時ナデ・if <逆行の艦隊> 第14話 熱めの『冷たい方程式』・その2 前回と同じ、いや、微妙に違ったシーンが再生されていた。 間一髪でヤマダ機の腕を切り飛ばし、タックルの要領で爆発する敵機から引き離した蒼いエステバリス。 <ここは危険だ! 早く下がりたまえ!> <なんだテメーは!> これも同じリョーコの声。 直後にコスモスからの支援砲撃。 4発の相転移エンジンをと搭載したナデシコ級の2番艦。 多連装グラビティブラストの威力は半端ではない。 <敵2割方消滅> 平静なルリの声。 それが表面上のことであるのは付き合いの長いアキトにはわかった。 無理もない。 あるはずのないものがそこにはあった。 <ここは僕たちが支援する。 さあ、早く!> 「リョーコちゃん、ナデシコまで後退しよう。 ガイのこともある」 <……わかった> 不満と若干の不安の入り混じった返答。 素直に従ってくれたことに安堵しつつ自分も後退する。 ヤマダの様子がおかしい事には気付いていた。 いつもの特攻癖どころの騒ぎではない。 あれは……かつての自分と同じだ。 「テンカワ機、一時帰艦する」 <了解……こちらの直掩はコスモスの部隊が引き受けてくれるそうです> 「わかった」 アキトの後についてくる蒼いエステバリス。 それはエステ特有の『人型に近い人型』は健在だが、いくらかノーマルエステに比べるとごつい。 肩に装備したマシンキャノンとミサイルポッドのせいかもしれない。 「何でスーパーエステが……」 恐らくアカツキが乗っているであろうその機体はアカツキ・カスタムではなかった。 かつてナデシコBで運用されていたスーパーエステバリスそのものだ。 それが見た目だけの問題でないことは動きを見ても一目瞭然だった。 アカツキの腕は悪くない。 副業でパイロットをやっているとは思えないほどだ。 リョーコには及ばないかもしれないが、それでもエース級と言える。 だからこそ機体の性能差もはっきりとわかった。 あれは間違いなくスーパーエステバリスだ。 両手にアサルトピットを抱えて、さらにノーマルより重装備にもかかわらずあっさりと追いつく加速性能。 可動式に変更された小2枚大1枚のウイングは効率が4割ほど向上している。 レールカノンこそ装備していなかったが、代わりにロングバレルのレールガンを携帯していた。 レールガンから伸びたケーブルはだいぶ小型化されたジェネレータに繋がれている。 専用のバッテリーも無しにあれを携帯できるのは出力に余裕があればこそだ。 「まさか8ヶ月どころじゃなく、5年後に跳んだなんて事はないよな」 怖いことを想像してしまったアキトは軽く首を振ってその妄想を振り払う。 どちらにしろ、ナデシコに帰還すればアカツキが語ってくれるだろう。 もし、それがなくてもイネスが『説明』してくれるはずだ。 そちらはなんともゾッとしない話だが。 ○ ● ○ ● ○ ● グラビティブラストも使用不能。 ミサイルもほとんど撃ちつくしたナデシコに残された手は1つ。 すなわち、逃げるが勝ち。 「機関、現状で構いませんから発揮できる最大戦速で離脱! ディストーションフィールドは?」 「推進にエネルギーを回すなら出力40%が限界です」 「わかった、それでいいよ。 ミナトさん、そういう訳ですから頑張って避けてください」 考えてみれば無茶な話だ。 光速で飛んでくるレーザーや遅くても超音速の砲弾をかわせと言うのは。 それこそ超人か、「見えるッ!」とかいう能力でも持ち合わせていなければ不可能にも思える。 「無茶よね、相変わらず」 ミナトもそう言ったが、無理とは言わない。 無茶はするが、無理はないのがナデシコだった。 「機関全速! 面舵60度」 「はいはーい!」 ユリカの指示にミナトの指がコンソールを走る。 直後に光条が空間を薙ぎ払う。 駆逐艦からのインパクトレーザーだった。 さすがに機関が傷付いた状態では相手の方が優速だ。 この場合に脅威となるのはむしろ鈍足の戦艦より、駿足の駆逐艦だった。 が、さすがに数が多い。 かわしきるには無理がある。 そもそもユリカの巧みな操艦と、ミナトの神業的操舵、そしてルリの冷静な計算があって初めてできる芸当だ。 ナデシコの面子でなければとっくに撃沈されていてもおかしくない。 今までかわしていたことの方が奇跡だった。 そして、人間の前に機械に限界が訪れた。 過負荷に耐え切れなくなったフィールドジェネレーターが過熱で停止。 ディストーションフィールドが一気に20%台まで出力が低下する。 