時ナデ・if <逆行の艦隊> 第21話その2 混迷の大地 最大で30機以上の艦載機を収容できるカキツバタ格納庫は意外と広い。 容積に制限が大きな機動戦艦としては破格の広さかもしれない。 それでも基本的には宇宙艦艇の格納庫は密閉されているため音が響く。 そのため、騒音と言っていいほどの音の嵐に揉まれながら整備兵たちは仕事をこなすのだった。 「スノーの10から12番機、ドレスはD型でいくのか?」 「いや、O型に変更だ。 それに17から19まではRE型」 「なんだって! そっちは先にA型で調整まで済ましたんだぞ!?」 「仕方ないだろ。 緊急時の前進観測訓練が入ったんだ」 A型だのO型だのと言っても血液型のことではなく、ミッションパックの型番のことだ。 AGI製のスノーフレイクはエステバリスと違い、フレーム換装ではなく装備の変更でもって多種多様な任務に対応するようになっている。 この方式は別に珍しくも新しくもなく、航空機だって対地攻撃では爆弾を積みもすれば対艦攻撃ではASM(空対艦ミサイル)に換えることだってある。 もっと言うなら人間は仕事にあわせて道具を持ち替えたりする。 人型であるなら道具を変えることで別の仕事に対応させるというのはごく自然な発想だった。 そして仕事の内容にあわせて道具をあらかじめまとめて用意しておけば使うときに迷わずにすむ。 ミッションパックとはそういうものだった。 例えばA型はAssault(強襲)の頭文字をとったもので、その名の通り拠点への強襲を目的とした装備が一式セットになっている。 中身は外付けの燃料式スラスターや対地攻撃用の誘導爆弾・散布爆雷・空対地ミサイルやレールカノンなど兵装や 低空進入用の対地レーダーユニットが含まれている。 同様にO型はObservation(観測)の略で、対砲迫レーダーや 通常のそれより精度の高いレーダー、振動感知センサ、多目的光学スコープなどを駆使して砲兵や航空機への指示を出す。 略称を用いるのは『Assault』などの短い単語はともかく、 RE型の『Reconnaisance & Electronic installation(偵察および電子戦)』など長すぎて舌を噛みそうなものもあるからだ。 このため、D型は『Direct fire support(直接火力支援)』という正規の名称を取りやめ、 破壊を意味する『Destroy』から『Destroid』なる造語まで飛び出す始末だった。 そんなわけで正規の書類にはそんな長ったらしい単語や短くするための妙な造語が羅列されていたが現場の人間は略称で済ませていた。 問題なのは内容であって、要は通じればいいのだ。 「勘弁してくれ……」 そしてその内容に悲鳴を上げる。 フレームごと換装するエステと違い、装備を付け替えるスノーフレイクは換装に手間がかかる。 全身に合計で11箇所もあるハードポイントから装備を外して付け替えるだけでもかなりの手間だが、それに加えて細かな調整と試験まで行わねばならない。 こんなことが続くなら今日中に兵舎の自室のベットにもぐりこむことは諦めなければなるまい。 「なんだって最近は訓練が続いてるんだ?」 サイトウ・タダシ整備伍長はぶつくさ言いながらも手を止めることはない。 手を抜けばそれは即、人の生死に関わるということを自覚するが故だった。 「大規模な作戦が近いのさ」 「オオサキ中尉?」 「ちょっと避難させて欲しい」 言うなり、オオサキ・マコト中尉(昇進した)はそう言うなり近くのイスに腰をおろした。 それは整備兵たちが格納庫に置いている安っぽいパイプイスだった。 「親父殿が荒れていてね」 「珍しいですね。 大隊長が荒れるなんて」 マコトの父親で、第13独立機甲戦闘団の大隊長を務めるオオサキ・シュン中佐は温厚で知られている。 苦労人らしく兵には慕われる傾向にある指揮官だった。 また、父親の典型として娘にも甘い。 「嫌な奴にあったのさ」 「嫌な奴、ですか?」 「嫌な奴だ」 含みのある言い方だったが、それ以上の説明をする気もないらしい。 私のことは狸の置物かなんかだと思ってくれ、と告げて電子書籍を読み出す。 