時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第18話その1 遠すぎた艦




いかなる手段を用いてでも勝たねばならないということがある。

敗北は全てを奪い去るからだ。

正論も反論も、全ては勝者にねじ伏せられてしまう。

そう、これは戦争なのだ。



「じゃっじゃーん! 本邦初公開!

 今年の新作水着でーす!!」



チサトは密かに『よせてあげて』効果のあるものを選んでおいた自分の先見の明に自分で感心していた。

兄の隣で胸なし通信士が眉をピクつかせているのに勝利感を深くする。



「どう、お兄ちゃん?」



必殺斜め下45度からの見上げる潤んだ眼差しをテツヤに向ける。

彼女の想定ではこれで一撃KO!なはずなのだが、



「この世は虚飾と欺瞞に満ちてるな」



あっさりと偽装は見破られた。



「あう……。

 でもでも、似合ってるでしょう?」



「まあな」



関心なさそうにそれだけ言うとまたテツヤはイスに体重をあずけて顔を正面へ戻す。



「む〜、もうちょっとこう、27歳の男としての反応あるでしょう?

 世の中には妹萌え〜とかいってる魔法遣い候補生がたくさんいるのに」



「ふっ、所詮は妹、ということですね」



今度はチサトの方が青筋を浮かべた。



「血の繋がりもない人は黙ってて下さい」



「いいかげん、妹ウザーとか言われる前にあなたこそどこか適当な男でも見つけたらどうです?」



もはや自分の意志の介在しないところで始まった女の戦いとか言うものを無視してテツヤはイヤホンを耳に押し込んだ。

休暇の時くらい大人しくしていて欲しいものだが、それも無理か。

むしろ戦闘ともなればいつ死んでもおかしくない状況に置かれる。

だからこそ平時にハメを外したがる……と好意的に解釈してみた。



「そんな事よりお兄ちゃん、ちょっと聞いてよ。 本編とあんま関係ないけどさ。

 昨日、近所のハワイのオアフ行ったんです。 ハワイ。

 そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで泳げないの。

 で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、AGI御一行様、とか書いてあるの。

 

 もうね、アホかと。馬鹿かと。

 お前らな、会社の慰安旅行如きで普段来てないハワイに来てんじゃねーよ、ボケが。

 慰安旅行だよ、慰安旅行。

 

 なんか親子連れとかもいるし。一家でハワイか。おめでたいね。

 よーしママ、トロピカルドリンク頼んじゃうわよー、とか言ってるの。もう見てらんない。

 お前らな、このナイチチ女あげるからその場所空けろと言いたいよね。

 ハワイってのはね、もっと殺伐としてるべきなんだよ。

 太平洋挟んだ国といつ喧嘩が始まってもおかしくない、

 刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんだよね。女子供は、すっこんでろ……って私も女子供だけど。

 

 で、やっと泳げるかかと思ったら、隣の奴が、(ない魅力振り絞って)お兄ちゃんを誘惑、とかしてるじゃない!

 そこでまたぶち切れだよ。

 あのね、私のお兄ちゃんを誘惑(しかも、ない胸にパッド当てて)なんてきょうび流行らないのよ。ボケが。

 得意げな顔して何が、(猫なで声出して)お兄ちゃんを誘惑、よ。

 お前は本当にお兄ちゃんを誘惑したいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。

 お前、「私も一人なんです〜」って言いたいだけちゃうんかと。

 

 業界通の私から言わせてもらえば今、通の間での最新流行はやっぱり、

 双子、これだよね。(私とチハヤは歳同じってだけで双子じゃないけど)

