時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第17話その3 Summer of War




チューリップがその名のようにまるで花が開くように割れた。

封じ込められていた緩衝材が漏れ、熱を帯びた水蒸気を発生させる。

奇術のショーのように中身は一瞬、白い幕に隠された。



そしてそれが晴れた後に出てきたのは、禍々しいほどの赤。

まるで血を流し、血を浴びた上にさらに血を塗りたくったような深紅。

その機体はまさしく流血のために作られた兵器としての色を持っていた。



「なんで、あれが……」



アキトが呆然と呟く。



しかし、誰もが自失状態に陥っていたわけではない。

真っ先に反応したのはテツヤだった。

ナデシコの甲板に片膝をついた狙撃姿勢をとっていた重機動フレームが長砲身ライフルの狙いを定める。

オモイカネとデータリンクで連動したFCSが光学・電波・赤外線などの情報から目標を捕捉。

ウリバタケによって臨時に組まれた火器管制プログラムはまったく正常に動作した。



AGIから試験的に貸与されている105mm60口径の試作対機甲ライフルは本来のエステ用の武装ではない。

しかし、地球でのビックバリア突破時から使い続けているためにエステもそれにあわせて学習している。

風向きと風速、気温や湿度、果ては地球の自転まで込みで弾道特性を瞬時に計算。

パイロットへ最適な情報を提示しつつ、リアルタイムでそれを修正し続けた。



赤子のように膝を抱えていた人型が起き上がる。

アキトにとっては永遠にも等しい時間がゆっくりと過ぎる中、テツヤの重機動フレームは標的に対してレーザーを照射。

コンマミリ単位の誤差も含まないような精密極まりない測距を終えると、パイロットに対して電子音で要求する。



――― 発砲。



その原理は木連で言うところの爆縮型と呼ばれるタイプの時空歪曲場発生器に似ていた。

一式戦にも採用されたこの方式では、瞬間的にピンポイントで強力な歪曲場を形成することで

通常のよりも少ないエネルギーで高い防御力を発揮できる優れものだった。

ただ、この銘もなき対機甲ライフルに採用されているのはそれをもっと偏執的に強化したような代物だった。

使い捨ての結晶電池とDF発生器を組み合わせたカートリッジは、過大な電流で回路が焼ききれるのにもかまわず最大出力のDFを形成。

そしてそのDFによって最新の冶金技術でつくられた105mm自己鋳造弾頭が一気に砲身内で加速された。

同時にブロックのような形状をしていた自己鋳造弾頭が慣性によって楔形に変形しつつ砲身から飛び出す。

最終的にはカートリッジと砲弾の改良もあってマッハ3オーバーまで出る。



これは火砲技術というものに対する一つの回答だった。

既に100年前に火薬式では空気の膨張速度による加速の制限が問題とされていた。

要するに火薬式ではこれ以上の速度を砲弾に与えられないという限界が見えてしまったのだ。

その後、レールガンやリニアガン、電熱砲などが研究され、実用化されたものもあったが、決して満足していたわけではない。

このライフルもそうした研究の中で登場した試行錯誤の結果の一つであった。

空気の膨張率が砲弾の速度を制限するのなら、それ以外で加速すればいいという点では発想はレールガンなどと一緒だが、

砲弾の加速に本来は防御用のDFを使うという尋常ならぬ発想の元につくられていた。



ただ、弾速がマッハ3と言うのは昨今においてはさほど珍しくない。

スノーフレイクやスーパーエステバリスのレールガン(or レールカノン)はマッハ5〜7。

それらに比べればむしろ遅いとさえいえる。

それでも試験的にとはいえ実戦で使用されているのはその装甲貫徹能力にある。

DFで弾き飛ばされた砲弾はその副作用としてDFをまとうことが実射試験で判明したためだった。

その後、その効果を最大限に引き出せる弾体形状と素材が選定された結果、有効射程内ならば既存のいかなる兵器の装甲をも貫通可能という凶悪な代物となっていた。



もちろん、機動兵器の薄い装甲など紙のように引き裂ける。

当たれば、という仮定がつくが。



