時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第14話 熱めの『冷たい方程式』・その4








「捜索隊は出せないってどういうことですか!?」



イツキはユリカに食ってかかった。

ユリカはそれに答えない。

代わりにプロスが2人の間に割って入る。



「私どもとしましても、この結論はまことに遺憾ながら……」



「私は理由を聞いているんです!」



今回ばかりは止める人間はいない。

リョーコなどはイツキが言わなければ自分が言っていたであろうとさえ思っていた。

熱血バカとは言え、仲間は仲間だ。



「ナデシコは現在、身動きが取れません。

 ドック艦での修理が終わらなければほとんど自航がやっとの状態ですから」



あえて淡々とした口調でユリカは告げた。

もちろんそんな説明で納得するような面々ではない。



「ならほかに手はいくらでも ―――」



「ありません。 機動兵器を使うとしてもエステバリスでは航続距離が足りません。

 バッテリーを搭載しても稼働時間は約2時間です。

 往復することと諸々のタイムロス、そして安全を考えるなら1時間半。

 ナデシコで現在稼動状態にあるエステバリスは6機」



注意深く見ればユリカがいつもの彼女らしからぬ言動をしていることに気付けただろう。

感情を交えずに淡々と理詰めで説明するようなやり方は、本来ならイネスやルリの持ち味だ。

本来のユリカは、もっと良くも悪くも感情的なところがある。

俗な言い方をするならば、情に厚く、また情に流されやすいというところだった。



しかし、今のユリカはあくまで感情を交えずに淡々と語る。

アキトから見ればそれが相当に無理をしていることだと察することができた。

同時に、ユリカがそこまでしなければならない事情を考える。



「ヤマダ機の弾き飛ばされた時のデータから算出した捜索範囲をカバーするには数が足りません。

 ナデシコからバッテリーを積んでの往復ではこの範囲を捜索しつくすには、最大の効率で行っても286往復。

 もちろんその間、パイロットは不眠不休で、しかも全機をあげた場合でも、これです」



ユリカの言うことももっともだった。

ナデシコをピンポイントで守るならともかく、捜索にははるかに多くの機体と人員が必要となる。

6機でそれをやれと言うのはとうてい無理な相談だ。



「ベガスで大穴当てるのとどちらが堅実といえるかね」



オモイカネによって算出された発見確率を見てアカツキがぼやく。



「それなら軍に増援を依頼するなり……」



「考えました。 もちろん依頼もしました」



そこで初めてイツキはユリカの声の変化に気付いた。

それはむしろ変化というより変質といえるほど異質なものではあったが。



「返答は……却下、それだけです」



イツキは愕然とした。

かつて所属していた組織は確かに合理主義的で時に非情とも思える選択をすることもある。

しかし、(形式上は)民間人の救援要請を却下するなどと、軍の存在意義を否定するようなものだ。



「なんで、そんな……」



「兵力の不足。 理由はこれに尽きます。

 先の戦闘で連合軍も多くの艦艇を撃沈、もしくは大破させられています。

 その生存者救援には駆逐艦や巡洋艦などがあたっていますが、十分とはいえません。

 

 加えて機動部隊のうち、攻撃に参加した部隊は艦隊から離れていますから、

 撃墜機から脱出したパイロットの捜索と救助にかかる労力はさらに倍化します。

 

 そんな状況で、ナデシコのみを特別扱いはできないと言うのが返事でした」



正論ではあるが、人は理屈のみで納得できるようにできてはいない。

イツキは当然ながら納得しなかった。



「それなら私だけでも行きます。 出撃許可を」



「イツキさん、それは許可できかねます。

 もし、あなたまで……」



「艦長に訊いているんです」



ぴしゃりとプロスを遮る。

プロスが溜息をつき、アカツキが肩を竦めた。

リョーコたちも何か言いたそうだったが、結局は口をつぐんだ。



全員の視線がイツキとユリカに集中する。

それでも2人はお互いから視線を外すことはない。

ゆっくりとユリカが口を開く。



「許可、できません」



それはある程度予想された返答といえたが、落胆はあった。

自分の力不足を認めさせられるという意味と、それでもユリカなら許可してくれるのではないかという期待を

裏切られたという意味での二重の落胆が。



それがますますイツキの焦燥をかき立てる。

次の瞬間、彼女は反射的に致命的な一言を口にしていた。



「なら ――― また、見棄てるんですか?」



今度こそ艦橋の空気が凍った。



「火星でシルフの捜索もせずに逃げ出したみたいに!

