時ナデ・if <逆行の艦隊> 第18話その2 遠すぎた艦 かつてのクルスクは工業地帯だった。 その大半は軍需に根ざしたものであり、CISの時代からそこでつくられた兵器は各地の紛争や戦争で使用された。 それは善悪の二元論で簡単に区別できるようなものではない。 そこに住まう人々はそれくらいしか売るものがなかったからだ。 2度にわたる世界大戦による荒廃と、その後の共産主義陣営としての足取りを考えればそれも無理なからぬものだとわかろう。 そして現在のクルスクを見れば、その努力を持ってしても退潮は止められなかったのだとうかがい知れる。 木星蜥蜴と呼称される勢力は、連合軍によって50年前の東欧動乱の混乱から未だに抜け出せずにいたクルスクに止めを刺した。 わずかに残っていた人々は難民となって流浪の身となるか、あるいは共産主義者の主張するように最期はただ土塊へと還った。 その意味であの共産主義者どもの主張は正しかったのかもしれない。 確かに神はいなかった。 そこにあるのは唯物主義の支配する鋼鉄の嵐だけだった。 戦争の惨禍は神に祈ることさえ忘れさせるほどに凄惨だったのだから。 「……諸行無常、盛者必衰」 この地より遥かに遠い祖国にはそんな言葉がある。 『奢れるものも久しからず。 ただ風の前の塵に同じ』とも。 まさに真理だ。 そして人類は同じことを延々と、それこそ何千年も前から繰り返しているに過ぎない。 かつてこの地を征服した幾多の帝国もその支配を永遠たらしめることはできなかった。 そして、解放の自由も同じく永遠ではなかった。 「少佐、こちらでしたか」 鋼鉄の残滓、半分しか稼動していない工場群を眺めていると、部下の一人が駆け寄ってきた。 まだ若い、少年と言っていいほどの年端もいかぬ子供。 真新しい白い制服に身を包み、やや緊張した様子で敬礼する。 彼もそれに答礼してから問う。 「何か?」 「東准将がお呼びです。 地球人の軍隊が動き出しました」 「わかった。 すぐ行く」 少年兵は彼と同じ貧乏くじを引いた同志だった。 そのことに悔恨を覚えないわけではないが、それは特別なことではない。 同じような境遇の兵士は多い。 また、子供と言うことであれば、敵の中にも多く見られた。 2年近く続いた戦争は彼の祖国と悪しき地球の両方に人材の枯渇という問題を生んでいた。 今でこそ祖国は軍を志願制としているが、このままでは遠からず徴兵制が敷かれ、学徒動員も行われるだろう。 そこまでして戦争を遂行せねばならない局面に祖国は立たされつつある。 彼は思うのだ。 この戦争は勝利に終わったとしても戦後復興はままならないだろう。 次世代を担うべき若者を大量に消耗してしまえば、社会基盤が揺らぐ。 そしてそれは敵である地球にしても同じことだ。 祖国がこの地球を支配下に置いたとしても、それは新たな負債を抱え込むことに他ならない。 いや、それ以前に…… あそこまで考えて、彼は思考を打ち切った。 軍人の考えていい領域を逸脱しつつある。 それでも彼は無意識に呟いた。 「………勝てるのか、我々は」 かつて幾多の戦争で戦場となったクルスクは、再び戦禍に巻き込まれようとしている。 この地の支配権を取り戻そうと、地球連合が軍事作戦を決行したためだった。 それに抗うべく、彼らはこの地に留まる。 ○ ● ○ ● ○ ● 木連軍 巡航艦<陽炎> 一七試特殊高射砲との秘匿名称で呼ばれる物体が工場群のど真ん中に陣取っていた。 本来は宇宙要塞などの拠点防衛用に開発されたマイクロブラックホールカノン。 はっきり言って地上で使おうなどと言うのは狂気の沙汰だ。 長大な射程も、地球上では活かしきれず、威力が大きすぎて至近で使えば自爆する。 