時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第21話その1 混迷の大地




欧州奪還作戦は作戦立案上の常として複数のパターンが検討された。

そのパターンは大きく分けて2つ ――― 早期奪還と足場を固めてからの逐次侵攻だった。

前者は月攻略戦のすぐ後から持ち上がっていた案で、

簡単にいってしまえば『このまま勢いに乗って欧州から蜥蜴どもを叩き出せ!』というイケイケ案。

メリットはもちろん早期に欧州を解放できることと投入兵力を抑えられることだった。

早期に奪い返せれば戦争によって荒廃している国土を復興できるし、そうなれば欧州の工業力を戦争に投入できる。



まさにいいことずくめだったが、これはある兵器の存在によって不可能とされた。

連合軍側のコードネームでいうところの<ナナフシ>である。

なにしろ地表から人工衛星をピンポイントで狙撃できる精密さと、

実質的に防御不可能で炸裂すれば艦隊を丸ごと行動不能にできる

マイクロブラックホールを発射する重力波レールガンという矛を備えた化物だった。

それがでんとクルスクに陣取っていたおかげで宇宙軍はもとより陸軍もその行動を制限されていた。

ロシアから欧州へ援軍を送るにも、逆に欧州からロシアへ物資を輸送するにも

ナナフシの射程に入らずして陸路を行くことはできなかった。

ナナフシは強力無比な対空ユニットであると同時に、最大最強の曲射砲でもあったからだ。



重力波レールガンが単に直進するだけのものだったらこれほど苦労はしなかっただろう。

地球は丸いのだからナナフシが狙えるのは地平線までとなるのだが、

実際は“重力波”というのが問題をややこしくしていた。

地球にも1Gの重力があり、当然ながら重力波レールガンとも干渉を起こす。

これは対空射撃のときは誤差を生む要素となるが、対地砲撃の場合は逆にこの重力を利用して山なり弾道で地平線の彼方を狙うことができた。

その場合は地球の重力を振り切って宇宙へ飛び出してしまわないように初速が制限される(第一宇宙速度以下)のだが、

炸裂した場合の被害半径の広さと必中半径の狭さ、加えて地上目標の移動速度の遅さ(戦闘機動でもない限り時速100kmを越えることは滅多にない)もあって非常に有効であった。

