時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第10話 だけど、あなたと「歌う詩」・その3






艦隊決戦とはまた別に、ここでも熾烈な戦闘は続いていた。

無人兵器と有人兵器との、熾烈な制空戦闘が。



「20機目!」



上空からの一撃離脱。

戦術としては理想的だが、それを実行するのにかなりの技量を要求されるのはレシプロ戦闘機の時代から変わらない。

エステバリスは軽量で運動性能も高いため、多くのパイロットは格闘戦ドッグ・ファイトを好んだが、空戦の基本は一撃離脱だ。

少なくともイツキは実験機動艦隊所属で火星にいた頃の教官にはそう教えられた。



敵との相対的なベクトルを瞬時に計算し、最適な射点を選択。

トリガーロックを解除。

射撃用レーダーと連動した照準を向ける。



……目標照準ロックオン



グリップのボタンを無造作に押し込む。

それと連動してFCSから回路に電流が流れ、

肩のミサイルポッドから5発のマイクロミサイルが放たれる。



ブースターから白煙を引きながら螺旋を描くように目標を追い回す。

誘導方式は昔ながらのセミアクティブと赤外線ビジュアルホーミングの併用。

ただし、セミアクティブと言ってもナデシコのオモイカネの誘導なのでイツキの機体が敵機を捉え続ける必要はない。



……着弾、そして爆発



マイクロミサイル自体の炸薬量は少ないが、空中戦ではバランスを崩して墜落するだけでも致命傷となる。

それにDFを除けばバッタの装甲は地球側の戦闘機と大差ない。

ある意味、これで十分と言えた。



炎上してきりもみ状態で墜落するバッタを確認することなく機体を急上昇させる。

そしてすれ違いざまにジョロの赤い腹をイミディエットナイフで切り裂く。



「21、22!」



数え上げてはいるが、それも正確な数かは分からない。

適当なところから数え始めて、適当に数えているからだ。

数え上げているのも、それ自体が目的ではなく集中するための儀式のようなものだ。

空戦では一瞬の隙が命取りになる。



<イツキ、右翼に展開してるのを叩くぜ!>



「了解」



僚機からの通信に短く答える。

イツキが習ったのは連合宇宙軍における一般的な機動兵器戦術。

つまり、2機1組で分隊を形成し、これが最小の戦闘単位。

そして2個分隊4機で1個小隊を形成するという戦術だ。

通常はこの小隊単位で戦闘し、最低でも2機で支援しあう。



まだ人型兵器が一般的ではないため、地上軍では戦闘車両のように3機で1個小隊と言うパターンもあるが、

それは例外として宇宙軍では航空機の編隊に準じた編成を採っていた。

今のイツキの僚機はヤマダ・ジロウだった。



<行くぜ! ゲキガンフレアー!!>



ヤマダの空戦フレームがジェットエンジンのアフターバーナーまで点火して加速。

音速を突破した超高速で敵の編隊に突っ込んで行った。

そして立て続けに起こる大量の爆発。



後に『シューティングスター・アタック』などと言われることになるDFを纏っての高速攻撃だ。

単純な特攻のようにも思われがちだが、これはきわめて高い技量を要求される。

音速を超えるような高速で敵に突っ込むのだから、

接触した拍子にベクトル制御をしくじって地面に激突するようなことになれば

機体もろともパイロットは木っ端微塵。

敵の強度を見誤っても、空中で衝突、大爆発などと言う結果になりかねない。



弾に限りがある以上は自機そのものを武器として攻撃するこの戦術は極めて有効であるが、同時にそう言った危険も孕んでいる。

実行には毛の生えた心臓と音楽家のような繊細な神経とを要求される高等技術。

それをアニメの主題歌を叫びながらでもこなせてしまうヤマダ・ジロウはやはり腕は確かだ。



ただ、その濃いキャラクター故に誤解され……あながち誤解でもないが、とにかく僚機を組みたがる人間はいなかった。

イツキは数少ないその例外であり、腕の面でも十分にパートナーたりえた。

趣味に関して『容認』していることも含めて。



「これで本当に特攻癖さえなければ良いんですけどねッ!」



敵編隊を食い荒らしたヤマダ機が機体をひねって急降下に入る。

そこを追撃しようとするバッタにラピッドライフルの斉射を浴びせる。



曳光弾の火線が敵の進路と交差。

20mm砲弾を受けてさらに4機のバッタが火を吹く。

バッタの稚拙なAIではこんな単純な囮に引っかかる。



無人兵器対有人兵器の戦いは有人兵器を有するナデシコ側に有利のように思えた。

しかし ―――





○ ● ○ ● ○ ●





「要するに消耗戦を仕掛けるのね?」



狭いことこの上ないステルス駆逐艦<朝霧>の艦橋で舞歌は確認した。

艦長席は構造上、艦橋の中でも一番高い位置にあるが、逆に天井が近すぎて窮屈な印象しかない。