 フクベ提督やアルバを盾にしてナデシコだけ逃れたみたいに!」



それはいささか事実とは異なるものの、それでもクルーの心にわだかまりとして残留していたことだ。

ナデシコは火星での朝霧との戦闘で大破に近い損傷を負った。

敵艦を撃退できたのはアルバが盾となって損害を吸収したことと、シルフィードによる弾着観測とミサイル誘導を行えたからだ。



代償は大きかった。

アルバから脱出できたのはコロニーの生き残りと、それを送り届けた揚陸艇のパイロットのみ。

そしてナデシコのパイロット2名が搭乗していたシルフィードは未帰還。

パイロットは消息不明とされていたが……あの状況ではたとえ脱出できたとしても、待ち受ける運命は1つだ。

だが、それを知りながらユリカは撃墜されたシルフの捜索を命じることなくエステバリス隊を収容。

全力で戦闘空域からの離脱を命じた。



合理的な判断ではある。

切り札だったアキトでさえ敵機と相打ち ――― しかも、ブラックサレナを使用していたにもかかわらずだ。

それにマッハ5以上の超高速で飛来するミサイルの前にはナデシコのDFすらまったく役立たずだった。

あと数発被弾していたら危なかったかもしれない。

否、それどころかフィールドジェネレータが破損していたら火星からの脱出すら難しくなってしまう。

だから現状を誰よりも認識するがゆえにユリカは逃げをうった。



それが正しかったかどうかはわからない。

だが、その決断の結果としてナデシコはここに在る。



故に誰もユリカを責めることはできなかった。

だが、それでも皆は心のどこかで思っていた。

『ナデシコを守るために2人を見棄てたのではないか』と。



だからイツキの言葉は劇薬だった。

ルリでさえあからさまに眉根をよせる。

が、逆にユリカは無表情のまま、それでも淡々と答えた。



「例え、そうだとしても許可はできません。

 ナデシコ艦長として、あなたまで失うわけにはいかないんです」



「そんな理屈 ―― ッ!」



言いかけて唇を噛む。

錆びた鉄の味が滲んだ。



ほとんど理性など残ってはいなかったが、最後の最後でイツキは踏みとどまった。

殺意で人が殺せるなら軽く2桁は大量殺戮ができそうなほどのそれを押し込めて、踵を返す。

煮え滾るような焦燥と、ただ苦い敗北感が胸中に渦巻いていた。



「………バカばっか」



ブリッジの扉が閉まる間際に聞こえたルリの呟きは、果たして誰に向けられたものか。





○ ● ○ ● ○ ●





奇跡的と評するべきか、それともこの男なら当然と言うべきか、とにかくヤマダ・ジロウは生きていた。

装甲や内部の回路もぼろぼろで、いくら一流の腕を持つウリバタケでも廃棄を決定するだろうと思われるほどの

損傷を受けながらも愛機のエステバリスは主を守りきっていた。



装甲防御など絶無に近いエステバリスではあるが、それでも多少は気にしていたらしい。

アサルトピットを守る胸部装甲は枯れ木も山の賑わいと言わんばかりの薄さではあったが、

それでも装甲は装甲、きっちりと敵機の破片からコクピットを守っていた。



多少、気密が破られているところもあったが、それはファーストエイドキットの中にあった速乾性の補強材で埋めた。

気圧が下がっていたために破片でパイロットスーツが破れていたらさすがにやばかっただろうが、それは回避された。

パイロットの習性でヘルメットを被っていたのも幸いしたらしい。



が、自ら掴み取った幸運もそこで品切れらしく、状況は最悪だった。

まず第一に完全に母艦の位置と自己の位置を見失っていた。



半分以上がノイズを映し出しているモニターからは月の表面が見える。

クレーターばかりが目立つでこぼこした地形は『表側』らしい。

ナデシコは『海』と呼ばれる平坦な地形の多い『裏側』に停泊しているはずだから、月の影に入ってしまったらしかった。

こうなるとエネルギーウェーブも届かないし、レーダー波なども月で遮蔽されてしまう。