仕事の邪魔にはならないのだが、いかんせん気になる。 陸軍は未だに男が多い(パイロットなど一部除く)。 人手不足を解決するために健軍初期から積極的に門戸を開いていた宇宙軍ならともかく、保守的な陸軍では女性兵士の割合は少ないのだ。 ゆえにマコトの存在は格納庫でも非常に目立つ。 サラという恋人(妹公認)がいるサイトウとしては誤解を生むようなことは避けたいのだが、かといって無下にもできない。 本人の言う通り信楽焼きの狸か何かだと思えばいいのだろうが…… 「ハーテッド中尉はどうしたんです?」 なんとなく黙っているのもどうかと思い、当り障りない話題を振ってみる。 歳が比較的近い上に女性同士ということもあって2人はすぐに打ち解けていた。 今では公私を越える友人で、休日などは一緒に買い物に出かけたりしていた。 「アリサはテンカワ君のお相手さ。 朝から4戦目に突入中」 「いや、間違ってないかもしれないんですけど、その表現はどうかと」 「そんな訳で私の居場所はないんだ。 寂しいね」 「さらりと無視ですか」 しかし、とサイトウは思った。 マコトが最初に言ったように大規模な作戦が近いと言うのも頷ける。 カキツバタの艦載機は搭載数では専門の機動母艦の半分程度だが、戦力は正規の機動部隊に見劣りしないものだった。 エステバリスは最新のスーパーエステが優先的に回されているし、 加えてネルガルのAV−X計画で開発された試作機……<シュワルベ>、<カイラー>、そしてアキトの<シュバルツ・ファルケ>。 随伴する強襲揚陸艦の方にはスノーフレイク用の新型陸戦装備<フィリティラリア>が搬入されている。 これは宇宙軍向けの<アスフォデル>、空軍向けの<フッケバイン>と並ぶ新装備で、増加装甲と武装強化をいっぺんに行える強化装甲パッケージだった。 スノーフレイク版の陸戦用ブラックサレナといったところだ。 新兵器の見本市のような状態だな。 サイトウはそう思い、身震いした。 上が大盤振る舞いするときは貧乏くじを引かせられるに決まっているからだ。 ○ ● ○ ● ○ ● シュンは荒れていた。 そしてサイトウの予感も当たっていた。 「つまり、宇宙軍からこれ以上の支援はないということか?」 せめて機動母艦があと2隻は必要というシュンの主張に対し、 宇宙軍から作戦調整のために派遣されてきたササキ・タクナ大佐は渋い表情を作った。 「機動母艦は単艦で運用できるものではない。1隻のために10隻からの護衛艦を必要とする類のものだ。 今の宇宙軍にはそれだけの余裕はないんだ」 「余裕? 余裕だと! そんなものは欧州のどこを探したってあるか!」 シュンは珍しく激怒していた。 本来はカズシの方が止めるはずだが、今回は口を挟んでいない。 つまり、彼もまったくの同感ということだった。 「だが、カキツバタの部隊に損害は出ていない。 穴を埋めるにしてもここばかりというわけにはいかない」 「だからと言ってカキツバタだけでこの任務をこなせってのか?」 「陸軍から強襲揚陸艦が2隻出るはずだ。 戦闘団としてはそれで戦力は揃うはずだぞ」 「2個分の増強大隊か」 それはケルンで消耗する前の戦力にほぼ戻ったことを意味する。 中身が最新鋭機に置き換えられていることを考えるなら戦力的には以前を上回っているだろう。 だが、それも相対的な問題であって何を相手にするかにもよる。 正直、いま聞かされた作戦内容ではいくら命があっても足りないと思う。 「そのためのブラックサレナだ」 内心を読んだかのようにタクナは告げた。 対照的に苦い表情を作るシュン。 それはネルガルが万全を期して送り込んできた新兵器。 シュバルツ・ファルケの完成形ともいえる強化型増加装甲の名称だった。 黒百合を意味するそれの花言葉は『愛』そして『呪い』。 「タクナ、俺たちは何をしているんだ? お前はアキトの年齢を知ってるか?」 「資料では……もう19になったはずだな」 「“まだ”19だ」 抑えた声だったが、そこに込められたものは雄弁に感じ取れた。 今度はタクナが黙る番だった。 「わかるか! 