こんなものを地上に配備するくらいなら、その分の資材と金で一式戦を200機も調達して欲しい。 あるいは新鋭のジンタイプを数機でも配備するか。 しかし…… 「そうか……ジンは来ないか」 「申し訳ありません、富永少佐」 ひどく疲れた印象を受ける壮年の少佐が溜息をついた。 舞歌とは親子ほども歳の差があるため、彼女は階級差を無視して丁寧な言葉を使った。 「いや、貴女のせいではないさ。 そちらの尖隼を回してもらえただけでもありがたい」 クルスク防衛隊の司令官である富永准一少佐はそう言って感謝の意を伝える。 めったに使われない<尖隼>という一式戦の愛称を使うあたり、思い入れが伺えた。 それもそのはずで、彼は一式戦の開発にあたり、陣頭指揮をとった人物でもある。 しかし、第四次月攻略戦での一式戦部隊が敵機動兵器との対戦で大損害を出したこと、 そして一式戦の後継機となるはずだった二式局戦<飛電>の開発で失敗したこと。 それがたたって彼は最前線の部隊へ異動された。 事実上の死刑宣告にも等しい。 「それで、地球人がここを本気で攻略しようとしているという情報の確度は?」 「まず、間違いないかと。 間諜からの情報では、ハワイから撫子を初めとする艦隊がインド洋周りのルートでクススクに向かっています。 途中で潜水することで航路を特定されないようにする魂胆もあるようです。 それに、北極海側はまだ我々の勢力圏ですし」 「艦隊? 特射砲を相手にか?」 特射砲(一七試特殊高射砲。連合で言うところのナナフシの略称)は大部隊を相手にしたときがもっとも効果的だ。 特に宇宙から降下してくる艦隊などはいい的にしかならない。 艦砲の射程よりも特射砲(ナナフシ)の射程の方がはるかに長いからだ。 「あるいは艦隊は囮かと、私は考えています。 特射砲は既に数回使用されました。 相手側にもある程度の実体は掴まれていると考えるべきかと。 ですから、逆に考えられる敵の侵攻法に関して何通りかの想定ができます」 「囮……大いにありえるな。 特射砲の“数多い”欠点の一つが連射性能だ」 名前からもわかるように一七試特殊高射砲(ナナフシ)はまったくの試作兵器だった。 砲弾として使用されるマイクロブラックホールは癇癪持ちの子供よりがたちが悪く、まったく不安定で信頼性にかける代物だった。 一発撃ってしまうと生成にかかる時間は約6時間から12時間と幅がある上に長い。 これではどう考えても一回の戦闘につき一発しか撃てない。 逆を言うなら敵にしてみれば一発目をいかにして無駄撃ちさせるかが鍵となる。 「地球人もそう考えていると?」 「否定する要素はありません。 ええ、他にも私なら特射砲を攻略する方法はいくつか思いつきます」 「ぜひ聞きたいな。 木連士官学校第32期主席の意見を」 皮肉られたと感じたのか、舞歌が不服げに眉をしかめた。 それでも、それを見せたのは一瞬で、すぐに冷静さを旨とする指揮官の表情を作った。 「連射性能に不安があるなら、真っ先に思いつくのは飽和攻撃です。 数を頼りに波状攻撃をかけること。 地球人は何が楽しいのか地面を這うように飛ぶ巡航誘導弾を数多く保有しています。 それで飽和攻撃をしかければいいんです。 あるいは航空機でも、機動兵器でも、艦艇だっていい」 「しかし問題がある」 異を唱えられたことに舞歌は意外そうな表情はしなかった。 反論は予想済みらしい。 「ええ、有人機・有人艦艇を使った飽和攻撃は損害も大きい。 緒戦での損害を主に人材面で回復し切れていない地球軍がそれを許容するとは思えない。 巡航誘導弾なら人的損害はでないでしょうが、誘導手段を彼らは失っている」 「緒戦における祖国の偉大な勝利というものだな」 緒戦における連合軍の敗退の原因の一つに制宙権の喪失がある。 