 妹・双子・どっちかは血縁。これが通の頼み方。

 双子ってのはもちろん女の子が2人。その代わり迂闊に手は出せない。これ。

 で、それに妹・どっちかは血縁。これ最強。

 しかしこれを頼むと次から黒田某にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。

 素人にはお薦め出来ない。

 まあ貴女みたいなド素人は、アリゾナメモリアルでも拝んでなさいってこと」



「言ってくれますね、いい歳してブラコンが」



「豊満なウエストと引き締まったバストのあなたに言われたくない」



……好意的に解釈してみたが、無理だった。

たまの休日だと言うのに。



「………楽しそうね」



呆れ半分、諦め半分といった感じのライザが声をかけてきた。

夏の余韻を強く残すハワイの日差しの中で、金髪が鮮やかに映える。

今は水着姿なのでモデル張りのスタイルがよくわかる。



「そう見えるか?」



とりあえず妹にヘッドロックをかけつつテツヤは応じた。

追加打撃のグリグリ攻撃も忘れない。



「お兄ちゃん離して!

 敵が、共通の敵が!」



「そうですテツヤさん、この人は敵です!」



さっきまでのいがみ合いもどこへやら。

なぜかメグミとチサトは協力関係を築いていた。

まあ、敵の敵は味方、という見方も出来なくない。

特に胸。



「出港の日程が決まったから伝えに来たわ。

 出発は三日後」



「行き先は?」



「クルスクよ。 また寒いところね」





○ ● ○ ● ○ ●





本来はまだ夏の余韻が色濃く残る季節のはずだ。

それなのに氷雨が降り注いでいるのはどういうことか。



いや、原因はわかっている。

20世紀から言われ続けている環境破壊による異常気象の一つだ。

あるいは火星に対して行ったように環境改善用のナノマシンを大気中へ大量に散布すればいいのかもしれない。

しかし、それには莫大な予算と、そして人々の反対をなんとかする必要があった。

彼らの主張するところによると、ナノマシンによる環境改善は自然の景観を損なう、のだそうだ。



事情を知らない人間が聞いたら発言の矛盾に呆れるかもしれない。

だが、南極のオゾンホールを埋めるために使用されたナノマシンは、同時にオーロラの幻想を奪った。

上空に滞空するナノマシンが、電離層に降り注ぐ太陽からの磁力線を歪めてしまったからだった。

現在ではアイルランド北部やグリーンランドのごく一部か、もしくはロシア地域でも緯度の高いところなら見られるようになったが、

逆に南極では絶望的だった。

あるいはこれも人の業というべきか。



しかし、この場に列席する彼が陰鬱な表情を浮かべているのは地球環境を憂いてだとか、あるいはもっと俗っぽく天気が悪いからでもない。

彼の思索すべきことはあるいはもっと俗っぽく、あるいは高潔で、しかしどこまでも野蛮で血なまぐさいものだった。



「……SPACY(宇宙軍)のナンバーフリートのトップが勢揃いか」



連合軍には大きく分けて陸海空軍と宇宙軍、戦略情報軍の5つの組織がある。

戦略情報軍の役割は主に情報収集とその解析、評価であるため除外するとしても、文字通り世界最強の戦闘集団が地球連合には4つも存在することになる。

ゆえにその管理も徹底したもので、平時においては軍は連合議会の決定なくして組織だった行動は一切できない。

例えば集まって運動会を開こうとしたら、法律的にはそれすら議会での承認を得た上でないとグランドに白線を引くことすらできない。

むろん戦時にまでそんな悠長なことはやっていられないので、軍の統帥は統合作戦司令部にその大部分を移行することになる。



今回、宇宙軍のナンバーフリート ――― 第1機動艦隊、第2艦隊、第3艦隊、



さらには新設され編成が始まったばかりの第4艦隊、第5艦隊の司令長官に対してまで召集令がその統合作戦司令部からきた。