太陽の反射光のおかげで明るいから目視には困らないだろうが、逆に太陽のせいで赤外線探知が使えない場合もある。

人間の目と最新の赤外線カメラの性能を比較した場合、これはどちらかと言うとデメリットだ。



「さてっと、どうすっかな」



内臓バッテリーでは生命維持モードでも3時間持つかどうかである。

緊急用のソーラーセイルを展開してはいるが、気休めだ。



酸素が確保されているうちはいいが、それがなくなれば待っているのは緩慢でかなり苦しい死だ。

そこまで考えが及んだとき、大抵の人間は死の恐怖からパニックを起こす。

そして無駄に酸素と体力を消耗して、運が悪ければ死期を早める。

発見されなければ結果は同じかもしれないが、可能性は少しでも上げるべきだ。



幸いにしてヤマダはこの手のパニックとは無縁だった。

肝が据わっているといえば聞こえはいいが、単に楽観的で図太いだけなのかもしれない。

だが、それこそが生き延びるコツであった。



とりあえず、こうなるとやることがない。

体力と酸素の無駄な消耗を防ぐなら眠ってしまうのが一番だ。

目覚めた時に医務室のベットか、それとも在るかどうかもはっきりしないあの世かはわからないが。



「はぁ、ざまあねえな」



しかし、彼は眠りを拒んだ。

眠ってしまうのが一番楽な手ではあるのだが、

彼の矜持は安易な手段を選択することを『逃げ』ととった。



とは言っても、エネルギー供給の断たれたエステは糸の切れた凧のようなものだ。

何処へ行くにも風まかせ、運まかせ。

宇宙には大気の流動によって生じる風はないが、代わりに太陽から発せられるエネルギーの風、『太陽風』がある。

ソーラーセイルはこれを捉えるためのものだった。

そしてそこからエネルギーを取り出し、電力へ変換してバッテリーへ蓄積する。



地道に電力が蓄積されていく様子を見守っていてもいいが、それはそれで退屈だ。

あてもなく、と言うか、退屈を潰せそうなものを探してさ迷っていた視線が一点で止まる。



「デブリか?」



それは撃沈された戦艦だった。

大気がないために遠近感が掴みにくく、目標の大きさを見誤ることはしばしばあるが、

エステのセンサーはそれが全長200m近い物体であると示していた。

『デブリ』というのは、本来は『破片』を意味する言葉であることを考えれば、

それはいささか大きすぎると言えなくもない。



ただし、艦影は見たこともない代物だ。

見慣れた連合のいかにも『艦』という感じのものでもなく、ナデシコと同じようにドック艦に収容されていたドレッドノート級とも違う。

あえて共通点を探すならヤンマ級やカトンボ級の設計にエンジン回りのレイアウトが似ていなくもない。



だが、ヤマダが注目したのはその残骸そのものではなかった。

太陽光に照らし出されたその残骸のすぐ近く、かすかに動く物体が見えた。



正確には船体を移動する影を見つけた。

影が生じると言うのは光源とスクリーン(この場合は船体の表面)の間に光を遮る物体があると言うことだ。

素早く影と太陽の位置相対関係から『遮蔽物』の位置を割り出して視線を向ける。



案の定、そこに奴はいた。



「――― ッ! 運がいいな、お互いに」



ソーラーセイルを切り離す。

バッテリー残量はなんとか戦闘機動ができる程度の残量はある。

ただし、それを行ったあとは本当に空になってしまう。

それが意味するところは明白であったが、

どちらにしろ今動かなければ殺されるのを待つだけだ。



が、愛機は主の無謀な行動を諌めるかのように反応しなかった。

それとも、最後まで忠実だった愛機も力尽きかけていたと言うべきか。

戦闘機動のために回路に流された電流は定格値を越えるものではなかったが、

度重なる戦闘と至近での爆発に晒されたそれは確実に弱っていた。

焼き切れた配線は運悪くも中枢から各部へ信号を伝達する回路で、ヤマダ機は半身不随となった。

予備はどうしたと思われるかもしれないが、その予備がこれだった。