初めナナフシを単なる対空ユニットとみなしていた連合軍は1個師団を丸ごと一撃で壊滅させられてからその脅威にようやく気付いたのだった。

それからナナフシはナデシコを含む陸海宇宙軍混成部隊に撃破されるまで目の上のたんこぶとしてクルスクに居座りつづけていた。

連合軍が虎の子のナデシコや機動母艦・空母まで投入して排除に躍起になったのも納得できるというものである。



そして連合軍はクルスク戦において多大な損害を出しつつもナナフシ撃破に成功した。

ナデシコへのハッキングを受けるという予想外のアクシデントによって機動母艦が中破し、駆逐艦数隻を喪失したものの、

その後の陸・宇宙軍の機動兵器による反撃と海軍航空隊による対地攻撃で辛うじて勝利したのだった。

こうして最大の障害を排除した連合軍は没となった早期奪還案の代替としての逐次侵攻案を採用した。

簡単に言うなら、少し攻めてはじわじわと陣地を拡大していくと言うことだ。

これはロシア方面及び極東経由でアジア方面からも兵力を引き抜けるようになったことが大きかった。

分断されていた兵力を統合できれば数の上でも何とか木連軍に対抗できるとわかったからだ。



これまで数の上で木連軍が優位に立ってきたのはチューリップによるところが大きい。

一瞬で部隊を望む場所に移動できるということは、後方の支援基地から前線までの距離をゼロにできるということだ。

この意味は大きい。 例えるなら同じ仕事をするにしても職場のすぐ近くに家があり、

そこでは美人で優しい奥さんが帰れば「お食事にします? お風呂も沸いていますよ? それとも……わ・た・し?」なんて出迎えてくれる田中(仮)さんと、

電車で2時間かけて郊外の社宅に帰らなければならず、帰っても嫁さんは寝ていて夕食はコンビニ弁当なんて悲しい現実が待ち構えている

佐藤(仮)さんとどちらがやる気が出るかと言うことだ。

しかも田中(仮)さんは困ったときは隣の部署からすぐに助っ人が駆けつけてくれる。

対する佐藤(仮)さんは同期連中にも冷たくあしらわれ、女子社員からはキモーイとか陰口叩かれる毎日。

能力が大差ないとすれば普通は田中(仮)さんのほうが仕事もはかどろうというものだ。



残念ながら連合軍が置かれた立場は人生路地裏のブルースな佐藤(仮)さんの方であった。

しかも田中(仮)さん……もとい木連軍のほうが技術的にも優勢となれば勝てる道理がない。

それでもなんとか負けなかったのは、もともと絶対数が多かったのと、負ければ比喩ではなく人類滅亡だという追い詰められたネズミの必死さがあったためだ。

それっぽく言うなら「人類の命運は俺たちの双肩にかかっている!!」ということになる。

まあ、もっと俗っぽく一般の兵士は「戦わなければ生き残れない」だとか「家族を守る」、「憧れのあの娘のために!」、「3Kな仕事だけに給料いいし」という事情もある。



また例えるなら佐藤(仮)さんにだって養うべき家族がいるわけで、お父さんくさーいだのと娘に言われようが働かないといけないのである。

そして人生を安心して送るためには田中(仮)さんを排除すべきで、そのためにはあらゆる手を……もちろん卑怯なことまで含めて手を打つべきだった。

佐藤(仮)さんが手始めに行ったのは味方を増やすこと。 冷たい同期連中に頭を下げ、気に食わない上司にもおべっかを使い、何とか協力を取り付ける。

次には田中(仮)さんの敵を増やすこと。 女子社員に田中(仮)さんの悪い噂……それこそあることないこと、まあ半分くらいは事実かなってところまで流す。

そして協力的でない身内にお父さんは頑張ってるんだとこれも誇張混じりに伝えることで半分くらいは信じ込ませておく。