レーザーの1,2発ならこれでも弾けるかもしれないが、リニアカノンやグラビティブラストは無理だ。 一撃でもそれらを喰らえば今度こそナデシコは撃沈される。 直後に逸らしきれなかったレーザーの一部が着弾。 数万度という高温に晒された装甲板が一瞬で蒸発し、爆発に近い衝撃をもたらす。 「アキトが! アキトが帰ってくるのに!」 血を吐くような叫び。 アキトはナデシコから離れている。 ノーマルエステの加速力で間に合う距離ではない。 「まだです! ユリカさん! あなたが言ったんですよ、アキトさんが帰ってくるって!」 オペレーター権限で操舵のコントロールを自分へ移譲。 同時にブレード内部のVLSへリンク。 ミサイルの安全装置を解除。 オモイカネの警告を無視してVLS内部で自爆させた。 爆発のエネルギーは出口を求めてVLSのハッチを吹き飛ばし、爆炎を噴射する。 その反動でナデシコが回転しそうになるのを懸命にコントロール。 敵はその通常ではありえない動きに完全に狙いを外された。 「……無茶するね、ルリちゃん」 重力制御が間に合わずに横殴りのGに晒されたユリカは手すりにしがみ付いて難を逃れたが、 他の人間はそうはいかなかったらしい。 ジュンは壁に張り付いたままピクリとも動かない。 いちおう生きてはいるようだ。 <無茶すんなー、自分> 「そうです。 無茶と言うのはこれくらい……って誰です?」 少なくともナデシコの人間ではない。 ウインドウに写るその女性は宇宙軍の軍服に身を包んでいた。 同じく未来で宇宙軍に所属していたことのあるルリはその階級が読み取れた。 将官用の階級章に星はなし、と言うことは准将だ。 <細かい事は気にせんとき。 それよりも、こっちで回収するで> 「でも敵艦が……」 <あそこのスクラップのことかいな?> ナデシコを狙っていた駆逐艦は巡洋艦からの砲撃で文字通りの鉄屑にされていた。 ルリたちは知らないことだが、重巡洋艦は30センチ・ガトリングレールガンと言う凶悪な代物を装備している。 駆逐艦程度なら蜂の巣にできる貫通力と連射力を誇る逸品だ。 安堵の吐息を洩らしオモイカネに照会して確認。 それは連合宇宙軍第12独立艦隊の宙雷戦隊だった。 そしてその後ろにはコスモス。 「……コスモス、ですよね」 多連装のGBに4発の相転移エンジンを搭載する艦などほかに思いあたらない。 しかし、それは記憶している形状とだいぶ変わっていた。 ドックスペース用の可動式ブレードはなく、その間は格納庫らしきものになっていた。 そして艦舷には連装の高角砲。 ミサイルランチャーまでついている。 <ああ、あんたらはあっち> そして示されたのは明らかに非武装の大型艦艇。 しかも大きさだけならコスモスより大きいかもしれない。 ドック艦<ドーヴァー>。 AGI製の最新の工作艦がそこに存在した。 ○ ● ○ ● ○ ● 「オレはアカツキ・ナガレ、コスモスから来た……って、聞いてないね」 その通りだった。 格納庫内にはナデシコパイロットの主要メンバーと艦長のユリカが集まっていた。 彼らの視線を集めているのが、アカツキではない。 「ガイ! 何であんな無茶をした!」 アサルトピットからヤマダに真っ先に掴みかかったのはアキトだった。 殴りかかろうとしていたウリバタケも、問い詰めようとしていたリョーコたちよりも早い。 「……足りねぇんだよ」 それは声だった。 アキトの動きが止まる。 その場の全員の動きも止まる。 アキトを止めようとしていたイツキも、何かを告げようとしていたユリカも。 「まだ……全然、足りないんだよ」 「ガイ、お前……」 「火星で俺はまたなくしちまった。 なんでだなんて言わねよ。 足りなかったんだ。 力が、足りなかったんだよッ!」 その目をアキトは知っていた。 暗い、深い、悲しみと後悔に埋もれた人間の目。 自責と悔恨に自己を追い詰め、そして暗い情念に囚われた人間の目。 それはかつて、チハヤを殺されたジュンの、西欧で見たテツヤの、 そしてプリンス・オブ・ダークネスと言われた自分のしていた目。 アキトは内心で舌打ちした。 火星でナデシコは2人のパイロットを喪失した。 アキトはその2人とさほど交流があったわけではないが、それでもそのことに関しては苦い思いがある。 イツキから聞くところによれば、ナデシコ乗艦以前からの付き合いである彼にしてみれば 親友と呼んで差し支えない関係だったのだろう。 「アキト、お前は友達が殺されたらどうする?」 