時ナデ・if <逆行の艦隊> 第17話その1 Summer of War ナデシコにおける初の任務は『成功』と評されたが、それを言葉どおりに受け止める人間はいなかった。 そう評してわざわざ感謝状まで送った当の海軍軍令部でさえ、それが表向きのことであり、 どう転んでも『成功』しかありえないのだと末端の局員でさえ理解していた。 第一に感謝状からして、『自分たちの代わりに厄介事を引き受けてくれてご苦労さん』の意味である。 そして真面目くさった表情でユリカに感謝状を渡した海軍のなんとか提督(式典で居眠りしたユリカは紹介を聞きそびれた)は その手のハウトゥー本からそのまま抜き出して暗記してきたような賛辞の言葉を述べたあと、 全く同じ調子で「それではさっそく次の任務でも成果を期待する」と言ってくれた。 要するにナデシコは休みなしで補給が済み次第、次の任務へ向けて出向するわけだ。 イズミなど「出向社員だからって、出航が早すぎない?」と駄洒落混じりに皮肉っていた。 プロスでさえ「宮仕えはつらいですなー」とぼやいている。 一転して北極海から今度は太平洋のど真ん中のハワイに呼びつけられれば誰だってそう思うだろう。 しかも、真珠湾(パールハーバー)の海軍基地からは近くにリゾート用の海岸がある。 戦時であることを忘れたかのようにリゾートを楽しむ人々を横に見ながら自分たちは炎天下でひたすら仕事。 補給にもスケジュールがあるから休みはほとんど取れなかった。 海軍は予め補給物資をまとめてコンテナに詰めて保管しておき、 いざとなったらあとは積み込むだけというデポシステムを採用しているから、作業そのものは大して手間が掛からない。 しかし、精神的にはかなりくるものがあることも確かで、特に整備班は再びストでも起しそうな勢いだった。 だが、それはミナセ少将の一言であっさりと解決した。 彼女はいつもと同じように作戦の目的と手順を簡単に説明したあと、こう付け加えたのだった。 「本作戦終了後、ナデシコには1週間の休暇が認められます」 それだけで艦橋に詰めていたクルーと、放送を聞いていた全員が歓声を上げたのだが、さらにおまけがあった。 「それに、折角ですからハワイの高級ホテルを貸切です。 水着を新調した方が良いですよ?」 その気前のいい発言にクルーたちは大喜びで、特に後半部分は女気の少ない整備班に狂気の一歩手前の反応を引き起こしたほどだ。 ナデシコは口さがないものに『桃色戦艦』と揶揄されるほど女性クルーの割合が多い。 艦橋要員は艦長以下、ほとんどが女性……しかも、妙齢の美女揃い。 一般に男性が多いとされるパイロットでさえ半数が女性。 それでなぜ整備班に女性が少ないのか(決して絶無ではない)は謎だが、とにかくその効果は絶大だった。 なんと補給物資の積み込みは予定の半分の時間で終わったのである。 そして空いた時間で彼ら(あるいは彼女ら)は町へ買い物へ繰り出したのだった。 ちなみにその日は水着とインスタントカメラ(10気圧防水)やカメラ用のメモリーカードが良く売れたらしい。 特に水着以外のそれを買っていった連中の大半は血走った飢えた野獣の目(目撃者談)であったため、 店主はあと一歩で憲兵隊か警察に電話するところだったという。 余談ではあるが、その直後に店を訪れた目つきの悪い男が、やはりメモリーカードを、 しかも長遠距離望遠にも対応した特殊なカメラ専用のそれを求めてきたため、店主は今度こそ警察へ通報した。 どう考えても普通の人間が使うものではなく、また、相手も堅気の人間には見えなかったため、 覗きに悪用するのだろうと思われたためだった。 警察でもジャーナリストという肩書きが信じてもらえず、 あと一歩で翌朝の新聞にカタオカ・テツヤ容疑者(28)と載るのを逃れたのは、 コミュニケから位置を割り出して引き取りに来たライザのおかげだったが、 その後に大爆笑されるという微笑ましいエピソードを生んだ他はおおむね順調だったと言えよう。 ただし、それは表向きの話であって、艦長やその他数名に関しては例外であった。 「……それって、『置き場所がないから、もうしばらく預かっておいてくれ』って意味ですか?」 