「………夜天光」



赤い影が躍った。

手にしていた槍を軸としてノーモーションから空中へ逆さになりつつ飛び上がる。

重機動フレームのFCSの修正は完璧で、それ故に標的がその場にいなくては当たる道理もない。

楔形に変形したことで先端部にDFを収束した105mm自己鋳造弾頭は地を穿つに留まった。

それとほとんど同時に背中からいくつもの白煙が立ち上った。

バッタにも搭載されるセミアクティブのマイクロミサイル群だった。



標的は海上の揚陸艇。

到達までわずかに10秒。



ミサイル発射を感知したオモイカネがオペレータの反応を待たずに自動迎撃モードを作動。

対空用のインパルスレーザーが文字通りの光速の矢となって空間を薙ぎ払い、先頭のミサイルを迎撃。

次いで爆煙に遮られて対空レーザーが使用不能になるとモーターで動作するターレットが駆動し、

対空レールガンがコンマ数秒の間に100発を越える20mm対空砲弾を叩き込んだ。



しかし、そこまでしてなお全てのミサイルを迎撃するのはかなわなかった。

対応時間が短すぎ、また、迎撃すべき対象が多すぎた。

デジタルの思考でそれを認めたオモイカネは最後の手段を実行。



着弾はそのわずか3秒後だった。

水柱が乱立し、強化プラスティックと金属の破片が飛散し、爆圧が海水を攪拌する。

それが収まった後には、水上に浮かぶものはない。

わずか30秒内の出来事だった。





○ ● ○ ● ○ ●





着弾音と共に地面が急速に傾いていった。

宇宙では良くあることだが、地球では滅多に体験できるものではない。

実のところ、あまり体験したいものでもない。



「きゃッ!」



日頃から武術だのなんだので鍛えている舞歌などならともかく、一般人であるアクアに耐えられるものではない。

45度に傾いた床を転げ落ちそうになったところをとっさにロイが支える。



「貴重な体験だな」



「床が傾いたことですか? それとも……」



「アクアの悲鳴を聞けたこと。

 うん、意外と可愛い」



「………ばか」



何だかんだ言ってもロイもパイロットである。

平衡感覚と体力は人並み以上にある。



「姐さん、なんかやばそうだけど?」



「今、陽炎に連絡してるわよ。

 

 ……え? そう、なんであれが動いてるのよ!?

 だって非武装で……コントロール効かない?

 わかったわ。 北斗と飛厘を万葉と一緒に先に戻らせるから、一式戦を用意しておいて。

 それから原因究明を。 たぶん仕組まれたわ」



インカムに向かって何か相談していたが、諦めたように通信を切った。



「万葉、跳躍石は持ってるわね?

 北斗と飛厘を連れて陽炎へ跳んで。

 そう、いざとなったら私もこいつを使って戻るから」



舞歌の指示に万葉が頷き、懐から青い石を取り出す。

いわゆるCC ―― チューリップクリスタル呼ばれるものだ。

そして、次の光景は地球の研究者が見たら狂喜乱舞するようなものだった。

CCから青い光が発せられ、万葉の体にナノマシンパターンが浮かび上がる。



「お気をつけて」



「あなたもね」



それだけ告げると万葉の姿は消えた。

ボソン粒子の蒼い燐光だけを残して。



「………生体ボソンジャンプ」



「やっぱり知ってたのね。

 でも、秘密よ」



アクアの呟きに悪戯っぽく答えると、傾斜した床を窓の方へ向かって歩き始めた。



「よくわからないけど、譲渡するためにチューリップで運んできたアレが暴れ始めたらしいわ。

 それにナデシコ側が応戦してる。 冗談じゃないわよ。

 非武装・無人のはずの機動兵器が勝手に動くなんて」



「ああ、仕組まれたってその話」



「情報が漏れてたとしか考えられない。

 四方天の一部と参加してる優華部隊隊員しか知らないはずの極秘任務なのに、ナデシコが来たのも偶然とは考えられない。

 たぶん、偶発的戦闘を装って私たちを亡き者に……って、どっかの莫迦が考えたのね」



「良くある話だな」



「それ、皮肉?」



ロイが肩を竦めた。

直後に再度砲弾が近くに着弾。

衝撃波でガラスが吹き飛んだ。



「―――ッ! とにかく!

