時ナデ・if <逆行の艦隊> 第12話 妖精たちの『策動』・その2 ナデシコが消息を絶ってから5ヶ月経過。 宇宙要塞ルナU周辺宙域 戦闘機動母艦<コスモス> 片膝をつくような姿でスノーフレイクが動きを止める。 関節をホールドする音と共に圧搾空気によってコクピットが開く。 アカツキ・ナガレはそれを興味津々と言った様子で見ていた。 ネルガルのロゴ入りのパイロットスーツを着た男がAGIの方に居ることを 周囲のスタッフは胡散臭げに見ていたが、 警備員が来ないところをみると、見られて困るものはないというのか。 それにしても無用心がすぎる。 まあ、そのおかげでこうして相手の敵情視察をできるのだが。 「……女?」 そのスノーフレイクから降りてきたのは女性だった。 ほっそりとしたシルエットでそれが知れる。 残念ながら“胸”ではないところがあれだが。 「うーん、なかなか可愛いじゃない。 胸なんてものは飾り。 偉い人でもそれはわからなきゃね」 ヘルメットを脱ぐと緩やかなウェーブがかかった黒髪が流れる。 年のころは16,7歳。 深紅の瞳が特徴的だ。 「まさか、君みたいな可愛い子がパイロットだなんてね」 3年かけて習得した必殺<なぜか光る歯>で爽やかさを演出しながら声をかける。 大抵の女性はこれと自慢のルックスで興味を持つ。 あとは場数を踏んで鍛えた話術の出番。 のめり込ませるのはクールさの中に漂う優しさ。 最後は弁護士と戦う意志だ。 「いやー、そこで見てたんだけど……」 が、あっさり無視。 道端の電柱でも避けるかのような自然な動作でかわす。 「て、手ごわい」 そのままスタスタと自動販売機に近付くと、火星ソーダを3本購入。 「あの機体に乗ってたの君だろ?」 自分もジュースを買う振りをして話しかける。 相手は少しきょろきょろして周囲に自分しか居ないことを確認すると、ようやく自分に用があるらしいと気付いたようだ。 「そう。 で、なに?」 会話が成り立たない。 挫けそうな自分を励ます。 「まさか、君みたいな可愛い子がパイロットだなんてね」 「意外?」 「ああ、どっちかって言うとね。 君にはもっと……そう ―― って聞いてないね」 一心不乱に火星ソーダを振っている相手に言う。 振り終わって満足したのか、軽く蓋を開けて炭酸を飛ばすと一本を一気に飲み干す。 続けて2本目と3本目も。 昔、炭酸を抜いたコーラは糖分が多いから即席のエネルギー源になると言うような話を何かで聞いた気がする。 とは言え、太らないかそれは? そんなことを思うが、相手は意に介した様子もなくカンを捨てるとまたさっさと戻ろうとする。 「いや、僕もパイロットなんだけど」 「見ればわかる」 「うん、だからせっかくだしパイロット同士の親睦を深めようかと……」 「知らない人についてくなって、フィリスが言ってたから」 子供のような言葉であっさり拒否される。 まったくもって取り付く島もない。 「えっと、それじゃあせめてこのあと食事でも」 「アンタなにやってるのよ!」 エリナだった。 どうやら機嫌が悪いらしい。 それも物凄く。 理由は……まあ、色々あるだろうが。 「次のトライアルが間近だってのに。 こんなところでナンパ!? しかもまだ子供じゃない」 「いやー、僕はこの子の持つ豊かな将来性に着目して」 「そんな事はどうでもいいの! さっさと、準備しなさい。 よりによって次の相手をナンパしてるなんて……」 「次の相手?」 聞き返したのは女の子のほうだ。 答える義理もないのだが、 「ええ、この極楽トンボがあなたと勝負するのよ」 「そういうわけ。 一つお手柔らかに」 おどけて見せるが相手の表情に変化はなし。 「そうだ。 賭けをしよう。 ボクが負けたらこの後で食事を奢る。 