時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第15話 『異邦人』たちの午後・その2








引くこともできず、進むこともできず。

であれば、ここで踏ん張るしかない。



大昔の、父親が56歳にして健在振りを妻にアピールした結果生まれたために

五十六と名付けられた某司令官の言葉を反芻してみる。



とりあえずナデシコはドック入りして大規模な修理を行う関係で乗員には休暇が出ていた。

にもかかわらず、乗員の大半がドックの隅に集まっているのは彼のせいだった。



「と言うわけで、この名無しさんに名前をつけてあげましょー!」



こういうことに関しては異常なまでの行動力と団結力を発揮するクルーは、即席の会場まで作ってしまった。

基本的に名前を考えると言うのは建前に近く、ようするにお祭り好きなのだろう。



「はい! 艦長ッ!」



「はい、ヒカルちゃん」



栗色の髪のメガネをかけた女性が勢いよく手を挙げる。

一瞬、この馬鹿げた状況を何とかしてくれるのかと期待したが、



「ヒイロ・ユイは?」



「却下します!」



ダメだった。

と言うか、ノリノリである。



「じゃあ、カタカナで『ナナシ』」



今度は別の男 ―― 恰好から推察するに整備班の人間らしい ―― が手を挙げて発言する。

Zの刻印でも刻むつもりだろうか。



「それも却下します」



「うーん、それじゃあ、トロワ・バートン」



「変わってません!」



どちらにしろ彼女は俺を単独で地球へ降下させるような任務に就かせたいらしい。

あれは補給兵站の面から見ても無謀としか言いようがないのだが。

どうせなら先行量産型と銘打ってあるくせにまったく量産型ではない機体の配備される小隊にして欲しい。

生存率もやたら高そうだし。



「それなら……」



その後も次々と、よくもまあ、ネタが尽きないものだと思うほど羅列されていく

『自分の名前になるかも知れない』単語を記憶する。

中にはニャルラなんとかや、ポチなど、どう考えても人に当てる名前でないようなモノまで。

いい加減、67を越えた時点で数えるのを止めた。

待つことにはなれていたし、耐えることも仕事の内だ。



「えー、それじゃあ、発表します!」



メモの一つも取っていた様子のない艦長だったが、

それは必要なかったかららしい。



彼女と、その隣に無表情に佇んでいる少女との間にウインドウが展開された。

とりあえず上のほうから確認してみたところ記憶と一致したので、恐らくは今までの発言を記録していたらしい。

だとするならかなり融通の利くコンピュータらしい。

しかも高性能。

ムダに。



「厳正な抽選の結果、名前は『カイト』で決定で〜す!」



……まあ、『ポチ』やら『ぺス』のようなペットの名前よりはマシだ。



「はい、質問です」



「何かな、ルリちゃん?」



艦長が隣の少女……と言うか幼女に答える。

身長も年齢もかなり離れているはずなのにそのやり取りに違和感がないのは2人の精神年齢が近いせいかもしれない。

艦長の方が低いのか、それとも少女の方が高いのか。



「審査基準はなんですか?」



「私の独断と偏見です」



「ちなみに艦長のご意見のようですが?」



「かわいいよね♪」



………もしかしたら両方かもしれない。



「私の家で飼ってた犬の名前なんだよ♪」



激しく前言撤回。

どうやらこれもペットの名前だったらしい。

まあ、『ポチ』やら『ぺス』のようなペット然とした名前よりはマシだ。



……たぶん。



「いい名前ですね」



「だよね!」



しかし、それを人につけるのはいかがなものか。

そう思ったが、どうにも拒否権と言うものはこの笑顔の前には用意されていないらしい。



「うん、それじゃあ『カイト』で決まり!」



鶴の一声と言うのだろう。

他にことさら適当なものがあったわけでもない。



「えっと、それじゃあ、皆さんよろしくお願いします。

 俺は『カイト』です」



自分でも確認するように宣言する。

オーケー、刻んだ。



「それじゃあ、皆さん!

