時ナデ・if <逆行の艦隊> 第19話その1 英雄なき戦場 2197年当時の西欧は地獄と同義と言われた激戦区だった。 当時の私は少佐で、1個大隊を預かる身だった。 あの頃のことは今でも鮮明に思い出せる。 大きな敗北があった。 偉大な勝利があった。 しかし、その全てで多くの戦友たちが逝ってしまった。 今でこそ西欧方面軍司令などというたいそうな地位に納まって毎日イスにふんぞり返っているだけの日々だが、 あの頃はデスクワークなんてのは邪魔以外の何物でもなかったように思う。 いや、違う。 苦痛以外の何物でもなかった。 幾人もの戦友と知り合い。幾人もの戦友の死を見て来た。 私の仕事と言えば、決済書類をチェックするか、あとは戦死した部下の遺族に宛てた手紙を書くことくらいだったのだから。 だからこうして回顧録の執筆などという退役間際の老人のささやかな小遣い稼ぎに時間を取れるのは、なんと幸福であろうと思うのだ。 戦場ではまことに人間の一生など儚いものだと実感させられる。 彼との出会いはそんな倦怠感が包み込まれる戦場においてだった。 突然、何の予告もなく部隊に配置された新人。 「今更新人など配置されても……」 部隊全員の意見はそう一致していた。 笑うなかれ。 未来を見通す力などその時の我々にはなかったのだから。 我々とてナデシコの戦果は確かに聞き及んでいたし、スタッフもパイロットも一流というのは (軍やネルガル広報部の誇張があったにしろ)紛れもない事実であったことは今では当然のように知られていることである。 だが、当時の私にしてみれば、死亡届と遺族への手紙を書くべき相手が一人増えたという憂鬱さしかなかった。 しかし、私たちに生き延びる道を示したのは彼だった。 奇跡と言う人もいるだろうが、私はそうは思わない。 彼を英雄と称える人もいるが、私はそれに賛同できない。 私の個人的な見解を述べさせてもらいなら……あの戦争から10年以上たった今だからこそこう思えるのだが、 あの戦場に英雄はいなかった。 間近で見た彼はよく笑い、人の死に涙し、理不尽に対して怒りを覚えるただの青年だった。 自意識過剰との謗りを覚悟で言うなら、彼と私は対等な戦友であった。 それは今は亡き、または今も生きる他の戦友たちも同じであると確信している。 あの頃を生き残った仲間たちの大半は既に軍を去った。 しかし、私はそれを寂しいとは思わない。 確かに彼らは地球連合軍の制服を脱ぎ、組織を去った。 だが、それは老いて退くためではないことを私は知っている。 なにより、前大戦時の最中、あるいは戦後に生まれた数多くの子供たち、あるいは若者たちに、 この宇宙には戦争以外のよきものが存在するということを伝えねばならぬ。 言うまでもなく、これは我々が経験したいかなる戦場よりも過酷な、意味のある戦いである。 古き賢人は言う。 平和を欲するものは、戦争を知れ、と。 私はあの戦争を生き延びた一人としてこの言葉を読者諸氏が記憶し続けることを望む。 人々が平和の価値を忘れず、戦争の惨禍を忘れぬ限り、地球連合軍はその義務を果たし続けられるのだから。 それがあの英雄なき戦場で戦ってきた多くの戦友たちと、私の願いである。 ――― 連合軍欧州方面司令、オオサキ・シュン中将回顧録「英雄なき戦場」より、抜粋。 ○ ● ○ ● ○ ● 2197年 12月某日 欧州戦線 むっとするような人垣と共に延々と怒号が渦巻いていた。 トラックの荷台は民間人で一杯だった。 すし詰めにされた彼らは、怯え、焦り、そしてときに怒りをたぎらせている。 「無理だ。 もう乗れない! もう乗れない!」 トラックの運転手の声が悲鳴のように響く。 「早く出せ! 敵が町の近くまで迫ってきているんだ!」 「馬鹿言え! まだ乗れる。 乗せろ!」 「俺たちを乗せてくれ!」 乗客たちと、トラックを取り巻く者たちの怒鳴り声が各所で響いていた。 指揮用装甲車両の中からでも様子はうかがえる。 「いいんですか、隊長? あのままで」 副官のタカバ・カズシ大尉の言葉が響いた。 隊長、と呼びかけられたオオサキ・シュン少佐は不機嫌そのものの声で応じる。 「管轄外だ。 彼らは輸送隊の連中に任せるしかない」 「しかし……」 「言ったはずだ。 敵が街に近付いている。 俺たちはそれを阻止することで彼らの脱出を支援する。 それだけだ」 「……わかりました。 運転手、彼らに捕捉される前に市街へ逃げ込むんだ」 「了解」 操縦手が答え、装甲車は前進する。 欧州における木星蜥蜴との戦闘は激化の一途を辿っていた。 開戦当初から徹底的に蹂躙されつくした欧州方面軍は、しかしそれでも戦闘のイニシアティブを取り戻しつつある。 1ヶ月前に行われたクルスク戦で勝利したことにより孤立していた第7軍が東欧への撤退に成功。 