逆に君が負けたら食事に付き合って欲しい」 「私は奢らなくていいの?」 「付き合ってくれるだけでいい。 悪い話じゃないだろう?」 何となく目が光った気がする。 まあ、どちらにしろアカツキも大して損はしない。 女の子の食べる量なんてたかが知れている。 それに曲がりなりにも彼はネルガルの会長だ。 それくらいの金はある。 「どうかな?」 しばし考えた後、相手は頷いた。 ○ ● ○ ● ○ ● スノーフレイクの純白の機体を漆黒が覆っていく。 既に足にはブースターの塊のような代物が付けられていた。 「わざわざアスフォデルでいくのか?」 整備主任は傍らの女性に確認する。 赤みがかった茶髪を長く伸ばした20代前半と思しき女性だ。 どこかのんびりという空気が漂っている。 白衣はあまり似合っていない。 「せっかくルビーちゃんが乗るんですから〜、 可愛くドレスアップしませんとー」 「ドレスアップ、か?」 「はい〜」 40代の整備主任にはいまいちこの女性の感覚がわからない。 スノーフレイクの機能美溢れる機影に比べて、この鎧は無骨すぎる。 しかもなぜか色は漆黒。 スノーフレイクの純白とは対象をなす闇の色。 「かわいい、か?」 「かわいいですよ〜」 「かわいいかな?」 「はい〜」 整備班一同はそこで諦めた。 この際、個人の美的感覚はおいておこう。 「クォーツ主任」 「ルチルで結構ですよ〜。 ローズと紛らわしいですから」 「では、ルチル主任。 なぜアスフォデルを使うのですか? これは対機動兵器戦闘は余禄のようなものであったはずですよ」 今やスノーフレイクは完全に漆黒の鎧で覆われていた。 これがスノーフレイク用の高機動用追加装甲<アスフォデル>である。 ほとんど燃料式スラスターの塊のようなもので、機動力は上がるが関節の自由度を制限し、 しかもA型……Assault(強襲)型兵装のように大して火力が増強されるわけではない。 機動力と火力の兼ね合いならA型兵装のほうがバランスがとれている。 アスフォデルの本来の使い方は対機動兵器戦闘ではなく、別のところにある。 設計者の一人である彼女がそれを知らないはずもない。 「でも、実戦で余禄だからと言って機動兵器戦闘をやらないわけにはいきませんよね?」 「ええ、確かに護衛付での攻撃が前提ではありますが、いざとなればやらないわけにはいかないでしょう」 「ですから〜、この機会に〜、機動兵器戦闘も〜、どの程度有効かを〜」 「だぁ〜! まどろっこしい! 要するにせっかくだからエステ相手にどこまでやれるか試しておこうってこと!! わかった?」 ルチルの代わりに答えたのは彼女と瓜二つの容姿……ただし、受ける印象はだいぶ違う女性だった。 彼女はルチルの双子の妹でローズ・クォーツ。 同じくAGIで機動兵器設計に携わっているマシンチャイルドだった。 ただし、2人ともIFS適性は常人より少し上と言った程度である。 「せっかくだから、ですか?」 「せっかくだから、よ」 『なんか文句ある?』そう言いたげな口調だった。 別に彼としては文句ではなく単に疑問なので異を唱えるつもりはないが。 「それで、ルビーは?」 「パイロットなら先程水分補給に行くと」 「水分補給って、さっきペットボトルでジュース一気飲みしてたじゃない」 「ルビーちゃんは〜、たくさん食べる子ですから〜」 「限度ってものがあるでしょ」 そうは言っても、理由がないわけではない。 基本的にマシンチャイルドはナノマシンにエネルギーをとられる関係で、人よりエネルギー消費が大きい。 そしてエネルギー保存の法則で、消費した分のエネルギーはどこからか摂取しなくてはいけない。 マシンチャイルドと言っても体内に蓄積できるエネルギー量は一定であるから、その分食事量が多く、しかも頻繁になる。 