 逃げるわよ!!」



「異議なし!」



「アルフレッド!」



アクアが呼ぶと、すぐに初老の執事は駆け寄ってきた。

自分の主人と、それを抱きかかえている息子を一瞥し、先行して窓から出て場を確保する。



「こちらへ。 非常用のシェルターがあります」



ロイに抱えられたままアクアは思った。

確かに舞歌の言うとおりなら、本当によくある話だろう。

木連側が一枚岩でないということは、立場を偽って彼女が接触してきたことで予想がつく。

だけれど、ほんとうにそれだけだろうか?

それだけでは悲劇というには足りない。





○ ● ○ ● ○ ●





目が覚めて最初に自覚したのは痛み。

それは全身筋肉痛にかかったような痛みで、士官学校で基礎訓練を受けた時のことを思い出した。

宇宙軍士官とは言え体力は必要だし、場合によっては陸戦隊と艦隊勤務の両方を行ったり来たりする宇宙軍ではその手の陸戦訓練もあった。



「……生きてる?」



『痛いと言うのは生きている証拠だ、もっと喜べ蛆虫ども!』という教官のありがたいアドバイスを思い出した。

絶対にサディストだという確信を新入生一同に植え付けたその教官は、しかし、ジュンがナデシコへ乗艦すると決まったときは秘蔵のウイスキーで祝ってくれた。

その戦死を知ったのはナデシコが火星から帰還してからだが、まだ墓参りもしていない。

とりあえず感動の再会を先延ばしにできたのはジュンにとっては喜ぶべきことだった。



「ようやっと起きたわね」



「イネスさん?」



自分の姿を確認しながら起き上がる。

はっきり言って酷い有様だ。

ネルガルのロゴ入りの白い第一種軍装は煤で汚れ、木の葉と泥で見事な迷彩となっている。

所々に折れた枝が引っかかっているあたり、自分がどんな状況だったか推測できた。



「状況を説明しましょうか?」



「お願いしま……」



言いかけて、しまったと思うが遅い。



「LCAC(エアクッション型揚陸艇)に乗っていたのは覚えているわよね?

 ああ、頷くだけでいいわよ。 で、問題はその後。

 アキトくんのからの警告があったのは覚えてる?

 わからない? そう、ショックによる記憶の一時的混乱ね。

 もしかしたら木から下ろす時にぶつけたから……いえ、なんでもないわ。



 そう、チューリップよ。

 あのチューリップはちょっと特殊でね。 小さすぎたのよ。

 大は小を兼ねるって言うでしょ? それと同じ。

 戦艦クラスを吐き出せる大きさがあればそれ以下の艦艇や機動兵器も通れるのよ。

 最初に見たときから思ってたのよ、あれじゃあ、機動兵器くらいしか運べないって。

 それじゃあ、効率が悪すぎる。 合理的じゃないわ。

 でも実際にあるんだから、何らかの特殊な用途のためにあるんじゃないかって思ったのよ。

 ええ、もちろんどんぴしゃだったわ」



自動装填装置でも使ってるんじゃないかと思うほどの言葉の砲弾の連続に、起き抜けで混乱した頭を酷使しながら要点を整理する。



調査の対象だったチューリップは、従来のようなワープゲートの役割を果たすものではなく、大気圏突入用のカプセルのようなものだった。

HLV(Heavy Lift Vehicle)という似たような装備は宇宙軍にもあるから簡単に予想はつく。

HLVは宇宙(あるいは亜宇宙)まで使い捨てのロケットブースターで打ち上げて作戦地点へ降下させるというカプセルだが、

チューリップはもともと宇宙から来るので打ち上げる必要はないだろう。



そして似たようなものがあると言うことは、その目的や用途も推測しやすい。

HLVは主に奇襲降下を狙った機甲部隊の降下作戦に使われる。

となれば、チューリップが運んできたのも機動兵器か、それに類するものと思われる。

(もっとも、最近はHLVを機動兵器や他の機甲部隊の降下作戦に使うことは少なくなっている。

 その後の運用や整備を考えるなら、機動母艦で降下したほうが、コストはかかるがよほど安全だからだ)