 カイトくんが記憶喪失だからっていじめちゃダメですよ〜。

 仲良くしてあげてくださいね〜」



引率の教師のように告げる艦長の姿を見ながら思う。



……どこで間違えたんだろう?





○ ● ○ ● ○ ●





………どこで間違えたのか。



宇宙の大海を隔てたここでも同様の疑問に苛まれる男がいた。

名を草壁春樹。

木連の現首相である。



彼は無力感に肩を落した。

過ちを認めることに異論はないが、認めるには覚悟が必要だった。



「以上が、月防衛戦に関する報告です」



いくらかやつれたように見える舞歌がそう言って閉めた。

目の下には濃い隈まである。



「ご苦労。 別命あるまで自室で待機せよ」



「待機、ですか?」



「……待機、だ」



一瞬、怪訝な表情を見せたものの、敬礼。

「退室を許可する」と告げると少しふらつきながら出て行った。



「少し休ませるべきでしょうね」



経済担当の西沢が口を開く。

報告を聞いている間はことが軍事に集中したため、ほとんど口を挿まなかったが、

相当まいっているらしい舞歌を心配しての発言だった。

彼は舞歌のことは幼少のころから知っている。



「確かに。 優華部隊も再編と訓練で数ヶ月は軍事行動に参加できませんし……」



「東八雲。 本音を言え」



「……すいません、閣下。

 実戦参加は2回目、しかも今度は部下を失っています。

 気丈な妹のことですから大丈夫だとは思いますが、心配であることに違いはありません。

 ここのところほとんど眠っていないようですし」



「やはり休ませるべきだろう。

 いざとと言うときにあの有様では戦闘指揮にも支障をきたす」



北辰も同意を示すが、いかにも実務的な理由であるあたりが彼らしい。



「では、責任の所在は?

 月防衛戦は我が方では初の敗北。

 それにこれほど戦死者が出ているにもかかわらず月を奪われたとあっては、

 国民が黙っていませんぞ」



それももっともだった。

月防衛戦(連合側名称:第四次月攻略戦)で木連は初の戦死者を出した。

これまでもナデシコ相手に戦術的敗北は何回かあったものの、所詮は無人兵器の損害。

しかも純軍事的には大して痛手のない戦闘での話だ。



今回は違う。

月は木連にとって大きな意味を持つ。

そこでの戦闘で参加艦艇の4割を喪失する大損害を受けて撤退した。

その中には特注で建造された有人戦艦、睦月もあり、戦死者の数は300名を越えた。



まだこの敗北は国民へ知らされてはいないが、人の口に戸は立てられない。

帰還した優華部隊の隊員たちからいずれ噂になる。

戦死した将兵の遺族も黙ってはいまい。



これが勝ち戦ならまだよかった。



『貴方たちの夫は(あるいは息子、娘)は決して無駄死にではなかった。

 我々はこの犠牲に報いるためにも悪しき地球人と戦い続けなくてはならないのです』



そう言えば少なくとも慰めにはなる。

死者は帰らないと言う根本的なことまでは変えようがないが、

それでもその死に意味を持たせてやれる。

それは死者への餞と言う形式を借りて、生者を慰めることにほかならないが、

必要なことならやるべきだ。



しかし、言い訳のしようもないほどの敗北。

決定的な大敗北。



そうなってはこの言い訳も使えない。

人はえてして無意味に耐えられない生き物ではあるが、

特に自身の消失である死に関してはことさらに意味を見出したがる。



それがこの敗北では彼らの死はまったく無駄だった。

何の意味もなく、欠片ほどの価値もなく死んだ。

きっぱりと犬死だった。



そんなことに誰が耐えられる?