ルビーはさらにナノマシンがDF展開用にエネルギーを別個に蓄積する性質があり、 そのためにかなりのエネルギーを宿主から搾取する。 そのため、彼女は大人数人分の食事を一度に摂取する必要があり、 同時に摂取した食事を消化するにも多大なエネルギーを消耗する悪循環。 結果、かなり燃費が悪いということになる。 フィリスら医療班がなんとかナノマシンの制御法を研究してはいるが、目処はたっていない。 「あ〜、帰ってきましたよ」 「ルビー、変な男に声かけられなかった?」 マシンチャイルドは研究材料と見なされることが多く、 情操教育が不足しているために無表情・無感動・無感情の三拍子みごとにそろった存在が多い。 女性型が多いのも場合によっては男性職員の慰み物とできるという理由であり、故に美形が多い。 そのためAGIはかなりメンタルケアを重視しているのだが、ルビーの場合精神年齢が肉体年齢に追いついておらず、 その点でも周囲は注意する必要がある。 「変な男?」 「そうそう、ナンパとかされなかった?」 一応、このコスモスは軍に売却された軍艦であるからあまり心配はないと思うが、 今はネルガルの職員や明日香インダストリー、クリムゾンの偵察も来ている。 一目でマシンチャイルドとわかるルビーは危険だ。 「変な男……いた」 「そうそれなら ――― って、ええ!?」 「変なこととかされてませんか〜? お菓子くれるって言われてもついて行っちゃダメですよ?」 フィリスなども普段から知らない人について行っちゃいけませんと注意している。 ほとんど娘のセルフィと同じ扱いだ。 「パイロット、賭けをした。 勝ったら食事を奢り。 負けたら一緒に食事」 「……いまいちどう違うのかわかりにくいな」 「でも〜、きっとあのひとですよ〜、さっきフィリスさんに声をかけてた」 「ああ、あのロン毛」 いかにもナンパな感じだった。 フィリスがセルフィを示して『娘です』と言ったら引き上げたが。 もし、クロフォード中将に見つかったらMPに連行されていたところだ。 親馬鹿ならぬ叔父馬鹿なあの人ならミサイル発射管に詰めて宇宙一人旅へ招待しそうだ。 「テッサちゃんに頼んで陸戦隊から護衛を回してもらいましょうか〜」 「いや、それもどうかと」 一瞬、SRTのウェーバーとか言う似たようなナンパ師が浮かんで首を振る。 ちなみにテッサと言うのは第1機動艦隊旗艦<アルビナ>の艦長で同じくマシンチャイルドのテレサ・テスタロッサ大佐の愛称だ。 アルビナはその電子作戦艦としての能力でこのトライアルを監視、評価するためにこの宙域に来ている。 「ルビーちゃん、変なことされそうになったら思いっきり殴っちゃえばいいんですよ」 「死ぬぞ、相手」 ルビーはついこの間、DF収束パンチを覚えたばかりだ。 下手をしなくても生身の人間は死ぬ。 「それじゃあ、手加減してディストーションフィールドで弾き飛ばすくらいで」 「怖いこと言うな意外と」 「あのー、主任。 そろそろ時間なんですが」 整備班長が申し訳なさそうに声をかけてきた。 時計に目を移すと、確かに時間が迫っている。 調整なども含めれば時間ギリギリと言ったところか。 「わかった。 ルビー準備」 「了解」 「ナンパさんをやっつけちゃいましょうね〜」 「頑張る」 何となく、いつもの無感情な声に無表情ながらルビーに気合が入っているような気がした。 気のせいかもしれないが。 ○ ● ○ ● ○ ● 電子作戦艦<アルビナ> そこは圧倒的な電子の空間だった。 艦長席を中心として展開されるウインドウボール。 その一段下には電子戦の訓練を専門に受けたオペレーターたちが20人。 円形に配置された最外周には操舵士や通信士などが陣取っている。 軍艦の艦橋と言うよりは劇場のようにも思える。 