正規の回路は爆発にやられている。



そもそもエステのエネルギーは外部供給が前提なので、動けたところでどの程度やれたかは保証の限りではない。

それとは対照的に敵機 ―― 一式戦は内部動力。

いくつかスラスターが死んではいるようだったが、それでもゆっくりと近付いてくる。

まるでこちらが動けないことがわかりきっているかのような動きだった。

左腕は根元からごっそりと消失し、頭部も内部機構が露出している有様だったが、

動けるという一点においてこちらより確実に有利だ。



「年貢の納め時っていうのか、こういうのは」



敵機の右腕がこちらを向く。

動けない機体では訪れる破局を回避する術はない。

向けられた銃口をただ凝視するのみだ。



不思議なことに銃口を向けられながら彼に恐怖はなかった。

死を覚悟しているとか、どんなことがあっても生き延びてやるといったことではない。

ただ、なんとなくここで終わってもいいか、などと投げやりな気持ちになっていた。

戦う意義、生きる意味、正義、それらすべてが揺らいでいた。



何のために? 誰のために? どうして? なぜ?



答えはでない。

終わりのない自問自答。

先の見えない現在。



それを終わらせるのが目の前の敵機だとして、それもいいかなどと思ってしまうのだ。

もちろん復讐心が消えたわけではない。

むしろリアルな敵機として見えているだけに、逆に強くなっている。



だが、それでも………



「もう、いいか」



そう思ってしまうのだ。



だが、敵機という形をとった死の運命すら彼を用意には楽にしてくれないようだった。

右腕から打ち出されたのは砲弾ではなく、通信用のワイヤーだった。

強制的に回線がこじ開けられる。



<地球人、聞こえるか?>



SOUND ONLY(音声のみ)と表示されたウインドウから声が流れる。

平坦だった心にざわめきが生じた。



<こちらは木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球連合体、突撃優人部隊所属優華部隊だ。

 お前の機体はロックオンされている。 戦闘の意思なくば、速やかに武装解除し投降せよ!

 繰り返す ――― >



木星圏云々のくだりはほとんど理解できなかったが、それでもわかったことはある。

木星蜥蜴は日本語が流暢らしい。





○ ● ○ ● ○ ●





パイロットスーツに着替えるのは久しぶりのことだった。

せいぜいが士官学校の教育課程で習った程度に過ぎない。

もちろん、そんなのだからIFSもつけてはいない。

そう言えば前回はアキトとケンカして飛び出すときにつけたのだった。

そう思うと懐かしい気分だ。



「やっぱり行く気なんだな、ユリカ」



「………アキト」



振り返ると同じくパイロットスーツを着込んだアキトが立っていた。

さすがに本職……ではないが、ユリカよりは着慣れているのだろう、さまになっている。



「私、酷いよね。

 イツキちゃんの気持ちだってわかるの。

 自分だったらどうするかだってわかってる。

 でも……」



「ユリカ、俺はお前の選択が正しいのか、どうなのかわからない。

 だけど、同じように選ばなければならないことはあった」



「覚えてるよ。 メグちゃんと私がアキトを探しに行ったときだよね」



アキトは頷く。



『溺れている人間のうち、どちらを助けるか?』とはよく言われる喩だが、

『両方』もしくは『選べない』というのが多いのではないだろうか。

確かに両方助けられればそれがベストに決まっている。



だが、それは理想だ。

現実にはいくつも取捨選択を迫られることがある。

現にアキトも1回目のときにユリカとメグミのどちらかを選ばなければならなかった。

ナデシコから弾き飛ばされ、迎えに来た2人を逆に救助する羽目になったとき、

2人を連れて行けば酸素が足りなくなることはわかりきっていた。



……どちらを置いていくか?