どの世界においてもなぜかわざわざ難解な官僚用語を使って書かれる公文書の内容をユリカはそう要約してみせた。 それは北極海における作戦(名前はなく、単にMission-57と割り振られているだけのそれ)に関してナデシコから提出された報告書に対しての回答だった。 この作戦において、ナデシコは目標とされた機動兵器のうちの2機の回収に成功(あるいは2機の回収に失敗)していた。 何をもって任務の成否を問うかにもよって意見は分かれるところだが、海軍軍令部はこの結果に満足していた。 少なくとも2機を回収できたことではなく、ナデシコが大人しく軍の命令に従ったことに関して、ではあるが。 しかし、その後に寄港したハワイ ――― 真珠湾の軍港で、その回収した機動兵器の引渡しにまったが掛かったのだった。 「ハワイの工廠は現在、ほとんどが既存艦艇の修理に追われている。 つまり、ここで降ろしたところであちらもどうしようもないということだ」 「でも、それならナデシコに積んでたって同じですよ」 ゴートの言葉にルリが反論する。 「いやはや、軍もお役所には違いありませんから、あえて厄介なものを引き取りたくはないんでしょうな」 困ったものですなー、と言うプロスだが、本当に困っているのかどうかは大いに怪しいとユリカとルリは思っていた。 今回の任務の事後処理において、かなり裏では生臭いことになっているらしいと感付いていたからだ。 何しろモノがAGIの新型機動兵器の試作機である。 機動兵器部門において熾烈な開発競争を繰り広げているネルガルにしてみれば、まさに天佑だったと言えよう。 宇宙軍における両社のシェアは若干ネルガルに分があった。 AGIはネルガルがナデシコと共にエステバリスの売込みを図ったように、 新型の大型機動母艦や対抗フィールド弾頭付きのミサイルと共にスノーフレイクを売り込んでいた。 ことにアスフォデルと名付けられた強化装甲と対艦ミサイルの組み合わせは第四次月攻略戦における連合軍の勝利に貢献した。 (もちろんネルガル製のゆうがお級戦艦の存在も大きかったが) ただし、宇宙軍は第1機動艦隊がその任務の性質上、スノーフレイクと大型機動母艦の組み合わせを選択しているが、 逆にそれ以外の艦隊では圧倒的にエステバリスが多かった。 理由は簡単で、第1機動艦隊は侵攻兵力として機動兵器を用いるためにスタンドアローンが可能な機体を求めたが、 他の艦隊では機動兵器は戦艦などの艦艇を侵攻をかけてくる敵機動兵器から守るための、いわば守備兵力であるからだ。 そのドクトリンの差が採用兵器の差となっている。 7mと大きく、整備に手間のかかるスノーフレイクを十分に運用しようと思ったら大型機動母艦は必須だが、 それは建造や維持にひどくコストのかかる代物で、そんなものを運用できるのは第1機動艦隊だけだった。 なぜなら、その他の艦隊は同じようにコストのかかる戦艦を大量に保有する必要があるからだ。 その観点からいうならば、整備が楽で、最低限敵に対抗できる火力を持ち、必要な範囲内で圧倒的機動力を誇るエステバリスは理想的だった。 スノーフレイクの場合、エンジンの整備に手間がかかり、また、燃料も補給する必要があった。 それが占有するスペースをさらに増大させるために、空間に余剰の少ない宇宙艦艇では嫌われた。 稼働率に関しても、エステは98%という数字を叩き出ているが、スノーフレイクはその機構の複雑さゆえに80%を僅かに越える程度。 それにしたって兵器としてはかなり高い部類ではあるが、より優れた方を求めるのが人間と言うものだ。 結果として、ハイスペックだが整備や維持に手間のかかるスノーフレイクと、最低限敵に対抗できて、圧倒的に使いやすいエステバリスの 2本立ての機動兵器運用構想を宇宙軍は採用していた。 これは別に真新しい考えではなく、旧世紀にも似たような例はある。 F−15とF−16のハイローミックスが元になっていた。 しかし、問題なのはむしろ地上軍に対する供給だった。 宇宙軍と違って整備基地が丸ごと飛んでいるような機動母艦を持たない陸軍や、 未だに予算や主戦場が宇宙に多かったことの都合から旧式依然とした航空母艦に頼るしかない海軍、 開戦以来一度も航空優勢を確保できたためしがない空軍は、ここに来てようやく機動兵器の本格導入に乗り出していた。 