「『この世は舞台、人は皆役者』か」 戯曲家ウイリアム・シェイクスピアの言葉を口にしてみる。 ならば自分の役割はなんだろうか? 道化か、悲劇の主人公か、それとも傍観者か。 提督席でファルアス・クロフォード中将は黙考していた。 戦闘でもない以上、やることはない。 今はただ傍観に徹するのみだ。 「アスフォデル、エステバリス改、共に位置につきました」 正確にはエステバリス・アカツキカスタムと言うのが正式名称なのだが、 さすがにそれで登録するわけにもいかず、エステバリス改としていた。 「両機の視覚データにアクセス。 同時に観測用プローブを展開します」 「カウント開始。 9,8,7,6……」 両機とも一見すると止まっているように見えるが、 実際はカウント開始からセンサー類は使用可能になるので全力で敵機の索敵に入っているはずだ。 「2,1,GO」 同時に弾かれるように2機の機動兵器が散開。 その間のデータもプローブから送られてくる。 「エステ改、アスフォデルを捕捉」 「さすがに早いな」 伊達に金をかけていない。 フレーム自体もカスタムされているのでアサルトピットも専用となっているのも頷ける。 通常のエステに比べてレーダーやセンサー精度が向上しただけでなく、出力系統もいじくっているらしい。 「アスフォデル、回避機動」 それでもエステの1.5倍はありそうな加速力でアスフォデルが回避。 射線を外す。 「パイロットの状態は?」 「アカツキ氏は平常。 ルビーは少し興奮気味ですね」 手元のウインドウでコンディションチェックを行っている医療班から即座に返答。 「さすがに訓練とは言え、経験不足は否めないか」 もっとも、その経験を補うための訓練なのだが。 ルビーは常人より遥かに身体能力に優れるため、パイロット適性も高い。 できないよりはできた方が、と言うことでこうして実戦形式のトライアルに参加させてカンを養ってもらう。 経験だけはこうして訓練と実践を重ねることでしか補えない。 今回のトライアルに参加させたのも訓練のためという側面が強い。 したがって、AGIはルビーが負けてもかまわないとすら思っているらしい。 ファルアスにしたところで、別にこのトライアルでエステが勝ったからと言ってスノーフレイクの採用を取り消したり、 エステの大量導入を支持したりするつもりはまったくない。 しょせんはカスタム機。 量産体勢が整い、兵站線に組み込まれる事を前提として開発された量産機とは違う。 いくら性能に秀でるからと言ってカスタム機は量産できない。 カスタム機は必ず量産性や整備性、汎用性に問題を抱えている。 そんなものは兵器として使用できない。 そういう意味でこのトライアルは意味がない。 やる前からどちらが優れているかはわかりきっている。 それでもエステバリスのカスタム機を出してきたのは、ネルガルの意地だろう。 全敗ではイメージが悪い。 せめて試合にだけでも勝とうと言うのかもしれない。 勝負には負けるだろうが。 いや、それともまったく別の意図があるのか。 単なる意地で勝負を放棄するほど馬鹿なら助かるのだが、そうでない場合は? AGIがスノーシリーズを改良し続けてきたようにネルガルもエステバリスを改良して新型を開発する可能性は? 前者の可能性は高い。 ネルガル会長は甘いところもあるが、無能ではない。 その会長秘書も目的のためには手段を選ばないところがある。 (身分を隠しているとは言え)会長をパイロットとして参加させるくらいだ。 ……だとすると、デモンストレーションだろうか? 既に勝敗は決した。 だとすれば、あとはネルガルのイメージを損なわないためのデモンストレーション。 いや、まだそれでは不足だ。 そこまでする意味がない。 「アスフォデル、被弾。 左肩スラスター損傷判定。 機動力25%ダウン。 