ゆえに彼はここに居る。

第1機動艦隊司令長官として。



「派手なことだな」



ファルアス・クロフォード中将は唇の端に諧謔まじりの笑みをのせた。

この場にいることは軍人として1つの栄誉と受け取るべきなのだろうが、

それが戦争の果ての流血によってもたらされたものであると自覚するがゆえだった。

特に前任者は第1次火星会戦の結果、失脚して挙句に因果か、火星で行方不明になった。



「……これが現在のクルスクの状況です」



薄暗い闇の中に落ち着いた声が響いた。

今回の司会役を務める戦略情報軍の女性将官だった。



それと同時に円卓の中心に投影されたウインドウの表示が変わる。

それは遥かな高みから俯瞰したクルスク地方の衛星画像だった。

それが徐々に拡大され、画面の中心は奇妙なオブジェを捉えたものに変わる。



「クススク工業地帯は、半世紀前までは重工業……もっと端的に表現するなら軍事産業の拠点の一つでした。

 ご覧のように、現在は木星蜥蜴に制圧されています」



場からうめき声が上がった。

宇宙軍の本来の管轄はその名の通り宇宙。

しかし、地球が本拠地であることに違いはない。

家に土足で上がられているときに塀の外が騒がしいなどと言ってはいられない。



「そして、これが『ナナフシ』。

 もちろん正式名称ではありません」



衛星からの俯瞰だけではなく、モデリングされた全体像まである。

それを見ればナナフシの名前の由来はすぐにわかった。

カタツムリのような胴体から空を睨むように突き出された長大という言葉以外では表現しようのない砲身らしきもの。

常識的といえる範疇で想像力を働かせるなら、そこから連想されるのは『砲台』だろう。

まあ、木星蜥蜴のやることだから、これが5体合体のロボットの胴体という可能性や、

巨大な蛾の怪獣の繭ということもありえなくはない。



「このナナフシに関しては様々な調査を行い、1つの結果を得ていますが……まずはこれをご覧下さい」



ウインドウの映像に変化があった。

画面の右端に数字が表示される。

それだけのごくささやかな変化。

その数字は20から始まり、19、18、17、と減っていく。



そしてゼロとなった瞬間。

2度目の変化が起こる。

今度もさして面白みのある変化ではなかった。

唐突に画面が意味のないノイズに変わる。



「ご覧のように、低高度とはいえ偵察衛星を撃ち落せるほどの射撃精度を誇ります。

 戦略情報軍ではこのナナフシの正体を特大の固定砲台と解釈しました。

 砲身長だけでもゆうがお級戦艦の全長より長い。

 大抵の砲口兵器において、砲身長が長いほど初速は早くなります。

 火薬式の場合は空気の膨張率による初速の限界はありますが……ああ、これは釈迦に説法でしたね」



「だが、今さら火薬式もないだろう。

 レールガンか、リニアガンの一種か?」



発言したのは第4艦隊のペンブルトン中将だった。

砲術科の出身と言うこともあるのだろうが、この中ではナナフシの正体に一番関心があるようだった。



レールガンかリニアガンと言うのは確かに説得力がある。

巻貝のような基部は発砲時の反動を吸収し、射撃姿勢を安定させるために大きく、

また、単純に大きいということはそれだけ大型の機関を搭載できるということでもある。

核融合炉か、相転移エンジンかは知らないが、相当な出力を生み出せるはずだ。



レールガンは電磁誘導によって弾体を射出するため、砲身を伸ばして加速時間を延長するか、誘導体に流す電流を大きくすれば初速を高められる。

ただし、弾体を加速させる誘導体(あるいは弾丸そのもの)とレールが接触している必要があり、誘導体にプラズマを使ったとしても粘性によるロスは避けられない。

プラズマを使った場合は砲身の加熱や磨耗が深刻となる。

対してリニアガンは初速を高めるには砲身長を伸ばすしかないが、弾帯の加速に磁力を使うため、弾丸が誘導帯に接触している必要はない。