最後に自身が周囲から認められるような大成果をドカンと上げることなのだが……これに成功すれば周囲からの田中(仮)さんの評価も変わるだろう。

むしろぜんぜんこれっぽっちの欠片の微塵ほども期待していなかっただけにやる時はやると見せ付ければ評価は180度好転する。

人生バラ色ストリームに突入でモテモテのウハウハで週刊誌の怪しげなマジックストーン通販の札束風呂レジェンドも夢ではないのだ。



で、それを現実の連合軍 ――― ことに地上軍の欧州方面軍に置き換えるとこうなる。

佐藤(仮)さんは陸軍で、田中(仮)さんは木連軍、冷たい同期は他の海・空・宇宙軍などで、

女子社員は一般の民衆、非協力的な身内は投資家やネルガルなどの大企業である。



陸軍は何かと予算面で地上軍と張り合っている宇宙軍に頭を下げてカキツバタを派遣してもらい、海空軍とも作戦調整の折り合いをつけて協力を得る。

空軍の航空支援がなければ空からぼこぼこにタコ殴りにされてしまうし、弾着観測や地上管制支援、偵察まで頼るべきものは多い。

宇宙軍にしても強力な戦艦がなければ敵戦艦に対抗できず、制海権の確保や海上輸送・揚陸支援は海軍の協力が必須だった。

また、敗戦続きで支持してくれない民間人には「木星蜥蜴に負けたら家は焼け、畑は荒れ果てて、君は収容所送りだろう」みたいなことを言って

「仕方ないから負けるのだけはカンベンな」という雰囲気をつくっている。

非協力的な企業に対しても「俺たちが負けたら商売どころじゃねぇぞ、ゴルァ!」と半分脅しをかけている。

特に陸軍に大量の機動兵器を売っているAGIやネルガルにとっては採算が取れるかどうかの瀬戸際なのでこちらは比較的協力的だった。



問題はそれでも非協力的な企業 ――― クリムゾンや明日香インダストリー、新鋭のスカーレットなどである。

明日香インダストリーは海空軍との繋がりが深く、陸軍にはちょっと型の古いスターチスを納めているだけなのでいまいち兵器の納期などを後回しにされがちで、

クリムゾンやスカーレットに至ってはほぼそっぽを向かれているといってもいい。

特に兵器の類を買っているということはないのでその方面では無関係なのだが、出資という面でクリムゾンに大いに期待している面があった。

とにかく戦争というのは金がかかるのである。

軍艦は浮いているだけでも燃料や乗員のための食料を消費していくし、兵器はべらぼうに高い。

旧式のスターチスでさえ1機が約4億円で、スノーフレイクは量産効果で単価が下がったとは言え8億円、エステで6億、スーパーエステが少し高くて7億5千万。

空軍のスノードロップに至っては13億円というべらぼうな値がついている。 軍艦ではさらに兆の単位の予算が必要となった。

しかもそれだけの金を食いながらただただ消費していく一方なのだからたまらない。

戦時国債を発行して対処しなければとっくに軍事費で国が傾いているところだった。



ちなみに国債というのは国の借金のようなもので、投資家なんかはこの国債を買うことで国に金を貸す。

利率はとんでもなく高く、低金利時代にあっても13%という数値を誇っていた。

貸す相手が国だけに確実性も高い……のだが、それは国が正常であればの話。

ぶっちゃけた話、いつ潰れてもおかしくない相手に貸す馬鹿はいないのだ。

連合はその『いつ潰れてもおかしくない』状態であり、例えこの戦争に勝ったとしても荒廃した国土と多数の死傷者、難民を抱えることとなるだろう。

そのときにガタガタとなった経済で借金を返済しきれるかと言うことに関して多くの投資家は猜疑的だった。