なおも戦闘続行」 オペレーターの報告に視線を正面スクリーンに戻す。 戦況は五分五分と言ったところか。 重装甲のアスフォデルにはラピッドライフルでは明らかに火力不足。 それを補うためにパイロットはスラスターの噴射口を狙ったらしい。 そこはアスフォデルの重装甲も施されていない唯一の箇所だ。 それでいて全身スラスターの塊のような機体なのだから困ったものだ。 これではせっかくの重装甲も意味がない。 「思わぬ弱点でしたね」 傍に控えていたササキ・タクナ大佐が呻くように言う。 「高機動戦闘中にピンポイントで狙える敵が居ればな。 実際の用途を考えれば一対一の格闘戦などまずやらない機体だからな」 「原型機は……」 「一対多を想定されていた。 重装甲と機動力を活かしての一撃離脱が正しい使い方さ」 だからこそ逆に一対一は向かない。 それは仕方ない。 さらにアスフォデルは原型機 ――― ブラックサレナを元にはしているが、対機動兵器戦闘は余禄に近い。 例えるなら、アスフォデルで機動兵器戦闘をやらかすのはトラックでレースに参加するようなものだ。 想定された使い方と違う。 それでもいい勝負ができるのは、ひとえに機体の性能の差のおかげ。 何しろ現在より5年後の技術をさらに研究して改良を加えて使っているのだから。 「――― 決着がつきました」 スクリーンではお互いのコクピットをポイントする2機の機動兵器が映されていた。 「相打ち、ですね」 テスタロッサ大佐が静かに宣言する。 ○ ● ○ ● ○ ● 戦闘機動母艦<コスモス> アスフォデルがハンガーに固定される。 原型機と違って足首がちゃんとあり、側面にスラスターを取り付ける形式をとっているので歩くことができた。 細かな点だがこういった改良が施されている。 背中のウイングバインダーも小型化され、大腿部のスラスターはスノーフレイク本体の重力波スラスターがあるために廃止され、 テールバインダーも用途を考えるなら不要として排除。 代わりに固定式のレールガン2門を追加。 使用時は脇の下をくぐらせるようにして前面へスライドしてくる。 関節の自由度を確保するために肩のウイングバインダーも装甲を削り、スラスターを改良型のものに変更。 前後に100度、左右に90度まで振れるようにしてある。 ハンドカノンは指を使用不能にするので、これはスノーフレイクと同じように腕に固定するマシンキャノンへ変更。 肘から下しか動かせないブラックサレナならともかく、それよりは関節の自由度を上げたアスフォデルでは指が使えないのは痛い。 そもそもサレナはたった一人の復讐者のためにカスタムされていたので、 それを汎用性のある機動兵器に改造するのは骨が折れた。 様々な検討を行った結果、対機動兵器戦闘はスノーフレイクに任せて アスフォデルは別の用途に絞られたのもその事情からだった。 「関節ホールド、エンジン停止、ハンガーのロック確認」 安全手順の無視はできない。 一つ一つ確認していく。 このハンガーはアスフォデル専用だった。 何しろ7m級のスノーフレイクにさらに追加装甲を施したアスフォデルは高さ8m、幅8mと中々スペースを取る。 おかげでカタパルトやエレベーターのサイズをエステやサマースノーに合わせていた従来の機動母艦や シレネ級ではアスフォデルは運用できない。 新型のダイアンサス級機動母艦はその反省からカタパルトをかなり大型に、しかもパワーのあるものに変更した。 この機動母艦へ大幅な改装を受けたコスモスでもエレベータとカタパルトの改良が行われ、 同時に本来なら整備ドックとして使われるはずだったスペースは機動兵器格納庫とされて新型機動兵器が詰め込まれている。 「よし、チェック完了。 