「だが、説明せねばなるまい。

 それは私の仕事だ」



キッパリと言い切る。

それが最高責任者としての責務だ。



「実のところ、私はこうも思う。

 この犠牲で国民が熱狂から、元老どもが狂信から冷めてくれればとな」



「閣下、たとえ国民がそれに気付いたとしても戦争は終わりません。

 地球は今の状態でこちらから言い出した講和を受け入れることはないでしょう。

 優華部隊からの報告では一般の兵士には木連の存在すら秘匿するような連中です」



その報告は北辰の諜報部からもあがっている。

つまり、地球側はあくまでこちらを認めておらず、である以上はまともに交渉する気もないと言うことだ。

そんな状況では講和も何もあったものではない。



「政治の立場から言わせていただけば、現状での講和は木連にとって禍根を残すことになります。

 月を奪われた状態では敗北という印象しか残らない。

 我々が譲歩するようなことになれば、今までと何も変わらない」



南雲が口を挿む。

それに対して八雲が反論した。



「木連にとって軍事的には月はさして重要ではないのです。

 周辺の制宙権が確保されずとも艦隊の補給や移動には跳躍門を使えるのですから。

 月に拘るあまり戦争そのものを失うような事になっては本末転倒です」



「その『月』の政治的な意味合が重要なのだ!」



「ですが、若い世代の大半は月に精神的な何かを見出してはいません。

 彼らにとって重要なのは日々の糧であって、聖地ではない」



「議会を牛耳っている議院の大半は未だに月信仰が深い。

 決定権を持つのは議会だぞ?」



「それだけのためにこれ以上の犠牲は容認できないと言っているのです」



「このままではそれこそ犬死ではないか!

 それとも貴様、臆したか!」



さすがにこのセリフには普段冷静な八雲も険悪な口調になる。



「政治に振り回されて目的を履き違えるよりはよほどマシです」



「貴様ッ……!」



激昂した南雲が椅子を蹴って立ち上がり、



「やめんかッ!」



一喝されてそのまま硬直する。



「貴様らが争ってどうなることでもあるまい。 頭を冷やせ」



南雲が腰を下ろし、八雲が姿勢を正して謝罪するのを確認してから続ける。



「確かに月を失ったのは痛手だ。 だが、それに関していつまでも議論するつもりはない。

 この失点はどこかで取り戻さねばならん」



「……確かに」



八雲は頷いた。

同時に失点程度ですめばいいのだが、と思う。

この戦闘はプラントの生産力と無人兵器群があれば

戦争には勝てると楽観していた節のある軍上層部に衝撃を与えていた。

それが何の根拠もないことだと、目の逸らしようもないくらいはっきりと突きつけられたのだから当然だろう。



「よろしいですか、首相?」



それまでほとんど沈黙していた西沢が挙手する。

草壁が許可すると彼は穏やかな口調で語りだした。



「この戦闘で得た一番大きな教訓は、戦争では人が死ぬということです」



何を当たり前なことを、と言いたげな残りのメンバーに対し、西沢はあくまで穏やかに告げる。



「当たり前の事だと思いますか?