あまりありがたくないことに、その予想は当たっていた。

チューリップから出現した機動兵器はLCACを絶好の獲物と解釈し、ミサイルを発射。

プロスは巧みに回避したものの、エンジンへ破片が直撃。

動きが鈍ったところへ再度のミサイル攻撃を受け、LCACは粉微塵に。



要約するとイネスの話はこんなところだった。



「………よく生きてましたね」



「ミスター・ウリバタケに感謝しなさい。

 まさか戦闘機みたいに脱出装置がついてるなんて思いもしなかったわ」



そう言えばミサイルが着弾する直前に「こんなこともあろうかとーッ!」という叫びが聞こえたような。

しかもその直後に天井が吹き飛んで(きっと炸薬でも仕込んでいたのだ)気がついたら座席ごと空にあった。



「素人にいきなりパラシュート降下よ」



文句を言っている割にイネスには傷一つなかった。

いつもの白衣の一部が枝に引っかかったのか7cmほど破けているが、それだけだった。



「他の人たちは?」



「脱出は確認したけど、それだけね。

 コミュニケは通じないし」



「ECMですか?」



「たぶんね。 

 ここにいるのは私と、あなた。

 そして……」



言葉につられるようにイネスの視線の先を辿る。



「ルビー、アオイくんが起きたから移動するわよ」



物珍しそうに周囲をきょろきょろと見回していた少女がその言葉に振り返った。

了解の意を示すように頷くと足取りも軽くこちらへやってきた。



「コード天眼とのコンタクト完了。

 コミュニケーターのHUDにリアルタイムで表示可能。

 ただ、固体識別は無理みたい。

 パーソナルIFFは軍の専用のものじゃないと」



「そう、ご苦労さま」



「あの、何の話を……」



「コミュニケが妨害されてるからデータリンクを切り替えたの」



「どこに?」



ジュンの質問にイネスは黙って空を指差した。

雲ひとつない快晴。



「まさか軍の偵察衛星!?」



「そうよ」



あっさりと言ってのけるが、重大な軍機違反であることは言うまでもない。

偵察衛星を初めとする各種戦略戦術偵察用の機器は戦略情報軍が一括で管理しており、

そこからの情報は専用のコードで端末から引き出すことになっている。

ナデシコにもそれは割り振られているが、機密レベルは低いものでしかなく、衛星からのリアルタイム情報などは大きく制限されていた。



「覗き見趣味はあまり褒められたものじゃないわね。

 ナデシコも信用されてるわけじゃないってことよ」



コミュニケをしばらくいじっていたが、設定の変更が完了したらしく、空中にテニシアン島の俯瞰図が投影された。

GPSとの組み合わせにより即座に自分たちの位置を割り出せた。

ただ、他にも多くの豆粒のような輝点が表示されていてごちゃごちゃしている。

この小さな輝点一つ一つが偵察衛星の合成開口レーダーが捉えた人間と言うわけだ。

海岸線で激しく動き回る大き目のものは機動兵器だろう。



「自分たちの位置はGPSとの組み合わせでなんとかなるけど、他の人たちはどれだかわからないわね」



「いえ、そうでもありませんよ」



どういうこと?と言いたげなイネスの視線を受けてジュンは答えた。



「何しろパラシュート降下なんて目立つことしましたからね。

 ここはクリムゾンの私有地なんですから、SSが押し寄せてきますよ」



「そうね、うっかりしてたわ。

 人が集まっていく先に誰かがいるのね」



言われてみれば確かに少数の輝点へ向かって大多数の輝点が移動しているのがわかる。

それが合計で3ヶ所。

一つは島の西側でかなり遠いが、もう一つは比較的近くだった。

地図の縮尺を考えるならその距離約400m。



「……あれ?