砲身が磨耗することもないため、メンテナンス性はきわめて高い。

どちらも一長一短であるため、軍では用途に合わせて併用していた。



「レールガン、と言えばそうかもしれません。

 詳しい原理などは科学者の分野ですので、ここでは省略させていただきますが、

 答えから言えばナナフシの正体は重力波レールガンと推測されます」



「重力波レールガン?」



聞きなれない単語に疑問の声が上がった。

それに一度頷いてから、続ける。



「我が軍にも似たような装備はあります。

 確か……」



「重力波カタパルト。

 実装はナデシコが先駆けたな。

 連合の艦艇ではシレネ級機動母艦が初だったか」



なぜそんなことを知っている?と言いたげな視線がファルアスに集まった。

かまわずに続ける。



「砲身に見立てた軌条に重力傾斜をつけて加速する。

 グラビティブラストの亜種とも言えるが、どちらかというとやはり重力波カタパルトが近いな。

 しかし、疑問がある。 撃ち出したのが単なる砲弾なら起こらないはずのことが起きている」



薄明かりを頼りに手元の資料をめくる。

どうせ読んでもいないが、パフォーマンスは大事だ。



「偵察衛星からの信号が途切れたのとほぼ同時刻に強力な電磁波の輻射が広範囲で確認された。

 衛星の融合炉が爆発したということも考えられるが、こちらの調査では衛星はほとんど破片も残さず一撃で消滅したらしいとある。

 あるいは融合炉が爆発したから消滅したとも考えられるが……それにしてはいささか派手だ。

 人工衛星用の小型融合炉ではここまではならないだろう?」



「はい。 その通りです、クロフォード中将」



何人かが感銘を受けたと言わんばかりの眼差しを向け、何人かはインテリぶりやがってという視線を向けてくる。

ファルアスとしては知っている手品のネタを明かしているようなものなので、別段面白くもない。

この発言はあくまで周囲の反応をうかがうためのものだった。



「むしろ、問題なのは射出される砲弾です。

 このナナフシは巨大な本体の中にマイクロブラックホール生成機関を持っていると思われます。

 今回は衛星を吹き飛ばしただけで済みましたが、地上で炸裂すれば爆心地から周囲30キロ圏内は重力崩壊によって根こそぎ消滅するでしょう。

 実質的に防御手段はありません」



やっかい、などという次元ではない。

たとえ戦艦を持ち出してもナナフシの一方的アウトレンジ攻撃に晒されるということだ。



「さて、概要は分かったと思う。

 問題はいかにしてこれを攻略するかだ」



これまで黙っていた統合作戦部長(ようするに今回の議長役)のアンドリュー・ホーウッド大将がようやく口を開いた。

しかし、そう問われてもいきなり答えられるはずがない。



「まるで要塞ですね。 ですが、迂回すると言うわけにはいかないのですか?」



手を挙げて発言したのは第5艦隊のグデーリアン中将。

彼の先祖にはWWUのドイツ陸軍で電撃戦の創案者であったハインツ・グデーリアン上級大将がいる。

だからと言うわけでもないが、彼自身も宇宙軍に所属しながら陸戦にも通じている。



確かにナナフシは見方によってはまさに難攻不落の要塞に近い。

強力無比な対空ユニットで、基本的にどこを突いても正面に近い。

だが、移動力は皆無に近いらしく、ほとんど初期位置から移動していない。

攻撃すれば多大な被害を出すだろうが、それなら迂回して相手にしなければいいという発想だ。

要塞の存在意義は、そこに存在することで敵の兵力を貼り付けておけることだが、迂回して孤立化させてしまえばその意義はなくなる。



「残念ながら、それは不可能だ。

 現在、ユーラシア方面軍は壊滅状態にあり、ロシアに展開していた地上軍の第5、第6、第7軍団のうち、

 第6軍団は中国側への脱出に成功したが、第7軍団は敵中に孤立している。

 彼らを東欧方面へ脱出させるためにもクルスクの攻略は必須だ」