悩んだ末に、アキトは両方を連れて行くことを選択した。

結果としてはナデシコが来てくれたために3人とも助かったのだが、未だにあの時どれを選ぶのが正解だったのかわからない。



だが、それでも選んだ。

無限の可能性、限られた選択のなかからそれでも選んだのだ。



「きっと何が正しいなんて誰にも決められないんだ。

 でも、俺たちは選択しなければならない。

 

 運命なんて俺は信じない。

 決定付けられた未来なんて認めない。

 常に選択して、そして後悔もしたりする。

 

 でも、選ぶことをやめて流されるだけの方が、もっと後悔すると思う。

 結局、俺たちにできることなんて選んだ道が正しいのか、ただ考え続けて、そしてその中で全力を尽くす事だと思う」



そこでいったん言葉を切り、アキトは頬をかいた。

説教じみたことを偉そうに語ってしまったと思ったらしい。



「まあ……俺が言いたいのはだな、俺はいつでもユリカの味方だってことさ。

 ガイを探しにいくなら俺も一緒に行く」



「…………アキトぉ!」



抱きついてきたユリカをやんわりと受け止めた。

火星から度重なる重大な決断に押し潰されていた感情が堰を切ったように溢れてくる。



「アキト、アキト、アキト〜ッ!」



子供のように泣きじゃくるユリカを抱きしめたままアキトは思った。

ガイの奴、無事に帰ってきたら一発殴っておこう、と。



しかし、当のヤマダ・ジロウはアキトに殴られるまでもなかった。

なぜなら……





○ ● ○ ● ○ ●





言葉が通じるというのはかなり心強いことである。

だが、この場合はただ異質なだけだった。



木星蜥蜴という正体不明のエイリアンがなぜ日本語を使えるのか?



仮説1:翻訳機

一番ありそうではある。

が、なぜピンポイントで日本語なのかと言う疑問は残る。

現在でも連合内では共通の公用語に指定されているのは英語だった。

木星蜥蜴が解析するなら英語の方がよさそうなものだが。



仮説2:テレパシー

映画の資料では直接ニュアンスを伝えれば違う言語系の生物でも意思疎通は可能らしい。

ただし、思考形態まで違うはずのエイリアンにそれが可能なのかは不明。



仮説3:ご都合主義

なぜか日本のアニメや特撮では世界滅亡の鍵が日本に集中していたり、悪の組織が征服を目指していたりする。

ただし、この戦争は全地球規模なのでこの仮説はたぶんに怪しい。



仮説4:実は日本人



……バカかッ!



ヤマダは首を振ってその妄想を打ち払った。

そんなことがありえるはずがない。



<聞こえているのか、地球人! これが最後の通達だ!

 速やかに武装解除し、投降せよ! さもなくば撃墜する!!

 投降の意志はあるのか!?>



苛立ちを含んだ声が響いた。

慌てて応じる。



「こちら“地球人”だ。

 投降に応じる」



<了解。 ようやっと応じたな!

 そちらの人数は?>



「一人だ。 こっちはもう酸素の残量が少ない。

 とっとと回収してもらいたいんだが」



<いいだろう。 ただし、一つだけ条件がある>



………まさか、牛の内臓をよこせとか言い出さないだろうな。



そんな愚にもつかないことを考えるが、要求はもっとまともだった。



<地球側の人型機動兵器の戦闘データを回収したい。

 コンピュータの基盤を引き渡せ>



基盤?

データではなくなぜ基盤の方を?



