時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第15話 『異邦人』たちの午後・その3








形式とは言え、未だに重要書類は紙である。

資源のムダである上に、意外と紙は重い。

ほとんどの資料や書類が電子情報としてやり取りされる今日において、

その数少ないメリットを上げるなら、それは視覚的に残りの仕事量が確認できることだ。



「それ以外のメリットがあるのか、まったく……」



第1機動艦隊参謀長、ササキ・タクナ大佐は積み上げられた白き尖塔に対して毒づいた。

これでいて中々に参謀長という仕事は雑務が多い。

特に上官が不在の時ならなおさら。



「大佐、コーヒーをお持ちしました」



「ああ、ありがとう、中尉」



コニー・ハーネット中尉の差し出したカップを受け取って一口啜る。

ほどよい苦味とカフェインを補給して空回り気味だった脳を再起動。



「それにしても……これが全て当艦隊がらみの件ですか?」



ハーネット中尉は司令部付高級副官という肩書きを持っているが、実質的にはササキ大佐の秘書のような仕事をしている。

秘書と言っても軍人である以上、その職務の範疇には情報の評価なども含まれている。

彼女はその方面のエキスパートだった。



「すべてがそうと言うわけではないが、概ねそうだ。

 中には連合海軍極東方面艦隊からの要請もある。 他にも欧州方面軍もな」



「極東と言うと、ナデシコ関係ですか?」



「提督のミナセ少将の所属は第1機動艦隊だからな。

 クロフォード中将はナデシコに注意を払っていることだし」



「どちらかと言うと、煙たがっているように思えますが?」



「まあ、私も気持ちはわからないでもない。

 本来なら戦争は軍人の職務だ。 我々にだってプライドがある」



そうは答えたが、クロフォード中将やササキ大佐がナデシコを『煙たがっている』のはまた別の理由からだった。



……ナデシコは強力すぎる。



それが彼らに共通する認識だった。

それが事実であるというのは前回の歴史を見ても明らかだ。

就役してから幾度の戦闘に参加しながらもほとんど損傷を受けることなく蜥蜴戦争を戦い抜き、

そして地球と木連を(その動機や形はどうあれ)停戦に持っていった地球圏最強の戦艦。



危機管理こそ職務である軍人から見てこれほど厄介な存在はない。

制御下にない強大な力は例え味方であろうとも脅威に他ならない。

何しろ彼らの気まぐれな行動一つで、大げさではなく歴史が動きかねないのだから。



今はまだそれほど影響力を発揮するような状況にはないが、

前回を見る限りでは地球圏に帰還してからその活躍が表沙汰になった。

ことに木連の白鳥大佐(死後二階級特進)の一件や以後の白鳥ユキナの密航事件などでは

完全にネルガルからすら独立して行動した。



極めつけとして『遺跡』をボソンジャンプさたときは地球連合、木連の双方を裏切った形だった。

軍人としては放置するには危険過ぎる。



とは言え、個人的にはまた別だ。

素直に羨ましいと思える。



軍という組織に身を置く以上、どうしても個人の理想や信念を曲げざるを得ないときがある。

いや、むしろ自らの意思で選択し、決定する事のほうが少ない。

その点で彼らはどこまでも信念を曲げなかった。

何物からも自由であろうとした。



羨ましい。

その若さが。 

その強さが。



彼らはどんな結果であれ、自分たちで選択し、そして自らの道を作っていった。

それはこの悪しき世界において素直に賞賛に値することだと思う。

人によっては戦後、遺跡を跳ばしたナデシコの行動を非難する声もあった。

不完全な形で戦争に決着をつけた故に火星の後継者事件につながる禍根を残したと。



そんな人々に問いたい。



それなら貴方たちは戦争を終わらせるために、少しでも犠牲を少なくするために、

そして少しでも良い明日をつくろうと何かしていたのか?



あるいは兵士として命を懸けていたと言うだろうか?

あるいは医者として命を救おうとしていたと言うだろうか?

あるいは家族を守りながら生きるのに必死だったと言うだろうか?



さらに問う。



それは本当にあなた自身の意思か?

それは本当に役立ったといえるのか?

それは本当に彼らを非難できるほどのことなのか?