 ですがこれは異常な事態なんですよ。 木連の人口は多くない。

 あと数年も戦争が続けば、人材の枯渇が深刻になるでしょう。

 現に今にしたって予備兵力であるはずの優華部隊が前線に立っている」



八雲が苦い表情になる。

そのことに関して責任の一端は彼にもあった。

特に優人部隊の実戦投入が遅れに遅れている現状では。



「今でこそ軍は志願制でなんとかやっていますが、いずれ限界となります。

 もし徴兵制をとるとしたら、今度は産業基盤そのものにダメージがいきますよ。

 人はプラントによって生きるにあらずです」



確かに木連の生産のほとんどは古代火星人の遺跡であるプラントにその大半を依存しているが、

さすがに細々した生活用品や日用雑貨、食料の生産は人手を必要とする。

徴兵制はここから健康な労働力を奪いかねない。



いや、現にその兆候は現れ始めている。

熟練工や働き盛りの30代や40代の男は後方で工業生産に携わっているが、

逆に次世代を担うべき10代後半から20代までの男は軍へ取られている。

戦争が長期化した場合、若者の不足から世代交代が起こらずに発展が阻害されることが懸念されていた。



「ジンタイプや一式戦の生産もかなり負担となっています。

 兵器はどこまでいっても消耗品ですから」



「火星の生産ラインは?」



「順調ですが、不足しています」



それが全てだった。

順調に計画が進んでいる時でさえ、致命的に生産力は地球に劣る。

頭の痛い話だ。



「地球の占領地に生産ラインを築けないのか?

 たとえば、クルスクのような」



「不可能です。

 あそこですら元からあったラインをそのまま流用しているに過ぎないんです。

 生産できるのは旧式の戦車だけ。

 とても最新鋭技術の塊である一式戦やジンタイプを生産できるような設備はありません」



言い切ってからまた西沢は付け加える。



「専門知識を持った人員を派遣できれば別ですが」



「不可能です。 それはほとんど火星に回している。

 それに新型の開発もあるんですから」



「では、それがすべてですよ、八雲くん」



西沢あくまで諭すように告げた。

人生経験では八雲よりも10年以上長い彼が言うと妙な説得力があった。



「これでは話にならん。 クリムゾンの支援は?