これは何も地上軍が人型機動兵器という代物の価値を理解できず、導入に及び腰だったと言うわけではない。 むしろ彼らは最初に導入を始めた宇宙軍より早く(火星での試験段階からすでに)採用を検討していた。 彼らは人型というものが持つアドバンテージをいち早く理解していた。 特に陸軍は、錯綜した状況 ――― 特に市街地での戦闘に関して大いに人型機動兵器に期待していた。 22世紀も末になった昨今ですら市街地戦は歩兵の独壇場であった。 野戦では無敵を誇る戦闘車両が、市街地ではろくに身動きが取れずに歩兵携帯火器の餌食になる光景が紛争地帯で続出した。 ジャングルの密林でもそれは同様で、おおよそ戦場となりうる場所の大半はその手の戦闘車両が能力を存分に発揮できる状況にはなかった。 そこに来て6m級の人型兵器というのはまさに彼らが待ち望んだものであったのだ。 だが、彼らの期待は開戦によってあっけなく流れた。 バッタやジョロに対抗すべく開発されたエステバリスはまずナデシコに配備され、次は自分たちかと期待していたところにビックバリア事件。 ネルガルと軍の関係が悪化したためにエステの納入も初期分だけで終了。 それは月の第2艦隊と、各地の支援に奔走していた第1機動艦隊に優先配備された後に、余った分が地上軍に回された。 思えばこのときから地上軍と宇宙軍の対立は始まっていたのかもしれない。 もちろん地上軍の各司令部(陸軍参謀本部、海軍軍令部、空軍総司令部)は揃って連合軍統合作戦司令部に意見書を提出し、抗議した。 しかし、返ってきたのは「現状を改善すべく前向きに検討中である」という官僚的回答。 当然彼らは思いつく限りの語彙と各軍特有のスラングで上層部を罵倒したが、それで現状が変わるわけでもない。 民衆からは見放され、兵たちからは面と向かって罵倒された方がマシなほどの悲壮な嘆願を受け取りつつ、現状の戦力で何とかするしかなかった。 そんな折に渡りに船(あるいは地獄に仏)となったのが、当時、ネルガルの対抗馬となりつつあったAGIだった。 新興の企業であったために政治的影響力は小さく、そのせいでエステに制式採用の座を奪われたAGIがここぞとばかりにロビ―活動に打って出た。 彼らは当時、新設されたばかりの第1機動艦隊(と主にクロフォード中将)に新型機動母艦のシレネ級を売り込んだのち、 そのつてで欧州方面軍を中心として、陸軍への売込みを図った。 結論から言うならそれは大当たりし、陸軍は一向に回ってこないエステバリスよりも、すぐさま必要定数を納入できると担当者が主張するサマースノ―に飛びついたのだ。 空戦能力を持たないなど、多少の問題はあったものの、その性能はおおむね満足のいく代物で、初期のころの欧州戦線を支えたのは紛れもなくこのサマースノ―だった。 地獄の最前線と呼ばれるほどの激戦区となった西欧においてそれは特に顕著で、DF装備による高い生存性からもそれを神のように崇める兵もいた。 ネルガルの最大の失敗はこの欧州への売り込みに遅れたことかもしれない。 性能的にはサマースノ―もエステも同じようなものだったので、立場が逆だったなら、ネルガルは利益以上のものを得られたはずだ。 すなわち、欧州の人々からの絶大な信頼という何よりも得がたいものを。 この欧州でのAGIの活動によって“救われた”人々がAGIという新興の怪しげとも言える企業に対して、 疑念よりも圧倒的信頼と信用の念を寄せるようになったのも無理のないことだった。 そして、新型のスノーフレイクが登場すると、量産型とも言えるエステバリスUには見向きもせずに陸軍がスノーフレイクを採用したのも当然だった。 AGIは整備性の悪さを自覚しており、また、エステとの互換性をある程度持たせるという名目でエンジンをオミットして重力波変換ユニットを装備したタイプを生産している。 あからさまにネルガルへの当てこすりであることは疑いようもなかった。 宇宙軍相手には若干の優勢すら確保しているネルガルだが、陸軍では挽回不可能なほどに差をつけられており、辛うじてMP用だの基地防衛用だのに採用されたのみ。 