 もしかして……」



そこでふとジュンは気付いた。

輝点が集合しつつあるのは合計で3ヶ所。

ということは、残りの一箇所は……



「見つかったわね、私たちも」



酷く冷静にイネスが告げた一言は銃声にかき消されていた。





○ ● ○ ● ○ ●





<カタオカさんストーップ!>



撃ちつくした砲弾とDF発生器のマガジンを交換し、再度の発砲の準備を終えた。

しかし、照準をつける前にユリカの顔を映したウインドウが視界に目一杯表示される。

同時に他のモニターも『STOP!』『WAIT!』『待って!』『止め!』などの表示に変わった。



<思いっきり向こうの別荘に当たってます!>



「……さっきから外れてるからな」



トリガーにかけていた指を離す。

どうせオモイカネにロックされている。



<人がいたらどうするんですか!>



「知ったことか」



<なッ……>



ユリカが絶句するが、それが本心だった。

そもそも近くにチューリップがあるのに避難もしない連中など気にかけてられない。

自分だけは大丈夫などと考えている間抜けに構っていたら、戦場でそこまで気にしていたら自分の身を危うくする。

見ず知らずの有象無象など知ったことではない。



<う〜、なんかそういう人だって思ってましたけど、ダメです!

 艦長命令で、発砲を禁じます。

 そのライフルだと威力がありすぎて外した場合に被害が出ちゃいます。

 それに、脱出したイネスさんたちだって島にいるんですから!>



「了解。 で、代案は?

 120mmカノンはこの距離では精密射撃ができないぞ」



狙撃に使用した105mm対機甲ライフルは、重機動フレーム標準装備の120mmカノンに比べると砲弾の口径こそ劣るものの

砲身長は60口径、つまり105mmの60倍で6.3m。

120mmL45のカノンに比べると1m近く砲身長が大きく、また、火薬式ではないために初速でも上回る。

そのために砲弾がよく低伸(重力に引かれて落ちることなく遠くまで飛ぶ)するため、狙撃に向いていた。



<どうせ無闇にミサイルとか撃ち込めない状況ですから、いったん戻ってください。

 空戦フレームに換装して救助に向かってもらいます>



「了解。 一時ナデシコへ帰還する」



狙撃用に関節をホールドしていた重機動フレームを起き上がらせると、

甲板から格納庫へ移動するカタパルトへ機体を向ける。



「……必死、だな」



最後に振り返った視線の先では赤と青の2機の機動兵器が乱舞していた。

傍目から見ても青いほうの空戦フレームは平静さを欠いているのがわかった。

それは怒りというより、すがり付く子供のような必死さを伺わせるように彼には思えたのだった。

しかし、通信こそできないものの、全員の脱出は確認している。

LCMのエステバリスも4機とも脱出して戦闘に参加、あるいは脱出したメンバーの救助に向かっている。



「……トラウマでも刺激されたか?」



自身の苦い思いと同時に空戦のパイロット ――― アキトのことを思う。

それは当たらずとも遠からずだった。





○ ● ○ ● ○ ●





―― どういうつもり?



自問してみてるが、答えはすぐに出た。

つまり、自分はもろともに吹き飛ばされてもいい。

その程度の価値というわけか。



「遅かったな」



「危うく海の藻屑になりかけた」



編み笠の男は低い笑い声を洩らした。

気に喰わないが、それは相手も同じだろう。



「北辰の命令?」



「貴様が知る必要はない」



そうだろう。

所詮は駒の一つと言うわけだ。

まったく気に入らない。

少なくともナデシコは、敵であるはずの地球人たちは自分を友人として扱ってくれた。

自分を生かすために火星で犠牲になった人たちもいた。



気に入らない。

そんな人たちを裏切っている自分が。

そして、そうせざるを得ない現状が。



「これがナデシコのデータだ。

 機密に触れるものは持ち出せなかった」



「ふん、まあいい」



……こちらが下手だと思って。



殺意に近い思いが湧いたその時、声がした。

自分を探している呼び声。

しかも近付いてくる。



……不味い!



焦燥感が胸を焦がす。

編み笠の男は既に抜刀していた。

目撃者は消すというのが彼らの流儀だった。



頼むからこっちを見つけないで……



その声に聞き覚えがあった。

忘れるはずもない。

自分の唯一の肉親なのだから。

まさかナデシコで再会することになるとは思いもしなかった。

ただ、相手はこちらを覚えていないようだったが。

それはそれで幸いかも知れない。



だが……



願いも空しく人影が近付く。

編み笠が動いた。



――― あとは、自分も無我夢中で動いていた。



「何をしている、カザマ!