開けて」 ローズの言葉と同時にアスフォデルの胸部装甲が跳ね上がり、 続けて中のスノーフレイクのコクピットが開放された。 「お疲れさま、ルビー」 「頑張ったな、嬢ちゃん」 「休んでくるといいよ。 あとはこっちの仕事だ」 声をかけてくる整備員たちに頷き返したり、時々手を上げて答える。 人と接することの意味を学ぶのもまた重要な意味を持つ。 一人ではないことを教えることが必要。 どんなに優秀な人間も単独では何もできない。 仲間と言う概念、協力すると言うことを教えなければならない。 「お疲れさま〜、はい、ジュースですよ〜」 「ありがとう」 「いえいえ〜」 ルチルに手渡されたスポーツ飲料に口をつけるルビー。 心なしか表情が暗い。 「相打ちだったこと気にしているのか?」 先程の模擬戦は勝たねば意味がないといった類のものだ。 ルチルやローズにしてみれば、アスフォデルで一流パイロット相手に良くやったと思うのだが、 ルビーは意外と融通が利かないところがある。 「……勝たなければ、負け」 「まあ、そう言う考え方もあるな」 「でも〜、これは〜模擬戦ですから〜」 「…………でも、残念」 珍しく本格的に落ち込んでいる。 『落ち込む』と言うのは感情が豊かになってきた証拠だろうが。 「気にするって。 次があるし」 無言で首を振るルビー。 「……ご飯」 「は?」 『ゴハン』? 日本語で『ゴハン』と言えば食事のことだと思ったが、今のと何の関係が? 「ああ! おごりの件ですね〜」 ルチルがぽんと手を叩く。 その音まで何となくワンテンポ遅れているように感じる。 「例の、ナンパ男の?」 「………ご飯食べたかった」 「そっちかよ!」 「それなら〜、お姉さんたちが〜ご馳走しますから〜」 「おい!」 「ローズちゃんが半分出してくれるそうですから〜」 「言ってねぇ!」 「食堂、今から開いてましたっけ〜?」 「聞けよ」 「楽しみ」 「そうじゃなくて!」 なにやら騒がしいAGIのスペースとは対照的に、淡々と作業が進行していた。 「僕の負けさ」 アカツキ・ナガレは降りてくるなり開口一番でそう告げた。 「こちらはラピッドライフル、向こうはレールガン。 しかも追加装甲つき。 撃ちあったとしても間違いなく負けてただろうね」 「いいのよ、判定は相打ちなんだから」 エリナは不機嫌に応じた。 目が『役立たずの極楽トンボ』と語っている。 「でも、これでデモンストレーションにはなった。 外向けじゃなく内向けの、ね」 「これで社長派が渋っていた新型の開発が進められるよ。 僕のカスタム機を元にしたスーパーエステとか、機動力向上型のエステ・カスタムとか」 「ここまで完膚なきまでに機動戦で敗北したらね」 エリナの言葉にアカツキが肩を竦める。 エステバリスが敗北したのは社内のごたごたのせいと言うのもある。 社長派はゆうがお級戦艦を重視してこちらの改良と生産に全力を注ぐように主張し、 対してアカツキはエステバリスの改良を進めるように主張した。 それぞれの主張にはそれなりの理由がある。 社長派がそれを主張するのは、宇宙軍の主力艦は戦艦であり、それを売り込めればネルガルは多大な利益を得ることができる。 対してアカツキがエステの強化を主張したのは、自身がパイロットと言うこともあるのだが、 戦艦は対無人艦艇用のカキツバタの完成を優先したかった。 しかし、防空能力が脆弱なナデシコ級戦艦では対空戦闘は機動兵器に頼る事になる。 木連がどれほどの規模の組織かはまだ不明だが、自分たちのように機動兵器を改良していないとも言い切れない。 あるいはまったく新型の機動兵器を投入してくるかもしれない。 ナデシコからの報告ではサツキミドリ2号の戦闘では、エステモドキが投入されてきたと言う。 どちらにしろ、遠からずエステでは不足になるかもしれないのだ。 