しかも艦橋内の人員はわずかに16名。

艦全体でも76名にしかならない。



「機械は疲れ知らずですけど、人間はそうはいきませんからね」



<……機械も『疲れる』んだけどなぁ。

 52型の方、だいぶフレームにがたが来てます>



船体後部の格納庫から通信が入る。

相手は月村忍技術大尉だった。

寝不足のためか、口調にもいまいち覇気が感じられない。

今の今まで零式の最終調整に追われていたからだ。



元々、零式は地球側の技術で作られた機体であり、試験データの持ち合わせもほとんどない。

一から手探りの状態で何とか稼動状態に持っていっているのが現状で、どんなトラブルがわからいない。

見えないところで金属疲労が溜まっているかもしれないし、改装によってバランスが崩れているかもしれない。

純正部品が手に入らないから、自分で設計したものも多々あった。

機関とパワーアシスト系の連携を取るソフトに思いもよらないバグがあるかもしれない。

できればまともに運用するまでにあと1年は欲しいところだが、現況はそれを許さなかった。



「この戦闘には耐えられるのね?」



<はい。 よほど無茶をしない限りは>



北斗が無茶をしないなど考えられなかったが、それでも「それでいいわ」とだけ答える。

『使えるものは何でも使え。 例え親でも客でもかまわず使え』が戦争の本質だ。

ことに慢性的な人手不足に悩まされている木連では。



「………無人兵器群、殲滅されました」



「そう、頃合ね」



翡翠の報告に頷く。

120機の虫型機動兵器をたった5機で支えたのは大したものだが、

パイロットたちは疲労の限界だろう。



生粋の戦士である北斗は異を唱えるかもしれないが、

舞歌の中に正々堂々と戦うなどと言う考えはない。

基本は勝ちやすきに勝つ。

勝てるだけの状況を作りだしておく。

指揮官のミスで死ぬのはまず先に部下だからだ。



不意に部下を持つ事の恐ろしさを感じた。

それは自分だけでなく、他人の命にも責任を負うと言うことだ。

自分の能力にそれなりの自負はあるが、これが初の実戦だ。

出撃する部下の中には、これが最初で最後の戦いになる者も出るかもしれない。

撫子とはそれほどの敵だった。



<零式、全機出撃可能です>



通信機からの忍の声でふと我に返る。

気がつくと艦橋内の全員の視線が舞歌に集中していた。

それを見回し、一拍置いてから静かに頷いた。



「優華部隊、出撃」





○ ● ○ ● ○ ●





それはまさしく拘束具だった。

漆黒の機体を押さえ込むように巻きつけられた保護シートから狂相が覗く。



「………ブラックサレナ」



『呪い』、そして『恋』の花言葉を持つ漆黒の花。

存在しないはずの幽霊。

復讐人の剣。 



しかし、それは確かな存在としてそこに存在する。



「なぜ、これが?」



半ば回答は予想できたものの、

訊かずにはいられなかった。



「2182年8月17日。

 つまり、今から14年前になるわね。

 それはほとんど偶然みたいなものだった。



 ある企業の輸送船団がSOS信号をキャッチ。

 そこで無人の機動兵器を発見した」



「無人?」



「ええ、そう聞いてるわ。

 アタシは、聞いただけよ。

 あとは………自分で調べなさいな」



「テンカワ、準備が出来たわよ」



コンソールを叩いていたライザが振り返る。

ブラックサレナには物理的な拘束の以外にも電子的な封印が施されていた。

アルバ艦長のムネタケと戦略情報軍仕官の特殊な権限のみで解除される特殊な、

まさしく『封印』と呼べるものだった。

「あなたも軍人だったんですね」



「騙された?」



「いえ、ただ意外だと」



何と言うか、表情そのものに陰……と言うか『闇』がない。

相当に違和感があるのだが、それを指摘するわけにもいかない。

それ以上は告げずに整備員の手を借りて対Gスーツを着込む。



サレナの加速はエステバリスの慣性中和装置では対処しきれないため

ほとんど固定するような形で重量が20キロもある『鎧』を必要とした。



「IFSはアンタ用に調整したままよ」



「わかりました」



今、考えるべきは経緯ではない。

この力で、なすべきことをなすだけだ。



圧縮空気の漏れる音とともに二重のハッチが閉じる。

同時にIFSによってあるべき主人を確認したサレナが目覚める。

関節のロックが外され、ジェネレーターに火が灯る。



<そいつはでか過ぎてカタパルトに入らん。

 直にハッチから放り出すことになるぞ!>



アクチュエーターの甲高い振動がスーツを通して機体の鼓動を伝えてくる。

システムが通常モードから戦闘モードへ移行。



「了解。

 こいつは燃料式ブースターを使いますから、退避を」



退避が完了するとアルバの下部格納庫ハッチがゆっくりと開いていく。