クリムゾンも同様で……いやむしろ負けてほしいんじゃないかというくらい非協力的な面があった。

あからさまな妨害などはないものの、市場操作などでじわじわと締め付けているようなのだ。



だからと言ってクリムゾンを排除することはできない。

潰せばそれこそ経済が崩壊する。

クリムゾンは世界的な企業であり、なんらかの形で関わっている企業は多い。

下請けの子会社などはクリムゾンが潰れたら真っ先に倒産するだろう。

そうなったときに生じる失業者と社会的混乱は計り知れず、また簡単に潰すにはクリムゾングループの影響は政治にも影響が大きすぎた。

賄賂を受け取っている政治家が妨害するだろうし、そうでなくとも既得利権を失うことになる者の反発は必至だった。

軍にしてもクリムゾンから物資を買い付けているわけで、それをすぐに他のところに頼るというわけにもいかなかった。

AGIの本拠は欧州であり、ネルガルと明日香インダストリーはアジア。

それゆえに北米やオーストラリアでは物資供給の大半をクリムゾンに頼っている。

今、クリムゾンに倒産されて困るのは軍も同様だった。



であるなら、別の手段を採るしかない。

月を取り戻したことにより経済は上向きになりつつある。

投資家や企業が国債を買い渋っているのは戦線の状況が不透明であるからで、

もっと言うなら「連合軍は大丈夫なのか?」ということになる。

先程の例えでもあったが、相対的に相手の評判を落として並んでも絶対的な自分への評価が高まるわけではないのだ。

万年ヒラの佐藤(仮)さんもここいらで一発どかんとやらなければならないわけで、その為の“どかん”が軍にとっての今回の作戦だった。

『軍が勝つ → 国民安心 → 国債売れてウハウハ』という見事な風桶方式のためであり、そこに軍事的整合性や必要性などない。

以上のことを一言に集約するとこうなる。



「政治。 まさに政治的としか言いようがない」



ミスマル・コウイチロウ中将はその一言だけ告げると黙った。

議論を終わらせるためではなく、どうすれれば納得させられるかを考えているのだった。

相手はそれほどの強敵だった。



連合宇宙軍第3艦隊提督ともなれば軍人としてだけではなく政治にも関わるようになってくる。

無論、文民統制(シビリアンコントロール)の原則を越えるつもりはない。

しかし、昔から『戦争は将軍に任せておくには重大すぎる』といい、逆に『戦争は政治家に任せておくには重大すぎる』とも言う。

矛盾するようだが国家にとっての戦争はそれほど重要なものだった。

ゆえに政治家であっても軍事に疎いわけにはいかず、軍人と言えども政治に無関心ではやっていけない。

軍事は政治・外交に左右されるものだからだ。 またその逆もある。



特に第3艦隊は地球を守るために存在するのだから、政治的重要度は火星の第1艦隊や月の第2艦隊とは違って当然だった。

第一次火星会戦の敗北により第1艦隊が解体され、第1機動艦隊が新設されてもそれは変わっていない。

むしろ重要度は高まったと言ってもいい。

戦場が宇宙から地上へ移ったことにより第3艦隊の任務も地上軍や第1機動艦隊と共同で行うものが増えてきた。

折衝や調整などやるべきことはそれこそ山のようにある。

多忙を極めるどころではない。

それでもコウイチロウが時間を割いているのは、相手が相手というのと、その主張が無視できない的確さを持っているからだった。



「ですがお父様 ―――」



「勤務中だ」



「では、ミスマル中将。

 第3艦隊・第1機動艦隊及びに地上軍共同の本作戦……作戦コード<ONE>でしたか?