残るは空軍と海軍へのシェアだが、空軍へは空戦フレームをもつエステが優勢だが、海軍へは海戦フレームが計画倒に終わったために五分。 いや、ナデシコを派遣しているだけネルガルが有利、かもしれない。 つまるところ、ネルガルとAGIの企業間対立は戦後におけるクリムゾンを含めた反ネルガル連合とのそれをもう少しソフトにしたようなものだった。 今回の任務で回収された2機は“実験機として”正式採用されたという奇妙な経歴を持つTM-16<フェアリースノー>と 試作段階にあったYTMー19<スノードロップ>だったが、ネルガルが注目したのは後者だった。 このスノードロップには翼がついていた。 と言っても、鳥のようなそれではなく、航空機に使われる無骨な鋼の塊である。 2枚で1対のそれと、航空機のショットコーンを思わせる機首部分が背中に折りたたまれており、さらには尾翼と思しきパーツさえあった。 そして明らかに大型化した脚部の重力波スラスター。 ばらしてみるまでもなくこれが空軍向けに開発された機体であるということは明白だった。 ウリバタケによると可変機構としか思えない複雑なフレームを使っているらしいとも。 事態は決定的となった。 AGIは第四次月攻略戦以降、主戦場が宇宙から地上に移ったことにあわせて、更なるシェアの拡大を目論んでいるということだ。 それもネルガルが優位に立っている航空部門に真っ向からケンカを売るつもりなのだ。 これはそのための尖兵。 もともと通信機器や電子兵装、あるいはソフトウェア関連で成長してきたAGIは、逆に航空機だのに関するノウハウが少ない。 そこで伝統のある明日香インダストリーと手を結び、重工系の補完を図った。 ほとんんど全面対決に近い。 ネルガル社員であるプロスらや、あるいは会長とその秘書からみればスノードロップを返したがらないのは当然。 敵にダメージを与えつつ、自分たちの益にできるのだから。 ただ、一概に悪いとばかり言えないのは、それが資本主義における競争原理をこの上なくかきたてたおかげで、 戦争後半から戦後にかけて登場したはずのスーパーエステがスノーフレイクへの対抗として正式化されつつあること。 そしてさらにそれに対抗する形でAGIも新型を開発し続けていることだった。 ユリカの知る限り、前回のネルガルは技術を独占したがために殿様商売に走り、結果として柔軟性を失い、没落した。 機動兵器に到ってはやや個人的な事情から改造された(開発、ではない)エステバリス・カスタムと ナデシコBのために開発された強化案のスーパーエステは兵器としては失敗し、アルストロメリアも成功とは言いがたかったからだ。 これからはネルガルとも協力していかねばならないナデシコとしては、どう転ぼうが戦力が強化されるのはありがたい。 ルリやイネス、他にもハーリーやラピスまで巻き込んでカスタムエステの開発と、 平行してブラックサレナの開発もしているものの、どんなに急いでもナナフシ戦は間にあいそうもないから、 せめて繋ぎとしてのスーパーエステは欲しかった。 できればもっとスーパーエステを(贅沢を言うなら人数分+予備)回して欲しいところだが、 さすがにプロスの一存ではそうもいかず、現状ではアカツキに直接頼むわけにもいかないのだが。 「それじゃあ、せっかくですし直せませんか?」 ユリカの言葉はウリバタケに向けられたものだったが、渋い顔で彼は首を振った。 「あー、いくら俺でも仕様書も予備部品もないものを直せってのはきついな。 それにな、試作機ってのは専用パーツだのが多すぎるし、どんな問題が残ってるかわからねえ。 仮に直せたとしてもこいつにパイロットを乗せる気にはなれないぜ」 「やっぱり邪魔なだけですね」 ルリはにべもなくそう断じた。 拡張されたとは言え、ナデシコの格納庫は専門の機動母艦に比べて余剰スペースがあるはずもない。 「置いてっちゃだめなんですか、本当に?」 ルリが拘るのはわけがあった。 次の目的地はテニシアン島。 ネルガルらと並ぶ大企業であるクリムゾンの所有する島。 もちろん、事前情報でそこにアクア・クリムゾンの別荘があることは確認済み。 アキトによればアクアはとてつもなく厄介な性格らしい。 何でも自分を悲劇のヒロインにして酔う ――― というか泥酔する。 