 彼らとて木連に『とりあえずは勝っていて』もらわなければ困るのだろう?」



「彼らもビジネスですからね。

 特にクリムゾンとの取引は元老院が取り仕切っていますし」



「運ばれてくる物資の大半が元老の懐に入っている。

 軍に回ってくる時はその半分、それでさえ輸送途中で抜き取られ、

 部隊でも主計科では横流しされ、現場に届くのは極わずか。

 それですらエンジンオイルの代わりにサラダ油なんてこともある」



八雲が陰鬱そのものの表情で語る。

正常な軍隊ではあるまじき事だが、要するに誰もが餓えている。

そういうことだ。



「つまり、どうしようもないと?」



うんざりとしたような表情で南雲。

それに対し、西沢は偽悪的な笑みを浮かべて見せた。



「クリムゾンと我々との間に直接的なパイプはありませんから。

 で、これが本題なんですが………」



西沢の提案は単純だった。

ある意味で誰でも思いつくようなものだと言える。

実行できるかどうかは別問題として。



「………わかった。 検討しよう」



しばらく沈黙した後、草壁は決断した。



それはある意味、元老院に対する背信行為とも取れるようなものだったが、かまうものか。

戦争を遂行する上で元老院はほとんど害悪にしかなっていない。

正義は我にありだ。





○ ● ○ ● ○ ●





つまり、最初から全て間違っていたと言うわけか。



カタオカ・テツヤは自己の失態を認めた。

辛うじて命には関わらないだろうと言うことが救いだった。

それ以外は保証の限りではないにしろ。



「お邪魔だったかしら」



「いや、いてくれて助かる」



極上の笑みを向けてくるライザに、できる限りの誠意で答える。

伝わったかどうかは微妙だ。

そもそもその手の誠意や真心は万年在庫不足なのだ。



「せっかく、美貌の未亡人との逢瀬だったのに、悪かったわね」



「仕事だ。 仕事。

 それ以上の意味はないし、期待もしていない」



なぜかやたらに不機嫌なライザに答える。

やはり彼の誠意は在庫不足か品質管理が不徹底で伝わらなかったらしい。



しかし、考えてみればライザも所属はかつての彼と同じ戦略情報軍。

ミナセ少将は宇宙軍とは言え、情報筋の人間であることを考えれば、面識があっても不思議ではない。

特に火星でアルバから持ち帰ったデータは喉から手が出るほど欲しいに違いない。

大気圏内でしか使用できないシルフィードをわざわざ搭載していたのも、火星での情報収集活動を任務としていたからだろう。



ただし、データはそれだけではただのデータに過ぎない。

専門的な知識を持った人間が評価分析して初めて有益な情報として機能する。

たとえば、火星で回収した生き残りに関しても、なぜ彼らが生存できたのかを分析する必要がある。

地下シェルターに蓄えられていた緊急用の食糧は使えたのか、火星では困難な水の確保はどうやったのか、

そしてあるいは彼らは本当に火星の生き残りなのか、などだ。



前回においてクリムゾンのSSを率いていたテツヤは木星蜥蜴の正体も知っていた。

と言うより、教えられたわけではないが気付いていた。



どうにも未知のエイリアンにしては行動が人間くさいと感じた。

生産拠点を狙う戦略といい、政治中枢へのピンポイント攻撃などだ。

無人兵器単体ではほとんど無秩序な破壊活動しか行っていないように思えるが、

全体から俯瞰すると明確な目的をもって行動していることが伺えた。



それに、ほとんど性癖の域にまで達していた英雄嫌いのおかげ、といえるのかどうかは微妙だが、

とある政治家のスキャンダルを調べている時に木連に関する記述が日記に残されていた。



それは木連側からよこされた使者を事故を装って暗殺したことに関する懺悔だった。

自己弁護に終始するその文章は彼にとっては侮蔑と嘲笑の対象でしかなかったが、同時に貴重な情報をもたらした。



少なくとも相手が人間であること。

彼のような人間からしてみれば、やはり人間の敵は人間ということだった。



……ライザはそのことを知っているのだろうか?