<どうした地球人。 投降する以上、そちらに選択権はないぞ>



「……わかった。 応じる。

 取り外し作業が終わり次第、機体を捨ててそっちへ移乗する」



<いや、コクピットが狭いのはこちらも同じことだ。

 そこの残骸の一部にまだ気密が保たれた区画がある。

 そこへ移れ>



敵機が示したのは彼も発見した戦艦の残骸だった。

概ね原形をとどめている点から見てもその言葉は真実だろう。

もしかしたら先程はそれを確認していたのかもしれない。



<先に進め。 私はその後に続く>



他にも考えるべき疑問は多かったが、

その答えを見つける時間までは用意してくれないらしい。

大人しく残り少ないバッテリー残量を気にしながら機体を残骸に横付けする。

その間も敵機はぴったりと背後をとっていた。

こうされると人型のエステバリスは成す術がない。



「……いい腕してるぜ、畜生」



パイロットスーツの気密を確認してコクピット内の与圧を抜く。

こうしないとハッチを開けた際に空気と一緒に吸い出されてしまう危険があった。

個人用のエアスラスターを引っ張り出し、装着。

次いでコクピットのハッチを開放。



確かに破口から覗くと戦艦の細かな気密区画のおかげで気密の保たれているブロックがあるようだった。

覚悟を決めてコクピットから出るとラッタルを蹴って飛び移る。

後ろを振り返ると同じように敵機の胸部装甲が跳ね上がり、コクピットが開放される。

ほとんど目測では自分と変わらないサイズの人影を確認してさらに不安が広がる。

何か自分は踏み込んではいけない領域を知ろうとしているような気になったのだ。

それを誤魔化すために視線を左に向け、



「あの野郎、砲身がおしゃかになってるじゃねぇか。

 撃墜するってのはハッタリか」



敵機の右腕に固定された機関砲は既に残骸だった。

給弾機構が無事だったとしても、砲身が裂けているのでは発砲しようもない。



だが、それを見越していたかのように人影の方は拳銃を構えていた。

宇宙軍が正式採用しているブラスター同様に真空の宇宙空間でも発砲できるタイプだろう。

さすがにそれまでハッタリと決め付けるわけにはいかない。



ジェスチャーで手近な扉へ入れと促された。

通じるかどうかは不明ながら両手を挙げて抵抗の意志はないと示しながらハッチを手動で開けた。

幸いにして電装系はまだ生きているらしく、力でこじ開ける必要はなかった。

もっとも、そんなことをすればせっかくの気密を自分で破ることになってしまうのだが。



中に入って注意深く見れば、そこはどうやらクルーの私室だったらしい。

ナデシコではそうでもないが、連合の艦艇では珍しい畳の部屋だ。

本当にそこで人が生活していたのだと言うことを感じさせるものがいくつもあった。

それは書きかけの手紙だったり、幸せそうな家族の写真だったり、飲みかけの飲料だったり様々だ。

重力制御が切れた部屋の中でそれらがあてもなく漂う様は物悲しくも幻想的だった。



この部屋で生活を送っていた人間がどうなったか知る術はなかったが、やりきれない思いがある。

できるなら生きていて欲しいと思うが、艦の状況を見る限りそれは相当に楽観してすら不可能そうだった。



「壁に手をついてヘルメットを脱ぐんだ。

 ゆっくりとな」



ヘルメット越しのこもった声が命じる。

地球性のそれと違い、木星蜥蜴のものはゆったりとしていていかにも動きにくそうである。

その割に不自由している様子はないから、スリットでもはいっているのかもしれない。

ただ、ヘルメット越し、しかもそんな恰好なので相手がどんな生物なのかいまいち確認できなかった。

人型はしているようだったが、男なのか女なのか、それともそんなものは関係ないのかわからない。

だが、現に日本語を話し、こうしている相手は正体不明のエイリアンと言うより……



「よし、基盤をこちらへ放り投げろ。

 ただし、ゆっくりとだ」



実を言うと、この瞬間を待っていたのだ。



壁に手をついたまま、首を回してその『敵』を視界の隅に捉える。

それに応じるそぶりを見せつつ、ヤマダは脱いだヘルメットの位置を確認した。

そしてゆっくりと小さなコンピュータ基盤を放る。



無重力下でそれはそのままふわふわと宙を漂いながら相手へ向かっていく。

通常なら重力に引かれてすぐに落ちてしまったであろうほど軽い力で放ったそれは亀の歩みだ。

だから、ヤマダは基盤の方へ敵の注意がいく瞬間を見逃さなかった。



「喰らえ蜥蜴野郎ッ!」



ヘルメットを思いっきり蹴り飛ばす。

狙い通り、基盤に注意がいっていた相手は反応がワンテンポ遅れ、

ヘルメットは狙い違わず手にした拳銃を叩き落した。



「貴様ッ!」



慌てて銃を拾おうとするが、遅い。

その前に彼の拳が鳩尾に突き刺さっている。



「 ――― かッ、げほ」



「調子に乗るなよ、蜥蜴野郎!