今は戦力回復と再編成のために身動きが取れる状態にないが、いずれ戦列に復帰すれば大きな戦力となるだろう。 また、欧州で台頭しつつあるAGIの支援も効果があった。 ほとんど無償に近い価格で譲渡されたサマースノーは初期の欧州戦線を支え、続いて開発されたスノーフレイクも機甲打撃力の中核に使用されている。 他にも航空支援の期待できない戦場ではエステバリス空戦フレームなども大いに役立っている。 ネルガルは欧州での失地回復を目論んで、アビオニクスを強化した後期型の空戦フレームを大量に欧州方面軍へ提供していた。 しかし、現実にはそれでも足りない。 木星蜥蜴も大量にチューリップを投入し、そこかしこで大規模な機動兵器戦が起こっていた。 基本的に敵が有利であることに変わりはない。 我に倍する兵力を送り込まれ、局所的な戦力比はもっとある。 せめて移動可能な拠点としての機動母艦を中心とした機動艦隊の支援でもあれば別だが、 第46任務部隊はクルスク戦で多くの補助艦艇を失ったためにまともな艦隊として機能することが不可能となっていた。 ダイアンサス級機動母艦<アルパディアヌス>自体の損傷はカタパルト一基の大破と機動兵器12機の喪失にとどまったものの、 丸裸の機動母艦が一隻では機動兵器や駆逐艦や戦艦に狙われた場合、どうしようもない。 今はオオサキ少佐の率いる連合陸軍第13機甲戦闘団は麾下兵力1個大隊を投入してこのレーバークーゼンから 南方15kmの位置にあるケルンの駐屯地へ民間人の脱出を支援するための殿を務めていた。 すでに敵軍の接近は伝えられていたらしいが、あまりに遅きに失した。 諸兵連合の1個大隊程度では、チューリップを含めた敵の進撃を阻止するどころか、遅延させるのがせいぜいだろう。 機甲戦闘団とは名ばかりで、戦闘になれば真っ先に切り捨てられるのが彼らだった。 それでも対応が早ければ退避の支援くらいならばできたかもしれない。 だが、現実には敵が眼前に迫るまで行動を起こせなかった。 駐屯地で指揮をとる司令官は平時の基地を維持する事務屋としては優秀な男だったが、 戦時の野戦指揮官としてはあまりに優柔不断に過ぎた。 対応の遅れは結果として致命的な事態を引き起こしつつある。 「隊長! 外の民間人が……」 異変が生じたのはまもなくだった。 避難用の車両に乗り切れなかった者たちが次々と装甲車の前に立ちはだかったのだ。 操縦手が警笛を鳴らし、けたたましい音が響くが、人々は怯まなかった。 それどころか、装甲車を取り巻き、装甲板をガンガンと叩き始める。 「開けろ! 乗せてくれ!」 「中に入れてくれ! 頼む!」 「せめてこの子だけでもお願いします! お願い……」 人々は口々に怒鳴り、哀願し、懇願して装甲車の装甲を叩き続ける。 車内では大半のものが表情を引きつらせていた。 例外は無表情の仮面を付けたシュンと、それを困惑気味に見やるカズシだけだ。 「なんでこんな……どうします、隊長?」 「決まっているだろう。 例えこの中の全員が降りたとしてもこの人たちは救えない。 ここで指揮を放棄すればもっと大勢の人が……死ぬ」 決然と言い切ると、叫ぶ。 「操縦士、出せ!」 「りょ、了解!」 慌てて操縦手がアクセルを踏み込む。 エンジンが唸りを上げ、揚力と推力を与えられたホバーが地面から数センチ浮いた状態で3.2tの車体を前進させる。 敵弾の飛来はそのときだった。 飛翔音と共に周囲で爆発が頻発する。 「10時方向にバッタ! 応戦しろ! 弾種徹甲……撃てッ!」 装甲車に据えつけられた30mm機関砲が轟音を上げて弾丸を吐き出す。 火線に捉えられたバッタはミサイルの誘爆を起こして空中で四散したが、 置き土産とばかりに大型ミサイルが放たれていた。 マイクロミサイルはセミアクティブなので本体を叩けば誘導を外すことが出来る。 しかし、このミサイルはアクティブホーミング。 「煙幕を張れ! 後退!」 「ダメだ、間に合わない!? 総員衝撃に ――― 」 備えろ、そう叫んだ瞬間にミサイルが着弾。 車体諸共に体が浮き上がる奇妙な浮遊感を感じつつ彼の意識は沈んだ。 ○ ● ○ ● ○ ● 数日前まで、この丘は樹木が支配していた。 そして、その木々の間で遊ぶ幼子たちの姿が見受けられたはずだ。 それはシュバルツバルト(黒い森)と呼ばれるドイツの典型的な人工林だった。 生まれはアフリカであるが、その景観は決して不快なものではなかったと記憶している。 だが、それは過去のものとなった。 ここに中隊で陣取ってから3時間。 徹底的に根こそぎ吹き飛ばさんばかりの猛烈な勢いで叩き込まれ続けているミサイルによって周囲の状況はまったく変わってしまった。 果たしてどれだけの生態系が生き残っているのだろうかとオオサキ・マコト少尉は思った。 