俺たちはそんな連中を戦場に送り出してるんだ! どんなトラブルがあってもおかしくないような試作機に乗せて戦場に!! それ以外に頼るものなんてないからだ!」 タクナは目を閉じた。 敵機動兵器撃墜数のべ400機を越え、駆逐艦10隻、戦艦6隻、チューリップ撃破3。 スコアだけ見るなら軍のどんなエースにも勝るであろう華々しい戦果がある。 しかし、その実態は一人の少年が地獄に最も近いと言われる戦場で生き残るべく足掻いた記録なのだ。 アキトは……そしてアキトが守りたいと思ったものはそれほどの事をしてようやく保たれているのだった。 シュンが旧友に対して怒りをぶちまけているのは同時に自身への無力感もあるのだろう。 「他のパイロットだってそうだ。 新品の徽章をつけた中尉が小隊を指揮してるんだ。 マコトでさえうちの部隊では古参の部類に入るんだぞ」 「……腕のいい熟練パイロットはどの軍でも軒並み不足さ」 四軍中、最大規模の機動部隊を有する第1機動艦隊でさえその傾向があった。 ベテランや中堅のパイロットは緒戦でその多くが兵器の性能差の前に命を散らせた。 その多くは良き夫、良き父あるいはダメ夫、ダメな父親だったかもしれないが、 櫛の歯が抜けるように男たちは家庭へ帰らなかった。 そして今、多くの母親が息子や娘を失う危機を迎えていた。 「俺たちは何をやってるんだ? 軍の仕事は無力な人たちを守ることじゃないのか? それが今は民間人のパイロットを頼りにするなんてのは矛盾もいいところだ」 「だからこそッ!」 今度はタクナが噛み付く。 「だからこそ、欧州での戦闘に勝つための作戦だ!」 「……そのために俺たちを捨て駒にするのか?」 「捨て駒ではない。 要するにどんな汚い手を使っても目的を果たせればいい。 そして生還すればいい」 「簡単に言ってくれるな」 普段であったならここまでシュンも意地の悪い言い方はしかっただろう。 元より陸軍内でも疎まれ、危険な任務ばかり当てられてきた。 ケルンでの民間人の脱出支援作戦などのその最たるものだった。 ある意味で貧乏くじを引かされるのに慣れてしまったとも言える。 しかし、今はバール少将との険悪な雰囲気での『作戦調整』(実際はアフリカ方面軍の方針を追認しただけ)の後であり、 加えて殺しても足りないくらいのバールを前にしながら上官であるグラシス・ファー・ハーテッド中将から 「私的な怨恨を作戦に持ち込むことは許さない。 貴官らには少なくとも作戦中は指揮官に相応の態度を望む」と言われている。 しかも最後に「そのことに関しては不断の努力を要求する」とまで釘を刺されていた。 朗らかな気持ちでこの会見に臨んでいたわけではない。 「オオサキ、月並みだが言うぞ。 私が喜んでお前を死地に送り込むような真似をすると思うか? 信じて欲しい……少なくとも今回だけでも」 「…………わかった」 ようやく頭に上った血が冷めてきた。 友人の能力に関してはシュンもよく知っている。 秀才タイプで突飛なことをやる男ではないが、堅実な案を立てることで有名だった。 シュンには文句を言うばかりで代案があるわけでもない。 それに少なくとも戦艦を用いる作戦なら宇宙軍の方が専門だと思ったこともある。 一番大きな理由は、この事態は友人にもどうしようもないということがわかったからだ。 これ以上は八つ当たりにしかならない。 それからシュンはつっと視線を窓へと逸らした。 強化プラスティックを張られたその向こうでは漆黒の機動兵器と白銀の機体が舞っていた。 ○ ● ○ ● ○ ● 後方警戒レーダーがさっきから鳴りっぱなし。 スラスターはまだ加熱していないが、ジェネレータ過熱気味だ。 それでも電装系はまったく異常がないから機体はスムーズに反応してくれた。 「それなのに……ッ」 フットペダルを踏み込み、スティックを捻る ――― 急旋回。 スーパーの名が伊達ではないことを示すかのように愛機は完璧にその操縦に答えてくれた。 コンピュータに制御された背中の重力波受信用のウイングが最適角度を維持しつつ可動。 急激な相対角度の変化にも関わらず、ジェネレータの出力が落ちるようなことはない。 旧型のエステ1ではこうはいかないだろう。 