反論があるのは承知している。

異論があるのだって聞こう。



だが、それらを踏まえた上でさらに言おう。



ナデシコが戦争を終結させたことにかわりはない。

それで救われた人がいる。

それで死なずにすんだ人がいる。



あるいは救えなかった人も、既に命を落とした人もいた。

だが、戦争は終わった。

終わったからには彼らの死は無駄ではなかった。



それでもまだ、安全な場所から無責任な後知恵でナデシコを非難できるのか。



「………そしてまた、ナデシコか」



「確かにナデシコ関係が多いですね。 こちらはAGIからですか?」



独り言を勘違いしたハーネット中尉が書類の一つを示す。



「ああ、それは中将宛の個人的なものだ」



「あのAGIからですか?」



『あの』の部分に微妙なアクセントを置く。

確かに、色々な意味で有名な……ネルガルや明日香インダストリー、クリムゾンと並ぶ大企業であることを差し引いても

色々な噂の絶えない企業ではある。



ネルガルが開発した最新鋭機、エステバリスをわずか1年で主力機動兵器の座から叩き落したスノーフレイクの開発元であり、

欧州では(地元なのだから当然だが)他の3企業を抑えてTOPをひた走り、機動母艦から護衛艦まで請負っている。

ことに機動兵器を主力とし、機動母艦と護衛艦やその他諸々の運用上の装備が欠かせない第1機動艦隊の生命線でもある。



細かいことを言うならOSや通信機器関係も民間ではトップで、軍事方面ではレールガンのいち早い小型化に成功したり、

ネルガルが諦めた機動兵器用の高性能エンジンを開発したせいで、AGIの開発部には

23世紀も近いと言うのに開発できそうもない某四次元使いの青猫ロボットが手伝っていると言う噂が

20世紀から延々と続くアングラ掲示板で流れたりした。



悪趣味と紙一重の創作映像では、統合作戦本部長のアンドリュー・ホーウッド大将の影武者さんが熱演していた。



『うわーん、木星蜥蜴が強いよぉ! 助けてドラ○もん』



なぜかその影武者さんはメガネ付だった。

青い狸……もとい、猫と言うには少し丸めのロボットがポケットから戦艦をとりだす。

どうなっているか、22世紀末の科学技術でもまったく不明な方法で。



『はい、ナデシコぉ!