周囲を無人兵器の群れに取り囲まれたここは集中射撃の的となっている。 樹木だのなんだのといった柔らかなものは根こそぎ吹き飛ばされるか、焼かれるかしていた。 中隊指揮所もなくなってしまった。 その時に中隊の指揮をとるべきハインツ大尉も、シモネタばかり振ってくるライカー中尉も、 お茶くみばかりさせられていたアニス伍長も、父親と仲の良かったシュライヒャー曹長も全てが諸共に煉獄に叩き落された。 今の最先任はマコトで、従って中隊の実質的指揮官を臨時で兼ねている。 乗機がフレームの6割を再設計、アビオニクスを強化し、出力系統も一新されたスーパーエステであることも一因だった。 さもなければ大隊長の子供であるだけで、まだ20歳を迎えたばかりの新米少尉に指揮が回ってくるはずがない。 しかし、どちらかというと指揮よりも戦闘そのものに集中せねばならない状況ではあった。 「大隊長に連絡は?」 「繋がらない。 ジャミングがあるわけでもない」 「了解」 古参の軍曹が間髪入れずに答えてくれる。 大隊本部に繋がらないということは、要するに支援は期待できないということだった。 さらに言うなら父親と、その副官であるカズシの安否も知れないと言うことだ。 「神にでも祈ってみますか、少尉」 「ああ、軍曹。 いい考えだと思う。 私もそろそろ神様の存在を肯定しかけてきたところだよ。 きっと神様はそれはもう絶対的な公平主義者で、老いも若きも、病める者も健やかなる者も、 あるいは人種や貧富、信心深ささえも問題にせずに公平に見守っていてくれるだけなんだろう。 決して手を差し伸べて助けたりせずに」 そこでいったん言葉を切り、一息で続ける。 「神様、私は心の底からあなたにこの言葉を捧げます。 ――― くたばれ」 一般的な意味での信心など、目の前で母が肉片に変えられた瞬間にどぶに棄ててきた。 恐らくは父を狙ったものであろう、車に仕掛けられた爆弾は、しかし、日曜の買い物に出かける母を吹き飛ばしただけだった。 忘れ物を取りに家へ戻ったマコトはわずかな差で命拾いをした。 助かったのは命だけで、平和な家庭も、優しかった母も戻ってはこなかったが。 「敵弾飛来」 もはや誰も叫ばなかった。 叫ばなければ分からないような者はみな死んでしまったからだ。 「総員、現位置にて防御体制を取れ」 退避は命じられない。 どこにも逃げる場所がないからだ。 マコトと部下たちは、にわか作りの塹壕の底にしゃがみ込むと、エステにDFの展開を指示する。 軽量装甲材、多層化された緩衝材、熱・放射線・対BC・音響など諸々の遮断材を用ているため、 ちゃちな見た目とは裏腹にそのままでもかなりの防御力を持つエステバリスだが、決して万能ではない。 陸戦フレームは被弾率の大きい上半身に増加装甲を施しているが、防御の大半をDFに頼っている現状は変わらない。 バッテリー残量を示す表示が刻一刻と減少していくのを見ながら、ただ敵の砲撃が終わるまで待つしかない。 厄介なことに敵はバッタやジョロだけではなかった。 どこから調達したのか、203mm榴弾砲を備えた自走砲兵まで見受けられる。 おおかた、連合軍が放棄したものをヤドカリで乗っ取ったのだろう。 火薬式の旧式砲だが、兵器は兵器だ。 人を殺す力は十分ある。 飛翔音が聞こえ、次の瞬間には空電雑音に変わった。 集音器が設定されたレベルより大きな音波の伝播を感知し、スピーカーとの接続を切ったためだった。 しかし、音は必要なかった。 視界の隅に表示されたウインドウが周囲の気圧変化を表示している。 半球状に展開したDFごと機体が揺さぶられ、フィールドジェネレーターの負荷が増大する。 このままでは生態系は全滅だな、と思った。 突然の乱入者としてこの丘に出現した私たちを含めて。 うん、もし生還できたなら(その可能性は時間と共に減少しているけれども)、 あの無能な基地司令に――― そこまで考えたとき、砲撃が本格化した。 生態系の破壊はさらにその度合いを深めていく。 ○ ● ○ ● ○ ● 無線機をいじっていたサイトウ・タダシ伍長は諦めてそれを放り出した。 大隊本部に繋がらない原因が無線機の故障などではないことが確認できたからだ。 送受信はきっちりと出来ているし、バッテリーも問題ない。 問題は、こちらではなくあちらにあるということだ。 「申し訳ありません。 どうやらあちらも立て込んでるようです」 内心の不安を隠しきれた自信はこれっぽっちもないが、それでも務めて明るい声で彼は告げた。 まあ、案外ここのほうが安全かもしれませんね、と付け加えておく。 もちろん、そんな保証はどこにもない。 どうにも日本でナデシコと関わってから運に見放されているような気がしてならない。 ナデシコが初陣を飾った戦いで、彼の勤務していたサセボ基地は壊滅的打撃を受けた。 