重力波送信アンテナが高出力で全方位に向けられている戦艦のような艦艇ならともかく、 陸軍のようにAEWやAWACS、果ては空戦フレームにまで中継させたり 発電車両を随伴させるやり方では急激な機動を行った場合に追随が間に合わないことがあり、 ジェネレータの出力が急激に落ちて速度が落ちることがありパイロットとたちの間ではそれを息切れと呼んでいた。 しかし、エステ2やスーパーエステから採用された可動式の受信用アンテナはその問題を解決した。 送信側が追いつけないのなら、受信側がそれに合わせてやることで足並みをそろえたのだ。 故にアリサのスーパーエステは最大出力の8割を維持したまま旋回に入った。 人型の欠点である重心の不安定さによる空中での姿勢制御の難しさは同時に空力に頼らなければならない戦闘機と違い、 制御さえできるならとんでもなく複雑な動きを可能とする。 外側の足を振って重心をわざと崩し、強引に方向転換をこなす。 オートバランサが瞬時に機能して体勢を立て直すころには慣性で横を向いたまま空中を突き進んでいた。 アリサの計算によればこれでタイミングを外された相手は無防備な側面を晒す……はずだった。 だが、例によってその魂胆はあっさりと破られる。 あっさりと、実に清々しいくらいあっさりと漆黒の機影はアリサのスーパーエステの前を通り過ぎていった。 射撃するタイミングもなにもあったものではない。 アリサの機体だってそれなりの速度で動いているのに、さらにそれをぶっちぎって一瞬で追い越された。 人間を補佐してくれるはずのFCS(火器管制装置)もまるで役に立たない。 「反則よー!」 ピーという長音に負けぬ声でアリサは叫び、そして本日4度目の撃墜を悟った。 帰還コースの選定から着陸まで、昔ならパイロットの必須技能だったものも今では機械が代替してくれる。 自動操縦のメニューから『帰還』を選択してボタンをクリックすればそれですんでしまう。 だが、ベテランほどこの機能に頼ることを嫌う傾向にあった。 機械を信用せず、自分の腕で一連の作業をこなすのだ。 整備屋でもあり、同時に設計屋まで兼ねているレイナ・キンジョウ・ウォンにはそれが不満だった。 まるで自分たちの仕事を無駄だと言われているような気になる。 「それは違う。 パイロットは整備の仕事と機体の設計を信用している。 文字通り彼らが命を預けるものだからだ。 それはモノが兵器だから、と言うほかはない」 ドイツ人らしい実直さで仕事をこなしていたシュトロハイムがレイナの言葉を否定した。 彼はもともと兵器開発に携わって長いから、軍人との付き合い方も熟知していた。 大抵のテストパイロットは(それがよほど軽視されている部門でなければ)熟練者を使う。 新しい機体の性能を最大限に出し切り、試作機につき物のトラブルがあった場合にも冷静に対処できるベテラン中のベテランをだ。 彼らの大半は軍を辞めた者であり、または軍から派遣されてくる教官などであったが、共通することはやはりプライドの高さだ。 「機械は壊れるものだ。 偉大な祖父たちが残した虎戦車もそうだったように。 特に兵器は壊れてなんぼのものだ。 戦闘後も自動操縦装置が生きていると考えるのは楽観に過ぎる。 場合によっては片腕、片足が吹き飛んだ状態で強行着陸だって珍しくない」 「その場合だってオートバランサと連動した航法装置が……」 「ではそのどちらかが故障していたら? 被弾によって配線が切れているかも。 あるいは電装系が焼けているかも」 「配線はバックアップが3重にあるし、機械式の航法装置だってあるわ」 「確かに私たちはそう考える。 それが私たちのよく知るものだからだ。 では逆にパイロットにとってもっとも信用できる技術はなんであるか? それは自身の才と訓練によって習得した技術であるはずだ」 言わんとすることを理解し、しかし面白くないという表情のレイナに彼は続けた。 「まあ、機体の操縦系にも電子制御は使われているし、FCSがなければ高速で動き回る敵に銃を当てるなんて芸当は不可能だ。 逆に今のところ機動兵器は完全な自立戦闘ができるほどのAIを開発できないでいる。 