足首の関節のないサレナは自力ではほとんど歩けないため、スラスターを噴射して軽く機体を浮かせた。



「テンカワ・アキト、ブラックサレナ出る!」





○ ● ○ ● ○ ●





その瞬間、彼は歓喜に震えた。

求め続けていた存在がそこにある。

手を伸ばせば、すぐに届きそうなほど。



「来たか! 黒い機動兵器!!」



零式52型のコクピットで北斗は歓喜の叫びを上げた。

同調するように愛機も咆哮を上げる。



<北ちゃん!?>



「手出しするなよ、零夜!」



肩と背中、そして脚部に増設された燃料式スラスターまで一気に噴射。 重量は増したが、それ以上に加速力も増している。

瞬く間に随伴する零夜たちの零式32型が後ろへ流れていく。



<北斗殿、作戦は……>



<もう、聞いてないと思うよ>



千沙が何か言っていたが、事実北斗は聞いていなかった。

レーダーに映る敵影にすべての精神を集中している。



お互いに通常の戦闘速度を遥かに上回る高速で接近していく。

撫子も、敵空母のことも、そして他の敵機のこともまったくの無視。

北斗の目的はただ、自分と渡り合える強敵とまみえることだからだ。









――― 交差は一瞬だった。







「エステバリス!?」



右肩のスラスターを噴射して急旋回。

その間にもサレナのセンサーは敵機の解析に全力を挙げていた。



「いや、違うのか……?」



確かに基本的なフォルムはエステバリスのそれに近いが、細部はだいぶ異なっていた。 肩は大きく膨れており、背中にも大型のウイングバインダー。

脚部にも直方体のブロック。



センサーによる解析結果はそれが燃料式スラスターだと結論付けていた。

どちらかと言うと、発想的にはサレナに通じるところがある。



そして、迷いのないその動き。

他の随伴機をまったく気にしていないような機動も覚えがある。



……北辰じゃないのか?



北辰はそんなことはしない。

単機で戦いを挑むような真似はしない。

随伴機がいれば必ず連携を取ってくる。

確実に敵の息の根を止めるために。



そして、ふと懐かしいような思いに囚われた。

例え機械を通してでも感じられるほどの闘気には覚えがあった。

そして直感する。



……北斗ッ!



機体こそダリアではないが、並のパイロットでは瞬殺されるだろう。

例え、超一流のナデシコのパイロットたちでも、結果は変わらない。

それほどこの相手は恐ろしい。



<アキトなの!?>



「すまない、待たせた」



ユリカの心配げな顔がウインドウに表示された。

サレナ用の『鎧』を着ている関係上、向こうからはこちらの表情は伺えないだろうが、

それでもユリカは嬉しそうに頷いた。



が、すぐに真顔に戻る。



<今のって、まさか……>



「いや、奴らじゃない。

 だが……」



<わかった。 でも、私はこの艦を守らなきゃならない>



「それは、俺も同じだ。

 それと、アルバにイネスさんが居る。

 説明はイネスさんに聞いてくれ。

 戦闘に入る!」









交差した真紅と漆黒の2機の機動兵器は弾かれたようにブレイク。

空戦型エステすら軽く凌駕する加速で格闘戦にもつれ込んだ。



お互いの背後を取ろうとする典型的な格闘戦ドッグ・ファイト

単純な旋回戦なら小回りの効く零式に分がある。

しかし、それは北斗の望む展開ではなかった。



「どうした、遊ぶつもりか!」



肩、足、背中のスラスターを複雑に噴射して最小半径で旋回を終える。

52型では北斗のIFSから各所のスラスターをマニュアルで独立動作させることができる。

通常はそんなことをすればパイロットは機体の安定を維持しきれずに墜落する。

複雑な機動にはコンピュータの補助は必須だ。



だが、逆にそれは機動のパターンを制限する事にもなる。

誰にでも使えるようになる代わりに、コンピュータに記憶されていない機動は出来なくなる。

もちろん、コンピュータも学習するからいずれは可能になるだろうが。



だが、北斗はそのコンピュータによる補助を必要とせず、手動で機動を行っていた。

パイロットにかける負担は相当なものになるはずだったが、それを苦にしている様子はない。

ターレットノズルではないため『傀儡舞』はできないが、通常型のエステに比べれば遥かに強力なスラスターを機体各所に装備しているためにそれらを独立稼動させて行う複雑な機動は舞に近いものがある。



零式のレーダーが敵機を捕捉。

射撃可能として機関砲の安全装置が外された。

最終安全装置はパイロットが引く引き金だ。



「……終わりか」



漆黒の機体が間近に見える。

完全に背後を取っていた。

外しようがないほど大きな的だ。

あまりに無防備なその背中に向かって…… 



……無防備だと?