しかも、他人を巻き込んで。 『ああ、アキトさんそっくりですね』 半ば皮肉混じりにルリがそう言うと、アキトは少し苦笑してから「そうだね」と言った。 「ただ、もう少し俺は物分りがいいよ」と付け加えることは忘れなかったが、 かつての墓地でのやり取りや、それ以降のことを考えるならどうだろう。 それは置いておくにしても、“クリムゾン”の私有地に“ネルガル”の戦艦が、“AGI”製の機動兵器を載せていくのだ。 どう考えても化学反応を起したらトラブルを生み出しそうな組み合わせだった。 「置いていったら、怒られます」 誰に、あるいは誰が、とは言わなかった。 プロス流の婉曲な、しかし、明確な拒絶であると理解する。 「ええ、そうですね。 せっかく拾ったんですし」 ユリカは務めて明るい声を装った。 確かにルリの懸念もわからなくもないが、メリットとデメリットを秤にかけた場合、メリットの方が大きい。 厄介事を持ち込みたくない軍と、どうしても返したくないネルガルと、どうやっても取り返したいAGIの三者に貸しをつくれるからだ。 「そう本当に、せっかくですから」 同時にそう損得勘定をしている自分に微かな自己嫌悪を覚えた。 世界が輝きに満ち溢れた素晴らしいものだと思えた時代は過ぎ去った。 いつまでも与えられる甘美な幻想だけに浸り、耳をふさぎ、目を瞑っているわけにはいかない。 つまり、いつまでも夢見る少女じゃいられない。 そう言うことだ。 ○ ● ○ ● ○ ● 「つまりだ。 このDFS……ディストーション・フィールド・ソードってのは 機体のディストーション・フィールドを収束させることで刃を形成するんだ。 この意味がわかるか?」 「それって、使ってる間は機体のフィールドがゼロになるってことか?」 「そうだよ! だから、そう簡単にほいほい使えるもんじゃねえの!」 戦闘記録でアキトが使っていた光の剣について訊きたいとリョーコらが来たのは、結局、回収した2機の機動兵器を積んだまま出航することが決まったのち、 邪魔極まりない2機をばらして研究用にしたらだめだろうかと職務と趣味の中間を行く案をウリバタケが検討しているときだった。 ちなみに割合としては趣味が6割といったところだ。 「それにな、こいつの制御はIFSによる完全マニュアルだ。 例えるなら……」 「全力疾走しながら裁縫をするようなもの、ですよね」 ウリバタケの言葉をアキトが引き継いだ。 いつだったかそんな表現でDFSの制御の難しさを例えたことがある。 「それにさっきも言ったけど、機体のフィールドがゼロになる。 パイロットならこの意味がわかるはずだよ」 その通りだった。 エステバリスの防御はDFが全てといって過言ではない。 そのDFがゼロになるということは、その状態でミサイルの一発でも喰らえば機体はバラバラになるということだ。 空戦フレームでは空気抵抗を軽減するのにも使われているから、その状態で超音速を出そうものなら、機体がソニックブームで木っ端微塵になる。 その場合、パイロットがどうなるかは言わずもがな。 「……って、アキト! お前そんなモノ使ってたのか!」 「いや、相手が相手だったし」 最近怒られてばかりだなー、とのんきに構えつつアキトは答えた。 リョーコの言うことももっともではあるが、前回はそれ以上にヤバイ使い方をしたことだし。 「本来なら仲間と一緒に行動して、相互支援のもとに使うものよ。 攻撃の一瞬だけ刃を形成して、一撃を加えたら離脱」 こちらは説明したくてうずうずしていたのだろう。 イネスが喜々として(いつ作っていたのか、紙芝居セットまでだして)解説した。 「質問。 それが剣である意味は? もっと言えば、そんな危険を冒してまでDFSでしたっけ? それを使う意味は何ですか?」 手を上げて質問したのはイツキだった。 その隣でヤマダが、「そりゃ、漢のロマンだからだ」と主張していたが、 イツキが軽く微笑みかけると引きつった笑顔で黙った。 ……何があった、ガイ。 「唐辛子が、唐辛子が……」とブツブツ呟きだした友人は気になったが、アキトがその無事を確認する前にイネスが説明を再開していた。 イネスの説明を遮ると命に関わる事態になりかねないので、 その危険を冒してまでヤマダの様子を確認するほどの無謀さをアキトは持ち合わせていなかった。 