お互い様というものだろう」 それから、「まあ、それでもドイツの技術は(以下略)」とのたまった。 レイナはいささかアレな感性の持ち主ではあるが、正論も言えるらしいとかなり失礼な安心の仕方をする。 その2人の視線の先では漆黒の機体がランディングギアを下ろして着陸する所だった。 見るものが見れば一発でわかる特徴的なシルエットはおおよそ戦闘機のものではない。 どちらかと言えば烏と言ったほうがあうような有機的な姿だった。 「高機動ユニットの調子はどうかね?」 背中のハッチから這い出してきたアキトに聞く。 「悪くありませんよ。 加速力だったらスクラムジェットにも勝てそうですね。 ただ、大きくなって重くなった分、旋回戦だと絶対にエステには勝てませんね」 「それは想定外だ。 格闘戦にもつれこむなら高機動ユニットを捨てるかしてくれ。 ドイツ支社の技術は世界一であっても万能ではない」 はあ、と応じつつアキトは思った。 どうにも妙な感じだ、と。 いま彼が操っていたサレナはナデシコが火星での戦闘で受け取ったサレナ(初代)の中身だったテンカワsplのメモリーから再現されたものだった。 今より未来の技術で作られていたはずのサレナそのものは火星での戦闘で大破し戦闘中に放棄してきた。 テンカワsplの方はアルストロメリアのプロトタイプとは言っても単なるカスタムされたエステ1に過ぎない。 可動式の重力波ウイングや夜天光や六連への対抗策の1つだった新型のFCSも今の技術で十分に再現可能なものだった。 懸念はCCが埋め込まれた構造材だったが、CCそのものが未だに研究段階ということもあってそれは重要視されなかった。 こちらの世界でのナデシコ解散後、イネスはネルガルに戻ったから逆に今回は彼女が誤魔化してくれたようだ。 ネルガル側が注目したのはサレナの方であって中身はなまじよく知るエステだったものだから関心が薄かったのだ。 同時期にライバルであるAGIがスノーフレイク用の強化装甲<アスフォデル>を発表したこともあり、彼らの関心はサレナの再現にがぜん注がれた。 もっとも、サレナの再現自体はけっこう早くにできたのだが、逆にそのなんでもなさに首脳陣は落胆していた。 乱暴に言ってしまえばサレナは装甲と燃料式スラスターの塊に母艦とのデータリンク機能と単体でも戦えるように 十分なレーダやセンサをくっつけ、おまけ程度の武装を施したに過ぎない。 期待していたボソンジャンプの機能はテンカワsplに埋め込まれたCCと機能とアキトのA級ジャンパーとしての特性だし。 兵器とするにはサレナは対夜天光・六連に特化されすぎていた。(また、目的を考えるならそれで十分だった) 期待したような『軍が極秘に開発していたすごい秘密兵器』ではなく――― この時点ではネルガル首脳陣は 回収されたテンカワsplが未来のものとは夢にも思っていなかった。 当たり前だが。 どちらかと言うとエステを元に軍が開発していた秘密兵器だと思っていた。 アルバが、連合宇宙軍の機動母艦がそれを回収していたという事実もその推測を裏付けているように思えたのだ。 まあ、とにかく過剰な期待だったわけで、当然ながらプロジェクトはぽしゃりかけた。 というか、日本での開発は中止された。 テンカワsplのデータはエステ2やスーパーエステの参考にはなったが、それだけだった。 そのままいけば未来の技術もろとも歴史のなかに埋もれただろう。 だが、なぜかAGIがそのサレナ計画に並々ならぬ興味を示した。 計画が中止されたと知るなり回収されたテンカワsplを譲って欲しいとネルガルに持ちかけたくらいだから、それは相当のものだった。 それからあとはスクラップ待ちだった機体が解体された状態でAGIに引き渡される事になったのは、大人の事情と言うやつだ。 ネルガルは彼らの主観ではゴミ同然の代物にぼったくりバーでも「それはちょっと」と言いそうな高値をつけた上、いくつかの技術を提供させた。 しかし、AGIが欲しがったのは機体そのものではなかったので別段そちらにも異存はなかった。 そうしてネルガルとしては得をしたのだが、隣の芝は青く見えると言うか人のものほど欲しくなると言うか。 ようするに売ったあとで『アレはそんなにいい物だったのか!』