結局は現状を見た結果、ゆうがお級の生産を重視する案が通ったのだが、 異常なまでに機動兵器開発に執念を燃やすAGIのおかげで口実ができそうだ。 「月面フレームの件は白紙に戻す必要があるわね」 「AGIの新型は7m級機動兵器でレールガン装備でスタンドアローン可能な機体だよ。 しかも機動力も桁外れ。 勝負にならないよ」 このトライアルで一番被害を被ったのは月面フレーム開発班だったかもしれない。 完成すれば機動兵器としては初の相転移エンジン搭載機となったはずの月面フレームだったが、 機関が小型化できず10mを越える大型の機体となってしまい、機動性と汎用性はがた落ち。 レールガンの小型化も間に合わずじまいで、7m級のスノーフレイクが40mmレールガンを装備しているのに わざわざ10m級の機動兵器で装備させる意味がない。 スタンドアローンもスノーフレイクは実現させている。 しかも、月面フレームと違い艦載機としても使用可能。 つまり、月面フレームはつくる意味がない。 7割の完成をもってこの計画は潰れることとなった。 ある意味、彼らも歴史改変の被害者と言えるかもしれない。 ○ ● ○ ● ○ ● 電子作戦艦<アルビナ> 「うまくいきそうか?」 「本番ではこの数百倍の機体を管制しなければなりませんから、 まだ不確定要素が多すぎます。 あと数回は大規模な演習が必要です」 艦長席でトライアルのデータ整理を行っていたテスタロッサ大佐は慎重な答えを返した。 「できてあと3回といったところだ。 あと3ヵ月後には第2艦隊と混成部隊を組んで月へ向かう」 ファルアスの言葉は事実だった。 その際にはこのアルビナも参加予定だ。 主な任務は敵の電子網撹乱と機動戦の管制となるだろう。 敵の投入してくる機動兵器の数は概算で400〜500。 対してこちらも同数以上の機動兵器を集中運用する予定だった。 彼我含めると1000機近い機動兵器が入り乱れる事になるだろう。 はっきりいって艦隊戦とは桁が違う。 とても従来までのやり方が通用する次元の話ではなく、 専門の電子作戦艦を投入して管制を行わせるという結論に落ち着くまでそう時間はかからなかった。 旧実験機動艦隊旗艦のビスカリアはそのための実験艦であった。 そして、その血脈を受け継いだのがこのアルビナでもある。 その電子戦能力はハード的にももちろんだが、ビスカリアからのデータと経験を積んだオペレータ、 そして軍で唯一のマシンチャイルドであるテレサ・テスタロッサ大佐を艦長にすえることで飛躍的に向上している。 「それほど事細かな指示までこの艦で受け持つ事はない。 全体を俯瞰し、必要な指示を出せばあとは各艦とのデータリンクで分担すればいい」 実はアルビナには厳密な意味での同型艦は存在しない。 <ユナネンシス><コロナリア>と言う同型艦として登録されている艦はあるが、 それらはマシンチャイルドが居ないためにかなり設計が変更されている。 また、指揮管制能力も劣る。 だから主な管制はアルビナが担当し、さらに細かな部分では他の2艦が、 さらに部隊単位では各母艦が担当する事になっている。 そのための大規模な演習も予定されていた。 地球における戦闘準備は着実に進んでいる。 流血のシナリオは月へとその舞台を移そうとしていた。 <続く>
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代理人の感想
ん〜〜〜、ちょっと気になったんですが「ナデシコ級の防空能力は脆弱」とありますよね?
初代だけならともかく、その他のナデシコ級は初代とは全く別の設計な訳で。
設計段階で防空能力についてはどうにかできないんでしょうか?
それともナデシコの基本思想自体に防空能力の低くなるような何らかの要因があるんでしょうか?