現代戦における一つの真理である、より高高度を制したものが地上の覇権を握るという点において連合軍はその資格を失った。 第2艦隊の月における敗北は第3艦隊の地上への封殺という事態を招き、その間に軍事・民間を問わず多数の人工衛星が叩き落された。 地上における航空優勢も確保できずチューリップを最大限に利用しての電撃的作戦展開もあって、 通信を絶たれた連合軍はまともな連携すらとれずに各地で各個撃破されたのだった。 第四次月攻略戦で制宙権を取り戻したかのように思えた連合軍だったが、 チューリップでの神出鬼没なゲリラ戦に切り替えた無人艦隊にかなり手を焼いている。 衛星網を再構築するために衛星敷設艦を派遣しても、それを狙って駿足の駆逐艦がヒットアンドランを仕掛けてくるために作業は一向に進まない。 護衛に巡洋艦などが随伴するようになっているが、敷設した衛星を見つけるなり通り魔的に破壊していくのできりがない。 GPSによる巡航ミサイルの誘導が可能なほどの衛星はまだ揃っていなかった。 「まあ、多少乱暴な手段ならこちらが対応できない手段もあります。 私たちも敵のビックバリアに対して行っている手ですが……大質量の物体を宇宙から落す」 「あー、それは確かにだな。 特射砲なら破壊できるかもしれんが……次発を撃つ前に敵の第2波が来たら終わりだ」 舞歌が一番心配していたのはこれだ。 なりふりかまわずこの手をやられたら移動力が(決してゼロではないが)皆無に近いナナフシはなす術がない。 艦艇なら落ちてくる前に全速で逃げればなんとかなるが、防衛用に設置されているナナフシは逃げ出すことはできない。 「しかし、まあ君もとんでもないことを考えるな」 「そうでしょうか?」 呆れ半分、賞賛半分に富永少佐は言った。 「こんなことを思いついたとしても、軍事作戦として実行しようなんてのは 天才か、それと紙一重のほうだよ」 ○ ● ○ ● ○ ● 連合海軍 航空母艦<飛鳥> 「ええーっ、ダメですか? せっかくいい案だと思ったのに〜」 周囲の呆れた視線が突き刺さるのも気にせずユリカは頬を膨らませた。 ここはナデシコの艦橋ではなく、今回の作戦参加している連合海軍の航空母艦<飛鳥>の作戦室だった。 当然、揃っている面子もナデシコクルーばかりではない。 むしろ、ナデシコと関係がある出席者は艦長であるユリカと、提督のミナセ・アキコ少将だけだ。 「艦長、確かにそれは検討に値する意見だと思う。 しかし、我々は作戦目的の制約からそれを見送らざるをえない」 「なんで〜、なんでですか〜?」 ササキ・タクナ大佐は同じ日本人だから、という理由で作戦調停に駆り出された自身の不運を呪った。 同時に極めて日本人らしい生真面目さでもって理由を解説する。 「確かにビックバリア内からでもそれなりの質量を持った隕石を落せば効果はあるだろう。 しかし、問題は同時にその隕石を運ぶ艦もナナフシの射程に入り込むということだ」 「ですから、それはオートでできますよ。 自動航法装置にちょっと細工すればおっけー!」 「ああ、確かにそうなんだろうな。 しかし、今回の作戦は単にナナフシを撃破すればいいという類の問題ではない。 君たちには伝えていなかったが、クルスク一帯を制圧することで連合陸軍第7軍団の退路を確保するのが目的だ。 この意味は……」 「ああ、隕石落としてドッカーン!だと一緒に施設や橋まで破壊しちゃう可能性がありますね。 そうすると、兵隊さんたちも歩き辛そう……野宿は寒そうだし」 “ドッカーン”だの“兵隊さん”だのという表現に突っ込みたいのはやまやまだが、そこはグッと堪える。 