「…………ガイ」 「……どうしたらいい! どうすればいい! 俺は、また何もできなかったんだぜ! 見送って、それっきりだ!」 アキトの手を振り払い、逆に襟に掴みかかる。 「わかってるんだ。 これは無駄だって! 復讐にもなんねーことなんて承知してるんだ。 でもよぉ、どうしようもねぇんだ……この気持ちは!」 気持ちはわからなくもない。 だが、それでも……否、それだからこそアキトは言わねばならなかった。 「……復讐は無意味だ」 「なら、あの2人の命は復讐する価値もないってことか! 復讐ってのは手段じゃねえ。 目的なんだ! あの2人を殺した奴らがのうのうと存在してやがるのが許せねえ……それだけだ」 「ヤマダさん! これは戦争なんです。 あの2人だってそれは承知していたはずです」 「だから、大人しく葬式やって悲しんでろってのか!」 ガンッと音をたてて壁に拳が打ち込まれた。 「イツキ、俺はパイロットだ。 俺は、俺のやり方で、敵をとる」 「そしてまた突っ込んで自爆するのかい」 いい加減にエステのコクピットにいたのでは誰も構ってくれないことに気付いたらしいアカツキが下りてきた。 「……なんだと」 「さっきも僕が助けなきゃ死んでたよ、君。 熱血するのはいいけどさ、今のままじゃ無駄死にするだけだよ」 「ケンカ売ってるのか」 今にも噛付かんばかりのヤマダにアカツキは軽く言う。 「僕は上品だからね。 そんな野蛮なことはしないよ」 「てめぇ!」 「ヤマダさん!」 「ガイ、よせ!」 アキト以上にヤマダは直情型だ。 アカツキに殴りかかろうとするのをイツキと2人がかりで止めた。 「他の人は言いにくいみたいだから、僕が代わりに言ってあげるけど、 君のしたことは無駄どころか逆にナデシコを危険に晒す行為だよ。 君を止めるためにパイロットが総出で追いかけたんだから。 つまりね……」 アカツキの視線が鋭さを増す。 軽薄そのものだった空気が剣呑なものへ変じ、声から感情が消えた。 「邪魔なんだよ、君」 ――― パンッ 格納庫に沈黙が落ちた。 アカツキは叩かれたことには何の感情も示さず、ただまたいつもの軽薄な笑みを浮かべた。 イツキは腕の力を少し抜いた。 押さえていたヤマダの腕からも力が抜けている。 そしてアキトはアカツキに平手打ちをみまったその人物を意外な思いで見つめていた。 「……あなたの言葉は正しいかもしれない。 でも、わたしは嫌い」 「……ヒカル」 リョーコはともすれば自分が殴りかかっていたであろうことを自覚し、拳を開いた。 「正論ばかりで人は成り立ってるわけじゃない。 矛盾する感情、それもまた」 イズミがポツリと呟く。 「……嫌われたかな」 それでも不敵に笑うアカツキ。 周囲の人間は何となく気まずい雰囲気に言葉を発せられなかった。 「本艦は戦闘宙域にいます。 これ以上諍いを続けるならパイロット資格を艦長権限で凍結します」 それまで沈黙していたユリカが宣言する。 「パイロットを助けてくれたことには感謝を、こちらの非礼には陳謝をしますが、 あとはナデシコ艦長の私、ミスマル・ユリカがこの件は預かります。 アカツキさんは着任報告を、話はそれからにしましょう」 ユリカの鶴の一声によってその場は流れた。 ただ、パイロットたちの間に生まれた不信感と苛立ちはどうにもならなかった。 リョーコ、ヒカル、イズミの3人は待機。 アキトはアカツキと共に報告。 ヤマダとイツキは準待機……実質的には謹慎を言い渡された。 ○ ● ○ ● ○ ● 廊下を歩く間、3人は無言だった。 先頭を行くのがユリカ、その後ろにアキトとアカツキが並んでいる。 「悪かったな。 嫌な役をやらせた」 沈黙を破ったのはアキトからだった。 アカツキは一瞬、虚を突かれたような表情になったが、すぐに軽薄な笑みを浮かべる。 「何のことだい? それとも君はまさか僕が『いい奴だ』なんて言いださないだろうね」 「そういうつもりだ。 あそこでお前がああ言わなければ納まらなかっただろうしな。 逆に俺とガイで言い争いになっていたと思う」 そうしたらナデシコパイロット陣の不信感はいっそう強まってしまう。 イツキは感情的にはヤマダに近いだろうが、リョーコたちはアキトよりだ。 あの問題はパイロットたちが真っ二つに割れかねない危険性を秘めていた。 「君は好意的に解釈しすぎだよ。 お人好しだね。 僕はああ言うノリが嫌いなだけさ まるで自分が……」 「『自分が一番不幸です』と言わんばかりの態度、か?」 「そうそれ。 