 この作戦の持つ危うさは無視できないものです」



その主張はコウイチロウも認めないわけにはいかなかった。

彼らも当然のようにあらゆるパターンを検討して作戦を立案しているだから。



「欧州方面軍を主力とし、ドイツ圏を奪還すべく攻勢に出るのは構いません。

 あそこは欧州でも陸上輸送の要になる道路や、工業地帯がありますから。

 ですが、問題は予備にあります」



予備、すなわち予備兵力のことだが、欧州方面軍にはこれがない。

戦争の初期段階での欧州は激戦区であり、中期に差しかかった今でも激戦区だった。

カキツバタが投入されるまでチューリップに出くわしたら連隊規模の砲兵の一斉射撃をぶちかますしか

対抗手段がなかったという点だけ見ても相当にやばかったことがわかる。

空軍も再建中で、フッケバインやスノードロップを保有している部隊は限られている。

戦域レベルでの航空優勢を確保するのが精一杯で、戦略レベルではとんとんと言ったところだ。

ちなみにこのバランスは容易に覆る。 なぜなら敵には大部隊の移動を一瞬で済ますことのできるチューリップがある。

「敵にはチューリップがあります。 それこそ予備なんてどこからでも持って来れるんですから。

 それに対して欧州方面軍の予備はロシアから東欧に脱出した残存兵力の寄せ集めとカキツバタだけです。

 繰り返しますが、チューリップがあれば敵は簡単に増援を送れるんです」



その主張は一理どころか二理も三理もある。

何しろナデシコですらそのせいで火星で撃沈の憂き目を見るところだったのだから。

実体験の苦い記憶としてそれを有している人間が言うとなおさら説得力がある。



「現有の戦力ではぎりぎり戦線を支えていますが、攻勢に出るとしたらさらに多くの兵力を必要とします。

 はっきり言うなら今の状態で攻勢に出てても逆に潰されるだけです。

 せめて予備がもっとしっかりしていれば別ですが」



予備があった場合、仮に主力が壊滅的打撃を受けてもそのフォローをすることができる。

主力の方だってだだ一方的にやられはしないだろうから、弱っている敵に逆襲をかけることだって可能かも知れない。

あるいはもっと前段階で投入できれば苦戦している味方を助け、一気に押し返すカンフル剤のような役割も期待できる。

従って錬度の高い主力とさらに高い予備というのが理想ではある。

まあ、それは理想なので現実は錬度のまあまあ高い主力と低い予備しかなく、この場合は予備を投入しても劇的効果が望めない。

むしろ混乱を増大させ、損害を増す結果になりかねない。

敵の増援が予想される状況ではなおさらだった。



「ユリカ……パパだって困ってるんだ」



「勤務中です」



「むう」



愛娘の成長を喜ぶべきかどうか微妙に悩みつつ、コウイチロウは嘆息した。

ユリカのレポートは的確で容赦がなかった。

実際に指揮官同士での図上演習でもユリカは赤軍(木星蜥蜴)を指揮して青軍(連合軍)を撃破している。

これは実力どうこうというよりかねてからの問題点が露呈した形だった。

参謀連中はよい顔をしなかったが逆に現場の指揮官からは賞賛された。

少なくともナデシコでの戦果が艦の性能に頼ったものではないと証明されたからだ。

そしてそれによりユリカは正式に第3艦隊の司令部付として父親の居る極東司令部に迎え入れられた。

このところ徹夜が続いているのもそのためと言えばそのためだった。



「だが、これは政府の決定だ。 私と言えども覆すことはできない」



「政治ですか?」



「そうだ。 軍は政府に従う。

 それが愚かしいことだとしても文民統制の原則を破るわけにはいかないんだよ、ユリカ」



それが軍人としての良識であり、同時に限界でもあった。

ナデシコであれば多少の命令無視をしてでも正解だと思った方を選択できた。

だがそれはナデシコが民間の戦艦であり、ネルガルからかなりの自由裁量が許されていたからできたことであって、

軍人にそれをやれと言うのは無茶だった。



「だが、作戦の変更はできる。 作戦計画の立案は軍の管轄だ」



それまで黙っていた男が口を開いた。

ユリカとコウイチロウを含め、この部屋には3人しか居なかった。

ある種の秘密的な会合であるためだ。



「参謀本部抜きで、ですか?」



「抜きだ。 今回に限っては」