これ以上話をややこしくすることは避けたい。 「第7軍団の将兵たちの移動は基本的に陸路に頼らざるをえない。 もちろん負傷兵は優先的に輸送機で後方へ運ぶ予定だが、 それにしてもクルスクのナナフシをはじめとする対空ユニット群を排除しなければならない」 クルスクに確認されている敵勢力は何もナナフシだけではない。 計4基の偵察衛星と7機の無人偵察機を犠牲にして判明したのだが、他にも強力な対空兵器が揃っている。 特に厄介なのが低速の巡航ミサイルなら100発撃ちこんでも叩き落せるドイツ製の対空ユニット<イーゲル>。 いささか旧式の多脚式自走砲だが、対空レーザーを単装2基と12.7mmレールガン単装1基を備えている。 自衛用の30mmチェーンガンの存在もあって、迂闊に近づけたものではない。 ただし、機動力はさほど高くない。 せいぜいが路上でも時速30kmといったところで、不整備地では時速10kmにまで落ち込む。 数もさほど多くはなかった。 「それに、旧式の陸戦兵器である“戦車”が800両。 現在も増加中だ」 「はい、質問です! 戦車ってなんですか?」 「…………説明しましょう!」 さらに旧式ながら数が侮れないのが、最後にして究極のMBTと称された同じくドイツ製の重戦車<レーヴェU>だ。 ラインメタル社製の155mm滑腔砲を備え、かつ距離1000の至近で自分の主砲に耐えられる装甲を誇り、 60tの重量を持ちながら路上では最高時速62kmを記録する化け物だった。 まさにレーヴェ(ライオン)の名に相応しい2098年当時の最先端技術の結晶である。 しかし、その栄冠は長くは続かず、その2年後(2100年)に日本の島津/叢雲重工はレーヴェに対抗できる 百式主力戦車と、その補助兵力の零式多脚戦闘車両を発表した。 特に注目を集めたのは零式多脚戦闘車両で、3tという軽量の車体に6本の自在脚を持つ世界初の実用多脚戦闘車両だった。 ただ、20mm機関砲と対戦車ミサイル2基、対人用の7.7mm機銃という武装は十分であったが装甲の薄さがネックとされ、評価は芳しくなかった。 円盤飛行機や多砲塔戦車などと同じイロモノ兵器と見なされたのだった。 しかし、その評価を覆したのが5年後に勃発した第3次世界大戦。 人類史上3度目にして一番小規模で終わったこの大戦は当時の国連加盟国を真っ二つにして行われた。 環太平洋民主同盟(通称CPDUサーカム)対ユーラシア諸国連合(通称UNN)の図式で行われたこの大戦の緒戦、 ウラジオストク市街地戦において零式多脚戦闘車両はUNN側のT−3とレーヴェUの合計12両を血祭りに上げ、損害は1両大破という戦果を上げた。 ワイヤーアンカーを用いて蜘蛛のように飛び回る零式多脚戦闘車両に地を這う戦車はなす術がなかったのだった。 市街地戦で主役となるべき随伴歩兵も小銃弾や軽機関砲ていどなら耐えられる装甲を持つ零式は大きな脅威だった。 開始からわずか1ヶ月でお互いに失うものの大きさに気付いた両陣営が休戦協定を結び、 月の独立運動こそが地球の対処すべき最優先課題だとの合意にいたるまでに、それでも2000名近い死者を出していた。 しかし、月の独立騒乱においてさらに数百名がそこに加わることとなる。 そんな世界情勢の中、長きに渡り陸戦の王者として君臨していた戦車も、かつて海戦の女王だった戦艦がそうであったように衰退の道を辿る。 第3次世界大戦の戦訓ではコストパフォーマンスから兵器の数を揃えられない近代戦では大規模な戦車戦など起こりえないのだった。 火砲技術、装甲冶金技術、電子機器の発達を受けてハイテク化の一途を辿った戦場の主力は、多脚戦闘車両とそこから派生した二足歩行兵器となったのである。 