「第5軍団はどうなったのでしょうか?」



「初戦において戦力の4割を消耗し、同じく2割を消耗した第7軍団に吸収された。

 現在の第7軍団は各地の残存兵力も吸収して定数は維持しているが、補給と士気は限界に近い」



溜息しか出ない状況だった。

連合軍は初戦において大打撃を受けた。

宇宙軍では第1、第2艦隊と、主戦場が地球に移ってからは欧州と旧CIS(独立国家共同体)地域の各方面軍が。

逆にネルガルの本社がある日本や、地球連合内でも重要な拠点が多く、ゆえに最大規模の常駐兵力を持っていた北米方面軍はよく抵抗した。

だが、他が弱かったとかいうことでは決してない。

しかし、実質的に寄り合い所帯でしかない第7軍団は戦力としてあてにはなるまい。



「あくまで攻略するなら方法は2通りある。

 1つは多少の損害など気にしないほどの大兵力を一気にぶつけてすり潰す」



「馬鹿な! ナナフシの特性を考えるなら被害が大きすぎる」



ファルアスの言葉に反論したのはミスマル・コウイチロウ中将。

第3艦隊を率いて初戦から地上で激戦を繰り広げてきただけに、その言葉には重みがあった。



「しかし、兵力を小出しにしては各個撃破の的になるだけだ。

 私はクロフォード中将の意見に同意する」



「いや、それは短慮に過ぎる。

 ここで損害を出してはその後の欧州での作戦に支障をきたすぞ」



ペンブルトン中将がファルアスに賛意を示し、逆にグデーリアン中将は反対した。

第2艦隊のミゲル中将は困惑した表情で沈黙したままだったが、日和見主義なところがあるため、特に誰も意見を求めようとはしない。



「確かにクロフォード中将の意見は一理ある。 しかし、ミスマル中将の言う危険性も分かる。

 誰かこの点について意見のあるものは?」



ホーウッド大将が見事に内容のない意見を述べる。

その言質を取られないという意味で見事な政治的発言に感心しつつ、ファルアスは応じた。



「私は2通りあると言った。

 ミスマル中将の言うように力押しの場合、こちらの損害も大きいだろう。

 従って、私の言うもう1つの意見はその逆をいく発想だ」



「逆というと?」



相手が自分の術中にかかりつつあることに安堵しつつ、切り出す。

この場で一番手ごわいのはミスマル中将だ。



「特殊部隊による後方撹乱と、それに呼応しての精鋭による奇襲だ」



実のところ、これは『前回』連合陸軍が3回やって3回とも失敗した案だった。

だが、ファルアスに言わせれば、情報見積もりの甘さと縄張り意識によって宇宙軍に支援を要求しなかったことが失敗を招いたのであって、

趣旨そのものは間違っていないということになる。



軍が特殊作戦を好むのにはわけがある。

その最大の理由はコストだ。

大規模な正規部隊を動かせば、補給兵站を含めて莫大なコストがかかる。

少数の精鋭を育成するのにも金はかかるが、それでも正規部隊を動かすことに比べれば安い。

何より、例え失敗しても犠牲が少なくて済むという冷酷な計算もある。



「しかし、どうやって……敵はナナフシだけではない。

 旧式の戦車を乗っ取って操っているとの情報もある。

 旧式とはいえ、数が揃えば脅威になる。

 それこそ貴官の言うように数に押されかねない」



戦略情報軍からの事前情報ではクルスクの工場が稼動状態にあると言うことも報告されていた。

そこでは2世代前の陸戦の主力を務めたMBT(主力戦車)が大量に生産されているらしい。

他にも少数ながらエステモドキの人型機動兵器も確認されている。

近くにチューリップがないため、エステモドキに関してはこれ以上増えることがないだろうと言うのが救いだった。



「無論、そのことも織り込み済みだ。

 つまり、我々に必要なのは目立たず、機動力と火力に富んだ兵器というわけだ」



「そんな都合のいいものが……」



「ある。 貴官にも縁が深いものだよ」