作戦立案は参謀や幕僚の仕事であってコウイチロウのような指揮官はその作戦案の中から最適と思われるものを選択し、決断することにある。

その役割を逸脱するということは単に縄張りにくちばしを挟むだけではなく、他意を疑られかねない。

特にこの男に関しては。



「クロフォード中将、それは……」



「レポートは読ませてもらった。 それでは不足だろうか?」



渋い顔をするコウイチロウに平然と言い切ってみせる。

つまり、ユリカのレポートは高い確率で実現しうると、

その結果は連合軍の大敗に他ならないから四の五の言わずに手伝えと言っているに等しかった。

確かに今から参謀本部へ作戦の変更を申し出て立案をやり直していたのではとうてい間に合わない。



クロフォード中将の作戦立案能力に関しても不安はなかった。

かつては実験機動艦隊の指揮官として火星会戦を戦い民間人の脱出を成功させ、

第四次月攻略戦では第1機動艦隊の全般指揮をとり完勝に導いている。

一人で参謀と指揮官を兼任しているようなものと言われるほど軍事的才能には恵まれている。

ただし、人格と能力は別物というのを体現しているような人物で、いっそ危険視されているといってもいい。

コウイチロウが懸念するのはそれだった。



「確かに私が……第1機動艦隊が“単独”で異を唱えれば反感を買うだろう。

 だが、今回の作戦は宇宙軍の管轄としては第3艦隊と共同になっている。

 その2つが異を唱えるなら、それは今作戦に限って言うなら宇宙軍の総意とも言える」



だからこそ彼はユリカのレポートに着目し、コウイチロウを巻き込んだのだろう。

はっきり言うならユリカと似たようなことを指摘している人材がいなかったわけではない。

そこまで参謀本部の人材は枯渇していない。

だが、そもそもが政治的理由から立案された作戦だけにその声は封殺される傾向にあった。

参謀本部は指揮官と違い責任が伴わないだけに時折そうした無責任な作戦を立てる悪癖がある。

ゆえにクロフォード中将は型破りを承知でユリカに接触した。

それはユリカの背後のコウイチロウ……第3艦隊を見てのことであった。

第1機動艦隊と第3艦隊の両者から異を唱えられては強硬にいくわけにもいかない。

これもまさに一つの政治だった。



このときのファルアス・クロフォード中将はユリカを単なるコウイチロウの娘としか見ていなかった。

ナデシコ艦長の肩書きには『元』という但し書きがつくようになったユリカの価値はその程度だった。

連合軍最強の機動部隊を有する第1機動艦隊を指揮下に置く彼からみればナデシコとユリカは過去の存在だった。

クロフォード中将も逆行者としてかつての未来でのユリカの功績を否定することはないが、今という時代の表舞台からナデシコは既にない。

彼の関心は欧州とカキツバタにあり、ユリカは過去の人物として認識されていた。

しかし、それはファルアスが体験した歴史の中でしかユリカを知らないが故の間違いであるとすぐに思い知ることになる。

ある意味で彼はユリカにチャンスを与えてしまったのだった。

そしてユリカはそのチャンスを逃すつもりなどなかった。

愛する人のためにも。

作戦コードONE、秘匿名称<For Bright Seazon(輝く季節へ)>と名付けられる反抗作戦はこうして立案された。



○ ● ○ ● ○ ●





政治に振りまわされているという点ではオオサキ・シュン中佐も同様だった。

顔を合わせればぶん殴るどころではすまないような相手と向き合っているのも政治的な理由だった。



「元気そうだな、オオサキ」



「貴様もな。 しぶといことだ」



怨敵などという言葉ですら生温い。

バールという男はシュンにとっては八つ裂きにしても足りないほど恨み骨髄の相手だった。

かつてのシュンは連合陸軍アフリカ方面軍で名を馳せた指揮官だった。

地球連合に反対するゲリラとの戦闘が各地で勃発していたアフリカは地球の弾薬庫と呼ばれていた。

民族対立、経済格差を背景としてのアングロサクソンと他人種間の人種差別、麻薬問題など社会問題の見本市のような有様だった。

それをある程度まともな状態に戻せたのはガトル大将の政治的手腕であり、連合軍の平和維持活動だった。