装輪装甲車やホバー装甲車は生き残ったが、それらは補助兵器にすぎない。 「………つまり、レーヴェUはかつての戦争の残滓。 人類同士が地上で争っていた時代の遺産と言うわけよ」 上記の趣旨のことを一方的に説明すると、イネスの映っていたウインドウは出たときと同じ唐突さで閉じた。 最後のところに彼女流のひねくれた遠回りの皮肉があったように思えるのはユリカだけだろうか。 「………なんなんだ今のは?」 ササキ大佐のその呟きがその場の全員の内心を代弁していた。 まあ、イネスに関しては何か触れてはいけない領域のようなものだ。 「………えっと、どこまで話しましたっけ?」 「作戦目的に関してまでですよ。 つまり、下手をすると撤退して来る味方を巻き込みかねないので、衛星軌道からの質量段攻撃はできないと」 アキコが場の空気を取り持つようにやんわりとフォローする。 「はあ、それで囮作戦ですか」 ユリカは正直なところ、この作戦に関しては気が進まない。 囮が晒される危険はとんでもなく大きい。 また、敵が囮に喰いついてくれる保証はない。 まあ、そのために囮は豪勢なものを用意したわけだが。 「最悪の場合は真っ向正面からの殴り合いになりますね。 そうなったら、機動兵器の数で劣るこっちはだいぶ不利ですよ?」 ササキ大佐が渋い表情になる。 痛いところを突かれたという典型的反応だった。 「同意する。 しかし、これ以上の戦力集中が難しいことも事実だ。 敵の主力が戦車なら、こちらは機動防御で対抗するというのが手だ。 それに地上軍の投入は最後の仕上げになるだろう」 現在、インド洋に展開して待機中の戦力は、陸海軍と宇宙軍の混成艦隊である第46任務部隊。 宇宙軍からは機動母艦<アルパディアヌス>と護衛艦<カエレストリス><オルナータ>、 そして駆逐艦<椿><榎><楸><柊>の合計7隻。 これは相当の戦力だった。 アルパディアヌスは最新鋭のダイアンサス級で、100機近い機動兵器を搭載できる。 ただし、個艦防空用に最低限の対空装備を持つだけで、艦自体の戦闘力は無い。 それを補うのが護衛艦と駆逐艦で、特に2隻のゲンティアナ級護衛艦は12.7センチ両用砲を連装10基20門と 各種ミサイルを運用できるVLS、対空レールガン、対空レーザーでハリネズミのように武装している。 松級駆逐艦の4隻も戦時急造型の汎用駆逐艦の決定版だった。 対DF用に14インチレールカノンを単装1門、大型ミサイル発射管4門を艦首に備え、 他にも12.7センチ連装両用砲を連装4基8門とVLS、対空用に対空レールガン、対空レーザーを装備。 やや火力偏重の傾向はあるものの、一応はDFも装備する。 また、陸軍も強襲揚陸艦<ワスプ><ホーネット><天城><葛城>の4隻に1個機甲連隊を参加させている。 そのエスコートを務めたのは海軍の水上艦艇部隊で、旧式ながら全長300m、基準排水量で120000tを越える航空機母艦<飛鳥><エンタープライズ>と ネオイージス艦<扶桑><山城><コンカラー><サンダラー><A・バーク><J・S・マッケーン>の計8隻。 (宇宙軍艦艇との混同を避けるために陸海軍は艦艇名に植物の名称を使っていない) 陸軍の強襲揚陸艦でさえ空を飛ぶ時代に水上艦艇に固執する海軍は保守的といわれているが、これはそれなりに意味がある。 海軍の存在意義はシーレーンの保護であって、未だにコストの関係で地球上での輸送は水上船舶が多用されている現状を考えるなら、 海軍が水上艦艇をもってシーレーンの保護に努めるのはそれなりに意義あることだった。 