司令部が全滅し、基地機能そのものも復旧に相当の努力を要すると思われるほどに破壊しつくされた。 そして再建までサセボ基地は最低限の人材を残して封鎖されることになり、 運良く外にいたために助かった彼には新たに転属命令が渡された。 行き先は当時から最激戦区だった西欧。 露骨に抗議した彼の意見は人事部にあっさりと跳ね付けられ、「箔がつくじゃないか」とにこやかに上官に送り出された。 そこでようやく彼にも事情が飲み込めた。 陸軍はあのサセボ防衛戦で徹底して失態を演じた。 民間の戦艦に助けられ、宇宙軍の機動母艦に収容されてほうほうの態で逃げ出した。 その責任を誰かが取らねばならないということだ。 基地司令だったアズマ准将は戦死していた。 生き残った幕僚連中は責任を取るつもりなど一切ない。 ゆえにそのしわ寄せは下士官たる彼に来た。 彼は組織に対する生贄の羊として差し出されたのだった。 そんな馬鹿な! そう叫んでも無駄だった。 同じようにこの地へ島送りにされた同期は配属から一週間で補給基地ごと木星蜥蜴の戦艦に吹き飛ばされた。 その葬式で彼は悟った。 自分も組織に死を望まれていたのだと。 以来、サイトウ・タダシ伍長は奇妙に冷めた視点で軍組織を見ていた。 本音と建前とはよく言うものだが、軍もまた人間の作った裏の顔を持つ組織の一つに過ぎないと理屈ではなく体験から理解した。 それは彼の態度にも如実に表れ、上官から疎まれてさらに左遷を重ねて配属されたのがオオサキ少佐の合陸軍第13機甲戦闘団だった。 まさしく地獄の一丁目。 天国に一番近い部隊とはよく言ったものだが、逆に彼はここを気に入っていた。 死の恐怖は誰もをある意味で素直にした。 生き残った者は全て戦友となりうる。 それは得がたい信頼関係と絆だった。 「トラックが残っていればすぐにでもこんなところ逃げ出すんですが……」 「まだたくさんの人が残っています。 怪我人は、もっと増えます。 お心遣いは、ありがとうございます。 でも、医者である私が真っ先に逃げ出すわけにはいけませんから」 軍用バギーの隣に座る女性が張りのある声で応じる。 戦闘に巻き込まれたせいで煤と泥に塗れ迷彩柄のポンチョを纏っているが、まぎれもなく若い女性だ。 それもめったにいない美人。 ああ、いいなぁ、美人の女医さんと言うわけだ。 不意にサイトウは暴れだしたい衝動に駆られた。 ああ、なんで前線にこんな美人が。 目の保養になる? 黙れ、美人は見るものではなくやるものだ。 眺めているだけの美人なんてむしろ敵だ! え? ならどうしたらいいかって? 簡単です。 ここは一つ、功徳だと思って俺に大人のお医者さんごっこをさせてください。 ああ、逃げないで! 逃げないでって言うか引かないで! ただ胸を揉ませてくれればそれでいいんです。 嘘ですって? いいえ、日本人は正直者なんです。 約束します。 それ以上は何もしません。 だから乳揉ませろ!! ――― などと言う不埒な感想はおくびにも出さずにサイトウは再び周囲を警戒する。 状況が状況ということもあるが、後部座席の住人を恐れてのことだ。 この女医さんにはボディーガードがもれなく付いてきた。 その優秀さは彼女にセクハラを働こうとした他部隊の連隊長が腕をへし折られたことで知れ渡った。 腕をへし折られた連隊長はマーシャルアーツの達人で、素手でも人を殺せるプロフェッショナルだった。 一介の整備員であるサイトウが敵う道理はない。 と、サイトウが異変に気付いたのはわずかな物音によってだった。 さらに注意深く周囲を探ると、それが壁の反対側から聞こえることを確信する。 それとわずかに人の声らしきもの。 「ここに居てください」 「いえ、怪我人かもしれません。 私も同行します」 こうもキッパリと言い切られると、反論もない。 「では、お願いします、女医さん」 「フィリス……フィリス・クロフォードです」 サイトウは頷いた。 「では、改めてお願いします。 ドクター・フィリス」 ○ ● ○ ● ○ ● ひっしゃげたハッチから何とか這い出すとシュンは周囲を確認した。 その光景は、こと戦争に関するロマンチシズムの終焉を示すものだった。 バラバラになった人体がそこかしこに散らばり、運悪く死に損なった人々の怨嗟が溢れる。 腸がはみ出しながらも助けを求めて地面を掴んでいた手から力が抜ける。 子供を庇ったと思しき母親の遺体は下半身がなかった。 しかし、母の体の下で子供は息絶えていた。 その表情はこの世の理不尽と苦痛を一身に受けたようなものだった。 これは俺の罪か? シュンは自問する。 彼らを装甲車に乗せていれば助かったかもしれない。 いや、わかっている。 そんなことは不可能だ。 では、警告を与えて避難させていれば…… そんな考えがいくつとなく脳裏を過ぎり、すぐにその考えを打ち消した。 