そこまで言われて、さすがにコウイチロウもファルアスが何を指しているのか気付いたらしい。



「まさか、ナデシコを投入しろと言うのか?」



「その通り。 目立たないように単艦での行動であっても、火力・防御力・機動力ともに申し分ない。

 エステバリスも搭載できるから、ますますもって良い。

 御息女の活躍は私も聞いている」



「…………」



コウイチロウが複雑な表情で黙る。

本音を言うならナデシコを……正確には娘のユリカを危険な任務に就けたくないのだろう。

しかし、ファルアスの『大兵力を投入して一気に叩き潰す』という案に反対したのは自分だ。

それに対して相手が代案を出してきたのに、それまで「いや、しかし」と否定するならこちらも代案を出す必要がある。

が、生憎とそんな妙案が天啓のごとく閃くはずもない。

そもそもファルアスはこの展開を予想して以前から策を練っていたのだ。



「意見がまとまったようだな。

 具体的な作戦案に関してはクロフォード中将、貴官を中心として立案したいと思う」



「ハッ、承ります」



ホーウッド大将の言葉に敬礼を返して応じる。

それでこの日の会議は散開となった。





○ ● ○ ● ○ ●





「人が悪い」



ミスマル中将に対する対応のことを言っているのだろう。

准将の徽章をつけた女性がポツリと呟く。

先程の会議では司会役をしていた戦略情報軍のミカミ・ミサト准将だった。



「提督の場合、人が悪いと言うか悪人なんですよ、准将」



作戦立案のために呼び出されたササキ・タクナ大佐は寝不足で腫れ上がった瞼をこする。

元よりこの展開を予想してある程度の作戦見通しを立てておく必要があり、そのために徹夜が続いていた。

ナナフシ攻略戦となれば宇宙軍の出番はないものと思われていたが、意外にも陸軍の方から要請があったらしい。

要するにそこまで追い詰められているということだ。



「失敗するとわかっている作戦をやらせるよりはいいだろう。

 衛星からの偵察ではわからないものもある」



「しかし、ナデシコですか」



ミサトの声には意外だという響があった。

ファルアスがあまりナデシコを使いたがらないのは周知のことだ。

第四次月攻略戦で活躍したにもかかわらず、その後は北極海へ飛ばしたり、テニシアン島へやったり。

純粋に戦力の有効活用という意味なら、西欧方面に投入するか、アジア方面で明日香インダストリーの<カグヤ>あたりと

同型艦(正確には違うが)のよしみで戦隊でも組ませたほうが有効に使えるだろう。



「今回ばかりは政治的な理由も使えんからな」



正直なところ、ファルアスとて作戦最優先で行動できれば楽だとは思う。

しかし、ナデシコは未だにネルガルの管轄下にあり、軍の指揮系統に組み込まれているわけではない。

そんなものを戦力を中核に置いた場合、現場の士気は下がるだろう。

軍人にはプロフェッショナルとしてのプライドがある。

また、自分たちが命がけで戦い、守っているという自負がある。(守るものは人によって様々だろが)

彼自身、サラリーマン軍人に戦況をかき回して欲しくないという気持ちが強い。



しかし、ナデシコ抜きで作戦を立てた場合、こちらにも相当の損害が出る。

戦艦では一対一の砲戦で勝てないのは目に見えている。

そうなると数を投入するか、あるいは機動母艦の艦載機による対地攻撃だろう。

宇宙軍に機動母艦があることに疑問視する声もあるが、対地支援ならこれほど汎用性に富んだ艦種は他にない。

艦載の機動兵器はむしろ惑星大気圏内での使用を前提とされているといってよい。

この点でもDFを展開する都合上、対空砲火が限られるためにDFの外側で使える“機動砲台”としてエステを持つ

ナデシコと シレネ級やダイアンサス級機動母艦は運用上の大きな違いがある。

(エステは火星の施設内でも運用されることを前提としたために、頭頂高が6mという制限もあった)