海軍の想定敵は主に水中に潜む潜水艦であったから、それを馬鹿でかい艦艇で空中から探知するよりは、 ヘリや対潜哨戒機との連携を行ったほうがコストが安く済む。 空母にしても空中にあると気流の影響で着艦が難しくなるという事情もあって、水上に留まっていた。 (軍隊は基本的に保守的な組織なので、水上艦艇を全廃することに根強い反発もあった) そして、これ以上の兵力集中は逆に敵の過剰反応を引き起こしかねないという理由で戦艦はナデシコと廃艦予定のオンボロが一隻。 後者は浮いて進むのが精一杯という巨大な粗大ごみに近いが、ナナフシに最初の一発を撃たせることが目的だった。 以上のように艦艇は相当数が参加しているものの、水上艦艇は当然、陸には上がれないのでインド洋からはるばるミサイルを撃ち込む役だ。 誘導は衛星に頼ることもできないので、先行した宇宙軍の艦艇がデータリンクで行う。 これならミサイルの飽和攻撃も十分に可能だった。 ただし、ナナフシ自体が強固なDFと防空網で守られているために、ミサイルの有効性は疑わしい。 やはり本命はナデシコの艦砲射撃だった。 廃艦予定の戦艦を囮にナナフシに最初の一撃を撃たせる。 次発を充填する前にナデシコがグラビティブラストでナナフシを破壊。 続けて水上艦艇と宇宙軍艦艇の両方からタイミングを合わせての飽和ミサイル攻撃。 それで対空ユニットと地上兵力を漸減して、最後に地上軍を投入して一帯を制圧する。 戦車800両が相手と言っても、所詮は旧式兵器。 空母と強襲揚陸艦4隻の艦載機の合計は200機近い。 護衛艦・駆逐艦やナデシコの対地支援も含めれば負けるような相手ではない。 いざとなれば腹案もある。 戦争に絶対というものはないが、不安は極力排除されているはずだった。 それに関してユリカも異論はない。 世間で無責任に言われるほど連合軍は無能ではない。 現場レベルでは優秀な指揮官も多かった。 だが、それでも彼女の不安は消えることがなかった。 それでも時間はやってくる。 2197年11月1日。 ナデシコはその最後の出撃となる任務についた。 ○ ● ○ ● ○ ● 機動戦艦<ナデシコ> 作戦は順調に進んでいた。 先行したリモートコントロールの無人艦に向けてナナフシは発砲。 予想通り、DFも持たない旧式戦艦の装甲をあっさり貫通したマイクロブラックホールはそのままの勢いで大気圏外まで飛んでいった。 わずかな間を置いて強力な電磁波の輻射を観測する。 宇宙で蒸発したマイクロブラックホールの副産物だが、元々強力な宇宙線にさらされることを前提としている宇宙艦艇にはたいした問題ではない。 事実、ナデシコの電子機器に施されたシールドはその機能をまっとうに発揮して内部の回路を守った。 「作戦開始! ナデシコ浮上! グラビティブラストスタンバイ」 「グラビティブラスト、充填完了」 「浮上開始。 山陰から出るわよ」 ユリカの指示にルリとミナトが素早く答える。 前回のようにこの時点でナナフシの攻撃がくることはない。 「空母<飛鳥>より、入電。 『これより同時にプレゼントの配達を開始。 道案内を頼む』。 以上です」 「<アルパディアヌス>と同期を取るように連絡。 各艦とのデーターリンクを維持」 メグミかの言葉に答えたのはジュンだった。 宇宙軍の護衛艦に連絡を入れつつ、ナデシコもデータリンクを開始する。 クススクまでインド洋からはるばる飛来するミサイルはラムジェット方式の高速ミサイルで、終末速度はマッハ7を越える。 巡航ミサイルのように地を這うように飛ぶことはできないが、高速で敵の迎撃を困難にすることができる。 逆に宇宙軍の駆逐艦や護衛艦は低速ながらレーダー探知を避けるような巡航ミサイルを使用する。 2種類のミサイルを用いた飽和攻撃だった。 