対テロ・ゲリラ戦術を連合成立の初期から研究し尽くしていた軍は徹底した人海戦術と攻勢でもってゲリラを駆逐し、

ときには麻薬組織のアジトを爆撃機で吹き飛ばして大量の死傷者を出しながらも勝利しつづけた。



シュンが大佐を任官し、数多い対テロ部隊の指揮官になったのはそんな折だった。

粘り強い指揮に定評があったが、あえて言うならそれだけの平凡な軍人だったのだ。

人型機動兵器という陸戦の覇者を手に入れていた軍は圧倒的だったがそれでも歩兵の出番はなくなることはなく、

シュンの部隊は機械化歩兵部隊として麻薬組織の掃討作戦に参加していたが、その作戦のさなかに事件は起こった。

テロ対策に要人の警護が厳重になっている裏をかき、要人警護を担当する軍人の方を狙ったのだった。

が、狙われた当人は作戦のため家にはおらず、車に仕掛けられた爆弾の犠牲となったのはその妻だった。

作戦を終了したシュンが帰ってときに待っていたのは僅かな肉片と拳ほどの大きさの炭の塊が5つ。

それが妻だと知らされたとき、悲しみより怒りより、ただ疑問だけがあった。

それは受け入れるには凄惨過ぎる現実だった。



悲しみもした。 嘆きもした。 神を呪いもした。

それでもシュンが狂わずにいられたのは軍人として過酷な現実に鍛えられていたことと、

母親が吹き飛ばされる瞬間を目撃した娘のことがあったからだ。

せめて娘のために今は彼が狂うわけにはいかなかった。

家族を失ったのはカズシも同じで、さらに言うなら同じような軍人が多発したのだった。



しかし、それも真実を知って変わった。

機密であるはずの担当軍人の名簿と住所が漏れていたのだ。

戦略情報軍の内部監査委員会の介入まで許しての徹底した調査が行われ、容疑者が絞り込まれた。

それが当時、アフリカ方面軍の人事を仕切っていたバールだった。

人事データは厳重に管理されており、権限のないものがアクセスしようとしただけで逮捕されてもおかしくない。

誰にも疑われることなくそれを持ち出せるのは管理者権限でデータを引き出せるバールだけだったのだ。

さらに戦略情報軍はバールの口座に対し不審な金銭の振込みがあったことまで突き止める。

逮捕されれば軍事裁判で有罪は確定だった。



が、現実にはそうはならなかった。

証拠を掴みつつも内部監査委員会が解散されたためだ。

シュンたちは愕然とし……その落胆は怒りへと転化され、ついにはクーデター計画まで立てた。

その過程においてシュンたちはさらに驚くべき事実を掴む。



戦略情報軍の内部監査委員会が解散させられたのはクリムゾングループからの圧力であり、

それはアフリカの混乱に乗じての介入工作の証拠を掴まれるのを防ぐためだったと。

当時、ネルガルとクリムゾンの対立は本格化し、欧州におけるAGIの台頭も相まって

アフリカへ進出する機会を狙っていたのだ。

組織との繋がりの発覚による企業イメージのダウンと軍からの取引停止を恐れたクリムゾンは

バールの逮捕によって自分たちに不利益があることを警戒し、内部監査委員会を解散させた。

一企業の都合で軍人の重大な犯罪が闇に葬られた瞬間だった。



すべてを知ってしまったシュンたちにクリムゾンも戦略情報軍も容赦がなかった。

クーデターを企てたとして仲間が次々に逮捕され……悪いことにクーデターに関しては言い訳できない事実なので彼らは反論すらできなかった。

シュンが辛うじて難を逃れられたのは亡き妻の父であったガトル大将の温情と、義弟であるオラン中佐の尽力によるものだ。

その結果、シュンは島流し同然に欧州方面軍の弱小部隊へ二階級降格の上、移籍したのだった。

一方のバールは少将として依然、アフリカ方面軍で影響力を行使している。

ガトル大将の次席であるオブライエン中将は軍人としては政治に関わりすぎた日和見主義者であることを考えれば、実質的なナンバー2と言っていい。



これで仲良くできたらそれこそどうかしている。

しかし、上からの命令はそれでも仲良くしろと言っているに等しかった。

無言でバールを睨み付けるシュンと、それを嘲る態度を隠そうともしないバールを交互に見やって、

グラシス・ファー・ハーテット中将は深く嘆息した。



この二人が犬猿の仲というのはわかりきったことだった。

お互いに殺したいほど憎しみ合っていることも周知の事実だった。