 まさか、情でも移ったか!?」



「貴様が知る必要はない」



皮肉としてさきほど言われたままの言葉を返すと、編み笠にタックルをしてバランスを崩させる。

そのまま何が起きているのか理解できていないのか、その場に立ち尽くす人影に向かって跳躍。

半ば引きずるような勢いで掴むと、全速で駆け出した。



なぜか、いい気分だった。





○ ● ○ ● ○ ●





三六計逃げるが勝ちという言葉がある。

だからというわけでもないが、彼らは逃げていた。

後ろを振り向かず、もう必死で。



「イネスさん、なんかクリムゾンに恨みかうようなことしました!?」



「いいえ! アオイくんは!?」



「僕は人に恨まれたことないのが自慢なんです!」



確かにいい人そうだしね。

と妙にその言葉に納得しつつ、それでも足は止めない。

まさかいきなり撃ってくるとは思わなかったが、その後に何発かナデシコからの流れ弾と思しきものが着弾していたから、

もしかしたら攻撃されたと勘違いしたのかもしれない。



「ルビー、後ろは!?」



「7人追ってきてる。 武器はMP9A2サブマシンガンが3つとM35ケースレスライフルが4。

 あ、でも……」



「今度はなに!?」



「前」



「えっ!?」



胸のあたりに思い切り何かがぶつかった。

一瞬、息が詰まる。



「イネスさん!?」



「イツキさんにカイトくん!?」



ちなみにぶつかったのはイツキだった。

声も出せずにひっくり返っている。



「理由は後で説明しますけど、こっちは危険です!」



「だけどこっちも危険よ」



「刃物を持った暗殺者に追いかけられるのと比べるとどうですか?」



転んだ時に打ったらしい後頭部をさすりながらイツキが起き上がる。



「銃を持った7人の男に追いかけられるのと同じくらいやばいわね、それ。

 ところで、大丈夫?」



「あ、はい。

 イネス先生の胸がクッションになりましたから」



思わずといったようにジュンとカイトの視線がイネスの白衣の上からでも自己主張をする胸に集まった。



「……バカ」



「私じゃ無理だった」



「……将来があるわ、ルビー」



上からイツキ、ルビー、イネスの順番である。



「とにかく、逃げるわよ」



「どっちへ?」



「右でも左でも」



「じゃあ、左にしましょう」



「根拠は?」



ジュンの提案に思わず聞き返してしまうのは科学者の性か。



「地図によると右は行き止まりだからです」



「早く言いなさい!」





○ ● ○ ● ○ ●





シェルターは流石というべきか、核攻撃にも耐えられそうな代物だった。

執事がロックを解除する間に舞歌は状況説明をしていた。



「あの機動兵器は二式局地戦闘機装兵<飛電>よ。

 クリムゾンに引き渡す予定で持ってきたんだけど、なぜか現在暴走中」



「なぜチューリップで運んできましたの?」



「乗ってきた艦には入らないからよ。

 猫背なのは背中に大型のエンジン積んでるから。

 肩と足が異常に大きいのは試作のターレットノズルを搭載してるから」



「正直言うと、試作機なんですけどねー」



琥珀が付けたし、舞歌も頷く。



「そんなものを取引に使おうとしたのですか?」



「曲がりなりにも最新鋭機よ!