 コビ太くん、この戦艦は木星蜥蜴の×××野郎どもと同じ技術で、

 しかもご都合主義的に格段に性能が上がっているんだよ』



『わーい、これでこれで地球も安泰だね』



………夢のある話だと思った。



しかし、情けないことに……ある意味、ほんとうに情けないことに、ナデシコはガキ大将にとられてしまう。

実際はネルガルから軍が挑発しようとしただけに、皮肉が効いていた。



続編ではまた例のコビ太くんは得意の媚びへつらいでもってド○えもんからまた新兵器を借りている。

ナデシコはとられてしまったから、また別のものをと言うことらしい。



『あのさぁ〜、あれは失くしちゃったから、別のない〜?』



好物のドラ焼きを食わせてからというのが実にセコイ。

これでネコ型は『タダより高いものはない』と言ううことを身をもって学んだことだろう。

実に教育的である。



『仕方ないなぁ、君は』



ペカペカンという軽薄な音楽と共に今度は2隻の戦艦。



『はい、ドレッドノートとダンテ・アリギエリ!』



ちなみにこの時は情報漏洩と機密保持の関連で戦略情報軍が動いた。

艦名と主兵装まで正確だったのは、軍の防諜体制がいかに散漫であるかを知らしめることとなり、

隊諜報戦のエキスパートを自負する戦略情報軍は赤っ恥をかくこととなった。

何しろ、続編はAGIのドックから軍のドックへ2隻が引き渡された直後に公開されたのだから。



『戦艦は飽きちゃったよ〜。 しかもこれ、ロボット載らないよ』



この辺は戦後に公開されたデータから過ちであると判明する。

索敵用にドレッドノートは4機の機動兵器を搭載できた。

ただし、情報軍トップのジンナイ中将の怒りは少しも収まらなかったが。



『それじゃあ、仕方ないなー。

 はい、スノーボール!』



『スノーボール』と言うのは伝統的に(と言うほど作ってもいないが)『スノー』のつく花の名前を機動兵器につける

AGIの新型<スノーフレイク>の間違いであるであろうということで後の見解は一致した。

当時、AGIは新型機動兵器の開発を進めていることは公表していた。

恐らくは同じく当時、開発中だったネルガルのエステバリスUに対する牽制であろう。



ちなみにこれで安心したのは軍関係者だけで、AGIの開発陣は青くなった。

『スノーボール』は既に試作機が完成していたスノーフレイク用の追加装甲、制式化されたのちには<アスフォデル>となった

対艦攻撃用の強化型増強装甲の開発秘匿名称だったのだから。



『わーい、これで地球の蜥蜴もジェノサイドだね!』



無邪気に喜ぶホーウッド大将(偽)もとい、コビ太くん。

それとは対照的に実物は保身と釈明文の作成に余念がなかったらしい。

ただ一つプラスに働いたのは、これによって徹底的に防諜体制の見直しが行われ、

無人兵器と謎のエイリアン相手には重要度が低いと現場では思われていた情報戦の概念が再び徹底されたことだろう。



通信機器と暗号化プログラムも最新のものに交換されるなどした結果、その方面では他の追随を許さないAGIは相当に儲けた。

重工業関連や航空機などのノウハウでは明日香に、バリア技術ではクリムゾンに、造船関係ではネルガルに劣っていたAGIが

一気に他と並ぶようになったのもこの一件があればこそだった。



事情を知る者からはAGIの自作自演ではないか、と言う声もあったが、

「こっちは最新鋭艦のスペックをすっぱ抜かれた上に新型の存在までばらされたのにか!?」という反論の前にすぐ消えた。

それよりはライバル企業の工作と言う方が説得力はある。

現に、朝帰りにした上に妻から「女物の香水ね」と言われた亭主ほど心当たりがあるネルガルやクリムゾン、

そしてやはり潔癖とは言い切れない明日香インダストリーもそれ以上の追求はできなかった。



だが、それは裏の事情。

さらに裏の裏まで知っているササキ大佐はAGIの自作自演の可能性はかなり高いと思っている。

ドレッドノート級は既に2隻で建造が打ち切られていた上に、スノーフレイクは秘匿名称がわかっただけでそれ以上は不明だった。

痛手には違いないが、それ以上の儲けをAGIは出している。



しかも、『スノーボール』の秘匿名称はすぐさま変更され、いかにもそれっぽいダミー計画まででっち上げられた結果、

そのダミー計画にネルガルやクリムゾンのスパイがかなり引っかかった。



極めつけにAGIの会長秘書であるジルコニアが、クリムゾンとの会談において

『そんなに気になるようでしたら、我が社の展示会にご招待しましょうか?』

と痛烈な皮肉をぶつけたらしい。



ことAGIはネルガル、クリムゾンと決定的に確執があるために、これをいい機会と徹底的にやったらしい。

さすがにナデシコのこともあるネルガルには控えめに遠回しにオブラートに包んだものだったらしい。

いずれも直属の上官からの又聞きではある。



ただし、奴らならやりかねないという思いもあるため、『あの』という表現は大いに共感できた。



「まあ、、あのAGIからだが、それを言うなら中将は……」



「は?」



「いや、それも見るなとは言わないが、見るなら閲覧許可を取ってからにしてくれ。

 いちおうは正規の命令書ではある」



「いえ、それよりもお手伝いできることはありますか?」



ササキ大佐は少しばかり考え、頷いた。



「手が空いていればそこの書類を要件別にまとめてくれ。

 徹夜も一週間続くと逆に冴えてくるが、きついことに変わりはない」