シュンは知らないだろうが、バールがガトル大将の後釜を狙ってその娘にちょっかいをかけていたことは有名だ。

それを横からほいほいとやってきた東洋人にかっさらわれたのだから、バールがシュンを恨む理由はある。

まあ、逆恨み以外のなにものでもないが。



「何をしにきた?」



「聞いていないのか? 職務怠慢だな」



「アフリカ方面軍遣欧部隊のことじゃない。

 貴様個人のことだ。 またぞろぞろ味方を殺すのか?」



「欧州に来てからのお前ほどではないな。

 何人の部下を無駄死にさせた? ん?」





「……無駄死にではない。 無駄死にで終わらせはしない!」



「どうかな。 カミカゼは日本人の特技だろう?」



「貴様ッ!」



「――― やめんか!」



腰を浮かしかけたシュンがグラシスの一喝でイスに腰を沈める。



「貴官もだ、バール少将。

 “誤解”を助長するような言動は謹んでもらいたい」



シュンがバールを恨むのは当然だが法廷で有罪が確定したわけではないのでそれは容疑に過ぎない。

誤解という婉曲的な表現をグラシスが用いたのもそのためだった。

ここで手を出したらそれはシュンの罪となる。

グラシスとしては欧州方面軍の士官がアフリカ方面軍の将官に殴りかかったなどという不祥事を起こさせるわけにはいかなかった。

この段階に至って要になる部隊の指揮官を解任するなどということになったら、それこそ戦う前から作戦が破綻してしまう。

第13独立機甲戦闘団の将兵はここ数ヶ月の戦闘で目覚しい戦果を上げていたが、その半分は指揮官の功績だった。

いかに強力な駒があっても指揮官との間に信頼がなければその力は発揮されない。

逆に指揮官に心酔する兵たちは喜んで自らを危険にさらすこともいとわないだろう。

グラシスは孫のアリサからの手紙と、部隊からの報告書からシュンが後者の指揮官であると判断していた。

民間人の脱出を支援したケルンの戦闘でも部隊の損害は少なくなかったが、兵たちは指揮官を賞賛こそすれ、非難めいたことは一言も漏らさなかった。

ネルガルから借り受けたカキツバタと新型機動兵器部隊の力も無論あるが、それも陸軍と宇宙軍という垣根を取り払って団結しているからこそだ。



この作戦にはそんな部隊が必要だった。

勇敢だが恐怖を知る指揮官。

無謀と勇気を履き違えない兵士。

技術の粋を集めた最新の強力な兵器。

そして何よりも統一された目的意識を共有できる仲間。

第13独立機甲戦闘団は欧州でも、否、連合軍でも屈指の精強さを誇る部隊へ成長していた。

故に彼らは死地へ赴く。



だが、ただ彼らのみを死線を越えさせるわけではない。

連合陸軍からは欧州方面軍の4個師団とアフリカ方面軍の2個師団が作戦に参加し、

宇宙軍も陸戦隊を含める大規模な部隊を投入するはずだった。

しかし、ユリカがレポートで指摘したように予備兵力がない。

どこかが崩された場合、全体が雪崩をうったように崩壊しかねない危険があった。

それを防ぐには予備を用意できれば最善だが、それができれば苦労はしない。

事前の策として相互の意思疎通を円滑にした上で機動防御……戦場での機動力の高い機甲部隊を用いて空けられた穴を迅速にふさいでいくしかない。

宇宙軍の機動艦隊や陸軍の空挺などがこれにあたる。 

カキツバタももちろん含まれている。

それなのにこのありさまだ。

もう一度、グラシスは嘆息した。

もっとも、この後における展開と一つの悲劇を知っていたなら、そんなものでは済まなかっただろうが。



こうして欧州の地に役者は揃いつつあった。

混迷の大地は、未だ向かう先を示しはしない。





<続く>






あとがき:


ノーパソげとー!
ネットひいたのでまた復活です。
仕事もあるんで速度は落ちますが、これで平日も書けます。

それでは次回また。

 

 

 

代理人の感想

なにやら悪巧みが着々と進行中のようで。

ファルアスの態度がちとむかついたもんで、ユリカにはぜひともリベンジをかけてもらいたいものです。

無論シュンにも。

原作では出来ませんでしたが、バールにオラオララッシュ(「もしかしてオラオラですかぁ〜〜!?」「YES!YES!YES!」)を叩き込むくらいのシーンは欲しいですねー(爆)。

 

>家は焼け、畑は荒れ果てて、君は収容所送りだろう

木連は赤い敵だったのか―!