と思い始めたのだった。 この時期のAGIは空軍にフッケバインを売ったり、宇宙軍では相変わらずアスフォデルが売れ行き好調だったりして 類似品であったサレナ(実際は逆にサレナの類似品がアスフォデルなのだが)で自分たちも儲けられるのではと思うに至り、 サレナの開発再開が決定され、ついでにAGIのスノーフレイクやスノードロップに追いつけ追い越せというAV−X計画を立ち上げた。 AGIと同じ物を後から作っても仕方ないのでサレナはちゃんと目的に合わせて仕様を決定し、シュバルツ・ファルケと並行して開発が進んだ。 それがなんとか完成し、<For Bright Seazon>作戦に間に合わせるべく最終調整を行っているのだった。 「それにしても、エステにエンジンですか……」 そう、サレナはエンジンを搭載していた。 アキトとしては違和感バリバリである。 いや、サレナ(二代目)は不完全ながら相転移エンジンを搭載していたのでエンジンの出力調整を行わなければならない面倒には慣れているが、 「ふっ、しかも四発だ。 始発でも遅発でもない四発だよ?」 ただでさえゴッツイ外見のサレナをさらに無骨に見せているのがその4基搭載されたエンジンだ。 もちろん相転移エンジンではない。 あれならむしろ1基でも機動兵器には過剰なほどの出力が得られる。 搭載されているエンジンはいささか事情があるものの、スノーフレイクのものとほぼ同型、つまりバッタのエンジンを強化したものだ。 「自前の開発ではないのが悔やまれるな」 シュトロハイムの言葉にレイナも肩をすくめた。 「え? ネルガル製じゃないんですか?」 「ああ、原型はAGI製だ」 「はぁ、よく売ってくれましたね。 エンジンは機動兵器にとって一番重要なものだと思ってましたけど」 「……………」 アキトの言葉に2人が微妙な表情を作る。 悪戯をした子供のような。あるいは裏帳簿を見つかった政治家のような。 「……まさか、無断で?」 「違う、が……大人の事情と言うやつだ」 このサレナに使用されたエンジンの原型はAGI製のGE-260型……つまりはスノーフレイクのエンジンを強化した次世代機用の試作エンジンだった。 本来は北極海で木連に奪われたYTM−17<スノーウィンド>、YTM−18<スノーストーム>に使用されていたものだ。 しかし、これは木連に機体ごと奪われることとなり優位性を失ってしまった。(兵器の性能がモロバレでは意味がない) そう言った事情もあり、AGIはこのエンジンに関してはあまり商品としての価値を見出していなかった。 一方で木連にわたった2機の機動兵器はアクア・クリムゾンのスカーレットに預けられ研究されている。 その中には当然ながらエンジンの研究も含まれていた。 エンジン自体はバッタのものを強化しただけなので木連の技術でもデットコピーは作れた。 完全なコピーとまでいかないのは純粋な基礎工業力の差と言うやつだ。 オートメーションの遺跡に産業を頼っている木連では一部の重工業の工作レベルが極端に低かった。 そのデットコピーにスカーレットが地球の技術と規格に合わせて生まれたのがGRF-1300型エンジン。 ネルガルがスカーレットとの技術提携を結んだことによってそれはネルガル技術陣にもたらされ、 しかし、それには重要な制御装置がなかったために今度はAGIとのバーター取引で制御技術を提供させ、 この度めでたくサレナ用のGN-001型という形で完成した。 エンジンの核は木連製、出力強化と制御技術はAGI、生産と再設計がスカーレット、最終組立と調整・試験がネルガルという なんとも複雑怪奇な経歴の代物だが性能だけはよく、バッテリ方式かエンジンかで揉めていたサレナの設計部に即座に採用された。 まあ、初期型はその経歴の複雑さゆえにどうにも気分屋で安定とか信頼性という単語とは無縁な困った性質だったが、 そこは技術に関しては凝り性のドイツ人と日本人が手を組んで何とかしてしまった。 サレナは本体部に2基と高機動ユニット部に2基の計4基、このGN-001を搭載している。 