「一週間って……、少しお休みになられたほうが……」



同じ立場なら4日目あたりで辞表を書きそうだ。

受理されるかどうかは別として。



「クロフォード中将が不在だから仕方ない。

 それに、私は書類仕事は嫌いではない」



「そうなんですか?」



実質的に作戦を立案するのは参謀の役割だ。

第1機動艦隊の参謀長ともなれば実質的に先の月攻略戦を演出したのも彼だった。

そのササキ大佐が地味なデスクワークが好きと言うのは意外に思えた。

だが、彼の返答は簡潔だった。



「なにより、人が死なない」



第1機動艦隊は第四次月攻略戦で攻撃隊の1割が撃墜され、全体では3割が被弾と言う損害を負った。

機動母艦の損害はほとんどなかったとは言え、戦艦も数隻を喪失し、巡洋艦以下の艦艇の損失も多かった。

敵艦は20隻以上沈めたとはいえ、少なくない犠牲を払った上での戦果だった。



人の死なない戦争などない。

だからこそ、戦争は常に悲劇でしかない。

今の連合上層部に、果たしてどれほどそれを理解している人間がいるのか。



予定ではドレッドノート級2隻を抑止と、加えて実務面でも防衛戦力の要として張りつけておくはずだった。

しかし、虎の子のドレッドノートは大破し、同型艦のダンテ・アリギエリは撃沈された。

そのせいで月の防衛のためにコスモスをそのまま月に張りつけておくハメになった。



80機の艦載機を搭載でき、火力もナデシコ級戦艦の中でもトップクラスのコスモスはナデシコ帰還後も未だに有効な戦力である。

本音を言うなら激戦区となっている西欧に投入したいところである。

ナデシコが極東を中心に展開することがわかりきっている以上、太平洋は安泰かもしれないが、逆に大西洋側はさらに酷いことになるだろう。

月の失点を取り戻すために躍起になることが目に見えているからだ。



第2艦隊もしばらくは月とルナUの間の宙域の哨戒と、倍どころではないほど増えるであろう

地球からの輸送船団の護衛に回らねばならない。

占拠していればそれで目的を果たせた木連と違い、連合は奪還した月の維持をしなければならず、

それには何よりも大量の物資を必要とした。

今までは無人艦隊の目を盗んでの高速の駆逐艦による『ネズミ輸送』、

『急行ムーンライト』などと揶揄されていた方法しかなかった。

これは駆逐艦を4隻投入してようやく輸送艦1隻程度の物資を運搬できるだけで、月は干上がる一歩手前であった。



その体験の恐怖から、宇宙港に停泊し、また月‐地球間を往来する輸送艦の数に対して過剰なまでに敏感となっている市民をなだめる意味もある。

彼らは一週間に月を訪れた船舶の総数を逐一チェックし、それを株価の推移を見守る投資家のような真剣さで見守っていた。

ことに自給自足が不可能な食料品の輸送艦の数が5隻減っただけでも宇宙局へ何事があったのかと問い合わせるものもいた。

ほとんど安全が確保された月‐地球間の航路に常に数隻のゆうがお級戦艦が張り付いているのはそんな理由からだ。

第2艦隊にも余裕などありはしない。



残るは地球防衛の主力たる第3艦隊だが、政治的理由から主に太平洋とインド洋を中心に展開している。

今の欧州連合(EU)にかつての力はなく、老成した帝国の斜陽を思わせる状況にある。



第1機動艦隊はどうしたかというと、手持ちの戦力の大半が月攻略戦に投入された結果、

地球に残された戦力では制空権を維持するのがやっとというありさまだ。

一度動かしてしまった艦隊は、そう簡単に元に戻すこともできず、頭を悩ませている。



「まあ、取り合えずその書類は中将も目を通した後だ。

 そこのデスクにでも置いておいてくれ」



「………あっ、はい」



言われて我に返ると、手にしたままだった書類を言われたとおりクロフォード中将の執務机に置いた。

それはただそれだけのこと。

そして数秒後にはハーネット中尉は上官との貴重な時間をいささか不本意な形ではあるが、2人きりで過ごすことに意識を向けていた。

ただ、ササキ大佐は、そんな部下の心情に気付く余裕もなく、20分後には昏睡と区別がつかないほど深い眠りに落ちていた。

ハーネット中尉はちっとも起きそうな気配のない大佐を少しでも休ませることにして、30分後には部屋を辞した。



従って、ハーネット中尉がその書類に目を通すことはなかった。

もし、その内容を知ることがあれば、彼女は本気で某アングラ掲示板の噂を検証しようとしたかもしれない。

その書類にはクロフォード中将の面会予定が書かれていた。

そこにはAGI会長秘書のジルコニアと、ナデシコの艦医として納まったイネス・フレサンジュの名前があったのだから。









<続く>






あとがき:

最近、戦記小説にはまってます。
ようやっと中古で八八艦隊物語を見つけて暇をみつけては読んでます。
月末にはクリムゾンバーニングも出るので楽しみです。
ナデシコの再構成や逆行モノにも通じるところがあるかもしれません。
ただし、かなりの割合でトンデモ本が多いのですが。

……トンデモの方にならない戦記風を目指します。

それでは次回また。

 

 

代理人の感想

トンデモというと、大気圏内でも使える相転移エンジンを搭載した全長2kmの大ナデシコとか、

超小型相転移エンジンを装備した超エステバリスとかが出てくるようなそれですか?(爆)

 

 

・・・まぁ、それを言ったら大抵の逆行物はトンデモに当てはまるわけですが(笑)。

 

 

でも今回のヒットはなんと言っても青猫ロボットのAAですね(笑)。

いや、笑った笑った。