「確かに、剣は今や過去の遺物に成り下がっているわね。 射程では銃に劣り、携帯性ではナイフに劣る。 軍が正式装備から外しているのもわかるわね」 頷く一同。 ただし、自身も居合をやるリョーコと、おおよそ彼以外にはわからないこだわりをもつヤマダは不満そうだった。 「だけど、DFの存在がそれを一変させた。 『矛』と『盾』の例えで言うところの『矛』に分があったのは過去の話。 DFの登場によってミサイル兵装と光学兵器は特に使えなくなった。 そして人型兵器の登場。 おおよそ兵器開発者にとっては激動の時代ね。 今までの常識が根こそぎ覆されているもの」 「それと今の話にどんな関係が?」 「人の話は最後まで聞きなさい。 要するに、今まで最良とされた敵を遠距離で迎撃することが不可能になりつつあるのよ。 場合によっては銃弾すら弾くほどのDFを持ったバッタだっていることだし。 もちろんレールガンの小型化やラムジェット式の高速徹甲ミサイルの開発も進めてるけどね。 それでも一昔前よりはよっぽど白兵戦に陥る可能性は高くなった。 だから、近接戦闘用の武器を開発する必要が出てきた……っていうのが一つ」 「一つ?」 「それだけなら、こんな危険な代物にはしないわ。 せいぜいがフィールドランサーで十分よ」 いちおうというか、フィールドランサーはアキトの依頼で早い段階からウリバタケが作成していたために すでに必要分はナデシコに揃っていたりする。 ただ、使いどころが無くて今までほとんど放置状態であった。 試験的には効果が確認されているために、ネルガルの方でエステバリスU用の装備として制式化が進められていた。 その特許で少なからぬ額の金銭がウリバタケに支払われているが、彼は最低限家族への仕送りを済ませると、 残りはすべてガラクタとも前衛芸術品ともつかない代物の作成に充ててしまった。 「エステの全フィールドをDFSにつぎ込んだ場合、刃は最大で250mまで形成できる計算だ。 収束されたDFだから、例えナデシコのフィールドだろうがそれごと切り裂ける」 つまり、その意味は…… 「エステバリス単機でナデシコを沈められる。 究極的な対艦兵装ね」 イネスは聖書の一節でもそらんじるかのような口調で告げた。 もっとも、彼女は聖書など読まないだろうが。 「ん、まあ、例えが悪かったかもしれないわね。 これを作ったのはチューリップ対策よ。 今のところナデシコ級の艦砲射撃くらいしか完全に破壊する術がないような代物が、 未だに2000個以上も地球上に残っているのよ。 ナデシコだけでとても潰しきれるものじゃないけど、少しでも楽しようとね」 そこで一旦言葉を切り、 「失敗したけどね」 と告げる。 「ああ、もちろん、ミスター・ウリバタケを責めるわけじゃないの。 失敗だったて言うのは、制御が思いのほか難しかったこと。 今のところ扱えるのはアキトくんだけよ。 あと、可能性としてはスバルさんと……」 そこまで言いかけて、ふとイネスは我に帰ったようだった。 「まあ、納得いくように試してみるといいわ。 シミュレーターに組み込んであるから」 その言葉が終わるとすぐに自称ナデシコのエース、ダイゴウジ・ガイ(魂の名前)は猛ダッシュで消えていた。 続いて同じくイネスの『説明』にうんざりしていたらしいリョーコが後を追い、 それに残りが続くようなかたちで全員が格納庫から消えるまでに30秒と掛かっていない。 そのあからさまな様子にいささかムッとしながらイネスはアキトへ向き直った。 微苦笑を浮かべていたアキトへわざとらしく咳払いしてから切り出す。 「あと、可能性としてはルリちゃんと、拾ってきたあの娘ね」 それが先ほど言いかけたことの続きだった。 基本的にDFSの制御は完全にIFSによるマニュアル。 つまり機体の制御をしつつ同時にDFを刃へ収束させるイメージも必要で、 常人では全力疾走しながら裁縫をするような困難さが伴う代物だった。 ただ、世の中には常に例外というものが存在し、その数少ない例がアキトとあとは北斗、 そして可能性の問題ではあるが、マシンチャイルドたちである。 「やっぱり、マシンチャイルドですか?」 