この戦争で友人や身内を亡くしているのは彼だけじゃないよ」 「……そうだな」 アカツキも『戦争で』ではないが、身内を失っていることに違いはない。 アキトの記憶によれば確か兄を事故で亡くしているはずだ。 しかし、アカツキはその死を悲しむ暇もなくネルガル会長という重責を背負う羽目になる。 困難辛苦などという言葉では生易しいくらいのことだっただろう。 アキトも両親を亡くした後は施設で育てられたが、それは自分の責任を背負うだけですんだ。 アカツキのように何万という社員の生活まで責任を負う必要はなかった。 「悲しむ暇があれば、もっと別にやるべきことがあるだろう」 そう言うアカツキの横顔は軽薄さを装いながらも重責を負い続けた会長としての厳しさがあった。 アキトはそれを感じ取ったからこそかつての、そしてこれからの友人に告げる。 「……やっぱりいい奴だな、アカツキ」 返事はなかった。 ○ ● ○ ● ○ ● 2隻の巨大な戦艦が飲み込まれるような形で係留されている。 AGIの最新型ドック艦<ドーヴァー>と同型艦の<ジブラルタル>だった。 飲み込まれかけているのはナデシコとドレッドノート。 ともに自航がやっとというくらいまで傷付いていると言う点では共通している。 <ドーヴァー>に収容されたナデシコは検査の結果、相当叩かれたらしいことが判明した。 ざっと報告書を流し読みしただけのタカマチ・シロウ少将にもそれはわかった。 「右舷フィールドジェネレータ破損、機関全開出力も40%まで低下、艦橋上部のセンサーレドーム喪失、 左舷ブレードのVLSも7基が完全に使用不能8基が修理要、第2エレベータ全損、左舷5ブロックがレーザーで貫通、 グラビティブラストへのミサイル直撃、他にも数発のミサイル被弾あり、おまけに……」 「ああ、分かったもういい。 十分だ、艦長」 「よくこんな状態で戦闘できましたね」 ニイザワ・ヤスオミ大佐が報告書をめくりながら言う。 どうにも呆れと尊敬の入り混じった複雑な視線をナデシコへ向けている。 「君ならどうする?」 「逃げます」 あっさりと返された。 「コスモスなら多少の被弾には耐えられますから、その間に撃たれようが逃げます。 全力かつ全速で」 普通ならそんなことを言うような艦長はいない。 提督にそんなことを答えれば怒鳴られるか、戦意不足として解任されかねない。 しかし、相手のタカマチ少将も(本人は断固として否定するが)変わり者だった。 「そうだな。 俺でもそうする」 「そこをあえて敵に突っ込んで行くというのは、バカか天才ですね」 ナデシコはあえて敵艦隊へ突っ込むことで攻撃を回避した。 逃げようにも機関出力が低下しているせいで逃げようにも逃げられなかったのだが、 そこであえて突っ込むというのは尋常の発想ではない。 結果的には砲撃に晒される時間が少なくできる上に、 正面からなら機関に損傷を受ける危険が少ないために有効な手ではある。 しかし、それをとっさに命じ、かつそれに従って完璧にこなせるかはまた別の問題だ。 「クロフォード中将が意地でも確保しろと命じるのも分かりますね。 確かにとんでもない艦ですよ、主に人が」 「………そうだな」 この戦いを演出したファルアス・クロフォード中将がナデシコを確保しろと命じたのはその価値を認めながら、 一方でイレギュラーとなる要素を監視するという目的があったからだ。 それを知っているタカマチは素直に頷くことができなかった。 「提督、アルビナより通信です」 複雑な思いが渦巻いていたが、それをおくびにも出さずにタカマチは応じた。 「誰だ?」 「クロフォード中将から、緊急にと」 「わかった、繋いでくれ」 しばらく秘匿回線でなにやら話していたが、だんだんとその表情は険しくなっていった。 そして通信を終えると苦りきった表情で告げた。 「ナデシコを呼び出してくれ。 もう一仕事してもらう事になりそうだ」 ナデシコは身動きが取れないとは言え、戦闘は依然として続いている。 それだけは厳然たる事実だった。 <続く>
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代理人の感想
もしや、犬男って三角関係?(爆)
いやそれとも、彼とあの艦に乗ってるはずの彼女のことかな?
それはともかく・・・・・確かに今回はアキトよりガイの方がよっぽど主人公っぽいような(笑)
・・・ガイも元々主人公体質ですからねぇ。こういうのが良く似合う(苦笑)。
追伸
こちらの琥珀さんには、まだ可愛いところもあるようで。