「目標を……」 グラビティブラストの照準をナナフシに合わせる。 長大な砲身はナデシコからでも良く見えた。 それに大きい。 外しようがない……はずだった。 「!? 目標をロスト!」 異変は唐突に起こった。 一瞬前までは確かにナナフシを捉えていたナデシコのレーダーは唐突にそれを見失った。 慌ててレーダーを確認するが、他の目標はちゃんと……いや、異常があった。 「ユリカさん、後方に展開しているのは!?」 「宇宙軍の艦のはずだけど……まさか」 ユリカも急ぎ、手元の戦術パネルに視線を落す。 レーダー上の表示はすべて敵性目標を示す『赤』 「メグちゃん、全艦に通達して! データーリンクをカット!」 「ダメです! どの艦も混乱していて……」 メグミがそこまで言いかけた瞬間だった。 データーリンクによって誘導され、インド洋から飛来した高速ミサイルはその通り、『敵性目標』に突入した。 ○ ● ○ ● ○ ● 巡航艦<陽炎> 「ええ、ですから敵も同じように考えるでしょう。 いかにして特射砲の初弾をしのぐか。 そこに作戦の重点を置いてくるでしょう」 「逆に我々はそこに罠を仕掛けると?」 舞歌は頷いた。 戦争は相手がいること。 心理戦なら彼女の得意とすることだった。 「最初の一発は低出力で気前良く無駄撃ちしましょう。 そうすれば最短の4時間で次発は用意できます」 地上戦になれば条件は互角に持ち込める、そういうことだった。 しかし、それには相手も地上戦に乗ってこないといけない。 「あえて地球人が地上戦をするのか? 彼らには艦艇から圧倒的な艦砲射撃を叩き込むことができる。 地上軍の投入は徹底的にこちらの地上戦力を吹き飛ばしてからだろう。 そして我々にそれを防ぐだけの艦艇はない」 「わかっています。 こちらの手持ちは巡航艦<陽炎>のみ。 今までの戦闘でミサイルも撃ちつくしていますから、残っているのは20センチ砲だけですが」 「蟷螂の斧だな」 端的かつ的確な表現だと思った。 お互いに航空戦力を投入できないのが余計に事態をややこしくしている。 こちらは単なる兵力不足で。 敵はこちらの防空網を恐れて。 残る手は艦隊決戦か地上戦。 地上戦に引きずり込みたい木連と、艦隊決戦でカタをつけたい連合軍と。 「まともに艦隊戦をやって勝ち目がないのは承知の上です。 だからこそ罠を仕掛けるのです」 「しかし、手持ちの兵力は……」 言いかけた富永少佐を片手で遮ると、舞歌は静かに告げる。 「兵力の差が戦力の決定的な差でないことを地球人に教育してみせますよ。 銃や剣だけが戦場の武器と言うわけではありませんから」 「それは………」 「“毒”ですよ、少佐」 ○ ● ○ ● ○ ● 航空母艦<飛鳥> 被害報告が次々と飛び込んできた。 人目が無ければ唾でも吐きたい衝動に駆られる。 「駆逐艦<椿>、<柊>大破! 護衛艦<カエレストリス>に総員退艦命令が出ました」 「<オルナータ>より入電……『我、継戦力を喪失せり』」 「<アルパディアヌス>はカタパルトにミサイルの直撃を受けたようです。 艦載機を残りの1基から全力で展開中。 強襲揚陸艦は損害軽微です」 深く息を吐いて気持ちを落ち着ける。 そうでなくては怒鳴り散らしそうだった。 「ナデシコは?」 「通信が……いえ、今繋がりました」 回してくれ、と告げてもう一度溜息をつく。 してやられたという思いが強い。 「艦長、ササキだ。 状況は?」 「はい。 ナデシコは右舷エンジンに被弾。 また、オペレーターが負傷。 現在は私が艦長権限でマスターキーを抜きました」 つまり、今のナデシコは丸裸と言うことか。 ササキ大佐は一縷の望みを断たれたことを悟る。 「原因はなんだと思う?」 