う。

前のようなヘマは出来ない。

あんな事は、二度とごめんだ。



自分があの人たちの未来を奪ってしまった。

仕方がなかったは通じない。

それが指揮官の責任と言うものだ。

それをあの時に明確に自覚したのだった。



……代償は、高かったが。



「ミナトさん、ちょっと無茶な命令がいくかもしれませんけど、信じてますから」



「……了解、艦長」



ユリカに微笑み返す。

不安なのは彼女も同じだった。

何しろ、ナデシコが地球を発って以来、初の危機だった。

気丈とは言え、民間人のミナトにはここまで切迫した命の危機と言うのは初めてだ。



だが、よく自分に言ってくれたと言う思いはある。



「任せといて」



高度に自動化されたナデシコにおいて、操舵士の役割は航路を外れていないか監視するか、

戦闘中であってもコンピュータが選定した最適航路を選択する程度のものだった。

それが、今この状況にあってユリカは自分を信じると言ってくれた。

それが、ただそれだけのことが、嬉しかった。



「メグちゃん」



「…………」



メグミは無言で頷いた。

顔色は青いを通り越して蒼白に近かった。



無理もない。

メグミはナデシコに乗る前はただの声優だったのだから。

本来なら、明日が訪れる事に何の疑問も抱かずに日々の生活を送ったことだろう。

しかし、ここは戦場で、ナデシコは戦艦だ。

甘えを許せない時もある。



「アキトったら酷いんだよ。

 ピンチの時にはぜったい駆けつけてくれるって言ったのに」



子供っぽく頬を膨らませる。

アルバの位置はレーダーで把握していたから、

そこからは間に合わないであろうことも同時に理解していた。



「あとでぜったい文句言ってあげるんだからね。

 メグちゃんも、言いたいことあるでしょ?

 私はあるよ。 アキトといっぱい話したいこと。

 だから、アキトにあとで言ってあげるんだ」



すっと息を吸い込む。

ルリが素早く耳を塞ぐのが見えた。



「アキトは私の王子様!」



思いっきり叫んだ。



「ほら、メグちゃんも何か言いたいことあったら言っておくといいよ」



きょとんとしていたメグミだったが、

少し、意地の悪い笑みを浮かべると、ユリカと同じように息を吸い込む。

今度は、ブリッジの全員がルリにならった。



「カタオカさんのバカー!

 もう少し優しくしてくれたっていいじゃないですかー!」



「さ、さすが元声優」



ジュンがつっぷしながら呟いた。

ユリカの音波攻撃のダメージで耳をふさぐのが間に合わなかったらしい。



「次は本人にね」



「はい!」



これで、もう大丈夫だ。



「ジュン君」



「うん」



ジュンはいつも通り、ユリカより少し下がったところに居た。

影でサポートすること。

それが選んだ道だった。



「ちょっと無理するから、ダメージコントロールの指揮をお願い」



「任せてよ、ユリカ」



ダーメージを受けた時、被害を最小に抑えるための応急処置を施すのが

ダメージコントロール、通称ダメコンだ。

この優劣は時として直接的な防御力以上に生存率を左右する。

士官学校で学んだジュンだからこそ、その意義を誰よりも理解しているだろう。



「ありがと。 お願いするね、ナンバーワン」



「うん、だからユリカは心置きなく暴れるといいよ」



「酷いよ、ジュン君……私が怪獣みたい」



ナンバーワン……それはそれこそ洋上艦の時代から軍艦の副長に使われる敬称だった。

それを使ったのは、ジュンを信頼していることの証左だ。



……やっぱり、僕はサポート役があってるみたいだ。



苦笑を浮かべつつジュンはブリッジを出て行く。

信頼されたからには、ここに留まるばかりではいけない。



「ルリちゃん」



「はい」



すぐ近くにユリカが居た。

艦長席を離れ、ルリの小さな肩に手を置く。



「敵の攻撃パターンの解析と、ナデシコの詳細な情報を逐一報告して。

 かなり負担をかけることになると思うけど」



「分かりました、ユリカさん」 



「また、頼っちゃうね」



意外な言葉だった。

いつだって、ルリがアキトやユリカたちを頼っていたのに。



「でも、お願い」



「はい。 支えてみせます」



アキトとユリカがさらわれた時、無力だった自分。

黒の王子様となったアキトを留められなかった自分。

そしてアキトを追いかけると言ったユリカをまぶしく思った。



「大丈夫、一人じゃありません」



大切な家族だった。

尊敬する姉だった。

大好きな人の、愛した人だった。

そのユリカが「お願い」といったのだ。



「だから、心配いりませんよ、ユリカさん」



「あれ? ルリルリ笑った?」



ミナトが珍しいものを見たと言った声を上げる。

それに対し、ルリはまた微笑みながら答えた。



「笑いますよ、人形じゃないんですから」



このナデシコが、自分を人間にしてくれたのだから。



「それじゃあ! はりきって行ってみましょう!」



最後にユリカが叫ぶ。

それが、合図となった。





<続く>






あとがき:

ユートピアコロニーでの雪辱戦です。
たまにはナデシコに戦艦らしく砲雷戦でもやらせてみようかと。

よく『ナデシコは正面にしか砲が撃てない』って言われますけど、
それを言ったらどの戦艦もそうなんじゃあ……

劇場版のリアトリス級はターレット方式の対艦砲を備えてましたけど、
あれってレーザーか粒子ビーム砲にしか見えない……。
ディストーションフィールドで防がれることが分かりきってるものを何で装備してるんだろう?
もしかしたら砲身を内蔵したレールガンかもしれないですが。

ナデシコの戦艦には謎がいっぱいです。

それでは、次回でまたお会いしましょう。

 

代理人の個人的な感想

ナデシコが出てくるまでは、地球に「前方にしか撃てない戦艦」と言うのは存在しなかったのかもしれませんねー。

だからまずナデシコに対してそう言う意見が出される。

しかしグラビティブラストは木星蜥蜴に極めて有効な兵器であり、

またグラビティブラストを搭載すると、どうしても設計の都合上前面にしか撃てない。

よって、グラビティブラストが軍の艦に装備された後はそう言う意見は聞かれなくなった。

だからナデシコに対してのみそう言う意見が出てくるのだという解釈がひとつ。

 

あるいは多くのSSでそう言われている事を指しているのなら

「正面にしか砲が撃てない」→「なぜそんな艦を単独で運用するのか」という

論理展開の中で前提条件として言われているだけであって、

その他の「正面にしか撃てない艦」は集団で運用されてるから言われないだけじゃないかなと。