今は生ける人々を死の淵から脱出させることが先決だ。 これはこれから先、幾度となく繰り返される光景なのだから。 「隊長、無事ですか?」 「……ああ」 短く答え、副官を振り返る。 カズシは打撲や擦過傷はいくらかあったが、それ以外は無傷のようだった。 「ほとほと頑丈だな、お前も」 「隊長の悪運ほどじゃありませんよ。 他の連中も生きてはいますが、動かせる状況にありません」 わかった、と応じてカズシに状況はどうなったかと尋ねる。 「指揮車両がこの有様ですから。 コミュニケではとうてい追い付きません」 「せめて軍用の無線が欲しいな」 だが、同時に今さらどうしろと言うのだという投げやりな気持ちも湧いてくる。 脱出したトラックには護衛としてスタンドアローンが可能なスノーフレイク隊が随伴している。 あとは自らも含めて残っている人々を脱出させるだけだが、それは叶いそうもない。 この町自体が包囲されつつある。 だが、頭を振ってその考えを否定する。 妻を失ったあの時から、諦めることは放棄したはずだ。 生きることも含めて、全ての可能性を放棄することは出来ない。 「ああ、シュン隊長! タカバ副官も、無事ですか!?」 不意に呼ばれてシュンは視線を向けた。 確か後方の補給部隊にいたサイトウ伍長だ。 同じ日系は珍しいのでよく覚えている。 「サイトウ伍長。 状況は……」 「詳しい説明はあとで。 手を貸してください!」 状況は一目瞭然だった。 逃げ遅れたらしい少女が崩れた瓦礫に足を挟まれている。 金髪の長い髪がよく目立った。 「ドクターの診断では切断はされていないようですが、このままでは危険だと」 「ドクター?」 「ドクター・フィリス・クロフォード。 医療隊に参加していた民間人です。 そこの銀髪の女性がそうです」 言われてみると確かに迷彩柄のポンチョの下に白衣を着込んでいる女性が居た。 まだ20代の前半だろう。 その横で瓦礫をどかしている少女はさらに歳若い。 恐らくまだ10代だ。 そこまでしなければならないほど西欧の状況は悪いと言うことか。 「カズシ、手伝え。 お前の馬鹿でかい図体がようやく役立つぞ」 「隊長こそ、腰痛めて動けないなんてなしですよ」 4人がかりとなるとさすがに早かった。 驚いたのはいちばん歳若い少女が一抱えはありそうな瓦礫を平気な顔で放り投げていたことだ。 俺も年か…… 息も切れ切れにそう思う。 そんなシュンの内心の嘆きをよそにサイトウは助け出された少女に手を差し伸べ ――― その手は手荒く撥ね退けられた。 「なによ、今さら! お父さんもお母さんも、みんな死んじゃったんだから!!」 その言葉は針となって3人の軍人の心に突き刺さる。 「すまない。 俺たちは……」 「軍なんて言ったって、単なる人殺しじゃない! 私もここで死にたかったのに!!」 サイトウが口を開きかけたが、少女の言葉がそれを拒絶する。 シュンはそう言われても反論できる立場にないと思った。 さきほど見てきた遺体も無言の声で彼を攻め立てた。 「みんな、死んじゃって、私だって生きてたって ―― 」 その叫びは乾いた音で中断された。 「死にたいなんて、簡単に言わないで」 フィリスに叩かれた頬が赤くなっていた。 じんわりとした痺れるような痛みが徐々に麻痺した感覚を侵食していく。 「私の両親も死にました。 私を生かすために。 だから私は生きてます。 それが両親の願いだったから」 一言一言を明確に、言い聞かせるように、彼女は続ける。 「ご両親はあなたが死んでも喜びませんよ。 むしろそれはご両親に対する裏切りです。 私も両親を亡くしたときは、死のうと思いました。 でも、できなかった。 そんなこと父さんも、母さんも望んでなんていなかったから。 親はそういうものです。 たとえ自分が死んでも、我が子に生きていて欲しいと思うものです」 「なんで、あなたに……」 「わかりますよ。 私にも娘がいますから。 だから、あのときの両親の気持ちが分かるんです。 死ぬ理由はたくさんあるかもしれません。 だけど、生きる喜びは死んだら分からないものです」 ……生きる喜び、か。 確かにその通りなのだろう。 彼女がどんな生き方をしてきたのか、シュンに知る術はない。 だが、彼女の言うことは理解できた。 「俺にも子供が居る。 どうしようもない奴だが……確かに、生きていて欲しいと思う。 だが、今は兵士として前線で戦ってる。 生還は期待できそうもない。 だから、頼む。 あいつの戦いを、無駄にさせないでくれ」 ハッとしたようにサイトウがシュンを見つめる。 シュンの表情はあえて淡々と語りながらも隠しきれない苦渋と葛藤があった。 「サイトウ伍長!」 「はっ!」 「お嬢さんたちを連れて脱出しろ。 手段は問わない。 