「コンピューターウイルスです」 ユリカは即答してきた。 それは“電子の毒”とでも言うべきものだ。 しかし、その可能性は彼も考え、真っ先に否定したことだった。 「では、感染経路は? オモイカネ級スーパーコンピューターのファイヤーウォールはそれほど脆弱なのか?」 「いえ。 あまり考えたくはないんですけど……内部からやられた可能性があります」 「獅子身中の虫というわけか」 確かにYユニットのサルタヒコがハッキングを受けたこともあり、オモイカネ級コンピュータは意外に内部からの攻撃には弱い。 別にオモイカネに限ったことではない。 内部からなら電子的防壁をスルーして柔らかな横腹をつくことができる。 「離脱は可能か?」 「現状では無理です。 地上から戦車隊が近付いていますし」 「了解。 予定とは違うが、地上戦にて迎撃を」 「はい」 短い返答を残してユリカからの通信は切れた。 そのあっけなさが逆に逼迫した状況を伝えてくる。 機動兵器200 対 戦車1000 艦砲の支援がないとなると、数で押されかねない。 だが、今は前線の奮戦に期待するしかない。 神に祈る時間は無駄だ。 ササキ大佐は内心で運命とか言うものに対する罵倒を上げつつ、手と口を動かし続けた。 ○ ● ○ ● ○ ● 連合陸軍 第14機甲連隊 逼迫した状況とは別に、セルゲイ・アレクサンドロヴィッチ・ゴルコフ准将は奮い立っていた。 彼の指揮下にある第14機甲連隊はほぼ無傷だった。 揚陸艦の損害も軽微だったこともあって、彼の連隊は展開を終えている。 任務部隊司令部が置かれている空母<飛鳥>から受け取った命令は単純だった。 ナデシコを支援しつつ状況に応じて対処せよ。 つまりほとんど自由裁量を与えられたと言うことだ。 (問題の丸投げと言えなくもない) ひっきりなしに通信機から切迫した状況を知らせる通信が届き、 遠くでは阻止砲撃の砲声が響き、近くでは宇宙軍の艦艇が派手に炎上してる。 この風、この肌触りこそ、戦場よッ! 「諸君。 勇敢なる我が陸軍兵士の諸君! 見ての通り、味方は損害を受けた。 これは敗北を意味すのか? 否ッ! 断じて否! 我ら第14機甲連隊がここに来た理由はひとつだ」 言葉をきり、その場の全員が言葉の意味を理解するのを待った。 そして告げる。 「あのクソッタレの蜥蜴野郎どもからこの地を取り戻すためだ! 我々の故郷に土足で踏み込むことがどんなことかを連中に教えてやれッ!」 各所で「ウラーッ!」の声が上がった。 第14機甲連隊の構成員は大半がロシア人だ。 最後にゴルコフ准将はこう締めくくった。 「各部隊、前進用意! 前へッ!!」 ――― ナナフシ次弾充填まで、あと4時間 <続く>
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代理人の感想
富永大佐が一瞬ドムの増援を断られたランバ・ラルに見えましたが、ゴルコフ氏のほうでしたか(爆)。
つーと最後は手榴弾で自爆かな(更爆)。
それはさておき、そーいや、木連にもマシンチャイルドはいましたねー。
こう言うソフト面の攻撃が今後もあるということでもあるし、
純粋にソフトウェア面でも地球と互角になりうる可能性もある、ってことですか。
後ローマ数字は正常に表示されないこともありますんで例えば6号ティーゲルなら
「V」と「I」をあわせて「VI号重戦車」と表記してください。
それと細かい突っ込みですが、平家物語序段の最後は
「おごれる者久しからず ただ春の夜の夢のごとし たけき者もついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ」です。