その性能は確かに圧倒的で、燃料式スラスターから重力波スラスターに設計を変更してなお出力に余裕があった。 燃料式は加速力に優れ、機械的な信頼性が高く消費電力も少ないと言う利点があるが、 反面で誘爆の危険があり、タンクに場所を取られ、稼動時間が短いと言う欠点があった。 サレナの設計思想で稼動時間の短さは致命的であった。 故に構造が複雑で消費電力が莫大でもタンク分のスペースが必要なく、総合推力を大きくできて被弾しても誘爆の危険のない重力波スラスターとされた。 加速力のなさは重力波の収束率を上げ、重量増加による小回りの効かなさはベクタードノズルとスラスターユニットを可動式にして解決された。 「私としては相転移エンジンを積みたいところだったのだがね」 「また、そんなこと言って……」 「え? だめなんですか?」 アキトとしては前(二代目)のサレナは相転移エンジン搭載でグラビティブラストもあったので、今のサレナはやや火力に関して不安が残る。 チューリップを相手にした場合、このサレナではDFS以外に撃破できそうな武器がない。 「うむ、よくぞ聞いてくれた!。 私はサレナの武装案にA〜Hまでを考えた!」 「けっきょくC案以外は没だったのよ」 「そう。 君たちの愛してくれたサレナは死んだ! 何故だ!?」 「……坊やだからですか?」 「なんだね、それは?」 「いや、続けてください」 うむ、と鷹揚にうなずいて彼は懐から『最強! すごいぞ僕らのブラックサレナ!!』と書かれた企画書を取り出す。 レイナはもう何度も聞かされたらしく、うんざりした表情だ。 「まずはA案だが、これは単に原型を再生した以上の意味はないな。 やたら重装甲で高機動だな。 私から見れば正気の沙汰ではない」 アキトは内心で肩を竦めた。 サレナ(初代)は夜天光と六連との1対多の戦闘に特化されている。 すなわち、それ以外の用途にはまるで向いていないのだ。 ボソンジャンプが使えるからこそあの機体には価値があった。 「ハンドカノンが2門だけでは火力が不足だしね」 「貧弱、貧弱ゥ〜ッ! しかもこの過剰な装甲は卑屈すぎる。 自分に自信のない証拠だな」 まあ、相手はDFもピンポイントでしか張れないし、当たれば即撃墜だからそれで十分だったのだが。 重装甲にしても相手があの北辰+6人衆では機動力だけでは到底かわしきれないからだ。 それを言うわけにもいかないので苦笑するだけだが。 「B案はわたしの案よ。 A案より装甲を削って火力を足したのね」 「まあ、『ないよりは、ちょっとはあった方が』という程度で、 軍の担当者に『そんなの微妙すぎ』と言われたがね」 どんな微妙さだったのか気になるが、レイナが嫌そうなのでそれ以上は聞けなかった。 しかたなくアキトは先を促す。 「C案は折衷案だな。 火力と防御力のバランスを重視した」 「これの原型よ。 担当にも『正解に近い。もっとも限りなく正解に近い。でも仕様要求に満たない部分も多いので油断は禁物です』って言われたわ」 なんとなく思ったのだが、もしかしてその担当はエセ日本語を話してそうな外国人ではあるまいか。 なぜかそんなことを考えつつ、しかしアキトは別の疑問を口にした。 「それじゃあ、D以降は?」 「はっはー。 少しばかり火力偏重に走り過ぎてな」 「F、E案は確かシュトロハイムさんが一人で考えて……」 「内々に見せたら『自分に素直。思ったことを隠せない』と好評でね」 「あれは呆れてたのよ、皆。 担当にも『理想と現実だいぶ違うから夢から覚めなさい』ってたしなめられたわ」 渡された資料を見てみると、DFS×2をアンカー先端に装備し、背中にはスラスター4と小型相転移エンジン。 胸部にグラビティブラスト、腕にはレールカノンらしきものを持っている。肩の膨らみはミサイルポッドだろうか。 「E案はもう少しおとなしめで、『少し利巧になった』とか『まだまだ夢見がちだから大人になりなさい』で済んだわね」 まあ、相転移エンジンは諦めたらしく代わりに受信ウイングが大3枚小9枚になってアンカーも一本に減り、 しかし今度はグラビティブラストが肩に乗せる砲方式になっている。さすがに内臓は無理だと思ったらしい。 「D案はC案に近い。