なんとしても生きて帰れ!」 「シュン隊長……」 「返事はどうした!」 「サー、イエッサー!」 サイトウは反射的に敬礼を返した。 シュンは頷き、別嬪さんを乗せていくんだ。 へまするなよ、と続けた。 それからフィリスに向き直り、告げる。 「サイトウ伍長はこれでドライバーとしての腕は中々ですよ。 いや、なに。 我々もすぐあとを追います」 その言葉は多分に嘘を含んでいた。 残された兵力で何とか突破網を開くことは出来るかもしれないが、彼は生き残るべき人間の中に自分を含めていなかった。 「あの、私……」 「お嬢さん。 あなたは正しい。 我々は確かに遅すぎた。 それによってたくさんの人が死んだ。 でも、君は生きている。 だから生きて欲しい」 金髪の少女は俯き、唇を噛み締めていたが、決然と顔を上げた。 「サラ・ファーデットです。 忘れません。 あなた方のことは決して」 「ありがとう、サラくん。 出来れば君の人生のこれからに幸多からん事を」 サイトウ伍長に先導されていく3人を見て、シュンは不意に感傷が湧き上がって来るのを感じた。 大丈夫だ。 彼女たちはきっと生き延びてくれる。 そのために、俺たちはここで死んでやらなければならないな。 最後の一人まで、たとえ灰になっても。 「さて、どうします、隊長?」 「継戦するさ。 それ以外に腹案はない。 ああ、そういえば、例のネルガルからの新入り……」 「間に合わなくて良かったですね。 貧乏くじを引くのオレたちだけでいいでしょう」 「そうだな」 カズシに同意し、最期まで義務を果たすべく通信設備の整った施設を探し始める。 まだ、全ての人々を救えないとしても、なすべきことはある。 ○ ● ○ ● ○ ● 外界の音が復活した。 砲撃が終了したためだった。 オオサキ・マコト少尉は乗機に異常がないことを確認すると、 部下に指示を出しかけ、それが不要であることを悟る。 中隊最先任曹長が独自の判断で点呼を行っていた。 各小隊から即座に状況が伝えられる。 中隊の全勢力はわずか20機までに減少していた。 この丘に陣取ったときは1個中隊36機だった。 それが今は20機。 中隊本部も含めると戦死者は40名近いだろう。 「少尉、大隊長と通信が繋がりました」 ありがとう、繋いでくれと答えると、すぐに映像が来た。 シュンもカズシもずいぶんとぼろぼろになっている。 元気そうではあるが。 「少尉、状況報告」 「中隊本部は砲撃で吹き飛ばされました。 現在の指揮は私が。 残存兵力はエステが20機。 発電車両を失っています」 「解囲は可能か?」 「豊富な弾薬と十分な航空支援と砲兵の阻止砲撃があれば」 「完璧な答えだ、少尉。 実現不可能な事を除けば」 ええ、と頷き、認めた。 つまり、そういうことなのです、と続ける。 画面越しにわずかな沈黙を挟み、シュンは口を開いた。 「民間人を乗せた車両が町を出る。 時間を稼げ」 「了解しました、大隊長」 「すまない、マコト」 「人の嫌がる軍隊に自分で入った親不孝者ですから。 では……」 お元気で、と続けようとして止めた。 この状況では嫌味にしかならない。 そのまま言葉を見つけられず、考えた末に頷くにとどめ、交信を終える。 なんとも味気ないものだと思う。 末期の別れならもっと感動的に出来たかもしれないのに。 「総員、敵襲に備え。 民間人が脱出するまで今しばらく時間を稼ぐ。 弾薬が残っているものは?」 16名から返答があった。 うち6機は1−B型と呼ばれる重装タイプだ。 レールガンも1基残っている。 そう悪くないかもしれないと、マコトは思った。 「私が指示した瞬間に3秒だけ射撃を実行。 弾薬が切れたものは白兵だ。 敵を近づけ、切り刻め」 誰かが馬鹿野郎と答えた。 歓声を上げたものもいる。 このような場所では誰もが素直な自分に戻ることができる。 素晴らしいじゃないか。 私でさえ正直になれるなんて。 もっとも、できるなら幸せな嘘ばかりついて人生を終えたかったのが正直なところだが。 乗機の火器をチェック。 陸軍ではラピッドライフルに代わって高初速のアサルトライフルが採用されていた。 使用する弾の口径は20mmと同じだが、装薬量が増大しているために初速は3割り増しだった。 新型バッタのフィールドも貫徹可能な代物だ。 マガジンが後方にあるプルバップ方式で取り回しも容易な設計になっている。 オプションでアドオン・グレネードランチャーも装備している。 右腕のハードポイントに装備されている新型の連装ビーム砲の確認も同時に行われた。 それはスノーフレイクとの競合試験、クルスクや諸々の戦場での戦訓からエステの火力不足を痛感したネルガル技術陣が 急場のしのぎで開発した60mm荷電粒子ビーム砲を連装でシールドと一体化させた兵装だった。 