「ええ、かなり遺伝子をいじくったあとがある。 あとは血液から検出されたナノマシンとかね」 詳しい説明は聞いても理解できないので省いた。 ただその事実が確認されたということが重要であった。 「となると、あっちのは彼女のドレスかい?」 ウリバタケがそう言って指差したのは回収された機体のうちの一機。 TM-16<フェアリースノー>とAGI独自の命名基準によって名付けられているその機体は、 ウリバタケが『ドレス』と表現したように、かなり装飾に凝っていた。 いや、実のところそうでないということは一流の技術者であるウリバタケにはわかっていたが、 それでもあえてそう表現したくなるような、そんな機体である。 背中に取り付けられた左右対称3対で計6枚の翼(フィン)。 さらに背中のものを縮小したようなものが肩と脚にも装備され、その合計は24枚。 流線を多用している装甲形状とあいまって、まるでフリルつきのドレスに見えなくもない。 だが、その優美さとは裏腹に、それが兵器であることを主張するのはその指先。 エステと比べても細長く、尖った形状のそれは重機動フレームをあっさりと貫通した凶悪な代物だった。 「マシンチャイルドであるなら、そうかもね。 何しろ、このドレスは……」 「全身がDFSみたいなもの、だしな」 ウリバタケの要約は的確だった。 フェアリースノーの全身に配置されたフィンはアキトの使うDFSと酷似した機能を発揮する。 具体的には、機体の発生させたDFを自在に変形させる機能を持つ。 エステは機能的に拳にしかDFを収束させられないし、DFSも基本的には刃状に収束するだけだが、 この機体は極端な話、やろうと思えば頭突きでもDFを収束させた一撃を加えることさえ可能としていた。 もちろんアキトのDFSを用いた奥義でさえ模倣できる可能性がある。 と、こう書くととんでもない代物のようだが、実際は“開いた口がふさがらない”という類の凄さだった。 第一に実用性に関しては大きな疑問符がつく。 そもそも“剣に収束する”というDFSでさえアキト以外に使える人間はほとんどいないのに、 なんの媒介もなしに『自在に操れます』と言ったところで誰ができると言うのだ。 マシンチャイルドの処理能力なら可能かもしれないが、兵器として使い手を選ぶのは失格で、 しかもマシンチャイルドでさらにパイロットができる人材など少なすぎる。 それに、やはり収束させた分は防御が薄くなると言う根本的問題の解決には到っていない。 どこまで行ってもこれは実験機。 ウリバタケはそう判断した。 科学者としてのイネスはもう少し別の視点で考えてはいたが、それをあえて口にはせず、 まったく別の懸念を口にした。 「問題は、機体よりも人よ。 今は機体のほうに目がいってるけど、いずれは『拾ってきたあの娘』も何とかしないと」 「ネルガルは昔ほどマシンチャイルドの研究に熱心じゃないと思いましたけど?」 「比較の話よ」 「確かに」 アキトが口にしたことは事実だったが、それは全体としての話である。 一部の科学者が未だに(少なくとも2196年現在では)研究を続行している。 会長であるアカツキや、その有能な秘書であるエリナですら知らない事実だが。 つまるところ、ネルガルも一枚岩ではない。 「これは個人的なルートから得た情報なんだけど……」 周囲に人影がないことを確認してからイネスは続けた。 「『拾ってきたあの娘』はAGIがクリムゾンから保護……飾らない言葉を使えば、強奪したのよ」 「それは、なんとも。 俺の言えた立場じゃないですけどね」 前回でのラピスはネルガルの施設から奪取され、さらにネルガルが奪い返した経緯があった。 その際にはアキトも『奪還作戦』に参加している。 「だからこのままテニシアン島まで乗せていくのは避けたかったのよ。 一時的にでも軍に保護してもらうってことも考えたんだけど、拒否されたし」 「かと言って閉じ込めておくわけにもいかない」 「安静にってことで医務室で大人しくしてもらっているわ。 ええ、でも現状ではそれ以上に手の打ちようもないの」 イネスが言葉を終えると同時に格納庫内にサイレンの音が響き渡った。 ナデシコの出航を知らせる音である。 