しかし、私はグラビティブラストを諦めなかった」 「どう考えても重量増加分に対処する出力足りないでしょうが!」 D案に近いが、GBの方に電力供給用の配線が取り付けられ、サレナの背中には“6基”のエンジンがある。 スケールを確認すると、全高が10mを超えていた。今のものより2回りほどでかい。 今よりさらに2基多いエンジンでもGBを撃つにはパワー不足か、とアキトは落胆する。 「えっとGとHはどうしたんですか?」 「あー、やめといた方がいいわよ。 ドイツ人って時々、とんでもないことをやりたがるってのがよくわかるから」 「失敬だな、フロイライン。D案では『だいぶお利巧。E案よりいくらかCOOL!』だとか 『そこまで現実わかっているならもうひと頑張りです』と言われたのだが……」 「皮肉に決まってるじゃない!」 「むう、そうだったのか」 激しく不安になりつつ、アキトは資料のG,H案を開き……絶句する。 「私は考えた。 小型化ができないのなら本体をでかくすべしと! 今のところの技術で小型化された相転移エンジンを積むとしたら、 ぽしゃった月面フレーム案から15〜20mほどで可能だと!」 「確かにそこまですれば問題なくグラビティブラストだって積めるでしょうけど……」 簡単に言うならG、H案は月面フレームを1Gの重力下でも潰れないように自重にあわせた構造強度を持たせ、 ほとんどでかい移動砲台と化したそれにG案ではグラビティブラスト、H案ではナナフシと同じマイクロブラックホールキャノンを装備させていた。 ちなみに移動力は重機動フレーム以下で、しかも全高がG案で20m、H案で27mだった。 ほとんどシュバルツ・ファルケが合体する意味がわからない。 「どうかね?」 「………的にしかならないような」 「うむ、なぜか軍の担当にも『でかけりゃいいってもんじゃないってことを肝に銘じておきなさい』と言われてね」 よかった、本当に担当がまともな人でよかった。 このときアキトは初めて軍人に感謝したかもしれない。 しかし、このH案で研究されたMBH(マイクロブラックホール)砲がブローディアのときに参考にされることをまだ彼は知らない。 「それで最終的には4発で高機動ユニットですか」 「本体側は機体の稼動用と武装用に2基。 高機動ユニットも重量増加に対処しつつ機動力向上のためのの1基と武装稼動用の1基だ。 これで合計4基」 実際はそんな単純な計算でやっているわけではないが、感覚的には似たようなものだ。 高機動ユニットは脱着が可能で、不要になれば切り離してサレナ単独で戦闘が行える。 その場合は双発になるが、AGIのアスフォデルも似たようなものなので気にしていないようだ。 少なくともエンジン+バッテリの併用ができるサレナのほうが有利だろう。 火力に関しても高機動ユニットを装備したサレナは駆逐艦並とまで評された。(いささか誇張表現ではあったが) 「現状で我々が用意できる最高の機動兵器だ」 2人の技術者は自らが生み出したものをじっと凝視したままだった。 アキトは2人がどんな思いでこのサレナに関わってきたのか知らない。 「これは君のための剣、そして欧州の人々の希望だ」 だから、その言葉に頷くに留めた。 2人はそのまま漆黒の機動兵器を凝視し続けた。 アリサがマコトまで連れて再戦を挑んでくるまでアキトもそれに倣った。 ブラックサレナ。黒百合。花言葉は『呪い』そして『愛』。 その名を冠した機動兵器は三度、同じ主の元に仕えることとなったのだった。 この時点でブラックサレナは連合軍最強の機動兵器として完成していた。 惜しむべきは世界最強の名を安易に冠せないことだ。 なぜなら、木連でも同じように新たな剣、新たな矛となる機体が完成していたからだ。 欧州はこの新たな力によりさらなる混沌へと誘われる。 <続く>
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代理人の感想
あ・・・・・・あほかぁっっっっ!(爆笑)
結局A〜Hの話で半分以上使ってるし、そこがメインってことなんだろうなぁ(笑)。
とりあえず今回は判る人だけ笑ってください、と。