出力系統の強化された1−B型か、もともと余裕のあるスーパーエステなら装備できる。 重金属粒子を用いるために機動兵器クラスのDFなら余裕で貫ける凶悪さを誇るが、 これを使うときは自分の葬送曲が奏でられるときだと理解していた。 この強力な兵器はエステのバッテリーパックをものの5斉射で空にしてしまうからだ。 そして各人に残された予備のバッテリーパックは1つしかない。 マコトはエステの頭部だけを塹壕から出して周囲を見回した。 面倒なのは敵がどこから攻めてくるかではない。 襲い掛かってくる連中に比べてこちらの数が極端に少ないことだ。 さらに面倒なのは、味方が救援にやってくるそぶりさえ見せないことだ。 完全に包囲されているために脱出は不可能。 しかも、この丘は市街地から脱出するトラックを守るためにぜったいに不可欠ときている。 そう、私たちはここで死ぬしかない。 その前にさんざん暴れてやるつもりだが、結末は変わらない。 英雄になるほか、選択肢はないのだ。 いやはや、まったく何て素晴らしい情景だろうか。 ○ ● ○ ● ○ ● シュンの顔からは一切の表情と言うものが消えていた。 無理もない。 たった今、我が子の死刑執行書に自らサインをしたのだから。 「俺は、地獄行だな」 カズシは何も言わなかった。 シュンが安易な慰めや共感の言葉を欲しているわけではないと分かったからだ。 そして何より、彼自身、言葉発すれば叫んでしまいそうだった。 「どれほど持つと思う?」 「1時間がいいところでしょう。 あとはチューリップが到着すれば数で踏み潰されるだけです」 せめて宇宙軍の支援があれば、という言葉は飲み込んだ。 今さら言っても詮無きことだ。 降伏と言う概念は彼らの中にはなかった。 火星と月で万単位の人間を殺されてから連合軍兵士は戦争と言うものにひどく正直になっていた。 そもそも無人兵器相手にどうやって降伏しろと言うのか。 「隊長! レーダーに新たな艦影!」 「連中、よほどの完璧主義と見える。 蜥蜴が冷血動物ってのは本当だな」 カズシが叫ぶ。 確かに市街の各所に設置されたレーダーからの情報は南方に現れた新たな艦影を捉えていた。 さらに2分後にはそこから分離して速度を上げる飛翔体の存在も察知した。 ラムジェット方式の高速ミサイルだ。 直感的にシュンはそう察知した。 終末速度はマッハ7を越える超音速の火矢を迎撃する術は残されていない。 無駄だと知りつつ、指示を出す。 「前線部隊に警告を発しろ」 「いえ、待ってください!」 「今度はなんだ?」 「設置したレーダーの情報では反射波からそこに何かあると言うのは分かりますが、 細かな情報は他のセンサーや機器も用いなければ分かりません。 熱パターンやエネルギー反応から艦種などを特定できます」 「カズシ!」 「まさか……」 続けて空間スキャナーや重力センサーなどが重力異常を感知。 紛れもなく艦砲クラスのグラビティブラストの発射準備だった。 「基本的に艦には固有のパターンがあり、特に相転移エンジンを搭載した艦艇は、 同型のエンジンでも周囲の相転移反応に若干の差が出ることから、個艦を識別できます」 「宇宙軍でなくてもそれは知っている。 はっきり言え!」 「ここまで強力な重力波反応はナデシコ級。 しかも、こいつは3番艦<カキツバタ>です!」 ○ ● ○ ● ○ ● その瞬間、大気が震え、空間は重力波の暴虐によって瞬間的に歪められた。 光すら逃さない重力波の奔流は、光を反射しないゆえの完全な漆黒となって空間を引き裂いた。 ナデシコ級の中でも、はじめて実験艦から実戦艦へと進化したと評されるカキツバタの艦砲射撃は圧倒的だった。 その破壊力は地平線ギリギリで捉えたチューリップを簡単に破壊するほどだ。 「チューリップ消滅を確認」 オペレーターからの報告に艦長席のアオイ・ジュン大尉(臨時階級)は頷いた。 ようやっと完熟訓練が終わったばかりのカキツバタでの実戦は大きなプレッシャーだったが、 それをおくびにも出さずに務めて冷静に応じる。 「対地制圧のためにレールカノンによる砲撃を行う。 操舵手、進路設定。 砲雷長、弾種の設定と射撃間隔を選定」 「イエッサー!」 「了解しました、艦長」 ――― 艦長、か。 こそばゆい思いと共にその単語の重みを思う。 本来ならこの場所には彼女があるべきだったのかもしれない。 確かにあれから色々あったけれど。 いや、それともこれでよかったのかな? ユリカにナデシコ以外の艦長は勤まりそうもないし。 それに、きっと似合わない。 感傷をそこで打ち切るとジュンは戦術ディスプレイを確認する。 カキツバタはナデシコと違い、かなりの部分をマンパワーに頼るようになっていた。 