 そりゃ、ちょっと重量過多だったり、一式戦と同じく防御に問題抱えてるけど」



事実だった。

二式局地戦闘機装兵 ――― 通称を二式局戦<飛電>は一式の後継機として木連で基礎フレームから設計された初の機動兵器だった。

プロトタイプ・エステバリスを改造した零式や、それを木連の規格に合わせて量産化した一式とは別次元の機体である。

だが、それだけに多くの問題も抱えていた。

一式戦で既に問題になっていたエンジンの出力不足は改善されず、搭載するエンジンは試作された巨大ジョロのものを流用していた。

背中が盛り上がり、猫背気味になっているのはこのせいだった。



ちなみに試作された巨大ジョロは火星での1G重力下試験で欠点をさらけ出して廃棄された。

単純にスケールを3倍した場合、体積は27倍になるが自重を支える脚部の断面積は9倍にしかならず、

結果として単位面積あたりにかかる負荷が増大するという単純なことに開発者が気付いていなかったのだった。

歩き始めた途端に足が折れて身動きが取れなくなったジョロはそのままエンジン周りだけ残して解体。

むろん開発者は閑職へと左遷された。



そして、ターレットノズルも厄介な代物だった。

両肩と両足の4箇所につけられたこれらは飛電に無類の運動性能を与えた。

それは一式戦を遥かに上回るほどで、大いに期待できる装備だった。

しかし、いざ使ってみると機構的に複雑で、プログラムによる制御も難しく、明らかに重量が増すという欠点があった。

これでは何のためにエンジンを強化したのかわかったものではない。



そこで開発陣は思い切った手に出る。

一式戦で採用されて唯一成功したといえるピンポイント爆縮方式の時空歪曲場を採用。

エネルギーを喰う重力波スラスターを全廃して燃料式に切り替えた。



結果、飛電はそれでも重量過大で、燃料式スラスターに被弾したら誘爆する恐れがあり、故障率も高く、扱いに熟練を要するという

どのへんに一式戦の反省が活かされているのかわからない機体となってしまった。

第四次月攻略戦で多くの新米パイロットを失った戦訓から『扱いやすく、稼働率と生還率の高いバランスのとれた機体を!』という要求に飛電は真っ向から対立していた。

結局、18機が試作されただけで飛電は早々に生産打ち切りとなった。

半ばやけくそ気味に使えるものならどうぞと、悪名高いヤマサキ博士に何機かが引き渡された以外はそれだけだった。

(余談だがのちの夜天光や六連、積尸気はこの飛電が原型となったといわれているが、真相は定かではない)



それが今回、四方天側とクリムゾンの直接のパイプを設けるという極秘任務に当たり、『手土産』として使われた。

最新鋭機という触れ込みに嘘はない(高性能とは誰も言っていない)し、棄てるくらいならと言うわけだ。

さすがにそこまで説明したわけではないが、アクアは呆れ顔だった。



「交渉術と言うものを知りましたわ。

 それと、ただでモノをくれる相手には注意しろという教訓も」



「や、やーねー。 ちゃんとAGIの新型だってあげるから」



それにしたって、たまたままったくの偶然に運良く拾っただけじゃないのか?

ロイはそう思ったが口に出しはしなかった。

交渉が決裂したら困るのは彼も同じだ。



「お嬢様! よかった、御無事ですね」



そうしているうちにSSと思しき黒服が集まってきた。

全員が一様に銃で武装している。



「誰?」



「私の護衛をしているSSの長です。

 ところで、なぜ銃を?」



「ネルガルの戦艦から島へ侵入した者がいます。

 現在、追跡中ですが……」



「放って置きなさい。 今回のことは偶発的な事故です。

 これ以上、ネルガルとの関係を悪化させるわけにはいきません。

 SSを撤収させなさい」



「はっ。 ところで、客人方はこれで全員でしょうか?

 取り残されたりなどは?」



アクアが舞歌に視線を向けた。



「これで全員よ」



「そうですか、よかった」



SSの長と言われた男は安堵の溜息をつき、



――― 銃を構えた。



「月並みで申し訳ありませんが、お嬢様も皆様もここで死んでいただきます」



「やはり、そうですか」



逆にアクアの反応は落ち着いたものだった。



「……今回のことを仕組んだのはお爺様ですね?」





<続く>






あとがき:


やっぱりナオさんに出番はなかった。
次回こそは! 次回こそは!

そして今回、某氏の正体に触れてみたり。
ただ、黒サブレの書くことを鵜呑みにすると危険です。
だって、設定密かに変わってるから(爆)

それでは、次回また。

 

 

代理人の感想

ははぁ。

別口のパイプが既にあったわけですか。

で、色々と利益が合致したと・・・・・・。

ん?

ロバートがアクアを殺すほどの理由って何かあるのかな?

それとも単に勝手に動かれては(同族だけに余計に)邪魔なだけか。

うーむ。