機動母艦を使う場合、母艦はナナフシの射程外に待機し、陸上からスノーフレイクあたりで強襲を仕掛ける。

衛星すら叩き落すナナフシだが、欠点はある。

一発撃つと次の発射までに相当の時間を要すること(予想では6〜12時間)。

マイクロブラックホールを溜めておくわけにはいかないので、これは当然のことだ。



そして、もう一つ。

地平線の向こうは攻撃できない。

重力波レールガンの初速は第一宇宙速度(地球の引力と釣り合う速度。約秒速7.9キロメートル)を遥かに上回るため、

発射されたマイクロブラックホールは水平に発射された場合でも、途中で炸裂しなければ宇宙まで飛び出してしまうからだ。

そして恐らくは単体の戦艦“程度”ではDFの防御ごと貫通してしまうために、戦艦は大穴が開く程度ですむだろう。



逆に艦隊が密集していた場合、そこに撃ち込まれたどんな要因でマイクロブラックホールが“崩壊”するかわからない。

またはなりふりかまわず、それこそ自爆覚悟で俯角をつけて発砲されたら、クルスク一帯が吹き飛びかねない。

そう考えるなら少数精鋭は理想のようだが、しかしそれでは大兵力をぶつけられた場合に消耗戦で負ける。

こちらが考えることは相手も考えているわけで、クルスクの陸上兵力はかなり強化されていた。

もっとも、その大半が工場を占領した上で生産された旧式のMBTというのはどうしたものか。



「数で押せないなら最強の手駒をぶつけるしかない、というのが現状だな」



「しかし、ナデシコだけでは機動兵器の数が足りません。

 せめて強襲揚陸艦か機動母艦を1隻は出さないと」



「数を言うならそれでも足りない。

 概算で敵のMBTは1000両。 恐らくはまだ増えます。

 それに、例の人型も確認されていますし」



参謀長と戦力情報軍准将の言葉に嘆息する。



「コスモスはルナU、ドレッドノートも月に張り付いている。

 AGI製の機動戦艦は就役もまだ先となってはナデシコだけで精一杯だ。

 こちらからもダイアンサス級を一隻まわす。 これが限界だ」



ダイアンサス級は100機近い機動兵器を運用できる最新鋭の機動母艦だったが、如何せんまだ数が揃っていない。

箱だけ作っても中身がないと意味がないため、まずは機動兵器を増産する必要がある。

それにはネルガルとAGIの対立を何とかする必要があり……まったく頭の痛い話だった。



「陸軍も第7軍団から機甲連隊を抽出して作戦にまわすと言ってきました。

 例によって指揮権で揉めそうですが」



つまり、明るい要素は何一つないということだった。

ここまで追い詰められながら、それでも連合内ですらまとまらない。

これで戦争に勝とうと言うのだから、正気を疑いたくなる。



だが、それでも勝たねばならないのだ。

いかなる手段を、そう、あらゆる手を使って。



「……保険が必要だな。

 AGIに協力を要請する」



しばしの沈黙のち、ファルアスは断固とした口調で告げた。





<続く>






あとがき:


すっかり寒くなって参りました。
ハワイはまだ暖かいのでしょうか?


さて、今回からクススクでのナナフシ戦です。
戦車が出せるので軍ヲタである私には楽しい回です。
TV版のはVI号重戦車<ティーゲル>でしたけど、なんであんなものがあったんでしょう?
(たぶん一番有名だからでしょうけど)


それでは、次回また。

 

 

代理人の感想

まー、取り合えず腹黒どもの化かしあいがおまけで、

ブラコンVSナイムネVSグラマー金髪美女の死闘がメインディッシュかなと今回(爆)。

 

>妹萌え〜とかいってる魔法遣い候補生

誰やねんw