 テメエを燻製にしてやるぜ!!」



とりあえず急所は人間と同じらしい。

それを確認して彼は空手の要領で構えた。

だが、それは『人間と同じ』と言うことなのか、それともあるいは……



「コンピュータ基盤さえ手に入れば貴様に用はない。

 捕虜待遇を棒に振ったことを後悔するぞ!」



「抜かせッ!」



もう技も駆け引きもあったものではない。

先程から感じている疑問もどうでもよくなっていた。

ただ激情にまかせて殴る、蹴る、叩く、殴られる、蹴られる、突かれる。



ヤマダのミドルキックが胴にきまって相手が壁に叩きつけられる。

追撃しようとした彼の顔面に反撃の拳がめり込んだ。

血を拭うこともなしにヤマダはその腕を掴んで膝蹴りを見舞った。

が、それは受け止められ、お返しとばかりに頭突きが飛んできた。

相手はヘルメットをつけているのでかなり効く。



「もう終わりか?」



嘲るような声。

返答は壁を蹴った反動で勢いをつけた飛び蹴りだった。

無重力ならではの技だと言える。



「へっ、無駄口叩いてられるのも今の ―― 」



言い終わる前に逆襲でハイキックが飛んできた。

口の中が切れたらしく、血の味が滲む。



「確かに今のうちのようだな」



「気取ってんじゃねぇッ!」



そして再びノーガードの殴り合いが始まった。

相手はヘルメットをつけているだけ有利だったが、ヤマダの方が一撃が重い。

結果として殴り合いはほとんど互角だった。



「こん畜生が!」



「 ――― ッ!?」



否、わずかに彼の方が有利になった。

タフネスが基本的に常人と比べて売れるほどあまっている男である。

多少殴られようが蹴られようが構わずにタックルで押し倒す。



「面、拝んでやるぜ」



言うなりヘルメットを引っぺがす。

彼としてはこのままマウントポジションでボコボコに殴ってやるつもりだったのだが、



「――― な?」



これがいかにも宇宙人でございといわんばかりのリトルグレイ顔だったり、

タコとイカを足して爬虫類のエッセンスを加えたような化け物だったりしたらヤマダは躊躇なく拳を叩き込んだだろう。

だが、予想に反してそこには彼と同じ人間の、しかもややきつそうではあるが、

年頃の少女だった場合の対応はさすがに考えていなかった。



一瞬、思考が停止状態に陥り、故に隙が生まれた。

膝が背中に突き刺さり、彼は前のめりになって壁と熱烈な接吻を交わした。



「貴様、殺してやるッ!」



「おい、ちょっとまて ―― ッ」



と言われて待った人間は何人いただろう。

生憎と相手も奇特に待つ類の人間ではなかった。



ヤマダの顔面に掌底が叩き込まれ、ひるんだところを下から顎を蹴り上げられた。

脳が揺さぶられるこの一撃はさすがに膝にきた。

堪らず膝をついたところへ再び体重を乗せた蹴り。

胸板を押さえつけられて呼吸が阻害される。



「命を縮めたな地球人」



壁を何回もバウンドしてようやく手元に戻ってきた拳銃を構えなおす。



「だからちょっと待て!」



「今さら命乞いか?」



落胆と嘲笑の入り混じった表情を浮かべる。

しかし、ヤマダの方はそれどころではなかった。



納得できない。

ただ、わけがわからない。

可能性として考慮しながら一笑に付すような現実が目の前にある。

相手は木星蜥蜴と呼ばれるエイリアンのはずだった。

それがいつの間にばけたのか?