「お待たせしました」



その疑問をぶつける前にミナセ・アキコ少将が現れた。

思考を目の前の現実へ戻す。



ここは月にあるホテルの一室。

恐らくは軍の息がかかった場所だ。



月に滞在する間、ミナセ少将が借りているとのことだった。

内装は派手さこそないが、高級そうな家具が置かれ、広さは相当にある。

2泊もすれば彼の給料など吹き飛びそうだ。



今のミナセ少将は軍服ではない。

恰好だけ見れば軍人と言うより主婦か、そうでなければ女子大生で通りそうだ。



「お茶を入れました。 冷めないうちにどうぞ」



「いただきます」



ミナセ少将は優雅な動作でカップに紅茶を注ぐ。

湯気を上げる琥珀色の液体がに口をつけてから彼女は再び口を開いた。



「お二人においでいただいたのはほかでもありません。

 ナデシコの今後と、任務に関してです」



「今後の方については関心がある。

 ただし、俺は軍人じゃない。 任務は関係ないはずだが?」



「カタオカさんは、今はフリーのジャーナリストでしたね」



「ええ」



短い返答。

余計なことをべらべらしゃべればボロが出る。

例え相手にばれていようが、しらばっくれるのが鉄則だ。



「今はネルガルに雇われていますがね」



「あら、そうするとAGIの方のお仕事はお休みですか?」



危うく紅茶を噴出しそうになるのを堪えてポーカーフェイスを維持。



「以前は仕事を請け負った事もありますが、専属ではありませんから」



「そうですね、クリムゾンさんの方のお相手も大変そうですし」



世間話のような口調でとんでもないことを連発する。

盗聴器は殺してあるのだろうが、ライザに聞かれるのはまずい。



テツヤが戦略情報軍にはいるきっかけとなった事件と、

また放り出される原因となった事件の2つにクリムゾンが関わっていた。

ライザは「あんた、また何かやったの?」とでも言いたげな視線を向けている。

それに対し、「それは誤解だ」と言うニュアンスをアイコンタクトで伝える。



正確には「またやった」のではなく「まだやっている」のだから嘘ではない。



「あら、それに妹さんたちの面倒もありますし、大変ですよね」



「ええ、手間のかかる連中でしてね」



内心では冷や汗をかいているのだが、おくびにも出さない。

クリムゾンと戦略情報軍で受けた諜報訓練に感謝。

もっとも、感謝するのはそれだけだが。



「ミナセ少将、話が見えてこないのですが……」



ライザがようやく口を挿む。

それに対し、彼女は「あら、ごめんなさいね」と答えてテーブルの端末をいじくる。

一見するとただのガラス張りのテーブルだが、それは同時に多目的ディスプレイもかねていた。

伊達に金をかけていないらしい。

「ナデシコは修理と補給が終わり次第、連合海軍極東方面艦隊に編入されます」



「つまり、軍人になれと?」



「いいえ、あくまでネルガルからの派遣ですから、扱いは軍属です」



それは納得できる。

ネルガルにしてもあくまでナデシコを民間の立場においたのは企業としての姿勢を考えれば理解できた。

なにしろ軍人と民間人では軍から支給される補償や危険手当の額が違う。



「なぜ海軍に?」



ミナセ少将は宇宙軍の所属だ。

ライザは戦略情報軍。

艦長のミスマル・ユリカの父親も宇宙軍。



どこに海軍に編入される必然性があるのか?



「それは政治的バランスです」



「はあ……」

「つまり?」



気のない返事をする2人にミナセ少将はにこやかに告げた。



「地上軍の意見を要約するとこうなります。

 『宇宙軍ばかりずるい。 少しはこっちにも回せ』」



「つまり、それでナデシコを、海軍に?」



呆れたと言わんばかりの口調になるライザだが、こればかりは同感だった。

別段、軍人の無能はわかっているので今さら失望はないが。



「宇宙戦艦を地上でまともに運用できると考えるとは、素晴らしすぎて常識では

 疑問しか浮かばないような発想がいかにしてもたらされたか知りたいですな。

 今度、記事にして週刊誌に売りつけますから」



「これは決定ではありますが軍機なのでそれは困ります」



どうせ売り込んだところで握り潰すのだろう。

言葉とは裏腹にあまり困っている様子はない。



「私はナデシコでは提督になりますが、ナデシコの所属は海軍。

 しかも乗員が民間人とあっては命令権も有名無実になります」



「それで、今のうちに手駒を揃えておこうと?」



「ライザさんとは所属が違いますし、カタオカさんは民間人ですから、命令権はありませんよ?

 ですから、個人的なお願いと言うことになりますね」



つまり、不正規の命令で、こっちは一切関知しないと言っているようなものだ。

どのみち、拒否権などあるはずがない。

先程、妹たちの話を持ち出したのも遠回しな脅迫だ。



………まったく、弱くなったものだ。



以前なら身内がどうなろうと関係ないと思っていた。

他人のことなど知ったことではない。

血の繋がっただけの人間で、家族ではない。



それが今ではこの様か。

まあ、弱くなろうが結果として守りきれば勝ちだ。

そして勝つために手段は選ばない。

それは変わらない。

何も、変わることはない。



「それで、ナデシコの目的地は?」



「最初はここの予定です」



そう言ってミナセ少将が示したのは小さな島だった。



「テニシアン島。

 ここに落下したチューリップの調査です」



解説されるまでもない。

その名前に覚えはあった。

クリムゾンに所属していた人間なら知らないはずはない。



アクア・クリムゾン。

あのロバート・クリムゾンの孫娘がいる島だ。









<続く>






あとがき:

奇跡の作戦〜の回、どうしようかと迷ってます。
はっきり言って原作からみてもまったくストーリー本筋とは関係ない話ですし。
時ナデではDFSの初披露でしたが、それなら別にテニシアン島の巨大ジョロ相手でもOKなわけで。

いっそ、ストーリーに一切関係なしで趣味に走った話にでもしてみようかな……。


それでは次回また。

 

 

代理人の感想

親善大使が実はジャンパーの生体実験素材だったとか、そう言うネタはありましたけどね〜。

実際、物語の中では本当に意味のない回でした、確かに。

だからBenさんはDFSの初披露をこの回に持ってきたのかな、とちと考えてみたりもしますが。