それは直感だった。

咄嗟にフットぺダルを踏み込み、全体重をかけてコントロールパネルを傾ける。



肩と足のスラスターを逆噴射して急制動をかけられた零式が悲鳴を上げる。

構わずに背中のウイングバインダー内臓の燃料式スラスター、

それに重力波スラスターまですべて使って機体を強引に横滑りさせる。



一瞬前まで零式の存在した……いや、零式が存在していたであろう空間を黒い鞭が裂いていった。



「はっ! やってくれる!!」



それはブラックサレナのテールバインダーだった。

先端にはアンカクローが取り付けられたそれは高速であれば十分な凶器になる。

事実、アキトはこのクローで零式よりも強力なDFを装備したステルンクーゲルを撃破している。



それがまるで独立した生物のような複雑な動きで零式に襲い掛かってきた。

アンカークローでなくても、その鞭に叩かれただけでも高機動中の零式はバランスを崩して墜落するだろう。

そうなったら北斗でも地面と熱烈な抱擁を交わす前に体勢を立て直せるかわからない。



「だが、無粋だな!」



北斗に恐怖はなかった。

ただ圧倒的高揚感と歓喜がある。



複雑な動きを見せるアンカーのを軽く一瞥をくれると、

次の瞬間に零式の機関砲を無造作に発砲。



52型にのみ装備された30mm徹甲重機関砲が文字通り火を吹く。

曳光弾まじりのオレンジ色の光弾が漆黒の蛇を捉える。

さすがにアンカーの先端までDFで覆っているわけもなく、

30mm砲弾の直撃を受けてクローは弾けとんだ。









「――― くっ!」



さすがにこの程度の『誘い』は見破られたようだ。

通常はこのような囮を使う戦術は編隊で行う。

1機が囮となって、喰いついた敵機を僚機が落すという編隊機動戦の基本だ。

それ故、集団戦闘に慣れていない北斗ならあるいはと思ったのだが、甘かったようだ。



役立たずになったテールバインダーを切り離す。

同時にスロットルを全開にして零式から距離をとった。



基本的にサレナは接近戦のできる機体ではない。

エステバリスを増加装甲と言う形で強化しているのだから、おのずと制限はある。

大推力を得るための肩のウイングバインダーが邪魔で腕はほとんど動かないし、

足はほとんど推進機の塊で足首すらない。

その点、零式はよく考えられていた。

肩や足の装甲を取り払ってそこに直接、推進器を埋め込んである。

関節の自由度はエステには劣るだろうが、サレナのように『気を付け』と『前に倣え』の姿勢しか出来ないわけではない。

背中のウイングバインダーもサレナよりははるかに小型だった。



逆にサレナのように完全な装甲化が行われていない分だけ機体剛性は劣るだろうから

無茶な機動をすれば最悪、空中分解する危険もあるし、

プロペラントタンクの容量も少ないだろうから稼働時間も短いだろう。

それに燃料式スラスターは、燃料タンクに一撃喰らえばそれだけで爆発する可燃物だ。

サレナは重装甲を施し、さらに強力なDFで防御する事でその危険を最小にする努力がなされていた。



だが、零式にはそれがない。

恐らく、肩、足、背中のどこに当てても一撃で撃墜できるはずだ。

しかし、殴り合いをやったら間違いなく敵機に負ける。

それは厳然とした事実だった。



だとしたら、基本的にアキトは遠距離からの砲戦を中心にするしかない。

逆に北斗はそれを阻止しようと接近戦に持ち込もうとする。

それは命を懸けた壮絶な『追いかけっこ』だった。



戦闘は、第二幕へ突入していく。





<続く>






あとがき:


こっちのブラックサレナは劇場版のやつです。
北斗の零式52型、エステ原型なのにそんな無茶できるのかーと
自分でもツッコミ入れたくなるような機体になってしまいました。

……しかし、アキト対北斗なのに時ナデに比べて地味な戦いだにゃー。
まさかあのサレナで必殺技とか出すわけにもいかないし。

それでは、次回でまたお会いしましょう。

 

管理人の感想

黒サブレさんからの投稿です。

ついに実現しましたね、ブラックサレナ対零式!!

地味な戦いといわれますが、今はまだ緒戦・・・この先の展開に期待しましょう。

ただ、ブラックサレナの登場が早かったかな〜、と思いましたけどね(苦笑)

もうちょっと盛り上げて(場を整えて?)からだと、存在感が増したと思います。