……それとも、そもそも『木星蜥蜴』が幻想だったのか。



「畜生、間抜けか俺は……」



天啓のように閃いたそれは確かに真実を当てていた。

だからこそ彼は確かめなければならない。



「確かに間抜けだな。

 せっかく助かりかけた命を無駄にした」



独り言を誤解して相手がそう言ってきたが、

彼は普段ほとんど使っていない脳を労働基準法に違反しそうな勢いで酷使していた。

何とかしてこの場を切り抜けなければならない。



なにか、なにか自分にとってプラスとなる情報は………あった。



不敵な笑みを浮かべつつ、相手に告げる。



「さっきコンピューター基盤すら手に入ればって言ってたよな。

 だけどな、それに起動パスワードが必要だとしたらどうする?」



「そんな嘘が ――― 」



「そいつはれっきとした軍用コンピュータだぜ。

 ここで俺を殺してみろ。 そいつはただの板切れだ。

 データ回収なんて嘘っぱちだ。 そいつがないと困るのはあんただろ」



相手には明らかに動揺があった。

ヤマダの脳は追い詰められたが故の火事場の馬鹿力を発揮しているようだった。

行く先々でなぜか事件が起きる某少年探偵も真っ青の推理力だった。



「さっきの戦闘で航法コンピュータがいかれたんだろ。

 爆発に巻き込まれただけの俺の機体ですらボロボロだったんだ。

 あんたの方はそれくらいの損害は出ててもおかしくねえ。

 

 軌道計算ができるコンピュータがなけりゃ、

 いくらスタンドアローン可能な機体でも宇宙をさ迷うしかねえしな。

 ナデシコ相手に見せた執念考えれば、さっさと俺を撃墜していてもおかしくないのに、

 あえてコンピュータ基盤を奪おうとしたのはそのせいだろ」



ヘルメットを奪えたのは正解だった。

表情の変化をみれば一目瞭然だ。

彼の言葉はまさしく図星をついていた。



「お互い生き残るためには手を組むしかねえんだ」



足が退かされる。

苦りきった表情で相手はなにか呟いた。

聞き取れなかったが、毒づいたらしい。



「地球人、貴様の名はなんと言う?」



「ダイゴウジ・ガイだ。 仲間はそう呼ぶぜ」



「私は万葉だ。 御剣万葉」



そう言うと少女 ――― もとい、万葉は無言で左手を差し出した。



「へっ、停戦成立か……?」



ヤマダはそれを握り返し ――― 彼はもう少し差し出された手の意味を考えるべきだった。

何しろ万葉は利き手の右ではなく、左手を差し出したのだから。

残念ながら某少年探偵も真っ青の推理力はどうやら酷使が過ぎてストにでも突入してしまったらしい。

そのツケは直後に身をもって体験することになった。



タイミングを計って軽く握った手を引かれる。

その意味を理解する前に今までで一番強烈な一撃が頬に見舞われる。

思いっきりグーの一撃だった。



「……生き残り、上弦へ帰還するまでだ。

 今度、私を出し抜こうとしたら殺す!

 覚えておけ、ガイ」



薄れる意識の中、ヤマダは思った。



この女……いつか仕返ししてやる、と。



ちなみに彼ががこの仕返しを果たすのはしばらく先の話である。

これがナデシコのヤマダ・ジロウ(魂の名前『ダイゴウジ・ガイ』)と優華部隊の御剣万葉のファーストコンタクトだった。







<続く>






あとがき:

と言うわけで、ガイと万葉のワースト、もとい、ファーストコンタクト編です。
これを執筆する際に久しぶりに往年の名作を参考にしました。
そう、敵味方に分かれる男女の恋愛と言えばガンダムです。
そんな訳で見ました機動戦士ガンダム劇場版。

そして閃いたのです!
今回のタイトルはその名も殴り合い宇宙そら

……ダメですか?

 

 

代理人の感想

08小隊かと思ったけど・・・・・・・さすがにそれはなかったか。

ガイと万葉じゃぁなぁ(爆笑)。

 

(むしろああ言う状況でああ言う行動をとるシローの方がごく少数派という説もありますがw)

 

 

・・・・さて、どっちのお迎えが早くくるのかな?