「……やっかいなことになりそうだな」 珍しく苦々しいウリバタケの言葉が、この場の3人の心境を全て表していた。 ○ ● ○ ● ○ ● 「かくして艦は征く。 大海原へ、戦場めざし」 相変わらずの(つまりいつも通りの)芝居がかったセリフに呆れつつ舞歌は応じた。 「戦場じゃないわ。 交渉しに行くんだから」 訂正してみたものの、この艦では唯一の男(生物学的な意味においての唯一の男)は やはり芝居がかった動作で向き直ると、 「軍艦の艦橋に居る限りはそう思うべきだよ。 常在戦場ってね」 英語を解さない大半のクルーには意味不明な洒落を飛ばす。 「政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である。 昔の人はいいこと言った。 そういう意味ではこれも戦争と呼べるんじゃないかな、姐さん」 「少なくとも今回は血を流す予定はないわね。 ええ、失血死しそうだもの」 第四次月攻略戦以降、地球における戦争のあり方は変わってしまった。 大規模に投入された無人艦隊と優人優華両部隊の戦力はその敗北で著しく消耗してしまった。 ことに優華部隊は投入された一式戦の大半をパイロットごと喪失する大打撃を受けていた。 地球と違い人的資源に乏しい木連では許容できる損害ではない。 そして、同様の損害を二度と発生させないため、徹底した戦訓の分析が行なわれたが、 そこでかねてからの問題が続出した。 つまり、このまま消耗すればいずれ人的資源の不足で木連は自滅する。 わかりきっていたことではあるが、人口に置いて地球に劣り、 基礎工業力に置いても引き離されている木連では深刻な話だった。 単純な話、このままでは負ける、そういうことだ。 「だから戦略方針を変えた。 短期決戦から長期戦型へ」 「問題はそれに耐えられる国力があるかどうかってことさ」 ロイの言葉はかなり痛いところを突いていた。 無論、そんなものがあればそもそも戦争など起こりはしない。 閉塞された木連はいずれ孤独に死を迎えることに耐えられなかったからこそ地球政府に交渉を申し出たのだ。 そのために過去のことを水に流すという屈辱的条件すらつけて。 だが、その交渉は決裂し、ゆえに戦争はおきた。 木連が生存するためには新たな土地と資源が必須であり、だから火星へ侵攻した。 火星を手に入れながら戦争が続いているのは、その落とし所が誰にも分からないから。 あるいは月を地球に奪還された時点で和平を申し込むべきだったのかもしれない。 負けが込んだ状態では彼らも面子があって和平交渉の席にはつかなかっただろう。 だが、月の奪還を果たしてとりあえず悪くない戦果を上げた後であったなら。 いいえ、ダメね。 月に拘っている元老院がある限り、それは夢物語だ。 それに地球は今に到るも、木連のことを隠し続けている。 あるいは隠し続けられるつもりなのか? 莫迦な。 「つまり手詰まりってことさ、お互いに」 「そうかもね」 この男は気に入らないが、正しい。 恐らくこの場の誰よりも正しい(比較的、ではあるが)現状認識をしている。 ただ、やはり気に食わないのはそれを理解しながら手を打たないことだ。 相手も舞歌の視線に込められたものを感じ取ったようだった。 いささか口調を改める。 「オレは一介の捕虜さ。 艦橋で無駄口を叩くのがせいぜい。 だが君にならできる。 君にしかできないことがあるはずだ。 誰も強要はしない。 自分で考え、自分で決める。 自分が今何をすべきなのか。 ま、悔いのないように」 だが、最後は茶化すように。 「言われなくたって……。 木連優華部隊所属、巡航艦<陽炎>。 出航準備!」 「目的地は?」 コンソールを操作していた琥珀からの問い。 それに凛とした声で舞歌は答える。 「テニシアン島! お嬢様がお待ちかねよ。 手土産もって乗り込むわよ!」 <続く>
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代理人の感想
・・・・・そーいやいたなぁ、全身DFS人間。
彼女専用機か?
それともこれを一般人にでも使えるようなシステムが用意されてるのか?
案外ガイとかアクアとかなら使えそうな気はしないでもありませんが(爆)