コンピュータウイルスの一発でナデシコが行動不能になったり、 オペレーターが居なくなっただけで火器管制どころか通常航海にも支障をきたすような設計よりはと言うことだろう。 ナデシコに比べて指示を出してから行動までの反応が遅くなると言う欠点はあるにしろ、 運用上の安定性という意味ではこちらの方が優れていた。 ようするに一長一短と言うことだ。 「艦載機の準備は?」 その声に答えてウインドウが開く。 金髪碧眼に目鼻立ちの整った男が映し出される。 典型的なゲルマン人の特徴を備えている。 旧ナデシコクルーではない。 彼はネルガルドイツ支社からの出向社員だった。 「こちらの準備は出来ている。 まさしくドイツの技術は世界一ィィ!なのだから、安心して出撃を命じてくれたまえ」 「………いえ、確かドイツ支社から受け取ったのは試作機ばっかりで、稼働率がどうとか聞いたんですけど。 それ以前に世界一の根拠は?」 「艦長、技術とは語るものではなく示すものだ。 私にも言葉で語れる根拠など存在しない! 理解したら、君も根拠なく安心したまえ」 「…………わかりました」 きっと言い切るからには大丈夫なのだろう。 たぶん、きっと、いや、おそらく。 「とりあえず<シュバルツ・ファルケ>の彼はやる気満々だ」 「なんです、そのシュバルツとかは?」 「“Schwarze Falke(黒き鷹)”だよ、艦長。 英語で言うとブラックホークだな。 技術者のささやかな遊び心というやつだ」 「救出任務中に墜落しそうで、ものすごく不安になるネーミングなんですが」 ふむ、と少し考えて彼は答えた。 「それは米帝のものだからと言っておこう。 ドイツの技術は以下略であるからして、まったく問題はない。 新型の重力波スラスターの試験中に3回ほど墜落事故を起こしただけだ。 もちろん、現在は改善されているし、事故のさいも死者は出ていない。 それに、対地制圧にはどうしても機動兵器の投入は不可欠だ。 孤立している部隊の指揮官は君らと同じ日系らしいが、見捨てるかね?」 「たとえ肌がピンクの水玉でも救出しますよ。 わかりましまた、出してください。 スノードロップも直掩を残して全機出撃!」 ○ ● ○ ● ○ ● レーダーが高速の飛翔体を捉え、天空から火矢が降り注いできたとき、 マコトはそれが味方からの支援攻撃だとはまったく考えていなかった。 いつの間にか悲壮美にも似た感覚に酔っていたのだった。 「味方……なのか?」 その呟きに答えるように天からの声が届いた。 「フォルケより、ブラボー・シックス。 これより救援に向かう。 艦載艇の到着までもう少し待ってくれ」 マコトはその呼びかけに慌てて答えた。 ブラボー・シックスは第2小隊の隊長を表す符牒、つまりはマコトのことだ。 「ブラボー・シックスより、フォルケ。 ここまでどれくらいかかる?」 「もう見えているはずだ。 俺は艦載艇に先行して敵を叩く」 マコトは空を見上げた。 黒煙がたなびくそらに黒点があった。 識別信号を確認し、彼女は毅然と命じた。 ビーム砲を含めた全ての火器の使用を許可する。 われわれの守護天使が降りるために、3分かせげ。 邪魔な者は根こそぎ吹き飛ばしてしまえ、と。 艦載艇は垂直離着陸能力を持っている。 それで十分のはずだった。 果たしてそれは実行に移された。 生き残った兵士たちはバッテリー残量がゼロの表示を示すまであらゆる兵器を駆使して丘を焼け野原へと変えた。 救援に駆けつけたカキツバタ所属の機動部隊もまったく勤勉にその任務を果たした。 残っていた敵を見つけるなり、空からミサイルを撃ち込み、あるいはレールガンで狙撃した。 しかし、中でも最も目立ったのは白一色の部隊の中で、ただ一機だけ漆黒の塗装を施されたエステバリスだった。 赤く輝く剣を携えたその機体は明らかに他とは隔絶していた。 剣が振るわれるたびにバッタが、ジョロが、あるいは他の兵器がバターのように切り裂かれて爆散する。 勇猛であることが戦場で最も高貴であるなら、彼こそがこの瞬間では最良の人間だった。 機体を捨て、生き残った全員が艦載艇に乗り込むまでその機体は戦い続けた。 その姿は、まるで ――― 。 こうして第2中隊は救出された。 先行して脱出した民間人を載せたトラックは無事に駐屯地へ到着。 カキツバタも連合陸軍第13機甲戦闘団を救出し、ケルンまで後退。 オオサキ・マコト少尉がコールサイン“フォルケ”ことテンカワ・アキトと対面を果たすのはさらに三日後。 ナデシコの突然の解散より、ちょうど1ヶ月後の出来事だった。 <続く>
管理人の感想 黒サブレさんからの投稿です。 おー、ジュンがカキツバタで登場ですか? これは予想外でしたね。 解散したナデシコメンバーの行く先にも、何やら事情があるみたいですしね。 次回が楽しみです。 ・・・・・しかし、シュンが・・・そうきましたか(苦笑) |